アッシュにとってこの世に生を受けて初めて見たものは母親と産婆だった灰の山と悪魔を見るような目で自身を見る父親だった。妻が灰になった事に錯乱した父親は立て掛けてあったハンマーをアッシュに振り下ろしたが、肌に触れると同時に妻と同じく灰になった。父親はすぐに近くの教会に逃げ込んで事情を説明した。そして、その教会からエクソシストたちが家に訪れアッシュを見つけた。
「ふむ……特に異常はないようだが?」
「嘘です! 確かに妻と産婆さんは灰になってしまったんですよ!」
「まぁ、確かに灰はあるが……」
エクソシストたちが祝福済みの聖水をふりかけても灰にならず、試しに手で触れてみても何も起こらない。灰は確かに存在するが、現場を見ていないエクソシストたちには父親の言葉を信じることはできない。エクソシストたちが懐疑的であると気づいたのか父親が台所から持ってきた肉斬り包丁をエクソシストたちが止めるのも間に合わず思い切りアッシュに振り下ろした。すると―――。
「「「「―――ッ!?」」」」
「ほら見てください! こんなふうに妻たちは死んだんだ! 早くこの悪魔を殺してくれ!」
肉斬り包丁はアッシュの肌に触れた部分から灰になっていった。さすがに目の前で見てしまったことは信じるほかない。エクソシストたちはすぐにそれぞれの武器を持ってアッシュを取り囲んだ。だが、ここで一人のエクソシストが疑問を浮かべる。
「待て。触れたものを灰にするのならば、何故寝台は灰になっていない?」
「は?」
「まさかこんな赤子が力を制御できるはずもないだろう」
「だが……」
その疑問にエクソシストたちは立ち止まった。確かにそうだ。この赤子が触れたものを灰にする異能を持っているのは事実。だが、それでは、寝かされている寝台も灰にならなくてはおかしい。エクソシストたちが動かないで居ることに我慢できなかった父親はエクソシストたちを押しのけて思い切りアッシュに向かって腕を振り下ろした。
「死ね悪魔が!」
「待て! 殺意を持ってその赤子に触れるな!」
エクソシストの静止は届かず、父親はアッシュを思い切り殴り殺そうとした。だが、父親の拳がアッシュに触れた瞬間父親は灰となって消滅した。エクソシストの一人が舌打ちをするが、すぐに周りに動かないように告げる。そして、エクソシストはアッシュに静かに触れる。だが、エクソシストは灰にならなかった。次に、所持していた祝福済みの弾丸を込めた銃でアッシュを撃ち殺そうと引き金を引く。弾は銃口から吐き出され、アッシュに向かった。しかし、弾丸はアッシュの肌に触れると灰となって消滅した。
「やはり…この赤子は無意識に能力を制御している。恐らく判断基準は『自分にとって危険か否か』といったところか?」
「それは納得したが、母親や産婆を灰にした理由は何だ?」
「簡単だ。赤子が泣くのは呼吸をするからだろう?」
「要するに母親と産婆は偶然か?」
「そう考えるのが自然だ。だが……この赤子はまともに生きていくことはできんな」
人としてやってはならない禁忌の一つ『親殺し』を図らずもしてしまった。この赤子は恐らく教会に連れて行かれる。そこでどのような目に合うかはわからない。だが、確実なことが1つだけある。この赤子はまともな死に方は出来ない。悪魔に殺されるか異端審問にかけられて処刑されるか、自身の能力で死ぬか。いずれにしても普通の生き方はできない。
「そういえば、名前すら貰わなかったのだな。ふむ……アッシュ・グレイヴとでも名付けておこうか」
「グレイヴ……墓守でもさせる気ですか?」
「むしろこれは墓を作る方でしょう」
こうして赤子はアッシュ・グレイヴとして生きることとなった。
だが、エクソシストたちが言っていたようにアッシュの暮らしは決して良いものではなかった。禁忌である『親殺し』を行った上に、自身に敵意や害意を持つものを灰にする能力は忌避された。触れたものを灰にする能力は成長するに従い物質以外―――炎や水すらも灰にするようになった。だが、それと引き換えに手で掴んだものしか灰にすることができなくなった。さらに、精神面が成長したからなのかアッシュ自身灰にするものを任意で選べるようになったため、赤子のように害意を持つもの全てを灰にすることは少なくなった。そこから始まったのは異端審問や試練と称したリンチだった。勿論、エクソシストを始めとする戦闘者としての訓練も受けてきた。だが、訓練の中で殺されそうになったことも多々ある。
「死ねよ大罪人!」
アッシュは殴られても蹴られても相手を灰にすることはなかった。アッシュにしてみればいちいち灰にしては掃除が大変だということだけなのだが、相手からしてみれば「大罪人のくせに傲慢だ」と思われ余計にリンチが激しくなった。そして、9歳の頃にアッシュはバケモノを殺すために戦場へと放り込まれた。Aランクのはぐれ悪魔の討伐。決してルーキーに指せるべき仕事ではなかった。
「人間ごときが……死ねよ!」
「死ねるか!」
いくら触れたものを灰にする能力があるとはいえ、実践は初。無傷で勝てるほど殺し合いは甘くはない。はぐれ悪魔が放つ光弾や投げ飛ばす岩などを必死によける。触れたものを灰にする能力は強力なもの。だが、実践で使うことは今までなかったため間合いの測り方から何から分からない。このような場合の連続使用はできるのか、本当に悪魔を灰にすることができるのか。何もわからない。だからこそ苦戦していた。
「いい加減に死ね」
「死ねるかよ。このまま死んだらあの糞狂信者共の思う壺だろうが」
アッシュは死にたくはなかった。自分が死ねば教会の連中は「それ見たことか。所詮大罪人は神により裁きがくだされる」と吹聴するだろう。それだけは認められない。
「確かに大罪人だろうよ。まともな死に方は出来ないのはもう分かっている。だが、死んだ後まで利用されるつもりはねぇ!」
放り出される前に渡された祝福済みの弾丸を込めたオートマチックの銃をはぐれ悪魔に向けて撃つ。訓練で撃っていたとはいえ、動く標的に当てるのは難しい。現に、はぐれ悪魔は難なく弾丸を避ける。
「糞が!」
「実践は初めてなのか小僧! 悲しいなぁ。仲間もいないなんてな!」
攻撃をよけながらカートリッジを交換して再び弾丸を吐き出す。だが、当然のように避けられる。最初と比べれば精度は上がってきている。だが、まだ甘い。カートリッジはあとひとつ。それで仕留められればいいがそううまくも行かないことはわかっていた。ならばやることは一つ。
「(肉を切らせてなんとやらってな)」
弾丸を全て吐き出し、カートリッジを移動しながら交換する。だが、その動きは先程よりも遅く。しかし、不自然に思われないように。あちらが自分をルーキーだと思っている今しかチャンスはない。そして、その策は成功した。はぐれ悪魔は一気に距離を詰めて右手の銃を弾き飛ばすとアッシュの体を思い切り殴り飛ばし、地面に倒れたアッシュの首を掴んだ。
「手こずらせやがって…まぁいいさ。とりあえず、お前は俺の胃袋の中に入ってもらうぞ」
「ハッ。冗談」
ケタケタと笑うはぐれ悪魔を鼻で笑うアッシュは自分の首を掴んでいる悪魔の腕を掴むと異能を発現させた。
「灰になっとけよ」
「なに―――ッ!?」
はぐれ悪魔の腕はアッシュが掴んだ部分から灰になりボトリと落ちた。はぐれ悪魔は叫び声を上げて自身に起きたことを理解使用する。だが、それよりも早くアッシュの右手がはぐれ悪魔の心臓の上に突き立てられる。
「あ―――」
「終わりだ」
異能を開放し、はぐれ悪魔を灰へと変えたアッシュはその場に崩れ落ちた。初の実戦はギリギリだった。何より自分の異能は触れなければならない。今回は相手が油断していたから何とかなった。だが、次からはこう上手くは行かないはず。
「チッ……癪だが本気で訓練を受けなきゃ死ぬな」
自分を殺そうとしてきた連中に教えを請うのは願い下げだが、死なないためには仕方がない。アッシュは大きくため息をつくとフラフラと立ち上がり、教会の方へと討伐完了の報告を入れた。尤も、無事だと言ったら舌打ちをされたが。
「糞……水がほしい」
喉はすでにカラカラの状態。だが、手持ちの食料などは先程の戦闘で全て使いものにならない。一応、報告は入れたため迎えはよこしてくれるだろうが、どうせ嫌がらせで遅れてくるに違いない。それまで持つかと言われれば怪しい。
「あ?」
どうにかして水を確保しようとしていたのだが、どうしようもない。ふと足元を見ると泥で汚れた子供用のコップがあった。
「入れ物だけあってもな―――ん?」
コップを持ち上げて苦笑すると、コップの中にいつの間にか水が入っていた。驚いてコップを落とすが、コップは割れることも中の水が溢れることもなく倒れている。しかも、いつの間にか泥がなくなっており新品同然の状態になっている。
「どういうことだ?「説明がほしいですか?」―――誰だ!?」
声の方に振り向くとそこにはアッシュ自身人との付き合いはそう多くはないが、それでも『絶世の美女』と呼べる女性がいた。そして、その女性の背中には天使の羽があった。
「……ガブリエル様」
「ええ」
一度だけ行きたくもない儀式の際に見たことがある。絶世の美女という言葉ですら足りないくらいの美女にして、四大天使の一人ガブリエル。
「……何故あなたがここに?」
「あなたに祝福を、と言っても信じませんよね?」
「常日頃から大罪人だのなんだの言われてりゃあ不信感しか残りませんよ」
アッシュはガブリエルを前にしても警戒を弱めない。ガブリエルはそれを悲しそうに見るが態度は変わらない。
「それで? いよいよ俺を殺しに来たんですか? 『神の裁き』とやらを下しに」
「……違います。あなたが初陣と聞いたので」
「初陣で疲れているところを裁く、と」
アッシュはガブリエルに対して態度を変えない。それどころか殺されても文句は言えないくらいの態度をとっている。対するガブリエルはただ悲しそうにアッシュを見るだけ。
「……あなたが先ほどコップを持ち上げた時、水が入って泥も綺麗に落ちましたよね?」
「あぁ、ありましたね。説明していただけるんで?」
警戒を弱めないアッシュに折れたのかガブリエルは悲しそうな顔のままコップの件を話し始める。
「それはあなたが持つ神器(セイグリットギア)の力です」
「へぇ」
神器。言ってしまえば、アッシュの異能が形を持ったような物。存在は知っていた。自分をリンチしていた奴も持っていたし、何より資料で見ていたから。だが、自分が持っているとは思っていなかった。
「あなたの持っている神器は『最適化(ハイクリエイト)』と呼ばれる物質を常に最適化する能力を持っています。先ほどのコップで例えるなら「綺麗で水が入っている状態」がコップにとっては最適なのです」
「ふむ。地味ですが実にいい神器ですね」
ガブリエルの説明を聞きつつ自身の神器を発現させる。先ほどの戦闘で破れたカソックはいつの間にか新品同然のものへと変わっていた。確かに嘘ではないらしい。まぁ、教会の人間ならともかく天使が虚偽を話すはずもない。
「ご教授ありがとうございました。それでは」
「待ってください。あなたは「『我埋葬に能わず』」え?」
「俺はあんたらの手にかかるつもりはない。異端審問で処刑なんてやってられるか。何より、あんたらの『狂信』のために死ぬくらいなら喜んで地獄にいくさ」
アッシュの教会や天使たちに対する不信感は根深い。『親殺し』と蔑まれ、『大罪人』としてリンチされ、挙げ句の果てが今日のこの任務。
「何が『正義』だ。何が『神の裁き』だ。ただの独善だ。自分たちが絶対であるという考え……テメェらが嫌っている悪魔とどこが違う?」
「……」
ガブリエルは声を大にして言いたかった。違う。私たちはそんな人間ではないと。しかし、アッシュの言うとおりの者が居るのも事実。アッシュはそう吐き捨てると合流地点へと歩き出した。その場に涙を流すガブリエルを残して。
「あぁ私の愛し子。あなたは今まで苦しんでいたのですね」
ガブリエルはアッシュの姿が消えてもその方向を見て涙を流す。彼女はアッシュを特別目にかけている。それはなぜか。彼女はかつて聖母マリアに『受胎告知』を行いマリアを祝福した。それ故に、彼女は子供がこの世に生まれ落ちる事を祝福するようになった。昔ならいざしらず、今の世の中祝福を受けずに生まれる子はほぼいない。いても、すぐに死んで天使たちが楽園へと連れて行くため問題はない。だが、アッシュは違った。誰にも祝福されず図らずも『親殺し』を行なってこの世に生まれ落ちた。そして、今まで誰に愛されずに生きてきた。そのようなことを彼女は看過できなかった。
「アッシュ。私の愛し子。あなたには私がついています。だから、どうか……破滅に向かわないで」
だから、彼女はアッシュに愛情を注ごうとする。自分の愛に応えなくてもいい。でも、あなたを愛する者はいるのだとわかってほしい。ガブリエルはただそれだけを願う
所有神器:『最適化(ハイクリエイト)』
能力:所有者の体や所有物などを常に最適の状態に維持する神器。神器発動中は刃毀れしても腕がもげても瞬時に修復される。特筆するほど希少なものではないが、実力者などが使用すれば、上級悪魔を複数相手にしても勝利することもできる。
神器の設定はこんな感じ。地味だけど、すごいやつ。
さて、ヒロインですが、今のところこんな感じ
1.リボー大好きガブリエル様
2.嫌いだったけど…紫藤イリナ
3.同上…ゼノヴィア
4.私のナイト様…姫島朱乃
2,3,4のフラグ立ては次回以降。というか、4番はヒロインになるかならないかは別として消化しなければならないイベントなのです。