紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

3 / 42
咲夜ちゃん編スタート。回を増すごとにグロく、エグくなっていくと思いますがご容赦ください。あ、大丈夫です。初めはほのぼのです。
誤字脱字等がありましたらご報告いただけると助かります。


赤子やら、迷子やら、時間やら

 ロンドンにある森の中にひっそりと建つ洋館。人の気配はなく、おどろおどろしい雰囲気に包まれている。周囲には蝙蝠が飛び、夜な夜な赤子の鳴き声が微かに聞こえるという。それだけ聞くとただの怪談話なのだが、当事者にとっては他人事ではなかった。

 そう、現在、紅魔館には赤子がいた。それも人間の赤子である。

 

「あー、もうよしよし。坊や良い子だねんねしろ!」

 

 紅魔館の一室に座っているその赤子は美鈴の顔を見ながら大泣きしている。赤子の年齢は推定一歳。首はとうに座っており、少しずつなら歩くこともできる。髪の毛は透き通るような白。

 

「もう赤ん坊ってどうしたらいいんだろう。手間はかかるし煩いし。可愛いんだけどなぁ」

 

 美鈴は赤子のわきの下に手を差し込み、宙に放り投げる。そのまま足をもってぐるぐると回した。赤子は急激な運動に目を回し、ぱたりと気絶する。

 

「あ、静かになった。死んだかな? ん~、やっぱり独学じゃ無理かな……」

 

「そりゃそうでしょ」

 

 後ろから声を掛けられ、美鈴はビクリと肩を震わせる。恐る恐る後ろを振り向くと、そこには館の主人であるレミリア・スカーレットが立っていた。

 

「それは食材?」

 

 レミリアは冷ややかな視線を美鈴と赤子に向ける。美鈴は額に冷や汗を流しながらもにこやかに言い切った。

 

「ぶ、部下! 部下ですよ。これから教育して紅魔館の家事をやらせようかと」

 

「……気絶してるみたいだけど」

 

 レミリアは床に横たわっている赤子を見下ろす。美鈴は焦ったように赤子を拾い上げるとそのまま腕を掴んで吊り下げた。そんな様子を見てレミリアはため息をつく。

 

「そんな持ち方したら肩が外れるわよ。さっさとパチュリーのところへ行って赤子の育て方が載っている本を探してもらいなさい。それまで取りあえず見ておいてあげるわ」

 

 レミリアは美鈴から赤子を奪い取ると両手で丁寧に優しく抱く。美鈴はレミリアの急かすような視線に負け、逃げるように大図書館へと走っていった。

 

「全く、こんなのどこで拾ってきたのかしら。貴方もアレに拾われるなんて運がないわね」

 

 赤子はレミリアの腕の中で静かに目を覚ます。暫くレミリアの顔をじっと見つめると、何かを求めるように手を伸ばした。

 

「そうだ。名前がいるわね。美鈴自身まだ考えてなかったみたいだし……というかアレに付けさせるととてつもないものに決まりそうだだから……私が名付け親になってあげましょう」

 

 レミリアは優しい手つきで赤子の頭を撫でる。

 

「……サクヤ、それに月……十六夜、咲夜。ええ、そうね。十六夜咲夜がいいわ」

 

「えぇ~……」

 

 レミリアが赤子に名前をつけたのと同時に美鈴とパチュリーが部屋に入ってくる。不満そうな声をあげたのはパチュリーだった。

 

「なに? パチェ。不満?」

 

「いや、なんで日本人っぽい名前なのよ」

 

「一応美鈴に合わせたつもりなんだけどね」

 

「私中国生まれなんですが」

 

 レミリアは腕に赤子を抱いたままパチュリーに反論する。これでも一応美鈴のことを考えているのだった。

 

「ところで美鈴、これどうしたの? こんなの何処から拾ってきたのよ」

 

 レミリアは赤子を机の上に乗せる。美鈴は少々困った顔をすると苦笑いしながら話し始めた。

 

「いやぁ、実は先日ロンドンへ買い出しに行ったんですけどね。偶然殺人現場に出くわしまして。そのとき既にこの子の親は殺されてまして、私は取りあえずその殺人犯を殺してこの赤子を持って帰ってきたわけです」

 

 支離滅裂な美鈴の説明だったが、レミリアは何とか状況を把握した。つまりはこの赤子は孤児で、それを美鈴が拾ってきたということだろう。

 

「証拠は残さなかったでしょうね?」

 

「大丈夫ですよぉ。親が死んでますし、そのうち行方不明からの失踪扱いになりますって」

 

「他の親族は?」

 

「そこらへんは知りません。何せ急な出来事だったんで」

 

 ということは探せば他に親族が見つかるかもしれないということである。だがそれも面倒だとレミリアは思った。レミリアは赤子の頭に手を乗せ、術を発動させる。レミリアの能力は本来人間に対して使うものの為、最大効率でレミリアは赤子の運命を読み取ることができた。

 

「親族を探す必要はないわ。殺人犯に殺されて母親は死亡、父親は元々死んでいる。母方の親族はいるけどこの赤子の存在は知らない。父親のほうは……謎ね」

 

「謎?」

 

 パチュリーが聞き返した。

 

「ええ、他に親族はいないし、ぽっと現れてぽっと消えた。人間であることには違いないけど……。まあ、男なんてそんなもんよ。というわけで、これをここで育てても何の問題もないわ」

 

「なー」

 

 レミリアが胸を張ると同時に赤子が返事をする。それは言葉にこそなってなかったが、何かしらを肯定しているようには聞こえた。

 パチュリーは美鈴に子育ての本を押し付けると魔法で赤子を綺麗にする。何せ血や泥で汚れていたからだ。

 

「まあこれぐらいの歳だったら滅茶苦茶手がかかるというわけでもないでしょう。じゃああとは頑張ってね」

 

 パチュリーは面倒くさそうに手を振り、大図書館に戻っていく。

 それを尻目にレミリアが言った。

 

「美鈴、子育て用に一つ部屋を貸し与えるわ。自由に使いなさい。余計なことはせず、その本に書いてあることだけを実践するのよ?」

 

「大丈夫ですよ、たぶん」

 

 美鈴は先ほど覚えた赤子の抱き方を実践しつつ、部屋を出ていく。

 

「……たくましい子に育ちそうね」

 

 そんな美鈴を見ながらレミリアはため息を一つつくと、書斎に戻っていった。

 

 

 

 こうして十六夜咲夜は紅魔館の一員となった。彼女が以前どこで、どのように暮らしていたかは誰も知らない。

 

 

 

「めーり! めーり!」

 

 おぼつかない足取りで咲夜は美鈴を追いかける。

 

「うへへ……」

 

 それをニヨニヨ顔で見守る美鈴。

 

「いやぁもう歩けるとは、咲夜ちゃんは天才ですなぁ」

 

「平均的よ」

 

 パチュリーが冷ややかに答えた。

 現在美鈴と咲夜は大図書館で歩く練習を行っていた。何故大図書館かというと。

 

「あああぁぁあああぁぁぁぁ」

 

 次の瞬間、ぱたりと咲夜が転び、泣き始める。額をぶつけたのか小さいたんこぶが出来ていた。

 

「あらあら」

 

 美鈴は咲夜を慌てて抱き上げるとパチュリーのもとへと持っていく。パチュリーは面倒くさそうに咲夜に治癒魔法をかけた。何故大図書館なのか。そう、転んで怪我をしてもすぐにパチュリーが治療できるからだ。

 

「ほーら、もう痛くなーい」

 

「ぱちー、あーと」

 

「凄いですよ! パチュリー様にお礼を言いました! やっぱり咲夜ちゃんは天才ですね!」

 

「平均的よ。この歳の子が喃語を話すのは」

 

 そんなことよりも、パチュリーは気になることがあった。咲夜の体内に強い魔力を感じる。これは初めて咲夜に触ったときには感じなかったものだ。もしかしたら咲夜はレミリアの強い魔力に中てられて魔力を持ち始めたのかも知れない。それにだ。

 

「私が気になるのは、紅魔館の中でも一番妹様の狂気が強い場所で、そんな平然と笑っていられることなんだけどね。人間として一番大切な何かが抜け落ちてるような気がするわ」

 

「そうですかね? 狂気がどうのっていうのは、なんというか感覚じゃないですか」

 

「めーり! めーり! おぜうーきた!」

 

 咲夜は美鈴の髪を引っ張って図書館の入り口の方を指さす。だが、そこには誰もいなかった。美鈴が扉の方を向いて三秒後、レミリアが扉を開けて入ってくる。咲夜はレミリアの方に手を伸ばすと小さく手を振る。レミリアも笑顔で手を振りそれに答えた。

 

「凄いわパチェ! 今私のことを呼んだわよ。やっぱり咲夜は天才ね!」

 

「……レミィ、頼むから美鈴と同じところには立たないで。この歳の子供では平均的よ」

 

「でも、れみーじゃなくておぜうーなんですね。お嬢様から来てるんでしょうか」

 

 美鈴が咲夜を地面に降ろすと、咲夜はとてとてとレミリアの方に歩いていく。そしてレミリアの元までたどり着くとぽてっと倒れこんだ。

 

「おっと」

 

 レミリアはすんでのところで咲夜を抱き上げる。

 

「美鈴と一緒にいる時間が多いから、美鈴がレミィを呼ぶ呼び方を覚えたんでしょうね」

 

「なるほどですね! それなら納得です。ね? おぜうさま?」

 

「貴方まで咲夜に合わせなくてもいいのよ? 今まで通りお嬢様と呼びなさい」

 

「わかりました。おぜうさま?」

 

 レミリアの額に青筋が入る。そんなレミリアを見て美鈴はケラケラと笑った。

 

「もうほんと咲夜ちゃんは可愛いな~、ねーお・ぜ・う・さ・ま?」

 

 レミリアの右ストレートが美鈴の鳩尾に刺さる。美鈴はそのままの勢いで後ろに吹き飛び、馬鹿みたいに頑丈な本棚に激突した。その瞬間、美鈴は決意する。もう一生おぜうさま呼びで呼んでやると。

 美鈴がそんな無駄な決意をしているとはつゆ知らずに咲夜は美鈴を見て笑う。レミリアは咲夜の目を手で隠した。

 

「見ちゃダメよ。馬鹿が移るわ」

 

「おぜうさま、カルシウム、が、足りて、な……い」

 

 美鈴が這うようにこちらに戻ってくる。そんな美鈴を咲夜は笑いながら見ていた。

 

 

 

 一九八三年、十六夜咲夜、三歳。

 

「めいりん! めいりん!」

 

 紅魔館の廊下をバタバタと走り、咲夜は美鈴に突撃する。美鈴は器用にそれを受け流すと軽く抱き上げた。

 

「にわにね、ちょうちょがいたの。ほら!」

 

 咲夜は手を広げて手の中にある蝶を見せる。もっとも、その蝶は既に死んでいたが。

 

「あら綺麗。でももう死んでるからその辺に捨ててきなさい」

 

「はーい」

 

 咲夜はまたバタバタと廊下を走り何処かに消えていく。咲夜はもうすっかり普通に走れるようになっていた。唯一のネックは階段だろうか。登りは大丈夫なのだが、降ることが苦手らしい。まあ、四肢の長さがないので仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 美鈴は咲夜の後をこっそりと追い、見守る。咲夜はそのまま庭に出ていくと蝶を庭に捨てた。

 

「あ、おじょうさま。おはようございます」

 

 咲夜はくるりと振り返るとぺこりと頭を下げる。だが、そこには誰もいない。美鈴は頭に疑問符を浮かべたが、次の瞬間少々驚くことになる。咲夜が頭を下げた三秒後、レミリアがふらりと咲夜の前を横切ったからだ。

 

「……頭がいい、じゃ説明つかないよな。未来予知? それともお嬢様の気配を感じ取っているとか?」

 

 レミリアは頭を下げている咲夜に気が付くと微笑みながら話しかけた。

 

「あら咲夜、おはよう。でも少しタイミングがずれている気がするわ。もうあと三秒、私が見えたときに挨拶すればいいのよ?」

 

「あ、おじょうさま。おはようございます」

 

「え? ええ、おはよう、咲夜。今日も元気なようで安心したわ。ところで、あそこで見ている美鈴を呼んできてくれる?」

 

「はい!」

 

 咲夜はバタバタと走るとまっすぐ木陰に隠れている美鈴の方に走り、腕を引っ張る。

 

「めいりん、めいりん。おじょうさまがよんでるよ」

 

「あ、はいはい。今行きますよ。……ちゃんと隠れてたんだけどな。咲夜ちゃんとはかくれんぼできないらしい」

 

 美鈴は笑いながらもレミリアに近づいていく。

 

「貴方、咲夜にどういう教育しているのよ」

 

「いや、流石の私でも虚空に挨拶しろとは教育してませんよ。何かズレてますよね。言葉通りに」

 

 レミリアは咲夜の頭に手を当てる。そして何か納得したように頷いた。

 

「時間がズレてるわね。三秒ほど。直しておくわ」

 

 レミリアは手のひらに力を籠め、体内時間を直していく。美鈴はその光景を不思議そうに見ていた。

 

「いやぁ、体内時計ってズレるんですねー。初めて知りました」

 

「いや、普通ありえないんだけどね。後ろ向きにズレることは稀に良くあるんだけど、前にズレるのは初めて見たわ」

 

「いや、意味不明ですから」

 

 治療の終わった咲夜を美鈴が抱き上げる。

 

「強い魔力に中てられたのが原因かしら。まあこれに関しては慣れてもらうしかないんだけど」

 

 レミリアは咲夜に手を振ると書斎のある方へと戻っていく。美鈴は咲夜を抱きながらキッチンへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 一九八五年。十六夜咲夜、五歳。

 ロンドンの街を道に迷った咲夜がフラフラと歩く。今の時間は夜中の二時。普通に考えて五歳の少女が独り出歩く時間ではなかった。紅魔館の庭で遊んでいた咲夜だったが、蝶につられて庭から出てしまい、そのまま森を抜けて街の方まで出てきてしまったのだ。もっとも、美鈴と共に何度か街には来たことがある。だが道までは把握していなかった。

 

「ここ、どこだろう」

 

 きょろきょろと周囲を見渡しながら住宅街を歩いていく。同じような街並みが続き、それが余計に咲夜を迷わせた。

 

「お嬢様に怒られる……たいへんだー」

 

 咲夜は頭を抱えながら住宅街を抜け、公園へと足を踏み入れる。そして設置されていたブランコに腰かけると大きなため息を一つついた。

 

「ロンドンの街で迷子とか……フフ。スーパーマーケットは二十四時間営業だけど、道を聞いてもまず紅魔館の位置が分からないし。お金がないから地図も買えないし。困ったわ……」

 

 キィ……キィ……とブランコの金具が軋む音が公園内に響く。ふと何かの気配を感じ、咲夜は公園の遊具の方向を見た。

 

「何かいる。犬かな?」

 

 咲夜はブランコから飛び降りると遊具の方へと歩いていく。そして遊具の中を確認した。

 

「女の子?」

 

 遊具の中では咲夜とさほど歳の変わらない女の子が蹲っており、寝息を立てている。咲夜は遊具の中に潜り込むと、女の子の頭をぺちぺちと叩いた。

 

「もう夜の二時ですよ? 寝坊助さんですね」

 

 この少女は眠そうに目を擦るとゆっくりと起き上がる。そして咲夜のことを確認し首を傾げた。

 

「誰?」

 

「咲夜。私は咲夜」

 

「……そう。貴方も家出?」

 

「ううん、迷子」

 

「そっか」

 

 目が覚めたのか、少女は立ち上がると遊具から出て大きく伸びをする。咲夜はそんな少女に尋ねた。

 

「家出って、何かあったの?」

 

 少女は少し表情を暗くすると、公園にあるベンチに座って話し始めた。

 

「ママとね、喧嘩したの。ママ、さいこんするんだって」

 

 さいこんとは何だったか咲夜は少し考えたが、すぐにそれがどういう意味かを思い出した。

 

「新しいお父さんがくるってこと?」

 

「違うわ。パパを裏切るってこと。……パパは二年前に病気で死んじゃって」

 

 そう言って少女は顔を伏せる。咲夜は幼いなりにその言葉の意味を考えた。

 

「そう……、貴方は再婚が許せないのね。でも、お母さんにはお母さんの人生があるのよ?」

 

「そうよ。そんなことはわかってる。だから家出したの」

 

「でも、ご飯とかは?」

 

「まだ食べてないわ。家出したのは今日なの」

 

 咲夜はふと考える。このまま、私と歳の変わらない少女が独りで生きていくのは難しいだろう。かといって、この少女が家に帰るとも思えない。そして、私が帰るとお嬢様に怒られる。そこから導き出された答えは1つだった。

 

「いいこと思いついた。貴方の問題も私の問題も、そのお母さんの問題も全部解決できる方法があるわ」

 

「……? そんなことができるの?」

 

 少女は首を傾げる。咲夜は自信満々に胸を張った。

 

「大丈夫。後ろを向いて目を瞑って?」

 

 咲夜の言葉を聞いて少女は後ろを向く。咲夜は少女が確かに目を瞑っていることを確かめると後ろから静かに抱きつき——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——その柔らかい首にナイフを突き立てた。

 

「貴方が死ねば独りで生きていく苦労は無くなるし、貴方のお母さんは子供がいなくなって何の問題なく再婚できるし、私はお嬢様にお土産ができる」

 

 少女の顔は恐怖に歪んだが、口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。いや、言葉が出てこないのではない。血が喉に詰まって声が出ないのだ。一瞬で血に染まる公園。咲夜は少女からナイフを抜き取ると足を持って引きずり始めた。少女は力なく手足をバタつかせるが、次第に動かなくなる。

 

「さて、あとは持って帰るだけなんだけど、ここどこかな。せめて森にさえ入れたら帰れるのに……って、これ重い」

 

 ズルズルと引きずっているせいか、地面には赤い筋がペンキのように残っていく。だがそんなことも気にせず咲夜はロンドンの街を歩いた。

 そのまま二時間ほど彷徨い歩いただろうか。あと数時間で日が昇る。流石に拙いと咲夜が思い始めたその時、不意に声を掛けられた。

 

「き、君! それは一体……」

 

 咲夜は声のした方向を振り向く。そこには黒い服に特徴的な帽子を被った男性が立っていた。そう、警察官である。

 咲夜は直観的に拙いと感じ、少女を持ったまま走り出す。

 

「ま、待つんだ!」

 

 逃げる咲夜を警察官は当たり前のように追った。

 この時、咲夜の年齢は五歳。足は長くなく、身体能力もそこまで高くはない。次第に追いつかれ、あっという間に捕まってしまう。

 

「一体何があったらこんなことに。……本部、本部、応答願います。死体を持った少女を保護。歳は五から六歳程、白い髪に黒のワンピース、死体も同じような歳で黒髪に黄色のジャケットを着ています。……ええ、はい。了解しました。はい、はい、ありがとうございます」

 

 無線での通信が終わると警察官は改めて咲夜の方を見る。

 

「君、親御さんは? その少女は一体なに? どうしてこんな時間に外に?」

 

 この質問ができた警察官はかなり勇気があると言えるだろう。いくら相手が少女だと言え、普通なら手に持っている死体を気にしてまともに話しかけることができない。

 だが、それは警察官の事情だ。咲夜はこの状況を危機的なものだと感じていた。先ほどの無線の意味も理解している。じきに応援がくるだろうということも。私が捕まったらどうなってしまうのだろう。きっとお嬢様に怒られる程度じゃすまない。きっと見捨てられ、私は野垂れ死ぬのだろうと。

 

「だめ、いや! それはダメ!!」

 

 次の瞬間、咲夜の頭の中に懐中時計がストンと落ちる。言い得て妙だが、実際咲夜はそう感じた。咲夜は本能的にそれの使い方を理解する。目を閉じ、少し意識を集中させた後、静かに目を開けた。

 咲夜の目の前には警察官がいる。だが、その警察官が動くことはなかった。咲夜はそれを確認すると少女の死体を引きずりながら歩き始める。

 

 この時初めて、咲夜は時間を止めた。危機に陥って、人間は成長する。咲夜が紅魔館に戻ったのは、時間を止めてから二時間が経過したときだった。咲夜は紅魔館の門が見えた瞬間、力尽きるように時間停止を解除する。

 

「つ、ついた」

 

 力が抜けたのか、咲夜はその場に座り込んでしまった。

 

「おっかえり、咲夜ちゃん。今日は遠出してたのね」

 

 咲夜が力なく顔をあげると、そこには美鈴が立っていた。美鈴は血で汚れた咲夜の顔をハンカチで拭うと、咲夜の持っている死体を持ち上げる。

 

「また随分なものを引きずってきたわね。これは咲夜ちゃんが仕留めたのかな? だとしたら凄いですよ。五歳児とは思えません」

 

 今までずっと引きずってきたためか、将来が期待できるほどには整っていた少女の顔面はズタボロになっており、血と泥が混ざり合い何とも言えない配色になっている。美鈴はその死体を肩に担ぎあげると反対の手で咲夜を抱き上げた。

 

「まずはお風呂にしましょうか。そのあとに朝ご飯を食べて今日は寝ましょう。今日の夜、この死体で一緒に料理を作って、おぜうさまに配膳しにいきましょうね」

 

 美鈴はにっこりと咲夜に微笑みかける。そんな笑顔に安心したのか、咲夜も美鈴の顔を見て笑った。

 十六夜咲夜、五歳。これが初めての殺人だった。

 

 

 

 

 時間は戻って深夜二時。

 初めに咲夜の不在に気が付いたのは美鈴だった。美鈴は一通り紅魔館内を見て回り、咲夜の姿がどこにもないことを確認すると今度は声を出して探し始める。

 

「咲夜ちゃーん? 咲夜ちゃん? さくやちゃーん!」

 

 そのまま暫く探し回るが、返事はなかった。つい先ほどまでおふざけ半分で探していた美鈴だったが、本格的に焦りだす。

 

「こりゃ、屋敷の外かなぁ……でも私が外に出ていくと紅魔館の仕事が回らないし」

 

「仕事が回らない? 何かあったの?」

 

 美鈴がいつになく真剣に悩んでいると、レミリアが廊下の反対側から歩いてきた。普段は半分舐めた態度で話しかける美鈴だが、この時ばかりは真剣な形相でレミリアに話しかける。

 

「お嬢様、咲夜ちゃん知りません? 先ほどから探しているんですけど、どこにもいなくて」

 

 レミリアは館内に意識を集中させ、気配を探る。そして何かに気が付いたのかまっすぐ大図書館に向けて歩き出した。

 

「あ、大図書館にいました? 場所さえわかればもう大丈夫ですよ?」

 

 美鈴はレミリアに付いて歩く。美鈴の楽観的な考えをレミリアは、否定した。

 

「何処にもいない。少なくとも紅魔館とその周辺の森にはいないわ」

 

「え? じゃあどこに……」

 

「それを確認しに行くのよ。捜索系の魔法なら私よりパチェの方が得意だわ」

 

 レミリアは大股で廊下を歩き、そのまま大図書館に入っていく。もっとも、大股で歩いても足が短い為そこまでの速度は出ないが。

 

「パチェ! 咲夜がいないわ」

 

 パチュリーはそれを聞いて魔導書を開く。どうやらあの短い言葉で何をして欲しいか理解できたらしい。パチュリーの座っている机の上にロンドンの地図が浮かび上がり、そこに赤い点が表示された。

 

「そんなに遠くには行っていないようね。住宅街のはずれにある公園にいるみたいよ」

 

 パチュリーは地図を表示させながら、読書に戻る。

 美鈴はその地図を見て場所を確認すると、大図書館を出ていこうとした。

 

「待ちなさい美鈴。暫くこのまま様子を見ることにするわ」

 

 レミリアは椅子に座り、地図をじっと見つめる。その様子に美鈴は不可解な顔をした。

 

「今すぐ迎えに行ったほうがいいのでは? この辺にはまだ行ったことがないと思うので、多分咲夜ちゃんは道に迷ってそこに辿り着いたんだと思うんですけど」

 

「そうじゃないわ。迎えになんて何時でも行ける。今は迷子になっているという経験のほうが重要よ。失敗がなければ何も学ばない。それに歩いて迎えに行ってもそこに着く前に移動しちゃうでしょ?」

 

 パチュリーは本を閉じると、着ているローブをマグルの服装に変化させる。先ほどのレミリアの言葉から、迎えに行くとしたら姿現しで自分が行かされると判断したのだろう。

 

「あ、誰かと接触したみたいですよ? 違う点の近くにいます。これは一緒にベンチに座ったのかな?」

 

 パチュリーが地図に触れると公園の様子が映し出される。それを見る限りだと、咲夜はあまり歳の変わらない少女と何かを話しているようだ。

 

「パチェ、音声は?」

 

「映像映すだけでも滅茶苦茶苦労したんだから音声ぐらい我慢しなさい」

 

「要するに、まだ開発できてないってことね」

 

 図星だったのか、パチュリーはムスっと表情を固くする。

 

「あ、動きがありましたよ」

 

 何かを思いついたのか、咲夜は少女を立たせ後ろを向かせる。そしてその少女に後ろから抱きつき、ナイフで首を刺した。

 

「凄いですよ。こんなこと教えてないのにちゃんと急所を狙いました」

 

「警戒されてないと容易に狩れていいわね」

 

「これ、後始末するのは私よね……」

 

 美鈴とレミリアは感心し、パチュリーはため息をつく。映像の中の咲夜は少女の足首を掴むと、それを引きずりながら公園を出ていった。

 

「ちょっと出るわ。公園の血を消失させてくる」

 

 一言そう言い、パチュリーは音もなく消えた。地図を見ると公園内にマグルの服装をしたパチュリーが現れている。パチュリーは公園に残った血を残らず消失させると、そのまま血の跡を辿って、それを消失させながら歩き出す。レミリアと美鈴はその様子を大図書館で見ていた。

 

「なんというか、はらはらしますよね」

 

「私としては、パチェが不憫で仕方がないわ。あの様子だと、散々血の跡を付けながら彷徨い歩きそうだし」

 

「流石にそこまで面倒くさいことはしないわよ」

 

 レミリアは先ほどパチュリーが座っていた椅子を見る。そこには先ほどと全く変わらない様子でパチュリーが座っていた。

 

「五十メートルで自動的に消えるように魔法を掛けてきたわ。五十メートルもあれば気が付かれることはないでしょう。」

 

「マグルに気が付かれる可能性は?」

 

「それも細工済み」

 

 抜かりはないとパチュリーは続ける。まあ、パチュリーが言うなら大丈夫だろうとレミリアも美鈴も思った。パチュリーは既に読書に戻っている。

 

「この、全く方向性のない歩き方を見るに、完全に道に迷ってるわね」

 

 咲夜は一度通った道を歩いたり、先ほどとは全く違う方角へ歩いたりと脈略がない。レミリアと美鈴はじっと咲夜の行方を見守った。

 

 観察を始めて2時間が経ち、日が昇る前に迎えに行こうかとレミリアが思い始めた頃、ようやく状況が動き出した。この場合、悪い方向にだが。

 

「パチェ。この印って……」

 

 レミリアが咲夜に接近してきている点を指さす。パチュリーはその点をちらりと見ると、読んでいた本を閉じた。

 

「警官よ。流石に拙いから迎えに行ってくる」

 

 パチュリーが現場の様子を映す。そこでは警察官が困り顔の咲夜に話しかけていた。次の瞬間、咲夜が走り出す。だが死体を引きずって大人とのかけっこに勝てるわけがない。咲夜はすぐに追いつかれてしまう。

 

「応援が来る前に警官の記憶を消してくるわね」

 

 パチュリーが現場に姿現ししようとした瞬間、咲夜が何処かに消える。その様子を見て、パチュリーは動きを止めた。

 

「パチェ、咲夜が消えたわ」

 

 パチュリーは不可解な顔をしながらも警察官のもとに姿現しをし、警察官の記憶を操作する。その後すぐに大図書館に帰ってきた。

 

「魔法を使った痕跡がない。姿現しなどの移動系の魔法ではないわ。もっとこう、根本的に違う……あ、咲夜が帰ってきたわよ」

 

 パチュリーは地図を変化させ紅魔館周辺を表示させる。確かに咲夜は紅魔館の門の前にいた。

 

「迎えに行ってきますね」

 

 美鈴は走って大図書館を出ていく。パチュリーは先ほど起こったことが理解できないといった表情をしていた。

 

「私が掛けた消失呪文の痕跡はある。ということはAからBに瞬間移動したわけじゃない。AからBには歩いて移動したということ。……高速移動?」

 

「時間を止めた。とか?」

 

「ありえないわ。時間を止めたとして、人間はその中で生きていることができない。というか止まった時間を人間は認識することができないはず。周囲の空気や光すら動きを止めるということは、コンクリートに生き埋めになっていることと同じなのだから」

 

「もし時間を止めたのだとしたら、本人はそれを認識しているはずよね。咲夜本人にゆっくり聞けばいいわ。パチェ、もしかしたら咲夜は思いがけない才能を秘めているのかもしれない」

 

 レミリアは目を輝かせながらも大あくびをすると、自室に戻っていく。パチュリーは一人黙々と先ほどの現象について調べ始めた。

 

 

 

 その日の夜。私は眠たい目を擦りながらも、なんとかベッドから出る。寝間着からドレスに着替え、机に座ると昨日全くできなかった書類仕事を片付け始めた。昨日、咲夜の様子を見ながらやってもよかったのだが、心配でそれどころではなかったのだ。

 しばらく書類と格闘していると、不意に部屋のドアがノックされる。このノックの強さからして、ドアの向こうにいるのは咲夜だろう。

 

「夕食をお持ちしました」

 

 うん、この声は咲夜だ。私が許可を出すと咲夜がカートを押して入ってくる。その後ろには美鈴の姿もあった。

 

「今日の夕食は人間のローストのサンドイッチとポタージュです」

 

 咲夜が手を伸ばして料理を並べていく。正直可愛い。後ろでニヤニヤ顔をしている美鈴はウザいが。

 

「ありがとう、咲夜。美鈴、今日の予定」

 

「ぱーどぅん?」

 

 今すぐそこにいる無礼者の首を捩じ切ってしまいたいが、咲夜の手前それをするのも上品ではない。私はサンドイッチを手に取ると、一口食べた。

 

「あら、美味しいじゃない。咲夜が作ったの?」

 

「はい!」

 

 元気な返事が私のもとに戻ってきた。これは多分昨日咲夜が仕留めた人間の肉だろう。

 

「で、美鈴。二度目はないわよ。今日の予定は?」

 

「特にないです」

 

「よろしい」

 

 そう、今日は特に来客の予定も講演の予定も入ってなかったはずだ。この後咲夜を連れて大図書館に向かおう。パチェに咲夜の能力を調べて貰わないといけない。

 私は夕食を取り終わると後片付けを美鈴に任せ、咲夜の手を引いて大図書館に向かう。その時美鈴にガンを飛ばされたような気がしたが、多分私の気のせいだろう。

 

「図書館にむかうのですか?」

 

 咲夜が私の顔を見上げて聞いてくる。可愛い。

 

「そう。昨日のことでちょっとね」

 

 その言葉を聞いて咲夜がピクリと反応する。そして不安そうな表情になった。

 

「心配しなくても大丈夫よ。説教するわけじゃないから」

 

 大図書館に入るとパチェが忙しそうに何かの準備を進めている。その様子を見て咲夜は更に泣きそうな表情になった。

 

「パチェ、それは?」

 

「それの準備」

 

 パチェは咲夜の手を引くと魔法陣の中心に連れていく。咲夜はその中心でカタカタと震えていた。

 

「あ、大丈夫よ。少し調べるだけだから」

 

 パチェはそういうが、この状況じゃ何かあると勘ぐるのも仕方がない話だろう。パチェが魔法を発動させると咲夜の体が光に包まれる。パチェはそこに手をかざし、何かを感じ取っていた。

 

「あの、えっと……これはなんですか?」

 

 咲夜は光っている自分を見て困惑している。調べ終わったのかパチェは魔法を解除し、結果を本に書き記した。

 

「体内に強い霊力を持っているわ。魔法の痕跡が検知できなかったのはそういうことね」

 

 この世界には多くの力がある。身近なものを構成している電磁力に加え、重力、魔力、霊力、妖力、気力……などなど。私の場合、妖力と魔力は扱うことができる。

 

「咲夜、昨日貴方が使った術だけど、再現性はある?」

 

「再現性?」

 

 まだ難しい単語は分からないのか、パチェの言葉に咲夜は首を傾げる。

 

「もう一度使えるかということよ」

 

 私が説明すると咲夜は合点がいったと言わんばかりに頷いた。咲夜は目を瞑るとその場から消える。いや、消えたわけではない。咲夜はいつの間にか私の後ろへ移動していた。

 

「咲夜、それは一体どういう術……いや、能力なのかしら」

 

 多分パチェは既にある程度の予想はついているのだろう。確認するように咲夜に問う。咲夜はどう説明すればいいかといった顔をしていたが、やがて口を開いた。

 

「時間を止めているんだと思います」

 

 それを聞いてパチェは頷く。

 

「まあ、これを説明するにはそれしかないわよね。咲夜、一つ忠告しておくわ。時間を止めるというその能力、使い方を間違えると酷いことになる。それどころか、術の定義をはっきりさせておかないと術者自身が死に至る可能性もある」

 

 パチェは本棚から一冊の本を取り出す。本の題名は『時間と空間』。

 

「昔から多くの魔法使いが時間に関する魔法を研究してきた。勿論成功例もあるけど、失敗例の方が多いわ。術を掛けた本人が行方不明になったり、バラバラになって発見されたり。凍死していたりドロドロに溶けていたり」

 

 パチェが言っている成功例とは、逆転時計のことだろう。

 

「時間と空間に関する勉強が済むまで、その能力を使ってはダメ。最悪死に至るわ」

 

 パチェは咲夜の前に本の山を積み上げる。それを見て咲夜は表情を引き攣らせた。

 

「それと同時に私が霊力の制御の仕方を教えるわ。レミィや美鈴では霊力は扱えないし」

 

「えっと……」

 

 咲夜が助けを求めるように私を見る。だが、こればかりはしっかりやってもらわないといけない。

 

「ここで学習したことは、必ず貴方の人生に役立つわ。しっかり勉強するのよ」

 

 咲夜は諦めたように本を手に取る。だが読み始めたら思いのほか面白かったのか、夢中になって読み始めた。

 

「分からないことがあったらパチェに聞くのよ?」

 

「はぁい」

 

 咲夜は本のページを捲りながら答えた。取りあえずここはパチェに任せ、私は書斎に戻ることにする。いや、その前にフランの様子を確認しておこう。私は咲夜に手を振って別れると、図書館奥にあるフランの部屋に向かった。




咲夜拾われる

マクゴナガル結婚

ビル・ウィーズリーホグワーツ入学

クラウチ・ジュニア、アズカバン脱獄

咲夜三歳

チャーリー、トンクスホグワーツ入学(え!? 二人って同い年!?)

咲夜五歳、初めての殺人を犯し、能力に目覚める←今ここ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。