目の前では同胞たちが崩れ落ち、床に膝をつき、嗚咽を漏らしている。泣き声が玉座の間の壁に反響して、重苦しい波を作る。私の計算通りに動いている。そう思いながらも、胸の奥に小さな棘が刺さるように心に痛みが走る。だが今は感傷に浸る時ではない。これからツアーとの約束を守らせつつ、NPCたちの理性を保たせるための会話を紡がねばならない。
まずは、ここにいる二人の女性に向き合い、誤解を解かねばならない。彼女たちに対して自分は利用しようという意思しかないはずだが……いや、認めよう。確かに彼女たちは私に新しい絆を作った。だとしても、自分はモモンガ様のためにある。今は、それ以外は余計な感傷だ。
しかし今後の事を考えれば謝罪は必要だ。
「ラキュース、リーネ、あなた達の純情を踏みにじったことを、心から謝罪します。私は本物のたっち・みー様ではありません。ただの影武者に過ぎないのです。私の本当の名前はパンドラズ・アクターと申します」
言葉は冷静に、しかし確かに耳へ届くように選んだ。影武者という告白は刺さる。女性たちの瞳が一瞬揺れる。
驚くことに、返答は想像より柔らかかった。
「……私は影武者でもいいかな? 私に幸せになっていいって言ってくれたのはあなたなわけだし。結婚していないんでしょう? なら、もう断らないでしょう?」
「……ちょっと私も混乱していますが、アンティリーネに同意します。異形種であったことは驚きましたが、もう私の思いを否定する理由はありませんよね?」
言葉の端に含まれる戸惑いと同時に、どこか素朴な希望が滲む。苦笑が口元に浮かぶ。ただ、たっち・みー様の真似をしていただけなのだが、これでは、普段からたっち・みー様の真似をする必要があるかもしれないが……責任は取ろう。全てが終わった後に。
「まぁ、その話は後でしましょう。まずはナザリックの者たちとの会話をしなければならないので。全てが終わった後に、あなた達の気が変わっていなかったら、その時また話し合いましょう」
言いながら私は顔を上げ、周囲の空気を確かめる。ツアー、彼の顔を見た時、そこにあるのは怒りというよりも困惑だった。ナザリックの玉座の間の部屋に差し込む明かりが、彼の表情をいっそう硬く見せる。
「……一つ聞かせてくれ。君は何故、魔神になっていない? プレイヤーを失った、従属神は魔神に堕ちるはずだ。いや、君は暴走しているのか? それにしては理性的だが」
問いは直接的だ。だが私は、表面を取り繕うつもりはない。私は私の願いのために生きると誓ったのだから。
「さて、何をもって暴走しているか、解釈は様々あるかもしれませんが、私はある願望に従っているに過ぎません。今から、NPCたちをあなたに従うようにします。それを見ていてください。約束は守ります」
そう言うと、私は場の中央に立ち、深く息を吐いてから、膝をついて泣き崩れている者たちの方へ向き直った。その所作は演技のようでありながら、どこか真摯さを感じさせる。やがて声が、砂を噛むように低く、しかしはっきりと届く。
「あなた達の絶望は分かるつもりです。私も至高の御方が次々に亡くなられ、最後にモモンガ様が目の前で亡くなられたとき、絶望しましたから」
静かな言葉が、嗚咽の合間に一瞬の静寂を作る。誰かの肩が震え、別の誰かの呼吸が急に浅くなる。だが一つ、疑問が零れたようだ。しかし言葉になる前にアルベドが動いた。
私を叱責するために。
「――なぜおまえが生きている!! 影武者!! モモンガ様の影武者!! 何故モモンガ様の代わりに死ななかった!! お前が死んでいれば、モモンガ様は!! モモンガ様が生きているはずなのに!!」
アルベドが私の首を泣きながら絞める。それに対して、他の者たちも同意のような表情をしている。少し経つと首を絞める力が弱まり、アルベドは泣き崩れた。
デミウルゴスが膝をつきながら自分に疑問を投げかけた。なぜ私が希望をもって動けているか気になったようだ。
「……何故、君は動けてる? まるで希望があるかのように?」
その問いに微かな笑いを混ぜて答える。そう確かに希望はあるのだ。
「ええ。この私の横にいるツアーは、世界級の魔法を使うことができます。それを使えば、リアルに行くことも可能なはずです。蘇生することも、条件さえ揃えば可能かもしれません。彼に協力を乞うことができれば。ツアーには世界の安寧という目的があります。もしその目的に従う約束をすれば、どちらも叶うかもしれません」
その言葉に、私を睨んでいた視線と、床に沈んでいた視線が少しずつツアーに集中していく。希望は刹那だが、存在すれば人は動く。アルベドはツアーの姿を見て、自分の言葉に衝かれたようにツアーににじり寄った。彼女はツアーの足の部分に手をつき、膝を地にこすりつけるようにしてすがりついた。
「モモンガ様を、モモンガ様を! 蘇生してください! 何でもします! 私たちが払える対価なら何でも支払います! ですから、どうか!! 私たちの全てなんです!! 私たちにはモモンガ様しかいないんです!」
アルベドの声は震え、涙で声が細る。続けて、周囲の者たちも次々に頭を垂れた。全員が、彼女と同じ行為を取る。その光景は、私の最初の想定よりも異なっていた。力ずくでツアーに命じようとするだろうと思っていたが……道を示しただけでここまで心を動かすとは。想定外だが、望む結果は得られた。そこまで絶望が深かったのだろう。
「まずは、何故モモンガ様たちの蘇生が上手くいかないか、それを説明します。その後に、どうすればツアーにリアルとこの世界を繋いでもらえるかを説明します」
全員の視線が私に集まる。先ほどまでの絶望が、かすかな希望へと変わる瞬間を私は見逃さない。全員が聞き逃さないように集中していることが分かる。
「世界は様々あります。私たちが知っているだけで三つ——リアル、ユグドラシル、この世界」
「この世界?」
「ああ、なるほど。あなた達は知らないのですね。ユグドラシルは滅び、我々は新たな世界に放り出されたのです。そして本来であれば我々もモモンガ様やユグドラシルと共に滅びる運命を変えてくれたのが、ツアーの父である、竜帝陛下です。我々にとっての恩人ですね」
場が騒然とする。ユグドラシルが滅んだことも、新たな世界に転移したことも驚きだったのだろう。一人、シャルティアだけは納得していた……。まぁそれはいい。
「続けます。そしてこの世界では、元々、位階魔法は使用できませんでした。理由は単純です。世界ごとに法則が違うからです」
私は手をひらりと動かし、空中に見えない図を描くように説明を続ける。ふむ……後で紙に書いてより詳しい説明が必要かもしれませんね。
「この世界ごとに法則があるというのが問題なのです。この法則を変更するには、
全員が私の言葉の一言一句を逃さない、集中して聞いてくれているようだ。だが一つだけは隠すと決めている。我々が遊びの道具であったことだけは。おそらく問題はないだろうが、我々が置物に過ぎなかったという、事実はどうなるかわからないから隠す。その事実は創造主……いや、最後の時まで我々を捨てなかったモモンガ様から聞くべきことだと思う。私が伝えるべき情報ではない。
「そして、『リアル』とは何か――リアルとは、世界を創ることができる世界です。リアルにいる者は、世界の根幹に触れ、その法則を自在に組み替え得る。もちろん限界はあるようですが」
言葉を聞きながら、誰かが小さく呻いた。雰囲気がさらに重くなる。そう、我々の出身世界、ユグドラシルは作られた世界であるということを理解させる。これは必要だ。
「私はこの世界で、あるプレイヤーの日記を読みました。それによって分かったことがあるのですが……あ、ひとつお願いです。あなたたちはここにいるラキュースに、優しくできますか?」
場内が一瞬ざわつく。ラキュース——その名を聞いて視線が固まる。ラキュースは怯えるかのように私の服を引っ張っているのを見ながら苦笑する。私はただ、たっち・みー様の真似をしていただけなのだが……。
疑問をアルベドが代表して聞いてきた。
「……それは必要なことなの?」
「ええ、必要です。リアルの世界は世界を創造できる代償に、リアルの肉体は脆い。レベル1以下と言っても差し支えないほどです」
私の言葉に、具体的な恐怖が混ざる。思い描くのは、脆い人体があっけなく壊れる光景だ。そう、下手にレベル百NPCがふれれば壊してしまうかもしれない脆弱さだ。
「さらに言えば、リアルでは私たちが知るモモンガ様たちは脆弱な人間です。我々が何も考えずに力を振るえば、簡単に命を失わせてしまうでしょう」
その言葉に全員が驚きの表情をする。当然だろう。自分たちの創造主が人間と聞いて驚かないものはいない。
「ここにいるラキュースはレベル三十前後。あとで力加減の練習をした方がいいかもしれませんね。いやレベル一NPCであるホムンクルスたちで練習がいいかもしれませんね」
声には軽さを滲ませるが、内包する意味は重い。場の誰もが、その重さを黙って受け止める。否定するものがいないようで何よりだ。そしてないとは思うが、重要なことを聞く。
「ああ。モモンガ様たちが脆弱な人間と知って、忠誠を誓えないものはいますか? ……もしいるのであれば、私はナザリックから去りますが」
「――そんなものいないわ。レベルが一であろうとも、人間であろうとも、ただ傍にいてくださるだけでモモンガ様には価値があるわ」
アルベドが大きな声で返し、その声に呼応するように、全員が頷いた。団結のようなものが、そこに一瞬芽生える。当然と言えば当然だ。むしろレベル一なら監禁してどこにも行かないようにできるかもしれないと思っているのかもしれない。
「なら、良かった。さて、私が何故絶望せずにいられるのかも話さなければならないでしょうね。それはモモンガ様に遺言を頂いたからです」
静かな告白の後、私の口元に柔らかな笑みが生まれる――演技であれ本心であれ、その言葉は場に希望を残す。
「『好きなように生きろ』と」
全員がその遺言に息をのんだ……さて、この遺言を受け取った者が私以外であれば、ナザリックはツアーと敵対してたかもしれないと思うと苦笑が漏れる。
私以外が受け取っていれば確かにツアーの言う通り魔神が生まれていただろう。そうなるとモモンガ様の真の願いはかなえられない。モモンガ様が宝物殿に来てくれてよかったと安堵する。
「そう言ってモモンガ様は最後に独り言をつぶやいてユグドラシルの世界でお亡くなりになりました。何と呟かれたと思いますか?」
その問いに、場が一瞬静止する。誰もが、思い出の底を探るように表情を曇らせる。
「もう一度、皆と冒険がしたかったと」
――アルベドの顔が歪むのを、私は見逃さなかった。彼女は危険かもしれない。先ほども自分の創造主ではなくモモンガ様の安否を問うていた……。警戒が必要かもしれない。
「ええ。好きなように生きますとも!! モモンガ様の最後の願いを叶えるために!! そのためだったら何でもしましょう!! たとえ、我が身が永遠に地獄の業火に焼かれることになろうとも!! 躊躇はありません!!」
その言葉を高らかに歌い上げる。他のNPCの心に届くように。同胞の心を救うように。
「だから、私があなた達に命令します。遺言を受けたNPCとして、遺言を受けていないNPCに命令します! モモンガ様の最後の願いを叶えるのに協力しろ!!」
呼びかけは荒々しくも力強く、玉座の間に音を落とす。短い沈黙の後、NPC全員が再び頭を下げた。その光景は、信仰のようにも見える。そう、この瞬間、パンドラズ・アクターはプレイヤーが帰還するまでの間、仮初の主となった。
「――分かりました……モモンガ様の願いを叶えるのに協力しましょう。ですが、どうやってそのツアーという男を説得するのですか? 世界の安寧のためでしたが……君の話を総合すれば、リアルとこの世界を繋ぐのは危険なんだろう? どうやって使用してもらうのですか?」
冷静な問いがデミウルゴスから返る。ツアーの眉間に皺が寄った感じがした。私はその動きを見ている。
「ええ。実は私は、モモンガ様より超位魔法を使えるアイテムを頂きました。一回目はモモンガ様たちの蘇生を願って失敗し、次はモモンガ様のみを蘇生しようとしましたが、それも失敗しました。なので最後の一回は……この世界固有能力である“始原の魔法”――
言葉は短いが重い。場に張り詰めた空気が一層濃くなる。それは……と誰かが呟いた。そう、私が行使できるのだ。本来であれば竜王国の女王にナザリックの者を生贄にして使用してもらう予定だったが、タレントを超位魔法で奪えてよかった。
これでナザリックの者を犠牲にする必要はない。全てを犠牲にしてもいいと考えているが、それでモモンガ様が悲しまれるのは避けたい。だから、良かった。
「つまり、私は今からリアルの世界へ旅立とうと思うのです。ユグドラシルではモモンガ様たちはお亡くなりになりました。しかし、私が得たリアルの知識が正しければ、ユグドラシルで亡くなったモモンガ様はリアルにいるモモンガ様の分身のはずです!」
一度言葉を切る。より深く理解してもらうために
「故に、モモンガ様はリアルでは生きているはずです!! ……しかし世界を渡ることは初の試みです。失敗するかもしれません。かといって、あなた達を絶望もさせたくはありません」
私は視線を一通り巡らせる。誰かの目に怯えが残り、だが決意も見える。
「なのでツアー、私が失敗した場合、彼らに慈悲を与えてくださいませんか? 彼らがあなたに仮初でも忠誠を誓い、世界の安寧のために協力したら、一人ぐらいが通り抜けられるように世界を繋いでくれるか、あなたが以前私に提案したことを実行していただきたい」
ツアーはやがて、ため息に似た吐息と共に、彼の答えが落ちてくる。それは諦念とも妥協ともつかぬ声音だった。
「……それはお願いじゃなくて、脅迫だね」
静かな声が、まるで鋭い刃のように玉座の間の空気を切り裂く。跪く守護者たちの肩がわずかに震えたのを私は見逃さなかった。
「プレイヤーがいないNPCたちは魔神になる。そして、彼らは私が協力すると言わなければ、いずれ魔神になるだろう……確かに、君は世界の安寧に協力してくれている。だが――」
そこで一度ツアーは言葉を切った。深い、深い息を吐き、空気が張り詰める。
「私は君が始原の魔法を行使することに対して譲歩する。さらに君たちの協力もしよう。だから君が、君たちが、世界の安寧のために協力してくれる証が欲しい。それが、私が君たちの行動を黙認し協力するための条件だ」
重い言葉。私は胸の奥で微かに笑みを浮かべる。ツアーという男は、やはり賢者だ。彼はただ力比べをしに来たのではない。未来のために、確実な担保を取りに来たのだ。
「世界の安寧に協力する証……なるほど、あなたは我々が裏切らないと信じられる証が欲しいわけですね?」
私がそう問い返すと、ツアーは頷いた。
「そうだ。確かに君は従属神を暴走させなかった。約束を守ったと言ってもいい。だが、それは君がプレイヤーであればの話だ。君は従属神だ。だから、新たに条件を付けさせてもらうよ」
私は一瞬、胸の奥で冷たいものが走るのを感じた。条件――この言葉の重さを、ナザリックに仕える者として痛感している。
ツアーが求めるものは恐らく……。
「……あなたが欲しいのは、ギルド武器ですか?」
「――そうだ」
その瞬間、NPCの空気が一変する。ナザリックのNPCたちがざわめき、殺気が走った。アウラとマーレが立ち上がりかけ、デミウルゴスが眼鏡の奥で瞳を光らせる。シャルティアが槍を握りしめ、コキュートスの冷気が周囲の空気を白く染めた。
私は片手を上げて彼らを制す。
「ツアー、少し待っていてほしい。評決を取るので」
「君の独断じゃダメなのかい?」
「元々アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重視してきました。ゆえに少々お待ちを」
私は仲間たちの顔を見回す。表情には困惑と怒りと悲しみが混ざっていた。私は、ゆっくりと口を開く。
「私はモモンガ様の願いを叶えるためなら、ナザリック全てを生贄にしてもよいと考えていました。故に、あなた方に問います――ギルド武器とモモンガ様。どちらが大切ですか?」
重苦しい沈黙。やがて、デミウルゴスが片膝をつき、静かに答えた。
「モモンガ様です」
それに続くように、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、アルベド、全てのNPCが口をそろえる。
「では全員一致で、ギルド武器はツアーに預けることにします」
私はツアーに視線を向ける。
「ですがツアー、少々あなたの方が報酬を取りすぎのように見えます。なので、リアルに行く回数を増やしてもよいですか? モモンガ様の願いを叶えるためには、最低でも二回はリアルへ行かないといけないので」
ツアーは少し考えるようにしたが、短くうなずいた。
「では、コキュートス、シズ・デルタ。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを預けるので、ツアーと共にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取ってきてください。霊廟に入る際にはリングを外すこと。外さなければ防衛機構が発動し、装備者に牙を剥きます」
「承知シタ」
「分かった」
三人は霊廟へと向かう。私は玉座の間に残り、静かに待つ。そんな時間にデミウルゴスが口を開いた。疑問を解消するために。
「君はなぜ、最初に我々にモモンガ様が亡くなったと伝えず、一人で情報を集めに行ったのですか? 我々の協力があれば、もっと早く――」
「もっともな疑問です。しかし、あなた方は希望の欠片もない中で、行動できたでしょうか? 私はモモンガ様から遺言を受けたから動けましたが、遺言を受けていないあなた達は、どうでしょうか?」
「……それは……その通りですね」
「そういうことです。私は単に確率の高い方法を取っただけです」
デミウルゴスとの会話は途切れ、次にセバスが低い声で問うた。
「では何故、たっち・みー様の姿を用いたのですか?」
「簡単です。
セバスが深く頷き、再び沈黙が落ちる。やがて、ツアーと共にコキュートスたちが戻ってきた。ギルド武器が彼の手に握られている。
「これで、あなたの条件は果たしましたね?」
「ああ。君がリアルにうまく渡れるよう祈っておくよ」
「ありがとう、ツアー」
言葉に含まれた揺らぎはあるが、了承の印としては十分だ。場に小さな安堵が流れる。
「さて、ここからが重要です。世界ごとに法則が異なると言いましたが、リアルは世界を作ったりすることが可能です。ユグドラシルもその一つです」
私はゆっくりと、だが確信を持って語る。
「私はモモンガ様から、夢を叶えてナザリックから去っていった人もいると聞いております。つまり、リアルこそ要なのです。モモンガ様たちにとって世界を渡る能力は、本来リアルにいる人間しか持ちませんからね」
場に小さな波紋が広がる。誰かが何かを呟くように問いを投げる。
「私はモモンガ様はもう一度皆と冒険したかった、この願いを叶えるために動きます。ですが、リアルで夢を叶えた方をこちらに無理やり連れてくることはできるでしょうが、恨まれるでしょう」
その言葉にNPCの何人かが目を伏せる。もしかしたら自身の創造主が夢を叶えた存在ということを聞いていたのかもしれない。
周囲の者に気づかれないようにアルベドの憎悪の表情があったかもしれない。そう、結局のところモモンガ様以外、ナザリックを捨てたのだろう、と言うかのように。
彼女は危険だ。何か対策が必要だ。モモンガ様の願いを叶えるために。
「なので、リアルに未練がない方のみこちらにお連れします。異論は?」
重みのある選択だ。数秒の静寂の後、返答は一斉に返ってきた。そして疑問を代表するかのようにデミウルゴスが口を開いた。
「……ありません。しかし、その話を聞くと、モモンガ様はリアルに未練はないのですか?」
問いに私は、モモンガ様の独り言であることを断った上で答える。
「私は宝物殿で、至高の御方々の姿を残す役目を担っていました。あの方々が遺された言葉、笑い声、何気ない呟き……すべてをこの身に刻んでおります!」
あの日もそうだった。モモンガ様がひとり、椅子に腰掛けられた。そのときの沈黙。あの背中から伝わる孤独――私は忘れられない。
「そして、モモンガ様は他の方々との思い出や愚痴と一緒に、リアルが辛い、『俺にはナザリックだけがすべてだ』そうおっしゃっているのを聞いております」
あの時の声色は、どこか掠れていた。強大なギルド長でありながら、ひとりの人間としての苦しみを吐露した声。私は敬礼し、ただ黙って耳を傾けることしかできなかった。
「またリアルは環境が破壊され、富裕層しかまともに生きられない地獄のような世界とのことです。そして――ここからが重要なのですが、ウルベルト様やモモンガ様は、どうやら貧困層に属していたようです」
その瞬間、デミウルゴスの声が鋭く響いた。自分の創造主が貧困層に属すると聞いて怒らないNPCはいないだろう。
「なら、ウルベルト様はこちらにお連れして、お助けしなければ!!」
声は咆哮に近い。気持ちはよく分かる。しかし私は静かに首を横に振った。
「いえ、それは分かりません。ウルベルト様はリアルに復讐したいという願いがあるとのことです。そしてたっち・みー様はリアルにおいては富裕層に位置するそうです。お二人が仲が悪かったのはそのことも影響していたようです……モモンガ様がいなければお二人は決裂していたでしょう」
場内にどよめきが起きる。計算外の因果が顔を出す。
「つまり例えば、私がリアルとこの世界を繋げてデミウルゴスがウルベルト様に接触した場合、たっち・みー様を亡き者にすることになりかねません」
「……そんな。何とかならないのですか?」
悲鳴めいた問いに、私は冷静に応じる。
「さて、なのでモモンガ様をこちらにお連れしてより詳細な内容を伺ってから、決めたいと思うのですが……ああツアー、私たちがリアルで活動することに異論はありますか?」
ツアーは深く息をついた。その顔には困ったことをしてくれるとの感情があるように思えた。
「……私はこの世界の安寧を守りたいだけだ。君たちがリアルで活動するのに文句は言わないよ。だがね、リアルとこの世界を繋ぎっぱなしにするのは止めてほしい。できれば繋ぐとしても短い時間にしてほしい」
「承知しました。と、この世界の守り神からの了承も得られたことですし、早速、私が魔法を行使しましょう。ですがその前に失敗した場合なのですが」
私は説明を続ける。声のトーンを少しだけ柔らかくする。
「この世界独自の能力、いわゆるタレントというものがあります。これはこの世界の生物がすべて持つようでして、私が失敗した場合はこの中から世界を渡るタレントというものを探していただきたい。それが見つかれば安定して世界を渡ることができるはずです。詳しくは、そこにいるツアーとリーネから伺ってください。ああ、リーネ一緒に行きたいとのことでしたが、私はすぐに帰ってきます。ここで待っていてください。では、行使します」
「待ってよ。私も一緒に――」
「――待って頂戴。パンドラズ・アクター」
自分がタレントを行使しようとしたとき、リーネが止めるように声を挙げたが、それを被せるようにアルベドが待ったをかけた。
「その、世界級の魔法を使えるのはあなただけよ? 失敗したらどうするつもり? あなたが魔法を使って、ここにいる誰か、いえこの中で一番、防御力に秀でている私が行くべきではないかしら?」
その言葉に全てのNPCが志願するかのように手を挙げた。誰もがモモンガ様を助けたいとの思いがあるようだった。そしてアルベドに続いて、シャルティアが声を挙げた。
「それならこの中で一番、戦闘力が高い私が行くべきではないでありんせんか?」
その言葉に周りのNPCたちが納得していった。確かに不測の事態に備えれば、一番戦闘力があるものが行った方がいいかもしれないと思ったようだ。
だが戦闘力だけでは足りないのだ。それを表すかのように、デミウルゴスが話し出した。
「……いや、この中で動くべきなのは緊急時に自分の判断で動くことができるものだ。そうした時、一番信頼できるのはパンドラズ・アクターだ。それはこの世界でただ絶望するしかできなかった、私たちより、リアルの世界に渡れる可能性を見つけたパンドラズ・アクターだ。次点で私かアルベドだろう」
周りの者たちが顔を暗くしながらうなずいた。そしてデミウルゴスが言葉をつづけた。
「私は戦闘力は守護者の中で一番低い。となれば行くべきなのは、アルベドかパンドラズ・アクターだ。そして私は、アルベドを推薦させてもらう。現時点で我々は情報の共有も完璧ではない。そして失敗したとき、アルベドは失えても、パンドラズ・アクターを失うのは痛い」
玉座の間にデミウルゴスの理知的な声が響いた。
「パンドラズ・アクター。君がモモンガ様のNPCであることは分かっている。だが、ここはアルベドに譲ってくれないか?」
「……承知しました。では魔法を行使してアルベド殿にリアルにわたって頂きましょう」
☆ ☆ ☆
鈴木悟は今日もアルコールに逃げていた。薄暗い自宅で、氷の音がグラスの中で小さく鳴る。酒は高価だが、それでも手が伸びる。ユグドラシルにもう金を使うことがなくなった今、何を失っても構わないという諦めが彼を縛っていた。
酒に体を任せ、仕事は惰性でこなす。首を切られる日が近いのだろうと、彼はいつも思った。その刹那、周囲の空気がひんやりと変わった。視界の端に、ユグドラシルでよく見た、転移門のようなものがふっと現れる。
「――ああ!! モモンガ様!! お会いしとうございました!!」
門の向こうから聞こえる声に、鈴木悟は一瞬、泡のように声を上げる。何かが現れる。姿は確かに、懐かしいナザリックの光景を帯びていた。
「お前は確か、アルベドか? はは、夢でも見ているのかな?」
鈴木悟の言葉は半分冗談めいている。だがアルベドは周囲を見渡した後、何かを呟いた。
「こんな狭い部屋にモモンガ様を押し込んで……リアルの上層部め、必ず復讐してやる」
その後、アルベドは「モモンガ様。失礼いたします」そう言うとアルベドはためらわずに自分を抱き上げ、お姫様抱っこのまま転移門の中へと連れ込んだ。
思わず目を閉じると、次に開いた時――そこは懐かしのナザリックだった。玉座の間、ゲーム時代と何も変わらない。空気はあの頃のままだ。
「「「――モモンガ様!! モモンガ様!!!! モモンガ様!!!!!!」」」
NPCたちの歓声が、夢のように周囲を満たす。鈴木悟はふと、これが夢なのか現実なのか判別がつかなくなる。だが胸の奥には幼い頃のように歓喜が確かに蘇っていた。
「ああ、ナザリックだ――私たちの栄光の……これは夢か」
「――はい、夢でございます。ですので、何をしてもいいのです。私をお抱きになりますか?」
「ハハ、それもいいな。アルベドの胸は柔らかいな! 夢の童貞卒業だ!」
「まぁ!! それでしたらぜひ私の処女を――」
「――でも……俺は夢の中でぐらい、また皆と冒険がしたいな」
「――
以上をもちまして黒歴史の輝きは完結です! この後どうなるかは皆さんの想像の中で! もしかしたらデミウルゴスがリアルに行って、「よくもウルベルト様を!!」という夢の展開があるかもしれませんが、それは皆さん心のなかです!
なお、「待って頂戴。パンドラズ・アクター」からアルベドが自分の心を押さえつけておらず、別の事を聞いた場合別のエンディングに分岐します!! エンディング多すぎ―!! なお、書きたいので、いつか投下するかも('ω')!