誤字脱字があると思いますので、ご指摘いただけたら修正いたします。
紅魔館に新しい住民が増えてから早一か月。レミリアはパチュリーの優秀さに素直に驚いていた。首席だということは聞いていたが、これはそのようなレベルではない。ホグワーツの教員、いや、魔法界の何処を探してもこれ以上の魔女はいないのではないかと思えるほど彼女の知識は深く、そして魔法の腕も相当なものだった。
埃の積もっていた図書館はものの数秒で綺麗になり、一か月近くで随分と蔵書も増えた。更に言えば増えた蔵書に合わせて図書館その物も大きくなっている。また図書館のあちこちで羽ペンがひとりでに動き複雑な計算を繰り返す。そしてパチュリー自身もその羽ペンの一部のように白紙の本に文字を書き込んでいた。
「精が出るわね。パチュリー」
レミリアが扉を開けて図書館に入ってくる。ちなみに、現在の時刻は午後の九時。レミリアは今さっき美鈴に起こされたところであった。レミリアは夜の日課を済ますために図書館に入ってきたのである。
夜の日課とは何か。フランドールの様子を見に行くことだ。そしてフランドールの自室は地下にある。厳密には図書館の奥にある一室がフランドールの自室になっているのだった。
「これぐらいは普通よ、レミリア嬢。ホグワーツにある必要の部屋で毎日のようにやっていたわ」
「そう」
「ええ」
二人が交わす会話と言ったら、一日のうちにこれだけである。このあとレミリアはフランドールの様子を確認し、自分の書斎へと帰っていく。パチュリーはパチュリーで一人魔法の研究に没頭するのだ。
日が変わるような時間になるとパチュリーは図書館の灯りを消して寝室へと戻る。そして日が出るような時間になると起きて図書館の灯りをつけ、研究を始めるのだった。
そんな生活が数年続いた。
レミリアとパチュリー、美鈴の周囲が動かずとも、魔法界の情勢は動く。
パチュリー卒業から数か月、アルバス・ダンブルドアはゲラート・グリンデルバルドと親友になり、その後アリアナの死をもって決裂する。
ダンブルドアはその後ホグワーツに就職。変身術の教員を務める。
グリンデルバルドは着々と手下を増やし、魔法界転覆の準備を淡々と進めていた。
一九三八年、レミリアとパチュリーが出会ってから約四十年。もうすっかりおばさんと言えるような見かけになったパチュリーが唐突に呟いた。
「そろそろこれも不便になってきたわね」
パチュリーは皺が増えた自分の体を見回す。そして一冊の本を取り出した。それはパチュリーが準備した魔導書の一種で、中には膨大な魔力が込められている。パチュリーは慣れた手つきでページを捲ると、魔法を発動させ、その魔導書を一本のナイフへと変えた。
「あら、何か始めるの?」
レミリアが何時ものように図書館に入ってくる。レミリア自身、パチュリーの行う魔法の実験を楽しみにしている節があった。退屈な生活の中、良い刺激になるのだという。
「ああ、レミィ。この体も不便になってきたから、捨てようと思って」
パチュリーはそう言ってレミリアにナイフを見せる。レミリアはそのナイフとパチュリーの顔を交互に見た。
「パチェ、そのナイフはなに? あなたがそんな武骨なものを持っているのも珍しいわね」
「魔法具よ」
パチュリーはそのナイフをなんの躊躇いもなく自分の心臓へと突き刺す。傷口からは真っ赤な血液が溢れだし、図書館の床を濡らす。パチュリーは一瞬苦しそうに呻くと、やがて動かなくなった。
「あれ? 自殺?」
「違うわ」
突然後ろから声を掛けられ、レミリアは咄嗟に振り返る。そこには出会った時よりもさらに若い姿のパチュリー・ノーレッジが立っていた。
身長はレミリアとあまり変わらない。
「見た目を貴方に合わせてみたのだけれど、どうかしら。体を作り直したから眠らなくてもいいし、食事を取る必要もなくなったのよ」
パチュリーは新しい体を見せるようにクルリと回る。その姿を見て、レミリアは静かにほほ笑んだ。
「貴方と出会って暫く経つけど、ようやくこっち側の存在になったわね。人間をやめて本当の魔女、化け物になった」
「あら、違うわ。レミィ」
パチュリーは不敵に笑った。
「私は生まれた時から、周りとは違った。周囲の魔法使いは魔法使いという名の人間。けれど、私には自分のことが人間だとは思えなかった。私は魔法使いという化け物なんだという意識が常に付きまとった」
パチュリーは老いた死体を抱き上げると、魔法の炎で死体を焼く。それはさながらパチュリー・ノーレッジという魔法使いの葬式のようであった。もっとも、西洋で火葬はメジャーではないが。
「お疲れ、私」
パチュリーは両手を組むと静かに祈りを捧げる。レミリアもそれに倣い静かに祈った。
パチュリーが新たな体を手に入れたその年、トム・リドルがホグワーツに入学した。
そこから更に数年、魔法界はグリンデルバルドによって一時的な戦争状態に陥る。
だがそれも一九四五年、トム・リドルがホグワーツを卒業するのと同時期に決着がついた。
ダンブルドアがグリンデルバルドを倒し、ニワトコの杖を手に入れる。
そして一九四六年、紅魔館にトム・リドルが訪れていた。
リドルは紅魔館にある客室で美鈴の淹れた紅茶を味わう。リドル自身紅茶の味には煩いほうだが、十分満足できる味だった。
「素晴らしい味ですね。茶葉、淹れ方ともにとても良い」
リドルはにっこりと美鈴に微笑む。美鈴は愛想笑いを返した後、そのままの表情で返事をした。
「お嬢様は紅茶の味にだけは煩いんです」
このように紅魔館に普通の人間を招待できているのはひとえにパチュリーのおかげである。一時的に検知不可能な結界を地下室に張り、フランドールの狂気と膨大な魔力を誇る図書館を隠す。
「すみません、こんな夜分遅くに。そちらの主人の生活習慣に合わせたつもりだったのですが」
「ああいえ、今日は単純に寝坊ですよ。何時もは夜の九時には起きてます。先ほど起こしましたので、今頃慌ててドレスに袖を通している頃でしょうね」
今日、リドルはボージン・アンド・バークスという魔法具店の店員として紅魔館に来ていた。リドルの主な仕事は各地を飛び回り曰く付きな魔法具や呪いを持った道具を集めることだ。占い学の権威というレミリアなら、何か珍しい魔法具を持っているだろうとリドルは推測し、リドルの方から声を掛けたのである。
十分ほど客室で待っていると、ゆったりとした動作でレミリアが現れた。それは見方によっては優雅にも見えるが、今回に限ってはただ眠たく、フラフラとしているだけである。
「少し待たせてしまったわね。で、私に何の用なのかしら」
レミリアは美鈴の淹れた紅茶が入ったティーカップを持つとゆっくりと口に近づける。リドルはそんなレミリアの動作を注意深く観察しながら話を切り出した。
「手紙に書かせていただいたように、本日はボージン・アンド・バークスという魔法具店の使いとして参りました。ボージン・アンド・バークスでは珍しい魔法具や曰く付きの道具を多数取り扱っており——」
「訪問販売?」
「いえ、その逆でございます」
ようやく目が覚めてきたのかレミリアはティーカップをソーサーに戻す。そして不敵にほほ笑んだ。
「ようはうちに転がってるガラクタを引き取りにきたと」
「どんなものにもそれなりに価値があるものですよ」
まあ珍しい魔法具はともかく、曰く付きのものは沢山あるんだけど、とレミリアは続ける。レミリアが手を振るうとその曰く付きの道具が部屋に飛んで……こなかった。
「来ないですね」
美鈴がぽつりと呟くが、そんな彼女をレミリアは冷たい目で見た。
「貴方が取ってくるのよ」
「あ、そういうことですね。では取ってきます」
美鈴はレミリアのジェスチャーの真意を知り、部屋を出ていこうとする。だが部屋を出る寸前にレミリアに止められた。
「やっぱりいいわ。普通に怖いし。私が適当に取ってくるから美鈴はリドルの相手をしていて」
レミリアは椅子から立ち上がると客室を出ていく。そしてその数秒後、レミリアが客室の扉を開けて帰ってきた。手には小さなナイフが握られている。
「酷いですね。そんなに信用無いですか? 私」
美鈴はそう言って頬を膨らませる。レミリア自身美鈴を信用していないわけではなかった。いや、信用していないどころか、この紅魔館のメンバーの中では一番信用しているほどである。
「信用はしているわ。それと同時に貴方の冗談癖も信用しているのよ」
レミリアは無造作にナイフを机の上に置く。リドルはローブから白い手袋を取り出し嵌めると、慎重な手つきでそのナイフを手に取った。
「これはまた、随分な魔力が込められていますね」
リドルは丁寧にそのナイフを観察するが、強い魔力以外の何かを見つけることができない。
「ふふ、困り顔って感じね。実を言えばそのナイフ、特に曰く付きなわけではないわ。そのナイフは私のスローイングナイフのうちの1本ね。」
レミリアはリドルからナイフを受け取ると指の間でくるくると回す。そのあと人差し指の腹でナイフの柄尻を弾いた。ナイフはそのまま真っすぐ飛んでいき、窓枠の間に刺さる。リドルは椅子から立ち上がり窓枠に刺さったナイフを抜きにかかる。窓枠に傷がついていたら魔法で直そうとリドルは思っていたが、ナイフは窓枠の間にぴったりと収まっており窓枠自体には全く傷をつけていなかった。
「お見事です。ちなみにこのスローイングナイフ、お使いになられてどれぐらい経ちますか?」
「そうね、それは五十年ぐらいかしら」
リドルは手帳を取り出し何かを書き始める。その後ナイフと手帳を見比べ、査定結果をレミリアに述べた。
「三百ガリオンで買い取らせていただいてもよろしいでしょうか」
その査定結果に美鈴は素直に驚く。レミリアはそれで当たり前といった顔をしていた。
「こんなただのナイフにそんな価値があるんですか?」
美鈴はリドルの持っているナイフを指さして聞く。リドルは軽く微笑むと説明に入った。
「まず、このナイフそのものに価値があります。ナイフに使われている鋼は今では珍しいヒヒイロカネが使われています。ヒヒイロカネは硬度に優れ、尚且つ錆にも強い金属です。それに、柄には黒柿が使われており、黒柿そのものも銘木中の銘木と言われています。そして長年使われたことによる柄の自然な研磨。さらに込められた魔力の質、量。これほどのナイフは何処を探しても見つからないでしょう」
「ええ……でも」
美鈴はふと思い出す。レミリアの書斎にはそれと全く同じナイフが百本ほど雑に詰められている箱があることを。レミリアにとってはこのナイフも、数あるスローイングナイフのうちの一本でしかない。
「ええ、そのナイフは持って行っていいわ」
「ではこれを」
リドルは小切手を切ろうと鞄を漁る。レミリアはそんなリドルの行動を制止させた。
「お金は要らないわ。その代り、貴方の話を聞かせて頂戴な」
「僕の話? ですか」
リドルは少し首をかしげる。リドル自身その容姿から女性に惚れられることは多い。だが、レミリアのそれはそのどれとも違うとリドルは判断した。何かこの話し合いには別の目的があるのではないかと。
「三百ガリオンに釣り合うだけの話ができると、私は判断したわ。ホグワーツを首席で卒業した貴方が魔法具店の下働きっていうのも気になるし。貴方、世界征服とかに興味ない?」
世界征服と聞いて、リドルはピクリと反応する。今この時点でリドルは、世界征服こそ考えていないものの、魔法界を掌握し、優れた魔法使いだけの世界を作ろうと考えていた。リドルは咄嗟に表情を取り繕い、レミリアの問いに答える。
「そんな……ははは、まさか。この職についたのも伝統と由緒ある魔法具の探索に興味があったからで……」
「そう、私は興味があるけどね。世界征服」
レミリアはリドルの目をまっすぐと見る。リドルは開心術を警戒し咄嗟に心を閉ざす。だが、レミリアにとってそんなことは無意味だった。
「一九八一年のハロウィーンに気を付けなさい。貴方はそこで自分の運命を左右する事件を起こすわ」
レミリアは空になったティーカップをソーサーに被せ、ティーカップの底を指で二回叩く。そしてティーカップを指で弾き表に返した。
「ラッキーアイテムは日記帳よ。もっとも、肌身離さず持っていると意味がないけどね。」
日記帳という単語を聞いてリドルは戦慄する。リドルはこのとき既に日記帳を分霊箱にしていた。この重なりは偶然ではないと、リドルは直観的に察する。
「貴方は一体……」
「占い師」
レミリアはにっこりと笑うとホグワーツでの生活をリドルに質問し始める。結局リドルはこの後数時間、名状しがたい、薄気味悪い雰囲気を感じながらもレミリアの問いに当り障りのない程度で答えるしかなかった。
今日、ボージン・アンド・バークスから手紙が届いた。その手紙に書かれていた内容を簡潔に記すなら、紅魔館にある珍しい魔法具を買い取らせてほしいというものだった。私は取りあえずOKと返事を出し、来客に向けて準備を始める。まずはパチェに頼んでフランの部屋周辺に結界を張ってもらう。流石に一般人にフランの狂気は強すぎる。私自身がフランの居場所を感じ取れなくなるのは少し不安だが、その辺はパチェが様子を見ててくれるだろう。店の使いが来るのは夜の十時。私はその二時間前に起床した。
「美鈴、紅茶」
私は眠たい目を擦りながら美鈴の淹れた紅茶を飲む。吸血鬼にカフェインが効くのかは分からないが、気分的に眠気覚ましにはなるのだ。
「うぅ~、眠い」
「無理するからですよ? いつもは九時なのに」
美鈴がティーセットを片付けながら心配そうに聞いてくる。眠いのには変わりないが私は強気に言い返した。
「たった一時間じゃない。ほら、客室の準備をしてきなさい」
私は美鈴を部屋から追い出すと、机の引き出しを開け、一本のナイフを取り出した。これは私が普段ナイフ投げの練習をするときに使用しているものだ。私はそのナイフに力を籠め、多くの魔力を吸わせる。即席ではあるが、少しは価値あるものになっただろう。取りあえずナイフは机の上に置き、私は数か月前の日刊預言者新聞を広げた。そこには今年のホグワーツ首席が載っている。首席の名はトム・リドル。今日、店の使いで来る青年だ。
「首席である生徒が何故ボージン・アンド・バークスなんかに? これは少し調べないといけないわね」
記事を放り出し、机の上に置いてある水晶玉を手に取る。水晶に魔力を流し込み、まだ見ぬリドルの運勢を占った。
「強く死相が出てるわね。そして何か野望を抱えている。野望、野望ねぇ。……ん? トム・リドル、リドル……何処かで聞いた名だわ。」
私は椅子から飛び降り本棚にある引き出しを開ける。そこには今までに送られてきた手紙がギッシリと詰まっていた。その手紙の送り主を一つ一つ確かめ、リドルの名を探した。
「こんなことなら整理しておけば良かったわ。アルファベット順とかに……あ、これね」
三十分ほど棚を漁り、私は一通の便箋を取り出す。そこには確かにトム・リドルの名があった。
「ああ、思い出した。トム・リドル。確かマグルの富豪の息子だったわね。確かリドル自身もマグルだったはずだけど……ああ、その息子か。」
時間の流れは早いものだ。そういえばもうパチェと知り合って随分経つのか。全然実感が沸かない。今でこそパチェは私の親友だが、当初は便利な魔女という認識でしかなった。
「ということはリドルはマグル生まれか、混血ということになる。優秀な魔法使いは全員純血というわけでもないのね。吸血鬼は血が濃いほうが優秀だけど」
私は先ほど放り投げた日刊預言者新聞を手に取る。そして気になる記事を見つけた。リドルについて書かれたものだが、そこにはリドルの友人関係に関して書かれていた。
「でも、中の良い友人は純血だらけ。それも、純血であることを誇りに思っているタイプの家系ばかりね。所属寮はスリザリン。野望……野望、ね」
散々散らかした部屋の真ん中でリドルに関する情報を整理していく。そして私は一つの結論にたどり着いた。
「まあいつものようにイメージだけの抽象論で煙に巻きましょう。占いなんてそんなにあてにならないし」
私は部屋にある置時計を確認する。今の時刻は夜の十時十分。完全に遅刻だった。
「片付けてから行きたいけど……まあいいか」
私は新聞を床に放り捨てると、リドルの待つ客室へと足を向けた。
この出来事から二十年後、トム・リドルはヴォルデモート卿として力を付け始める。魔法界は闇の時代へ突入しようとしていた。
混乱していく魔法界だったが、この事件を全く別の感性で捉える吸血鬼が一人。そう、レミリア・スカーレットである。
一九六七年、レミリアは紅魔館の地下図書館に来ていた。いや、そこはもう図書館という規模ではない。美鈴曰く『大図書館』だそうだ。レミリアは慣れた足取りで棚と棚の間を抜け、パチュリーのもとを目指す。パチュリーはいつもと変わらず設置された椅子に座り魔法の研究を行っている。
「引っ越そう! と思うのだけれど」
「なんで今テンション上がったの?」
パチュリーは本から顔を上げずに呆れ声でそう言った。レミリアはそんなパチュリーの態度を無視して続ける。
「私が思うに、この世界はだんだんと住みにくくなっているのよね。ほら、貴方が子供だった時と比較してみなさいよ。目を見張る速度で科学が発展し、妖怪や魔法使いといった存在の居場所が少なくなってきている。次第に場所が無くなり、最後には追い出されるでしょうね」
「弱気ね」
そうかしら、とレミリアは首を傾げた。
「なんにしても、フランには安息の地が必要だわ。だから引っ越すの。手を貸してくださる?」
パチュリーは本から視線を外し、レミリアを見る。レミリアは目を輝かせてパチュリーを見ていた。
「貴方、妹が絡むと途端に後先考えなくなるわね。まあいいんだけど。それで、引っ越すってどこへ? そういう話を私のところに持ってくるということはある程度の候補地は絞れているんでしょう?」
その言葉に、レミリアは得意げな顔をした。
「勿論。日本に妖怪の集まる土地があると聞いたわ。そこに移住しましょう。あわよくばその土地の支配権を奪いとって暮らしやすいようにしてもいいわね」
「ああ、私もその噂は聞いたことがあるわ。でも、たぶんそれ無理よ。あそこは私が生まれる前に結界で閉ざされたと聞いているし」
「え? マジで?」
レミリアは困った顔をしながら頭を掻く。
「それに、フランドールはあの部屋から出ないのでしょう? 私も、この図書館を手放す気はないわ。せっかく数十年かけて育ててきたのに」
「じゃあ紅魔館ごと移動したらいいじゃないですか」
いきなり後ろから声を掛けられて、レミリアとパチュリーは内心少し驚く。そこには箒を片手に持っている美鈴の姿があった。美鈴が本気で気配を消すと、レミリアはおろかパチュリーですらその存在に気が付くことができない。魔法や科学では測れない、武人としての技量がそこにはあった。
「紅魔館ごと移動する?」
美鈴のそんな提案を、レミリアがおうむ返しにする。
「ええ、紅魔館ごと違う土地にピュピュンって。お二人ならそう難しいことでもないんでしょう?」
その言葉を聞いてパチュリーは内心頭を抱える。確かに、建物そのものをただ移動させるだけならそこまで難しい話ではない。だが、レミリアが移住しようとしている土地は結界の中だ。調べてみないと何とも言えないことではあるが、その結界を超えるには多大な魔力が必要になってくるだろう。
「いや、悪くないアイディアかもしれないわね。それならフランも移動しなくて済むし、大図書館ごと移動できる。パチェ、なんとかしなさいよ」
「いや、普通に無理だけど」
「なんで? 貴方魔法使いでしょ?」
それを言われるとキツイと、パチュリーは内心思う。だが、この親友の期待を裏切るわけにもいかない。
「……一年時間を頂戴。術式を開発してみるわ」
その言葉を聞いて、レミリアは目を輝かせる。パチュリーはYESと答えてしまったことに若干の後悔を抱きつつも何とか方法を探るために本を開いた。
それから三年後。
パチュリーは紅魔館の地下にある大図書館で一人、転移魔法の仕上げに取り掛かっていた。レミリアに伝えた期限はとうに過ぎており、レミリア自身もパチュリーに頼んだことを忘れているぐらいだ。
「やはりネックになるのは発動条件だけど、流石レミィね。運がいいわ」
パチュリーは机に広げている新聞を読みながら呟いた。そこにはマグル生まれの不審死が掲載されている。
「これは火種。何もしていなくとも大きな戦争が起きそうね」
パチュリーは術式の書かれた書類をまとめるとレミリアの書斎の前に姿現しする。そしてドアを三回ノックした。
「……どうぞ?」
書斎の中から何故か疑問形で返事が来る。パチュリーはそんな返事を気にも留めず書斎に入っていった。
「あらパチェ。貴方が図書館を出るなんて珍しいわね」
レミリアは少し目を丸くしながらも、そう答える。パチュリーはレミリアの机に書類を並べた。レミリア自身三年前のそんなやりとりを軽く忘れていたため、パチュリーのそんな行動に首を傾げることになる。
「これはなに?」
「転移魔法の発動条件」
転移魔法、その単語を聞き、ようやくレミリアは思い出した。素早く書類に目を通し、条件を把握していく。
「パチェ、これ……。少し条件が厳しくない?」
書類に書かれていた条件を簡単に纏めると、このような内容だった。まず第一に大きな戦争が起きること。第二に、戦争の首謀者、指導者の死亡が両陣営に見られること。第三に多数の死者が出ること。
「あら、そうでもないわよ。貴方も噂ぐらいは聞いているでしょう? 最近、闇の魔法使いが組織的に動いていることを」
「例のあの人、だっけ? まだ勢力的には小さいけどね。あと十年。それぐらいは掛かるわ」
この条件に合う規模の戦争を起こすにはね、とレミリアは続ける。
「なんにしても、準備はしておくべきよ。レミィ」
パチュリーは念を押すように人差し指を立てる。
「術を発動させるのに三年は掛かるわ。これがどういうことだか分かるかしら。戦況を見極め、いつ、どのタイミングで大きな戦いが起きるのかということをしっかり予想していないといけない」
レミリアは顎に手を当てて考える。そしてポンと手のひらを打った。
「為せば成る」
結局レミリア自身、この時はあまり本気で移住を考えているわけではなかったということだ。これからの情勢を監視し、都合よく利用できそうなら利用する。
「それに、いくら私でもその規模の戦争を意図的に作り上げることはできないしね。話に聞いたところによれば、ヴォルデモート卿は頭が切れるようだし。下手に手を出すとこちらがやられる可能性もある」
「それは少し弱気じゃないかしら」
パチュリーはそういうが、レミリアは黙って首を振るう。
「私は魔力を使うことはできても、高度な魔法を使うことはできない。技術の高い魔法使いとの戦闘になったら、私はパチュリーのガソリンタンクぐらいにしかなれないのよ」
吸血鬼は弱点が多い。相手がパワープレイに徹してくれればレミリアが遅れを取ることはないが、流水や太陽光などの弱点を絡めた魔法を使われたらなすすべがないのだ。
「それに、パチュリーも一対千の戦争はしたくないでしょう? かといってこちらの存在に気が付かれずに内政干渉するには手札が足りないし。美鈴、パチュリーを双方の陣営に紛れ込ませて誘導するのもいいんだけど、それをやると紅魔館が私とフランだけになってしまうわ。」
つまり今の状況では静観するしかないのである。
「……せっかく三年かけて作ったのに」
パチュリーはつまらなそうにそう呟くと、レミリアの書斎を出ていく。レミリアは大きくため息をついた。
「……私の能力を使えば、ある程度は干渉できるかもしれないけど。私のはあまり強い力じゃないし」
レミリアはパチュリーが残した術式の書類を眺めるように見る。条件がきつすぎる上に準備に時間が掛かりすぎる。だが、この機会を逃したら次いつ戦争が起きるかもわからない。
「しばらくは新聞とにらめっこかしらね」
レミリアは書類を机の引き出しに入れると、フランドールに会いに行くために書斎を出た。
一九七〇年のことである。
一九七一年、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター、ホグワーツ入学。
ジェームズがホグワーツで青春のひと時を過ごしている頃、リドルは自らの陣営を拡大。勢力を強めていく。それに合わせこの時ホグワーツの校長であったダンブルドアも対抗組織の準備を進めていく。
一九七八年、ジェームス達の卒業を待って不死鳥の騎士団結成。魔法界は本格的に戦争へと突入していった。
「レミィ、これは貴方の仕業なのかしら」
大図書館で新聞を読みながらパチュリーがレミリアに問う。レミリアはパチュリーが読んでいる新聞を覗き込んだ。そこには死喰い人と闇祓いの戦闘が各地で起こっていることについて書かれていた。
「違うわよ。ここ数年はただ見てただけ。でもこれだけ情勢が動けば、ある程度の干渉はできる。それに、ダンブルドアが不死鳥の騎士団という対死喰い人組織を結成したらしいわ。魔法省対死喰い人というよりかは、不死鳥の騎士団対死喰い人っていう感じになりそうね。ほら、魔法省は腰が引けてるし」
レミリアは数年前にパチュリーが持ってきた術式の書類を机の上に置く。
「パチェ、術の準備よ。今から丁度三年後、大きな戦争を起こし、術を発動させるわ」
レミリアは能力を発動させ、自らの運命を少し弄る。本格的に干渉するには直接術を掛けないとならないが、現状、それは難しいだろう。
何せ両陣営に接点が全くない。ダンブルドアやリドルは知らない仲ではないが、あくまで只の知り合いだ。
だが、この時レミリアは知らない。この戦いは予想もしない結末を迎えることを。
一九八〇年、ハリー・ポッター誕生。
一九八一年、ハロウィーン。ヴォルデモート卿がゴドリックの谷にあるポッター家を襲撃。この戦いでジェームズ・ポッター、リリー・ポッターが命を落とした。リリーが死の間際にハリーに掛けた護りの呪文によってヴォルデモート卿の掛けた死の呪文が跳ね返り、術者自身に直撃。魔法界を混乱させていた戦争は一時的に幕を閉じた。
一九八一年、十月三十一日。レミリアは書斎で愕然とした表情をしていた。
「ヴォルデモート卿が、死んだ? なんで? 病気?」
レミリアの目の前にはパチュリーが立っており、その表情は酷く死んでいる。
「一歳の赤子に負けたそうよ。はぁ、ここ二年の努力が水の泡に」
パチュリーは疲れたように書斎にある椅子に座る。
「考えられる可能性はいくつかあるわ。まず一つ、ジェームズ、またはリリーと相討ちになり、赤子だけが残された。その二に、赤子がスーパーパワーの持ち主で、純粋にヴォルデモート卿に打ち勝った。その三に、リリー、またはジェームズが死の間際赤子に呪文を掛け、その呪文がヴォルデモート卿を殺した」
パチュリーは淡々とそう説明する。レミリアは苦笑いを浮かべるとどっかりと椅子に腰かけた。
「もう何でもいいわ。はは、美鈴に八つ当たりしてこようかしら。……そういえば美鈴の姿が見えないわね。この時間になると決まってちょっかいを掛けてくるんだけど」
パチュリーは手を振るい呪文を発動させる。紅魔館内の生命反応を確かめ、つまらなさそうに目を閉じた。
「美鈴ならキッチンにいるわ。人間の反応もあったから今日の食事の下ごしらえかしらね」
レミリアは心底どうでもよさそうに机に突っ伏し、項垂れる。レミリアが計画していた紅魔館の引越は失敗に終わった。だがこの時、着実にレミリアの運命は変わりつつある。美鈴と共にある人間の反応。紅魔館に吹く新しい風だった。
紅魔館の図書館改造計画
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ダンブルドアとグリンデルバルドが出会う
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アリアナ・ダンブルドア死亡
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ダンブルドアがホグワーツの変身術の教師に就任する
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パチュリー、人間をやめる
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トム・リドル、ホグワーツ入学
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トム・リドル、ホグワーツ卒業。ホグワーツにて闇の魔術に対する防衛術の教師職を志望するが、採用されず、ボージン・アンド・バークスに就職
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ダンブルドアがグリンデルバルドを破る
↓
トム・リドル、紅魔館を訪問
↓
リドルがヴォルデモート卿として力を付け始める
↓
レミリアが紅魔館引っ越しを思いつく
↓
転移魔法の術式完成
↓
ジェームズら入学
↓
ジェームズら卒業
↓
不死鳥の騎士団結成
↓
転移の術式の準備を始める。
↓
ジェームズ、リリーが死亡。ヴォルデモート卿がハリーに敗れる
↓
転移の術式が崩壊、計画が失敗に終わる
↓
美鈴がアレを拾ってくる←今ここ