べ、別に感想で読みたいって意見があったから書いたわけじゃないんだからね! ただこの辺で書いとかないと自分の中で設定を忘れると思っただけなんだから!
誤字脱字等御座いましたらご報告して頂けると助かります。
1890年――
「あっけないものね。所詮は血の薄い下等な吸血鬼か。」
紅魔館の中でも比較的小さい一室。ベッドと小さい机、クローゼットだけが置かれたその部屋にレミリアは一人佇んでいた。もっとも、人影だけを数えるならその限りではないのだが。部屋に置かれたベッドには一人の女性が横たわっている。その女性の身体には至る所に包帯が巻かれていた。既に息は無く、只の肉塊と化している。
レミリアは優しく死体に手を触れる。死体はレミリアの触れたところを火種に青い炎を上げて燃え上がり、やがて真っ白な灰になった。
「さあ、行きなさい。」
レミリアが翼を羽ばたかせると灰は一か所に纏まり、窓から外へと出ていく。そのまま自然の風に吹かれ散り散りに消えていった。
レミリアは窓を閉め部屋を出ると、扉に施錠する。そのまま部屋を後にした。
1800年代に入ってから、スカーレット家は勢力を落とし、次第に従者の数も減っていった。原因は産業革命による近代化によるもので、古い思想の持主だった当時のスカーレット家の当主はそれについていけなかったのだ。
レミリアが当主になってから、スカーレット家は変わった。今までの古い思想を捨て、様々な会社に投資し、そこで得た利益でスカーレット家は少し以前の力を取り戻した。だが、取り戻したと思っていた力は以前の物とはまったくの別物だったのだ。化け物の世界での権力ではなく、人間社会での権力を手に入れてしまったのである。
それの何が問題かと言えば、人間社会で成功を収めているため、資金には困らなくなった。自由に使える手駒もイギリス中にいる。だが、肝心な館で働ける人材はいなかったのだ。普通の人間ではフランドールの狂気に耐えられず、とても館で従者などできない。故に従者として雇うには人間でない者を探すしかないのだ。探すしかないのだが、そう簡単に従者など見つかるものでもない。特に紅魔館にはフランドールがいる。信用出来るものしか従者として置けないのだ。
そして1890年、紅魔館最後の従者が事故によって命を引き取った。元人間の吸血鬼で、吸血鬼の血が薄く、力もあまり持っていない。故に、事故による傷が原因でそのまま息絶えたのだった。彼女は力こそないものの、従者としては有能で、紅魔館の家事を一人で回していた。だが、今はいつの間にか屋敷に住み着いていた妖精を除けば紅魔館にはレミリアとフランドールの二人しかいない。
1891年。王室から手紙が届いた。私はその手紙を二度見すると、慎重に便箋を開ける。私の父が当主だった頃は王室とも交流があったと聞いていたが、まさか私に手紙が来るとは……。私は便箋から手紙を取り出すと、隅々まで目を通した。
「……化け物の討伐依頼? そういえば父はそういう仕事をしてたんだっけ。もうそういうことはしてないんだけど。でも王室から直接お願いされては断るわけにもいかないし。」
これを機に、裏の世界で名を広めるものいいかもしれない。流石に父の真似をしようとは思わないが、取りあえずこの依頼は受けることにしよう。スカーレット家はだいぶ力を取り戻したと言っても、全盛期とは程遠い。王室と繋がりを作っておくのも悪くはないだろう。私は懐中時計を取り出して現在の時間を確かめる。二十時半、日が昇るまでには十分時間があるようだった。
私は手紙を持ったまま地下に降り、フランの部屋に入る。基本的に紅魔館の掃除はフランの部屋と私の部屋以外行っていない。面倒くさいというのもあるが、そもそも時間がない。
「フラン、少しの間出かけるけど、大丈夫?」
「どんくらい?」
「んー……二日?」
「行ってらっしゃい。」
フランは面倒くさそうに手を振る。そもそも吸血鬼のような妖怪にとって食事とは嗜好品でしかない。本来は血液さえ吸っていれば死ぬことはない。そしてその血液も、毎日摂取しなければならないものでもないのだ。二日や三日、いや例え一か月留守にしてもフランが餓死する心配はない。
それに本来なら私がフランを守る必要すらない。フランは、私よりも強い。吸血鬼としての能力は鍛えている分私のほうが強いが、フランには能力がある。例えイギリス全軍が紅魔館に侵攻したとしてもフランを殺すことは出来ない。それ故に父はフランを隠した。その凶悪な能力を使わなくてもいいように。母はフランの能力を抑止力として活用する手立てを整えていたらしいが、結局そんな機会はなかった。
私はフランに手を振り返すともう一度自室に戻る。そして動きやすい服に着替え、ジャケットに無数のナイフを仕込んだ。あまり紅魔館を空けるわけには行かない。王室には事後報告でいいだろう。私は窓を開け放つと夜空へと飛び立った。
とある刑務所、ここが依頼にあった場所だ。手紙の内容が正しければ、ここに化け物がいるらしい。私は門番に軽く会釈をすると門をくぐる。取りあえず所長に挨拶をし、事情を聞かなければ。
「ちょちょちょちょっと君! ここは一般人立ち入り禁止だよ。」
不意に声を掛けられ、私は後ろを振り返る。そこには先ほどの門番が慌てた様子で立っていた。
「遊ぶなら町の方で遊びなさい。この辺は治安が悪いからね。」
門番は私をひょいと抱き上げると門の外へと降ろす。私は唖然としたまま立ち竦むしかなかった。
「いやいやいや君! 所長から何か聞いてない?」
私は持ち場に戻ろうとする門番を慌てて引き留める。
「化け物討伐の依頼を受けて来たレミリア・スカーレットよ。依頼書もここにある。」
私は懐から王室の印が書かれた便箋を取り出す。門番はその便箋と私を交互に見ると、首を傾げた。
「確かにあの化け物には手を焼いているけど……退治の依頼? ということは、もしかして君が国が寄越した討伐隊?」
「私一人で『隊』なのか? 何にしても、そういうことよ。さっさとそこを通しなさい。」
「はっ!」
門番は私に敬礼すると持ち場に戻っていく。私は今度こそ刑務所の建物の中に入った。建物の中に入ると何人もの刑務官が私を取り囲む。また子供扱いされるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。全員が私に向けて槍を構えている。
「門番はどうした!? 貴様あの娘の仲間だな!」
刑務官の一人が叫ぶ。全く意味が分からない。私は向けられている槍の一つを掴むと、穂を握る。鉄で作られた穂は私の手のひらを切り裂くことは出来ず、指の形に潰れた。
「ひぃ! やっぱり! 総員かかれっ!!」
四方八方から刑務官の槍が飛んでくる。先ほど穂の素材は確認済みだ。銀でなければ問題ない。私はその槍を甘んじて受けた。全身を鉄の槍が貫く。まあこの程度怪我のうちに入らない。私は全身に槍を受けたまま、正面にいる刑務官に話しかける。
「こんばんわ刑務官諸君。所長を呼んできてくれないかしら。王室から化け物討伐の依頼を受けてレミリア・スカーレットが来たと伝えなさい。」
私は全身を刺されたままポケットから手紙を取り出し、正面にいる刑務官に差し出す。その刑務官は悲鳴を上げながら更に槍を深く私に突き刺した。はぁ、人間とは脆いものである。身体も、精神も。まあ、極たまに化け物のような精神力を持った人間もいるが。これでは埒が明かない。私は全身に刺さった槍を振り払い所長室に向かって歩き出す。頭をライフルで撃たれ、槍で刺されたが、その程度の攻撃意味がない。
「所長! お逃げください!」
「いや、逃げんな! 少しは私の話を聞けぇ!!」
流石に所長に逃げられては面倒だ。ここにただ服を汚しに来ただけになってしまう。まあ、自らの血液で汚れているだけならあまり問題ではない。全部蝙蝠に変えてまた吸収すればいいだけだ。私は所長室のドアノブに手を掛ける。どうやら鍵が掛かっているようだ。扉をノックし、そのままこじ開けた。
「何者か?」
そう、人間にはたまにこういう者がいる。力に屈せず、鋼のような精神を持っているものだ。外であれだけの騒ぎが起きていたというのに、ここの所長ときたら呑気に紅茶を飲んでいたようだった。
「所長! お逃げください! あの女の仲間が攻めてきました!!」
この刑務官もなかなかの勇気の持ち主だが、完全に間抜けだ。私はその女を知らないし、逆にその女を殺しに来たクチである。
「ほう、被害は?」
所長はソーサーにティーカップを戻すと刑務官に聞く。刑務官は私に槍を突き刺しながら叫んだ。
「幸いけが人はいません! ですが手に負えません!」
「なるほど。では貴様等は無抵抗な相手に一方的に槍を突き刺したと。」
所長はこちらに向けて歩いてくる。私は刺さっている槍を引き抜くと、穴の開いた服を魔力で修復させ、血を蝙蝠に変え体の中に戻した。
「討伐依頼を受けてここに来たレミリア・スカーレットよ。最近の刑務所の歓迎っていうのは熱烈ね。」
私は所長に向かって右手を差し出す。所長も右手を出し、握手に応えた。
「部下の非礼を詫びる。私はこの刑務所で所長を務めているものだ。」
「そうね、貴方に対して同じことをしていいなら快く許そうじゃない。全身に刺突、頭部に銃撃、それも数十回ね。」
私は握手をしながら所長の眉間を指さす。所長は一瞬眉を顰めたが、すぐに先ほどと同じ表情になった。そして握手をしていた右手を腰のホルスターへと持っていき、リボルバーを抜く。
「使いなさい。ただし、討伐依頼だけはこなしてくれたまえ。」
そう言って私にリボルバーを差し出した。それを見て先ほどまで私に槍を突き刺していた刑務官がたじろぐ。私は所長からリボルバーを受け取ると所長の眉間に突きつけた。
「ばぁん!」
私は銃を撃つ真似事をすると、所長にリボルバーを返す。所長は慣れた手つきでリボルバーをホルスターに戻した。
「寛大な処置、感謝する。」
「私にとっては子供がじゃれてきたようなものだったし、別に気にしていないわ。もっとも、気にしていたとしたら今頃貴方以外の職員はいなくなっていたことでしょうけどね。」
私は所長室に置かれているソファーに我が物顔で腰掛ける。所長は部屋の入口にいた刑務官を退室させると私の向かい側に座り込んだ。
「それで、詳しく事情を聞いてもいいかしら? 何せ手紙には詳しいことは何も書かれていなかったから。」
「一週間ほど前か。この刑務所に収監された囚人がいた。名を紅美鈴という。奴は収監されてから三日ほどは大人しくしていたが、いきなり豹変し囚人を殺し始めた。刑務官が取り押さえに掛かったが、全くの無意味、抵抗することさえ出来ずに殺された。数少ない男性刑務官でも全く歯が立たず、全滅。奴は数日で囚人を殺し切り、今は牢屋の在る棟に潜伏している。いや、潜伏など生易しいものではないな。完全に我が物顔で占拠していると言っていいだろう。」
なるほど、大体の事情はわかった。というか、世界規模で見れば良くある話だ。人間の街に妖怪が迷い込み、人を殺し食らう。
「なるほど、確かに北の方から死臭が漂ってきているわね。それじゃ、殺してくる。職員に手を出さないように伝えなさい。というか、全員退避させた方がいいわ。」
私はソファーから立ち上がると所長室を出る。出た瞬間にまた撃たれたので急いで所長室に入り直した。
「窓から出るわ。終わるまでに説明しておきなさい。」
「ああ、すまん。説明しておこう。」
私は撃たれた箇所を修復させると窓を開け、外に出る。夜空には雲一つなく、満月が浮かんでいた。
「あら、絶好の狩り日和だわ。方向は……あっちね。」
地面に降り、刑務所の中を歩き出す。建物の外に血痕がないということは、化け物は外には出ていないということだろう。名前は美鈴とか言ったか。音からして中国人だろう。私はそいつが占拠している建物の中に入る。中は中々面白いことになっていた。人が沢山転がっている。それもかなり奇妙な形で死んでいた。普通化け物に殺された人間の死体というものは、原形を留めていないことが多い。首が捩じ切れたり上半身と下半身がさよならしていたりと。だが、ここに転がっている殆どの死体は五体満足だ。そのうちの一つを持ち上げてみるが首や足が曲がらない方向へ曲がった。
「折れてる。……関節技? 化け物らしくないわね。」
化け物と騒ぎ立てているが、本当は強いだけの人間なんじゃないか? 私は死体を捨てると建物の奥へと踏み込んだ。次第に死体の数も増えていき、牢屋が立ち並ぶ廊下まで来ると完全に死体で足の踏み場が無くなる。というか、こんなにこの刑務所に囚人が入っていたのか。流石に詰め込み過ぎじゃないか? この分だと一つの牢屋に十人以上入っていたようだ。
よく見れば、ここに転がっている死体は全てイギリス人ではない。どうやら密入国した者を取りあえず詰め込んでおく刑務所のようだ。まあ、もうここに密入国者はいないが。いや、一人いるか。私の目の前に。
「なんで男と女でこんなに違うんでしょうかね。ほら、考えてみてくださいよ。牛とか豚は雄と雌に肉質の違いなんてないじゃないですか。皆等しく美味しい。まあ年齢によって肉が硬くなったりはしますが。老いた牛なんて靴の底以下ですよ。あ、話がそれましたかね。性別によってここまで肉質が変わってくると恐怖すら覚えます。そう思えば、ここは天国のような場所です。お肉食べ放題、暴れ放題。ただ残念なのが、異国人しかいないことでしょうか。あ、私も異国人ですね。なんというか異国人は貧相な体型の人が多いんですよ。それに比べイギリス人は肥えています。あ、労働者は除きますよ? あれは異国人より痩せてるので論外です。なんで同じ国民であんなに貧富の差が出るんですかね。その点貴方は裕福そうでいいですねー、上等な服に綺麗な髪、煤汚れ一つない肌、透明なままの爪。いやぁ、羨ましい限りです。私にもそのお零れを分けてくださいな。取りあえず人間でもどうです? あ、お茶が欲しいですね。生憎持ち合わせがなくて……ほらここに入るときに全部取り上げられてしまったんです。折角中国で作られた美味しい紅茶の茶葉があったのに。あ、もしかしたらまだ詰所のどこかに保管されてますかね? あれ? 食べないんです? 羽が生えてるってことは悪魔か吸血鬼の類ですよね? だったら同族さんじゃないですか。あ、もしかして私のこと人間だと思ってます? やだなぁ、こんな美人捕まえて人間だなんて失礼しちゃいますよ。こんなナリでもちゃんとした妖怪ですよ。そりゃ角とか羽とかわかりやすい特徴はありませんが……私犬歯も発達していないし。ほら、こうやって人間を殺し、食べているのが何よりの証拠です。って、人の話聞いてます? あ、もしかして眠たいんですか? もう深夜ですからねぇ、お子さんは寝る時間です。あ、でも吸血鬼の貴方なら今が昼のようなものじゃないですか。寝ちゃダメですよ。あ、それともお腹空いてます? ここにあるのはギリギリまで生かしてあったので新鮮ですよ? ほら、まだ血の色も変わってない。……何とか言ってくださいよ。一人で喋っている私が馬鹿みたいじゃないですか? あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の名前は紅美鈴。名前の通り中国の妖怪です。なんか道を歩いていたら捕まっちゃいまして。身分を証明するものもなくあれよあれよという間にこんなところに。まあ、私にとっては都合よかったんですが。ほら、普通に街にいる人間を襲うとあっという間に化け物退治のプロがくるじゃないですか。私自身あまり力の強い妖怪じゃないのでそんなのが来たら瞬殺ですよ瞬殺。いやぁラッキーだったなぁ。まさか吸血鬼様が仲間になってくれるなんて。え? 手付金寄越せ? 意外に図々しいですね。じゃあここにある死体の三分の一を食べてもいいですよ? もう、業突く張りなんですから。……なんとか言ってくださいよ。独りで喋ってる私が馬鹿みたいじゃないですか。って、これ二回目ですよ? 馬鹿な私でも流石にそれぐらいは覚えています。あ、覚えていると言ったら私が中国にいた時の話ですけど――」
「はあ、なんというか、期待通りというか、期待外れというか。何とも言えないやつに出会っちゃったわね。」
私は目の前に転がる死体の一つを蹴飛ばす。その死体はまっすぐ美鈴の方へと飛んで行った。
「うわ危なっ!」
飛んできた死体を美鈴は両腕を使い弾き飛ばす。いや、あれは弾き飛ばしたのではない。あれは完全に『受け流して』いた。
「うわ危ないですね、もう少しで直撃するところだったじゃないですか!!」
「自己紹介がまだだったわね。私の名前はレミリア・スカーレット。王室の命を受けて貴様を殺しに来た。」
美鈴は私の自己紹介を受けて、ゆっくり立ち上がる。へらへらと笑いながら、その手に持っていた人間の腕を投げ捨てた。
「あらら、本当に化け物退治のプロがやってきてしまうとは。何とも運がないですね私。ってか吸血鬼なのに人間の味方をするんです?」
「いえ、人間の味方をするつもりはないわ。ただ、あまり世間を賑わす化け物は退治しておくに限る。それに王室から依頼されちゃったしね。付き合いもあるし……だからまあ、取りあえず死になさい。下等生物。」
懐からナイフを取り出し投擲する。音速に近い速度で空気を切り裂くそれはまっすぐ美鈴の眉間へと向かった。あれにはかなりの魔力が込めてある一発当たれば頭が消し飛ぶだろう。
「よっと。」
だが、美鈴は投げられたナイフの柄を掴み、眉間に刺さるギリギリで止めた。
「吸血鬼半端ないっすね。そして容赦もない。うわ、引くぐらい魔力こめてある。こんなん当たったら死にますよ!?」
「気に入らないな。お前のそのニヤケ面が気に入らない。わかってる?」
「何をです?」
美鈴はナイフを捨てると私の方に向かって拳を突き出す。
「わかってるって、何がですか? あ、もしかして私を殺す気ですか? ってさっきからそう言ってますよね。残念ですけど、私はそう簡単には死にません。私だって殺されたくないので抵抗ぐらいしますよ。そりゃね。」
私は美鈴のそんな態度を見て完全に攻めあぐねていた。こいつ、まるで計り知れない。小物臭がすると思えば、長年生きてきた大妖怪のようでもある。力がないようにもあるようにも見える。本当にまるで手の内が読めなかった。どうやら相当戦いなれているようだ。ここは一気に決めるしかないだろう。私は足に力を込めると一気に美鈴との距離を詰める。この距離なら私の射程範囲内だ。そう思い拳を振り上げたが、私は頬に違和感を覚えた。
「はい一発入った。」
美鈴の拳が私の顎を突いていた。美鈴はケラケラ笑いながら後ろに飛び一度距離を取る。
「頑丈すぎですって。普通の人間なら今ので一発K.O.なのに。顎打っても気絶しないとか化け物ですか? あ、化け物か。」
「なるほど、まあ私と貴方じゃリーチが違うものね。」
そう、先ほど私は自分の間合いまで踏み込んだ。だが単純に考えれば、私が手の届く間合いまで踏み込むとなると相手もこちらに手が届くということである。それも先にだ。
「貴方、相当戦い慣れてるわね。それも妖怪の戦い方じゃない。それじゃあまるで人間が使う武道みたいじゃない。」
「武術を扱う程度の能力?」
美鈴は拳を腰の位置で構えると、油断なく私を見る。困った、出来れば全力は出したくないのだが。グングニルを出すと一瞬で敷地ごと吹き飛んでしまう。それではあまりにも被害が大きすぎる。出来れば素早く体術で仕留めてしまいたい。
「面白いわ。体術には私も自信があるの。ナイフなんて小細工は使わず、素手で相手をしてあげる。」
私は軽く拳を握る。握り固めてしまうと初動が遅れてしまうからだ。そして自分の羽を体に巻き付けた。広い空間では飛行を使った三次元の戦闘ができるが、この狭い空間ではかえって邪魔になるだけだからである。
「ていうか、私としては今すぐ逃げたいんですけど。勝ち目薄そうですし!」
言うが早いか素早い踏み込みで美鈴は一瞬で私との距離を詰める。間合いの取り方が上手すぎる。綺麗にこちらのリーチのギリギリ外に陣取り蹴りを放ってきた。私は飛んできた突きのような蹴りを片手で受け止める。速度はあるが力はない。この程度なら多少食らっても致命傷にはなり得ないだろう。それに今私は相手の利き足を握った形だ。このまま壁に叩き投げ――
「その首貰った!」
私は殺気を感じ咄嗟に足を放り投げ距離を取る。次の瞬間には先ほど私の首があったところに美鈴の足があった。こいつ、私の掴んだ足を軸にして蹴りを打ってきたのか。
「そんな技、一体何処で覚えたのかしら。」
「人間から少し。これでも結構人付き合いは得意な方です。」
私は開けた間合いを詰め、小さく屈みこみ美鈴の懐に入り込む。人間から術を教わったということは、自分と同じぐらいの体格の相手しか想定していないはずである。私のような身長で怪力といった相手は相手にしたことがないはずだ。私は地面から掬い上げるように渾身のボディーブローを放つが、美鈴は上に飛び上がりそれを避けた。私は着地したところを狙うため距離を詰める。だが美鈴は天井に手を突くと更に後方へと飛んだ。これでは着地の瞬間に攻撃というのは少し間に合わない。ならばもう一度懐に潜り込むだけだ。
私は着地した瞬間を狙ってもう一度美鈴と距離を詰めるが、懐に入り込むことは出来なかった。美鈴の顔が私の顔と同じ位置にあるのだ。まるで獣のように低い姿勢での構え。
「簡単には間合いに入れない。そう言いたげね。」
「実際入れたくないですし。こちとら一撃貰ったら死にますから。」
そう宣言しているということは易々と間合いには入れてくれないだろう。私は美鈴が放ってきた拳を受け止める。速度はあるが、やはり一撃必殺ほどの力はない。私はその掴んだ腕を基点に一気に間合いを詰めようとするが、次の瞬間、何故か私は天井を見ていた。この浮遊感、もしかして、今投げられてる? 私は瞬時に今の状況を確認すると、地面に手を突き、力任せに立ち上がる。あのまま地面に叩きつけられていたら即、蹴りを打ち込まれていたところだろう。力がないと言っても急所を狙われると拙い。
「おかしいわね。何処も掴まれていないはずだけど……いや、むしろ私が掴んでいたはず。」
「はい、掴んでましたよね? 掴んでいるということは固定しているということ。繋がっているならこちらが掴んでいるのと変わりません。どぅーゆーあんだぁぁすたぁああぁん?」
言い方が非常にイラつくが技術としては凄まじいものだ。説明するのは簡単だが、実際に実行するのは不可能に近い。体術を少し齧った程度ではない。一生をかけて修行した人間でも、ここまでのレベルに到達する者は稀だろう。
「ていうか手加減してますよね? もしかしてあまり建物を壊したくないとか。そうだとしたらありがたい限りですよ。全火力で攻撃されたら私なんて一瞬で蒸発しちゃいます。」
「謙虚なのか只のアホなのか。」
なんにしても、面倒くさい。こっちからの攻撃はまず届かないと思っていいだろう。奴は私の気配を読んでいる節がある。そして相手の攻撃を受けてもこちらの攻撃は届かない。仮に攻撃を掴んだとしてもそこを基点に更に強力な攻撃が飛んでくる。だとしたらもう取るべき作戦は一つしかない。
私は全力で相手との距離を詰める。私が相手の間合いに入る寸前に美鈴は拳を打ち込んできた。このままでは私の攻撃が当たる前に奴の攻撃が当たる。……でも、だからどうした。
「何ッ!?」
私は飛んできた拳に頭突きをかますと更に一歩踏み込む。ここまでくればもう射程圏内だ。腹に大穴開けてやる。私は魔力を拳に込め、全力で拳を振り抜いた。美鈴はそのまま後方へと吹き飛び、壁を突き破って建物の外へ転がっていく。この機を逃すわけには行かない。私は美鈴を追って外に飛び出した。
「あいたたた……凄い威力。もう内臓滅茶苦茶な気分ですよ。」
追撃できたら良かったのだが、既に立ち上がっている。中々にタフだ。へらへらと笑いながらお腹をさすっている。あの様子を見るにあまりダメージを与えられていないようだ。私は体に巻いていた羽を広げると大空に飛び上がる。外なら私の機動力を思う存分発揮できるため、このような雑魚妖怪瞬殺だ。まずは奴の表情から歪めてやる。私は上空から一気に下降すると美鈴の頭部に向けて踵を振り下ろす。美鈴は咄嗟にそれを横へ受け流すとその力を利用して私を地面へと投げた。
「無駄よ。」
私はそのまま地面に叩きつけられるが、この程度の攻撃なら攻撃のうちに入らない。私は力任せに地面を叩きつけた。叩きつけたところから地面が割れ、足場が崩れる。これで美鈴は踏み込むことができない。武道というのは土台が大切だ。それを崩すことによって攻撃を鈍らせることができる。
「死ねッ! クソが!!」
私は足場を崩した手で美鈴の足を掴み、地面に叩きつける。そのまま手を放すことなく上空へ飛び上がると、美鈴を下にして一気に急降下し、そのまま私ごと地面に激突した。技で競ったところで勝てるわけもない。だったらこちらも長所を生かすだけである。筋力、耐久力、再生力は桁違いに私の方が高い。地面に叩きつけたことでようやくまともなダメージが入ったのか、美鈴は口から血を吐いた。
「ちくしょう……やりやがったな……。」
ようやく、美鈴から笑みが消えた。苦しそうな表情でこちらを睨みつけている。
「ようやくいい表情になったわ。」
美鈴は組み伏せられている状態から蛇のように抜け出すと私の右腕に纏わりつく。関節技がくると警戒し、私は利き腕に力を込め、関節を固定させた。次の瞬間、私の顔に美鈴のつま先が突き刺さる。
「言ってなかったかしら。」
私はつま先が顔に突き刺さったまま、美鈴に話しかけた。
「吸血鬼っていうのは体を分解できるのよ。」
私は体を無数の蝙蝠に分解し、美鈴に纏わりつく。そして拘束する形で元の体に戻った。
「チッ……化け物かよ。物理的攻撃は効かないってことですか。」
美鈴は諦めたように力を抜く。私はそんな美鈴の首を正面から掴んだ。
「動くなよ。少しでも動いたら首を引きちぎり、そのまま消滅させるわ。」
美鈴は手足を投げ出したまま首に全体重を預けている。
「私には殴る蹴る以外の才能はありません。」
次の瞬間、美鈴の蹴りが私の鳩尾へと飛んでくる。無駄な抵抗だ。私は美鈴の首を握りつぶす為に力を込めた。だが、おかしい。全力で力を込めているのに、指は全く首に食い込まなかった。それどころか、私の手がボトリと溶け落ちる。
「まずっ――ッ!!」
美鈴の拘束が解ける。それに私の腕を溶かした術の詳細も不明だ。美鈴の拳が私の鳩尾を捉えた。重たい一撃が来る――
「それ故に、それを徹底的に磨くしか、生き残る道はなかった。人間に頭を下げ術を磨き、鍛錬に修練を重ね――」
私の皮膚を溶かしながら、美鈴の拳が私の体を貫通した。
「――ついに私は自分の中に流れる力に気が付いた。」
肉体が物理的に破壊されたわけではない。完全にぐちゃぐちゃに溶かされているため溜め込んだ魔力で修復し、一旦距離を取る。そしてすぐにまた距離を詰めた。
「なら見せてみろ! 貴様の限界という奴を!!」
私は渾身の力で右手の拳を振りかざす。美鈴も同じく右手で私の頭を狙っていた。リーチの差で先に美鈴の拳が私の頭を貫く。私はお構いなしに拳を振り抜いた。頭が溶けた為、視覚では確認できないが、確かに私の拳は美鈴の顎を打った。
三秒のタイムラグの後、私の頭部が回復する。それと共に私の視界も戻った。目の前には、美鈴が倒れ伏している。どうやら弱点は人間と同じだったようだ。
「は、反則ですよ……吸血鬼の回復力は……。殺せよ。私は殺した。本能の赴くままに。だから……殺して……お願いだから。」
美鈴は力なく自分の顔に右手を持っていき、口に指を掛ける。そして無理やり上に釣り上げた。
「私は……弱い。だから……こうやって、へらへら笑って……自分、より、弱いものを…………。だから、私も。自分より強いものに――」
「そうね、貴様は弱いわ。どうしようもなく弱い。だから、強い者の言うことは聞くものよ。紅美鈴……か、いい名前じゃない。うちにぴったりだわ。」
私は地面に転がっている美鈴を肩に担ぐ。
「貴方、家で働きなさい。丁度従者が居なくて困っていたのよ。」
私は首をひねり美鈴の顔を見る。美鈴は情けなく苦笑した。
「そんなのズルいですよ……敗戦国みたいじゃないですか。」
「中国はイギリスに負けたんでしょ? 勝者の言うことぐらい聞きなさい。」
私は美鈴を担いだまま夜空へ飛び立つ。王室には対象を無力化したと伝えておこう。あの刑務所の所長も取りあえずこいつが居なくなれば問題ないはずだ。
「ところで吸血鬼さん、なんてお呼びすれば?」
「そうね。敬意を持ってお嬢様と呼びなさい。美鈴。」
「……はいはい、お嬢様。」
私は美鈴の中に、私に対する忠誠心を感じた。すぐには使い物にならないだろうが、時間なら沢山ある。
「これからよろしくね。美鈴。」
これが、私と美鈴の出会いだった。
スカーレット家
産業革命によって一度力を落としたが、レミリアの代で持ち直す。
刑務所
あえて詳しい描写はしませんでしたが、女子刑務所です。
所長や刑務官
女子刑務所ということでこの辺も全部女性です。
美鈴
欲望のままに人を食らう妖怪。弱肉強食がモットー。
美鈴お持ち帰り
持って帰ったあとで軽く後悔。なんでこんな奴拾ったんだろう。でも仕事の覚えはよかった。