夏の梅の子ども*   作:マイロ

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真実の嘘

 上空のどこか――

 

 

 徐々に近づく敵の気配。それを捉えながら、吊具(ハーネス)に伸ばした手は――空を切った。

 思わぬことに体勢が崩れ、間の抜けた声が口から漏れる。

 

「あ」

 

 織田作の声に、通信機の先から茨木の声も呼応する。

 

『あ――?』

 

 一瞬で混乱の縁に立たされた織田作は、呆然とした。通気口から弾が降って来るのを未来視した。驚きから硬くなった関節を和らげる動きは、体に染みついていた。体勢を落とし、通気口を破って降り注ぐ弾雨から身をかわして逃れる。

 

『――如何されたんです?』

 

「なんでもない。ただ、有る筈の物が無くて驚いた」

 

『有る筈のものが、無い?』

 

 右の吊具を見ると、そこに本来提げられている筈の拳銃がなかった。朝、両肩から下げた吊具に愛用の銃を入れたのは確かであるのに……。 

 

「………持っていかれたのか?」 

 

 考えても仕方がない。今は現状、有るもので対処するしかない。織田作は、片手で一挺しかない銃を操り、数弾だけ撃つと、指示された扉を開き転がり込んだ。

 

 

 

 

❂❂❂ ❂❂❂

 

 

 

 

「それでも、きみが織田作の子なんだ」

 

 握り込んだ指が震えた。その時、建物が大きく震えた。

 鉄骨が軋みねじれる音。物理的に、地面が崩れるような振動。

 

「う、わ……」

「来たね」

 

 上段から、携帯が鳴った。

 地雷の爆発に倒れていた中島の体がしばらくして起き上がる。

 その手には、携帯があった。それを耳に当てながら、中島が口を開く。

 

「だ、ざいさん、鏡花ちゃんが脱出して、ここへやって来てくれるそうです。夏梅君も、早く、ここから出よう。お母さんの、絵も一緒に」

 

 その言葉に、溝地が振り返って、「なななな夏梅さん!?」と驚いたような顔をする。

 何も憶えて(、、、)いないようだった。

 

 行こう、と太宰が云う。

 

 何処へ行くというのだろう。何処へも行けない、と夏梅は首を振って退いた。

 その頬に弾丸が掠めた。

 

「夏梅君!?」

「――え」

 

 咄嗟に振り返り、夏梅は耳の後ろに、強い衝撃を受けた。

 

 一発だった。

 弾丸が、夏梅の側頭部を貫通した。

 

 

 

「――両方(、、)でしたか」

 

 科学者は興味深そうにつぶやきを残した。

 その行く末を見届けてから、窃笑を零す通信を無造作に切ると、その場を後にした。

 

 

 

 

 夏梅の視界を黒い影が覆いつくしていく。

 死が――そこにあった。意外なことにそれがやってくるのには時間があるらしかった。

 

 そうか……これが父が何度も逝った死なのか。

 昏い影が傍らに佇んでいた。それに、夏梅は郷愁のようなものを覚えた。

 

 おかあさん、と言葉が零れた。

 

 

 

 

 

「夏梅くん!」

 

 

 太宰が、夏梅の体を覆いつくす影を払い、近づこうとした。

 そして、その手を止めた。

 

 

 衝撃によって横に倒れた子どもの体を黒い靄が覆い隠す。

 それが徐々に晴れていくと、違ったものが現れた。

 

 

 

 

 ――少し骨ばった、少年の骨格。

 ―――鼻筋と耳の形。

 

 

 

 

 

 黒髪は赤い髪に、色白の肌は健康的な肌色に、細部では、ほっそりとした指先は多少の骨ばった指に――初対面の時の、少女としか思えない、少女と見紛うばかりの容姿から、中性的だが少年と分かるものへと変化していた。髪は長く、肩を超す程まであった。艶やかなそれは、父親のそれとは違って、柔らかそうで、頬のあたりで撥ねるようにして揺れている。

 

 

 照明によって明るくなった空間が急に揺らめいた。

 光が飲まれて、黒に浸食されていく。

 

 

「これは――」

 

 

 靄が完全に晴れると、少年は身じろいだ。

 その少年が目を開くと、鳶色の瞳が現れた。

 

 

「お、ださく……」

 

 

 ぴう、と妙な声を立てて溝地が絵画と共に倒れかけ、それを中島が支える。

 その中島の手も震えていた。

 

 

「え、え? 何()れ……何此れ?? き、きき、奇跡???」

 

 

 停止していた胸が、上下した。

 そして瞼を開く。

 

 

「な、に……死んで、ない?」

 

 

 喉に引っ掛かっていたが、善く通る声だった。男のそれより高く、女のそれより低い。

 体を起こす少年へと太宰は云う。どういう心境なのか、太宰自身にもわからなかった。

 

 

 爆発音がして、壁に風穴があく。光が飛び込んできて、そこから白い着物姿の少女が天の使いのように、羽でも生えているかのように軽やかに飛行物から飛び込んでくる。その足には切れた楔が音を鳴らしていた。

 

 

「援けに来た。早くここを離れないと、ここの階が潰れてしまう」

「っ 鏡花ちゃん! 善かった……よよよ、善かった……もももももう、僕には何が何だか……!」

 

 

 少年は突然の外の光に目を細めて、手で庇をつくる。

 そしてその手に違和感を覚えたように見る。そして、顔にかかる髪の色にも。

 

 太宰は、掛けるべき言葉を口にした。

 

 

「きみは、間違いなく、織田作と中村和枝さんの子どもだよ」

 

 

 少年は、太宰の瞳の中に映る自分の姿を見て、ひくりと喉をひきつらせた。

 乾いた鳶色の瞳に、水の膜が張り、一筋零れ落ちた。

 

 

「でも本当は、きみがどんな姿でも、織田作の子どもであることに変わりなんてないんだ」

 

 

 その骨ばった肩に、太宰は触れた。

 

 

 

 

 

❂❂ ❂ ❂❂ ❂

 

 

 

 

 外に出て、飛行物へ乗り込み、脱出する。土煙を上げて、十四階建てが十三階になる。

 ビルは無人状態へと誘導済みであり、ビルの下には防護用のシートが張られている。

 ……被害は少なく済むだろう。

 

 

 

 

 空に浮かぶ雲のように白い飛行船が、海へと落下する。

 そこから白いパラシュートが二つ、それとは別にゆっくりと降下している。

 

 

 

 そのうちの一つに目を止めて、赤毛の少年が立ち上がった。

 降下先へと駆けていく。

 

 パラシュートを操って、綺麗に着地した長身の男は、立ち止まりかけた少年へと腕を伸ばした。

 他の面々は、早々に背を向けて、こそこそと声を掛け合った。

 

 

 

 その後も休みなく事態の収拾に動けば、夕日が海に沈もうとしていた。

 

 

 遠くで凸凹した影が、ふたつ並んでいた。

 

 

 敦は、夏梅と織田作の後ろ姿を見送って、何故か苦しくなった胸を押さえた。

 背後から、太宰が声をかけた。

 

 

「敦くん、今回はお疲れ様。大活躍だったね」

「太宰さん……そんなことないですよ」

 

 

 その眉目に笑みを刷いた太宰が斜陽のなかから声をかけてくる。

 何か敦からの言葉を待ってくれているように感じた。

 

 敦は、おずおずと口を開いた。

 

 

「太宰さん、僕は今回、解らないことが増えました」

 

「それはなんだい?」

 

 

 港からの潮風が、太宰の蓬髪と外套とを吹き荒ぶ。

 昏い瞳は光を飲み込んでしまったように見えた。

 

 

「夏梅君が、自分と織田作さんが似ていないことをとても気にしていました。僕の眼からすれば、『ああ、きっとこれが父子(おやこ)なんだ』って、そう思える関係だったのに。――ただ、姿かたちが似ていないというだけで。夏梅君の苦悩が……あんなにも不安になって、追い詰められるのが、なんだか共感ができなくて、ただただ不思議で」

 

 

 並んだ背格好が似ていた。背の高さは違うが、とてもよく似ていた。

 しかし、そうでない時であっても、二人は親子としか思えなかったのに。

 

 

「なんだか、自分に縁がない世界に感じていた分、夏梅君たちは僕にとっての親子の心象(イメージ)になっていったんです。似ている、似ていないというだけで、崩れてしまうほど脆い関係なのかと――僕にはそれが解らないんです。……僕にはそれが元々ないから、かもしれませんけど」

 

 

 俯いた敦が、迷子のように自信なく呼びかけた。

 胸の中に渦巻く感情を、何とか人の言葉で、問いとして絞り出す。

 

 それが、本当に聞きたいことだったのか敦には解らない。

 

 

「――父子(おやこ)ってなんでしょう。どういったものなんでしょう」

「誰にだって生まれたからには、父親と母親がいるものだよ。けれど、親子として共に過ごせる人間は限られているのかもしれない。その幸福を、夏梅くんは識っていた、あの幼さでね」

 

 

 影の中で、太宰は微笑んだ。

 

 

「きみにも居た筈だよ、敦くん」

「僕にはいませんよ。孤児ですから……」

 

 

 砂色の外套(コート)に両手を突っ込んだ太宰は、背を向けた。

 

 

「真実は、受け入れがたいものだ。――すべての真実を知ることはできない。ただ、人は自分の目で見得(みえ)たと思ったものを真実と思う。けれど――きみの眼にみえたものは、すべての真実の一端でもあるのさ。信じればいい。………私もそうしようと、今度のことで思ったよ」

 

 

 太宰が顔をあげて夕日に染まる空を見上げた。

 

 子連れの(カモメ)が飛んでいた。遠くで、『親子連れのカモメですよ!』と江戸川に話しかける宮沢の明るい声がした。それについて何事か江戸川が解説し、国木田が称賛する。その国木田へ、何故だか江戸川が『今晩はよろしく』と言葉を掛け、国木田が戸惑いつつ頷く。

 

 探偵社のいつもの光景に戻りつつある。

 

「すべての真実を得たとしてそれが何なのだろう。どれだけそれが正しいことであったとしても、幼い子どもに、自分が父親の子じゃないかも、なんて言わせて善い道理なんて、何処にもない」

「正しさは――ですか」

 

 

 そうだった、と太宰は口角を上げた、「私としたことが」

 太宰はゆっくりと目を閉じる。そのまま口元を僅かに歪めた。

 

 

「太宰さん……?」

 

「敦くん。私はこの幸福な現実を享受することにするよ。真実が人を救うことなんてほとんどない。人を傷つけることはあってもね。真実が人を傷つけるばかりなら、それはきっと見つけなくてもいいものなのかもしれない」

 

「太宰さんは――何を心配しているんですか?」

 

 

 首を傾げて、心配、と口にする。そして、目を見開いたかと思うと、くしゃりと顔を歪める。

 そうか、と。そして、ほっとしたように表情を和らげた。

 

 夕陽が傾いて、闇に包まれようとしている中で、太宰はどこか安堵したように目を閉じた。

 まるで夢を見るように。

 

 

「そうか。私は心配していたのか。この幸福な夢が醒めてしまうことを」

「夢、ですか?」

 

 太宰は自分の言葉であったのに、それを否定した。

 目を閉じたまま、太宰は微笑む。

 

 

「――いいや。現実さ。さあ、帰ろう、今日は奢りだ」

 

 

 目を開けて太宰は、敦へと片目を閉じて見せた。

 敦が歓声を上げる。

 

「ほんとですか!」

 

 

 散々動き回って、神経も使って、今ならば馬一頭でも食べることができそうだった。

 途端に、空腹を自覚して――太宰と初めて出会った時のことを思い出す。

 

 その日も、こんな夕暮れだった。

 

「国木田君のね」

「うわ……太宰さんってば、またそんな勝手に」

 

 

 いつかと同じ、流れを繰り返す。

 しかし、その時とは違い、新たに加わった人もいる。

 

「おや、じゃあ敦くんは、行かないのかい?」

「行きます! 行きますからね! 鏡花ちゃんも一緒に!」

 

 敦の言葉を受けて、離れたところで、ひとり俯いていた鏡花が顔をあげる。

 探偵社のだれもが、気にしつつも声を掛けずにいた。

 

 鏡花は望んでいた人からの言葉に、目を細めて、微笑んだ。

 そうしてやっと、探偵社の他の面々も笑顔になる。

 

 

 待ち合わせ時間から、三十分ほど遅れて、よく似たふたりがやってくる。

 太宰を睨みつつ、周りから笑顔で集られて、財布を握りしめる国木田を見つけて、ふたりはそっくりの動作で首を傾げた。

 

「どうしたんだ」「どうしたんです?」

 

 その仕草に、谷崎兄が笑い、他の面々も噴き出した。

 不思議そうな顔で、年の近い姿の父子は目を瞬かせた。

 

 

 

 

 多くの組織を敵に回し、複雑に手を組み、敵味方入り乱れた争いはこうして終結を迎える。

 宴会にまで発展した打ち上げから、一人席を抜けて切り上げたのは太宰だ。

 

 

 国木田の奢りといって、それに乗っかる面々とは別に、所用があって参加できなかった親子がいた。

 

 

 煌々と明かりが灯る美術館。

 そこには、体に絆創膏と湿布を張りながらも、せかせかと歩き回る学芸員の溝地と、その他の施設の人間がいた。地理一つなく磨かれた大理石は、柔らかな光をより輝かしく反射している。

 

 太宰はひとつの絵画の前に、座っていた。

 その背後に、ポートマフィアの幹部が近づく。

 

「横浜は荒れる」

 

 そう口にして、太宰は昔の部下を振り返り、両目でその人物を見上げた。

 

「ねえ、広津さん。この絵、どう思う?」

「絵、ですか? そうですね、写真でいいのではと思う出来栄えです」

 

 太宰は破顔した。

 

「所が違うんだよ、これが。この絵はね、嘘ばっかりなのさ」

「嘘、ですか?」

 

 聞きようによっては、信じがたいという響きにも聞こえる。

 ふふっと太宰は笑った。

 

「そう。でも――それを真実と受け入れれば、それが一番真実に近い……そんな絡繰りのような、緻密に計算された絵だよ。きっとこれを描いた人は相当性格が捻じ曲がり捻くれまくっている」

 

「………私には、芸術方面の感性が乏しく……」

 

「ああ、いいんだよ、ちょっとした愚痴だから」

 

 広津は腕を胸の前にして、頭を下げた。

 音もなくその場から立ち去る。太宰はそのまま、精巧な絵を見上げた。

 

 そして立ち上がる。

 絵画をうろうろとすれば、そこには特別展として、一つの絵画が飾られている。

 

 その入り口から覗き込めば、よく似た後ろ姿の二人がいた。

 

 

 

 

 その絵には題目がついている。

 見つけたのは、絵をこよなく愛す、執念深い溝地だった。

 それなりの期間、催眠(、、)を受けていたというのに、そのバイタリティは流石だった。

 

 

「『わたしの何か』だって。何かってなんだろうね、おとうさん」

 

「そうだな。言葉を定めていないからこそ、それが何だったのかと考えさせられるな……」

 

 ふたりは並んで、家族の肖像画を眺めていた。 

 父の言葉に、子どもは、何かを感じ取った様に「そっか」と口にする。

 

「きっと、おとうさんに、考えてほしかったんだと思うよ。ずっとね。おかあさんのことを忘れちゃっても、おかあさんが死んじゃっても、ずっと考え続けてほしかったんだと思う」

 

 子どもが明るい声でいう。

 

「『わたしにとってあなたがどんな存在だったでしょう』ってね」

 

 

 そうか、と呟く友人の声を背中で聞き、太宰は微笑してその場を後にした。

 個展が開かれる、前夜の忙しい美術館内で、水たまりのように静かな場所がある。

 そこを通りながら、通り過ぎかけた絵の一つに、太宰は足を止め、その前に戻る。

 

 

 それは、島々の浮く海が白いカーテンのかかった窓枠から見える、書斎の絵だった。

 机には、潮風に吹かれる原稿用紙とそれを押さえる文鎮、無造作に転がる万年筆があり、床には積み木の家が傾いている。

 その絵の上の右端に、隠れるように拳銃の影が描かれている。

 

 

「織田作は、こんな生活をしていたのか」

 

 見ているだけで、潮風を感じさせる絵だった。

 瀬戸か、と口のなかで呟いた。




織田作へと送られた図 
【挿絵表示】



(ネタバレになるかなあと思い、その回では出せませんでした…)
――――――――

三章終わり。
誤字脱字加筆修正また後々すると思いますが、今はこれで。
力尽きました……。その他、感想の返信等、申し訳ありませんが、もう少々お待ちください。

今回で、アニメ一期を見終えて想像してた結末の場面までは行きました。
脱力です。結局、長くなりすぎて結局、分割するといって4分割?ぐらいになりました。

原作どこ行った?と思うことが多々あったかとは思うのですが(私は沢山ありました…白目)、ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございます。

当初作りたかったことはこれで書き終えたのかなあと思います。
愉しんでいただけたら嬉しいです。

参考文献リストと幕間を追加していくかなと思います。
宜しければまたのぞいていただければと思います。それでは。
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