紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

24 / 42
コーヒーがね、好きなんです。この作品の半分はコーヒーで出来ていると言っても過言ではありません。なのに何故か作中では紅茶しか出てこない。まあ紅茶も好きなんですけどね。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


貸し切りやら、潜水服やら、コーラスやら

 1995年、二月二十三日、三大魔法学校対抗試合、第二の課題前日。

 私はホグワーツから送られてきた手紙を見て一人唸っていた。手紙の内容を簡潔に説明すると、第二の課題を行うにあたり、是非とも協力してほしいというものだった。第二の課題では、選手が自分の最も大切な人を制限時間内に助け出すというものらしい。咲夜の最も大切な人、それはすなわち私のことだが、果たして参加していいものか……。

 

「なんで水中で課題を行うのよ。馬鹿じゃないの……。」

 

 吸血鬼は別に水が苦手なわけではない。流水に当たるのが苦手なのだ。だが、水の中を移動するということはすなわち流水に当たるということで、実質的には水が苦手ということになる。かといって美鈴に行かせるというのも癪だ。

 

「取りあえずホグワーツに行くだけ行ってみますか。ダンブルドアなら何とかするかも知れないし。」

 

 競技が明日の朝だとすると、今から向かったほうがいいだろう。今から向かえば生徒が寝静まる頃には学校に着くだろう。私は余所行きのドレスに着替えて、出かける準備をする。この時間だとホグワーツ特急は走っていない為、煙突飛行で行くしかないだろう。前回乗ったとき結構面白かった為、出来ればもう一度乗りたいと考えていたのだが……。私は部屋を出て美鈴と合流する。そしてそのまま大図書館へと急いだ。

 

「って、なんでお前がいるのよ。呼んでないはずよ、美鈴。」

 

 私は横を歩く美鈴を睨む。美鈴は飄々とした表情で懐から手紙を取り出した。

 

「おぜうさまの考えていることなんてお見通しですよ? なんと、私のところにも同じ手紙が送られてきているのです。しかもホグワーツ特急のチケット付きで。特別ナイトランらしいですよ。」

 

 美鈴にそう言われて、私も便箋の中を探る。確かに私の手紙にも、ホグワーツ特急のチケットが入っていた。

 

「こんな時間に運行なんて、もしかして私たちの為だけに動かすとか? だとしたら随分と豪華な旅になりそうね。ホグワーツ特急を貸し切りなんて。」

 

 チケットには日付の指定はあるが、時間の指定はない。つまり私たちが来た時間に出発するということだろう。

 

「でもなんか釈然としないわね。なんで同じ手紙が貴方のところにも届いているのよ。咲夜の保護者は私よ。」

 

「いやだって競技は水中で行われるんですよ? おぜうさま吸血鬼じゃないですか。」

 

 まあ、普通に考えて水中に沈もうと考える吸血鬼は少ないだろう。だとしても、美鈴に咲夜の大切な人の座は譲らん。私たちは大図書館に入るとパチェに手紙を渡す。そしてそのままチケットだけを持って暖炉に移動した。

 

「第二の課題、確かに明日だもんね。って、レミィ。もしかして貴方……。」

 

 パチェがジトッとした視線を私に送ってくる。まあ何が言いたいかはよくわかる。きっとパチェは私の正気を疑っているだろう。だが、譲るわけにはいかないのだ。特に美鈴にも同じ手紙が送られてきている時点で。

 

「まあ、ダンブルドアがなんとかすると思うわ。パチェに頼みたい気持ちは山々なんだけど、世間的には私あんまり魔法は上手じゃないってことになってるし。あまり高度な魔法を体に纏って行ったら怪しまれてしまうわ。」

 

 出来ることならパチェに防水の魔法を施してもらいたい。だが、今回ばかりはそうはいかないのだ。

 

「だったら美鈴に行かせればいいじゃない。貴方が危険を冒す必要なんて何もないわ。」

 

「パチェ……時には譲れないものがあるのよ。」

 

 私は決め顔でそう言うと、暖炉の中に煙突飛行粉を投げ込む。炎の色が変わった暖炉に美鈴と共に潜り込んだ。

 

「キングズ・クロス駅、九と四分の三番線!」

 

 次の瞬間、私は煙と共に上に落ちる。数秒もしないうちに足が地面に着いた。駅には既に汽車が止まっており、いつでも発進できるように準備が整えてある。

 

「おぜうさま、見てください。貸し切りって書いてありますよ。どうやら本当に私たちの為だけに汽車を動かすようですね。」

 

「そうね。魔法省も力が入ってるわ。」

 

 汽車にはいつものように沢山の客車がついているわけではなく、三両編成ぐらいの短いものだ。低燃費化と軽量化を行ったということだろう。だが、客車の中はいつものようなコンパートメントではなく、ホテルの一室のようだった。

 

「なんというか、結構豪華よね。陰謀を感じるのは私だけかしら。」

 

 私は置かれているソファーに腰かけながらそう呟く。暫くすると汽車がゆっくりと動き出した。私はキャビンアテンダントからワインを受け取ると、ゆっくりと傾ける。そこそこの上物らしく、味は悪くなかった。

 

「ねえ、この列車を用意した魔法使いをご存じない?」

 

 私の言葉にキャビンアテンダントは思い出すように上を向く。あまり詳しくはないようだった。

 

「そうですね……確かクラウチ、魔法省のクラウチさんが準備していたものだと記憶しております。」

 

 キャビンアテンダントは一礼すると客車を去っていく。机の上にベルが置いてある為、呼び出すときはそれを使えということだろう。なんにしてもクラウチだ。これを用意したのはクィレルに違いない。まったく、要らぬところで危険を冒すやつだ。だが、その心意気は嫌いじゃない。そういう遊び心は私に従属するものにとっては大切なものだ。

 

「日が変わるまでには着くそうですよ。揺れが酷くならない程度で飛ばしてくれるそうです。」

 

 何処かに行っていた美鈴がブランデーのボトルを持ちながら帰ってくる。話を聞く限りでは車掌に会いに行っていたようだ。ブランデーは給仕車から持ってきた物だろう。

 

「まあ深夜に着いたほうが都合がいいわ。隠しきれない吸血鬼のオーラ的な意味で。生徒が寝静まったホグワーツにこっそりと侵入しましょう。」

 

 私は懐から本を取り出し、読み始める。美鈴は美鈴で窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 ホグズミード駅で汽車を降りると、そこには既に迎えの姿があった。グリフィンドールの寮監にして変身術教師、ホグワーツ魔法魔術学校の副校長、ミネルバ・マクゴナガルだ。マクゴナガルは降りて来た私に一礼すると、厳格な声で話し出す。

 

「本日は遠いところご足労いただき、ありがとうございます。ホグワーツでダンブルドア校長がお待ちです。」

 

「そう、じゃあ案内をよろしくね。」

 

「はい、どうぞこちらへ。」

 

 駅のホームから出ると、そこには一台の馬車が止まっていた。どうやらこれでホグワーツ城まで移動するようだ。私、美鈴、マクゴナガルの順で馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出す。あまり乗り心地は良くないが、長距離をこれで移動するわけでもない。少しの間我慢しておこう。

 

「そういえば、貴方確か咲夜の寮監よね。咲夜の様子はどう? 上手くやっているかしら。」

 

「上手く、とはどういう意味ですか?」

 

 マクゴナガルは軽く首を傾げる。もう少し質問を狭めろということだろう。

 

「咲夜はホグワーツに行くまで殆ど人間の子供とは接していなかったわけだし。上手く溶け込めているといいのだけれど。」

 

「ああ、そういうことですか。ご心配には及びませんよ。十六夜さんは優秀な魔女です。皆から尊敬されており、交友関係も広いでしょう。寮に縛られず、誰にも平等に接することが出来る優しい子ですよ。」

 

 中々の評価だが、何処までがお世辞だろうか。まず優しい子というのは嘘だろう。交友関係が広いというのも間違っているに違いない。人間の友達に囲まれているのなら、わざわざ日記帳を一番の親友とは言わないはずだ。

 

「そう、少し安心したわ。咲夜は私の従者だけど、赤子の頃から育てている、いわば自分の子供のようなものだから。」

 

「おぜうさまの見た目でそういうこと言うと、子育てごっこをしてる子供にしか見えませんけどね。」

 

 横から美鈴が茶々を入れてくる。正直この場でぶん殴ってやりたいが、マクゴナガルの手前、ここは大物ぶったほうがいいだろう。

 

「まあ確かに、そうにしか見えなかったのは認めるところよ。血が濃すぎるっていうのも考えものね。」

 

「十六夜さんはどういったご経緯でスカーレットさんのお屋敷に?」

 

 マクゴナガルがそれとなく聞いてくる。さて、どう返したものか。

 

「その辺は察してくれると助かるわ。あまり綺麗な話でもないし。……わかるでしょう?」

 

 結局私は言葉を濁すことにした。人間の子供を吸血鬼が育てるというのは、普通のことではない。私は全身から悲しげなオーラを出す。マクゴナガルは静かに目を瞑り一言謝った。流石グリフィンドールの寮監である。ちょろい。

 暫く馬車で揺られていると、不意に馬車が停止した。どうやらホグワーツに着いたようである。私はマクゴナガルのあとについて馬車を降りると、先導されるまま城の中に入っていく。通されたのは客間だった。中央にテーブルがあり、その両端にソファーが置かれている。片方のソファーには既にダンブルドアが座っていた。

 

「おお、これはこれは、レミリア嬢。暫くじゃったの。」

 

「ええ、そうかしらね。調子はどう? アルバス。」

 

 私はダンブルドアと握手を交わし、対面するようにソファーに腰かける。そして私の横に美鈴、ダンブルドアの横にマクゴナガルが腰かけた。

 

「すこぶる元気じゃよ。あと数十年は生きられそうなぐらいじゃ。」

 

「あらそう。それは何よりだわ。再来年あたり体調を崩さないように気を付けなさいね。」

 

 私はにっこり微笑むと、フリットウィックの持ってきた紅茶を一口飲む。ふむ、茶葉は悪くないのだが、淹れ方がいまいちだった。まあ咲夜や美鈴を基準にしてはいけないか。

 

「ああ、そういえば。手紙読んだわ。第二の課題だったわよね。咲夜の大切な人を人質に取りたいとかなんとか。」

 

 私は早速本題に入る。ダンブルドアは目をキラリと輝かせた。

 

「左様じゃ。是非ともお頼み申し上げたいのじゃが。」

 

「それは構わないんだけど……咲夜ってそんなにホグワーツに友達いないわけ?」

 

 そもそもホグワーツにそういう相手がいればわざわざ私たちをホグワーツに呼び出すこともなかったはずである。ダンブルドアは少し申し訳なさそうな顔をしながら事情を説明しだした。

 

「そんなことはない。咲夜はホグワーツに多くの友を持っておる。持っておるのじゃが……今回ばかりは事情が複雑でのう……。」

 

 ダンブルドアは紅茶を一口飲む。

 

「咲夜といつも一緒に行動しておる生徒が、ホグワーツには三人おる。ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの三名じゃ。」

 

「ああ、あの三人ね。話だけは聞いているわ。」

 

 咲夜には自覚がないようだが、傍から見たらグリフィンドールの仲良し四人組らしい。きっと咲夜からしたら仲良し三人組と私という認識に違いないが。

 

「じゃが、この三人は人質には出来ない。いや、人質に既になっておると言うほうが正しいか。ハリーくんは代表選手じゃから除外するとして、ロンくんはハリーくんの人質、ハーマイオニーくんはクラムくんの人質になることになっておる。」

 

「ハリーとロンの組み合わせはなんとなくわかるわ。でもハーマイオニーとクラム?」

 

「左様。あの二人はひっそりと交友関係があるようでの。クリスマスパーティーで一緒にダンスを踊る仲じゃ。咲夜くんも同じようにダンスパーティーのペアを人質に取ろうと思っておったのじゃが……。」

 

 ああ、そういえば咲夜のペアはリドルだったか。正体が分からない相手を人質に取ることは出来ないだろう。

 

「確かマルフォイとも仲がいいはずよね? 彼ではダメだったの?」

 

「それも考えたんじゃがな、水中でロンくん、ハーマイオニーくん、ドラコくんの中から一人助け出すといった状況になった時、咲夜くんは果たしてドラコくんを選ぶじゃろうか。」

 

 まあ、この中で一番仲がよさそうなのはハーマイオニーか。間違えてハーマイオニーを助けて帰ってくる可能性がないとは言えない。

 

「ひと目でこれが私の人質だと分かる人物がいいということね。まあ確かにそういうことなら私が一番の適任だろうけど……。水中よねぇ……。」

 

「だからおぜうさま。私が潜りますって。自分から沈みに行く吸血鬼が何処にいるって話ですよ?」

 

 今回ばかりは美鈴の言い分が正しい。だが、世の中譲れないものがあるのだ。

 

「やっぱり私が人質になるわ。で、何か対策は考えているんでしょうね?」

 

「もちろんじゃとも。潜水服を用意しておる。そして本来ならば眠りの魔法を掛けて意識のない状態で身柄を拘束させてもらうのじゃが、水中でそれも怖いと思っての。特別に意識のある状態で競技場内に沈んでいてもらおうと思っとる。」

 

 ダンブルドアが杖を振るうと、潜水服がマネキンに着せられた状態で机の横に現れた。

 

「特別製じゃ。ゴブリン製の潜水服にわし自ら防水の魔法を追加で施しておる。深海に沈められたとしても、水一滴漏らさない仕様じゃ。」

 

 なるほど、きっと探知魔法を妨害する魔法やら、色々不正が出来ないようになっているに違いない。何にしても、潜水服があるなら水中でも問題ないだろう。

 

「いいんですか? こんな魔法具信用して。もし何か事故があったらおぜうさま湖の中で息絶えますよ?」

 

 流石にそこまで流水が苦手ということはない。死に至ることはまずないだろう。それに……。

 

「大丈夫よ。最悪周囲の水を全て蒸発させるから。」

 

 まあ、それを行った場合、湖にいる生物は残らず死滅するが。周囲にいる人質は勿論、競技を行っている選手、もしかしたら客席も蒸発するかも知れない。ホグワーツが一瞬で焦土と化すわけだ。

 

「そうならないように、精々気を付けることね。長生きのコツは犠牲を躊躇わないことよ。」

 

 それを聞いてマクゴナガルの表情が引き攣る。対照的にダンブルドアはにこやかな笑みを浮かべた。

 

「命の危険を顧みず、競技に協力してくれることを感謝しよう。ありがとう。」

 

 私とダンブルドアは握手を交わす。美鈴は美鈴で呑気に紅茶を飲んでいた。

 

「第二の課題は明日の午前九時半からじゃ。レミリア嬢には八時半に湖の底に沈んでもらうことになっておる。競技時間は一時間。レミリア嬢には最長で二時間水の中に沈んでもらうことになるが――」

 

「まあ、咲夜が私を探すのにそんなに掛かるとは思えないわ。掛かったとしても三十分でしょうね。それまではこの客間に居ればいいのね?」

 

「左様じゃ。朝になったら迎えの者を寄越そう。何かあったら机の上に置いてあるベルを鳴らしてくだされ。」

 

 ダンブルドアとマクゴナガルは軽く頭を下げると、客間を出ていった。美鈴は大きく伸びをするとネクタイを解いて空いたソファーに横になる。私も先ほどまで美鈴がいた方向にパタンと倒れた。

 

「美鈴、私は朝まで仮眠を取るから、朝になったら起こしなさい。」

 

「分かりました。具体的には何時頃起こせばいいです?」

 

「八時よ。八時に起こしなさい。」

 

 私は肘置きを枕代わりにし、うたたねを始める。美鈴も少し仮眠を取るようだった。まあ美鈴のことだ。七時には起きるだろう。私はそのまま、まどろみの中に落ちていった。

 

 

 

 

 

「おぜうさまー、朝ですよー。さっさと起きないとカーテン開けちゃいますよ?」

 

 美鈴の声で私は目を覚ます。どうやら、もう朝の八時のようだ。にしても、カーテンを開けるというのはまったくシャレになっていない。日の光を浴びるというのはある意味、流水を浴びるよりも危険だ。私がむくりと起き上がると、美鈴が手早く私の身だしなみを整える。八時半に湖の底に沈むということは、そろそろ職員の誰かが迎えに来るはずである。

 

「失礼いたします。お時間でございます。」

 

 私の身支度が終わると同時に部屋の扉が叩かれる。美鈴が扉を開けるとそこにはフリットウィックが立っていた。レイブンクローの寮監で呪文学の教授だ。ゴブリンの血が入っている為、私よりも小柄だが、魔法の実力はダンブルドアに次ぐと聞く。

 

「ええ、準備は出来ているわ。行きましょうか。」

 

 私は美鈴と共にフリットウィックの後に続いた。城を出て、湖の方に向かう。外は真横から日が差してくる危険地帯だが、フリットウィックが大きな布を飛ばし、上手いこと影を作っていた。私たちは徒歩で湖のほとりを歩く。湖の向かい側を見ると、審査員席と思われるテントと、観客席が設置してあった。

 

「湖の中からは水中人が所定の位置まで案内致します。」

 

 フリットウィックが杖を振るうと、一瞬のうちに私の体は潜水服に包まれる。フリットウィックは念入りに潜水服を点検し、穴がないことを魔法で確認した。

 

「準備が整いました。」

 

 さあ、いよいよ水に沈む時が来た。潜水服がそこそこの重さの為、浮いてしまって潜れないということはないだろう。私は慎重に、一歩ずつ水の中に足を踏み入れる。ふむ、どうやら大丈夫そうだ。

 

「美鈴美鈴。」

 

 私はバシャバシャと水の中で振り返り、美鈴の方を向く。

 

「I’ll be back.」

 

「古いです。」

 

 なんと一蹴されてしまった。私は滅多に放つことが出来ない必殺吸血水鉄砲を美鈴に向けて放つとそのまま水の中に進んでいった。まあ要するに水を蹴り飛ばしただけだが。湖底をまっすぐ歩いていると、槍を持った水中人が私を出迎えてくれた。流石に吸血鬼に会ったのは初めてなようで少し浮かれているようであった。まあ私も水中人と話すのは初めてなので少し浮かれているが。

 水中人は私の手を掴むと湖底スレスレをかなりの速度で泳いでいく。彼らはこの湖に住処を作り生活しているらしい。まったく、ホグワーツとは面白いところだ。なかなか敷地の中に森が有ったり湖があったりする学校もない。危機的状況になったら周囲の水を土地ごと蒸発させればいいかと考えていた私だったが、流石に水中人の住処を水中人ごと消滅させるわけにはいかないだろう。あ、住むものがいなくなるから別にいいのか。悩みどころである。

 水中人は私を所定の位置まで移動させると、流されないように海藻のようなもので私を岩に繋ぎ止める。横を見ると他の人質が生身のまま眠らされて海藻でグルグル巻きにされていた。なんというか、あれ絶対湖の水を飲んでるだろうな。この湖の水はあまり綺麗ではない。動きにくいことこの上ないが、潜水服を着ていてよかったと心から思った。

 

「競技はあと何分で始まるのかしら。」

 

 私は周囲で警戒をしている水中人に聞く。水中人は懐からボロボロになったデジタル時計を取り出すと、九時二十分と告げた。

 

「って、それ正確? そもそも動いてるの?」

 

 私は海藻の長さが許す範囲でふよふよと漂い、水中人の持っている時計をのぞき込む。水中人は少し自慢げに言った。

 

「日本製だ。パック代わりにしても壊れんよ。」

 

 また随分懐かしいネタをご存知で。というか水中人はテレビを見たことがあるのだろうか。もしかしたら地上旅行が水中人の間でひそかなブームになっているのかも知れない。何にしても、あと十分で競技が始まるということだろう。水中人も準備に追われているのか、少し慌ただしく周囲を泳ぎまわっている。いや、これは整列しているのだろうか。私の前に横二列になって並んだ。

 

「選手をここへ誘導するための歌を歌います。是非ともご傾聴ください。」

 

 指揮棒を持った水中人が私に対し一礼し、そのようなことを言う。どうやらここで歌を歌うようだった。指揮棒に合わせて十数名の水中人が歌い始める。耳触りの良いコーラスが水中の中に響いた。何か暇を潰せるものが欲しいと思っていたところなので、何とも都合がいい。選手を誘導するための歌なので歌詞は少しアレだが、歌は普通に上手い。

 

「へえ、これは少し得した気分だわ。」

 

 さらに言えば、水中人の言葉は地上に出ると悲鳴のような金切り声になってしまう。つまり水中人の歌は水中でしか聞けないのだ。これからの長い生涯、多分だが、もう聞く機会はないだろう。既に第二の課題は始まっているのだろうか。水中人は情報を共有しながら選手の現在位置を記録していっている。どうやら咲夜はかなりの速度でこちらに向かっているようで、あと十分もすればここに辿り着きそうな勢いのようだ。

 

「まったくもって手加減というものを知らないわね、うちのメイドは。」

 

 まあそういう素直なところが可愛いのだが。咲夜が美鈴のように育たなくてよかったと心から思う。本当に真面目で良い子に育ってくれた。そんなことを考えていると、不意に咲夜が水中人の住処に飛び込んできた。頭に空気の入った袋のようなものを付けており、鋭い目つきでキョロキョロと周囲を警戒している。そして私の姿を見つけ、マヌケ顔で固まった。

 

「咲夜ー!」

 

 私は咲夜に向かって右手を振る。おっと、咲夜は水中人ではない。水の中では声が聞き取りにくいか。私は大きく口を開いて読唇しやすくした。

 

「水の中にここまで深く潜ったのは初めてだけど、案外楽しいところね。潜水服は動きにくいけど。」

 

 咲夜は分かりやすく慌てると早口で口を動かした。少し読みにくいが、多分こう言っているのだろう。

 

『お嬢様!? どうしてここにいらっしゃるんです!?』

 

 まあ当然の疑問だろう。私は昨晩のダンブルドアの話を思い出しながら答える。

 

「アルバスから頼まれたのよ。どうやら咲夜の大切な人を沈めないといけないらしんだけど、ハリー・ポッターは選手だし、ハーマイオニー・グレンジャーとウィーズリーの赤毛は先客がいるじゃない? それにマルフォイ家のガキが沈んでても貴方助けないでしょ?」

 

 私は言葉に補足するように大きく肩を竦めてみせる。

 

「パチェは隠居中だから無理、リドルはダンブルドアの前に顔を出せないし、美鈴は論外と考えて残るは私しかいないじゃない? そう、私が咲夜の大切な人よ。」

 

 私はこれでもかと胸を張った。その時に羽が動いてしまったようで少し鈍い音が聞こえる。……破れてないよな?

 

『それはそうかも知れませんが……吸血鬼が水に潜るなんて余りにも危険な行為ですよ?』

 

「あら、私はこれでも楽しんでいるのだけれどね。」

 

 ゴツンとまた羽が潜水服に当たる。これは潜水服が爆発四散する前に地上に出たほうがよさそうだ。咲夜も同じ考えなのか、海藻を切り始める。

 

『今地上にお連れします。もう少しのご辛抱を。』

 

「あら、私を無様に地上に引っ張っていく気?」

 

 咲夜に引きずられる潜水服姿の吸血鬼。それはそれで面白い光景だが、少々カリスマ性に欠ける登場の仕方と言わざるを得ない。私がそのことを咲夜に言うと、咲夜は笑顔で口を動かした。

 

『では最高の舞台をご用意します。』

 

 咲夜は私の手を持って水の中を泳ぎ始める。いや、泳ぐというよりかは水の中を飛んでいるといったほうが近いだろう。なるほど、霊力を使った飛行にはそのような使い方があるのか。有翼の種族である私たちにはない発想だ。

 

『少し位置を調整します。それと、その潜水服は少々不格好ですね。』

 

 咲夜が杖を振るうと目の前がクリアになる。どうやら潜水服を透明にしたらしい。だが確かにこれだと潜水服は見えないが、潜水服の形の空気を身にまとっている姿になる。あまり不格好さは変わってないと言わざるを得なかった。まあ地上に出れば少しはマシか。

 咲夜と共に少し水中を移動し、少し広い湖底に出る。咲夜はそこで杖を右手に握り、魔力を込め始めた。どうやら何か術を使うつもりらしい。なんにしても競技は半分終わっているようなものだ。少しぐらい手出ししても怒られないだろう。

 

「やるからにはもっとパーっとやりなさいな。ほら。」

 

 私は私の魔力の一部を咲夜の杖に宿す。咲夜は杖に込められた魔力の量に驚いたのか、少し目を丸くしていた。

 

『流石はお嬢様です。想定以上に華やかなものになるでしょう。』

 

 咲夜は湖底に向かって術を使う。するとそこにあった岩が形を変え、玉座になった。私は湖底を歩き、玉座に腰を下ろす。

 

「これで終わり?」

 

『ご冗談を。』

 

 私が座った玉座を基点にして、そこから前にまっすぐとレッドカーペットが伸びていく。そして地響きと共に玉座が上昇を始めた。初めは浮いているのかと思ったが、そうではない。地面が盛り上がって言っているのだ。上昇するにつれて目の前に階段が形成されていく。咲夜はホグワーツの制服をメイド服に変え、日傘を差して私の横に立った。

 やがて玉座は水しぶきを上げて湖面を越え、そのまま上へ上へと伸びていく。最終的に審査員席に続くレッドカーペットの階段が出来上がった。まあ及第点と言ったところだろうか。私は邪魔臭い潜水服を魔力で破壊すると、咲夜と共に階段を降り始めた。




レミリアのところにホグワーツから手紙が届く

ホグワーツ特急貸し切り

ホグワーツにてダンブルドアから事情説明

レミリア、水に沈む

ハリーが寝坊する

第二の課題開始

咲夜唖然

レミリアを助け出し、魔力を借りて変身術で玉座を作る←今ここ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。