誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。
ということで、本編開始。
移動して、偵察して、変装して
揺れと光が止み、私は恐る恐る目を開ける。目の前には大図書館の高い天井が広がっていた。ああ、私は今大図書館の床に転がっているのか。パチェが綺麗好きで助かった。そうでなければ、服が埃まみれになっていたところだ。私は首を横に向けてパチェのいた方を見る。そこにパチェの姿は無く、棚から落ちたのであろう大量の本が山積みになっていた。
「いやはや。今度こそヘルメットが必要だったみたいですね。」
美鈴が私を見てケタケタと笑っていた。こいつが立っていて、私が転んでいるというのは気に入らない。さっさと起き上がり、胸倉でも掴んで地面に引きずり降ろしてやろう。私は立ち上がろうと床に手をつき力を込める。
「大丈夫ですか? お嬢様。」
突如、私の目の前に白く細い手が差し出された。私はこの手に見覚えがある。咲夜の手だ。私は咲夜の顔を見上げる。そして、唖然としてしまった。それは、あまりにも私の知る十六夜咲夜ではなかった。私の知る十六夜咲夜はこんなに目が輝いていない。私の知る十六夜咲夜はこんなに柔らかな笑みを浮かべない。術を発動させたこの一瞬で、なんの脈絡もなく人がここまで変わるとは思えない。咲夜の中で、少なからず時間の経過があったことは確かだろう。私は伸ばされた手を取る。その瞬間、咲夜の中にあった時間のズレのようなものが流れ込んできた。それを感じ取り、私はなんとなく悟る。咲夜は、人間として生きる道を選んだ。尚且つ、ここに戻ってきてくれたということは、人間のまま、私に忠誠を誓うということだろう。
「それが、貴方の答えね。」
咲夜は私の手を握り返すと、そのまま引っ張り起こす。
「はい、そしてお嬢様が望まれた幕引きでもあります。」
違う。それは違うぞ咲夜。こうなるように望んだのは、咲夜自身だ。そして、幕引きでもない。
「幕引き? 違うでしょ。」
私は羽の調子を確かめるように、大きく羽を広げた。
「始まりよ。」
私は、咲夜の手を握りながら高々と宣言した。
「さあ始めよう。私たちの戦争を。」
「はい。お嬢様。」
咲夜の手を放し、大図書館の中を見回す。なんというか、非常にカオスだ。あちこちの棚から本が溢れかえり、あちらこちらで妖精メイドの騒ぎ声が聞こえる。そして小悪魔は必死に何かを掘り起こしていた。
「……手始めにパチェを掘り起こしましょうか。」
「……はい。」
数分後、息も絶え絶えなパチェが本の山から発掘された。美鈴によって、混乱していた妖精メイドも落ち着きを取り戻している。取りあえず、話が出来る環境にはなっただろう。パチェは服を軽くはたくと大図書館を見回し、小さくため息をつく。どうやらここまで大惨事になるとは思ってもみなかったようだ。
「落下対策しなきゃ。」
パチェが手をパンと叩くと本が宙に浮き、あるべき場所へと戻っていく。あっと言う間に後片付けは終わった。
「取りあえず皆で私の部屋に行きましょう。ここじゃ本当に移動できたのかよくわからないわ。先に移動しておいて頂戴。私はフランの様子を見てから行くわ。」
パチェは頷くと、三人を連れて大図書館を出ていく。私は皆が先に行ったことを確認すると、大図書館から出て廊下を進んだ。
「フラン、入るわよ?」
私はフランに軽く声を掛け、部屋の中に入る。大図書館は大惨事だったが、フランの部屋は何時ものままだった。まあ、フランの部屋にはそもそも落ちるものが無いが。
「あら、かなり激しい揺れだったけど。原子爆弾でも爆発させたの?」
「流石の私も面白半分に家の中で原爆なんて使わないわよ。引っ越したの。館ごとね。」
「ふうん。」
フランは興味無さげにベッドに寝転がる。
「必ず、必ずこの世界でフラン……貴方の居場所を作るわ。だから……。」
言葉が出てこない。どうも、フランの前ではいつもの調子が出なかった。
「お姉さま、いつもありがとう。」
「――ッ!?」
フランが私にお礼を言った。ベッドに寝転がりながら、じっとこちらを見ている。なんだかそれだけで満足してしまいそうな私の心に、自分のことながら少し笑った。まったく、これじゃあパチェのことをちょろいと言えないな。
「待っててフラン。」
「うん、わかった。」
フランに手を振り、部屋から出る。さて、戦争の準備を始めよう。私は急ぎ足で階段を駆け上がり、目を瞑っても歩けるだろう自室までの道を歩く。窓から見える外の景色は暗く、まだ真夜中であることを語っていた。部屋に入るとパチェ、咲夜、美鈴、小悪魔が窓から外を見ている。皆、それぞれ見る方向が違うのが面白かった。パチェは空を見上げ、咲夜は正面に目を凝らし、美鈴は地面を見ている。小悪魔は他の三人の顔を見ながら、上から下まで眺めていた。
「お待たせ。作戦会議を始めましょうか。」
私が声を掛けると、パチェが私の部屋の円机の周りに全員分の椅子を用意する。全員がそれに座ったことを確認すると、私は最後にいつも自分が使っている椅子に腰掛けた。
「まずは何をしましょうか。」
パチェが私の顔を見ながら問う。いや、パチェだけじゃない。皆が私の言葉を待っていた。
「そうね。取りあえずこの土地のことをよく知らないといけないわ。パチェ、地形を調べなさい。咲夜は時間を止めて近くに人間の街がないか調べて。美鈴は館周辺の警備と生態環境の調査。小悪魔は全員と連絡を密に取り合って何か分かるごとに逐一私に報告しなさい。」
「かしこまりました。」
「ほいよー。」
「わかったわ。」
「わかりました。」
皆口々に返事をし、小悪魔を残して私の部屋から出ていく。そして三秒後、部屋のドアがノックされた。
「只今戻りました。お嬢様。」
「入っていいわよ。」
私が許可を出すと、静かにドアを開けて咲夜が入ってくる。
「まあ、座りなさい。」
「失礼致します。」
そして私の前に座らせた。咲夜は懐から数枚の写真を取り出すと、机の上に並べる。形状からして、インスタントカメラで撮られたものだろう。魔法を使わずこのような道具を用いるところは、なんだが咲夜らしいと思えた。
「ここから十数キロ離れたところに里を発見しました。」
写真には、如何にもな日本家屋が並んでいる。京都で見た光景をもう少し古臭くしたらこのような感じになるだろう。
「人口は千もいないものかと思います。文明のレベルは低く、十九世紀後半の日本そのものです。」
「統治者は?」
「大きな屋敷が数か所あります。」
咲夜は追加で何枚か写真を取り出す。確かにそこに写っている屋敷は他の建物より豪華だ。表札には『稗田家』、『霧雨家』の文字が見えた。
「霧雨家には『霧雨店』という看板もあったので、里の道具屋といったところでしょう。それに引き換え稗田家は商売を行っているような様子が無く、もし里に統治者がいる場合はこの稗田家だと思われます。」
「ご苦労。休息を取ったのち、引き続き時間を止めて周囲を探索しなさい。捜索範囲は館から半径三十キロメートル。何かありそうだったらそれ以上の範囲の捜索も認めるわ。」
「休息は必要ありません。向こうで料理をたらふく食べて来たところなので。それに、疲れたら時間を止めて適当に休みます。」
料理をたらふく食べて来た? 私が怪訝な顔をすると、咲夜は慌てて事情を話した。
「こっちに来る前に、ビルとフラーの結婚式に参列していたので。その席で少々。」
「貴方……もしかしてホグワーツでの戦いが終わってから結構な時間向こうにいたの?」
「……半年ほど。」
ゆっくりしすぎだ。私は軽くため息をつくと、咲夜の肩をポンと叩く。
「じゃあ戦いが終わってからのことも報告しなさい。半年間、一体何があったのか。」
咲夜は一度浮かしかけた腰を椅子に戻すと、順を追って話し出す。簡単に要約すると、死喰い人が改心し、アズカバンが都市になり、クィレルが大臣に復帰するらしい。ちなみに、まだ起こっていない出来事なので、絶対にそうなるとは限らないだろう。
「お嬢様は全て分かっていて私に逆転時計を授けたのですよね?」
咲夜はそう言えばと、首から掛けていた逆転時計を外し、机の上に置く。私は逆転時計を受け取り、引き出しの中に仕舞いこんだ。
「この世の中、分かっていることなんて少ないわ。私は貴方に授けたのではない。賭けたのよ。魔法界の行く末をね。結果は、貴方が見てきた通り。貴方は多くの人間を救い、ここへ戻ってきた。」
私は咲夜の頭に手を乗せ、白い髪を軽く撫でる。
「また暇な時間にでも、パチェに同じ話をしてあげなさい。きっと喜ぶわ。」
咲夜はくすぐったそうに目を細め、すくっと立ち上がった。
「では、再度調査に行って参ります。」
次の瞬間、目の前にいた咲夜が消え失せる。今までの様子を横で見ていた小悪魔が、小さく笑った。
「まるで、親に褒められた子供ですね。」
「まるでも何も、そのものよ。……ママが恋しい?」
「冗談を。愛情なんてくそくらえです。」
「そう、滅茶苦茶愛してやるから覚悟してなさい。」
小悪魔はカラカラ笑うと、魔導書を取り出す。どうやら、あの魔導書で連絡を取り合っているようだった。次の瞬間、部屋のドアがノックされる。
「入りなさい。」
「失礼致します。」
ノックの主は咲夜だった。咲夜は部屋に入ると私に対し一礼し、対面に座る。髪の艶が変わっているところを見るに、風呂にでも入ったのだろう。
「周囲三十キロメートルの調査が終わりました。里の周辺には畑が広がっており、里から少し離れた山の上に神社がありました。ですが少し奇妙なところがありまして。」
咲夜は一枚の写真を取り出す。そこには瓦屋根の建物と、奇妙なオブジェクトが書かれていた。
「これは……えっと、なんだったかしら。あ、そうそう。鳥居ね。」
確か、日本の神社を象徴するものだった気がする。
「はい。普通は鳥居から境内に入り、拝殿で参拝するのですが、この神社は鳥居が里から境内を挟んで反対側にあるんです。」
「どういうこと?」
「里から参拝に来た場合、鳥居から入るには境内を通って反対側に移動しないといけないということです。」
それが本当なら、確かに不可解だ。
「こうは考えられない? 神社の方が先に建って、里の方が後から出来たとか。昔は鳥居のある方向に違う里があったとか。」
「それも考え、鳥居の方向へ飛んでみましたが何処まで飛んでも山と森でした。」
私は咲夜の取り出した写真を見ながら相槌を打つ。鳥居には『博麗神社』と彫られていた。
「博麗……ね。他には?」
「はい。人里を中心にさらに探索を行い、山に集落を発見致しました。集落には人の姿はなく、天狗が住み着いています。」
「日本の山に天狗がいるというのは本当だったのね。」
「見た限りでは里よりも高度な社会を形成しているみたいでした。」
ふむ、案外この世界を仕切っているのは天狗なのだろうか。いつでも高度な技術を持っている者が支配者だ。
「ふうん。文明レベルは?」
「電化製品などは有りませんが、カメラを持っている天狗を見受けました。ある意味魔法界の文明レベルに近いのかも知れません。」
なんにしても、その天狗の集落とやらには注意しないといけないだろう。
「ほかには?」
「その他に集落や里のようなものは見当たりませんでした。捜索範囲を広げればもう少し何か見つかるかも知れません。」
これ以上は周囲を軽く探索する程度では何も分からないだろう。あとの詳しいことは実際に里に入って話を聞くほかない。
「そうね。対立している二つの勢力という可能性もあるわ。これ以上の調査は慎重に行いましょう。取りあえず、探索はこれで終わりにしなさい。紅茶が飲みたくなってきたわ。」
「かしこまりました。」
次の瞬間には、私の前に淹れたての紅茶が置かれていた。何とも仕事の早すぎる従者だ。咲夜が味方にいる限り、どんな戦争でも負ける気がしない。
「お嬢様、これ以上咲夜に何か頼むと過労死してしまいますよ。」
咲夜の仕事の早さに、小悪魔も思わず苦笑する。
「仕事のし過ぎで死ぬような従者は要らないわ。」
「大丈夫です。お嬢様。一日のうちに二十五時間ほど休息時間を設けております。」
「何アホな話をしてるのよ。」
不意に横から声がしたかと思うと、パチェがいつの間にか椅子に座っていた。パチェは緊張感のかけらもないわねとぼやきながら言葉を続ける。
「周辺の調査が終わったわ。この結界内は里を中心にして盆地になっている。紅魔館の近くには霧が立ち込めている湖が存在しているわ。山の一角には神社があり、境内を見る限り人が住んでいるようね。この結界内で一番大きな山は天狗の住処になっているようよ。そして最後に、ここの地名がわかったわ。」
時間を止めて調査をしていた咲夜とは違い、短時間でここまで調べて来たということか。やはりパチェは何をやらせても天才のようだ。あ、チェス以外だが。
「地名? ああ、イギリスとか日本とか、そういうの?」
「そんな大きなくくりじゃないけどね。この地はこう呼ばれている。『幻想郷』と。」
幻想郷。その名前を聞いて私は妙にしっくりときた。安直なネーミングとも思える名前だが、多分この地を率直に表現するならそれなのだろう。幻想郷という名前に、咲夜がピクリと反応する。
「咲夜、聞き覚えがあるの?」
「……いえ。」
あ、これは何か知っているようだ。だが、答えなかったということは、何か話せない事情があるのだろう。
「そう。でも名前があるとようやくしっくりくるわね。『幻想郷侵攻作戦』。私はこの作戦をそう命名するわ。パチェ、幻想郷の統治者は分かった?」
「今のところは不明よ。でも幻想郷を隔離している結界を管理しているものがいるのは確かね。中に入って詳しいことが分かったけど、幻想郷には二つの結界が張られている。一つは忘れ去られたものや、空想や架空の存在だと思われたものを引き込む概念的な結界。もう一つは常識と非常識を分ける結界。この常識と非常識を分ける結界によって、幻想郷は外の世界から隔離されている。」
「まだ結界の管理者が誰かは分かっていないのよね?」
「それは無理よ。塀を見ただけでそれを誰が作ったかなんてわからないし。ご丁寧な『何かありましたらこちらまでご連絡ください』っていう張り紙もないしね。」
パチェはそう言って肩を竦めた。まあ流石にそこまでは無理ということなのだろう。
「分かったわ。取りあえずこれ以上の調査は朝になってからにしましょう。まずは人里に潜入しての調査よ。旅人を装って……は、無理ね。外の世界から迷い込んだ設定とかはどうかしら。」
旅人を装うのは不可能だろう。なにせ、里が一つしかないのだから。私の提案にパチェは少し考えると、ポンと手を打った。
「多分だけど、外から人間が迷い込むというのはよくある話だと思うわ。里の中で電化製品をいくつか見たし。機能してはいないみたいだったけど。」
「そう、じゃあ現代の日本人に変装していきなさい。くれぐれも魔法が使えることがばれないようにね。」
幻想郷では魔法が使えるものが珍しくないかもしれないが、魔女だと迫害される可能性もある。
「取りあえず里の調査は咲夜に任せるわ。パチェは天狗の方をお願い。小悪魔は取りあえず美鈴を連れ戻してきなさい。」
「もう帰ってきてますよ。」
不意にドアの方から美鈴の声が聞こえてくる。というかいるならさっさと会話に参加しろと言いたいが、まあいいだろう。
「で、周囲はどんな感じ?」
美鈴は椅子に座ると一輪の花を机の上に置く。
「花菖蒲が咲いていました。」
「……それだけ?」
「……まっさかー。はははは。えっと、湖の方に妖精らしき少女がいましたよ。態度からして湖のヌシですね。」
「それだけ?」
「あの……その……。」
うん、こいつに調査を任せたのが間違いだったか。いや、まて。今回の目的は侵略だ。ちまちました調査が性に合わないのなら、派手に暴れさせてみよう。
「はぁ。パチェ、天狗の調査は行わなくていいわ。その代わり美鈴、天狗の集落に威力偵察に行きなさい。」
「威力偵察ってなんです?」
「要するに……攻め込んで敵の兵力を確認したらさっさと帰ってこいって意味よ。」
パチェはそれを聞くと、美鈴に指輪を一つ手渡す。それと同時に、美鈴の肩に手を置いた。次の瞬間、美鈴の姿が変わる。美鈴は懐から手鏡を取り出すと、全身を確認した。
「体格はほぼ変わってないですね。見た目が変わっただけですか?」
「ええ、体術が使いやすいように。指輪は帰還用ね。今回は常に身に着けておくこと。いざって時に使えないよりかは間違って帰ってきちゃうほうがマシよ。」
パチェはそう言うが早いか、手を一度パンと叩いた。次の瞬間、美鈴が目の前から居なくなる。
「……なんのブリーフィングもなく送り出したわね。ちなみに何処に送ったの?」
「集落のど真ん中。まあヤバかったら帰ってくるでしょ。」
先ほどまでの優しいパチェは何処に行ってしまったのか。単純に美鈴に厳しいだけかも知れない。まあそれもそうか。私との付き合いと同じだけ、美鈴との付き合いもあるのだ。
「何分持つかしらね。パチェ、治療の準備をしておきなさい。」
私は指示を出しつつ、紅茶を飲む。咲夜は、少し心配そうに山のある方向を見ていた。十分ほど経っただろうか、部屋の真ん中に全身血まみれになった美鈴が現れた。肩で息をしているが、まだ元気そうである。
「おつかれ。パチェ、治療してあげなさい。」
パチェと小悪魔は急いで美鈴に駆け寄り、回復魔法を掛けていく。咲夜は美鈴の顔についた血をハンカチで拭っていた。
「あら、思ったより傷は酷くないわね。殆どかすり傷じゃない。」
パチェが美鈴の傷を治しながらほっと溜息をつく。美鈴はすっかり綺麗になった顔でたははと笑った。
「流石の私も重症になるまで威力偵察しないですよ。取りあえず報告しますね。」
最後に清めの魔法を掛けられ、すっかり元通りになった美鈴は私の対面に腰かけた。
「てかぱっちゃん。あんなところに放り出すとか鬼ですか? 敵陣のど真ん中でしたよ?」
「移動する手間が省けるじゃない。」
美鈴は納得いかないように頭をガシガシと掻くと、偵察の結果を話し出す。
「まず警備兵に関してですが、実力はそれほどではないですね。魔法界にいた人狼が空を飛んで武器を持っているレベルです。種族的には白狼天狗じゃないですかね。なんにしても、実力はともかく統率は取れていました。さながら軍隊のようでもあります。」
小悪魔は美鈴の話をメモにとっていく。
「数は?」
「夜中だったので何とも……少なくとも三十はいましたが、もっと多いでしょうね。集落の周囲を警備しているのだとしたら、三十程度氷山の一角ですよ。」
「装備は?」
「基本的には剣と盾です。でも一部特技兵じゃないですけど、特殊な術を使う者もいましたね。あ、でもさっきのかすり傷はその白狼天狗に付けられたものではないですよ? 血はほぼ白狼天狗の返り血ですが。」
やはり全身を真っ赤に染めてたのは自分の血ではなく敵の血だったか。
「適当に白狼天狗を殺していたらですね、今度は羽の生えた天狗が出てきまして。多分鴉天狗だと思うんですけど、カメラを持っていましたね。何枚か写真を取ってすぐに逃げていきました。それからすぐですね。滅茶苦茶強い天狗が何人か出て来たのは。多分ですが、上級な天狗になればなるほど強い力と術を持っているんでしょう。あれは下手したらお嬢様以上ですよ。戦っているうちにどんどん数が増えていって、三人ぐらい戦闘不能にしたところで危険を感じたので帰ってきました。」
「あ? 今ちょっと馬鹿にしたか?」
「……事実ですがなにか?」
私は対面に座っている美鈴の脛を思いっきり蹴飛ばす。鈍い音がして美鈴の足の骨が折れた。
「痛い! え? 普通にさっきのより重症なんですが!?」
「アホなこと言ってるからよ。で、その強かった天狗というのは?」
「あ、はい。こてこての天狗って感じでしたよ。力は私と同じぐらいですが、妙な術を使いますね。各個撃破なら苦労しませんが、統率を取られてリンチにあうと普通に厳しいです。攻め入るならこちらも人数を増やした方がいいですね。」
まあ、殲滅するだけなら簡単だ。咲夜が時間を止めて私が皆殺しにすればいい。だが、それをするのなら何もない土地に引っ越すのと変わらない。民がいて初めて支配者なのだ。
「パチェ、天狗がどういう対応に出るか観察しておきなさい。美鈴、ご苦労様。小悪魔、館の結界はどうなってる?」
「問題なく機能していますよ。」
「手紙なんて来るはずもないし、完全に館を隠しなさい。準備の段階で攻め入られては興ざめよ。」
「了解です。」
小悪魔は軽く敬礼すると、窓から館の外へ出ていく。パチェは折れた美鈴の足の具合を確かめると、こちらに向き直った。
「レミィ、先ほどの話だけど。普通に無理よ。」
「それはどういう対応に出るか探れないということ?」
「ええ、ここでは衛星を使った目は使えないし。それこそスパイでも送らないと難しいでしょうね。」
ふむ、じゃあ純粋に入ってくる情報で判断するしかないか。取りあえず明日の朝、里の偵察結果次第でいろいろ考えよう。人に話を聞くことによって多分何かしら分かるはずだ。
「……結界に穴が開いたわね。取りあえず修理しといて~。」
「博麗の巫女へは?」
「それは明日の朝でいいわ。」
「御意。」
「侵入者は捕えたのか?」
「それが、戦闘中に忽然と何処かへ消え去りました。」
「……周囲を捜索せよ。深追いはするな。白狼天狗には五人一組で行動させよ。」
「わかりました。」
1997年、六月十四日、早朝。
私はパチュリー様と共に里を訪れていた。二人とも、服装は簡単な洋服だ。容姿はパチュリー様の魔法で変えている。何処からどう見ても日本にいる女子高生にしか見えないだろう。
『いかにもな里ですね。まるで時代劇です。』
私は口を開かずに魔法でパチュリー様に語り掛ける。
『まるで、じゃなくてそのものでしょう? 文明のレベルもまさに江戸の後期よ。取りあえず、誰かに話を聞いてみましょうか。』
やはり時代劇のような建物が立ち並ぶ里では、洋服は目立つ。変な目で見られることはないが、皆が一度は私たちの方を振り返った。
「あ、あの!」
不意に背後から声を掛けられ、私は一瞬固まってしまう。だが、パチュリー様は落ち着いた様子でゆっくり振り返った。
「何かしら。」
私も自然な素振りに見えるように努めながら後ろを振り返る。そこには袴に洋物のエプロンをした少女が立っていた。髪を二つ結びにして、鈴の髪飾りが付いている。
「あの、もしかして外の世界から来た方ですか!?」
袴エプロンの少女は目をキラキラさせながら私たちを見ている。やはり、外から人間がくることはよくあることなのだろう。
「外の世界? というか、ここは一体何処なのかしらね。江戸村とか?」
「だから拙いよ。時代劇の撮影とかだったら……。」
私は心配そうな顔をしてパチュリー様の裾を引っ張る。流石に演技が臭すぎるかとも思ったが、袴エプロンの少女は不思議そうな顔をするだけだった。
「いろいろお話聞かせてください!」
袴エプロンの少女はパチュリー様の手を取ると、ぐいぐいと引っ張り歩き出す。
『いいんですか? ついていって。』
パチュリー様は手を引かれながらも私の方を見た。
『大丈夫。彼女は普通の人間よ。若干妖力を持っているようだけど、取るに足らない程度だわ。』
それなら、まあいいのだが。私は少女の後を追って歩き出す。少女はよくわからないが凄く楽しそうだった。
「私前から外の世界に興味がありまして。実際に住んでいた人に話を聞きたいじゃないですか。」
「話を聞きたいのはこっちなのだけどね。全然状況が呑み込めないわ。そもそもここは何県? 日光じゃないわよね?」
「日光? 今日は確かにいい天気ですけど……もしかしてこっちに来てからまだ日が浅い感じですか? じゃあその辺も含めてお話しますね。どうぞ入ってください!」
袴エプロンの少女はたかたかと建物の中に入っていく。暖簾の上には三文字の漢字が記されていた。多分店の名前だろう。
『鈴奈庵……。』
パチュリー様は特に警戒することなく中に入っていく。私は恐る恐る店内へと足を踏み入れた。かなり警戒していたが、どうやら杞憂だったようである。店内には所せましと本が並んでおり、さながら現在の本屋のようだ。
「えっと、本屋さん?」
私が首を傾げると、少女はフフと笑う。
「本屋は本屋でも貸本屋ですけどね。」
「レンタルショップということね。」
「れんたる?」
少女はカウンターの前にある円卓の上を片付けると、店の奥から椅子を二つ持ってくる。
「今お茶を淹れますね。」
そう言って私たちを椅子に座らせると、店の奥へと消えていった。店内は雑然としており、何よりカウンターが散らかっている。置かれている本自体は昔の書物から現代の製本技術を用いて作られた本まで様々だ。
『何か怪しいものはありますか?』
『……そうね。一部魔力を感じる本はあるけど、大したものじゃないわ。ホグワーツの図書室に普通に置いてあるレベルよ。』
ならそんなに問題ないのか?
『なんにしても、あの少女自体に力が殆どないわ。商品として取り扱っているだけでしょうね。』
「お待たせしました~。」
少女は盆の上に湯飲みを三つ載せて運んでくる。私とパチュリー様の前に湯飲みを置くと、空いているスペースにもう一つの湯飲みを追いて、カウンターの後ろから椅子を引っ張ってきてそれに座った。
「あんまりいい茶葉じゃなくて申し訳ないんですけど……。」
本当に表情がコロコロ変わる少女だ。私はパチュリー様が手を付けたのを確認してから湯飲みを手に取る。本来ならば私が毒見をしないといけないのだろうが、パチュリー様なら万が一にも毒を見抜けないということないだろうという信頼からだ。
「いえ、美味しいわ。ありがとう。」
パチュリー様は優しげな笑みを少女に向ける。少女はにこりと笑うと早速話を始めた。
「で、お二人は外の世界から来たんですよね。どんなところなんですか!?」
「いや、ちょっと待って頂戴。その前にここが何処かという話を聞きたいのだけれど。」
「……? ここは私の家ですけど。あ、鈴奈庵っていう貸本屋やってます。品揃えは古典文学から外の世界のものまで。最近は外の世界の本も増えてきましたね。あまり仕事は来ないですが製本もやってますよ?」
パチュリー様はゆっくり湯飲みを傾けると、コトンと机の上に置く。その動作は何処か引き込まれるものがあった。少女も同じだったのだろう。息を飲むようにパチュリー様を見ている。
「私はもっと広い意味で聞いたつもりだったのだけれど。この土地はなに? まるで江戸時代にタイムスリップしてきたみたいだわ。」
少女は一瞬ぼぅっとしていたが、すぐに我に返る。そして慌てて説明を始めた。
「ここは幻想郷という土地です。私も詳しくは知らないんですけど、結構昔に外の世界から隔離されたらしいですよ?」
そうそう、そういう話が聞きたかったのだ。私は納得して頷こうとしたが、少女がそう言った瞬間にパチュリー様が怪訝な顔をする。
「そんな土地聞いたことないけど……それに隔離? 一体何の話をしているの?」
パチュリー様のそんな言葉を聞いて、私は不意に思い出す。そう言えば私たちは外の世界から来た一般人という設定だった。そう簡単にはいそうですかと納得してはいけない。
「あー……えっとですね。……どう説明したものかな。」
少女は私たちの設定をなんとなく察したのか、困った表情で頭を掻く。多分何を言っても信じてもらえないと思っているのだろう。こちらから譲歩するべきだろうか。取りあえず納得して話を先に進めるとか。私がパチュリー様にそう提案しようとした瞬間、パチュリー様が口を開いた。
「もう少し詳しい人はいないの? よくわからない人に説明されてもよくわからないことしか分からないわ。」
パチュリー様は呆れたようにそうため息をついた。なるほど、そのための事情が分からない演技か。これなら少なくともこの少女が思う『幻想郷に詳しい人』から話を聞くことが出来る。
「たはは……すみません。って、いつの間にか立場が逆転してません!? あ、でも詳しい人ならそのうち来ると思いますよ。借りた本の返却日が今日だったと思うので。」
少女はカウンターの方へと駆けていき、何枚かの書類を確認する。そして自分の記憶が正しいことを確認し、満足そうに頷いた。
「多分幻想郷の歴史に関しては一番詳しいですよ。貸本屋っていう家柄から小さい頃からの付き合いなんですけどね。」
少女は座り直すと、湯飲みの中のお茶をゆっくりと飲んだ。そしてふちゃふちゃな笑顔を浮かべる。まるで実力のまるでない美鈴さんのようだ。
「さて、それじゃあ待ち人が来るまで外の話でもしましょう! もともとそれが目的で招待したんですし。」
少女はそう言って目を輝かせる。
『外の世界の話をしていいのでしょうか。』
『駄目よ。いや、強いて言えば私たちはまだ幻想郷の仕組みが分かっていない状態。それなのにまるで自分が異世界にいる実感があるかのように外の世界のことを語れば矛盾が生じるわ。』
『了解です。』
「外の世界ってどんな場所なんです? 海があるんですよね!」
私たちの事情も関係なく、少女は質問を飛ばしてくる。ここはパチュリー様に会話を任せて、私は相槌を打つことに専念しよう。
「……もしかしてここは内陸県なの?」
「ないりくけん?」
「海に面していないのかってことよ。」
パチュリー様の説明に、少女はポンと手を打った。
「ああ、はい。幻想郷には海は無いですよ? 山の方から川は流れてますが。」
「そうね……夢を壊すみたいで悪いんだけど、海はそんなにいいところではないわよ。髪の毛は傷むし肌は焼けるし海水は綺麗じゃないし。」
「へ~……。地獄のようなところなのね。」
いや、そこまで言ってないだろう。多分海というものを概念でしか知らないのだろう。確かに今の話が海の全てだとすると、地獄のようにも聞こえるだろう。特に女子にとっては。このような形で、当たり障りのない会話をしつつその詳しい話が出来る者を待った。三十分ほど袴エプロン少女と嚙み合っていない話をしていると、一人の少女が風呂敷に包まれた本を抱えて暖簾をくぐって店内に入ってきた。
「あら、お客さん?」
「あ、待ってたよ。」
入ってきた少女は如何にもいいところのお嬢様といった容姿だった。袴エプロンの少女と比べると、着ている物も何ランクか上だ。袴エプロンの少女は入ってきた少女の方へ駆けていくと、風呂敷に包まれた本を受け取った。
「一、二、三……これで全部だっけ?」
「ええ。で、この方たちは?」
少女はゆったりとした動きで私たちの方を向く。ああ、この雰囲気は知っている。見た目に反して年齢が上回っている者の雰囲気だ。私の周りにはそのような者しかいない為、そういう雰囲気には敏感になっている。
「外の世界から来た人たちよ。ああ、紹介しますね。こちら私の友達の――」
入ってきた少女は袴エプロンの少女の言葉に重ねるように自己紹介をした。
「稗田家当主、稗田阿求です。以後お見知りおきを。」
里に大きな屋敷を持つ、多分権力者であろう稗田家の当主。そんな重要人物が、偶然とはいえいきなり私たちの目の前に現れた。
レミリアの話を書くにあたって、紅魔館を移転させてハイ終わりってわけには行かないなと思ってしまったのが間違いだったのかもしてません。ということで、レミリアが侵略戦争に負けるまで話を続けようと思います。もしかしたら途中から更新が十倍ほど遅くなるかも知れません。そうなる前に完結させる予定ですが、そうなる可能性があることをご理解ください。
まあ、一応今回の始めの方で完結ということで。ここから先は本編という名のおまけです。