正面から向かい合う。
祖父のこだわりは、無手であること。
武器がなくとも、自分の身を守れるように、と。
夏梅が祖父の正直から習ったのは、一般に護身術といわれる。
空気を引き裂く音が銃声よりも恐ろしい、と言ったらその迫力が伝わるだろうか。
眼には捉えられない速さだった。
来ると判って警戒していたのに、武骨で硬い手のひらは、夏梅の手首を掴んでいた。
夏梅は、いつもは軽く伏せている目を見開き、握られた方の手の五本の指を伸ばして強く張った。そして肱をわき腹に付けて腰を落とす。手首を中心に、肱を相手の胸に突き入れる。
「っく――」
相手の手が離れる。
夏梅はその隙を見逃さずに、後ろへ逃げた。
基本は逃げの姿勢だ。
十分、相手との距離を保ってから、脇から力を抜き、夏梅は窺うように祖父を見上げた。
「…………お爺さん、大丈夫?」
「ああ、よくぞここまで成長したな」
どうやら感無量で、言葉が出なかっただけらしい。
一通りに教わった技を確認する。
一度習えば、忘れない夏梅はどうやら教え甲斐があるらしく、指導に熱が入ってくる。
気力溢れる祖父の後を、夏梅は重い足取りでとぼとぼついて行く。
お堂の床に素足で歩いていき、膝を折る。
このように正坐して向き合うというのが、一般的な祖父と孫との普通の光景なのかはよくわからない。
しかし、妙に格式ばった対面だという意識はある。
指を三本立てたら、祖父は夏梅が何歳なのかを思い出してくれるだろうか。
「姿勢がよろしい。礼は重んじなければならないぞ、夏梅」
「はい……お爺さん」
『武道は礼に始まり礼に終わる』とは、とても大切な教えらしい。この言葉は、技の力量以外に礼儀を重んじる精神鍛錬が必要であることを意味している、らしい。ただ単に技や力量だけが強くなればよし、ということでもない。精神が重要なのだとか。
ちょっとよくわからない。
「座り方一つとっても、作法がある」
武道所における一通りの礼儀作法として、敬礼、黙礼、目礼、座礼、立礼があり、武道所での座り方というものも存在する。正坐は、多少の違いはあってもおおむね次のようにある。まず、左足から膝をつき、次いで右足を曲げ着座する。そして、正坐した両足の間隔はこぶし一つあるいは二握り分ほど空け、両手は大腿の付け根にそっと置く。顔の位置も決まっている。正面を見つめ、顎を引き、背筋を伸ばす――と共に両肩の力を抜く。注文が多過ぎである。もっと細かいことまで言うと、足の親指は重ねるのだ。
武術とは――そんな口上で、雪のように真っ白の髪を後頭部で一つくくりにした祖父が、正座で夏梅に説いている。
「武術を鍛錬して武徳を涵養し以て神霊を慰め――これは、術の身体的修練を積むことによって、戦わずして敵を威伏せしめる『武徳』の人格・精神が形成されるという論理をいう」
「はあ……」
相槌なのか、ため息なのか、ただ吐いた息なのか。
夏梅自身もよくわからない。
外ではちゅんちゅんと小鳥がないていた。
楽しそうだ。恨めしい。
開かれた引き戸は、麗らかな日差しを浴びる小鳥が遊ぶ中庭を良く見せているのに、夏梅は屋敷にある鍛錬部屋で座っていなければならないのだ。
理不尽だ。
ちなみに父は、神西のもとで診察中である。
滔々とした祖父の言葉がラジオのように流れる。
「武道を講演し以て武徳を永遠に伝ふ――これは、武徳の普及伝承の手段として、身体的・可視的な『術』とは別に、部の道理を解いて
三歳児にもわかるような言葉を遣おうよ。
率直に聞いているけれども理解できない。
「ここまでで何か判らぬ言葉はあるか?」
「えー……えー……の、のべるって何?」
「広げるという意味だ。つまり、精神的・観念的な方法で得る『道』が存在することになる」
なにが、つまりなのだろう……。
道がどうしたのか。迷子にでもなっているのか。周りの人に訊けばいいのでは?
頭の中で迷子になった夏梅は、げっそりしながら祖父に訊いた。
「諭吉大叔父さんがやってたっていう、刀の使い方をこれから教えてくれるんだよね?」
無手にこだわる祖父が、珍しく武器の扱いを教えるというので仕方なく顔を出したのだが。
「刀でもさまざまなのだ。剣術、剣道、抜刀術、居合術などだ」
「剣道だけだと思ってたあ」
まどろっこしい話は置いておいて早速、実践を……なんて展開を夏梅は望んでいる。
祖父の話は今のところだいたいわからない。
「うむ。諭吉のは、一刀流だ。お前にはあまり合わぬのだが、基は同じ。一刀流の系統の教えでいえば、二つの目付の事――これは、相手の全体を見るなかで特に重きを置いてみるところが二つあるという教えだ」
「はえ……」
難しい話過ぎて、気分が悪くなってきた。
眩暈がする。
しかし祖父の話は終わらない。
「その二つとは、剣先とこぶしを見る。心の変化によって気が起こり、これが形となって最初に現れるのは剣先とこぶしであり、この二か所を見るというものだ」
「……うん」
動きを知るには、刀の先っぽと握ってる手を見ればいいってことかなと辺りをつける。
ここだけちょっとわかった。
「有形と無形を見るというものもある。これは、肉眼で実際に相手の有形の動きを見ると同時に、相手の無形の心や意図を観察するのだ」
「へあ」
もう駄目だった。
「あとは、相手と自分を見るというものだ。相手の虚を見ると同時に、自分が勝つところや敗れるところを顧みる。さらに、目に見たことをいつまでも心に留め残してはいかん。留め残すと『目の居付き』となって不覚を取ることになる、という教えもある。これは『止心』や『拘り』を戒めたものだろう」
「えー……ししんとこだわりはだめなんだね」
祖父にわかったかという視線を送られてきたので、直前の言葉尻を繰り返してそれっぽく悟ったふりをする。
「その通り」
何の通りだったっけ。
「ほ、ほほう」
次に、攻めについてだ、と顎を撫でた。
怖い顔だなあ、と夏梅は思った。
あと、まだ続くのかあ、と。
たぶん口にしたら、泣いちゃうかもしれないから言わなかった。
「攻めは、『気で先をとる』『中心をとる』『有利な間取り』の三つに集約される。『気で先をとる』とは端的に言うと、相手に勝つという堅固な意思の集中とその持続だ。『中心をとる』とは、剣先によって相手の中心を制圧することと同時に、自分の中心を堅持すること。『有利な間取り』とは、自分にとって有利な間取りを展開すること、すなわち相手を自分の陣地に容れないようにしながら、自分は相手の陣地に踏み込んでいくこと。なお、攻めはこの三つの働きが統合一体的に発揮されてこそ効果が現れるものだ。頭に留めておくように」
「うえい」
「何か質問はあるか」
「あー……あとは、お父さんに教えてもらうかな」
「作之助君は、暗殺を得意としていたのだ。暗殺と武道とは異なる」
「そうなの……?」
「暗殺は、虚と虚の絡み合いだからな」
「………へえ」
結局その日のうちに刀の扱いを教わることはなかった。
祖父からは、刀の目利きについて教えてくれて、どうやら無手至上主義は変わらず、夏梅に武器を持たせる気もないようだった。刀の扱いというのも、手入れの仕方だという……。
「どうしたんだ、夏梅」
「ふーてーねー」
父は少し考えこんだ後、「不貞寝か」と納得した。