ユー君
アイちゃん
後輩ちゃん
基本そこまで続けるつもりはないので、一応10話前後でユー君とアイちゃんの気持ちの行方に決着はつけるつもりです。
そこからは番外編的なものでちょくちょく投稿していこうかなと思っています。
学校の日だ。
いつもは起きている時間で朝食を取り支度をしているはずの時間帯、だというのに俺はまだベッドの上にいた。
「……ごほっ! げほっ!」
……風邪、ひいちゃったみたい。
一昨日から少しばかり様子がおかしかったが、今日の朝目が覚めた瞬間強烈な体の怠さに襲われた。頭が重く咳も止まらない、典型的な風邪の症状に俺はマジかと思わず呟いた。朝食を作っている姉さんに現状を伝えに行かないと拙い、そう思っているのだが思った以上に体が動かない。額に手を当ててみるが結構熱い、熱もそれなりにあるようで重い溜息が零れる。
それから暫く寝ているとどうやら姉さんが部屋から出てこない俺のことが気になったみたいで。
「ユー君? まだ寝てるの?」
ドアの向こうから聞こえる姉さんの声に俺は掠れたような声で答えるのだった。
「……姉さん、ちょっとしんどい……ごほっ!」
「ちょ、ちょっとユー君!?」
バタンと音を立てて姉さんが部屋に入ってきた。
姉さんは寝ている俺に近づくとすぐ状況が把握できたのか額に手を当てて、それからすぐに薬と濡れたタオルを持ってきてくれた。早く会社に行かないといけないはずなのに、こうまで手間を掛けさせてしまうことが申し訳なく思う。
「大丈夫? 起きれる?」
「……うん」
姉さんに手を貸してもらい起き上がると、それだけで頭痛が頭に広がり思わず眉間を抑えた。風邪の症状として咳とか鼻水だけならどうとでもなるのだが、このグワングワンとした頭の痛みだけはどれだけ経験しても慣れることができない。起き上がっただけでこれならおそらく立ち上がったらもっと痛いのだろう。
「ほら、これ飲んで。そうそういい子だね」
少しばかり姉さんの言葉が子供向け……まあまだ俺は高校生だけどさ。
姉さんに背中を支えてもらいながら薬と一緒に水を飲んで一息、大きく息を吐き出して横に寝転んだ。あぁこれは本格的に今日学校に行ける状態ではないか……。
姉さんから体温計を計ってみると――。
「38度……完全に風邪だね」
「みたいだな……」
「学校に連絡しておくから今日はゆっくり寝ておくこと、いい?」
「……念押ししなくても動けるほど元気じゃないんだよなこれが」
ベッドの上で暇だからと言ってゲームすらやる気力がない。
どうやら今回の風邪は一年に数回あるかないかの質の悪いものに罹ったらしい。とりあえず姉さんに俺は大丈夫だからと会社に行くように言った。姉さんは本当に心配しているようで有休でも取ろうかと言い出したが、流石にそれはいいと頑なに断った。最終的に姉さんは仕事に向かったが、俺の部屋から出るその瞬間まで心配そうに俺を見つめていたのだった。
姉さんが家から出て行って静寂な時間が訪れる。
体の熱さで頭がクラクラとしているせいか妙に色んな音が鮮明に聞こえてくる。時計の秒針の音、自身の心臓の音、遠くを走る車の音……不思議と色んな音が鮮明に聞こえてきた。
しばらくボーっとして過ごしていたその時、俺はあっと大切なことを思い出ししんどいと訴える体に鞭を打ってスマホを手に取った。
lineを起動しアイの名前へ飛び一言。
『悪い、風邪引いた。今日は学校休む』
いつも一緒に登校しているから行けないことを伝えなくてはならない。短く伝えるべき用件だけ書いて俺はスマホを置いた。
その時点で既に限界だったのか俺の瞼は徐々に下がってくる。
俺はアイからの返事を待つことなく眠りに就くのだった。
「……ううん……あれ?」
重い瞼を開けて、どうして俺はベッドの上にいるのだろうと首を傾げた。
しばらくどうしてかを考えていると今日は風邪を引いたので学校を休んだことを思い出した。どうやらそんなことすら忘れてしまうくらいにボーっとしているということなのだろう。とはいえ頭痛に関しては少しだけマシになり鋭い痛みが走ることはなかった。
時計を見ると正午、ちょうど学校では午前の授業が終わった頃だろう。
ふぅっと、大きく息を吐き出す。
そこで俺は一つのおかしなことに気づいた。それは俺の額でひんやりと伝わる冷たいタオルの存在だ。姉さんが仕事に向かってから俺はずっと寝ていたため、額に乗っているタオルを変えてはいない。だからこそこうして冷たさが伝わることはありえないはずなのだ。誰かが交換した? だとすると一体誰が? そんな疑問を抱いていた時、ガチャリと俺の部屋の扉が開いた。
一体誰がとその人物を確認した時、俺は正直驚いた。
だってそこにいた存在はこの時間に決して俺の部屋にいるはずのない存在だったから。
「……なんで……お前が」
「あ! 起きたんだユー君。大丈夫? 辛くない?」
俺の部屋に現れた存在、それはアイだった。
アイは起きていた俺を確認すると嬉しそうにしたのも束の間、すぐに心配そうに俺に駆け寄ってきた。一体どうしてここにいるのか、俺の視線から察したのかアイは話してくれた。
「あはは……ユー君がメッセージくれたでしょ? それから心配になっちゃって学校休んじゃいました!」
「休んじゃいましたって……」
別にそこまでしてくれなくても大丈夫なのに、そう言いかけるよりも先にアイが続けた。
「ユー君のお姉さんも会社に行くだろうし、そんな中ユー君一人だけ苦しんでると思うと我慢できなかったの。私はたぶんそんな状態なら学校に行っても集中できないだろうし。なら思い切って休んで看病しちゃえってね」
「………そう」
「うん。今から学校行けって言っても聞かないし聞けないよ? もうお昼だし」
……強かだな。
時計を指さして笑顔を向けてくるアイにそう思った。
それからアイに寝ていなさいとベッドに押さえつけられ再びベッドの住人と化し、暫くすると部屋から出て行ったアイがお椀を持って帰ってきた。
「辛いだろうけど少しでもお腹に入れないとね。おかゆ作ったから食べよ?」
「……悪いな」
確かにさっきから腹がぐぅぐぅと鳴っていたところだ。
正直食欲はそんなにあるわけではないのだが、少しだけお腹が減っているのもあるし何より、せっかくアイが作ってくれたのだからそれを無駄にしたくはなかった。
起き上がるのをアイの手を借りて上体を起こす。
お椀に入ったおかゆをスプーンで掬い、それを直接アイは口元に運んでくる。
「はい。あ~ん」
「あむ」
いつもなら恥ずかしいこんな行為だが、今の俺はそれすら特に考えないほど参ってしまっているのだろう。導かれるままに口元に運ばれたスプーンを加えおかゆを喉に通す。甘すぎずしょっぱすぎず、絶妙な味わいのおかゆが喉を通る。食欲がなかったのに反して自分でも意外に思うほど早くアイが作ってくれたおかゆを完食した。
「……ご馳走様、美味しかったよ」
「ふふ、お粗末様でした♪」
可愛らしい笑顔のアイに別の意味で熱が上がりそうになる。
とはいえ流石にそこまでの余裕はやはりなかった。おかゆを食べてからまた眠気が襲ってきたためゆっくりとベッドに横たわる。
横になった俺を見てアイは当然のように額に乗ったタオルを水に入れ、再び冷えた状態となったものを額に戻してくれた。少しばかり温かくなっていたタオルが冷たくなったことで何とも言えない気持ちよさを齎してくれる。
「ありがとうなアイ、本当に助かった」
「いいんだよ。私がしたくてやってるんだから」
……。
思えば昔からアイはこうだった気がする。
何かあれば率先して世話を焼きたがって、ご飯を作ったりするのも大変だろうに嫌な顔せずやってくれる。今日だってわざわざ学校まで休んで……アイはこうは言ってくれているが正直申し訳なさがないわけじゃない。これは風邪が治ったらお礼も兼ねて何かお返しをしないといけないな。
「眠そうだね。ゆっくりお休み。何かあったら言って。そこで本読んでるから」
……申し訳なさがある。でもそれだけじゃなくて。
「風邪……移っちまうぞ?」
「大丈夫だよ。ユー君と違って体調管理はバッチリです。だから安心して看病されてくださいな」
心配してくれるアイに傍にいて欲しい、きっとそう思っているのだろう俺は。
風邪を引くと人間というやつは少し弱くなってしまうのか、自分でも思う以上にアイという存在に依存する弱い自分が今ここにはいた。きっと風邪が治れば今まで通りになると思うけれど、でも今はこの我儘を、この弱さを許してほしい。
「アイ」
「う~ん?」
「お前がいてくれて良かったよ。本当に」
「……いきなりだね?」
「迷惑だった?」
「全然、寧ろ……こうして一緒にいれることが私は嬉しいよ」
「……そっか、俺もだ」
「えへへ、同じだね」
あぁ本当に。
この幼馴染にこういう場面では勝てないなと、改めて俺は思うのだった。
風邪の時に看病してくれる幼馴染が欲しかった(血涙