夏の梅の子ども*   作:マイロ

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澱んだ空気。

 客室をつっきって、次の車両へ繋がる扉へ跳びこめるよう、使い切った弾倉を片手で抜き取って投げる。ガラゴロと何に当たるでもなく、壁にぶつかり、閉まっていた扉の前の床に転がる。動くものに反応して開かれる自動式扉の隙間を、扉の方を背にして横向きに体を滑り込ませるようにして、別車両に入る。まだ、電気は通っているようだった。真紅の絨毯に、金の唐草模様の内装、壁に取り付けられた古風な灯りが光を落としている。時代を二世紀ほど遡ったかのように錯覚する。そして、攻撃を受けるビジョンが途絶えた。

 わざわざ外つ国から仕入れたらしいマホガニーの一枚扉が並んでいる。その数だけ客室がある。無人かどうかも分からない。有人だとしたら、恐ろしく静かだ。昏倒しているか、すでに息を引き取っているのか。

 

(気にしている余裕はないか)

 

 すぐわきに死角となる場所があり、そこへ身を翻す。極力静かに呼吸を整える。さっきほど、物に反応して開いた自動式扉は、夏梅を抱える織田作を通すと、また少しして閉まる。壁に背中を押し付け、気配を殺す――それでもしばらく、音沙汰はない。

 

(追ってはこないのか)

 

 横目で内装を見てみると、ここには目立った焼け跡などは見つからない。手入れの行き届いた絨毯は、土足で歩くのをためらわれるほど。こうして、血の匂いをまとって粗暴に踏み入ったのが、場違いに感じられる――それほど、この空間は、何事もない様相を呈していた。逆に、警戒心が吊り上がった織田作は壁際へ寄る。その際にも、周囲を確認していたが、どうやらこの車両では、あの黄色い物体が爆発といったことはないようだった。そして、不可視の敵も、何故か追ってくる様子はない。

 不気味な安全地帯は、罠のようにも感じられる。しかし、悩んでいる時間はなかった。

 

 腕の中に目を落とすと、小さな頭が見える。ちゃんと(、、、、)異能ははたらいたらしい。

 

 だが、この状態では、夏梅はまともに動けない。今のうちに夏梅を隠せる場所を探さなければ。今や片手でも抱えられるほどの縮んでしまっていた。血を含んだ前髪は、黒々と濡れている。顔は少し伸びた髪によって隠れてしまっていた。

 

 どこか、見つかりにくく安全なところがいい。血はもう滴ってはいない。しかし自衛ができる状態でないことは火を見るよりも明らかだった。

 

 ざっと目だけで車両を見渡し、連続して同じように並んだ部屋のなかで一室だけ異なる場所を見つける。――倉庫のようだった。

 

 倉庫らしき部屋は鍵が締まっていた。物音を立てるのは敵に居場所を教えるようなもので、避けたかったが、今もまだ鍵がかかっているということは、ここには入っていないということだった。倉庫というからには、物が雑多に置かれているはず。整然とした客室よりは、まだましだろう。銃で鍵を撃った。ゴロリと床に落ちる錠前を手に取り、乱暴に扉を開けると、そこは黴の臭いがした。

 木箱が積みあげられていて、せっかくの窓からの光を遮っていて、薄暗い。木箱の中にいろいろな備品が入っているのだろう。保管状態がいいとは言えないかもしれないが、隠れるにはちょうどいい。積みあげられた木箱の陰に、夏梅を降ろした。錠前を傍において、夏梅の体を確認した。

 服は血に濡れていて、このままでは身体が冷えてしまうだろう。

 織田作はすぐに自分の上着の襟に手をかけた。上着を脱ぐ際に、首にチリと何かが引っ掛かる感覚がした。

 あまり気にせず、我が子の様子を確認する。それは、十歳になるかどうかといった幼い容貌だった。

 

「……あたたかい、な」

 

 触れた頬は、思った以上に温かかった。子ども体温といっていい。

 生きている。そのことに神経がほぐれるのを感じて、ずっとぎりぎりとした頭痛を覚えるほどの緊張があったことを知る。

 子どもの体温は、緊張をほぐす効果でもあるのかもしれない。

 

 来ていた服が合わなくなってしまっているので、夏梅はすこし困るかもしれない。代わりにもならないだろうが、上着をしっかりと巻き付ける。ちょうど木箱の色と同系色なので、紛れやすくなるかもしれない……というのは期待観測が過ぎるだろうか。

 

 夏梅をできるだけ隠し、しかし、逃げ道を作るように物を動かしてから、立ち上がる。

 

 胸元が心無く感じた。

 夏梅を降ろしたからだろうか。

 

 その時にどたどたという騒がしい足音が天井を駆け抜けていった。向こうの車両から、爆発する音、窓が割れる音が聞こえる。足音は追い追われているようで、二つ分あった。

 

(ここにいるのはガスマスクの男と爆弾魔の梶井、そして見えない敵)

 

 そして、織田作と夏梅。

 挙げてみれば、なんというか、まとまりがない。それぞれがそれぞれに対し、攻撃を仕掛けている。織田作と夏梅を置いておくとして、敵の全貌がつかめない。ポートマフィアの梶井は、ガスマスクの男とは敵対しているようにみえた。梶井は夏梅に、爆弾を渡してよこしたらしい。つまり、敵――であるとして、しかし梶井を襲ったのだろうガスマスクの男は、梶井が戦闘不能になっているなかで、睡眠性だがガスを使ってわざわざ織田作の意識を刈り取りに来た。分かるのは、不可視の者だけが明確に攻撃を仕掛けてきたということのみ。

 

 それにしても、不可視の者を除けば、残りの者たちの行動は奇妙だ。

 梶井は、夏梅を狙っていたのだとしたら、なぜ爆弾を寄越すなどという遠回しな手を打ってきたのか? 想像さえしたくもないことだが、手渡したその時に爆発させれば良かったはずだ。

 

 なにか、前提が、根拠が違うのだろうか。

 わからない。織田作は手がかりを持たない。なぜなら、起きた物事のほとんどが、織田作が寝ていたり、意識がなかったりしていた間の出来事なのだ。情報も、夏梅が語ったことや、織田作の目で見た断片的な場面のみだからだ。

 

 敵味方がわからないことはもちろんだが。

 

 そもそも、だ。

 

 そもそも他の乗客はどうしたというのか。

 どこへ消えた――?

 

 情報が圧倒的に足りていない。

 

 車両の奥で、ガタガタと音がした。

 

 夏梅のいる倉庫へ行かせないよう、囮となるために、次の行く先を探す。

 通路を出る。出た扉の前から離れたところで待った。これで夏梅のいる車両から引き離す。

 

 間を隔てる扉が開閉した音はしなかった。

 

 しかし、攻撃を受ける自分の姿を“見た”織田作は、すぐに避けた。そして攻撃してきた方向から見当をつけて銃を放つ。車両の開閉扉へと銃弾が貫通する。

 手応えはない。しくじった、のか。

 

 その方向へ撃ちながら逆走するも、壁に穴が開くだけだ。

 それでも攻撃の手は緩んだようだった。

 

 弱体化させることができたのか、銃に怯んでいるのか。

 ラウンジの方へ戻ろうと壁を横走りして扉を抜けた時、視界の端に緑のマフラーが移った。見過ごせるはずもない。

 

 ラウンジの窓を蹴り破って、窓枠に手をかけ、腕と腹筋によって車両の上の装甲へと乗りあがった。

 

 

 夏場に緑のマフラーが異様な、ポートマフィアの梶井基次郎。

 資料通りの外見に、色眼鏡の奥で薄く笑うその男は、武器を持っていなかった。

 

 織田作は銃口を向ける。

 

「何が目的だ」

「やめてくれないかね、いきなり銃を突き付けてくるのは。私は君を助けたんだよ」

 

 両手をあげておどけたように言う。銃を突き付けられているというのに、飄々としたものだ。

 

「ポートマフィアのお前が、か?」

 

 面白い冗談だ。一笑に付すまでもなく、黒だ。

 

「この列車の乗客たちはどうした」

 

「知らないね。それは私とは何のかかわりもないことさ。私も襲われた口でね」

 

 夏梅に爆弾を寄越した口でよくいうものだ。

 夏梅が凶器を寄越した人物を介抱するというのは、まだあるかもしれないとは思う。しかし、梶井もそれを受け入れたというのには、違和感しかない。

 

 その前提が間違っているとすれば。

 悪意あって爆弾を夏梅によこしたのではないとすれば。

 

 少なくともこの場の梶井は、いやに協力的であるようだ。

 敵対ではないということか。

 

「澱んだ空気のようなやつらだよ、あいつらはね」

「澱んだ空気……見えない者のことか」

 

「あれに襲われて無事だったのか。実に興味深いよ」

 

 自分はこのざまだった、と両手を広げる。両手には何もない。服のどこかにあの檸檬を持っているのかもしれない。しげしげと服の上から細部へと視線を滑らせ、隠し持っていそうな場所を探していると、緑のマフラーの上にある青あざばかりの酷い有り様の顔へ行きついた。

 

「手ひどくやられたようだな」

「まあね。君にはばれてしまったようだが、その通りだ。――体中叩かれてないってところはないね」

 

 そう云って梶井はマフラーを解き、首の鬱血を見せ、腕をまくって平たい棒状のもので殴られた痕をわざわざ披露してきた。こんなにも怪我をしていたのか。気づかなかった。

 

「ここには来ないさ。心配は無用だ」

 

「なぜそんなことがわかる」

 

「車両のなかでは無尽蔵に攻撃してきたものだが、私の爆弾で窓が吹き飛んだと同時に攻撃がやんだり、外に出てきたところで追いかけてこないからね。まあ、停滞した空気が好きなんだろうさ。こうして外に出ていれば、奴らはやって来れない」

 

 信じるかどうかはともかくとして、現時点では敵が追ってきてはいない。

 織田作は銃口を下げた。ホルスターに収めはしないものの話は通じる相手のようだった。

 

「逃げたのかと思った」

 

「戦略的逃走と言ってくれ。まあ、今回はこちらの分が悪かった。実験というのはやはり管理された環境下で行うべきだ。今回はそれに当てはまると踏んでいたのだが……少々想定外だったな」

「あの透明な敵はお前の仲間ではないのか」

 

 夏梅が無事か気にかかった。胸を抑えると、そこに在るはずのものがなかった。

 遺髪を入れた懐中時計は、上着の嚢衣のなかだ。

 

「ところで、私たち。どこかで会ったこと覚えはないかなあ?」

「いや……済まない。記憶にないが、会ったかもしれない」

 

正確であろうとすればするほど、曖昧な返答になってしまう。ジレンマだ。

憶測で物を語ろうとする。記憶を埋めるのは、残っている断片と現在の情報から導き出す想像力――お粗末にも推理力とはいえない。江戸川のような人間を一度でも前にすれば、口にするのもおこがましく感じるのだ。

 

織田作の乏しい想像力で、導き出されたのは――

 

「同業……ではなさそうだ」

 

暗殺者は忍ぶものだ。派手な爆発物など使用しない。

 

「動いたな」

 

「待て。奴はどこへ向かっている」

「一つ向こうの車両だね。君がやって来たほうの」

 

――夏梅のいる車両だ。

 

 そして夏梅のいる倉庫は密室だった。

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