紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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最近更新頻度がゆっくりになってきてますが、何の問題もありません。決してMGSVに嵌っているわけではありません。
それとは別に話の進行速度が遅すぎるのではないかと心配しております。来年度までに書き終わらないと最悪エタってしまうので。
誤字脱字等ございましたらご報告していただけると助かります。


マルフォイ邸やら、ノクターンやら、ダイアゴン横丁やら

 紅茶を飲みながら暫く待っていると、客間にルシウスとその息子が入ってくる。ルシウスは私に握手を求めてきた。

 

「遠くからご足労いただきまして、ありがとうございます。お初にお目に掛かります。ルシウス・マルフォイと申します」

 

 私は椅子から立ち上がるとルシウスの握手に答えた。

 

「レミリア・スカーレットよ。堅苦しいのは無しで行きましょう。社交ダンスでも始まるなら別だけどね。敬語も無しよ。私も敬語で返すの面倒だもの」

 

 まあ本来向こう敬語、こっちタメ口が普通なのだが……これは所謂社交辞令という奴である。

 

「これは癖のようなものでね。では少し崩して話すことにしましょう」

 

 ルシウスの敬語が少し崩れる。どうやら社交辞令とは捉えなかったようだ。舐められているのか? だとしたら上座は譲らん。私はさっさと上座に座る。まあ招待されているのだから当たり前だが。そして咲夜にも私の隣に座るようにと指示を出した。そしてルシウスは私の前、その息子は咲夜の前に座る。

 

「それで今日は何だったかしら。確かダイアゴン横丁に行くんだっけ?」

 

 私は今日の予定を確認するようにルシウスに問う。

 

「ええ、息子の学用品を買いに行くのでね。少々寄り道もしますが。ドラコが是非ともあなた方を誘いたいと」

 

「あら、気を使わなくてもいいのよ? 私じゃなく咲夜を誘いたかったんでしょ?」

 

「そんな、滅相もない」

 

 まあ、今回に関しては本来なら私が咲夜のおまけだ。マルフォイ家と親交があるのは咲夜であって、私ではない。

 

「まあここでグダグダ話していても時間の無駄だし、早速行きましょう」

 

 私がそういうとルシウスは椅子から立ち上がる。私もそれを見て椅子から立ち上がった。

 

「では暖炉に案内しよう。こちらに」

 

 私はルシウスの後について客間を出る。そのまま廊下を少し歩き、玄関ホールにやってきた。ルシウスは暖炉の火に向かって煙突飛行粉を投げ入れると息子に先に行くように指示を出す。息子は慣れた様子で暖炉に入ると『ノクターン横丁』と目的地を口に出した。

 ほう、闇の魔法使いとは知っているが、まさかいきなりノクターン横丁に直行するとは思わなかった。私に対し目的地はダイアゴン横丁であると言っているのにである。私がルシウスの顔を見るとルシウスも怪訝な顔をしていた。どうやら息子が口に出した目的地はルシウスも予想していなかったものらしかった。

 

「私は最後に後を追いますので、お先に」

 

 ルシウスは少し視線を泳がせながらも、私に対して言う。まあ、息子がノクターンに向かってしまったのなら、それに合わせるしかないだろう。私は咲夜と一緒に暖炉に入るとノクターン横丁と地名を口にした。次の瞬間、私の両足が地面から離れる。次々と目の前の景色が変わっていき、最終的に薄暗い雰囲気を纏った横丁に出る。ノクターン横丁だ。いくら薄暗い雰囲気があるといっても、現在の時刻は十時ちょっと前。日の光は差し込んでくる。咲夜はそれに気が付いたのか日傘を差し私の隣に立った。それにしても……。

 

「なんだか面白そうなものが沢山あるわね。咲夜、あの店とか面白そうじゃない?」

 

 まさかボージン・アンド・バークスの目の前に出るなんて。これも運命だろう。

 

「ボージン・アンド・バークスか。私もあそこには用事があります。寄っていきましょう」

 

 後ろからルシウスの声が聞こえてくる。どうやら、全員揃ったようだ。まあそんなことはどうでもいい。私はいち早く店に入ると店内を見回す。なるほど、ここがリドルの働いていた店か。随分と寂れた、埃っぽい店だ。だが、内装に反して、展示してあるものは興味深いものが多い。

 

「咲夜、これなんて可愛らしいわよ。勝手に飛んで行って対象の目を抉り抜き、自らが収まる義眼ですって。こっちには爪を剝がさずにそれと同じような苦痛を与える魔法具もあるわね。このヘンテコな器具は何に使うのかしら?」

 

「それは親指を押し潰す拷問器具です」

 

 私の問いに咲夜が簡潔に答える。

 

「親指を? そんなことしても意味がないじゃない」

 

 親指ぐらい簡単に再生するだろう。そんなもの怪我のうちに入らない。

 

「痛みを与える道具ですので……死に至らせることが目的ではないようです。ですがこの程度いくらでも魔法で代用が効きそうですが……」

 

 咲夜は器具を見ながら首を傾げている。正直可愛い。次の瞬間、私は店の奥から視線を感じた。何者かが私を陰から見ている。流石私だ。どんな場所でも目立っている、と冗談を言っている場合ではない。私はその視線の主に気が付かれないように気を付けながらそっと様子を窺った。

 

「見た目が大切なのですよ。今からこの道具が自分にどのように使われるのか対象に想像させるだけで相応の効果が出る。杖での魔法では結果しか生まれない故……ドラコ、一切触るんじゃないぞ」

 

 ルシウスが何か言っているが、今それどころではない。私を覗いているそいつは……なんとあのハリー・ポッターだった。天井に伸びる煙突を見るに、どうやら何かの間違いでこの店に煙突飛行してきてしまったらしい。まあ、ホグワーツに入りたてのガキ一人程度、何かができるわけでもない。放っておいても大丈夫だろう。

 

「なにかプレゼントを買ってくれるんだと思ったのに」

 

 息子は駄々を捏ねるようにルシウスに言う。だがルシウスは全く取り合わなかった。

 

「競技用の箒を買ってやると言ったんだ」

 

「そんなの、寮の選手に選ばれなきゃ意味ないだろ? ハリー・ポッターなんか、去年ニンバス2000を貰ったんだ。グリフィンドールの寮チームでプレーできるようにダンブルドアから特別許可まで貰った。そんなに上手くもないのに。単に有名だからなんだ……額に傷があるから有名なだけで」

 

 こういう風に拗ねた子供を見るのも久しぶりだ。咲夜は人間が出来すぎていて私に対して文句を言ったり、拗ねた態度を取ったりもしない。

 

「どいつもこいつもハリーがカッコいいって思ってる。額に傷、手に箒の素敵なポッターさ……」

 

「同じことをもう何十回と聞かされた。しかし言っておくが、ハリー・ポッターが好きでないような素振りを見せるのは、なんというか賢明ではないぞ。特に今は多くの者が彼を闇の帝王を消したヒーローとして扱っているのだから」

 

 私はそう話すルシウスをそれとなく観察する。彼の言葉が真意かどうか推し量るためだ。……なるほど、嘘を言っているわけではない。少なくともルシウスはヴォルデモートが死んだものと思っているようだった。少し当てが外れたが、まあいいだろう。

 

「ハリー・ポッターか。確かに有名と言ったら有名ね。でもそれは貴方も同じでなくて?」

 

 仕方がないので息子の方にちょっかいを出すことにした。私が急に話しかけたせいか、ルシウスの息子は面白いぐらいに動揺し、咄嗟に膨れっ面から表情を取り繕う。

 

「マルフォイ家といったら間違いなく純血の血筋とされる聖二十八一族の一つじゃない。まあ貴方の言いたいことも分からなくはないけどね。ハリー・ポッターがヴォルデモートを消し去ったというのは些か無理があるもの。赤ん坊が彼を消し去ったなんて冗談が過ぎるわ」

 

 取りあえずおだて、私は息子の頬に手を触れる。そして吸血鬼の能力の一つである魅了を発動させた。

 

「この世の中、真実とは常に隠されるもの。その真髄を覗いてみたい?」

 

 息子はぼんやりとしながら私に向かって手を伸ばす。よし、もう少しで掛かるだろう。

 

「うちの息子を魅了するのはやめて頂きたい。これは予想でしかないが、多分ドラコの血は美味しくないでしょう」

 

 急にルシウスが私とドラコの間に割って入る。なるほど、まあ馬鹿ではないということか。私の手が息子から離れると、途端に魅了は解け、息子は我に返ったように周囲を見回し始める。

 

「純血は美味しいのよ。B型だと尚のことね。それにこの子臆病そうだし」

 

 そう、私は自分を恐れる人間からしか血を吸わない。食卓に血液がそのまま並ばないのはそういった理由もあるのだ。まあ、紅魔館の冷蔵庫の中にはフラン用の血液パックが入っているが。

 

「あれを買ってくれる?」

 

 急に息子が近くの棚を指さす。そこには萎びた手のようなものがクッションの上に置かれて展示してあった。

 

「『栄光の手』でございますね。蝋燭を差し込んでいただきますと手に持っている者だけにしか見えない灯りが点ります。泥棒、強盗には最高の味方でございまして……お坊ちゃまはお目が高くいらっしゃる!」

 

 店主は嬉しそうにその萎びた手の説明を始めるが、ルシウスは冷たく返した。

 

「ボージン。私の息子は泥棒、強盗よりはましなものになって欲しいが。……ただし息子の成績がこれ以上上がらないようなら、行きつく先は精々そんなところかもしれん」

 

「僕の責任じゃない。先生がみんな贔屓をするんだ。あのハーマイオニー・グレンジャーが――」

 

「私はむしろ魔法の家系でも何でもない小娘に、全科目の試験で負けているお前が恥じ入ってしかるべきだと思うが。十六夜君を見習いたまえ」

 

 ルシウスは咲夜の方を向いた。

 

「総合成績では噂に聞くグレンジャーを抜いて一位だったようじゃないか。魔法族とはそうあるべきだ。流石、スカーレット家に仕える従者は格が違いますな」

 

「私のメイドだもの。当然よ。そのグレンジャーとやらに負けていたら鞭で叩いていたわ」

 

 まあ、もし負けていたとしても鞭で叩くようなことはしないが。今のは咲夜に対して言ったのではない。暗に息子を鞭で叩けと言ったのだ。ルシウスはその意図を察したらしく。店主に何気なく聞く。

 

「ふむ。ボージン、この店に鞭は置いてあるか?」

 

 その言葉を聞いてルシウスの息子は面白いぐらいに顔を青くした。店主は心当たりがあったのか、机の下を探り出した。

 

「どれだけ叩いても皮膚が裂けない鞭というものがありまして……」

 

「冗談だ。私のリストに話を戻そう」

 

 ルシウスはキッパリとそう言うと、ローブから羊皮紙を取り出して店主と話し始める。私はもう一度ハリーの方を窺った。どうやらまだそこを動けずにいるようだった。まあそれもそうだろう。何かやましい現場に居合わせたわけではないが、この状況で外に出れるはずもない。

 

「――決まりだ。レミリア嬢もよろしいですかな?」

 

 どうやら店主と話がついたようだ。ルシウスは私に確認を取る。まあ別に買いたいものがあるわけでもない。それにリドルがどのような店で働いていたのかも知ることができた。取りあえずは満足だった。

 

「ええ、面白いモノも見れたし、次に行きましょう」

 

 私は一番に店の外に出ると辺りを見渡す。ここに来るのは別に初めてというわけでもないが、面白そうなものがいっぱいだった。

 

「ルシウス、少し見たい店があるのだけれど、いいかしら?」

 

「どの店ですかな? レミリア嬢」

 

 私は少し離れた場所にある店を指さす。その店先には黒い何かが檻に入れられて、蠢いていた。

 

「あの店! 大きな檻にまっくろくろすけのようなものが沢山入っているわ。何かしらあれ」

 

 ルシウスは手帳を確認すると、少し申し訳なさそうな顔をする。どうやら彼の用事とやらはまだ終わっていなかったようだ。

 

「そうだ、私は少し私用を済ませてこなくてはなりませんので。ドラコを少し見ておいてはくれませんか?」

 

 先ほどもルシウスはボージン・アンド・バークスで結構な量の魔法具を売っていた。売っていたと言っても商品はまだマルフォイの家の中だろうが。話を薄っすらと聞いていた限りでは、近いうちに店主が取りに伺うらしい。最近魔法省が抜き打ちの立ち入り調査を行っているという噂を聞いたことがあるが、それと関係あるのだろうか。

 

「それじゃあ私たちは向こうの方にいるわ。何処かで待ち合わせをする?」

 

「用事が終わったらこちらから合流しよう。好きに回っていてくれたまえ」

 

 ルシウスはそう言い残すと姿現しでこの場から消える。私は建物の影を伝い檻の前まで移動した。どうやら黒いもじゃもじゃの正体は大きな蜘蛛の群れだったようだ。私は暫くその蜘蛛の群れに気を取られたが、息子がいることを思い出し、ちょっかいを再開した。

 

「先ほども言ったことだけど、ハリー・ポッターは今のところ別に凄くも何ともないわ。大切なものは生まれではなく死ぬまでに何をしでかすかよ」

 

 私の何気ない言葉を深い意味で捉えたのか、息子は目を閉じてじっと考え込む。

 

「わぁあ!」

 

「うわぁあああっ!!」

 

 私はそんな息子の前でいきなり大声を出した。途端に息子は地面にひっくり返り、ジタバタと手足を動かしている。非常に愉快だ。弄りがいがある。

 

「な、なにをするん……ですか!」

 

 息子はとぎれとぎれの敬語でそう言った。そんな様子を見て私は爆笑してしまう。何というか、ここまで小心者だと逆に面白い。咲夜の友達にふさわしいかと問われればそうとは言えないが。

 

「人前で簡単に目を瞑るからよ。人間はね、知覚の八十パーセントを視覚に頼っているらしいわ。外で不用意に目を瞑るべきではないわね。さあ、行きましょうか」

 

 私はもう一度クスリと笑うと、建物の影を移動していく。咲夜と息子もそのあとを追ってきた。

 

 

 

 

 ノクターン横丁での用事も終わり、私たちはダイアゴン横丁に出る。ダイアゴン横丁のほうが日当たりが良いので、灰にならないように気を付けなければならないだろう。一番最初に入ったのは箒が沢山並んだ店だ。箒専門店と言っても地面を掃く箒は置いていない。全てが飛行用の箒だった。私は壁に掛かっている持ち手が湾曲した箒を見上げる。上に乗るにはいい形だが、箒本来の使い方は出来ないだろう。

 

「これじゃあ掃きにくいでしょうに」

 

「お嬢様、ここにある箒は掃除をするための物ではありませんよ?」

 

「高い箒で床を履いたらさらに綺麗になるんじゃないかと思っただけよ。魔法使いが箒で空を飛ぶことぐらい知ってるわ」

 

「それは失礼致しました」

 

 私は壁に掛かった箒の値札を見る。ニンバス2000、二十ガリオンだ。地面を掃く箒としては高いが、競技用としてなら、まあ値段相応と言えるだろう。

 

「でもこれ座席はついていないのよね。足を置く金具はついているのに。痛くないのかしら」

 

 こんな状態で加速したり上昇したりすれば、相当な負担が掛かるはずだ。どことは言わないが。

 

「箒にはクッションの魔法が掛けられており、痛くはありません。その魔法が作られる以前は地獄だったようですが」

 

 咲夜はそう説明するが、その口調はまるで箒に乗ったことがあろうようなものだった。

 

「貴方、箒に乗ったことあるの?」

 

「はい、ホグワーツには箒での飛行訓練が授業に組み込まれています」

 

 それはそれは……なんとも退屈な授業だ。咲夜は箒を使わなくても空を飛ぶことができる。箒を使って空を飛ぶなど、松葉杖をついて歩くようなものだろう。私は咲夜に労いの言葉を掛けようとするが、咲夜は不意にカウンターの方へと振り向く。何かあったのかと私もそちらに意識を向けたが、どうやらルシウスとその息子が言い争いをしているだけのようだった。

 二人の言い争いを簡単に纏めると、息子がルシウスに最新型の箒をスリザリンチーム全員に買えとねだっているようだ。なんともみみっちい話である。確かクィディッチは七人一チームで行われるスポーツであったはずだ。全員分の箒を買っても百四十七ガリオン。ポンドに直して七百三十五ポンドである。はした金ではないか。それとも、あの門構えは伊達なのだろうか。

 

「買ってあげればいいじゃない。貧相な考えはその者の姿形まで貧相に見せるわ。一本たった二十一ガリオンでしょう?」

 

 私の言葉を聞いて、ルシウスは少し考え込む。いや、考える時点で貧乏性とも言えるが。

 

「……ふむ。それではその新型をスリザリンチームに寄贈する形を取ろう。それでいいなドラコ」

 

 ルシウスのそんな言葉を聞いて、息子は満足そうに頷く。だが勘違いしてはいけない。ルシウスは一言も息子にプレゼントするとは言わなかった。つまり寮の選抜チームに選ばれなかったら息子の箒はないということである。取りあえず、そんなところでこの話は決着がついたらしい。だが、そんなやり取りがあったおかげで、私は一つ思いついたことがあった。

 

「二年生からは自分の箒を持って行ってもいいのね……咲夜、紅魔館から愛用の掃除用の箒を持っていく?」

 

 咲夜は結構物を大切にするほうで、物持ちもいい。今持っている鞄もかなり小さい時から使っているものだ。それなのにあまり傷んだ様子がないのは、咲夜がきちんと手入れを行っているからだろう。

 

「いえ、ホグワーツには私よりも優秀な清掃員がいるようです。いつの間にか綺麗になっていますもの」

 

「掃除用の箒じゃ空は飛べないって?」

 

 私は試すように咲夜に冗談を飛ばす。

 

「お嬢様がご命令なさるのなら、掃除用の箒でそこにある最新型を追い抜きましょう」

 

 咲夜はそう言ってクスリと笑った。私もケタケタと笑うと壁に掛かっている中から私のお気に入りの一本を手に取る。オークシャフト79だ。パチェが生まれるより少し前にエリアス・グリムストーンによって製造されたこの箒は、大西洋横断にも用いられた傑作であり、箒の中では有名なほうである。もっとも、製造されてから随分経つので若い人間は知らないことが多いが。

 

「店主、この箒を購入したい。いくらかしら?」

 

「1879年製造のそちらですと、五十ガリオンほどになりますが……博物館に展示してあるほどの年代物ですよ?」

 

 店主は少しオロオロとしながら言った。どうやら、あまり手放したくないようである。もし本当に売りたいのであれば、積極的にこの箒の骨董価値について語るはずだ。

 

「なるほど、希少ということね。ますます気に入った。咲夜、貴方にプレゼントするわ」

 

「そんな、悪いですよ」

 

「箒が?」

 

「いえ、そうではなくてですね……」

 

 あまりお気に召さなかったのだろうか。いや、咲夜のことだ。私があげたものを喜ばないはずがない。たとえガムの包み紙でも後生大事に保管するだろう。今回は、普通に遠慮しているだけのようだ。そんな咲夜の態度が面白くて、私はまた笑ってしまう。私は店主に百ガリオンが詰まった袋を放り投げた。

 

「形だけでも箒は持っておきなさい。例え使わなくとも持っているという事実は残るわ。本当に要らないと思ったらこれで紅魔館の掃除でもすればいいし」

 

「お嬢様からの贈り物でそんなことは……」

 

「でしょうね。なんにしても、貴方なら荷物にはならないでしょう?」

 

 店主はガリオン金貨を数え、私の方を窺い見る。どうやらガリオン金貨が多すぎることを気にしているようだ。私は目で『それでいい』と訴えかけ、店主に箒を渡す。店主は苦笑いを浮かべながら箒を紙袋に入れると、私に手渡した。私はそれを咲夜に差し出す。

 

「ありがとうございます、お嬢様。大切にします」

 

 咲夜はついに諦めたのか、私から箒を受け取り、鞄の中に仕舞った。

 

「本当はその箒で有名なハリー・ポッターにシーカー勝負で勝って欲しいところだけど、同じグリフィンドールだものね。まあ二年生になったお祝いということにしておきなさい」

 

 私がそういうと、咲夜は今一度深々と頭を下げる。一方ルシウスは、注文した箒をホグワーツに届けるようにと店主に言いつけていた。

 取りあえずここでの用事も終わり、私たちは店を後にする。二年生になって新しく必要になった教科書を買うために、次はフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に向かうことになった。

 

「そういえば、さっき別行動してた時、何処に行っていたの?」

 

 私は前を歩くルシウスに問う。ルシウスは特に表情を変えずに答えた。

 

「グリンゴッツに少々。レミリア嬢も用事がありましたかな?」

 

「私はグリンゴッツに金庫を持ってないわ。知り合いの金庫の管理はしてるけど」

 

 そういえば最近資本家と会ってないな。まだ生きているだろうか。まあアレが管理している会社が潰れていないところを見るとまだ生きているのだろう。今年のクリスマスパーティに呼ぶのもいいかもしれない。

 暫くダイアゴン横丁を歩くとフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店が見えてくる。ここの品揃えは魔法界一と言ってもいいだろう。まあ図書館としてはうちが一番だが。いつもは落ち着いた雰囲気を醸し出しているフローリッシュ・アンド・ブロッツだが、今日は見たことないぐらいに込み合っていた。何人もの魔法使いが押し合い圧し合いしながら店に入ろうとしている。店の外では店主が困ったようにオロオロとしていた。何というか、列を作って順番に入ることはできないのだろうか。イギリスは紳士の国だろうに。

 

「あら、魔法使いって種族は随分と勤勉なのね。我先にと本を購入しようとするほどに」

 

 私は軽く皮肉を言いながら店に掛かった垂れ幕を見る。そこにはギルデロイ・ロックハートのサイン会があると書かれていた。

 

「少し買い物の順番を間違えたでしょうか。サイン会が始まる前に来ればよかったですね」

 

 咲夜はサイン会の開始時間を見ながら言う。どうやら今さっき始まったばかりのようである。

 

「お嬢様、少々こちらでお待ちいただけますでしょうか? 必要な買い物だけ済ませてすぐに出てきます」

 

 咲夜はそう言うと、不自然に見えないような位置で器用に消える。そして数分もしないうちに帰ってきた。咲夜はまだ気が付いていないようだったが、私は人ごみの中にハリー・ポッターを見つける。ハリーはギルデロイ・ロックハートと握手をしながらカメラマンに写真を撮られていた。まあ有名同士通じ合うものもあるんだろう。

 よく見れば不死鳥の騎士団のメンバーのアーサー、モリーの他に、その子供と思われる赤毛数人、そして禁じられた森で見た咲夜の友達のハーマイオニー・グレンジャーの姿もあった。近くにいるのは彼女の両親だろうか。私と同様にルシウスの息子もハリーの姿を見つけたのか、ずかずかと近づいていく。どうやら喧嘩を売るようだ。

 

「さぞいい気分だろう、ポッター」

 

 ルシウスの息子はニタニタとした薄ら笑いを浮かべてハリーに話しかける。

 

「有名人のハリー・ポッターはちょっと書店に行くだけで一面大見出しとは」

 

「ほっといてよ。望んでそうなっているわけではないわ!」

 

 ハリーの横にいた赤毛の少女がルシウスの息子に言う。あの赤毛具合からしてウィーズリーの子供だろう。

 

「ポッター、お似合いのガールフレンドじゃないか!」

 

 いや、それは悪口なのだろうか。まあ冷やかしという意味では悪口なのか。次の瞬間、少女より少し大きい赤毛の少年と、ハーマイオニーが本の山を抱えて現れる。

 

「なんだ君か。ハリーがここにいるから驚いたってところか?」

 

 赤毛の少年がルシウスの息子に言う。その眼はまるで養豚場の豚を見るような目だった。

 

「ウィーズリー、君がこの店にいるのを見てそれ以上に驚いたよ。そんなに沢山買い込んで、君の両親はこれから一か月は断食だろうね」

 

 赤毛の少年は手に持っていた本を鍋の中に放り込み、ルシウスの息子に殴りかかろうとする。だが、寸でのところでハリーとハーマイオニーが抑えた。

 

「ロン!」

 

 人ごみの奥からそんな声が聞こえてくる。この声には聞き覚えがあった。これはアーサー・ウィーズリーのものだ。アーサーは息子であろう双子の少年を連れてロンと呼ばれた少年に近づいていく。そうか、アレがチャールズに手紙を出したロナルド・ウィーズリーか。

 

「何をしているんだ? とにかく、この人ごみは少しな……早く外に出よう」

 

「これはこれは……アーサー・ウィーズリー」

 

 アーサーはロンの手を引いて人ごみを出ようとしていたが、そこにルシウスが近づいていく。

 

「お役所はお忙しいらしいですな。あれだけの回数の抜き打ち調査を……残業代は当然払ってもらっているのでしょうな? いや、そうでもないらしい。これを見る限りでは」

 

 ルシウスは赤毛の少女の大鍋に入っている本の中からボロボロの教科書を取り出す。あれは中古だろうか。

 

「咲夜、もしかしてあれが噂のハリー・ポッター?」

 

 確認を取るまでもなくそれがハリーだということを私は知っているが、咲夜の反応を見たくて質問を飛ばす。

 

「眼鏡を掛けた少年がハリー・ポッター、赤毛なのがロン・ウィーズリーです。ああ、よく見たらハーマイオニーの姿もありますね。家族ぐるみで買い物に来たのでしょうか」

 

「なんというか、家族ぐるみで犬猿の仲なのね。息子たちに代わって父親が喧嘩を始めたわよ」

 

「話に聞く限りでは、どうもそのようで」

 

 ルシウスは一歩アーサーに近づくと、ねちっこい声で言う。

 

「役所が満足に給料も支払わないのでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐がないですねぇ?」

 

 アーサーは魔法省のマグル製品不正使用取締局局長だ。その立場を利用して、闇の魔術を用いた魔法具がないか抜き打ち調査を行っているということであろう。今日ルシウスがボージン・アンド・バークスに魔法具を売りに来ていたのはそういう理由であると推測できる。

 

「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだが」

 

「さようですな」

 

 ルシウスはチラリと先ほどハーマイオニーの近くにいた夫婦を見る。服装や態度を見る限りでは、あの夫婦はマグルのようだ。

 

「ウィーズリー、こんな連中と付き合っているようでは、君の家族も落ちるところまで落ちたようだな」

 

 次の瞬間、アーサーがルシウスに飛びかかった。よし来た! 第二次魔法界大戦だ。元死喰い人対元不死鳥の騎士団員。一対一のタイマン勝負だ。二人は押し合い圧し合いしながら壁にぶつかる。杖を使わないのは、あまりことを大きくしたくないからだろう。私はそんな醜い戦いを手を叩きながら観戦した。

 次第に滅茶苦茶になっていく店に店主は顔を青ざめ、二人を止めようと割って入るがどうも力不足のようだ。最終的に、何処からともなく現れたハグリッドが二人を引き離す。ハグリッドの巨体なら、人間の男二人ぐらい引き離すのは夕飯前だろう。

 ルシウスは手に持っていた教科書を赤毛の少女の鍋に投げ入れ、店の中に入っていく。その時、投げ入れた本が二冊に見えたのは私の錯覚だろうか。

 事態が収束して、ようやく周囲を見回す余裕が出来たのだろう。ハーマイオニーが咲夜を見つけ、こちらに近寄ってくる。そして驚いたような顔をしながら咲夜に話しかけた。

 

「咲夜! 久しぶり。ホグワーツ以来ね。えっと……今日はメイド服なのね」

 

 ハーマイオニーは咲夜のメイド服を観察する。そこらのコスプレ用の安物ではない。美鈴お手製の一級品だ。美鈴をあまり褒めたくはないが、無駄に仕事はできる。

 

「ええ、今日はお嬢様の付き人としてここにいるから」

 

「お嬢様、ということは――」

 

 ハーマイオニーは私の方を見ると、そのまま固まってしまう。私はハーマイオニーの頬を指で突いた。

 

「咲夜、彼女固まってしまったわよ?」

 

 ハーマイオニーはハッと我に返ると無理やり笑顔を作り、私にお辞儀をする。

 

「は、初めまして。ハーマイオニー・グレンジャーと申します」

 

 ほう、私を敬う人間は嫌いじゃない。やっぱり吸血鬼はこうでなければ。

 

「スカーレット家の当主であり夜の支配者であるレミリア・スカーレットよ。咲夜から話は聞いているわ」

 

 私はわざと仰々しく自己紹介をする。ハーマイオニーは私の姿を見て、すぐに吸血鬼であると悟ったようである。

 

「咲夜、貴方が仕えているお嬢様ってもしかして……」

 

「そう、私は吸血鬼よ」

 

 私は本物である証明と言わんばかりに羽をバタつかせる。そんな私たちの様子に気が付いたのかハリーとロンもこちらに近づいてきた。

 

「咲夜! 君も買い出しかい?」

 

 ロンが元気よく咲夜に話しかける。

 

「咲夜、久しぶりだね」

 

 ハリーはこちらを少し警戒しながら咲夜に挨拶した。まあ警戒するのが普通だろう。ハリーはさっき私とルシウスが仲良く談笑していたのを見ていたのだから。まあ、向こうから来ないのならこっちから歩み寄ろう。私はハリーに対し微笑みながらゆっくりと距離を詰める。ハリーは警戒するように少し後ろに下がった。ならば更に前進するだけだ。私はそのまま接近していき、ついには鼻がぶつかりそうになるほどの距離まで近づく。

 その時、私はハリーに対し妙な感覚を覚えた。何か違和感があるのだ。普通の人間とは違う何か。私は生き残った男の子の象徴でもあるハリーの額の傷跡に手を触れる。この傷に違和感を感じる。この違和感はなんだろうか。私が能力を行使して違和感の正体を探ろうとした途端、ハリーが痛そうに呻きだした。その痛がり方は尋常ではない。まるで今まさに傷跡をナイフで抉られているかのような、そんな痛がり方だった。

 

「咲夜、ハリーが辛そう。止めてあげて」

 

 ハーマイオニーが咲夜に叫ぶが、咲夜は肩を竦めるだけだ。もう少し、もう少しで何かが掴めそうなのだが。私は暫くそのまま傷を調べ、違和感の正体を探る。ああ、なるほど。そういうことか。何か違和感があると思ったら、この少年、体の中に二つの魂を持っているのだ。一つはハリー自身の魂。そしてもう一つは人の命というにはあまりにも小さいが、私もよく知る気配を持った魂だった。そう、リドルの物だ。

 私はハリーから手を放す。ハリーはその場に倒れこむと、肩で息をし、かなり辛そうにしている。ロンの手を借りてなんとか起き上がった。そして私に抗議交じりの視線を送ってくる。

 

「その傷は貴方とヴォルデモートとの繋がりなのね。今のように傷が痛むようなことがあったら気をつけなさい。『Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein. 』貴方が闇に落ちないことを期待しているわ」

 

 どうしてそんなことになっているかは分からないが、ともかくハリーが何故ヴォルデモートに勝てたのか、一つのヒントを得たような気がした。ハリーは私が適当に言ったニーチェの言葉に頭を悩ませている。別に、ニーチェの格言に特別意味が込められているわけではない。ようはそれっぽいことを言って煙に巻きたかっただけだ。

 私はハリーの横を通り過ぎると後ろ手で手を振る。咲夜も私の動きにぴったりとついてきた。

 

「じゃあ三人とも、ホグワーツ特急で」

 

 咲夜は三人に一声かけ、今度こそ前を向く。私は丁度書店を出てきたルシウス達と合流した。

 

「買い物は終わったかしら?」

 

「私どもは。レミリア嬢も大丈夫ですかな?」

 

「ええ、そもそも私は何かを買いに来たわけではないし」

 

 私は咲夜に視線を飛ばす。咲夜は小さく頷いた。

 

「咲夜も大丈夫だそうよ」

 

「そうですか。では帰ろう」

 

 ルシウスは近くにある店に入ると店主に暖炉の使用許可を求める。店主は快く暖炉を貸してくれた。

 

「ドラコ、先に行くが良い」

 

 ルシウスはそう言って息子の背中を押す。息子は煙突飛行粉を暖炉に放り込むとマルフォイ邸と言い、消えていった。

 続いて私と咲夜も暖炉の中に入る。

 

「マルフォイ邸!」

 

 私がハッキリした口調で目的地を言った瞬間、両足が地面から離れる。次の瞬間には先ほどのルシウスの家の暖炉に出ていた。私は暖炉から出ると大きく羽をバタつかせる。私が視線を暖炉に戻した瞬間、ルシウスが煙突飛行で飛ばされてきた。

 

「今日はそこそこ楽しませてもらったわ」

 

 私はルシウスの手を握ると上下に振る。

 

「また誘わせてください。そういえば、帰りはどのように?」

 

「煙突飛行で帰るわ。暖炉を借りてもいいかしら」

 

 私は先ほど通ってきた暖炉を指さす。ルシウスはその暖炉を見て快く頷いた。

 

「ええ、自由にお使いください」

 

 ルシウスがそう答えたので私と咲夜は暖炉の中に入る。

 

「紅魔館」

 

 私がそう言うと地面から足が離れ煙突の中に吸い込まれる。そのままかなりの距離を煙突飛行し、滅茶苦茶に迂回しながら最終的に紅魔館の暖炉の中に降り立った。

 

「あら、お帰り」

 

 パチェが私に向かって軽く手を振っている。私もパチェに軽く手を振りながら、パチェの向かい側に座った。

 

「で、どうだった?」

 

「まあ、ぼちぼちよ。成果がないわけでもないし、かといって大きな成果があったわけでもない」

 

「どっちよ」

 

 私はパチェに向かって手を伸ばす。パチェはその手を握り返した。そうすることで、私とパチェは今日あった出来事を共有する。

 

「ほんと、特に成果ないわね。ていうか、早く咲夜を解放してあげなさい」

 

 私が咲夜のいる方を見ると、咲夜は暖炉の前で直立不動の状態を維持している。私は咲夜に下がっていいと伝えるとパチェに向き直った。

 

「まあ今回は様子見って意味合いも強いし。あの様子を見る限りではハリー・ポッターとも仲がいいみたいだった」

 

「そうね」

 

「このぶんなら三重スパイも十分できそうな感じがするわ」

 

「そうかもね」

 

「もう、構ってよー」

 

 私はべたーんと机に伏せる。パチェは私の両手を掴むと上下に振った。

 

「分かり切ったことを議論しても意味がないでしょ?」

 

 まあ、それももっともだ。私は椅子から立ち上がるとパチェに手を振る。まだ書類仕事も残っているし、書斎に戻ることにしよう。私はそのまま大図書館を後にした。

 




マルフォイ親子と買い物

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