紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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この作品の一話を投稿してから二か月が経とうとしています。でもまだ炎のゴブレットまでしか進んでません。やばいですね。前作なんて八十万文字を二か月で書いたのに、今作まだ二十六万文字です。流石に半分以上執筆速度が落ちているのには苦笑せざるを得ません。
これからもゆっくりとした投稿になるとは思いますが、どうかご容赦ください。投稿が遅いのは決して13を掘っているからではありません。敵兵を呑気に一人ずつフルトン回収しているからでもありませんし、すごーい! と言いながらIQを下げていたからでもないのです。……神様、時間をください←こんな人間

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


仮面やら、パズルやら、ダンスやら

 1994年、クリスマス。私はパーティーホールで一人ワイングラスを傾けていた。今年のクリスマスパーティーは妖怪、亜人、化け物を中心に招待し、去年と比べるとかなり派手なものとなった。たまにはこのような馬鹿騒ぎもいいと思う。まあ人間の招待客が殆どいなかった為、かなり狂ったことになったが。

 ホームパーティーのような雰囲気だったので、客の中には自ら料理を持参してくる者もいたのだが、それがまた面白いのだ。定番の星を見上げるパイから始まり、目玉のシロップ漬け、中には生きた人間をそのまま持ち込む者もいた。おかげで会場内はあちこち血だまりだらけだ。あとで美鈴に掃除させなければならないだろう。

 そういえば今日のパーティーには懐かしい顔も来ていた。美鈴がよく行く闇市場に店を構えている吸血鬼だ。調味料を扱っている商人で、世界中から香辛料などを取り寄せている。そのためか結構面白い話をするのだ。

 面白いと言えば、人間を養殖している人間がパーティーに顔を出していたな。同族を商品として扱うというのは倫理に反しそうだが、奴から言わせれば豚肉も人肉も変わらないらしい。養殖用に生まれた人間には人権がない。いや、そもそも人権という言葉を理解すらできないと言っていたか。教育をしなければ猿と変わらないらしい。これでもその仕事に就く前は学校の教師だったという話なので、おかしなものだ。

 私はワイングラスを机に置くと、パーティーホールを後にした。後片付けは美鈴に任せよう。

 

 

 

 

 

 

「取りあえず、肉体を作りましょう。今の貴方の体は魔力で出来ている。実体があると言っても肉の体があるわけではないわ。」

 

 先生が迷いのない手つきで床に魔法陣を書き込んでいく。その手際には惚れ惚れするが、感心している暇はない。僕も手伝わなくては。僕は一冊の魔導書を本棚から取り寄せると、それに魔力を込める。この魔導書は貯蔵庫に保管されている材料を取り寄せるためのものだ。貯蔵庫というのは紅魔館にあるのではなく、先生曰く別次元にあるらしい。詳しい原理は分からないが、取り寄せるのに難はない。

 取り寄せた材料を決められた場所に配置していく。先生が言うにはこのような材料が無くとも錬成は可能らしいが、それにはかなりの手間がかかるらしい。言うなれば料理をするのに食材から作るようなものだ。材料があるに越したことはない。

 数分もしないうちに人体を錬成する魔法陣が出来上がった。先生が魔法陣に手をかざすと、材料が混ざり合い人の形を作っていく。数十秒後には十五歳前後の男の人間の肉体が出来上がった。先生は出来上がった肉体を持ち上げると、隅々まで確認し、満足そうに頷く。どうやら満足いくものが出来たようである。

 

「去年ジニーに取りついた要領でこの肉体を着てみなさい。理論上は可能なはずよ。」

 

「やってみます。」

 

 先生の言葉に頷き、肉体に意識を集中させる。体を乗っ取るというよりかは、その体を自由に動かそうとする感覚。僕は慎重に体の中に入り、ゆっくりと起き上がった。

 

「なんとか入れたようね。声は出せる?」

 

「ええ、大丈夫です。あ、声は変わるんですね。」

 

 いつもの声とトーンは似ているが、音が少し違う。少し違和感が残るが仕方がないだろう。

 

「まあ声帯が変わってるから声も変わるわ。取りあえず服ね。」

 

 先生は魔導書を開くと複雑な魔法を唱える。次の瞬間には僕はパーティー用のタキシードを着ていた。

 

「特別製よ。認識阻害の魔法が掛かった服ではなく、認識阻害の魔法が服になったものだから。」

 

 それはまた……無茶苦茶な魔法だ。発想が根本的に違う。それにどのようなメリットがあるのかは分からないが、普通に魔法を掛けるよりかは効果は高そうである。先生は机の上に手をかざすと、一枚の仮面を生成する。見た目だけはピエロのようだが、アレにもかなりの魔力が込められているのだろう。先生は出来上がった仮面をこちらに投げる。飛んできた仮面を掴み取り、顔に近づけると磁石のように顔に吸い付いた。

 

「これは? ……っと、また声が変わりましたね。」

 

「ええ、開心術を無効化すると共に声色を変える魔法も掛かってる。」

 

 僕は目の前に鏡を出現させると、身だしなみを確認する。ぱっと見では、変な仮面を被ったホグワーツ生にしか見えないだろう。認識阻害の魔法にも違和感なく、実力のある魔法使いでないと魔法が掛かっていることすら分からないだろう。

 

「さて、これで準備は整ったわけだけど……待ち合わせは何処だったかしら。」

 

 僕は腕時計で時間を確認する。待ち合わせの時間まであと数分だった。

 

「ホグワーツ三階の女子トイレです。秘密の部屋の入り口があるところですね。」

 

「あそこね。ならそこまで難しくないか。あ、そうだ。ついでにこれを持っていきなさい。」

 

 先生はポケットに手を入れると、女性用の指輪を僕に渡してくる。

 

「ホグワーツで姿現しをするための指輪よ。咲夜の場合時間を止めたら何の問題もなく姿現しができそうだけど、一応の保険ってことで。」

 

「分かりました。渡しておきます。」

 

 僕は指輪を受け取ると、ポケットに仕舞いこむ。そろそろ時間だ。僕は先生に一礼すると転移用の魔法陣の上に立った。別にこのような転移魔法を使わなくとも姿現しを用いれば移動することは出来る。だが、姿現しでは魔法の痕跡が残るのだ。姿現しとは正確に表現すると姿くらまし、姿現しである。移動する地点で姿くらましを行い、移動したい先で姿現しを行う。つまり移動した先で魔法を使うことになるということだ。そういう性質があるため移動した場所に魔法の痕跡が残る。

 先生が使う転移魔法はまた違う仕組みを持っており、移動させたい場所に直接モノを送り込むのだ。故に移動先に魔法の痕跡を残さない。魔法の痕跡が残るのは、術を発動させた場所だけなのだ。

 先生は僕の下にある魔法陣に魔力を込め始める。約束の時間まであと数秒。おそらく時間ぴったりに送るつもりなのだろう。この術式で移動するのに掛かる時間は十分の一秒。まったくラグがないわけでもない。約束の時間まで残り一秒。魔法陣が光り転移が始まった。

 なんの違和感もなく、次の瞬間にはホグワーツ三階にある女子トイレに立っていた。目の前には黒と赤のドレスローブを着た咲夜が立っている。黒と黒で色が被ってしまったが、まあこの際いいだろう。物は言いようで統一感があると言えばそこまで悪いとも思えない。

 

「時間ぴったりってのは、なんだか一番印象が悪い気がするわ。そうは思わない?」

 

 咲夜が皮肉たっぷりにそう言った。

 

「一秒でもズレると文句を言う人のセリフじゃないね。」

 

 原子時計並に正確な時計を持っている咲夜からしたら、一秒というのは大きな時間だろう。きっと一秒以上ズレていたらそれはそれで文句を言ってきたに違いない。僕が軽く肩を竦めると、咲夜は僕の容姿を上から下まで眺め、仮面を見つけたところで動きを止めた。やはりというか、ピエロの仮面が気になるようだ。ペストマスクでないだけマシと言いたい。

 

「先生にありったけの認識阻害呪文を掛けてもらった。ダンブルドアでも僕の正体を見抜くことは出来ないだろう。」

 

「ふうん。」

 

 咲夜は納得したのか、右手を僕の方へ持ち上げる。エスコートしろということだろう。

 

「じゃあ行きましょうか。」

 

 僕は咲夜の手を取って歩き出す。このように実体を持ったままホグワーツの中を歩くのは久しぶりだった。

 

「ホグワーツは懐かしい? ……ってほどでもなかったわね。」

 

 咲夜もそれを感じ取ったのか、そんなことを口走る。だが、咲夜の言う通りそこまで久しぶりというわけでもないのだ。

 

「そうだね。一昨年ジニー越しに嫌というほど見たよ。」

 

 それこそ、先ほどのトイレは秘密の部屋の入り口になっているので、よく見た場所だ。

 

「だけどここは僕の始まりの場所でもある。僕はここで自分を磨いた。」

 

 そう、孤児院で暮らしていた僕はホグワーツに入学したことで変わった。自分の力の使い方をここで学んだのだ。

 

「そう言えば、貴方はちゃんと学校を卒業しているのよね。なんだか意外だわ。」

 

「ここにいる記憶の僕はまだ卒業していないけどね。」

 

 この際校長室に乗り込んで、卒業証書を受け取ってくるのも良いかも知れない。一瞬そう思ったが、よく考えたら今のヴォルデモート卿が既に受け取っているはずである。もう残ってはいないだろう。

 

「さて、そろそろ玄関ホールだ。僕のことはジョン・ドゥとでも呼んでくれ。」

 

「分かったわ。ジョン。」

 

 冗談のような名前だが、今の僕にはぴったりな名前だ。咲夜も同意見なようで、何よりである。玄関ホールは大広間への入場を待つ生徒でごった返しており、三校の生徒が入り交じり大変カオスな場所になっていた。さらに言えば、その場にいる全員がドレスローブに身を包み、着飾っている。

 

「暫く人混みに紛れていたほうがいいかしら。貴方のその仮面、凄く目立つし。」

 

 咲夜は僕の仮面を見ながらクスリと笑う。そこまで変だろうか。個人的には少し気に入っているのだが。

 

「なに、問題ないよ。君の方が目立ってる。美鈴から聞いたよ。君学校でデンジャラスクイーンとかキリングマシーンとか言われているんだって? 僕より酷いじゃないか。」

 

「貴方と違って優等生演じてないもの。」

 

 まあ、確かに学生時代は優等生を演じていた。そのほうが学校では暮らしやすかったし、仲間を作ることも容易だった。何より、優等生を演じていたからこそ、ハグリッドに秘密の部屋を開けた罪を擦り付けることが出来たともいえる。ただ、咲夜の言う通り目立っているには目立っているようだ。周囲の生徒は僕と咲夜を見てひそひそと何かを囁き合っている。まあ代表選手が謎の仮面の男を連れているのだ。目立たない方が難しいだろう。

 

「それにしても、ドラゴン相手に大立ち回りだったみたいじゃないか。将来は曲芸師でも目指すのかい?」

 

「お嬢様に拾われていなかったら、そういう道もあったかもね。いや、案外第二のヴォルデモートになっていたかもだけど。」

 

 咲夜の親は何者かに殺されたのだと聞く。美鈴の証言からその場にいた母親と咲夜の髪の色は違っており、生みの親ではなかった可能性もあるという話だ。もしかしたら元々捨て子で、偶然あの母親が拾ったのかも知れない。もし咲夜がレミリア嬢に拾われていなかったら、僕と同じく孤児院に入っていただろう。それならば、僕と同じ道を辿った可能性もある。

 

「もしそうだったら、ヴォルデモートは優秀な部下を手に入れただろうね。いや、咲夜のことだから、互いに潰し合うかな?」

 

「どうでしょうね。お嬢様に拾われたからこそ、今の私がいるのであって。そのほかの可能性なんて考えられないわ。」

 

 お嬢様に拾われなかった私は私じゃない、か。咲夜のレミリア嬢に対する入れ込み具合は相当なモノのようだ。それほどまでに他人に忠義を尽くすことが出来る咲夜が少し羨ましい。少なくとも、僕の場合生まれ変わってもそこまでの忠誠心を得ることは出来ないだろう。

 

「バタフライ効果ってやつだね。」

 

「風が吹けば桶屋が儲かるともいうわ。」

 

「日本の諺かい?」

 

 物事の歯車が少し狂うだけで、未来は全く違った形になる。それこそ蝶が羽ばたくような微かな変化で未来は変わりかねない。

 

「ジョンは哲学は好き?」

 

 咲夜が軽く前かがみになりながらこちらを見上げてくる。

 

「哲学かい? 論理学の本はよく読むよ。」

 

「あら、そうなの。私は倫理学の本のほうが好きね。論理学は答えが決まっているし。」

 

 どうやら咲夜は大広間が開くまでの暇つぶしをしたいようだった。だとしたら、パートナーとしては付き合うほかないだろう。

 

「倫理学というと、トロッコ問題とかかい? 線路を走っていたトロッコが制御不能になった。このままでは前方で作業をしている五人の作業員に衝突してしまう。作業員は避ける間もなくトロッコにひき殺されるだろう。」

 

「その時自分はたまたま分岐器のそばにいた。私がトロッコの進路を切り替えれば五人は確実に助かるだろう。だが、切り替えた先の線路にも作業員が一人いる。切り替えたら確実にその作業員がひき殺されるだろう。」

 

 僕の言葉に続けるように咲夜が続きを言う。要するにこの問題は、『五人を助けるために一人を殺していいか』というものだ。

 

「咲夜なら、線路を切り替えるかい? それとも、そのままにするかい?」

 

 この問題に明確な答えはない。だが、この問題にどう答えるかによって、その人の性格がある程度わかるというものだ。咲夜は軽く考えると、笑顔で答えた。

 

「何もしないわ。」

 

「それは何故?」

 

「何かをするということは、その事件に関わるということでしょう? 責任問題になるのは嫌だもの。だから何もしないが正解。知りませんでした。その場に居ませんでした。間に合いませんでした。私はこの事件とは何も関係がありません。ってね。一人死のうが五人死のうが私には関係ないし。だとしたら私は自分にリスクがないほうを迷わず選ぶ。」

 

 なるほど、咲夜らしい回答だ。

 

「じゃあ逆に貴方はどうするの?」

 

「そうだね……。僕なら分岐器を切り替えるだろう。五人を助け、一人を殺す。」

 

「あら、意外だわ。なんで?」

 

「助けた五人にとことんまで恩を着せ、殺した一人の死を理由にトロッコの会社を糾弾するためさ。咲夜はリスクを嫌ったみたいだけど、僕はそのリスクを利用して上に行く。」

 

 まあ、あくまで仮定の話だ。このような状況に陥ることはまずないし、その時どうするかなど今わかるこのでもない。

 

「じゃあ違うパターンとして、臓器移植の話をしようか。ここに五人の患者がいる。一人は心臓が悪く、一人は肝臓が悪く、一人は肺が悪く、一人は全身火傷で皮膚が悪く、一人は胃が悪い。皆症状としては末期で、すぐにでも臓器移植を行わないと死んでしまう。さて、ここに一人の健康な青年がいる。この青年一人が犠牲になれば五人の患者を確実に助けることが出来るだろう。咲夜、君ならどうする?」

 

「簡単なことよ。五人の患者の中で最初に死んだ者から臓器を取って他に移植する。一番後腐れがないわ。」

 

 つまらないほどの模範解答が間髪入れずに帰ってきた。面白くもない。

 

「それじゃあ間に合わないんじゃないか? 一人死ぬ頃には全員が手遅れになっている可能性もある。」

 

「じゃあ全員を殺すわ。一人で五人助けることが出来るなら、悪いところを除いたとしても五人で二十人助けることが出来る。」

 

 つまらないほどの模範解答のあとによくそんなキチガイ染みた答えが出てくるものだ。咲夜はそう答えたところで廊下の奥に視線を向ける。そこにはハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーがいた。どうやら向こうも僕たちを見つけたらしく、こちらに歩いてきている。ポッターはパートナーだと思われる女子を連れているが、ウィーズリーは一人だ。まだ合流できていないのだろう。

 

「やあ、咲夜。……そっちの人は君のパートナー?」

 

 ポッターは僕の顔を見ると不思議そうな顔をする。僕は声を出さずに静かに一礼した。

 

「親友のジョンよ。ジョン、こちらはハリー・ポッターとパーバティ・パチル。そしてそっちのノッポがロナルド・ウィーズリーね。」

 

 はいはい、よくご存じですとも。パチルとかいう女子は知らないが、まあ関係ない。咲夜はハリーたちと談笑しはじめ、とても会話に入れる雰囲気ではない。もうすぐダンスパーティーも始まるだろうし、大人しく待っているのが賢明だろう。

 

「代表選手はこちらへ!」

 

 マクゴナガルの喧しい声が玄関ホールに響く。咲夜はロンとそのパートナーに手を振ると、僕の服の裾を引っ張った。手を握ればいいものを、照れているのか?

 

「代表選手とそのパートナーの皆さん。貴方たちは他の生徒が入場した後、列を作って入場します。それまで、ここで待機していてください。」

 

 マクゴナガルは怪訝な視線を僕に向けたが、何も言わずに去っていく。どうやらマクゴナガルは咲夜がどのような生徒かよくわかっているらしい。咲夜のことだ、僕に関する指摘を受けても飄々と受け流すに決まっている。いや、むしろ突っ込み待ちだと思われたのか? そうだとしたら誠に遺憾だ。別にふざけているわけではないし、むしろ命がけだ。

 

「はぁい、ハーマイオニー。貴方のパートナーってクラムだったのね。」

 

 僕が内心悔しがっている横で、咲夜が隣のペアに話しかけていた。どうやらゴツイ男の横にいる女子がハーマイオニー・グレンジャーらしい。なるほど、女は化粧で化けるとは言うが、ここまで顔が変わるものなのか。これはもはや化粧というよりかは整形だろう。実際に、特徴的な出っ歯が内側に引っ込んでいる。咲夜は元の容姿がずば抜けて良いから今日も最低限の化粧以外はしていない。あまり化粧が濃いとレミリアお嬢様よりも目立ってしまうためだ。

 

「こんばんは、ハリー、パーバティ、咲夜。ええっと……咲夜のパートナーの仮面の人はどなた?」

 

 穢れた血は仮面の隙間から見える僕の目をじっと見る。一瞬開心術を掛けようとしているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。ただ目の色を観察していただけのようだ。

 

「ジョンよ。ジョン・ドゥ。」

 

「いや、つまり誰よ。」

 

 この場合穢れた血が正しい。ジョン・ドゥとは身元不明者につけられる名前である。ようは良くあるありきたりな名前だが、ありきたり過ぎて逆にいない名前という奴だ。咲夜が良く使うように日本語で例えるとすれば、田中太郎みたいなものである。

 

「秘密だって言ったじゃない。そういう意味よ。」

 

 僕は目の前にいる穢れた血に恭しくお辞儀をした。個人的にはこのような汚らしいマグル生まれに頭を下げるなど体が腐る思いだが、仕方ないだろう。……ちっ、折角こっちが気を使って礼をしてやったのに、こいつと来たら苦笑いなど浮かべてやがる。この場でなかったら殺しているところだ。

 

「まあ、さくやがふつーうの人をつれてくることは、ありえないでーす。」

 

 ハーマイオニーの更に横にいた女子が僕に話しかけてきた。こいつ、僕を見て笑ってやがる。本来ならばそっちが檻に入れられてサーカスに連れまわされる立場であることを理解していないらしい。確かデラクールとかいったか。ボーバトンで王女様気取りもよいが、容姿だけでなく頭も磨くべきだろう。

 

「随分な言いぐさだね。まあ普通じゃないから仮面をつけているわけだけど。」

 

 これ以上黙っていてもイライラが募るだけなので、言葉を発することにした。

 

「あらジョン。無口キャラで通すんじゃなかったの?」

 

 そんなつもりは毛頭ないのだが、ここは咲夜に合わせておくことにしよう。仮にも、今日は咲夜のパートナーだ。

 

「喋っていないと釣り合わないだろう? 君の軽口を封殺してこそのパートナーだ。」

 

「出来てないけどね。」

 

「君がそう思うんならそうなんだろう。君の中ではね。」

 

 咲夜が僕の頭を平手でぺしりと叩く。こういうのは先に手を出した方の負けだ。つまり、軽口の言い合いは僕の勝ちということだろう。

 

「なんというか、咲夜が親友と言うだけはあるね。」

 

「褒められているのかな?」

 

「いえ、ただ珍しいだけです。ジョンさん。咲夜ってあまり人と仲良くしないから。」

 

 穢れた血が少し困ったものを見るような目で咲夜を見る。

 

「言われているよ? 咲夜。どうやら君は人間に馴染めていないらしい。」

 

「貴方に言われたくないわ。」

 

 まあ確かに、僕も人のことが言えない程度には人間に馴染める気がしない。だが、僕も咲夜も一応は人間だ。

 

「君が仮面をつけろと言ったんだろう?」

 

「一言も仮面を付けろとは言ってないわ。正体を隠せとは言ったけど。」

 

 そういえばそうだった。僕は更に言い返そうと口を開きかけるが、言葉を発する前にマクゴナガルの声が玄関ホールに響く。どうやら、パーティーホールの準備が整ったようである。

 

「今から入場します。それぞれ組になって私についてきてください。」

 

 僕は咲夜が差し出した手を取ってマクゴナガルの後ろをついていく。どうやら僕らは審査員と同じ席に座るようだった。つまりダンブルドアと同じテーブルに座るということである。もうここまで来たらあとは先生の掛けた魔法を信用するしかない。僕は覚悟を決めながら咲夜の隣に腰かけた。

 

「これはこれは、ダンスの前には食事があるのか。仮面なんてつけてくるべきじゃなかったかも知れない。」

 

 軽口でも飛ばさないとやってられない状況だ。バジリスクが倒された時以上に命の危機を感じる。これはかなり拙い状況なのではないだろうか。

 

「あら、じゃあ先生方の前でその仮面を剥いであげましょうか? きっと面白いことになるわよ。」

 

 冗談にしては笑えない。まあ肉体を新たに作り、今はそれを操っているような状態なので、この仮面を外したところですぐに僕がトム・リドルだとバレることはないだろう。だが、認識阻害の魔法が薄れる為少しバレやすくなる。

 

「僕が思うに面白いのは僕のほうでなく、その後いろいろと追及される君の方だとは思うけどね。」

 

 つまりそんなことをしてもどちらにも損しかないと言いたかっただけなのだが、少し言い方がきつかっただろうか。僕はそっと咲夜の顔を覗き見るが、全く気にした様子はなかった。相変わらずのメンタルだ。テーブルの上には金色の皿が置かれているのだが、その上に料理は乗っていない。どうやら、メニューにある料理を口に出すと、料理が現れる仕組みらしかった。

 

「ルービックキューブ。」

 

 僕は試しにメニューに載っていない、さらに言えば食べ物でも何でもないものを要求してみる。流石に無理があったのか、数秒待ってもルービックキューブは来なかった。僕はあたかも僕の要求に応えて皿の上に現れたかのようにルービックキューブを出現させる。出現させると言っても実物を取り寄せたわけではない。魔法でそれっぽいものを出現させただけだ。

 

「へえ、貴方の主食ってパズルだったのね。」

 

 咲夜が僕の手元にあるルービックキューブを見ながらそう呟く。

 

「ああ、これが意外と栄養になるんだ。カラフルなのがいい。」

 

「色のないルービックキューブでもいいじゃない。無限に回せるわよ?」

 

 一瞬中々面白いと思ったが、よく考えるとパズルの意味がなくなるではないか。完成されたパズルはもはやパズルではない。

 

「そもそもそれでは初めから完成しているじゃないか。」

 

「なにやら愉快なパートナーを連れておるのう。咲夜。」

 

 ついに来たかと、僕は少し身構える。そう、声を掛けてきたのはダンブルドアだ。声を掛けてくるとは思っていたので、ある意味予想通りではあるのだが、それでも拙い状況には変わりない。僕は自分を落ち着かせるためにルービックキューブを回し始めた。

 

「これはこれは、ダンブルドア先生。」

 

 僕はルービックキューブを回しながらダンブルドア先生に会釈をする。自分で作ったルービックキューブなので、どこをどう回せば六面が揃うのかは熟知している。僕は最短手数でルービックキューブを揃えると、金の皿の上に戻した。

 

「ダンブルドア先生、紹介します。親友のジョン・ドゥです。」

 

「ほっほ、咲夜、君が自分の口から親友と言うのは少し意外じゃのう。」

 

 どうやら咲夜はダンブルドアからの印象もさほど良くはないらしい。それともあまり感情を表に出さないという意味だろうか。

 

「ほれ、ジョン君。君も何か食べるとよい。ここの厨房にいるシェフの腕はわしが保証しよう。」

 

 このポークチョップなど最高じゃぞ、とダンブルドアは料理を歓めてくる。どうやら僕に仮面を取るよう仕向けてきているようだ。まあ、何を言われても取る気はないが。

 

「申し訳ない。虫歯の治療をしたところでね。歯科医から今夜一晩は何も食べるなと言われているんです。」

 

 僕は適当な言い訳をダンブルドアに投げつける。だがダンブルドアはこれで納得するような人間ではない。

 

「ほほう、マグル式の治療かね。わしはあれに少々興味があっての。何でも悪い歯を抜いてしまうんじゃろ? そして偽物の歯を埋め込むとか。」

 

「そこまで酷い虫歯ではないですが……基本的にはドリルで削り取ります。」

 

「それは恐ろしい。よく耐えたものじゃ。それ、メニューに書いてある飲み物なら大丈夫じゃろ。こんな場で何も飲まないというのも勿体ない。」

 

 ダンブルドアの言葉に遠慮が無くなってきている。強引な方法で正体を探りに来ていないだけまだマシだが、怪しんでいるには怪しんでいるのだろう。

 

「申し訳ない。胃に穴が開いているんです。主に咲夜のせいで。」

 

 僕は咲夜に助けを求めることにした。このまま一人で会話を続けていては、いつダンブルドアが実力行使に出てくるか分からない。

 

「あら、私の言葉ってそんな殺傷能力を持っていたのね。まるで一寸法師だわ。」

 

 本当に咲夜は日本が好きだな。胃に穴が開くという話を聞いてすっと一寸法師が出てくるあたり、咲夜の日本かぶれぶりは相当なものだろう。

 

「日本の昔話じゃったかのう。鬼の口に入ってチクチクと。わしはあれとレプラコーンの区別がつかなくて苦労したものじゃ。」

 

 一体どんな苦労なんだと突っ込んだら負けなんだろうな。

 

「ダンブルドア先生、これでもジョンは食べたいのを我慢しているのです。その苦労を酌んでやってください。」

 

 ここでようやく咲夜からのフォローが入った。咲夜から釘を刺されたことで、ダンブルドアは食事を勧めるという形で僕の仮面を取らせようとすることはしなくなるだろう。だが、全く懲りてはないらしい。

 

「これは悪いことをしたのう。ほれ、お詫びのレモンキャンディーじゃ。」

 

「これはどうも。」

 

 咲夜から忠告を受けたばかりなのに、何の臆面もなくシレっと僕にキャンディーを渡してくる。この場で食べるとでも思っているのだろうか。僕はキャンディーをポケットに入れるふりをし、その場でキャンディーを消失させた。キャンディーを受け取るときにダンブルドアに一瞬触ってしまったが、ダンブルドアの少し悔し気な表情を見る限り、特に何も感じ取れなかったようである。

 

「それにしても、今日はこんな場に呼んでもらうことが出来て大変嬉しいです。咲夜から誘われた時は僕がパートナーでよいものかと散々悩んだものですよ。」

 

「あら、貴方でも悩むのね。」

 

「ほっほ、そう固い場でもないからの。……咲夜、この方はホグワーツの生徒ではないのか?」

 

 多分このまま何も情報を与えずにいると、最後の最後で強引に正体を暴かれそうなので、少しずつ情報を与えることにする。といっても軽く匂わせる程度だが。咲夜もその意図を酌んでくれたのか、少し場を掻きまわすようなことを言った。

 

「何を言っているんですか。ダンブルドア先生。ホグワーツの生徒ですよ?」

 

 正確には『ホグワーツの生徒でしたよ?』だが、嘘は言っていない。ダンブルドアの発言を利用して、少しダンブルドアの立場をさげてやろう。

 

「やっぱり僕は印象が薄いみたいですね。いやぁ、仮面をつけてきて正解だった。」

 

 僕は軽く笑うと皿の上に置いてあるルービックキューブの上面に指を乗せて、一気に下に弾くことでルービックキューブを上に跳ね上げる。そしてそのまま人差し指に乗せると中指を使ってルービックキューブを回転させた。

 これ以上は無理だと判断したのか、ダンブルドアはにこやかに一度笑うとカルカロフと会話を始める。どうやら、何とかこの場を乗り切ったようだ。僕は暫くルービックキューブを弄りながら咲夜が料理を食べるのを眺める。そういえば、このように誰かの食事風景を見るというのも久しぶりだ。先生は普段食事を取らないし、僕は殆ど大図書館から出ない。なんというか、このようにステーキを美味しそうに食べているのを見ると、育ち盛りだという印象を受けた。

 咲夜と出会ってから結構経つが、咲夜は随分成長したように思う。精神的にというよりかは、肉体的にという意味だ。出会った当初はちんまいという言葉が似合いそうな少女だったのに、今ではすっかり……いや、まだ少女の域を出ないか。そんなことを考えていると、視線が気になったのか咲夜がナイフとフォークを置いた。

 

「どうかしたのかい?」

 

「……いえ、何でもないわ。そろそろダンスが始まるみたいよ。」

 

 咲夜は笑顔で椅子から立ち上がると、僕の手を引く。僕らが立ったのをきっかけにするように、殆どの生徒が椅子から立ち上がった。全員が立ったのを見計らってダンブルドアが杖を振るう。机に魔法を掛けたようで、机は滑るように部屋の隅に移動していき、中央に広いダンスフロアが出来た。

 僕が咲夜の手を取ると、咲夜は僕の腰に手を回す。僕たちは物悲しい音楽に合わせてゆっくりと踊り出した。咲夜のダンスの腕は中々のもので、若干リードされている節がある。僕もそこそこ自信があったのだが、一足及ばないらしい。

 

「あら、上手いじゃない。ジョン。」

 

「パーティーではいつも忙しそうに走り回っている君に言われたくはないな。礼儀作法は基本だ。礼儀を知らない人間は猿と区別が付かないぐらいだ。」

 

 咲夜の軽口に軽口で返す。

 

「美鈴さんは危うそうね。」

 

「美鈴はやろうと思えばできる。やらないけどね。」

 

 いや、アレはそもそも人じゃないだろう。礼儀作法という点だけでみたら、確かに美鈴はお嬢様に対してあまり礼儀正しくない。親しき仲にも礼儀ありと考えている僕からしたら、あの態度は論外だ。しかも礼儀正しくしようとすればいくらでもできるからこそ始末に負えない。僕は咲夜に任せるままダンスを続ける。すると、不意に音楽がぴたりと止まった。いや、音楽だけではない。周囲の喧騒もラジカセの電源を落としたかのようにぴたりと止まったのだ。一瞬何が起こったか理解できなかったが、周囲を確認して気が付く。咲夜が時間を止めたのだ。今がチャンスである。

 

「さて、咲夜。まずこれを渡しておこう。先生が改良したものだ。姿現しを妨害する魔法を無効化する指輪。魔術的なものは外部から感じ取ることができないようになっているから他の指輪と交ぜてはいけないよ。」

 

 魔力を周囲に漏らさないということは、普通の指輪と区別のつけようがないということである。使ってみるまで、それが魔法具なのかどうかも分からない。ダンブルドアの前でつけていても何の問題もないのだ。咲夜は指輪を受け取ると、笑顔で言った。

 

「まあこのために呼んだわけじゃないんだけど、こういう何かを持ってくるとは思っていたわ。他には?」

 

 他には? ということは咲夜のほうからは特に用事があるわけではないのか? 本当になんで僕をここに呼んだんだという話になる。僕は小さくため息をつくと、お嬢様からの伝言を伝えた。

 

「お嬢様からの伝言だ。不死鳥の騎士団に入るとき、ダンブルドアを説得する材料に咲夜の能力の話をしてもいいと。」

 

 一度そこで言葉を切る。お嬢様からの伝言はここまでだが、個人的に付け足しておくことにした。

 

「それと、クィレルが大きく動いている。どうやらヴォルデモートと接触することができたようだ。ヴォルデモートはハリーを狙っている。」

 

 僕は魔法で顔を自分のものに変化させてから、仮面を取る。そうしないと誰とも知れない顔を晒す羽目になるからだ。

 

「クィレルとは随分と連絡が取りにくくてね。なんせ『僕』の目を盗まないといけない。クィレルから何か情報が入ったらまた連絡するよ。」

 

 用事がないのなら、ここに長居する意味もないだろう。僕は姿現しを使って紅魔館へと帰った。ホグワーツに掛けられた魔法に妨害されるかもと思ったが、時間が止まっている中では無効化されているらしい。何の問題もなく紅魔館の大図書館へと移動することが出来た。なんにしても、これでお使いは終わりだ。

 

「まったく、本当に何なんだ……もしかして本当にただ僕と踊りたかっただけだとか?」

 

 もしそうだとしたら命がいくらあっても足りない。咲夜としてはちょっとした悪ふざけのつもりなのかも知れないが、僕からしたら命綱無しで綱渡りをしているようなものである。だが何故だろう、不思議と嫌な気分ではなかった。

 

「親友、か……。」

 

 そう呟くと同時に、僕の胸が少し熱くなる。そういえば、まだ肉体を着たままだった。僕は肉体を脱ぎ捨てると何時もの魔力で出来た実体に戻った。

 

「まったく、分霊箱になってから、愛というものを知るとは思わなかった。だけど、悪いものじゃないな。愛情というものは。」

 

 異性に対して抱く恋心とは少し違うかも知れないが、この気持ちは精々大切にすることにしよう。今を生きているヴォルデモートが、数十年の時を経ても得ることが出来なかったものだ。きっと価値のあるものに違いない。

 

『あらリドル。帰ってきていたのね。さっさとこっちを手伝いなさい。』

 

 大図書館に先生の声が響き渡る。どうやら気が付かないうちに時間が動き出していたようだ。

 

「今行きます。」

 

 命の危機を感じて逃げてきたが、逃げてきた先も戦場のようだった。まったく世知辛い世の中である。僕は着ていた肉体を消失させると、先生のもとに急いだ。




クリスマスパーティーが開かれる←今ここ

ついに一行になってしまった物語のあらすじ、果たしてこの進行ペースで四月までに物語を完結させることが出来るのか……。

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