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一九八七年。十六夜咲夜七歳。
咲夜は紅魔館の庭で犬を座らせていた。紅魔館の新しいペットだ。もっとも、犬と言ってもブラックドックだが。違う言い方をすればグリム、黒妖犬とも言う。
グリムというのは不吉の象徴と言われ、厳格には生物というより亡霊や妖精の一種である。見たものは不幸に見舞われるという話だが、今のところ咲夜は不幸を感じていない。
グリムは咲夜の指示でおすわりの体勢を取っていたがそわそわと建物の中を窺っている。
「妹様の狂気が気になるの? 確かに、私も妹様の笑い声は苦手だわ。肖像画で見る限りでは可愛らしい容姿のお方みたいだけど」
咲夜はフランドールが苦手だった。狂気自体は何も問題ないが、たまに地下深くから聞こえてくる笑い声が、不気味に咲夜の背中を撫でるのだ。
「よし、食べていいよ」
咲夜が許可を出すとグリムは目の前に置かれた人の骨を咥える。なんというか、可愛らしかった。何故紅魔館にグリムがいるのか。理由は簡単だ。レミリアが飼いたいと言ったからである。紅魔館ではレミリアの気まぐれでペットを飼い始めることがあるのだが、その殆どが飼われ始めて一週間程で衰弱死していた。
そう思えばこのグリムは飼われ始めて二週間が過ぎている。随分と保っていると言えるだろう。咲夜は骨を食んでいるグリムの頭をワシャワシャと撫でる。グリムは怯えたように目を瞑った。
「おっはー咲夜ちゃん。朝遅くにご苦労さまです」
紅魔館の扉を開けて美鈴が庭に出てくる。美鈴はしゃがみ込むとグリムに抱きつき滅茶苦茶に撫でまくった。
「おー、よしよしよしよし。ええこやええこや」
グリムは面倒臭そうに美鈴に体重を載せる。美鈴はしばらくグリムを撫でると満足したように立ち上がる。
「随分弱ってきたみたいだね。今ぐらいが限界かな?」
それを聞いて咲夜は表情を暗くする。基本的にペットの世話は咲夜の仕事だ。今まで幾つかの種類の動物を飼ってきたが、そのどれもが短命ということもあって、咲夜自身、自信を無くしている。
「まあ仕方のないことだとは思うけどね。妹様の狂気が濃すぎるから。おぜうさまは建物の中で飼いたいみたいだけど……まあ無理だろうね」
美鈴はグリムを抱き上げると建物の方に歩き出す。途端にグリムは震えだし、美鈴の腕の中から逃げ出した。
「う~ん、多分おぜうさまは妹様にアニマルセラピーを試したいんだろうね」
咲夜はグリムに近づくと、優しく撫でる。グリムは暫く震えていたが、次第に落ち着いてきたようだった。
それから一週間後、グリムは衰弱死した。紅魔館で飼われたペットにしては長生きしたほうだと言えるだろう。
一九八七年、十六夜咲夜七歳。
美鈴は咲夜を連れてロンドンの街を歩いていた。今の時刻は午前十一時。太陽は高く昇っており、ぽかぽかと暖かい陽気だった。
「さて、雑貨屋さんは何処だったかな。咲夜ちゃんは覚えてる?」
美鈴はいつものチャイナ服ではなく、カジュアルな洋服を着ている。髪も紅ではなく茶色く染めていた。咲夜も可愛らしいワンピースを着て、帽子を被っている。そう、二人は変装をしていた。
「確かこの先の路地を曲がったところにお洒落な雑貨屋がありましたよ。この前この辺に来たときにチラッと見えたんです」
「それってこの前狩りに出たときの話?」
咲夜は月に一度人間を狩るために街に出る。もっとも、一度狩りをした場所では暫く狩りはしないが。
「あ、お洒落なカフェがありますよ。ちょっと寄って行きません? ほら、このケーキとか美味しそう」
「時間は……大丈夫ですね。いいですよ」
美鈴の誘いに咲夜が乗り、二人は喫茶店へと入っていく。
「コーヒーセットを二つください。ケーキはチーズケーキを」
テーブルにつくと咲夜が手早く注文をした。
「コーヒーはブレンドのものになってしまいますがよろしいでしょうか」
「ええ、構いません」
店員は注文を聞き終わるとカウンターの方に駆けていった。昼が近いこともあり、忙しいのだろう
「咲夜ちゃんはこういう場所でドリンク頼むとき、毎回コーヒーだよね。なんで?」
「いえ、紅茶は自分で淹れたほうが美味しいので。コーヒーは普段飲まないじゃないですか」
「まあ、その心境はわからなくもないけどね」
コーヒーが運ばれてくると、咲夜はまず何も淹れず一口飲む。その後角砂糖を三つ入れた。美鈴はそのままブラックで飲んでいる。
「美鈴さんはそのまま飲みますよね。苦くないんです?」
「え? 咲夜ちゃんは麦茶に砂糖入れる?」
それを聞いて咲夜は少し眉を顰めた。
「いや、入れないですけど。そもそもあまり飲まないです。麦茶」
「それと同じよ」
いや、その理屈はおかしいと咲夜は思ったが、突っ込んだら負けだと本能的に察した。
「なんにしても、あんまり苦くもないしね。小さい頃は舌が敏感なんですって。あ、このケーキ美味しい」
それを聞いて咲夜もチーズケーキを一口食べる。途端に顔が綻んだ。
「おいしいです」
「うん、素直でよろしい」
「すみません、相席よろしいでしょうか」
急に声を掛けられて、咲夜はフォークを咥えたまま振り返る。そこには先程の店員と親子に見える二人組が立っていた。美鈴は店を見渡すが、確かに満席だ。いつの間にか結構混んできてきたようだ。
「ええ、構いませんよ」
咲夜が快く許可を出す。親子は軽く会釈をすると空いている椅子に座った。
「紅茶とサンドイッチのセットをください」
親子が注文してからすぐにサンドイッチが運ばれてくる。どうもお昼時にこのセットを頼む客は多いようだった。
「お二人は買い物ですか?」
美鈴が親子に話し掛ける。母親と思われる女性は清潔感があり、とても美人だ。娘のほうは栗色の少しボサっとした髪型で、少し歯が出ている。顔立ちはいいのだが見た目で少し損をしていると言える。と言ってもまだ小さいので、自分磨きはこれからなのだろう。
「ええ。娘の服を買いに来たんです。この子ったらあまりお洒落をしないから」
娘は夢中になってサンドイッチに齧り付いている。そんな様子をみて美鈴は微笑ましげに苦笑した。
「まあ私も人のこと言えるほどお洒落しないですけどね」
咲夜は置物のように小さくなり、静かにコーヒーを飲んでいる。人見知りというわけではないのだが、こういう場面で気の利いたことを言うのは苦手だった。
「私たちは雑貨を買いに来たんですよ。結構お洒落な店が多いですよね。この辺。と言っても初めて来たんですが」
咲夜はパクリとケーキを食べるが、それを娘はじっと見ている。咲夜としてはとても食べにくかった。
「娘に歯の矯正を勧めているんですけど、怖いみたいで。こういうのは若いうちのほうがいいんですが」
「え? でもそういうのって結構お金掛かるんじゃ?」
「私の家は夫婦揃って歯科医なんです。なので私としても矯正させたくて」
美鈴と母親はどんどん会話に夢中になっていく。残された咲夜と娘は互いに少しモジモジしながら、会話のきっかけを探していた。
「うちのが喧しくてごめんなさい。ああいう性格なの」
最初に口を開いたのは咲夜だった。美鈴をダシに使い話の糸口を作る。
「いえ、ママが楽しそうで何よりよ。貴方の髪、綺麗ね。素敵だわ。私のはボサボサだし」
「色が薄いと色々大変なのよ?」
「そうなの? 貴方、今いくつ?」
娘が咲夜に歳を聞く。咲夜は一瞬嘘をつこうかとも思ったが、そもそも自分の出生が不明だったことを思い出し、推定の歳を告げた。
「七歳よ」
「うそ、もっと年上に見えた。私と同い年なのね。ほら、同じ歳の子って少し馬鹿っぽい子が多いから」
馬鹿っぽい子が多いとその少女は言うが、咲夜からしたらそれを言っている娘も馬鹿っぽく見える。
「そう、私はあまり同じ歳の人間と話すことがないから」
「そうなの? 学校は?」
「行ってない」
それを聞いて娘は目を丸くする。彼女からしたら学校に通うことは常識で、そうではない人などこの世には存在しないと思っていたのだろう。
「なんで通わないの?」
「必要ないし、時間もないし」
「勉強は?」
「そこそこ」
「ふ〜ん、へんなの」
娘は鞄から一冊の本を取り出し、読み始める。それは中等教育用の科学書だった。
「アインシュタインって素晴らしいと思うわ。彼の考えたそうたいせいりろんは発想が凄い」
咲夜はその娘の仕草から察する。多分あれは内容を半分も理解できていないだろう。背伸びしているのが見え見えだった。咲夜自身、時間に関係する相対性理論は学習済みだ。彼の見つけた方程式は確かに素晴らしく、今までの考え方を覆すものだった。
「そうね。時間と空間の関係を科学的に示したことは素晴らしいことだわ」
咲夜は紅茶を飲み干すとテーブルに硬貨を置く。そして娘に手を振ると美鈴に合図し喫茶店を後にした。
「いやぁ、予想以上に美味しかったですね。今度は咲夜ちゃんが作ったチーズケーキが食べたーいな」
美鈴は後ろから咲夜に抱きつき、そのまま抱き上げる。咲夜は少し恥ずかしそうにジタバタしたが、やがて脱出することを諦め美鈴の腕に体を預けた。
「何か嫌なことがあった?」
美鈴が何かを察したように咲夜の顔を覗き込む。咲夜はムスッとした顔で顔を背けた。
「この……可愛いなぁもう! ほら、雑貨屋さん行くよ?」
美鈴は咲夜を降ろし、雑貨屋に向かう。咲夜はその後ろをついていった。雑貨屋には大小様々な小物が並べられてあり、それを見て咲夜は目を輝かせる。
「今日は食器を見に来たんですよね」
「そうそう、おぜうさまのティーカップを見にね。何かいいのある?」
咲夜は手元にある白いティーカップを手に取る。シンプルで咲夜好みのデザインだが、派手好きのレミリアには合わないだろう。
「これではシンプルすぎますし……これなんてどうでしょう」
咲夜は金で縁取られ、綺麗な柄が書き込まれている。派手すぎず、地味すぎず、バランスは取れているように思える。
「じゃあ取りあえずそれは一セット確保かな」
その後二人は一時間ほどティーセットを吟味し、最終的に四セット購入する。美鈴が大きな袋を四つ持ち、雑貨屋を後にした。咲夜と美鈴は少し歩いて路地裏へと入っていく。そこで咲夜の鞄にティーセットを詰め込んだ。
「流石に一般人の前でその不思議鞄の中に入れるわけにはいかないからね」
一般人の前で鞄から物を出し入れすることはあるが、それは鞄に入っていてもおかしくない大きさの物だけだ。鞄の体積以上のものが出てきたら、手品どころの話ではない。ティーセットを仕舞い込み、路地から大通りへと戻る。美鈴は屋台でお菓子を買うと、咲夜に一つ渡した。
「そういえばさ、さっき喫茶店で会った親子。今からでも遅くないから殺しにいかない?」
お菓子を齧りながら美鈴があっけらかんと言う。
「咲夜ちゃん結構あの女の子にむかついていたでしょ? お母さんのほうも適度にウザくてね。まあ悪い人ではないんだけど」
咲夜はお菓子を食むと美鈴の顔を見る。美鈴の顔は面白いぐらいにいつも通りだった。
「……殺、いや、今日はやめときましょう。そんな気分でもないですし、直接接触しちゃってますし」
「ああ、まあ面倒にはなるかもねぇ。でもたまには気分で殺すのもいいと思うよ」
それを聞いて咲夜は考え込む。
「いや、なんか違いますよ。それは違います」
少し考えて、咲夜は美鈴の提案を断った。
「上手く表現できないんですけど、なんか違うんですよね」
「違う?」
「はい」
美鈴は咲夜のそんな様子に首を傾げた。そして思い出す。咲夜が人間であることを。
「本質的なところで何か違うのかね。まあ咲夜ちゃんがいいならいいや。紅魔館に肉のストックはまだあるし」
十六夜咲夜は気まぐれで人を殺すことはない。十六夜咲夜は自分の為に人を殺すことはない。その行いは限りなく黒だが、十六夜咲夜に罪の意識はない。
二人はバスに乗り込むと紅魔館の近くまで移動し、森を抜けて紅魔館へと帰った。
机の上には講演会の依頼の書類が置かれている。月に一度ほどのペースで私は占い学の講習会を開いており、魔法界には少なからず私の占いのファンがいる。
私は書類に書かれている日付と自分のスケジュールを照らし合わせ、予定が空いていることを確認すると机の中から羊皮紙を取り出した。
「ダイアゴン横丁か、なんにしても時間を私に合わせて夜にしてあるのは助かるわ」
もっとも、半分は雰囲気作りの為だろう。こういったことは暗い部屋で蝋燭の灯りのほうが雰囲気が出る。
私は羊皮紙に承諾した旨を記載すると軽く丸め紐と封蝋で止める。そして体の一部をコウモリに変化させ、そのコウモリの足に羊皮紙を括り付けた。
「さて、私も出かけますか」
私は部屋着から外出用のローブに着替えると荷物を纏める。荷物と言っても簡単な通行証だけで、大きな荷物があるわけではなかった。
書斎から出て階段を降り、大図書館へと移動する。基本的に魔法界へと移動する時は大図書館にある暖炉を使うことにしている。そのほうが便利だし、なにより向こうの流儀に合っている。
「暖炉を使うんだっけ」
大図書館に入るとパチェが本を読みながら私に声を掛けてきた。パチェには昨日のうちに話をしてある。
「ええ、煙突飛行粉はこれよね?」
私は煙突飛行粉をひと掴み暖炉に投げ、色の変わった炎の中に入る。炎が私の肌を撫でるが熱くはなかった。
「魔法省」
私は行き先をいい、煙突の中に落ちていく。煙突は基本上に伸びているので落ちるという表現は適切ではないかもしれないが、体で感じる感覚はそれだった。
暫く煙突の中を煙とともに移動し、やがて私は魔法省にある暖炉に出る。今の時間が時間なため、魔法省には殆ど人はいなかった。
私は通行証代わりになる札を服に付け、エレベータに乗り込む。今いるアトリウムは地下八階にある。私が用事があるのは地下九階の神秘部だ。
エレベータを降り暗い廊下を抜け神秘部の扉を開ける。そこには扉が並んでおり、私を中心にして何度か回った。
「えっと、この傷の具合からして……ここよね」
私は記憶を頼りに扉を開ける。そこには大小様々な時計が並べられていた。
「これはこれはスカーレット嬢。予言の間に御用ですかな」
無言人のボードが水晶玉を抱えながら私に挨拶してきた。
「ああ、予言の管理と補充よ。勝手に作業するから特に気にしなくてもいいわ」
私はボードに軽く手を振ると予言の間の中に入っていく。この予言の間には私の予言も多く収められている。私は自分の予言が収められている棚まで行くと、新しい予言を棚に置いていく。そしてふと気になって後ろの棚の予言に手を伸ばした。
「これ、トレローニーの予言よね。あの子ホグワーツの教員になったって喜んでいたけど、予言の間に予言が置かれるほどの予言をする子だったかしら」
私は置かれている予言に手を伸ばす。管理者の資格を持っている為、関係ない予言でもある程度は見れるようにはなっているが、この予言は想像以上に強い守りが掛けてあった。
「しかもこんなにしっかり保護されているし」
私は裏技を使うことにした。手に取ろうとするから駄目なのだ。私は棚に置いてある水晶玉に手をかざし、特殊な呪文を唱える。すると予言の内容が私の頭の中に流れ込んできた。
「何よこれ」
どうせくだらない内容なのだろうと予想を立てていただけに、私はトレローニーの予言を読んで眉を顰める。それはヴォルデモートに関する予言だった。予言がなされたのは今から七年前。内容は……
「ヴォルデモートの宿敵の生誕、それにヴォルデモートが印をつける? 一方が生きている限り、もう一方は生きられない……占いに興味があるだけの女の子だと思っていたけど、いやぁ、カッサンドラの玄孫侮れないわ。状況から見て、ヴォルデモートはこの予言のことを知った。そして宿敵が力をつける前に、つまりハリー・ポッターが子供のうちに始末しようとしたんだわ」
つまり、戦争は唐突に終わったのではない。終わるべくして終わったのだ。だがそれではおかしな事がある。
「でも、それならヴォルデモート側の勝利で終わっていないとおかしい。ヴォルデモートの知らない力を持つという予言がなされているということは、ヴォルデモートはそれを警戒したはず。なのにヴォルデモートは負けた。……ヴォルデモートは予言の内容を中途半端にしか知らなかった? ジェームズ、リリーと殺し、完全に敵はいなくなったと油断しハリーに攻撃し、返り討ちにあった。ハリーにリリーの護りの呪文が効いていたとしたら……ヴォルデモートの知らない力、ね」
護りの呪文をリリーの『愛』だと解釈するなら、確かにそれはヴォルデモートの知らない力だろう。ヴォルデモートは出生と同時に母を無くしている。それからはずっと孤児院に住んでいたはずだ。
「まあ、なんにしても終わった話よね。ヴォルデモートは死に、ハリーが生き残った。それでこの話はお終い」
私は思考をやめると予言の間を後にする。そうだ、ボードにちょっかいを掛けに行こう。彼は突くとなかなか面白い反応を示すのだ。
私は時計の置かれた部屋を通り、脳みその世話をしているボードを後ろから突く。頭から脳みそを被ったボードを笑う頃にはすっかり先程のことなど忘れていた。
こうして紅魔館の時間は進んでいく。レミリアが計画した移転計画など誰もが忘れ、いつも通りの時間を刻んでいく。美鈴は庭の花に水をやり、咲夜はレミリアのために紅茶を淹れる。パチュリーは大図書館で研究、レミリアは——
一度は諦めたことだが、ひょんな事がきっかけでレミリアの移住計画は再度動き出す。
一九九一年、紅魔館に一通の手紙が届いた。
今考えることではないが、この数年で咲夜は随分成長したように思う。十歳になる頃に美鈴からメイド長を継ぎ、今では館中の管理を一人で行っている。それ以外には紅魔館の増築、いや、増築というよりかは拡張と言った方が正しいか。時間を操る能力を空間操作に活用し、紅魔館内の空間を拡張、部屋数を増やしたり玄関や廊下を大きくしたりしている。
私は随分と長くなった廊下を気ままに歩く。窓から庭の方を見ると美鈴が片手に梟を吊るして館の方へと歩いてきていた。
「……おかしいわね。嫌な予感がしないわ」
「おぜうさま~、おぜうさま~、お手紙が届きましたよ」
……あの呼び方は何とかならないのだろうか。もとはと言えば咲夜がまだ赤子の頃に私のことを『おぜうー』と呼んだのが始まりだったか。咲夜が私のことを『おぜうさま』と呼ぶのは構わない。何か可愛いし。だが、美鈴が私のことをああ呼ぶのは無性にむかつく。
「美鈴、うるさい。手紙なら私の部屋の机の上にでも置いておけばいいでしょう」
「だって緊急の手紙だったらどうするんです? 怒られるの私ですよね? おぜうさま、結構簡単にご飯抜きって仰いますけど、夕飯ならともかく朝飯抜きってのは結構堪えるんですよ? 空腹だと寝付けないですからねぇ……」
美鈴は持っている手紙を私に渡す。私はその便箋に見覚えがあった。これはホグワーツの便箋だ。私は手紙を裏返し封蝋を確認した。そこにはホグワーツ魔法魔術学校のマークが入っている。おかしい。ホグワーツ職員から手紙が送られてくる場合、その職員の名前が入っているからだ。だがこの手紙にはそれがない。
「なら咲夜に渡しておけばいいでしょう。あの子ももう十一歳よ」
そう、咲夜は今年で十一歳ぐらいのはずだ。詳しい出生が分からないため、大体でしか分からないが。十一歳、イギリスの中等教育が始まる年齢である。
「ホント咲夜ちゃん優秀ですよね。もうすっかりメイドとしての仕事もおぜうさまの側近としての仕事も板についてきましたし」
美鈴はこれぐらいと手で咲夜の身長を表す。その高さが実際より少し大きく、そして私の身長より少し高い。私は美鈴を殴り飛ばそうと拳を握ったが流石に理不尽だと思いぐっと堪えた。いや、美鈴の今日の朝食をなしにしよう。忘れなかったらだが。私は便箋の封蝋を破り、中の手紙を取り出した。
「ふ~ん、へー、なになに……」
『ホグワーツ魔法魔術学校 校長 アルバス・ダンブルドア
マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会長
親愛なる十六夜殿
このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。
敬具
副校長 ミネルバ・マクゴナガル』
私は手紙の内容を確認して唖然としてしまった。ホグワーツから手紙という時点で察しはしていたが、まさか本当に咲夜の入学案内だとは。いや、不思議なことが多数ある。何故ホグワーツが咲夜の存在を知っているのかだ。別に咲夜のことを隠していたわけではないが、咲夜は殆ど魔法界と関わっていない。
私はチラリと美鈴の方を見る。美鈴はまだそこで梟をぶら下げたまま立っていた。
「美鈴、いつまでそこにいるの? 仕事に戻りなさいよ」
「どんな内容だったんです?」
美鈴が手紙を覗き込んでくる。流石にむかついたので皮肉を飛ばすことにした。
「『門番』が『主人』に対して馴れ馴れしいと思わないの?」
そう、咲夜がメイド長になってから美鈴は館の門番をしている。普通に考えたら降格もいいところだ。私は少し鬱憤を晴らすことができたのでトドメを刺すことにした。
「……まあこの内容は少なからず貴方にも関係ある話だし、教えてあげるわ。いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
「いい知らせから」
美鈴はウザいぐらい間髪入れずにそう言う。その分かりやすい性格に少々呆れつつも、いい知らせの方を話した。
「まず一つ。咲夜が学校に通うことになったわ」
それを聞いて美鈴は目を見開いた。
「それと、貴方がメイド長に復職するってのも一応いい知らせかもね」
「おお! 咲夜ちゃん学校に通うんですね。で、私がメイド長に復職するってことは……」
美鈴はどうやら咲夜が通う学校の正体がわかったのだろう。そう、ホグワーツは全寮制だ。つまり、咲夜がこの館からいなくなるということである。あれ、なんか寂しい。
「察しがいいわね。咲夜、いるかしら?」
私が呼ぶと咲夜が私の後ろに現れる。本当によくできたメイドに育ったものだ。私は咲夜の方に振り返るが、若干目線が上がる。その事実に美鈴に対してうっすらと殺意を覚えたが、何とか堪えて咲夜に手紙を手渡した。
「貴方宛てよ。その手紙」
咲夜は不思議そうな顔で手紙を受け取る。確かに咲夜宛ての手紙というのは初めてのことだった。
「私に手紙……ですか? 珍しいですね」
咲夜は既に私が封を切った便箋から手紙を取り出し、私にも見えるように広げる。そして中身を読み終わったのか首を傾げた。
「ホグワーツ魔法魔術学校? 聞いたことのない学校です。ですが私はここのメイドなので学校には……」
咲夜はそう言って遠慮がちに手紙を私に返そうとする。私は少し焦りながら咲夜に言った。
「いえ、行きなさい。咲夜。この学校への入学は貴方が生まれた時から決まっていた運命だわ」
咄嗟にそう言ったが、私だって咲夜のホグワーツ入学を驚いているのだ。ホグワーツと言えば、パチェの母校である。そこで学ぶことで咲夜の能力をもっと強化することができるかもしれない。単純に魔法が使えると便利になるというのもあるが。
「あのぉ……おぜうさま? 申し訳ありません。いえホントマジですんません」
……私は声が聞こえた方向を見る。そこには顔を青くしている門番の姿があった。正直心底鬱陶しい。咲夜も美鈴が持っている梟の死骸を見つけたようだった。
「うちに伝書梟ってありましたっけ?」
私は大きくため息をつくと咲夜の肩を抱く。
「取り敢えず美鈴はご飯抜きね。さあ咲夜、向こうの部屋でゆっくり入学に関して話しましょう?」
もうなんか面倒くさいので適当に美鈴に罰則を与え、私は咲夜の背中を押して近くの空き部屋に入った。
「確かに咲夜は頭もいいし、学校で学ぶことは少ないかもね。でも、ホグワーツは普通の学校ではないわ。魔法学校よ」
「魔法学校?」
咲夜は手紙に書かれた内容を読み返す。
「そう、まあ簡単に言えば魔法を習うのよ」
「魔法……」
「そう、魔法」
「わかりました。私入学します」
「ただ、全寮制なのよね」
「入学できません」
「いや、屋敷の仕事は美鈴に任せるから大丈夫。安心して入学しなさい」
「入学します」
……本当に理解しているのだろうか。ただ私の言葉に頷いているだけのようにも思える。
「……はぁ、取りあえず、入学するのね。入学金とかは心配しなくてもいいわ。貴方の場合受け取ってない給金が滅茶苦茶あるし。取りあえずパチェにでも相談してみなさい。多分色々と世話を見てくれるはずだわ」
「では失礼致します」
咲夜は私に一礼するとその場から消える。どうやら大図書館へと移動したようだ。私は小さくため息をつくと部屋を出る。そこには美鈴が片手に梟を吊り下げて固まっていた。どうやら先ほどから動いていないようだ。
「美鈴、いつまで固まって……死んでる!?」
「死んで死んでない」
次の瞬間美鈴の時間が動き出した。美鈴は梟を持ち上げると私の方に差し出してくる。
「食べます?」
「じゃあ遠慮なく貰っておくわ」
私は美鈴から梟の死骸を受け取った。そして手の中で一瞬で燃やし灰にする。
「え? なんで燃やしたんですか?」
「これで貴方の朝食は消えたわ」
「あぁ!! そうじゃん!」
美鈴はがっくりと肩を落としトボトボと廊下を歩いていく。その背中に哀愁を感じるが、いい気味だ。
私は咲夜の入学準備のために書斎に戻る。そしてホグワーツ入学に必要な書類をでっち上げた。次の瞬間、私の机の上に炎が上がる。そして一通の手紙が炎の中から現れた。パチェが大図書館からこちらに送ったのだろう。私は封蝋を破り中の手紙を確認する。そこには咲夜がホグワーツに入学するという旨が書かれていた。
「なんというか仕事が早いわね。しかもご丁寧に私が確認できるように私に送ってくるし」
私は手紙を新しい便箋に入れなおすと封蝋をする。私は体の一部を蝙蝠に変化させると手紙を持たせた。
ホグワーツの大広間に一匹の蝙蝠が入り込む。授業自体はまだ始まっていないが、ホグワーツに住み込んでいる職員は毎食ここで食事を取っていた。ダンブルドアとて例外ではない。蝙蝠はダンブルドアの前まで移動すると足に持っていた手紙をダンブルドアに渡す。ダンブルドアはその蝙蝠に見覚えがあった。いや、忘れるわけがない。自分の死の予言を運んできた蝙蝠を忘れるわけがなかった。
「これは、レミリア嬢の……」
ダンブルドアは封蝋を破り中に入っている手紙を確認する。
「マクゴナガル先生。ちょっとよろしいか」
そして中の手紙を数度読み返すとマクゴナガルのところへと手紙を持って行った。
「これなんじゃが、心当たりはあるかのう?」
マクゴナガルはダンブルドアから手紙を受け取ると中を確認する。そして眉を顰めた。
「レミリア・スカーレット、ですか。確か有名な予言者で吸血鬼だと聞いています。何故彼女が十六夜咲夜の入学の返事を……」
「そう、わしもそれが不思議なのじゃよ。魔法省のデータでは十六夜咲夜は孤児院に通っているはずじゃ。そんな彼女が何故吸血鬼の館なぞに」
ダンブルドアは首を傾げる。十年ほど前、魔法界は闇に包まれていたため孤児というのはあまり珍しい話でもない。彼女もそういった子供の一人だと思っていた。そのうちマクゴナガルか誰かホグワーツの職員が彼女のもとを訪問し、ホグワーツの説明をするはずだったのだ。
「マクゴナガル先生、十六夜咲夜についての情報を集めて欲しい。魔法省のデータはどうも当てにならないようじゃの」
ダンブルドアは手紙を仕舞い込むと自分の席へと戻る。そこには既に蝙蝠の姿はなかった。
マクゴナガルが調べて分かったことだが、魔法省のデータはいつの間にか何者かに書き換えられていたらしい。元の名前は十六夜咲夜ではないし、孤児院にも住んでいない。だが、元の名前が何だったのか、母親と父親が誰なのか、元々どこに住んでいたのかなど、全くの詳細が不明だった。マクゴナガルが調べて分かったことと言えば、何も情報がないということだけである。だが、ダンブルドアからしたら、何も分からないという情報が何よりの情報だった。
紅魔館でグリムを飼い始める
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グリム死亡
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美鈴と買い出し(一体あの親子は誰グレンジャーなんだ!?)
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レミリアがトレローニーの予言を見つけ、戦争が終わった理由を知る。
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咲夜に入学案内が届く(予想外)
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咲夜がパチュリーと買い物に行く(私の世界は硬く冷たい一話)
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ホグワーツに咲夜が入学するという手紙が届く(紅魔館から送られてくるのは予想外)
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マクゴナガルが咲夜について調べ始めるが、結局魔法省にある情報が全部嘘だったことしか分からなかった。