本当は――とっくに気づいていた。
自分たちが捨てられたことに。デミウルゴスさんに相談したときから、胸の奥底で何かが音を立てて崩れ落ちるのをはっきりと感じた。
でも、言い出せなかった。言葉にしてしまえば、本当にそれが現実になってしまう気がしたから。もしかしたら、奇跡が起きるかもしれない。そう思っていた。いや、そう思い込もうとした。
今の自分は、演技をしている。あえて明るく振る舞い、いつも通りを装う。姉のアウラを、これ以上不安定にしたくなかったから。
気づけば涙が頬を伝い、床にぽたりと落ちる。涙を拭う暇もなく、次の滴がこぼれていく。ぶくぶく茶釜様……モモンガ様。どうして、僕たちを捨てたんですか。
僕が、何かしましたか? もし、そうなら謝ります。いくらでも謝ります。何百回でも、何千回でも頭を下げます。だから、お願いです。帰ってきてください。
「マーレ! 巡回に行くよ!」
姉の声が聞こえる。慌てて涙を拭き、いつもの調子を装う。
「わ、分かったよ、おねーちゃん!」
返事は明るく、いつも通りに。声が震えないよう、必死に喉に力を入れた。最近、姉はあまりしゃべらなくなった。前はもっと、くだらないことでも話しかけてきたのに。でも、今は一緒に寝る時間が増えた。そう、最近は同じベッドで眠っているのだ。
夜、ベッドで姉の体温を感じながら眠ると、少しだけ安心できる。双子だから。
僕たちは離れ離れにならない。もしかしたら、ぶくぶく茶釜様はこうなることを知っていたのかもしれない。いつか、こういう日が来たときのために、僕たちを双子として作ったのかもしれない。
寂しくないように、と。
――でも、寂しいです。
ぶくぶく茶釜様。モモンガ様。寂しいです。どうしようもなく。声に出してしまえば、胸の奥に溜め込んだ何かが決壊してしまいそうで、僕は唇を噛む。僕たちは、これからどうやって生きていけばいいんですか。
忠義を尽くすべき相手がいない。主がいない世界で、僕は、アウラは、どうやって存在すればいいんですか。教えてください。
……いや、やっぱり教えなくてもいいです。
ただ――帰ってきてください。お願いします。
姉とは一切、この話はしない。至高の四十一人の名を出すこともない。姉は、あえて触れようとしないのだろう。奇跡を信じているから。僕だって、信じたい。
でも、デミウルゴスさんの疲れ切った顔を思い出す。アルベドさんが隠そうとしても隠しきれない焦りを、何度も見てしまった。
ナザリックは、近い将来崩壊するかもしれない。もう、その足音は、はっきりと聞こえている気がする。地下大墳墓の回廊を歩くと、どこか石壁のひび割れから冷たい風が吹き込んでくる気がする。
それはきっと気のせいなんかじゃない。
……僕は、守護者なのに。守るべきものを守れない。主を失ったナザリックは、まるで行き場をなくした子どもの群れだ。僕だってそうだ。僕はまだ、怖い。
アウラが突然、泣き出したらどうしよう。あの姉が壊れてしまったら、僕はちゃんと支えられるだろうか。自分でも分からない。
――帰ってきてください。
声にならない叫びが胸を焼く。ナザリックの広い広い回廊にその声が響いて、どこかに届けばいいと、心から願う。それでも明日になれば、僕はまた演技をする。守護者として、至高の御方々が残した宝物を守るために。そして、姉を守るために。
でも、心の奥ではずっと待っている。奇跡が起こる日を。至高の御方々が帰還し、この虚ろな毎日が終わる日を。その日が来るまで、僕は泣かない。
泣きたいときは、アウラが寝静まったあと、ひとりで泣く。ナザリック地下大墳墓第六階層守護者だから。たとえその胸の内が、涙で溢れかえっていても。
☆ ☆ ☆
私の役目が来たのだろうか。
餡ころもっちもち様は、いつかこうなると予想していたのだろうか。私がナザリックの支配を狙っていると設定されたのは。
考えれば考えるほど、胸の奥が重苦しく沈んでいく。口に出すだけなら簡単だ。言葉だけなら、いくらでも並べ立てられる。だが実際に行動に移そうとすれば、至高の四十一人を追い落とさねばならない。それは即ち、自分の創造主を否定する行為。そんなことが、創造された存在にできるはずがない。
できる訳がない。
しかし、もしそれさえもあらかじめ決められた設定だったとしたら? 至高の四十一人に見捨てられたこの大墳墓を統べるために、私がそういう役割を与えられていたのだとしたら……。それは決しておかしな話ではない。むしろ物語の筋書きとしては自然ですらある。
重厚な廊下をあえて使用人の手を借りず歩けば、音は不気味なほど響き渡り、虚ろな静寂の中に自分の存在だけが際立つ。かつてはここに笑い声や談笑が混じり、メイドたちの軽やかな足音が絶えなかった。今では、どこからともなく押し殺した嗚咽だけが漏れてくる。壁に埋め込まれた光は、冷たい青白い光を揺らめかせ、長く伸びた影を廊下に歪ませている。
メイドたちは皆、覇気を失い、精巧に造られた人形のようにうつろな眼差しをしていた。かつて明るく朗らかに働いていた者でさえ、今では俯いたまま同じ動作を繰り返しているだけだ。中には、声を震わせて「モモンガ様、帰ってきてください」と必死に叫ぶ者もいる。さらに、創造主の名を呼び、返事のない虚空に縋りつくように泣き崩れる者すらあった。
見ていられなかった。
目を背けたい光景だった。だが耳を塞いでも、心に響いてくる。果たして、自分がナザリックの支配を名乗り上げたとして、至高の四十一人の代わりになれるのだろうか。いや、それはあまりにも不遜な問いかもしれない。だが、そうでもしなければ、この絶望の連鎖は止まらないのではないか。
アルベド様とのメッセージでのやり取りを思い出す。彼女は強靭な心を持つように見えた。だがその言葉の端々から、心の疲弊がにじみ出ていた。デミウルゴス様でさえ焦燥を隠しきれず、瞳が時折曇ることがあった。そしてシャルティア様。心を壊してしまった彼女。時は無情に過ぎ去ったが、誰一人として立ち直ることはできていない。
かつてのナザリックは違った。笑いと誇りに満ち、まるで理想の職場のようだった。仲間同士の軽口や労いの言葉が飛び交い、温かな空気が大墳墓の隅々まで行き渡っていた。至高の御方が揃う玉座の間には光が差し込み、誰もが胸を張って仕える喜びを感じていたのだ。だが今では、その温もりは跡形もなく、沈黙と絶望だけが居座っている。
ナザリックを救える者はいない。皆が心の奥底でそう感じているはずだ。
だからこそ……私が、至高の御方の後継を名乗り出るべきではないのか。
私の心は激しく揺れていた。私は強大な力を持っていない。レベル一のNPCに過ぎない。私が名乗りを上げたところで、誰が認めてくれるのか。だが、それでも仲間が絶望に沈む様を見続けるよりは。
重苦しい空気に包まれた大廊下の先、玉座の間へと続く扉が見える。黄金に輝く装飾はかつて威厳を放っていたが、今はただ空虚な輝きを放つだけだ。その前に立ち、私は深く息を吸い込んだ。
仲間が絶望しているのは、もう見ていられない。私自身、モモンガ様がいないことは耐えられない。だがその痛みを隠してでも、行動しなければならないのではないか。
私は自らの小さな胸に手を当て、静かに決意を固めた。
そして、エクレア・エクレール・エイクレアーは決断した。
「使用人……私を、私を、私を!! 玉座の間へと運べ!!!!」
その声は、震えながらも確かに大墳墓に響いた。
アウラとマーレの近親相姦が書きたくなった私はアウト。
丸山先生によるとマーレは+か-しかないらしいから、アウラと一緒に捨てられたと思ったらアウラのために生きそう。だから、二人の近親相姦を書きたくなった私はセーフ!!
頑張れエクレア!!! 君の頑張りが――