<3:京太郎>
かつり、かつりと床を鳴らす。
歩く音、床を叩く音。
松葉杖の金属音が、廊下を少しずつ進んでいく。
いつしか、習慣になっていた。
週に3度の病院通い。
少しだけ。
ほんの少しだけ、早く家を出て。
その病室へと、足を運ぶ。
かちゃり、と軽い音を立てて部屋へと入れば。
早一週間の間、夢と現を彷徨う少女が寝ている。
眠り姫、と呼ぶにはやや不釣り合い。
100年もの間、眠り続けるわけがないのだから。
そして、その隣。
「……こんにちわ、竜華さん。」
「……や、京太郎くん。」
その場所には、いつも彼女がいる。
幾ら春休み、とは言っても。
来る日、来ない日。
それは本来あってもおかしくない筈なのに。
いつでも、彼女は其処にいた。
目を醒ますのを、じっと待つように。
罪から解き放たれるのを、待つように。
「……これ、御見舞です。」
途中買ってきた、手頃な果物の詰め合わせを荷物置きの上に。
せめて、これくらいは。
名前も、知らない少女なのに。
知ろうと思えば知れる。
なのに、知ろうとも思えない、少女のために。
「いつも、あんがとな。」
「……竜華さんこそ。」
「ウチは……やりたいこと、してるだけや。」
やることがない、とは思わない。
ただ、今こうしているのが。
やりたいことなのだと。
そう、言葉で示す彼女に。
何も、言えない。 何も、言ってはいけない。
「……見てますから。」
「……水、入れ替えてくるね。」
花瓶を片手に、部屋を去って。
互いに、殆ど何も知らないけれど。
それが、互いに心地よいのだと。
静かな、呼吸音の中。
何となく、そう感じた。
<3:竜華>
そろそろ、だろうな。
時計を見て、何となくそう感じた。
彼と出会って、約一週間。
たったそれしか、経っていないのに。
過ごした時間なんて、殆どないのに。
大凡の時間が分かる気がして、小さく苦笑した。
「……こんにちわ、竜華さん。」
「……や、京太郎くん。」
かちゃり、と部屋を開ける音。
中の人への気遣いが、きちんと出来る少年。
須賀、京太郎君。
……涙を、見られたんだろうな。
心配、させたんだろうな。
一週間前、初めて出会った時を思い出す。
あの時。
何も言わずにいてくれたことが、何よりも救いになった。
「君のせいじゃない。」
「運が悪かっただけだ。」
そう、彼女の両親には慰められたけれど。
そんな慰めに――――意味を、感じなかった。
だって。
背負って感じているのは、ウチなのだから。
「……これ、御見舞です。」
そっと置かれた、果物の詰め合わせ。
来る度に、何かを持ってくる。
金銭的にも大きいだろうに。
一切気にさせない、少年。
「いつも、あんがとな。」
「……竜華さんこそ。」
「ウチは……やりたいこと、してるだけや。」
だからこそ、ウチの言葉で礼を告げる。
未だに起きない寝坊助。
園城寺怜、その代わりとして。
「……見てますから。」
「……水、入れ替えてくるね。」
ちらり、と花瓶を見たのに気付かれたのだろうか。
……相変わらず、気の利く少年。
一緒にいて、心地良い。
気楽で過ごせる、間柄。
何も知らないからこそ、こうしていられる。
……少なくとも。
今の時間は、嫌いではない。
……そっと、扉を閉めて。
考えてしまったことを、掻き消すように。
小さく首を振って、廊下を歩き出した。