GUNDAM BREAKER 3 -異界の模型戦士-   作:バートレット

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第8話をお届けします。
Chapter1、いよいよクライマックスです。


第8話 AWAKE

 決勝戦は昼休憩が終わった後、準備時間として30分が与えられている。

 この間に機体のメンテナンスや、アセンブルの見直しを行うというものだ。

 彩渡商店街チームとハムさんは、急ピッチでガンプラの整備を行っていた。

「GNソードと対艦刀は私が引き受けよう」

「お願いします」

 ハムさんはガンダムサイファーの武装を取り外すと、刃物を研ぐようにヤスリがけを始める。

 一方のヒカルは、ガンダムサイファーの四肢と頭部を分解し、関節部分のパーツを外す。

「ミサ、アザレアの予備パーツを貸して欲しい。具体的には関節部分」

「ガンダムサイファーに使うの?」

 ヒカルは頷く。

「ガンプラの完成度を高める。短時間で出来ることを考えたら、今はこれがベストだ」

 即ち、優れたビルダーの手がけたパーツを、自分のガンプラに組み込む。

「正直、今僕がやっていることはビルダーとして邪道だと思う」

 ヒカルはどこか苦々しい表情を浮かべながら、取り外したバルバトスの左腕を見る。ゼブラとの戦いで、ガトリングの前に吹き飛ばされた左腕だ。

「でも、今の僕に出来ることはこれぐらいしかない。ミサのガンプラビルダーとしての腕に、今は賭けるしか無いんだ」

 その様子に、ミサは静かに頷き、微笑む。

「ヒカルくん、大丈夫。私、ここまで信頼してもらえるだけでも嬉しいんだ。バトルの時も、ガンプラ作りでも。だから、いくらでもヒカルくんの力になる」

「……ありがとう」

 ミサが差し出した関節パーツを受け取ると、バルバトスの腕に取り付ける。ヒカルの目には、たったそれだけの工程で、ガンダムサイファーが生まれ変わったような、そんな感覚を覚えた。

「……この決勝戦、絶対に勝つよ」

「うん」

 その言葉を最後に、2人は無言で、時間いっぱいまでガンプラの整備を続けるのだった。

 

 その一方で、ハムさんもまた、無言でガンダムサイファーの近接武器にヤスリを掛け続けていた。

 彼の脳裏に浮かぶのは、予選の最中に一瞬だけ見せた、ガンダムサイファーの姿だ。

 赤い光をその身に纏い、驚異的な反応速度を示したその一瞬。ハムさんの眼は、しっかりとその姿を捉えていた。

(私の心眼が狂っていなければ……この少年、途轍もない逸材だ)

 知らず、その顔には笑みが浮かぶ。

(そうだ……あの姿が見間違いで無いのならば、この少年は……)

 ハムさんは、より鋭く仕上がったGNソードを見つめ、その笑みを深くする。

(「極み」に達している……!)

 

 決勝戦の開始時刻となった。

 自分たちの使用機体の整備を終えた彩渡商店街チームは、観客が見守る中、筐体へと向かう。

 対するは元彩渡商店街チームのファイター擁するハイムロボティクスチーム。

「カマセっていう相手のファイター、少なくともミサの戦い方は熟知しているはず。それに向こうのチームはスタッフも優秀、企業スポンサードだから地力もある。おまけに去年までのディフェンディング・チャンピオンか」

「そうだね……ホント言われて改めて実感できるよ。こっちが圧倒的に不利だね」

 それまでややうつむき加減に歩いていたミサは、顔を上げてヒカルの顔を見つめる。

「でも、今の彩渡商店街チームの情報は集めきれていないはず。君の存在が……まさしくジョーカーなんだよ」

「ジョーカーね……」

 ヒカルはかつて、自分にかけられた言葉を思い出す。

 ――あなたは、僕達の英雄だから……。

 ――迎えに来たぜ、ヒーロー!

 記憶に刻み込まれた、かつての世界で自分にかかる期待の数々。それは重荷となってヒカルにのしかかってくる。

「……まぁ、でも、いっか」

 だが、そんな自分にかかる重圧に抗うでもなく、かと言って重圧から逃げるでもなく。ただ真っ向からそのまま受け止める。それがチトセ・ヒカルの在り方だった。

「それなら、ジョーカーの役割、しっかり果たさないとな。ババ抜きじゃ嫌われる札だけど」

「ゲームの勝ち負け決めるための大事な札だから、ババ抜きでも無いと困るんだよ」

 ヒカルが飛ばす軽口に、ミサが笑って返す。

「……行くか」

「そうだね、行こう」

 商店街の名を背負い、2人の若きファイターは筐体の扉を開けた。

 

 エンデュミオン・クレーター。

 「機動戦士ガンダムSEED」で、過去に地球連合軍とザフト軍の戦闘が行われたと語られる古戦場。「不可能を可能にする男」ムウ・ラ・フラガが「エンデュミオンの鷹」という二つ名を得た地。

 それが、決勝戦の舞台として設定されている。

 この地に、ガンダムサイファーとアザレアは降り立ち、対戦相手の到来を待ち構える。

《決勝戦のルールは単純明快。相手チームを全部撃墜したほうが勝ちだよ》

「今のところ、ハイムロボティクスチームにはあのカマセってファイターしかいないように思うけど」

 ミサのルール説明に、ヒカルは疑問点を呈する。数の上ではこちらが有利。イーブンな状況の戦闘では数で勝る勢力が優位に立つのがセオリーだ。この原則は性能と技量に余程の差がない限り、覆ることはない。ということは。

「……これで決勝上がってるわけだから、やっぱりカマセって男、相当に強いってことになるのか」

《ハイムロボティクスで機体を仕上げてるから、機体性能も段違いだろうねぇ……》

 ヒカルが何気なく呟いた言葉を受けて、ミサはげんなりとした様子でため息をつく。

「でも、やることは変わらない。相手の機体構成に合わせて、常に2対1の状況で……」

 ヒカルが作戦を口にしたその時だ。

 

 彩渡商店街チームの眼前に、巨大な影が舞い降りた。

 

 塗装は赤と白。

 ストライクフリーダムやアカツキをベースとしており、バックパックのオーライザーやバンシィのボディが目を引く。

 しかし、それらの個性付けに加え、その機体には大きな、文字通り大きな特徴があった。

 サイズである。

 ガンプラバトルでは1/144スケールの、いわゆるHG(ハイグレード)と呼ばれるモデルをベースに機体が構成されるのが主流だ。一部のビルダーは1/100スケールのMG(マスターグレード)モデルを使用することもあるが、制作難易度の高さや取り回しの悪さなどから、敬遠されがちである。

 だが、眼の前に現れた機体――登録名・「スタリオンライザー」――は、MGサイズよりもさらに大型。1/60スケールの、PG(パーフェクトグレード)モデルによって機体を構成していた。HGモデルと比較すれば、そのサイズは2倍以上。さらに、ディティールや可動域もHG以上。ガンプラバトルにおいて、HGモデルとの性能差は歴然としていた。

《見ろよ! この圧倒的なガンプラをォ!》

 その機体を駆るはカマセ・ケンタ。彼は、腕部のGNソードⅢを構え、大地を蹴って突進する。

《PG機体っ!? タウンカップでそんなの使うチーム見たこと無いよっ!?》

 ミサは目を丸くして叫んでいる。

 ヒカルは声にこそ出さないものの、内心ではパニックに陥っていた。状況を甘く見積もりすぎていたのだ。

 2対1、圧倒的不利な状況を覆すために、機体(ガンプラ)そのものに性能差をかける。

 それをやすやすと実行できるのがガンプラバトルだ。ヒカルはこの現実を、ここに来て突きつけられる格好になった。

「さっ……散開っ!」

《これ……これどのパターンっ!?》

「アドリブだよこんなの! 想定の斜め上だ!」

 落ち着かなければ、という思考が脳内にあふれかえる。だが、それは逆効果。ヒカルの思考はより恐慌に駆られてしまう。

 何故ヒカルはここまで恐慌しているのか。それは、彼の持つ「常識」にこそあった。

 これだけの大型兵器がヒカルの世界に無いわけではない。大型のモビルスーツやモビルアーマーは確かに存在する。だが、それはあくまでも拠点の防衛や攻略、あるいは大隊~旅団クラスの、数で攻める敵を個の力で制圧するといった運用だ。小隊・分隊クラスの敵軍にぶつけるには、あまりにも非効率。それが彼の常識だ。

 実際、彼は何度か大型兵器と鉾を交えている。だが、その時はモビルスーツ搭載母艦のサポートがあった。また、大型兵器そのものに何らかの欠陥が存在するなど、状況が味方していた部分も多く存在した。

 だが、これは戦争ではない。ガンプラバトルなのだ。常識など、この場ではただの枷にすぎない。

 そして、ヒカルは理解している。小隊・分隊クラスで大型機体に勝つことは不可能に近い。兵器としての地のスペックが違いすぎるからだ。乗り手の技量すら、この圧倒的性能差の前では誤差に等しい。

 ヒカルは戦場に長く居すぎたのだ。戦場のセオリーに囚われ、その結果がこの恐慌状態だった。

 

《うちもこの機体を持ち出すのは予定外だった……》

 通信用スピーカーから聞こえてくるカマセの声に耳を傾ける余裕もない。ペダルを無我夢中で蹴っ飛ばし、紙一重で最初の突進を回避する。

《でもなぁ……お前らに現実、見せてやりたくてなっ!》

 突進そのものを回避するものの、その余波でガンダムサイファーは姿勢を崩しかける。どうにか機体の制御を保つので精一杯だ。

 カマセが言葉を放った意図は違うのかもしれない。だが、ヒカルはその言葉を受け止めるしか無い。

 戦術や技量、それら全てを無意味にする彼我の戦力差。そしてガンプラバトルという世界において、価値をなくしたヒカルの常識。

 それら全ての現実が、ヒカルに牙をむいていた。

 スタリオンライザーの懐に入り、一太刀浴びせようと試みるが、素体が機動力の高い機体で構成されているためか、動きは俊敏で捉えきれない。

 振り抜いたGNソードは空を切る。

 そこへ、スタリオンライザーのビームライフルから一筋の光条が放たれる。

 ガンダムサイファーの真横を、荒れ狂う光の奔流が通り過ぎた。

 ヒカルは恐慌の余り目を見開き、ガンダムサイファーを掠めていった高出力のビームを凝視する。

 結局、遠距離での撃ち合いになる。射撃を続けるミサの囮を務めるしか、この場での勝機はない。だが、もしミサが落とされたらどうなるだろう。決定打に欠ける状況で、虎の子のアザレアを失えば、いよいよ自分たちに打つ手はなくなってしまうのだ。

(ミサへの負担が大きすぎる……くそっ、何か、何か手を……!)

 せめて刺し違えてでも、手傷さえ負わせることができれば。そんな捨て鉢な考えまで浮かんでくる。

 しかし、僅かに残された冷静さが、その行動を引き止めていた。ヒカルの精神状態はすでに、理性と自棄による極限の綱引き状態に差し掛かっていたのだ。

《ちょこまかとォ! 鬱陶しいんだよルーキー!》

 しかし、カマセが苛立ったように叫ぶ。

 周囲を飛び回りながら隙を探すというガンダムサイファーの行動は、スタリオンライザーの妨害という一点において、確実に効果を上げていた。

《だったら……こいつでも喰らいやがれッ!》

 鬱陶しさが募ったのか、ついにカマセは奥の手を出してきた。オーライザーに接続されている2基の太陽炉の出力が上昇し、大量のGN粒子を放出する。吐き出されたGN粒子は指向性を持たないものの、スタリオンライザー周辺一帯の空間が高濃度のGN粒子で満たされた空間を作り出した。

 GN粒子は、それ自体が物理的な力場を持つ。大量のGN粒子が運動しながら滞留する空間は、傍から見ればさながら吹雪のような光景だが、実際に雹や霰が大量に吹き荒れるような状態である。その真っ只中に巻き込まれたガンダムサイファーは、ひとたまりもなかった。

「ぐあぁぁぁっ……!」

 堪えきれず、木の葉のように舞い上がり、吹き飛ばされるガンダムサイファー。

 四肢がもがれるほどでは無いものの、アーマーポイントは危険域に差し掛かる。この状態でまともに攻撃を受けてしまえば、大破は必至だ。

 不幸中の幸いか、フレーム構造へのダメージこそ少ないものの、もはやガンダムサイファーは一発の攻撃も受けることが出来ない状況に陥る。

《ヒカルくんっ……うわっ!?》

《金と! 技術無しで! 勝てるのかよォッ!》

 ミサが悲鳴混じりの声を上げる中、スタリオンライザーは猛然とアザレア目掛けて突進した。

 

 誰の目から見ても明らかな、絶望的な状況。

 

 だが、スタリオンライザーが回避の間に合わないアザレアへ迫っていく光景が、ヒカルの中に眠る記憶を呼び覚ます。

 

(同じだ、()()()と)

 

 ヒカルの脳裏に蘇るのは、たじろぐガンダムエクシア目掛けてトールギスが斬りかかる光景。

 

 ――馬鹿っ、手ぇ出すな!

 

 ――速いっ……!

(その時、僕は)

 

 ヒカルは反射的にブーストペダルを踏みつけた。転倒したガンダムサイファーの身を起こすと、アザレアの元へと向かわせる。

 

(どうしていた? そして……)

 

 身体が勝手に動いていた。

 アフターバーナーに火が入る。

 ガンダムサイファーが、アザレアの元へと向かう。

 それが自分の身を危機に晒すことは明白だった。

 

(……どうなったんだっけ?)

 

 スタリオンライザーが拳を固め、アザレア目掛けて突き出す。

《潰れろよォ!》

 振り下ろされる一撃。

 間一髪、ヒカルは、スタリオンライザーとアザレアの間に飛び込んだ。

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 ――最後まで、諦めるなよ!

 

 

 

 

 

 脳裏に、かつて戦場で仲間を護るために散った1人の男の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……う?」

 

 ミサは薄目を開く。鉄の塊が擦れあい、軋むような音が聞こえていた。

 アザレアに撃墜判定は出たのだろうか。そう思い、視線をやや上げると、0を刻んでいるはずのアーマーポイントは、最後に見たときと同じ数値だった。

「一体、どうなっ……て……」

 ミサはさらに視線を上げる。

 モニターに大きく映し出された影。それが、ガンダムサイファーの機体であることに気づくのに、少し時間がかかった。

「えっ……!?」

 ミサは、目の前で何が起きているのかを把握した。が、理解ができなかった。

 

 ガンダムサイファーが、二振りの対艦刀を目の前で交差させ、スタリオンライザーの拳を受け止めていたのだ。

 

(ミサが貸してくれたパーツと……ハムさんがくれたガンダムバルバトスのパーツ……全く、我ながら世話の焼けるルーキーだよ)

 ジョーカーが聞いて呆れる、とヒカルは自嘲的に笑う。

 ガンダムバルバトスのフレーム構造は頑丈だった。メイスや滑腔砲などの大振りで重い装備を扱うことが出来るのも、このフレーム構造あってこそ。だからこそ、PGの機体の一撃にも張り合うことは出来る。

 さらに、ミサのジョイントパーツだ。元々重武装を扱うアザレアの予備パーツだからこそ、丁寧に、頑丈に作ってあった。

 この2つの相乗効果が、スタリオンライザーの拳を受け止めるだけの力を生んだ。

 だが、このままではやがて、ガンダムサイファーが押し負けてしまう。

 ヒカルの耳にも、ガンダムサイファーの腕部が、脚部が軋む音が聞こえた。

 だが、ヒカルは逃げない。操縦桿を握り続ける。

(ガンダムサイファー……うまく作ってやれなくて、ごめんな。だけど……)

 拮抗する状況の中、信じがたい現象が起きた。

 ガンダムサイファーが、一歩だけ前へと進む。

 スタリオンライザーの拳が少しだけ押し返される。

(足りない分は僕自身の力で埋め合わせる。だから……)

 操縦桿を前へ倒す。目の前の巨大な拳を押し返すために。

 

 

 

 

 

「まだまだやれるよな……ガンダムサイファー!!」

 

 

 

 

 

 筐体内で、ヒカルは顔を上げる。

 その動きにシンクロするように、ガンダムサイファーも顔を上げる。

 

 

 

 

 

 ガンダムサイファーのカメラアイ(チトセ・ヒカルの眼)は、

 赤々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 突如、深紅の光がガンダムサイファーから放たれる。

 その光は衝撃波となって、スタリオンライザーの拳どころか、巨大な機体そのものを弾き飛ばす。

 

《嘘だろっ……!?》

 スタリオンライザーを操るカマセは、突然吹き飛ばされた機体を立て直しながら、驚愕で目を見開く。

 

 

 

 目の前には、アザレアを護るようにして前に立つ、深紅の光に身を包んだガンダムサイファーの姿が在った。

 

 

 

「えっ……あんなこと出来るの!?」

「おいおいあんなの見たことねぇぞ……!?」

 観客席のセイナとアキタカの2人は、その光景に絶句する。

 

「あれだ、あの光だ……! 俺が見たのはあの光だ!」

 同様に、観客席で観戦していたシドウは、興奮気味に声を上げる。

 

「なんつう奥の手隠し持ってやがる……!」

 シドウの隣では、ゼブラが唖然として呟く。

 

「あの光……そうだ、これが見たかったッ!!」

 ハムさんは歓喜に満ちた表情を浮かべる。

 

「あぁ、こういうノリの方が、俺の好みだね……」

 カドマツは、満ち足りた面持ちでモニターを見上げる。

 

 

 今や、会場中がガンダムサイファーに起きた現象に、その身に纏う光に、魅入られていた。

 

 

 ガンダムサイファーは、自分より遥かに大きいスタリオンライザーの前で、改めて二振りの対艦刀を構える。

 歴戦の剣豪と見紛うばかりの堂々たる立ち姿を前に、カマセは思わずたじろいだ。

《そんな……PGのパワーと張れるなんて……!?》

 ここまでで受けていたガンダムサイファーの損傷は、すさまじい速さで修復されていく。マイクロマシンが活性化し、修復作業のスピードが格段に上昇しているのだ。

 ヒカルは自分の頭の中がすっきりと、クリアになったのを感じる。

(あぁ、思い出した)

 身体の奥底から、闘争本能が溢れ出る。次にどうすればよいか、どう戦えばいいか、手に取るようにわかる。

 ガンダムサイファーと自分が一体化したのを感じる。

 今やヒカルはガンダムサイファーそのものであり、ガンダムサイファーはヒカル自身だった。

 この感覚には覚えがある。

 

 かつてヒカルがいた世界で、自分を、仲間を幾度も救ってきた力。

 人機一体の境地。

 常識を破壊し、非常識に戦う者の象徴。

 ヒカルの世界では、こう呼称されていた。

 

 覚醒、と。

 

 ガンダムサイファーは月面を蹴り、飛び立つ。

 上空に上がると、少しだけスタリオンライザーが小さく見えた。

 あんなものに今まで怯えていたのか。

 こうして見ればただのモビルスーツに変わりはない。

 いつもどおり戦おう。

 少しだけ、手間がかかるけれども。

 スタリオンライザーは慌ててGNソードⅢを構え、追いすがろうとする。

 その動きに合わせるように、ヒカルはライフルモードとしたGNソードを構え、撃つ。

 それまで以上の威力と貫通力を持ったライフルの粒子弾が、狙い違わずスタリオンライザーの脳天に突き刺さり、爆ぜた。

《な……何かしたんだろ!? アセンブルシステムに、何か細工したんだろ!?》

 混乱のあまり喚き散らすカマセの声。

 だが、今のヒカルの耳にはノイズでしかない。

 GNソードが展開され、その刃にはGN粒子が集まっていく。

 定着させたGN粒子が過剰に励起し、ビームサーベルのように粒子の刀身を形成する。

 接近してひと薙ぎすると、スタリオンライザーの左手が、装備していたビームライフルごと溶断された。

《認められるかよ、こんなの……!》

 スタリオンライザーは残った手でガンダムサイファーを鷲掴みにしようとする。

 その手は虚しく空を掻いた。

 一瞬前までそこにいたガンダムサイファーは、目にも留まらぬ速さでスタリオンライザーの背後に回っていたのだ。

《ちゃんと……ちゃんと調整したのに……!》

 バックパックのオーライザーにガンダムサイファーが手をかける。力を込めると、オーライザーは金属が砕ける音と共に引き剥がされた。

 常識を超えた性能を発揮するガンダムサイファーに、スタリオンライザーはただただ翻弄されている。

 ヒカルはGNソードを振りかぶり、スタリオンライザーのコックピットブロックに突き立てた。

《こんな……こんなの……っ!》

 スタリオンライザーの太陽炉が損傷し、行き場をなくした粒子が機体から溢れ出る。

《嘘だァァァァァァァッ!!》

 カマセの叫びと共に、スタリオンライザーの巨躯はエンディミオン・クレーターの藻屑と散った。

 

 GN粒子の奔流が、ガンダムサイファーを覆い尽くす。

「ヒカルくんっ!」

 呆然としてその一部始終を眺めていたミサが、我に返ったように叫ぶ。

 

 やがて、GN粒子の霧が晴れる。

 

 そこには、赤い輝きを失ったガンダムサイファーが、直立不動の姿勢で月面にそびえ立っていた。

 




なんとか序盤の山場を迎えることが出来ました。
ガンダムブレイカー2だと最初のステージから使用できる覚醒ですが、今作ではChapter1の終盤です。
とは言ってもChapter1自体が長めのチュートリアルみたいな部分はあったりするのですが。

次回でChapter1は終わりです。
見事優勝を決めた彩渡商店街チーム、しかし謎は残る。
ヒカルの覚醒は何故ゲームであるはずのガンプラバトルシミュレータ上で発揮できたのか?

ご意見ご感想などお待ちしております。

次回をお楽しみに。

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