夏の梅の子ども*   作:マイロ

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原作のアニメでいう、11話『有頂天探偵社』の回



似るの似ないの

 集中していた作業から、意識を離す。すると、夏梅の机からよく見える窓の外の青い空。そこに、白い色鉛筆でひいたような飛行機雲が、端から消えていくのを見送った。一度またたき、そして二度目にまたたく。

 そして、唐突に、傍らの本棚の前に立ち、資料をあさっていた父へと言葉を投げかけた。

 

「四年前なんだけど、おとうさんは知ってる?」

 

「なにがだ」

 

 首に巻いた鎖編みの髪に窮屈そうな顔をしながら、父が振り向いた。

 すると、別方向からも反応があった。

 

「何の話だ?」

「何の話かい~?」

「……いや、ボクも耳に入って気になりましたけど、皆さん食いつき過ぎじゃありませんか?」

 

 上から、父、国木田、太宰、谷崎兄だ。

 父に話しかけたのだが、横から顔が増えてくる。

 

「………僕も潤お兄さんと同じふうにおもうよ…」

 

 暇なのだろうか。とりあえず、太宰の頭を書類の束で叩こうしていた国木田は直前まで報告書を書いていたし、谷崎兄はその隣で調査書の整理を行っていたのだから、無罪。そして、父も夏梅が声をかけるまで、江戸川に言い渡されていた資料を洗っているところだった。あまりに集中し過ぎていて、夏梅が見る限りもう4時間通しで作業していたため、小休止に声をかけたつもりだった。

 釣れたのは、父だけではなかったが。

 よって、暇人の容疑者は太宰ひとり。

 

「ちょうど聞こえたもんでな」

「私は暇だったからね」

 

 暇なんだ……。国木田の持っていた書類は、太宰の頭に落ちた。

 紙の重さ自体はとても軽い。でもそれが何枚も束になっていれば、ちょっと重たげな音が出るものだ。とりあえず、その重みは太宰の完了していない仕事なのだろう。

 

「太宰、お前は受け持っているお前の仕事を済ませてからにしろ」

「もっと言ってやってくれ、織田作。織田作の言うことならこいつは結構聴くからな」

「もう、余計な入れ知恵しないでくれないかな~」

 

 べっと舌を出す太宰に、父は真顔で言った。

 

「太宰、お前は受け持っているお前の仕事を済ませてからしろ」

 

 寸分たがわず繰り返された言葉を、太宰は両手を肩の位置にあげて受け取った。

 ひらひらと手のひらを揺らす。

 

「今聞きたいんだよ。考えてもみなよ、織田作。時間は不可逆なんだ。この時を逃したとして、また同じ顔触れで集まったとして、同じ話にはならないように、今でなくては聞けない話がある。そうは思わないか?」

「確かに」

「おい、織田作」

 

 太宰の言葉に納得した父に、国木田が声をあげる。

 うわーという顔をした谷崎兄と夏梅は顔を見合わせる。

 

 心通わせたが、情勢は刻一刻と変化するものだ。

 

「そして報告書は、いつ手を付けてもまとめる内容は同じことだ」

「たしかに」

 

 書類と宿題は似ている。

 提出期限があり、それを家に帰ってするか、授業中に内職するか、提出前の直前にやるかは個々人の選択にゆだねられている。つまり期限内に済ませればよいし、求められている内容は手を付ける時間帯によって変化するということでもない。

 

「くっお前もか、夏梅」

 

 国木田の苦々しい声を背景に、夏梅は同意した。

 心通わせていたはずの谷崎兄は、諦観が異様に似合うその眼差しで、ふっと零すように呟いた。

 

「いやア、やっぱり親子なンですねエ」

 

 嫌にその言葉が部屋に響いた。

 夏梅はその言葉に、谷崎兄の方へ目を向けたが、他の面々も同じようにしたため、注目はひとりに集まることになった。へっと肩をびくつかせた谷崎兄だったが、

 

「そりゃあそうだよ」

 

 それにまず答えたのは、太宰だった。今度は太宰の方へ目を向ける。そこで、噴き出す音が聞こえて、事務所の入り口の方をみる。そこには、湯呑の乗った盆を片手に、口元をもう片手で隠す、谷崎妹がいた。

 

「――なるほど、確かに」

 

 今度は、実感のこもった国木田の声が聞こえてそちらへ――とその視線を向ける途中で、同じように視線を運ぶ父と目が合った。そして――同時に首を傾げた。

 おお、シンクロ。夏梅は首を起こすと、父もそのようにしているところだった。

 

 噴き出す音があちこちから聞こえる。

 周りを見回せば、父と夏梅以外は肩を震わせていた。

 父へと目を向けると、父も夏梅へ視線を向けてきていた。

 

「……なんだろ、みんな体調不良かな?」

「働きすぎかもしれないな。俺たちがいない間、大変だったみたいだしな」

「そういえば、新しく女の子が入ったんだってね」

「らしいな。時間が合わず、俺たちは会えなかったが。確かお前と年が近いんじゃないか?」

「それって四歳くらい?」

 

「十四歳だそうだよ、彼女」

 

 谷崎兄が整理中の調査資料を手に、夏梅に教えてくれる。

 湯呑を各人の机の上に置いていった谷崎妹が、最後に谷崎兄の机に置いてそのまま体の前で盆を抱えて、上機嫌な猫のように笑って、谷崎兄へ指を向けた。

 

 そこで目を覆われた。

 なんですか、とその手の主である国木田に尋ねると「じょうそうきょういくてきにだな」とやたら長い名称を言われたので、ぽかんとする。除草? 教育? 助走? 

 

「体育?」

「おま、何故それを……っ 今時の教育は何だと――そうか高校に通っていたからか!」

 

 盲点だ、と叫んで一人でなにやら忙しそうな国木田の声――それでも目隠しをしてきたままだ――を聴いていると、もう一つ声が降ってきた。不思議そうな声色で「何の遊びだ?」と父が尋ねてくる。すると、国木田が懇々と父に説教をしているのが聞こえた。手をそろりと外して見ると、父は分かっていない顔だった。夏梅もわからん。

 

「十四というと、賢治くんと同じだね」

 

 太宰が顎に指をかけて、上向いた。

 その顔を見下ろしていた父が、ふと疑問を口にした。

 

「最近の探偵社は、未成年の雇用が多いな」

「その言い方は誤解を招きかねないぞ、織田作。ひとりはお前の子だろうが」

「そして、一人は社長がスカウトしてきたな。太宰が引っ張ってきたのは、十代後半だとして、その中島が今回の女児を連れて来たのだったな」

「や、やめろ。その通りだが、もっと他に言い方があるだろ。同じ十代の敦が鏡花を連れて来たのに対して……」

 

 国木田が頭を抱える。一つくくりの髪が目の前で揺れるので、掴みたい誘惑と戦った。苦悩する国木田を前にして不謹慎だぞ、夏梅!

 

「……賢治の場合は、十代半ばの子どもを連れて来たのが、社長になるじゃないか。いや、その通りだが、なんだ。太宰の方がまだ常識的に聞こえてくる。事実はちょっと違うだろう。いやなんか、もっとこう!」

「すまない。何と言えばいいだろうか」

 

 そう言われるとだな、と国木田が目を泳がせる。

 その隣で、谷崎妹が上機嫌に事務室を出ていくのを見送った谷崎兄が、疲れ切った会社員(サラリーマン)のように乾いた笑いで頷く。先ほどは妙な奇声をあげていたようなのだが、何があったのだろうか。

 

「まア、事実ですモンね……ボクを含めて」

「今までの最年少は、賢治で……いや、夏梅がいたか。三歳は拙いのではないかとあの時はさすがに社長に申し入れたな」

 

 ちょっと前までの夏梅は高校生らしい容貌と、身長を持っていた。

 宮沢よりも背は高かったので忘れられがちだが、夏梅は三歳である。

 そして国木田には悪いが、社長は夏梅が攻略済みの状態で、入社までにこぎつけてあるので、大叔父のその葛藤の段階は超えた後である。

 

「俺も、夏梅がここに来ることになった時は、夜に親子会議をしたな」

「親子会議……」

 

 神妙な口調だが、口元を押さえている太宰へ、夏梅は、笑いたいなら笑えばいいと思うよと言おうかと思った。その震える肩を見て。何がツボったのか知らないが。

 

「夏梅は早く眠気が来るから大した話はできなかったが。……そういえば、今日は宮沢を見ていないな。非番ではなかったはずだ。依頼に出ているのか?」

 

 素朴な父の疑問に、

 

「あ、はい。敦君と一緒に」

「何!? まさか賢治を見本として同伴させたのか!?」

 

 答えたのは、谷崎兄で、間髪入れずに反応したのは国木田だった。

 

「え、はい。だって、賢治君の成績はいいですし……」

 

 国木田と谷崎兄は、何やら中島と宮沢の話が白熱しだしていた。……いや、白熱しているのは、国木田だけかもしれない。真面目な人は何にだって真面目に、全力で取り組めるのだからすごいと思う。それだってすごい気力(エネルギー)を費やす。……えらいと思う。

 それで、夏梅は邪魔をしないように距離を取って、父の方へと近寄る。

 どちらも立っているけれども、やはり身長が前より縮んだことで、父の顔が遠い。

 

「それでね。四年前のことでね、おとうさん」

「ああ、なんだ? お前は生まれていないな」

 

「そうだね。なんてったって、お母さんがまだ学生だったときの話だもん」

「そうか。ということは、まだ結婚していない時か?」

「だよ」

 

「おおーっと私もそちらの話に入れてくれ給え! 実に興味ある話だ」

 

 くるくる回る椅子で回転しながら傍に移動してきた太宰にスペースを空ける。

 

 いーれーてと言われれば、いーいーよと返すのが幼稚園児たちの鉄則である。

 まあ、そうでなくとも明晰な太宰に聞いてもらえたら、情報が零れるだろう。

 そして、零れた情報をきちんと拾いもするだろう。太宰がなんでもないように見える事象から拾い上げた情報。そしてそれを処理する能力が高いことはこの探偵社の人間であれば皆識っている。

 

 ちらりと太宰に目を向けると、太宰はうん?という風に目を開いてきてから、にこりとわらった。こう見えて、だ。さて、それでも気を配って、この父の友人にちゃんと情報を拾わせなければならない。夏梅は気合を入れた。

 

 まずあらすじから語らなくてはなるまい。

 

「――四年前、僕のお母さんは、この横浜の大叔父さんの家に住ませてもらってたんですけど」

「社長と呼ぶように、夏梅」

「はい、社長」

「………うん?」

「うん?」

 

 父が首をかしげるので、夏梅も首を傾げた。

 割って入ったのは包帯をした腕だった。

 

「はい、ストップ。親子して不思議世界(ワールド)に入らないでくれ、私が寂しい!」

「あーあと、話も進まないもんね」

 

 こてりと首をかしげて言う。父との会話はいつもこうだ。

 気を取り直して話し出す。

 

「お母さんが通っていた女学校で」

「女学校。魅惑の響きだね」

 

 太宰は、組んだ腕に顎を乗せて目を細めた。

 夏梅はちらと太宰に視線を向けて言う。

 

「亡霊を見たっていう目撃騒動があったらしいんです」

「亡霊?」

 

「実はその学校、昔は女子高だったんだけど、共学に変わったんだって」

「そうなのか。和枝の通った学校は今でもあるのか……」

「織田作は行ったことはないのかい?」

「ない……とは言い切れないが。残っている記憶にはない」

 

「なるほどね」

 

 太宰は、目を伏せて相槌を打つ。

 夏梅は父の顔を覗き込んで聞いてみた。

 

「行きたいの、おとうさん?」

「そうだな。校舎を見てみるくらいなら」

 

「行けるよ?」

 

 父と太宰の視線が、夏梅に向けられた。

 夏梅の肩を、温い風が撫でていった。

 

「乱歩さんが僕に用意してくれるらしい新しい学校、そこだから」

「……そう、か。乱歩さんがそこを取り計らってくれるなんて」

 

「いや、待ちなよ、織田作。そこ素直に感動する場所じゃない。乱歩さんがわざわざそうするってことは何か意図があるはずだ。夏梅くんもそういう意味でこの話を振ったのだろう」

 

「うん、そう。そこでね、白骨が出たらしくって」

 

 あ、いっとくけど、人間の骨だからね、と念押しをする。

 

「そんな学校ならば行かせられない、直に取りやめるように掛け合って」

「落ち着くんだ、織田作。何も、夏梅くんひとりに行かせようっていうんじゃない、これは乱歩さんの指示なのだから、仕事だ。双人(バディ)での行動なのだろう」

「そうだよ。それに、おとうさん、そんな学校だったらじゃない。そんな学校だから行くんでしょ」

 

 この場から出ていこうとしていた父の袖を引っ張って、その場にとどめながら夏梅は太宰とともに言葉を尽くして、引き留める。しばらく口を閉ざして黙考していたが、やがて頷きが得られたので、夏梅は続きの仔細に少し触れた。

 

「それが、行方不明になった生徒のものなんだけど、年代が、四年くらい前のものらしいよ?」

 

 夏梅は、父と太宰の顔を順繰りに見ていって、ゆっくりと瞬いてから顔を横に倒した、「興味ある?」

 

 夏梅は指を掲げた。

 

「興味ある人この指とーまれ」

 

 きょとんとする父に、にんまりとする太宰。

 太宰がまず指にとまり、ふたりで顔を合わせて意味深に笑み、一緒に父を見た。瞳を揺らしながら、父の手が伸びてくる。

 とまったー、と夏梅が声をあげる。その声に谷崎兄や国木田が振り向いて何事か聞いてくるが、もう締め切りである。ちょうど、国木田の机にかかってきた中島からの悲鳴のような電話でうやむやになる中、夏梅は父と太宰へにこりと笑いかける、「じゃあ、今日の夜、うちに集合だよ! 僕は今は学校もないし、明日は太宰さんは非番でしょ? お父さんも明日の個展の打ち合わせが、来週に見送りになっちゃったし、みんな時間あるんだから、今日はみんなでお泊り会で夜更かししよう!」

 

 大の大人がふたり、目を白黒させる姿が、とっても愉快だった。

 立ち直りが早かったのは、もちろん父ではなく、太宰のほうだった。

 

 

 

 

 

 その晩、急遽、太宰を招いて、太宰と父と夏梅とで、学校の怪談話をすることとなった。居間に布団を敷いて、川の字になって語っていく。夏梅には気づかなかった何かを、太宰が拾ってくれていると信頼を寄せて、夏梅は早々に眠りについた。朝起きると、酒瓶がころがっていて、横浜では眠っていた姿を見せなかった父は、寝息を立てて眠っており、その後目を覚まして二日酔いを耐える太宰の姿を目撃することになる。まあ詳細を語る機会があれば、また今度。

 

 蛇足として、父は夏梅の最近のブームが電車からお泊り会に移行(シフト)したことを頭痛のする額を押さえながら把握したようだった。

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