『完結』黒歴史の輝き   作:万歳!

33 / 36
終章
終章1 タレント


 竜王国の王城。謁見の間は、まだ戦闘の名残が残っている気がした。昼下がりの光が窓から差し込み、埃が宙を漂い、まるで時間さえ止まっているかのような静けさだった。

 

 ニグン・グリッド・ルーインは玉座の手前で膝を折り、深く頭を垂れていた。彼の後ろに控える者は誰もいない。この場にいるのは、玉座に腰掛ける女王と、その隣で控える宰相のみ。ぷれいやー様の最重要機密を扱う交渉である以上、余計な耳は許されない。

 

 緊張は、空気を重くするほどに濃く張り詰めていた。ニグンは胸に手を置き、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 

(……ここで失敗すれば、たっち・みー様の計画は水泡に帰す)

 

 

 だが、不思議と恐怖はなかった。たっち・みー様。人類を超越した存在が、より良い未来を築くために動いている。その確信が、彼の背筋をまっすぐにしていた。

 

 女王が、長い沈黙のあとで口を開いた。その声音は低く、冷ややかで、理性だけで編まれた刃のようだった。

 

「ニグン殿、もう一度問う。ぷれいやー様は、何を求めていると?」

 

 宰相がちらりとニグンを一瞥する。その瞳には、王を守る者としての警戒と、交渉の行方を測る冷徹な光があった。ニグンは一度目を伏せ、慎重に言葉を選び、答える。

 

「はい――あなた様が持つ、かつて存在した古き竜の魔法を使うための、タレントです」

 

 女王の表情は変わらなかったが、宰相の眉がわずかに動いた。

 

「……それを、使用しろということか?」

 

 女王の声はかすかに掠れた。タレントを使うには代償が伴う。女王はそれを誰よりも理解していた。

 

「ニグン殿も知っての通り、私は脆弱だ。タレントを使用するには生贄が必要なのだが……」

 

 玉座の横で宰相が一歩進み出る。

 

「女王陛下、これは重大な決断です、識者たちと討論されてはいかがでしょう?」

 

 ニグンは深々と頭を下げた。宰相の言葉を遮るように言葉を放つ。

 

「申し訳ありません。言葉足らずでした。プレイヤー様が望まれるのは、あなた様のタレントそのものを、譲渡していただきたいということです」

 

 その言葉に、女王と宰相が同時に顔を上げた。

 

「タレントの……譲渡? そんなことが可能なのか?」

 

 宰相の声には驚愕と警戒が入り混じっている。

 

 ニグンはわずかに顔を上げ、落ち着いた声で答える。

 

「それは、我々も確証があるわけではありません。ぷれいやー様もそれを第一案と考えておられます」

 

 そして間を置き、静かに続けた。

 

「もし譲渡が失敗した場合――生贄は、たっち・みー様ご自身が用意されます。あなた様には、その場に立ち、魔法を行使していただきたいとのこと」

 

 玉座の間が再び沈黙に包まれた。女王は肘掛けを指で叩きながら思案する。宰相は唇を結び、じっとニグンを見据えている。

 

「……生贄はまさか、竜王国の民ではないだろうな?」

 

 女王の声には、かすかな殺気が宿っていた。ニグンは即座に首を振る。

 

「いえ。お聞きしたところによれば、表に出ていない亜人種、あるいは異形種とのことです。竜王国の民には一切の被害が及ばぬよう、周到に準備されております」

 

 宰相が小さく息を吐いたが、目の奥には依然として警戒が残っている。

 第一案――タレントの譲渡を行えば、女王は体の一部のように感じてきた力を失う。

 第二案――タレントを使い、亜人種を犠牲にして魔法を発動させる。

 

 どちらも、王として軽々に選べるものではなかった。

 

 ニグンは沈黙を破らず、膝をついたまま待ち続けた。王の決断は、王自身が下すべきものだ。長い沈黙の末、女王は大きく息を吐いた。その声音には、覚悟が混じっていた。

 

「……ニグン殿、少し考えさせてもらってもいいか?」

 

「もちろんです」

 

 ニグンは深々と頭を下げた。

 

「時間はございます。どうか、慎重にお考えください」

 

 数週間後。再び呼び出されたニグンは、同じ謁見の間に通された。女王の表情にはもはや迷いはなく、宰相も黙してその決断を支える立場をとっていた。

 

「――決めたぞ」

 

 女王は静かに告げる。

 

「私のタレントを譲渡しよう。これは竜王国を救った者への対価だ」

 

 宰相が小さく目を閉じ、深い溜息を吐く。それが賛意であることを、ニグンは察した。

 

「……だが、ニグン殿、ひとつだけ約束してほしい」

 

「何なりと」

 

「その力が、我らを再び脅かすことのないよう、使い方を誤らぬと」

 

 ニグンはその言葉に力強くうなずいた。

 

「誓います。これは人類全体の未来のために行われるもの。あなた様の犠牲を決して無駄にはしません」

 

 ニグンはすぐさま、懐から通信のアイテムを取り出し、たっち・みー様へと連絡を送った。

 

☆ ☆ ☆

 

 転移門が開くと、私たちは一瞬で竜王国の王城前に立っていた。夜風が髪を揺らし、遠くからは鉄と血のにおいが微かに残る。竜王国はまだ戦の傷跡を引きずっているのだと、私は感じた。

 

「たっち・みー様、よくおいでくださいました!」

 

 駆け寄ってきたのはニグン・グリッド・ルーイン――法国の切り札の一つ陽光聖典の隊長を務める男。戦場の男の顔をしていた。

 

「ありがとう、ニグン殿。報酬を先に支払っておきます」

 

 たっち・みー様は落ち着き払った声でそう言い、懐から一冊の本を取り出した。古びた革装丁、金の装飾がわずかに輝きを帯びる。

 

 私の心臓が一瞬高鳴る。あれはきっと、ただの魔導書ではない。たっち・みー様が持つという至宝の一つだ。

 

「それと先に謝罪しておきます。人間傭兵NPCの本は在庫を切らしておりまして、代わりに難度二百四十の天使を召喚できる本と、必要な金貨を渡しておきます」

 

「……感謝いたします、たっち・みー様!」

 

 ニグンの声がわずかに震えた。

 

 彼にとってこの本は、ただの報酬ではない。未来への保険であり、法国とたっち・みー様の橋渡しをした証なのだろう。

 

「では行きましょう。恐らく我々が竜王国に来たことは、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に把握されているはずです。女王陛下のもとへ案内してくれますか?」

 

「はっ、こちらでございます」

 

 城の廊下は静かだった。床に敷かれた赤い絨毯が靴音を吸い込み、石壁にかけられた松明が揺れて影を作る。私は無意識に、腰の剣の柄を確かめる。隣を歩く番外席次は、いつものたっち・みー様にくっつき笑顔で進んでいた。だが、彼女の体から漂う緊張感は私にも伝わる。

 

 やがて謁見の間へとたどり着いた。そこには竜王国の女王がいた。私たちよりも年を取っている女性が玉座に腰かけている。その瞳はまっすぐに私たちを射抜いた。

 

「お初にお目にかかります。私はたっち・みー。知っているかは分かりませんが、プレイヤーです」

 

 静寂が落ちた。その一言だけで、場の空気が変わる。ぷれいやー、この世界の理をも超える存在。女王は一瞬だけ息を呑んだように見えたが、すぐに表情を整え、淡々と応じる。

 

「知っております、ぷれいやー様。それで、私のタレントを頂きたいとのことですが――どのような手段で?」

 

「この指輪を使います。これでだめなら、生贄を用意して魔法を行使していただく」

 

 その言葉に、私は背筋がぞくりとした。生贄――この場に立ち会うだけで、何か取り返しのつかない儀式が行われるのだという現実感が押し寄せる。

 

「タレントを失う恐怖はありませんか?」

 

 たっち・みー様の問いに、女王は一瞬だけ目を閉じ、それからゆっくりと答えた。

 

「……民を失うことに比べれば些細なことです」

 

 その声音には、王としての覚悟がこもっていた。私は無意識に唇を噛んだ。私に同じ決断ができるだろうか――いや、できないかもしれない。竜王国の女王は強い。国を背負う者の覚悟が、言葉の一つひとつから滲んでいる。

 

「では時間も押している。使わせていただきます」

 

 たっち・みー様はそう言い、指輪を掲げた。

 

「指輪よ――私は願う(I WISH)。女王の古き竜が使った魔法を使えるタレントを、私のものとせよ!」

 

 瞬間、謁見の間が光に満ちた。眩い輝きが女王を包み、その光は糸のようにほつれてたっち・みー様へと吸い込まれていく。私は目を細めながらも、その光景から目を離せなかった。これは祝福か、それとも呪いか。見届ける者の心を揺さぶる、儀式めいた光景だった。

 

 光が収まると、女王はわずかに肩で息をしていた。何かを失った――その実感が表情に浮かんでいる。だが、彼女は毅然と顔を上げ、たっち・みー様を見据えた。

 

「……終わったのですね?」

 

「ふむ、上手くいったようだ。なるほどなるほど、タレントとはこのようなものですか。これならリアルへ行ける」

 

 たっち・みー様の声音は満足げだった。私は安堵すると同時に、胸の奥に重たいものが残った。今、目の前で世界の力が動いた――その結果がどんな未来をもたらすのか、私には分からない。

 

 ニグンはその場で膝をつき、額を床にこすりつけるほどの礼をしている。

 

 ラキュースはこの瞬間を見届けたことを誇るべきだろう。だが同時に――私の胸には、得体の知れない不安が残り続けていた。

 

「――残念だけど、そこまでだよ、たっち・みー」

 

☆ ☆ ☆

 

 エルフの国から、別の場所へ転移したのは把握していた。きっと法国だろうと思ったが、番外席次の気配が法国にない。知覚範囲を広げてみると……竜王国にいることが分かった。

 

 心臓がドクンと跳ねた。

 

 まさか、ありえない。彼女は脆弱だ。リアルへの転移門を開けるだけの力はない。しかし万が一に備えて全力で転移を繰り返し、竜王国にたどり着く。そして王城の一室だろうか。そこから光が漏れだした。それは恐らく超位魔法だった。位階魔法の枠を外れた魔法。世界級以外上回るものがない、魔法。

 

 ツアーは無意識に息を呑む。

 

 光が弧を描き、空間そのものが震える。始原の魔法が目に見える形で引き寄せられ、たっち・みーの手中に収まった気がする。

 

 始原の魔法を奪ったのか。ツアーの思考は一つだ。たとえ合意があったとしても、プレイヤーが始原の魔法を持つことは危険だ。この世界に存在する力の均衡を一瞬で崩す行為に等しい。

 

 ツアーの胸に冷たい警鐘が鳴る。たっち・みーが敵となる未来が、頭の中で急速に現実味を帯びていく。

 

 そのとき、番外席次が一歩前に出た。鎌にかけられた指がわずかに震えている。いや、震えているのは鎌ではない。殺気だ。そう、私自身の殺気が広間を満たしていた。

 

 ツアーは叫びそうになる衝動を抑え、静かに状況を見極める。そんな彼の思考を見透かしたように、たっち・みーが口を開いた。

 

「ツアー。君が隠れているのは分かっている。隠れるなら殺気は隠すべきだ」

 

「――残念だけど、そこまでだよ、たっち・みー」

 

 その言葉におとなしく、部屋の中央に躍り出る。魔法での隠蔽を止めて。自分の姿にラキュースが震えドラウが腰を抜かしているのをしり目に、たっち・みーだけを見ていた。

 

「……まさかね。君がそんな真似をするとは。君とは世界の安寧を守る友人になれると信じていたのに」

 

「私もこの世界の安寧を壊すつもりはありませんよ。この世界は残さなければならないと確信しています。世界の安寧を守る、約束しましょうとも。あなたの父である竜帝陛下にそして我が主に誓いましょう。我々は今からでも手を取り合えると思いますが?」

 

「……いや、始原の魔法をぷれいやーが使えるようになる。それは許容できない。君は世界の敵だ」

 

 冷たく言い放つと、彼はわずかに肩を揺らした。笑っている。

 

「私がリアルへ行って妻子を連れてくることが、そんなに間違いですか? 世界移動も数回しか使うつもりはありませんが?」

 

「それは世界を崩壊させる危険がある」

 

「では、極少人数が通れる空間を作ることも? 嘘はいけません。私自身も今は確認ができるのですから」

 

 ツアーは言葉に詰まる。確かにユグドラシルと違い、極少数が通れるだけの空間を作るだけなら、脅威は限定的かもしれない。だが、問題はそこではない。

 

「……それは私に協力を求めた場合の話だ。君は力ずくで我々の魔法を奪った」

 

「ニグン殿に交渉をしてもらい、お互い合意の上だったと思いますが?」

 

「すまないが、問答をするつもりはない。君にはここで死んでもらう」

 

 ラキュースに一瞬目をやって……キーノに恨まれるなと思いながら魔法を行使しようとした。その時たっち・みーが言った。

 

「良いんですか? 私を殺して? 私が死ねば、魔神が生まれますよ?」

 

 ――ツアーの背筋に冷たいものが走った。

 

「私がいつ、一人でこの世界に来たと言いましたか?」

 

 まさかまさかまさかまさかまさか。来ているのか? 拠点ごと? 従属神が?

 

「私の所属する、アインズ・ウール・ゴウンは第一階層から地下に向かって十階層まである拠点であり、それぞれの階層に100レベル、難度三百のNPCがいます。あなたはそのすべてを――魔神にするつもりですか?」

 

 ツアーの思考が一瞬止まる。はったりか、それとも真実か。もし本当なら――いや、仮に嘘でも、確かめるために殺すことはあまりに危険すぎる。たっち・みーはさらに一歩踏み出し、声を低める。

 

「もしよければ、あなたを我がギルドへ招待したい。そこでの私の行動を見て、私を殺すべきか、生かすべきかを判断されては?」

 

 ツアーは沈黙した。彼の言葉が自分を誘導するための罠であることは理解している。それでも、この場で戦いが起これば竜王国は灰燼と化す。それは構わない。だが世界を滅亡させるつもりはない。

 

 ――仕方ない。

 

「……良いだろう」

 

 その言葉を聞くと、たっち・みーはゆっくりと剣を収めた。

 

 ツアーは鎧の中で目を細める。

 

 世界の安寧を守るために。

 

☆ ☆ ☆

 

 今、いったい何が起こっているのか。ラキュースには分からなかった。

 

 目の前では竜王が、まるで山脈が動くかのような迫力でたっち・みー様に迫っていた。玉座の間の空気は凍りつき、松明の炎さえ小さく震えているように見える。私の手は汗ばみ、握った剣の柄がぬるりとした感触を帯びていた。

 

 ――場違いかもしれない。胸の奥でそんな声が響いた。この場にいるべきは神のような存在。私のような人間が踏み込んでいい場所ではないのではないか。

 

 けれど、ここで背を向ければ一生後悔する。たっち・みー様の隣に立つ資格を、自分から捨てることになる。そう思うと、足が勝手に前へ出た。

 

「たっち・みー様、私も……つれていってもらえますか?」

 

 自分の声が驚くほど澄んでいた。胸は高鳴っているのに、不思議と恐怖はなかった。

 

 たっち・みー様がゆっくりと私を見た。その視線は冷たいわけでも、温かいわけでもない。ただ、すべてを見透かすような深さがあった。

 

「……後悔するかもしれませんよ?」

 

 低い声。けれどその言葉は、警告というよりも試すように聞こえた。私は拳を握りしめた。

 

「付いていかないで後悔することだけはしたくありません」

 

 言い切った瞬間、胸の奥に重かった何かが溶けた気がした。

 

「私も同じかな、それに拠点も見てみたいし」

 

 横からアンティリーネが、いつもの柔らかな声で言った。けれどその目は真剣だった。彼女も私と同じ気持ちなのだ。

 

「もし来れば、あなた達は深く傷つくことになります。それでも来ますか?」

 

 たっち・みー様の声は、今度は少しだけ重くなった。本気で忠告しているのだと分かる。

 

「たとえ傷ついても、好きな人と一緒にいられないのは不幸だと思います」

 

 言い終えたとき、私は頬が熱くなるのを感じた。あまりにも率直な言葉だったから。けれど、今この場では取り繕う必要はない。アンティリーネも一歩前へ出た。

 

「あなたは私が幸せになるのに協力してくれると言ったよね? なら、どこまでもついていくから……幸せにしてよ」

 

 その声は震えていたが、決意がこもっていた。ああ、私たちは同じだ。彼女もまた、ただの仲間ではなく、この人に未来を賭ける覚悟を決めている。

 

「……はぁ、分かりました」

 

 たっち・みー様は小さくため息をつき、それから口元にかすかな笑みを浮かべた。

 

「ではニグン殿、後始末は任せます。私は彼女たちとツアーを連れて、拠点に向かいます」

 

「承知しました。どうかご武運を」

 

 ニグンは深々と頭を下げた。その背中からは、言葉以上の忠誠が伝わる。この男もまた、命を懸けているのだ。

 

「ありがとう、ニグン殿」

 

 たっち・みー様が軽く頷くと、玉座の間にいた竜王がわずかに鼻を鳴らした。

 

「そろそろお別れの挨拶はすんだかい? 早く連れて行ってほしいんだけど?」

 

 圧力のある声だった。私の胸はまだ早鐘のように鳴っていたが、それでももう後戻りはできない。

 

「では行きましょう」

 

 たっち・みー様が指輪を取り出し使った。

 

「第一階層へ」




ここから毎週水曜日に投下していきます!

ちなみに今回の話がトゥルーエンドとグットエンドの分岐点にもなります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。