紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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番外編です。


金と血と力と

 ……暗い、寒い、痛い。私は今どこにいるんだ。私はもぞもぞと体を動かす。体を動かそうにも、手足が拘束されているため満足に動くことが出来なかった。そもそも、どうしてこのようなことになっているのか見当もつかない。

 取りあえず、この状況を何とかしなければ。私は手首を捻り、腕に巻き付いている物の正体を探る。どうやら手錠が掛かっているようだ。良かった、これが正体不明の何かだったらそこで詰んでいた。私は身を捩り靴底に仕込んでおいた金属片を引き抜く。そしてその金属片を手錠の鍵穴に差し込み手錠を外した。

 両手が自由になったらあとは簡単だ。目隠しと猿轡を外し、今の状況を確認する。光りはうっすらとドアの隙間から漏れるものだけで、壁に窓はない。気温から察するに、ここは地下だろう。私は足にかかった手錠も外し、完全に体を自由にした。

 目隠しをされていたおかげで、暗さに目が慣れている。部屋の中の様子をある程度観察出来たのはよかったが、色々と目にしたくないものが目に入った。そこには私と同じように拘束され、無造作に転がされている人間が多数いる。洋服を着ているものもあれば、裸のものもいた。

 

「……そうか、思い出した。私はレミリアに襲われて……。」

 

 そう、血を吸われた。その時意識がブラックアウトしたが、死には至らなかったらしい。今クラクラするのは貧血のせいか。何にしても、何処かで血液を補充しなければ何処かで倒れてしまうだろう。

 

「…………。」

 

 私は地面に転がっている人間を見る。今は感染症などを警戒している場合ではない。私はその人間を抱き起し、首筋に噛み付いた。無意識にレミリアと自分の姿を重ねてしまうが、生きるためには致し方ないだろう。

 

「ううううううぅうううう。」

 

 拘束されている人間は猿轡の奥で苦しそうに呻く。だが、こちらも命が掛かっているのだ。栄養を補給しなければ。血液というのは人体に必要な栄養素を多く含んでいる。感染症や病気になることさえ恐れなければこれ以上の栄養ドリンクもない。プラシーボ効果もあるかも知れないが、血を飲んだことで随分と元気になった。

 

「くそ、止血してやりたいが、道具がないな。私を生かすための犠牲となってそのまま死ね。」

 

 私はそいつを投げ捨て、立ち上がる。血液にそこまでの即効性はないはずだが、今度はふらつくことはなかった。

 

「ここはレミリアの屋敷か? 次会ったら殺してやりたいところだが、私が敵う相手ではないな。」

 

 数トンのプラチナを片手で持ち上げるような奴だ。あいつがその気になれば私などあっと言う間に血煙だろう。私は袖で口を拭うと、慎重に扉を開ける。幸い鍵などは掛かっておらず、扉は普通に開いた。慎重に周囲を確認し、扉から一歩出る。次の瞬間、レミリアに噛み付かれた時以上の危機感が全身を襲った。

 

「……なんだこれは。」

 

 周囲には誰もいない。だが、何者かに睨まれているような、そんな感覚。電子レンジの中に放り込まれた子犬のような気分だ。私は壁沿いに廊下を歩き、気配の正体を探る。それにしても、家の中に迷路でも作ったのではないかと思えるほど廊下が入り組んでいる。記憶力はいい方なので道に迷うことはないが、この構造はあまりにも異常だった。私は同じ道を通らないように気を付けつつ廊下を進んでいく。すると他の扉とは明らかに違う重厚な造りの両開きの扉を発見した。

 

「入ってみるか。」

 

 このままでは埒が明かないため、音を立てないように注意しながら扉を開け、中に忍び込む。どうやら、書庫のようだ。物凄い数の本棚が所せましと並んでいる。天井はかなり広く、部屋自体も物凄く大きかった。

 

「あらら。」

 

 不意に後ろから声がして、私は咄嗟に前に飛び懐からナイフを引き抜き構える。そこには背中と頭から羽を生やした赤い髪の少女が立っていた。こちらを見て目を丸くしている。

 

「貴様も吸血鬼か?」

 

 私は隙を見せないように構えながら少女に質問を飛ばした。少女はその質問に少し首を捻り、怪訝な顔をする。

 

「おかしなことを聞きますね。私は悪魔ですよ。吸血鬼ではありません。……お嬢様のお知り合いの方ですか? 今日は客が来るとは聞いていないのですが……。ああ、申し遅れました。この図書館の管理と館の家事を行っている小悪魔と申します。以後お見知りおきを。」

 

 小悪魔と名乗った少女は深く礼をする。こちらを油断させようとしているのだろうか。私はナイフを降ろすことはせずに小悪魔を睨みつけた。

 

「……一応、レミリアの知り合いだ。」

 

「そうですか。図書館を見学しに来たので?」

 

 小悪魔はにこりと笑うと、手を右から左へと振る。次の瞬間には私の服が綺麗になっていた。

 

「お嬢様も盛大にお溢しになられるんですよね。まあ溢さずに飲む方が難しんですけど……。ああ、自由に見学していいですよ? 何かありましたら声を掛けてください。」

 

 殺されると思ったが、小悪魔は私に深く礼をしてその場を去っていく。一体どういうことだ。私は混乱しながらナイフを服の中に仕舞う。もしかして、レミリアが招待した客だと思われているのか? もしそうだとしたら、この状況は使えるだろう。先ほど私の服を綺麗にしたのは魔法の力だろうから、奴は魔法が使えると推測できる。魔法界には姿現しという術があるため、奴に頼んで館の外に運んで貰うことが出来る。急用ができて今すぐにでも帰らないといけないと言えば、すんなり送っていって貰えるはずだ。私は小悪魔の後を追いかけるべく、足に力を込めた。

 

「動くな。」

 

 次の瞬間、後ろから首筋にナイフを突きつけられる。だが、動くなと言われて固まったら、相手の思うつぼだ。私は相手を確認することもせずに思いっきり後ろに体当たりした。相手も予想していなかったのだろう。私の後頭部が何か硬いものに当たった瞬間、ぐえっと声が聞こえる。私はしゃがみ込み、ナイフを躱すとそのまま前に飛び、相手との距離を取った。そうすることで、ようやく相手の姿が確認できる。どうやら、襲われた時にレミリアの横にいたメイドのようだった。頭部を押さえているところを見るに、私の後頭部がモロ顔面に直撃したのだろう。

 

「動くなって言ったじゃないの……。」

 

 メイドはふらふらしながらも何とか立ち上がる。私は懐からナイフを取り出し、構えた。

 

「お前は……吸血鬼ではなさそうだな。人間か?」

 

 時間を少しでも時間を稼ぐために私は質問を飛ばす。

 

「迂闊だわ。身ぐるみを剝いでおくべきだったわね。すぐにバラさなかった私のミスか。」

 

 私の話を聞いていたのかいなかったのか、メイドもナイフを構える。一対一なら勝てるだろうか。そんなことを考えていると、最悪の相手の声が聞こえて来た。

 

「あぁ……えぇ~……。」

 

 何か酷く困惑した様子を見せながらレミリアが扉を開けて部屋に入ってくる。騒ぎを聞きつけてか、先ほどの小悪魔もこちらに近づいてきていた。……完全に囲まれた。

 

「咲夜……貴方これ……。」

 

 レミリアは何とも歯切れの悪い口調でメイドに話しかける。声を掛けられたメイドはというと、全く油断せずに私に向けてナイフを構えていた。

 

「申し訳ございませんお嬢様。私のミスです。速やかに解体し朝食の席に並べますわ。」

 

「そうじゃないわ。……そうじゃないのよ。てか、貴方もしぶといわね。」

 

 レミリアは無造作にこちらに近づいてくると、私の肩に手を置く。そして私の持っているナイフを握りつぶし、地面に捨てた。万事休す。流石にここから生存することは叶わないだろう。

 

「取りあえず、そこの椅子に座りなさいな。咲夜、貴方もね。小悪魔は紅茶を淹れてきて頂戴。」

 

 この場で殺されるものかと思ったが、そうではないようだ。なんにしても、ここで逆らうのはあまりいい手だとは言えないだろう。私は素直に従い、指示された椅子へと座る。メイドとレミリアは私の対面に腰かけた。

 

「この際だから言わせてもらうがな、よくも私を殺そうとしたな。やはりアレか? グリンゴッツのプラチナ目当てか?」

 

 私はレミリアを睨みつける。メイドは私が煽った瞬間ナイフを構えたが、レミリアが制した。

 

「口封じっていう意味合いのほうが大きかったんだけどね。実際のところ。でも、こうなっちゃったらもうどうしようもないわ。安心しなさい。私はもう貴方を殺さない。」

 

「お嬢様!?」

 

 メイドが信じられないことを聞いたと言わんばかりの表情でレミリアを見た。

 

「信じられないな。貴様としても、ここで私を殺しておく方が都合がいいんじゃないのか?」

 

「そりゃ……そうだったんだけどねぇ……まさか咲夜が貴方をすぐに殺さずに、数日保管庫の中に放り込んでおくとは思わなくて。」

 

 レミリアは妙に歯切れが悪い。メイドも自分がどんなミスをやらかしたのか見当がつかないのか、目を白黒させながらレミリアの言葉を待っていた。

 

「……はぁ。貴方、吸血鬼よ。」

 

 …………は?

 

「貴方、今吸血鬼よ。自覚ある?」

 

 レミリアは、信じられないことを言った。私が? 吸血鬼? なんの冗談だ?

 

「咲夜、吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になるのよ。覚えておきなさい。吸ってすぐに殺せば人間のままなんだけど、そのまま放置していたら数日のうちに吸血鬼に変化するの。つまり、貴方は私と同族になったってわけ。」

 

「そんな馬鹿なことが――」

 

「ありえるのよ。というか、貴方気が付いていないの?」

 

 私が、吸血鬼に変化しただと? 笑えない冗談だが、私は妙に納得していた。血を飲んで体力が回復したこと。血を飲むことに違和感を感じなかったこと。小悪魔が私を客だと勘違いしたこと。服が汚れていることを変に思わなかったこと。

 

「なんにしても、私は無駄に同族を殺すようなことはしないわ。貴方が私に襲い掛かってくるというなら別だけど。」

 

 殺してやりたい気はあるが、勝てるとも思えん。

 

「正直殺してやりたい気分だが、そんな空気でもないな。……私は一体どうすればいい? 普通に事務所に戻ればいいのか?」

 

「それは論外よ。吸血鬼であることを隠したまま人間の社会で生活できるほど甘くはない。……そうね。貴方、香辛料はお好き?」

 

 レミリアは少し考えた後、唐突にそんな質問をした。

 

「香辛料が好きかだって? 時代錯誤も甚だしいだろう。それよりプラチナ返せ。」

 

「貴方殺されそうになったわりに随分強気ね。」

 

「もう殺される心配はないからな。」

 

 嘘だ。内心はかなりこの状況に混乱しているし、正直目の前にいるこいつが怖くてたまらない。私としてはレミリアとは良い関係を築けていると思っていた。だが、それは私の勝手な認識だったらしい。レミリアにとって私は、都合のいい人間Aでしかなかったのだ。

 

「プラチナは紹介料として頂いておくわ。」

 

「随分と高い紹介料だな。で、何を紹介してくれるっていうんだ? 香辛料屋か?」

 

「あら、流石に勘が鋭いわね。知り合いに香辛料屋の吸血鬼がいるのよ。」

 

 マジか……資本家から香辛料屋に転職とは、ついていないにも程がある。

 

「取りあえずそこで吸血鬼としての生き方を学びなさいな。紹介状を書いてあげるわ。」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「そうね、私は同族は殺さないけど、咲夜に吸血鬼殺しを体験させておくのは悪くないわ。」

 

 どうやら断れる状況ではなさそうだ。私は小さくため息をつくと、小さく頷いた。

 

「ああ、じゃあそれで頼む。」

 

「決まりね。咲夜。」

 

 レミリアはメイドの名前を呼ぶと、懐から一通の便箋を取り出した。いつの間に用意したのか、どうやら紹介状のようである。

 

「小悪魔、闇市場に連れて行ってあげなさい。今の時期ならあそこに店を出しているはずよ。」

 

「畏まりました。」

 

 小悪魔は私の肩に手を置いた。次の瞬間、どこかに引っ張られるような感覚が全身を襲う。次の瞬間には何処か市場のような場所に出ていた。だが、普通の市場とは程遠い。売られているものは見たことのないものばかりで、店員も人間とは思えない容姿の者が多い。

 

「ついてきてください。食べられることはないと思いますが、襲われたら悲惨ですよ。」

 

 小悪魔は人をかき分けるように歩いていく。私ははぐれないように必死についていった。

 

「何処まで行くんだ?」

 

「この先ですよ。にしても貴方、運がいいですね。かく言う私も一度死にかけて、その後お嬢様に殺されそうになりまして。色々あって今の立場に落ち着いたんですけどね。」

 

 レミリアの部下は訳アリが多い。記憶しておこう。これから何かと長い付き合いになりそうだ。

 

「ああ、ここです。では、私はこれで。」

 

 小悪魔はそう言うと、何処かに消えてしまう。ここから先は一人で行けということだろう。

 

「……これは、新しい人生が始まったと割り切るしかなさそうだな。」

 

 私は紹介状を握りしめ意を決して屋台の店主に話しかけた。




というわけで資本家番外編でした。ちなみに、咲夜はあの後レミリアに説教されました。次回は普通に本編上げる予定です。
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