番外席次が神器等が置いてある部屋にぷれいやー様を案内し、荘厳な扉が重々しく閉じられると、そこには法国の関係者だけが残された。最奥の間は薄暗く、神聖さと重圧が同時に漂う空気に満ちている。張り詰めた沈黙のあと、誰からともなく口火が切られた。
「しかし、ぷれいやー様に交渉の真似事をして本当に良かったのか?」
発言者は眉間に皺を寄せ、机に指をとんとんと打ち付けながら問いかける。場の空気が少しだけ重くなる。
「決まったことでしょう。それに、唯々諾々のままでは今までの人間の努力を見てもらえない危険性がある」
別の神官長が冷静に答える。彼は腕を組み、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
「確かに……それはそうだ、今後の付き合いも考えたら、ぷれいやー様とは交渉できる方がいい。もちろんぷれいやー様が現人神になってくれるのが一番だが……それに今回は報酬としてアダマンタイトより上の鉱石を貰えた。早速、研究部門に送ろう」
そう言って報告書の束を机の上に置く。机の上にはすでに金属の欠片が乗った木箱があり、淡い輝きが会議室の空気に現実感を与えていた。
「もう送っていますよ。問題は子種が中々もらえないことですね」
この場に似つかわしくない言葉に、一瞬、数名が苦笑を漏らす。女性陣も含めて。
「まぁ結婚していて一夫一妻制のところにいれば仕方ないのかもしれないが……ところで番外席次は本気と考えていいのかな?」
問いかけに、室内の視線が一斉に漆黒聖典のまとめ役に視線が集まる。彼は少し肩をすくめ、淡々と答えた。
「先ほど漆黒聖典の隊長に聞いたところ、最初はぷれいやー様に襲い掛かったそうですが、悪いのは母親と父親で番外席次は悪くない、あなたは幸せになっていいと言われて、抱きしめられたそうです」
「ロマンチックですな」
その言葉で場の緊張がふっと緩み、会議室に笑い声が広がる。蝋燭の火が揺れ、柔らかな陰影が壁を踊る。重苦しい会議室が一瞬だけ温かい雰囲気に包まれた。
「そう考えると、当時の神官長たちの判断もぷれいやー様の出現を予期さえしていれば正しかったということになりますね」
「まぁ先人だ。あまり貶めるのは止めよう。今まで法国が残ってきたのは彼らのおかげなのだから」
年長の神官長がゆっくりと語り、場が落ち着きを取り戻す。過去への敬意を忘れてはならないという、彼らの矜持がそこにあった。
「とにかく人格面は最高の方ですね。番外席次が幸せになれば、最強の子どもができるという、我々にもメリットがある。いいことです」
肯定の声がいくつも重なる。番外席次の幸福が自分たちの未来につながる、それは皆が理解していた。
「それに、元居た世界に帰還しても、こちらに移住してくれるかもしれないという話は、我々としても歓迎すべきでしょう」
「確かに」
短いが力強い同意の声。未来への期待が、再び会議室に活気をもたらす。
「なら、恐らくリアルに帰還する方法はぷれいやー様は思いつかないと仮定して、今後どうするかを検討すべきでしょうか?」
その言葉に場が再び引き締まり、皆が真剣な表情に戻る。
「
重く響く声が会議室の空気をさらに冷やす。だが、別の神官長が口を開いた。
「……竜王国の女王を使う可能性は?」
しばし沈黙。考えを巡らせる時間が必要だった。確かに可能性がないとは言えない。
「確か竜王国の女王が始原の魔法を行使するには生贄が必要だと聞く。慈悲深いぷれいやー様がどこを生贄にするんだ?」
吐き捨てるような声が会議室に響く。竜王国の女王は脆弱なため始原の魔法を使うには生贄が必要だと聞く。その生贄をどうするのか。
「我々としては亜人種とは交渉の余地はあるが、スルシャーナ様以外のアンデッドなどの異形種は交渉は厳しいと思うから、異形種を生贄にしてくれれば、我々を餌にするものも減って大助かりだが……。今まで話したぷれいやー様がとる手段とは思えないな」
自分の利益だけを望むものであれば竜王国の女王を使う可能性はあっただろう。しかし今回のぷれいやー様がその手段をとるとは思えなかった。
「どこかにぷれいやー様のように転移してきた、確認されていない異形種でもいれば話は別だが」
そう確かに、そんな存在でもいれば話は別だが、今のところ確認されていない。
「竜王国の女王を使う可能性は低いでしょうね」
結論が下されると、会議室に静寂が落ちる。蝋燭の火がぱち、と音を立てた。
「そして他の竜王……
「竜王国の女王の、曾祖父でしたか……人間とも交流がある点を考慮すれば可能性はあると言えるでしょう。一応、交渉の前準備だけはしておきますか?」
「そうだな、情報を隠すのもまずい。そういった竜王がいることはぷれいやー様に伝えておこう」
「問題は
そう誰かが尋ねると全員が口を閉ざした。
「竜王国の女王なら、自分の曽祖父に当たるのですから、知っているのでは?」
「確かに、逆に言えば竜王国の女王が知らなければ、風花聖典いやこの場合、水明聖典の出番ではないかな?」
「そうですね。ではニグンに竜王国の女王に
そう言って会議はひとまずの結論に達し、再び静けさが戻った。誰もが心の中で、今後の展開とぷれいやー様の決断を思い描いていた。
☆ ☆ ☆
ラキュースは待ちぼうけを食らっていた。部屋の中には、警戒の目をこちらに向ける漆黒聖典の女たちだけがいる。重苦しい沈黙の中、壁にかけられた燭台の炎が揺れ、影が床を不規則に踊っていた。蝋の匂いと鉄の匂いが混じり合い、鼻腔を刺激する。何故女しかいないのか一瞬疑問に思ったが、もし男が多ければ自分が襲われる可能性もあったかもしれないと考え、むしろ好都合だと結論づける。
彼女たちは皆、微かにだがラキュースよりも強い。その事実が胸に小さな棘のような痛みを残す。どうやって強くなったのか尋ねたいが、向けられる視線には敵意と警戒が滲んでおり、口を開くことはできなかった。空気は張り詰め、どこか刺すように冷たい。指先にまで緊張が走り、無意識に剣の柄を握りしめる。
やがて、扉が軋む音とともにアンティリーネが入ってきた。足音が石床に響き、緊張した空気をさらに重くする。彼女の顔はどこか残念そうで、微かなため息を吐いた。
「あなたがたっち・みー様から離れてるなんて、何かあったの?」
「うん、六大神様の日記やぷれいやー様の日記を一人で読みたいって言われたから」
ラキュースは肩をすくめて答え、少し躊躇いながら続ける。
「聞きたいんだけど、たっち・みーのどこが好きなの?」
その瞬間、周囲の漆黒聖典の女たちが一斉に咳き込んだ。場違いなほどの反応に、ラキュースの顔は瞬く間に赤く染まる。胸が熱くなり、鼓動が耳の奥でうるさく響く。
「人格、かな……。何よりも民の目線に立って、困っている人を助けるのは当たり前っていうことを有言実行されているところかな。普通は無理よ。多くの人は言い訳を探してやらないもの。でもたっち・みー様はやってみせた。私は……そんなたっち・みー様が好き。力になりたいの」
「ふんふん。私はその点は好きで、でもちょっと嫌いかな。できれば私だけを見てほしい。でも、その精神性がなくなるのはもっと嫌……難しいな」
ラキュースは小さく頷く。確かに独占したい気持ちはある。しかし、彼の精神性を削ることになるなら、それは本末転倒だ。
「私はね、幸せになっていいって、真正面から言ってくれたところかな……」
アンティリーネは遠くを見るように目を細める。
「私の母親は犯されて私ができたの」
言葉が部屋の中で重く落ちた。燭台の炎が一瞬だけ揺れ、空気がさらに冷たくなる。誰も口を開かない。
「だから、私のことを「これ」呼ばわりして、普通ならもらえるものは何一つもらえなかった。私は母親を憐れんで……ううん、憎んでいたと思う。もちろん助けてくれる人はいた。でも、幸せになっていいと正面から言ってくれた人は初めてだった」
「……そう」
アンティリーネは少し笑って、ラキュースの目を覗き込む。
「ねえ、ラキュースだっけ? 私と手を組まない?」
「手を組む?」
ラキュースの眉がわずかに動く。
「うん。私と協力して、奥さんからたっち・みーを寝とっちゃお」
「!?」
ラキュースの目が大きく見開かれる。背筋に冷たい電流が走り、指先がじんと痺れる。
「私は法国で育ったから、強い男は一夫多妻で子を残すのが義務って考えを当然のように教えられた。でも、たっち・みーの奥さんはどうかしら? 一夫一妻制の国の人でしょ。私たちが妻になるの、嫌がると思う。あなたは一夫一妻制じゃないといや?」
ラキュースは唇を噛む。頭の中にたっち・みーの笑顔が浮かんだ。胸の奥でざらりとした嫉妬がざわめく。
「……できれば独占したい。でも、それが難しいことは分かってる。私以外にもたっち・みー様に恋してる人はいるし……エルフの三人娘とか」
「そうね、多分この先もっと増えるわ。あの人の生き方は人を惹きつけるから」
アンティリーネは楽しそうに笑う。その笑みは危うい甘さを帯びていた。
「だから、私たち二人で独占しちゃおう?」
炎が揺れ、ラキュースの影が床に長く伸びる。彼女の胸に、甘くて苦い欲望がじわじわと広がっていく。背筋に火花が散るような感覚が走る。
沈黙が落ちる。漆黒聖典の女たちは目を丸くして互いに視線を交わした。信じられない、と顔に書いてあるようだった。何故か、その視線が妙にこそばゆい。
そしてその視線に気づいたアンティリーネが漆黒聖典の女たちに「何?」と不機嫌そうに言うと、全員が目をそらして「何でもありません!!」と頭を下げていた。
ラキュースは少し考えながらアンティリーネに質問した。
「……具体的に、どうするつもり?」
「うーん。私もどうすればいいかよく分からないんだけど、若い体の方が、快楽は大きいとか?」
「……」
そう言うとアンティリーネは少し顔を赤らめながら、ラキュースに身を寄せて囁いた。
「あなたも装備を見るに処女でしょ? だから私たち二人で襲っちゃお。性的に。私の力があればたっち・みーと取り押さえることができると思うから、あなたが鎧を外して……って具合に?」
はしたない。だが、寝取るとはそういうことだと思いなおす。頭の中に閃光のような想像が走り、胸が熱くなる。とはいえ、二人きりで話すならいいが、他に女性がいるところで話すのはまずい。
「ちょっとあなた、少しは恥じらいを持ったら? いくらここには女性しかいないと言っても、さすがにこの会話をたっち・みー様に聞かれたら引かれるわよ?」
「大丈夫、大丈夫。ここにいるのは漆黒聖典の女たちだけだから。彼女たちも、法国の上層部からたっち・みーの子種を貰うように命令されてるから問題ないでしょ」
ラキュースは深く息を吐いた。蝋の匂いと鉄の匂いがさらに強く感じられる。胸の奥で、火花のような期待と罪悪感がぶつかり合い、心臓の鼓動が速まるのを感じた。
「……私は、たっち・みー様に私を妻子と主君を忘れた最低な男にしてみなさいって言われた……押さないと、何も変わらないことは分かってる。だから、もう少し距離を縮めてから、やりましょう」
☆ ☆ ☆
――普通、男女が付き合うならデートというものをするらしい。
ラキュースが言った言葉を思い出しながら、わたしは内心でそわそわしていた。
たっち・みーと、ラキュースと、わたし。三人で歩く法国の街並みは、いつもよりも鮮やかに見えた。
漆黒聖典の連中も誘ったが、全員が青ざめた顔で断った。なんで? 別に食べたり飲んだり、首を刎ねたりするわけじゃないのに。
――いや、首を刎ねることはあるかもしれないけど、今日は平和な日だし!
通りには焼き菓子の甘い匂いが漂っている。ああ、たっち・みー様は食事をしないんだった。だから今日は、ファッションショーというわけ。
「へぇ、いろんな服が揃ってるじゃない。ラキュース、こっちの色どう思う?」
わたしは店に入るなり、棚から目についたワンピースを取り出す。
ラキュースも楽しそうにドレスを選んでいた。……む、なんか対抗心が湧く。わたしの方が似合うやつ選んでやる。
「じゃあ着替えてくるから、たっち・みー様、ちゃんと見てくださいね!」
「……分かりました」
兜の下の声は相変わらず落ち着いている。ちょっとくらい動揺してくれてもいいのに。
試着室で服を着替える間、鏡を見ながら自分に問いかける。
――どうせなら、ちゃんと驚いてほしい。褒めてほしい。ラキュースより先に「似合う」って言わせたい。
「リーネ、もう準備できた?」
「もちろん!」
カーテンを開けると、そこにはラキュースの蒼いドレス。思わず唇を尖らせる。……くっ、負けられない!
「どうですか、たっち・みー様!」
ラキュースが胸を張る。
わたしもすかさずポーズを決める。
「……似合っています」
淡々とした一言。
けれど心臓がどきりと跳ねる。
よし、次だ。もっと驚かせる服を――!
その後、何着も着替えた。フリル付き、冒険者風、騎士風、ロリータ風。
だけどたっち・みー様はどれに対しても同じ調子で「似合う」「悪くない」と言うだけ。
……これは、もっと強い一撃が必要だ。
「ラキュース、次は……下着勝負しない?」
「は!? ちょ、ちょっとアンティリーネ、それは……!」
「たっち・みー様にだって、ちゃんと女の子として意識してもらいたいでしょ?」
ラキュースは顔を真っ赤にしたが、結局こくりとうなずいた。
ふふ、決まり。
試着室から出るとき、店員が一瞬止めようとしたが、わたしは笑って言った。
「大丈夫。恋人に見せるのですから!」
そして二人でカーテンを開ける。
わたしは腰に手を当て、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「さあ、どっちが似合っていますか!」
ラキュースも頬を赤くして一歩前に出る。
――店内が凍りついた。
お客がぽかんと口を開け、誰かがハンガーを落とした音が響く。
たっち・みー様はゆっくりと近づいてきた。
怒ってる……? いや、でも、ちょっとは喜んで――
ごつん、と拳骨が落ちた。
「い、痛っ!」
頭を押さえてしゃがみこむ。ラキュースも同じようにしゃがみこんでいた。
「公共の場で、そういうことをするものではありません」
兜越しの声は低く、けれど不思議と優しかった。
――あ、やばい。怒られてるのに、なんかちょっと嬉しい。
わたしたちは顔を見合わせて笑った。
拳骨の痛みも、どこか心地よい思い出に変わっていく。
オーバーロードのデート回なんて珍しいと思うの!