紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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段々と文章力が落ちているような気がします。脳みそ溶かすようなことはしていないはずなのですが……初期の頃目指していた半分以上セリフの文章スタイルにしたらもう少し話が進むかもしれません(というか、本当ならセリフだけでやりたかったレベルです。)まあ、しないですけど。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


下僕やら、処理やら、事務所やら

 体が軽い。一番初めに感じたのはそれだった。今までの鉛でもぶら下げているのかと思うような感覚は完全に消え去り、宙に浮いているようでもある。次に感じたのは空腹だった。空腹は感じるが、そのせいで体が動きそうもないということはなく、体は健康そのままに、胃の中身だけを消し去ったような感覚だった。そういえばマグルの世界では胃洗浄という治療がある。それもこのような感覚なのだろうか。そこまで考えて、私の意識は覚醒した。

 ゆっくりと目を開けると、視線だけを動かして周囲を確認する。どうやらここは何処かの建物の一室のようだ。何処かホテルの一室のようでもある。周囲に誰もいないことがわかると、音を立てないように起き上がり、自分の体を確認した。やつれていた身体が元に戻っている。呪われて死にかけていたはずなのだが、そのような感覚は一切しなかった。

 

「体が軽い……。それにしてもここは一体……。」

 

 部屋の中にはベッドと小さな机が一つ。窓は無く、扉が一つ付いているだけだった。私は立ち上がり、ローブの中に手を伸ばす。杖を取り出そうとしたのだが、手を伸ばした先に杖は無かった。

 

「杖は無い。ということは魔法に頼ることは出来ないということか。」

 

 私はローブの袖を引っ張り手に被せると、ドアノブに触れる。どうやら鍵は掛かっていないようだ。バネの軽い抵抗があるだけでドアノブはすんなりと回る。私は少しだけ扉を開けると、ライターの鏡面を用いて廊下に誰かいないか確認する。取りあえず、右方向には誰もいないようだ。問題は蝶番が付いている左側だが、これはもう足音で判断するしかないだろう。私は一度扉を閉めると、扉に耳を当て、注意深く音を確認した。

 チリチリと何かが燃える音がする。これは廊下を照らしている蝋燭が燃える音だろうか。それ以外には特に音は無い。周囲には誰もいないだろう。私は今度こそ扉を開け、部屋の外に出た。

 途端に全身から汗が噴き出す。部屋から外はまるで地獄の底のような空気だ。まるでガソリンに浸かったタイヤを首に掛け、ライターを近づけられているかのような、そんな感覚。ヴォルデモート卿が寄生していたときよりも、その精神的な嫌悪感は強い。だが、気分が悪いだけでそれでどうにかなるわけでもない。

 誰もいない廊下を壁を伝いながら移動していく。それにしても複雑な廊下だ。曲がり角に差し掛かるたびにその先に人がいないかを確認する。十分ほど歩いただろうか。メイド服を着た少女が連れ立って歩いているのを見つけた。背中に羽が生えているところを見るに、亜人の一種だろうか。恰好だけを見れば、ここの使用人のようだが。どうにも遊んでいるようにしか見えない。手には箒を持っているが、箒の柄でチャンバラをして遊んでいた。

 さて、どうしたものか。あのように何の拘束もなく部屋に寝かされていたということは、捕まっていたわけではないということだろう。倒れていたところを何者かに拾われたというのが一番考えられる可能性か。そして亜人を使用人として雇っているところを見るに、この建物の所有者は魔法界の住民だ。魔法界の住民なら私の体をどうにかした説明も一応つけることが出来る。もっとも、私はユニコーンの呪いを説く方法を知らないし、そんな方法が見つかったという話も聞いたことがないが。なんにしても、今は情報だ。意を決して角を曲がり、メイドに話しかけた。

 

「すまない。少し話を聞いてもいいだろうか。」

 

 メイドたちは私の方を見ると、首を傾げる。英語は分からないか……もしかしたら英語圏ではないのかもしれない。私がフランス語で話しかけようとした瞬間、メイドの一人が口を開いた。

 

「おきゃくさまですか?」

 

 どうやら知能レベルは低いらしい。

 

「どうやらそのようだね。君たちの主人に会いたいのだが、案内を頼めないだろうか。」

 

「あんない? あんないだって。」

 

「あんないか。あんないだよね。」

 

「そうね。案内が必要だわ。どうやら意識が混濁していたようだし。ついてきなさい。この館の主の元へ案内するわ。」

 

 私は目の前に広がる光景を見て唖然とする。先ほどまで私は長い廊下を歩いていたはずだ。だが、今目の前に広がっているのは一番初めにいた部屋だった。後ろには先ほどまで寝ていたベッドがある。私はこの部屋から一歩も出ていなかったのではないか。それどころか先ほど起き上がったばかりで、今まで見ていたのは白昼夢だったのではないか。そう思わずにはいられないような感覚だ。

 そして、目の前には十歳前後の少女が立っている。その少女は何処までも冷たい目で私をじっと見ていた。そして不意に視線を外すと、扉の方に振り返り、ゆっくりと歩き出した。少女はドアノブに手を掛けると、何かを思い出したかのように、こちらに振り返る。

 

「そうだ。自己紹介を忘れていたわね。私の名前はパチュリー・ノーレッジ。この館にある図書館の司書兼、専属の魔法使いよ。」

 

 パチュリー・ノーレッジ。その名前には聞き覚えがあった。ホグワーツを首席で卒業した後、姿をくらませた魔女。学生時代に多くの論文を書き上げ、それを何処に発表するでもなく、ホグワーツの図書室に紛れ込ませた。残した論文は今までの魔法の常識を覆すような内容で、今尚研究されているほどだ。まさかまだ生きているとは思わなかった。この少女が本当にパチュリー・ノーレッジだったら、という前提付きだが。

 少女は扉を開けると廊下に出る。私もそれについて部屋から出た。途端に、先ほどと同じように得体の知れない気持ち悪さが全身を襲う。やはり、この建物には何かがある。

 

「信じられないと言った顔ね。クィリナス・クィレル。まあ、今はそれでもいいでしょう。あ、そうそう。ユニコーンの呪いは解いておいたわ。体も可能な限り元に戻しておいたわよ。」

 

 確かに、このような芸当は並の魔法使いにはできないだろう。聖マンゴにいる癒者にも難しいことだ。確かに噂のノーレッジなら可能かもしれない。だが、それとこれとは別だ。目の前にいる少女が何者かまでは分からない。だがもしこの少女がパチュリー・ノーレッジなのだとしたら、今から会う人物には一層の注意をしなければならない。あのパチュリー・ノーレッジを司書として館に置いているような人物だ。それだけで得体が知れない。

 少女の後に付いて廊下を歩く。廊下の造りは記憶にある通りだった。ということは、アレは夢などではないということだろうか。だとしたら、あの現象はなんだ? 姿現しとも違う。特殊な魔法ということだろうか。

 

「ここから先は一人で行きなさい。」

 

 十五分ほど歩いただろうか。少女のペースで歩いていたためそこまでの距離ではないが、それでも建物としては広い。そんな中、少女は突然立ち止まり、扉を指し示した。どうやらこの扉の先に、ここの館の主がいるようである。私は扉を一度見た後、少女に視線を戻す。だが、そこには既に誰もいなかった。元からそこに居なかったかのように何の痕跡もない。

 どうやら覚悟を決めるしかないようである。私は扉の前に立ち、数回ノックした。

 

「入りなさい。」

 

 扉の奥からは落ち着いた女性の声が聞こえてくる。声色を聞く限り、声の主はかなり若そうだ。だが、子供が発した声には聞こえない。何処までも惹きこまれるような声だった。ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開く。

 

 

 

 

 そこには力があった。

 

 

 

 

 

「クィレルが起きたわ。準備をして頂戴。」

 

 クィレルを拾ってから三日。書斎で仕事をしているとパチェから連絡が入った。随分と昏睡していたようだが、ようやく目覚めたか。

 

「分かったわ。客間でいいわね?」

 

「ええ、誘導よろしく。」

 

 私は書類を机の引き出しの中に入れると、見てくれのいい服に着替える。あの状態では、尋問した時のことなど覚えていないだろう。だが、がっちり魅了には掛かっているはずだ。私をひと目見た瞬間にひれ伏すに決まっている。準備を整え、客間へと移動した。

 客間に置いてあるソファーに腰掛けると机の上にクィレルの様子が映し出される。クィレルはマグルのスパイ映画さながらの動きをしながら紅魔館の廊下を進んでいた。マグル学の教師だったということで、マグルの文化に詳しいとは思っていたが、魔法を使わずここまでできるとは思わなかった。その後クィレルはパチェに捕まり、部屋に戻される。そこからはパチェに連れられて廊下を歩き始めた。パチェのペースならここに来るまでに十分は掛かるだろう。それまで暇になってしまった。これならもう少し部屋でゆっくりしてからここに来ればよかったかもしれない。

 結局二人がここに着いたのは、部屋を出てから十五分後だった。パチェは部屋の外で姿を消したらしく、既に気配はない。ノックが響いた。ついに来たか。

 

「入りなさい。」

 

 私が入室の許可を出すと扉がゆっくりと開き、クィレルが入ってくる。次の瞬間、クィレルの目が見開かれた。まるで神を崇めるかのような目で、クィレルは私をぼんやりと見つめると、その場に跪く。私はソファーから立ち上がるとクィレルの前へと移動した。

 

「あ、貴方様の名前をお聞かせください……。」

 

 頭を下げたまま震える声でクィレルは言う。

 

「偉大なスカーレット家の当主にして、最強の吸血鬼。レミリア・スカーレットよ。」

 

「スカーレット……様、私を、わたくしめを……。」

 

 前回掛けた魅了はバッチリ効いていたようだ。私はクィレルの顎を持ち、上を向かせる。いや、強制的に私を見させた。

 

「お前を……なに?」

 

「私を、貴方様の下僕にしてください……。」

 

 よし、言質を取った。私はクィレルに右手の甲を差し出す。クィレルは差し出された手を優しく掴むと、静かにキスをした。よし、契約成立である。こいつは今から私の下僕だ。まあ、仕事の出来具合によっては待遇をよくするかも知れないが。

 

「悪魔の住む館へようこそ。クィリナス・クィレル。私の友人と従者を紹介するわ。付いてきなさい。」

 

 私はクィレルを立ち上がらせると共に部屋を出て、大図書館を目指す。少し歩いたおかげでクィレルは少し冷静さを取り戻したようだ。魅了というものは掛けた瞬間こそ身動きが取れないほどの拘束力があるが、時間と共に薄れ、最終的には私への忠誠と敬愛だけが残る。

 

「スカーレット様。お尋ねしたいことがございます。」

 

「何かしら。クィレル。あとお嬢様でいいわよ。」

 

「畏まりました。お嬢様の名前を聞いたことがございます。魔法界一の占い師だとか。」

 

「あら、専門外なのによく知っていたわね。ええ、そうよ。もっとも、私の手に掛かれば運命を見るだけではなく、操ることも出来るけど。」

 

 階段を下り、廊下を歩いて更に階段を下る。その先にあるのが紅魔館地下大図書館だ。私は両開きの扉を開き図書館の中に入る。そこにはパチェ、リドルの他に美鈴の姿もあった。どうやらパチェが呼んできたようだ。

 

「紹介するわ。新しく紅魔館の仲間になったクィリナス・クィレルよ。」

 

 クィレルは深くお辞儀をする。

 

「はいはいはい! 私、紅美鈴って言います。よろしくねー、ひじょ……クィレル!」

 

 美鈴が脱臼するんじゃないかと思うような速度で手を上げ、挨拶した。というかそのまま脱臼すればよかったのに。それに今絶対クィレルのことを非常食って言いそうになったな。美鈴はクィレルの前に右手を差し出す。クィレルはそれを握り返した。

 

「こいつは私の従者よ。従者同士仲良くやりなさい。」

 

 美鈴は握手したまま手を上下にブンブンと振ったのち、満足したのか一歩後ろに下がる。それを見て、今度はパチェが一歩前に出た。

 

「さっき自己紹介したけど、一応もう一度しておくわ。ここの司書をやっているパチュリー・ノーレッジよ。困ったことがあったら私に言いなさい。」

 

 自己紹介するだけして、パチェは後ろに下がる。クィレルは本当に彼女がパチュリー・ノーレッジなのか半信半疑のようだったので、補足しておくことにした。

 

「彼女がかの有名なパチュリー・ノーレッジその人よ。百年ぐらい前にここに来て、今では私の一番の親友よ。」

 

 それを聞いてクィレルはもう一度深くお辞儀をする。パチェは私に親友と言われて少し頬を赤くしていた。最後にリドルが前に出る。そういえばリドルはなんと名乗るのだろうか。

 

「トム・リドルです。僕の片割れが世話になったようですね。これからもよろしくお願いします。」

 

 Wow! まさかのドストレートだった。クィレルは事情が呑み込めないようで、目を白黒させている。これについても補足が必要だろう。いや、いっそのこと全てを説明してしまったほうが早いか。どうせ使い物にならなかったら殺すのだ。情報漏洩の心配はないだろう。私が説明をしようとした瞬間、パチェが口を開く。どうやら私と同じことを考えていたようだった。

 

「まあ座りなさい。その辺のことも含めて、説明してあげるわ。」

 

 パチェは置いてある机を指さしてクィレルに言った。

 

「あ、じゃあ私紅茶淹れてきますね。先始めててください。」

 

 美鈴はすたこらさっさと大図書館を出ていく。私は肩を竦めると、椅子に座った。パチェは私の横に座り、向かい側にクィレルとリドルが座る。全員が座ったところでパチェが話し始めた。

 私たちの計画、咲夜のこと、何故リドルがここにいるのか、クィレルに託したい仕事などなど。数時間は話しただろうか。もっとも、賢者の石をすり替えたのが咲夜だということは隠したが。

 

「……ヴォルデモート卿を殺し、ダンブルドアを殺す。戦争を起こし、この館を移転させる。確かに、今の情勢とこの人材なら、十分可能でしょう。なんにしても、私はお嬢様に従うだけです。ここには忠義を尽くす相手が少なくとも三人いる。私にできることがあれば何なりとお申しつけください。」

 

 話を全て聞き終わると、クィレルは改めて頭を下げる。どうやらクィレルはリドルも忠義を尽くす相手だと認識したようだ。まあ当然か。以前まで仕えていた男の片割れだ。

 

「そうね。それじゃあまずは閉心術の練習をしなさい。パチェとリドルが教師としてつくわ。弱ったヴォルデモートの行う開心術なんてたかが知れているけど、修行しておいて損はないはずよ。うちのリドルの開心術を拒めるようになったら、ヴォルデモートに接触してもらうわ。閉心術の修行と同時にヴォルデモートを復活させる魔法をパチェから習いなさい。もっとも、復活させるのは時期を見てということになるけど。」

 

 パチェとリドルが教師に付けば、一か月もしないうちに閉心術の達人になることが出来るだろう。ヴォルデモートの力が戻ったら破られる可能性もあるが、その場合はまた何か対策を考えればいい。

 

「パチェとリドルは咲夜のバックアップもよろしくね。まあ咲夜は優秀だし、今現在何かトラブルに巻き込まれているわけではないから特に問題ないとは思うけど、念のためよ。美鈴は家事に専念すること。」

 

「なんか私だけ地味じゃないですか?」

 

「貴方は紅魔館の秘密兵器なんだから、温存しておかないとね。」

 

「絶対うそだ~。」

 

 美鈴はふてくされたように頬を膨らまして机に突っ伏した。まあ、秘密兵器というのは嘘だが、温存しておきたいのは本当である。咲夜が紅魔館に居ない今、紅魔館の家事ができるのは美鈴だけという理由もあるが、いざという時咄嗟に外に出せる手駒が欲しい。パチェやリドルは便利ではあるのだが、如何せん表に出すことができない。私の横について表を歩ける人材というのは貴重なのだ。

 

「それじゃあ、私は部屋に戻るわ。」

 

 私は椅子から立ち上がると大図書館を後にする。さて、問題はクィレルがどれだけの時間で成果を出すかだ。もし三か月経っても良い成果が得られないようだったら、美鈴の夜食になってもらおう。逆に、私の予想より早く成果が出たら……今後の活躍にも期待が持てるかもしれない。

 私は書斎に戻ると先ほどまでやっていた仕事に手を付け始めた。

 

 

 

 

 

 

 1994年四月。危険生物処理委員会から手紙が来た。危険生物処理委員会とは、その名の通り魔法界で傷害事件を起こした魔法生物や、危険と判断されている魔法生物が街に現れた場合などに、その魔法生物の処理を担当する委員会である。

 何故そんなところから手紙が来るのかと言えば、私はその委員会にコネがあるからだ。過去に紅魔館で飼われていたペットの半分は、この危険生物処理委員会から格安で引き取ったものである。曰く付きの魔法生物を一匹あたり大体百ガリオン前後で譲ってくれるのだ。処理しなければならない魔法生物を何故譲ってくれるのか。理由は簡単だ。紅魔館に来たところでフランの狂気によって一週間も持たない。フランのことは言っていないが、引き取った魔法生物が一週間と経たずに死んでいるという事実を向こうは知っている。結果的には変わらないことを委員会は理解しているのだ。

 私は封蝋を破り手紙を取り出す。手紙の中身は社交辞令から始まり、新たに処理が決まりそうな魔法生物の詳細とその写真が入っている。

 

「えっと何々……エルンペントにキメラ、グリンデロー……あんまり可愛くないわね。……ん? これとかいいじゃない。」

 

 写真に写る半分鳥のような半分馬のような生き物。ヒッポグリフだ。以前から飼いたいと思っていた魔法生物の一つで、誇り高く頭もいい。私は先ほどの手紙を読み返し、ヒッポグリフの詳細を探した。

 

「あった、これね……元はホグワーツにいて、生徒に怪我を負わせたから処理されそうになっていると。あら、その怪我した生徒ってマルフォイのとこのじゃない。委員会の事情聴取はまだみたいだけど、あそこはマルフォイと仲がいいし、まず処理されるでしょうね。それに弁護するのはハグリッドだし。……お、四月二十日にロンドンまで来るじゃない。これは見に行くしかないわね。」

 

 私はヒッポグリフの写真を机の上に残すと、残りを便箋に仕舞い直し引き出しの中に入れる。そして写真の裏に『四月二十日、危険生物処理委員会事務所』とメモ書きした。これは来週が楽しみである。是非とも美鈴を連れて見に行こう。流石に当日引き取ることは叶わないだろうが、品定めをすることは出来る。それにもしかしたら面白いモノが見れるかも知れない。私は少しワクワクしながら他の手紙に手を付けた。

 

 

 

 

 

 1994年、四月二十日。私は美鈴を連れてロンドンの町中を歩いていた。勿論、美鈴はスーツ姿だし、私もマグルの世界で目立たない程度の洋服だ。幸い、天気はどんよりとした曇りで、日傘は必要ない。まあ、用心として一応美鈴に持たせてはいるが。日光よりも雨の方を心配した方がいいような天気である。

 

「にしてもペット候補を見に行くってだけでお出かけっていうのも珍しくないですか? いつもはぱっさんに転送して貰ってるでしょ?」

 

「ぱっさんはやめなさい。……そうね、今回のこれはそれほど気に入っているということよ。」

 

 私はポケットからヒッポグリフの写真を取り出す。美鈴はその写真をマジマジと眺めると、首を傾げた。

 

「グリフォンにしか見えないですよ。グリフォンならこの前飼ってたじゃないですか。」

 

「あのつがいのグリフォンでしょ? あれは気が狂って共食いを始めたじゃない。正直笑えたけど、一晩と持たなかったわ。でもこれなら一週間ぐらいなら持ちそうじゃない?」

 

「離れたところに動物園でも作ればいいのに、なんで敷地の中で飼うかな……。」

 

 美鈴は面倒くさそうに頭を掻く。まあ、美鈴の言うことももっともだ。死なせたくないなら、少し館から離れたところで飼えばいいのである。だが、それをしないそれ相応の理由というものがあるのだ。

 

「私は紅魔館を賑やかにしたいのよ。だから邪魔なだけの妖精も追い出していないでしょう?」

 

「あの勝手に住み着いたっていうアレですか? 私が来る前から居て、今でも増えたり減ったりしてますけど、あれって結局なんなんです?」

 

「紅魔館の従者が少なくなると同時に住み着き始めてね。初めの頃は他の従者が叩き出していたんだけど、そのうち叩き出す従者がいなくなって、あとは住み放題。折角だからメイド服を着せて働かせることにしたわ。まあ仕事しないけど。」

 

 これもフランを外におびき寄せる作戦のうちの一つなのだが、今のところ上手く行っていない。というかあの妹はなんで外に出ないのだろうか。やはり周囲の環境を変えなければ、フランが変わることもないだろう。そのためにもさっさと紅魔館を移転させて、周辺を征服し、吸血鬼が住みやすい国を作らなければ。

 まあ何にしても、今はヒッポグリフである。さっさと処分判決を出し、こちらに引き渡してもらわなければ。ハグリッドに勝訴などさせてたまるものか。委員会の事務所でマルフォイに釘を刺しておいた方がいいだろう。

 路地裏を進み、何度か扉をくぐり、何回か曲がりくねった先に危険生物処理委員会の事務所はある。私が中に入ると、委員会の役員の老人たちが出迎えてくれた。委員会を構成する魔法使いの平均年齢はかなり高い。若い魔法使いはあまりこのようなことには興味がないのだろう。私は委員長と握手を交わすと傍聴席に座った。ここからはあまり目立たないようにしておかなければならない。まあ、マルフォイに釘は差しておかなければならないが。

 

「事務所とはいうものの、なんだか裁判が始まるみたいですね。」

 

 美鈴はスーツのボタンを開けると、私の横に座り込む。……座高でもここまで差が出るか。いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

「まあ、実質裁判のようなものよ。対象になった魔法生物が危険かどうか、今から裁判を行うの。っと、噂をすれば。」

 

 部屋の入口の方にルシウスの姿を捉える。私が手を振ると、ルシウスも気が付いたらしくこちらに寄ってきた。

 

「これはこれは、スカーレット嬢。こんなところでお会いするとは。ヒッポグリフの裁判を見に来たので?」

 

「ええ、そうよ。ルシウス、絶対に勝ちなさい。何としてもヒッポグリフに処理判決を出させるのよ。」

 

 それを聞いてルシウスは不思議そうな顔をする。

 

「勿論そのつもりですが……。」

 

 どうやらどうして私がここにいるのか分からないらしい。まあそうだろう。普通に考えたら、全く関係ない私がここにいるのは不自然だ。そしてルシウスは、私がよく魔法生物を引き取っているという事実を知らないらしい。まあ今日は余計なことは考えず裁判に専念して貰おう。下手にこちらの事情を話すと、裁判の結果が変わる可能性もある。

 

「あ、来たわね。」

 

 私は入り口を指さす。そこにはヒッポグリフの手綱を持ったハグリッドが入ってきていた。ハグリッドは毛のモコモコした茶色の背広に黄色と橙色のネクタイをしている。彼なりのオシャレなのだとは思うのだが、センスがないにもほどがあった。

 ルシウスは裁判の準備をするために私から離れていく。ハグリッドは集中しているのか緊張しているのか、私の存在には全く気が付いていないようだった。まあ、ハグリッドとは面識はないので、見られたところでどうという話でもないのだが。

 

「へぇ、こうやって実物を見ると、結構綺麗な生き物ですね。」

 

 美鈴が私にだけ聞こえるほどの小声で話しかけてくる。確かに、ヒッポグリフの中でも、この個体はかなり毛並みがいい。

 

「そうじゃなかったらわざわざこんな狭苦しいところに朝から来ないわ。」

 

 テキパキと書類を準備するルシウスを見ながら私も小声で言い返した。ハグリッドはというものの、そわそわとした表情でヒッポグリフを宥めている。特に何か準備をするような素振りは無いが、本当に勝つ気はあるのだろうか。

 ハグリッドが入ってきて十分もしないうちに裁判が始まる。まあ初めから結果は目に見えていたが、ハグリッドは私の予想を大きく上回る男だった。裁判中にメモを落とすは魔法生物が無罪になった事例の日付を忘れるは本当に準備をしてきたのか疑問に思うような有様だ。結果は言わずもがな。ルシウスの勝訴である。ハグリッドはヒッポグリフが処理されると聞いて、絶望に打ちひしがれた顔をしていた。正直笑えるが、ここで大声で笑うと目立ってしまう。なんにしてもこれであのヒッポグリフは私のものだ。

 

「ま、待ってくだせえ! せめて、せめて処刑日までホグワーツで過ごさせてやることは出来ねえですか!? 後生ですので……。」

 

 ハグリッドは縋るように危険生物処理委員会の委員長に訴えかける。委員長は確かめるように私に目配せをしてきた。まあどうせ受け取れるのは処刑日が過ぎてからなのだ。私は委員長に向かって小さく頷く。

 

「ヒッポグリフを連れて帰るのを許可する。処刑日は追って伝える。以上解散。」

 

 ハグリッドは啜り泣きながらヒッポグリフの手綱を引き、事務所から出ていった。これであのヒッポグリフは私のものになったも同然である。

 私と美鈴が帰り支度をしていると、委員長とルシウスがこちらに近づいてきた。どうやら早速取引の話をしに来たようだ。

 

「委員長から聞きました。あのヒッポグリフを引き取るようで。」

 

 ルシウスがご機嫌な様子で私に話しかけてくる。

 

「ええ、なんだか面白そうな生物じゃない。あれは私が買い取ることに決めたわ。委員長、二百でどう?」

 

 私は通常の倍の値段を提示する。委員長は一瞬驚いたような顔をし、最終的にはニヤケ面になった。

 

「よいのですか?」

 

「私がいいって言ってるんだからいいに決まってるじゃない。それとも、二百じゃ不服?」

 

「滅相も御座いません。あのヒッポグリフを二百ガリオンでお譲り致します。」

 

 私はその答えに満足し、傍聴席から立ち上がる。美鈴もそれに合わせて立ち上がった。

 

「じゃあ処刑日が決まったら手紙を寄越しなさい。人を送るから。」

 

 私はそう言い残すと美鈴と共に危険生物処理委員会の事務所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 危険生物処理委員会の事務所で行われた裁判から一週間。また危険生物処理委員会から手紙が届いた。処刑日の通知だろうと半ば予想を付け、手紙を取り出す。だが、そこに書かれていた内容は私の期待を裏切るものだった。なんと、ハグリッドが裁判の結果にいちゃもんを付けたらしい。ようは控訴したということだ。危険生物処理委員会は正式な組織ということもあって、控訴されたらちゃんと裁判をやり直さなければならない。つまりヒッポグリフがここに来る日が伸びたということである。

 

「ハグリッドにそんな知恵はないはず。誰かが加担しているわね。ダンブルドア……だったら既に無罪放免になっているはずだし、詰めが甘いから学生かしら。なんにしても小賢しいったらありゃしないわ。委員会も無能なのかしら。」

 

 私はヒッポグリフに二百ガリオン出すと言ったのだ。ヒッポグリフにそれほどの価値があるから倍の金額を提示したのではない。確実に私の元へ持ってこいという意思表示だ。これは圧力を掛けて絶対に敗訴させなければならないだろう。私は羊皮紙にその旨を書きなぐると、体の一部を蝙蝠に変え、その蝙蝠の足に羊皮紙を括りつける。そして窓から外に飛ばした。まったく、人間はこれだから困りものである。

 私は立ち上がったついでに他の用事も済ませようと、書斎を出て大図書館を目指した。クィレルを拾ってから既に一か月が経過しているが、成果の方はどうだろうか。閉心術というのは高度な技術なので、会得するにはそれなりの歳月が掛かる。だが、教えているのがパチェとリドルだ。リドルはその道のエキスパートであるし、パチェはそのリドルをも凌駕する開心術、閉心術を扱える。これで成果が出ていなかったらクィレルは相当な無能ということになるが……。

 

「で、その辺どうなのよ? ……って、何やってるの?」

 

 私は図書館の扉を開けると同時にそう言うが、中では何やら珍妙なことが行われていた。図書館の床には大きな魔法陣が描かれており、その周囲に炭素や水などの材料っぽいものが並べられている。パチェは魔法陣の横で呪文を詠唱し、リドルは魔法陣の模様に手を加え続け、そしてクィレルは材料の継ぎ足しを行っていた。

 

「えっと……パチェ?」

 

 返事がないので、ついつい聞き直してしまうが、パチェはこちらをジロリと睨んだだけだった。その視線の意味するところは、今大事なところだから話しかけるな、だろう。私は肩を竦めると空間を作るために押しやられた椅子の一つに座り、その儀式のようなことを見学する。

 パチェの詠唱と共に魔法陣は光り輝き、並べられた材料が独りでに動き出す。それは互いに混じりあい、形を作っていった。そして最終的に出来上がったもの。それは人体だ。二十代そこそこの人間の体が、魔法陣の上に横たわっている。どうやら、先ほどからこれを作っていたようである。

 

「終わった?」

 

「終わったわ。待たせてしまってごめんなさいね。レミィ。」

 

 パチェはふぅと一息つくと、私の横に座った。リドルは出来上がった人間の体を観察している。クィレルは余った材料と魔法陣の片付けを行っていた。私は人間を指さし、パチェに聞く。

 

「あれはなに? 生きてはいないようだけど。」

 

「人間の身体よ。もっとも、魂は入っていないわ。人体錬成の本を読んだから試してみたくなったのよ。」

 

 パチェは手に持っている本を私に手渡してくる。その本には『サルでも解る人体錬成』と題が書かれていた。

 

「こんな本何処で見つけてきたのよ……って、それより。クィレルの修行はどうなったの? もうリドルの開心術を防げるようになった?」

 

 パチェとリドルとクィレルは顔を見合わせる。というか、この三人仲いいな。互いに頷き合うとパチェが口を開いた。

 

「リドルの開心術を完璧に防げるようになったのは一週間前よ。ほら、美鈴と一緒に出かけてたときね。あの夜に報告しようとしたんだけど、レミィその日はそのまま眠っちゃったじゃない。それで報告が遅れたのよ。今は取りあえず他の修行がてら私の助手のリドルの助手をやってるわ。」

 

「なんでもっと早く連絡しないのよ。」

 

「逆にもっと早く連絡してたら何か行動を起こしたの?」

 

 パチェにそう言われて、私は言い返すことが出来なかった。閉心術の修行が早く終わったらパチェやリドルの手伝いをさせるつもりだったからだ。クィレルをヴォルデモートに接触させる時期は既に占いで決めてある。今年の夏だ。それまでに時間は沢山ある。パチェは私の思惑を呼んだうえでクィレルに助手をさせていたのだろう。

 

「まあいいわ。クィレルには今年の夏にヴォルデモートに接触してもらうから。そのつもりでいなさい。パチェとリドルはそれまでにクィレルの魔法の腕をそこそこ使えるレベルまで上げておくこと。」

 

「ああ、そのことなんだけどねレミィ。クィレルは今のままでも十分秀才よ。忘れられがちだけど、これでもクィレルは単身でグリンゴッツへの侵入を成功させているぐらいだしね。金庫破りの腕はピカイチよ。」

 

「それぐらいは知っているわ。私は夏までにクィレルを少なくとも学生の頃のリドルに並ぶぐらいの腕にしろと言っているのよ。それぐらいじゃないと、間接的に組織を動かすなんてことは出来ないわ。」

 

「咲夜にはそれが出来ると?」

 

 リドルが確かめるように言う。私は不敵に笑うと、大きく頷き答えを返した。

 

「当たり前じゃない。もともとは両方を咲夜に任せるつもりだったんだし。それじゃあクィレル、精々夏までに腕を磨きなさい。」

 

 私がそう言うとクィレルは深々とお辞儀をする。リドルは小さく肩を竦めた。まあパチェの実験に付き合っていたら嫌でも技術が身に付くだろう。夏まで扱き使われるといい。私は書類が出しっぱなしなのを思い出し、書斎へと戻る。そして先ほど放り出した仕事を再開させた。




クィレル拾われる

クィレルがレミリアに忠誠を誓う

レミリアのもとに危険生物処理委員会から手紙が届く

グリフィンドール対レイブンクロー戦(クィディッチ)

ブラックがホグワーツの男子寮に潜入。咲夜に頭を抱えさせる。

バックビークの裁判。ハグリッド敗訴

ハグリッドが控訴 レミリアが半ギレる←今ここ

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