紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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圧倒的クィディッチ回。と言いつつクィディッチの描写が無いという。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


観戦やら、観客やら、勝敗やら

 遅い。何というか、滅茶苦茶遅い。それとバランスが悪い。やばい、これはやばい。意味わからない。私の目の前には青い空と白い雲が広がっている。そして私の股の下には箒があった。私は今箒で空を飛んでいる。本当に意味が分からないし、欠伸が出るほど速度が出ない。いや、えっと……なんだこれ? なんだこれ!?

 

「ハッ……あぁ……なんだこれ。」

 

 どうやら夢だったようだ。なんにしても、本当に変な夢だった。相当へんてこりんで退屈な夢だったので、予知夢じゃないことを祈ろう。私は毛布から這い出ると床の上に落ちる。やばい、毛布が絡まって上手く立てない。毛布を引きちぎって無理やり立ち上がることも出来るが、それをすると咲夜に変な目で見られてしまう。

 

「うー、立てない。たてない!」

 

 立てない。うん、これは立てない。立てないなら仕方がないな。私が立ち上がるのを諦めた次の瞬間、部屋のドアがノックされた。

 

「お嬢様、起きてますか?」

 

 咲夜だ。私は自分でも引くほどの速度で絡まった毛布を解くとベッドの上に放り投げる。そして音も立てることなく部屋に置かれた椅子に座った。

 

「起きているわ。部屋に入ってもいいわよ。」

 

「失礼します。」

 

 咲夜は静かに扉を開けると、私に向かって一礼する。完璧にメイド服を着こなしているところを見ると、どうやら咲夜の準備は済んでいるようだ。私は咲夜に手伝ってもらって寝間着から外出用のドレスに着替える。ドレスを着てから、今日がクィディッチのワールドカップの開催日であることに気が付いた。

 

「準備が整いました。お嬢様、出発致しましょう。」

 

 咲夜は窓の外を確認し、太陽が既に沈んでいることを確認する。ワールドカップの試合時間が夜でよかった。咲夜がいれば昼でも日光を気にしなくてもいいが、それでも動きに制限が掛かる。やっぱり自由に動けたほうが気楽だ。

 

「ええ、まずはうちの門番を拾わないとね。咲夜。」

 

 私が合図をすると、咲夜が時間を止める。私は手元の机を何回か叩き、時間が止まっていることを確認すると窓を開けて外に飛び出した。どうやら既に美鈴は準備を終えていたらしく、資本家から貰ったスーツを着ていた。

 

「マヌケ面して固まっているわね。顔に落書きでもしてやろうかしら。」

 

 私が油性マジックを取り出す前に咲夜が美鈴の時間を動かしてしまう。美鈴は周囲を軽く確認したあと、咲夜の方を向いた。

 

「お、じゃあ行きますか。咲夜ちゃんはいつも通りのメイド服なんだね。おぜうさまは……ノーコメントで。」

 

「なんでよ。貴方だって何よその恰好。マグルの街に行くわけじゃないのよ?」

 

「ほら、折角の貰い物だし着ないと勿体ないじゃないですか。」

 

 いや、その理屈はおかしい。それは貧乏人の発想だ。損得の関係ないところで損得勘定をする者を、世間では馬鹿という。

 

「ではお嬢様、右手にお掴まりください。美鈴さんは左手に。」

 

「やった! 咲夜ちゃんと手を繋いで歩けるなんて!」

 

「飛ぶのよ。空間を。」

 

 私は咲夜の右手を左手で掴む。美鈴は飛びつくように咲夜の左手を腕ごと抱いた。次の瞬間、無理やりパイプの中に詰め込まれるような感覚が全身を襲う。この感覚さえなければ、私も姿現しを習おうと思うのだが……地球の裏側まで本気を出せば三秒で行ける私からしたら不便なだけだ。

 まあ、流石にそんな速度を出すと衝撃波で地殻が剥がれ、溶岩が噴き出し、一瞬のうちに大気が無くなる。勿論私も只では済まない。空気抵抗で手足が千切れ飛び、髪の毛が霧散し、全裸で肉ダルマになりながら地球の重力圏を脱し、そのまま宇宙の彼方まで永遠と旅行することになるだろう。いや、永遠はないか。地球から離れた瞬間、地球の影に隠れていた太陽が顔を出しそのまま消滅するだろう。

 そんなことを考えていたら地面に足が付く。目の前に森が広がっているが、会場は何処だろうか。周囲を見回すと、後ろに大きな建造物があった。

 

「相当大きな競技場ね。何処から入るのかしら。」

 

「上から入った方がわかりやすいですよ! 多分屋根はついていないタイプの競技場です。」

 

 美鈴が我先にと飛び上がる。そして壁の上まで行くと、両手で大きな丸を作った。どうやら上から入れるようだ。

 

「行くわよ咲夜。」

 

 私は羽を羽ばたかせると一気に壁の上まで上昇する。そこには溢れんばかりの人間がいた。というか、魔法使いってこんなにいたのか。ここにいる人間を全て殺せば魔法使いが絶滅するんじゃないかと思うレベルである。

 

「おお……。」

 

 咲夜が感嘆の声をあげていた。そういえば咲夜をこのようなスポーツの大会に連れてきたことはなかったか。ここまで人が集まった場所を見るのは初めてなのだろう。

 

「思った以上にでかいっすね。で、私たちの席は何処です?」

 

 美鈴が壁の上に立ちキョロキョロと周囲を見渡す。私も客席を一通り見回した。誘ってきたということは、ルシウスらも来ているということだろう。何処だか分からない貴賓席を探すよりも顔を知っているマルフォイ一家を探す方が楽だ。私は向かい側の見やすそうな席に座っているルシウスを発見した。

 

「美鈴、咲夜。多分あそこよ。マルフォイ家を見つけたわ。」

 

「ああ、前に会った青白い魔法使いの親子ですね。今回チケットをくれたのはあの家族ですよね。マルフォイ家っていうんですか?」

 

 何をすっとぼけているんだこの門番は。今年も一回会ってるはずである。もし忘れているのだとしたら相当な阿呆だ。こういうのは突っ込んだら負けなのだろう。私はルシウスのいる席まで飛ぶ。貴賓席はなんというか、私が知っている人物ばかりだった。まず目につくのが魔法大臣のファッジにブルガリアの魔法大臣、魔法省のルード・バグマン。さらにはウィーズリー家にマルフォイ家がわらわらといった感じだ。見かけない屋敷しもべ妖精もいるがまあ無視しよう。私は空いている席に腰かける。美鈴と咲夜は私を挟み込むように両隣に座った。

 

「え~……咲夜ちゃんそこは私の隣に座ろうよ……。」

 

「両端を固めるのは基本でしょうに。私を一番端にしてどうするのよ。」

 

 冗談とはわかっているが、もし咲夜が美鈴の隣に座るとなると、私、美鈴、咲夜の順で座ることになる。そしたら私の横に咲夜が来ないじゃないか。

 

「時間停止を解除しますが、よろしいでしょうか。」

 

 馬鹿なことを考えていると、横にいる咲夜が確認を取ってくる。私は軽く周囲を見回し、大丈夫なことを確認した。

 

「ええ、大丈夫よ。試合はすぐに始まるんでしょう?」

 

 私がそう言うと、咲夜は懐中時計で時間を確認する。私や美鈴が持っている普通の時計は、時間を止めた時にズレが生じ、正確な時間を示さなくなるが、咲夜の懐中時計は別だ。咲夜の能力に合わせて針の進む速度が緩急する懐中時計で、時間を止めた場合、時計の針も止まる。

 

「はい、あと数分で始まると思われます。」

 

 咲夜は懐中時計を左ポケットに仕舞い直すと時間停止を解除した。次の瞬間、固まっていた観客が一斉に動き出し、会場内が歓声で満ちる。

 

「凄い盛り上がりね。」

 

 これは来た甲斐があったかもしれない。私が観客を観察していると、魔法大臣のファッジがこちらに近づいてきた。だが、ファッジは私と面識はないはずである。取りあえず挨拶しに来たのかと思ったら、どうやらそうではないらしい。ファッジ大臣は私の横にいる咲夜に話しかけた。

 

「やあやあ、十六夜君。暫くぶりだね。ええっと……お隣のレディー達は何方かな?」

 

「私がお仕えしているレミリア・スカーレットお嬢様です。そしてその隣にいるのが――」

 

「お初にお目に掛かります、コーネリウス・ファッジ閣下。わたくし、紅美鈴と申します。お嬢様に仕える使用人の一人です。」

 

 美鈴は立ち上がると、ファッジに対して恭しく礼をする。普段からこれぐらい真面目に出来ないのだろうか。

 

「いやはや、硬くならなくて結構。私はコーネリウス・ファッジ。魔法省の大臣をしている。」

 

 ファッジは私に向き直ると右手を差し出してくる。私は席を立ち、手を握り返した。

 

「レミリア・スカーレットよ。娯楽の場なんだし、無礼講は基本よね?」

 

「ああ、その通りだとも。今日は楽しんでいってくれ。」

 

 ファッジはにっこりと微笑むとブルガリアの大臣の隣へと戻っていく。入れ替わるようにルシウスが私のほうへと近づいてきた。

 

「ルシウス、今日はチケットをありがとう。楽しませてもらうわ。」

 

「なに、息子のドラコが学校でスカーレット嬢の使用人に世話になっていると聞いたもので。ほんの気持ちですよ。」

 

「気前のいい男は好きよ。私。」

 

 私はルシウスと軽く握手を交わす。その後、ルシウスは咲夜の方を向いた。

 

「ミス・十六夜。学校ではドラコが世話になっているな。よかったらこれからも良くしてやってくれ。」

 

 咲夜はいかにもな作り笑いでルシウスに微笑む。

 

「はい、こちらこそよろしくお願い致します。」

 

 ルシウスは今度は美鈴の方へと向いた。

 

「君は……あの時のチャイナ服のレディーだね。」

 

 それを聞いて私は吹き出しそうになる。まさかこっちも忘れているとは思わなかった。だから今年の春に会ってるだろうに。

 

「今日は随分と雰囲気が違うな。それとも、これが何時もの君なのかな?」

 

「今日はお嬢様のお付きとして来ていますので。いつもはチャイナ服ですよ。」

 

 私たち全員と挨拶を交わすとルシウスは席へと戻っていく。入れ替わるように、今度はアーサーとハリー、ロン、ハーマイオニーの三人組がこちらへと近づいてきた。どうやらハリーたちから話を聞いているらしく、アーサーは真っ先に私に対し挨拶をしてくる。

 

「お初にお目に掛かります。レミリア・スカーレット嬢。私はアーサー・ウィーズリー。魔法省マグル製品不正使用取締局の局長です。」

 

 いや、そんな肩書き語られても。まあこいつのことはよく知っている。こんなナリと貧相な顔だが、これでもそこそこの実力者だ。元不死鳥の騎士団員でもある。

 

「ご丁寧にどうも。レミリア・スカーレットよ。知っていると思うけど、こっちのが咲夜でこっちのが美鈴。よろしくね。」

 

 私は差し出された手をがっちりと握る。堅苦しい挨拶は終わったと判断したのか、ハリーが咲夜に話しかけた。

 

「咲夜、久しぶり。夏休みはどう?」

 

「ええ、充実しているわ。他のみんなは?」

 

 私はそっと隣に座る咲夜の肩に手を置いた。咲夜は一旦会話を切り、こちらに振り向く。

 

「ハリーたちの近くの席に行っていいわよ、咲夜。今日は美鈴もいるしね。」

 

「ですがお嬢様……私は今日お嬢様のお付きとして――」

 

 別に私は親切心でこのような提案をしているわけではない。咲夜とウィーズリー家の親交を深めるために言っているのだ。私は咲夜の身体を少し引き寄せると、耳元で小さく囁く。

 

「不死鳥の騎士団。」

 

 咲夜は隣の馬鹿と違って頭がいい。この一言で私の言いたいことを察したのか、席から立ち上がった。

 

「わかりました。では私は向こうの席でハリーたちと観戦したいと思います。」

 

 私は咲夜の言葉に軽く頷くと、美鈴の肩に手を置いて立ち上がる。

 

「美鈴、マルフォイの近くの席に移動するわよ。」

 

「分かりました。」

 

 咲夜がハリーたちのほうに行くなら、バランスを考えて私たちはルシウスのところに行ったほうがいいだろう。一応チケットを貰った仲だ。社交辞令として、これぐらいはしておかないと。私は美鈴を連れ立って貴賓席を歩く。その途中で違和感を覚えた。

 

「美鈴、感じる?」

 

 私は移動中に小声で美鈴に話しかける。美鈴は小さく頷いた。

 

「屋敷しもべ妖精の隣、何か居ます。」

 

 どうやら、違和感の正体を既に掴んでいるようだった。こういう気配を読むことに関しては、私より美鈴のほうが優れていると言えるだろう。私は不自然にならないように一瞬だけ屋敷しもべ妖精のいる方向を見る。うん、何かがいるのは確実だろう。透明マントを被っているのだろうか。姿を視認することは出来ない。

 

「警戒を怠るな。」

 

「御意。」

 

 私は美鈴に軽く注意を促すと、ルシウスの近くの席へと座った。咲夜は咲夜で盛り上がっているみたいだし、こちらはこちらの話題で盛り上がろう。

 

「そういえば長く生きてはいるけど、クィディッチの試合を見に来るのは初めてね。ルシウスはこういうの好きなの?」

 

「いえ、私もそこまで詳しいわけでは。息子が好きなんだ。これでもホグワーツでスリザリン寮チームのシーカーを務めている。」

 

 そう言ってルシウスはドラコの肩を叩く。

 

「シーカーっていうのはどういうポジションだったかしら。」

 

 私が聞くと、ドラコが懇切丁寧にクィディッチのルールを説明し始める。まあ試合が始まるまでの時間潰しにはなるだろう。私はドラコの説明を話半分に聞きつつ屋敷しもべ妖精の隣にいる人物の正体を探る。取りあえず、私の知り合いではないことは確かだろう。

 

「ルシウス、あの屋敷しもべ妖精だけど……。」

 

 あの屋敷しもべ妖精について何か知っているかもと思い、ルシウスにそれとなく聞いてみる。ルシウスは屋敷しもべ妖精をチラリと見ると、ああ、と声を漏らした。

 

「あれはクラウチのところの屋敷しもべ妖精ですよ。様子を見る限りでは、席を取っているようですが。」

 

「クラウチ? バーテミウス・クラウチ? 魔法法執行部の部長だったかしら。」

 

「いえ、今は国際魔法協力部の部長です。」

 

 ああ、そういえばそうだった。クラウチはヴォルデモートが全盛期だった頃に少し強引なやり方で死喰い人に対抗した魔法省役員だ。強引なというのは、十分な証拠もなく疑わしき者は容赦なくアズカバンに放り込むというものである。また、闇祓いに死喰い人を殺害する権利を与えるといったこともしている。強引なところに目を瞑れば優秀な部長だったのだが、息子のバーテミウス・クラウチ・ジュニアが死喰い人として逮捕されたことが原因で失脚し、今の地位に落ちたそうな。

 まあ今大切なのはクラウチの素性ではない。あそこに座っている人物が誰かということである。普通に考えて、まっとうな人物でないことは確かだろう。まずクラウチ本人である可能性は無い。クラウチ自身あまりふざけるような性格ではないというのもあるが、ここで姿を隠す必要はない。姿を隠す必要があるもの……クラウチ・ジュニア? いや、その可能性はないと言えるだろう。クラウチ・ジュニアはアズカバンで獄死している。流石に死人がここにいるというのは考え過ぎだろう。だとしたら本当に誰だ?

 

「お、始まるみたいですよ。」

 

 美鈴に声を掛けられて我に返る。まあクラウチの知人なのだとしたらそこまで変な奴ではないだろう。目の前ではいつの間にか来ていたバグマンが魔法大臣に許可を取っている。

 

「ルード、君さえよければいつでもいい。」

 

 バグマンは自分の喉に拡声呪文を掛けると、席から身を乗り出した。

 

「レディース&ジェントルメン……ようこそ! 第四二二回クィディッチワールドカップ決勝戦に!」

 

 簡単な前置きの後、バグマンの紹介でブルガリアチームのマスコットが出てくる。ブルガリアのマスコットはヴィーラだった。ヴィーラとは亜人の一種で、綺麗な女性の容姿をしている魔法生物だ。ヴィーラが登場した瞬間に観客席にいる男性の目の色が変わった。ヴィーラは容姿の他に、吸血鬼の使うような魅了の力を常に発してる。それ故に男性は未婚既婚関係なくヴィーラに惹かれるのだ。

 

「なんというか、ヴィーラよりも観客席の方が面白いことになっているわよ。」

 

 皆が少しでもヴィーラの気を惹こうと様々な方法で目立とうとしている。マッスルポーズを取るもの、髪を撫でつける者、観客席から飛び降りる者。

 

「そうですか? ヴィーラってだけで目を引いてますが、普通にダンスのレベル高いですよ?」

 

 美鈴は手を叩いてヴィーラの踊りに歓声を送っている。会場にいる女性陣で、純粋にヴィーラの踊りを楽しんでいるのは美鈴だけかもしれない。確実にこいつが一番楽しんでいるという確証があった。

 ヴィーラが引っ込むと今度はアイルランドチームのマスコットが出てくる。アイルランドのマスコットはレプラコーンだった。レプラコーンはアイルランドのチームカラーのランプを持ちながら遊覧飛行し、最終的に金貨の雨を降らす。これ頭に当たると普通に痛いと思うのだが……。私に金貨が到達する前に、咲夜が日傘を持って私の横に現れた。まったく出来るメイドである。

 

「あら、傘が壊れそうな勢いね。」

 

 美鈴は地面に落ちている金貨を一枚手に取ると、匂いを嗅いだ。

 

「なんだ。チョコじゃないのか。」

 

 確かにお菓子の中には金貨の見た目をしたチョコなどもあるが、流石に食品を降らすことはしないだろう。この金貨だって偽物だ。つまりアイルランドチームは使えもしない金属片を大量に会場内に降らせたということである。なんて度し難い。このような場じゃなかったら皆殺しにしているところだ。

 まあでも、見世物としては面白い。観客席にいる愚かな人間たちは、少しでも金貨を集めようと必死になって地面に這いつくばっていた。人間は地を這うことしか能のない生き物とはよく言うが、魔法で空が飛べる魔法使いも例外ではないようだ。

 

「人間って愚かね。目先の欲に囚われて。」

 

 金貨の雨が止むと咲夜はハリーたちの方へと戻っていく。マスコットの紹介が終わると、次はチームメンバーの紹介だ。バグマンの実況のもと、次々に選手が競技場の中に入ってくる。選手一人ひとりに歓声が送られるが、その中でも一際喝采を浴びている選手がいる。ビクトール・クラムという選手だ。ブルガリアのシーカーで、ドラコが言うには世界で一番と言われているクィディッチ選手らしい。確かに他の選手と比べると動きに切れがあるし、反射神経もいい。

 競技場に選手が集まると審判のような男が木箱と箒を持って競技場の中心に出てくる。審判は箱の中からブラッジャーと呼ばれる鉄の暴れ玉を二つ空に放ち、金色に光るスニッチを解放した。スニッチは蠅が止まりそうな速度で競技場内を移動している。……え? あれを捕まえたら百五十点も入るの?

 最後に審判が取り出したのがクアッフルと呼ばれる革づくりのボールだ。選手はアレをゴールポストに入れることで点を取りあうらしい。

 

「それでは……試あぁああい! 開始ッ!!」

 

 バグマンの掛け声と共にクアッフルが投げられ、試合が始まった。各チームのチェイサーがクアッフルを取り合いながら競技場内を縦横無尽に飛び回る。シーカーはスニッチを探してキョロキョロとしていたが、あんな目立つ遅いものを見つけられないとは余程の近眼なんだろう。スニッチが芝生色で、地面スレスレをゆっくり移動しているなら見つけにくいかも知れない。だが、スニッチは金色で、かなり目立つ飛び方をしている。

 

「美鈴は追えてるわよね?」

 

「スニッチですか? アイルランドのゴールポスト付近に居ますよね?」

 

 やっぱり見えているのが普通だ。もしかしたら両チームのシーカーもスニッチを見つけているかも知れない。見つけた上で無視しているのだ。試合を見にこれだけの人間が集まったのである。数秒で終わらせてしまっては興ざめもいいとこだ。そう思うとシーカーという役職は気苦労も多いだろう。花形でエースポジションではあるが、私はごめんだ。私がやるとしたらビーターが面白そうである。

 試合はアイルランドが優位に進み、既に百点以上の差がついている。どうやらアイルランドはチェイサーが強いチームらしい。ここまで一方的な試合運びになると、これはこれで面白くなってくる。私としてはやはり地元チームであるアイルランドを応援したいところだ。だが、まだ油断はできない。スニッチを捕まえたら百五十点入るのだ。つまり今の点差では一発逆転の可能性が十分あるということである。

 この点差になってもスニッチを取らないあたりを見るに、もしかしたらクラムは本当にスニッチを発見できていないのかも知れない。結局クラムがスニッチを取ったのはアイルランドに百六十点差を付けられた後だった。スニッチは取ったが、ブルガリアの負けである。ドラコが言うにはこのような決着の付き方は非常に珍しいらしい。いやでもこのような決着が珍しいのなら、チェイサーやクアッフル、キーパーなんて要らないと思うのだが。初めから全員でスニッチを探せばいいのに。まあそれも野暮というものだろう。

 

「今日は楽しかったわ。ありがとう。」

 

 私は席から立つとルシウスに微笑む。ルシウスも立ち上がり、私に軽く礼をした。

 

「いえいえ、こちらこそ。本日はお忙しい中誘いを受けて頂きありがとうございます。今日はもう帰られるので?」

 

「ええ、試合は終わったし。どちらのチームを応援していたというわけでもないから、表彰式に盛り上がることも出来ないしね。」

 

「そうですか。では道中お気をつけて。また手紙を送ります。ここでは話せない話もありますので。」

 

 ルシウスはそう言ってチラリと魔法大臣を見る。魔法省役員の前では出来ない話ということだろう。ルシウスは自分の体を壁にしながら、私に一通の手紙を差し出した。

 

「あら、それは楽しみね。」

 

 私は手紙を受け取るとポケットに仕舞う。ルシウスに手を振ってから咲夜と合流し、貴賓席を後にした。

 

「咲夜。」

 

 建物の死角に入ったところで咲夜に合図を送る。

 

「御意。」

 

 咲夜は私の意図を汲み取り、時間を停止させた。

 

「いやぁ、結構激しいスポーツなんですね。」

 

 美鈴があちこちキョロキョロとしながらそんなことを呟く。

 

「と言ってもあの速度だけどね。そこまで速いというわけでもないでしょうに。」

 

 地球が私の速さだとするとクィディッチの速度なんて角砂糖ぐらいだ。私は親指と人差し指でその大きさを表した。

 

「さて、マルフォイのところから面白い情報を仕入れたわ。咲夜、紅魔館に戻るわよ。」

 

 私は咲夜に右手を差し出す。それを見て美鈴も咲夜に右手を差し出した。咲夜は差し出された手を握ると指輪に魔力を込めていく。次の瞬間、私たちは紅魔館の私の部屋に姿現しした。

 

「んー。やっぱ便利ですね。これ。」

 

 美鈴は部屋の窓を開けると、庭の方に飛び降りる。私は軽く伸びをすると部屋着へと着替えた。さて、取りあえずルシウスが如何にもな感じで私に渡してきた手紙を読もう。私は机に座ると咲夜に声を掛ける。

 

「今日はもう仕事に戻っていいわよ。館にまともに家事の指揮が執れる者がいなかったわけだし、仕事が溜まっているでしょう?」

 

 私は便箋から手紙を取り出し、机の上に広げる。咲夜は私に一礼すると、部屋を出ていった。

 

「えっと何々……三大魔法学校対抗試合……へぇ、暫くやってなかったけど、今年行うんだ。でもあれ確か危ないから中止になった大会だったような。安全対策とかいろいろ大変そうね。」

 

 三大魔法学校対抗試合とは、イギリスの魔法学校ホグワーツ、ブルガリアのダームストラング、フランスの魔法学校ボーバトンの三校がそれぞれ代表を出し、様々な競技で競わせて優勝者を決めるという交流試合である。

 

「パチェはこのこと知っていたのかしら。まあ知ってるはずよね。魔法省の動きは常に監視しているはずだし。」

 

 まあ私の計画とは関係ないと思ったのだろう。だが、これはある意味チャンスだ。咲夜がこの大会で優勝すれば、とても目立つ。ダンブルドアに有能アピールも出来るだろう。それに咲夜なら学生同士で争う大会で負けるはずがない。まあ、私の咲夜は優秀だし? 可愛いし。この件に関しては私やパチェから手出しはしないでおこう。咲夜の素の実力を試してみたいというのもある。

 

「さて……ん? ふくろうだ。」

 

 私は窓の外でジタバタしている梟を見つける。窓を開け中に入れてやると梟は机の上に手紙を落とし、全速力で窓から飛び出していった。そんなにここにいるのが嫌か。まあフランの狂気を我慢してよくここまで来たというべきか。私は手紙を裏返し差出人を確認する。どうやらクィレルからの手紙のようだ。そろそろイギリスに入ってきている頃だとは思っていたが、無事にヴォルデモートとは接触できたのだろうか。

 

「ふむふむ……なんか怖いぐらい順調に物事が進んでいるみたいね。ペティグリューも合流して……クラウチ・ジュニア? あれ生きてたのか。ということは今日屋敷しもべ妖精の横に座っていた奴、本当にクラウチ・ジュニアだった可能性が出てきたってことね。」

 

 そのうちクラウチ・ジュニアと接触し、仲間に引き入れるらしい。三大魔法学校対抗試合を利用してハリーを誘き出し、ヴォルデモートを復活させるらしい。クラウチ・ジュニアをマッドアイ・ムーディに化けさせホグワーツに潜入させるみたいだが、流石にアレに化けさせるというのはクラウチ・ジュニアがあまりにも可哀そうだろう。マッドアイと言えば闇祓い一の変人である。変な挙動に変な口調。おまけに顔まで変だ。

 

「というかハリーを優勝させることが前提の計画を立てるなんて、ヴォルデモートもバカね。計画性のかけらもないわ。なんだかとことん挫折させてやりたいわ。」

 

 つまり咲夜が対抗試合で優勝すればヴォルデモートが少し恥ずかしいことになるということか。といってもあまり徹底的にやりすぎてもヴォルデモートが復活しなくなる。その辺の加減はクィレルとパチェに取ってもらおう。取りあえず、咲夜にはこのことは知らせずに少し泳がせてみよう。下手に教えて死喰い人側の都合を考えた動きを取り、ダンブルドアに不審がられたりしたら元も子もない。取りあえず対抗試合のことは明日咲夜に伝えよう。

 

「なんだか今年は楽しくなりそうね。」

 

 私は大きく伸びをすると、仕事をするために書斎に移動した。




クィディッチワールドカップ観戦

紅魔館にクィレルから手紙が届く←今ここ

ワールドカップ会場で死喰い人が暴れ、マグルが死ぬ。

闇の印が打ち上げられる(クラウチ・ジュニアによって)

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