紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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雪が全力で私の進行を邪魔します。やめてっ!!
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


ケンタウルスやら、帰宅パーティーやら、お誘いやら

 一九九二年、五月下旬。日もすっかり落ちており、吸血鬼の私でも問題なく外出ができる時間帯に、私は先日の美鈴に倣ってホグズミード村に来ていた。と言っても今回の用事に賢者の石は関係ない。私の個人的な用事だ。

 私は村を少し歩き、そのままホグワーツの方向へ行く。もっとも、別にホグワーツ城に用事があるわけではないのだ。今日はホグワーツの中にある禁じられた森に用事があり、ここへ来ていた。

 私は翼を広げ大きく羽ばたくと天高く上がり禁じられた森を目指す。紅魔館から空を飛んで直接禁じられた森に入ってもよかったのだが、ロンドンの方は雨模様だったのだ。幸い、この辺は晴れているようである。私は体を無数の蝙蝠に分裂させると、そのまま森に入る。そしてそのままバラバラに別れケンタウルスを探した。

 そう、今日はケンタウルスに会いに来たのだ。暫く森を飛び回ると一人のケンタウルスを発見する。ロナンだ。私は蝙蝠を集めるとロナンの前で元の姿に戻る。

 

「こんばんわロナン。いい夜ね」

 

「今夜は火星が明るい。貴方だったか」

 

 私がロナンと握手を交わすと、ロナンは足を折り姿勢を低くした。

 

「この森は二足歩行では歩きにくい。背中に乗るといい」

 

「あら、ありがとう」

 

 私はロナンの背中に腰かける。ロナンはゆっくりと立ち上がると森を歩き出した。

 

「皆待っています」

 

 ケンタウルスは占いが得意だ。星を見て未来を読んだり、小枝や枯葉を燃やして真理を求めたりする。私は年に一度ほどホグワーツを訪れ、ケンタウルスと会合をしているのだ。

 

「最近何か変わったことはない?」

 

「そうだね、あまりよくはない。この森にも何かが入ってきている。ユニコーンも殺されている」

 

「ユニコーンが?」

 

 そういえば魔法省にユニコーンが被害にあっているという報告書が上がっているとパチェが言っていた。禁じられた森にもユニコーンが生息していたのか。

 

「それは良くないわ。ユニコーンの死は不吉の象徴。少し急ぎましょう」

 

 ロナンは速度を上げ、ケンタウルスが住処にしている場所へと急ぐ。結構上下に振られるが特に問題はなかった。

 

「少し止まります、レミリア・スカーレット。足音が複数聞こえる」

 

「OK、ハグリッドだと拙いし私は少し隠れるわ」

 

 今回、別にダンブルドアの許可を取ってここにきているわけではない。故にホグワーツで働いているハグリッドに姿を見られるのは拙いのだ。まあハグリッド程度どうとでも誤魔化せるが、面倒なことになるのは変わらない。私はロナンの背中から飛び上がると木の枝に座る。この位置なら上手いこと隠れられるだろう。

 

「そこにいるのは誰だ? 姿を現せ」

 

 大きく野太い声が禁じられた森に響く。この声はハグリッドだ。ロナンはその声を聞いてゆっくりと出ていく。

 

「ああ、ロナン。君か。元気かね?」

 

 ハグリッドが歩いてきて、私でも視認できる位置に来る。ハグリッドはロナンに握手を求めた。

 

「こんばんは、ハグリッド。私を撃とうとしたんですか?」

 

 ロナンは握手に応える。ハグリッドは手に石弓を持っていた。

 

「なに、用心にこしたことはない。なんか悪いもんがこの森をうろついているもんでな。ああそうだ。ここの二人はハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーだ。ホグワーツの一年生。お二人さん、こちらはロナンだ。ケンタウルスだよ」

 

 なるほど、あれが噂のハリー・ポッターで、隣が咲夜と仲のいいハーマイオニー・グレンジャーか。二人ともケンタウルスを見るのは初めてなのか、ポカンと口を開けていた。

 

「こんばんは学生さん。学校では沢山勉強しているかね?」

 

「えーと……」

 

 ハリーが口ごもる。

 

「少しは……」

 

 ハーマイオニーはおずおずと答えた。

 

「少し。そう、それは良かった」

 

 何が良かったのかよくわからないが、ロナンはため息をつくと、空を見上げる。

 

「今夜は火星が明るい」

 

「ああ」

 

 ハグリッドもつられて空を見た。

 

「なあ、ロナンよ。怪我をしたユニコーンを見かけんかったか?」

 

 ハグリッドがロナンに問うが、ロナンは答えない。静かに星を眺め再びため息をついた。

 

「何時の時代も罪のない者が真っ先に犠牲になる。昔からずっとそうです。そして今もなお——」

 

「ああ。だがロナン、何か見なかったか? いつもと……こう、違う何かを」

 

 ロナンの的を射ない返事にハグリッドはイラついているようだった。少し声を荒げている。だが、一方のロナンは飄々としたものだ。

 

「今夜は火星が明るい。いつもとは違う明るさだ」

 

「俺が聞きたいのは火星よりもっと身近なことなんだが……そうか、君は奇妙なものは何も見ていないんだな?」

 

 私は遠くからもう一匹のケンタウルスが近づいているのに気が付いた。あの特徴的な黒髪はベインだろう。ベインは私に気が付くと軽くお辞儀をし、話している二人の前へと出る。ハグリッドは咄嗟に石弓を構えたが、ケンタウルスだと分かると安堵のため息をついてそれを下した。

 

「やあベイン。元気かね?」

 

「こんばんはハグリッド。あなたも元気ですか?」

 

 ハグリッドが挨拶し、ベインがそれに答える。ハグリッドはロナンにもした質問をベインに飛ばした。

 

「なあベイン、最近この辺でおかしなものを見んかったか? 実はユニコーンがやられててな。何かしっちょったら教えとくれ」

 

 ベインはロナンのそばまで歩くと、夜空を見上げる。そして静かに言った。

 

「今夜は火星が明るい」

 

「それはもう聞いた。さーて、何か気が付いたらでいいから何かあったら俺に知らせてくれ。頼んだぞ。さあ、俺たちは行こうか」

 

 質問の答えがちゃんと返ってこず、ハグリッドは不機嫌そうだ。ハグリッドとハリーとハーマイオニーの三人はロナン、ベインと別れ森の中へと消えていく。私は三人が見えなくなると、二人の前に飛び降りた。

 

「ハグリッドはもう少し頭が柔らかければ退学になることもなかったでしょうに。答えは出ているわ。火星が明るい。確かに異常よ」

 

 私はロナンの背中に座る。そしてベインを先頭にし歩き出した。

 

「そうだ、忘れてたわ。こんばんわ、ベイン。元気してる?」

 

「元気ですよ。レミリア・スカーレット。何もお変わりないようでないよりです」

 

 ロナンは私を乗せたまま森を歩いていき、十分もしないうちにケンタウルスの住処に辿り着く。そこでは小さな焚き火が行われていた。

 

「皆の者、今帰りました。それと、レミリア・スカーレットが見えています」

 

 私はロナンの背中から降りると焚き火に近づく。そして立ち上る白い煙を見つめた。

 

「ふむ……何かが起こりそうね。それも何か大きなことが」

 

「ええ、我々もそう考えています。レミリア・スカーレット、星を見上げてみなさい」

 

 私はベインにそう言われて空を見上げる。火星が明るいのは変わらないが、確かに他の星の明るさも変である。私はその後もケンタウルスと魔法界の今後について話し合った。二十分ほど経っただろうか、私の耳はうっすらと少年の叫び声を捉えた。

 

「……今子供の悲鳴が聞こえたわね。ロナンとベイン、ちょっと見てきてもらっていい?」

 

 私がそういうとロナンとベインは不思議そうな顔をする。どうやら聞こえていなかったようだ。

 

「子供の悲鳴ですか? 私たちには聞こえなかった」

 

「ええ、でも私には聞こえたの。何かあるとあれだし、行ってきなさいな」

 

 ロナンとベインは顔を見合わせると、私が指差した方向へと歩いていく。私もそのあとを追った。あの声はハリーのものではない。だが、たどり着いた先にいたのはハリー・ポッターだった。私は先ほどのように木に登り、上からそれを観察する。ハリーはケンタウルスであるフィレンツェの上に乗っている。ローブが土で汚れているところを見るに、何者かに襲われはしたようだ。

 

「フィレンツェ! なんということを……人間を背中に乗せるなど、恥ずかしくないのか? 君はただのロバなのか?」

 

 ベインがフィレンツェに向かって怒鳴る。ケンタウルスの価値観は分からないが、人間はダメで吸血鬼はOKらしかった。まあ、吸血鬼は高貴な生き物で、尚且つ優れていて、頭が良くて、気が利いていて……いや、後半は必ずしもそうとは言えないが。

 

「この子が誰だか分かっているのですか? ポッター家の子です。少しでも早くこの森を離れる必要がある」

 

「我々は天に逆らわないと誓った。惑星の動きから、何が起きるか読み取ったはずじゃないかね?」

 

「私はフィレンツェが最善と思うことをしているんだと信じている」

 

 思わぬところからフィレンツェに助け舟が入る。ロナンだ。だがベインは頑なだった。

 

「最善? それが我々となんの関係があるんですか! ケンタウルスは予言されたことだけに関心を持てばいいんです。森の中で彷徨う人間を追いかけてロバのように走り回るのが我々のすることでしょうか」

 

「あのユニコーンを見なかったのですか? なぜ殺されたのか君にはわからないのですか? それとも惑星はその秘密を君には教えていないですか? ベイン、僕はこの森に忍び寄るものに立ち向かうつもりです。そのためには必要とあらば人間とも手を組む」

 

 フィレンツェはそう言い残すとハリーを乗せたまま茂みの中に消えていく。私は二人が見えなくなると、ベインとロナンのそばに飛び降りた。

 

「ロバっていうのはどうなのよ。それはつまり自分たちが馬ではなくロバだって言ってるようなものじゃない?」

 

「人間でも他人を揶揄する時動物に例えるでしょう。馬ではそのまますぎる」

 

 まあ確かに、人間相手に『この猿』というよりも、『この豚』というほうがダメージがでかいというアレだろう。ベインは住処の方向へ向き直り、静かに歩き出す。私はそんなベインの背中によじ登ると静かに声をかけた。

 

「まあフィレンツェの言いたいこともわかるけどね」

 

 ベインはムスっとした表情で私の方を見る。ベイン自身もこのままではいけないことを分かっているようだった。

 

「それにしても、ユニコーンの血を飲んでいるのはヴォルデモートなのかしら。占いの結果を見る分には間違いないんだろうけど、いまいち確証が持てないわね」

 

「ケンタウルスの予言は外れるときには外れます」

 

「あら、私の予言は外れないわ。死に関することはね」

 

 住処に戻ってしばらくすると、フィレンツェが帰ってくる。フィレンツェはベインと軽く睨み合うと、首を振り焚き火の前に屈み込んだ。私はそんなフィレンツェの隣に移動する。

 

「さっき、何かあったの? 私たちは悲鳴が聞こえたからあそこに向かったんだけど」

 

 私が話しかけると、フィレンツェはゆっくりと振り返る。

 

「ハリーが何者かに襲われていた。私が思うに、あれはあの人でしょう」

 

 フィレンツェは興味なさげに空を見上げる。確かに、惑星を見る限りでは魔法界で再度戦争が起きそうな感じがある。フィレンツェは森に起きている異変をどうにかしたいということだろう。

 

「手を貸せたらいいんだけど、如何せんお忍びだしね」

 

 私は焚き火の中に小枝を放り込んだ。薄っすらと蒸気を上げ、次第に黄色く燃えだす。

 

「それには及びません。本来ならばベインの言うことが正しいのです。ケンタウルスは予言に従う。天に抗う行為は本来なら悪行です」

 

 まあ似た者同士ということだろう。私としては、前に見た予言を回収できて満足である。でも今回のこれにも咲夜は関わっていないようだった。まさかハリーを襲った何者かが咲夜ということはないだろうな。今からでもその人物を追ったほうがいいだろうか。いや、ヴォルデモートが生きているであろう痕跡を少しでも入手することができたので、今回はそれでいいだろう。

 私はフェレンツェに腰掛けると、占いのことを話し始めた。

 

 

 

 

 

 一九九二年、七月。ようやく咲夜が帰ってきた。それまでホグワーツから特に手紙が来なかったところを見るに、咲夜は特別大きな問題を起こさなかったようである。私が夜起き、ベッドから這い出ると隣に咲夜が立っている。咲夜は眠い目を擦っている私の服を着替えさせるとテーブルに夕食を並べた。

 

「おはよう咲夜」

 

「おはようございます。お嬢様」

 

 私は大きくあくびをすると咲夜のサンドイッチを一つ手に取る。そしてそれを食べる前に咲夜に聞いた。

 

「そういえば、賢者の石を巡る攻防戦はどうなったの? 確か咲夜が賢者の石を持っていたわよね?」

 

「はい。一度返しにも行ったのですが、偽物がすでにそこにはなく。学年末に石に関する事件が起きました。結果としては石を盗もうとしていたのはホグワーツの教員のクィレル先生で、どうやら頭の後ろにヴォルデモートを寄生させていたようです」

 

「寄生、ね。パチェの予想の通りだわ。で、肝心の石はどうなったの?」

 

「クィレル先生とは賢者の石を隠してある部屋でばったりと会ったのですが、偽物を掴ませてそのまま逃しました」

 

 私はサンドイッチを一口食べる。うん、結構美味しい。

 

「なるほどね。で、ダンブルドアはなんて?」

 

「結果的にヴォルデモートは石を入手できなかったので、満足そうでしたよ」

 

 ヴォルデモートは結局石を手にすることはなかった。つまり今すぐに復活というのはないだろう。となれば戦争はかなり先の話か。まあ私としては咲夜が卒業するのを待ってもいいのだが。

 

「そう、大変だったのね。色々と。とりあえず上出来よ。……そういえば美鈴がパーティーを開くって言っていたわね。しかも今夜。多分今すぐ」

 

「え? お客様ですか? でしたらすぐに準備を致しますが」

 

 私はサンドイッチの欠片を口の中に放り込む。そして用意されている紅茶で喉を潤した。

 

「まあ人が来るって言えば人が来るんだけどね。というかもう来てる」

 

 私は咲夜の顔をまっすぐと見た。

 

「咲夜、貴方の帰宅を祝うパーティーよ」

 

 それを聞いて咲夜は驚いたように目を大きくした。そして途端に申し訳なさそうになる。

 

「そんな、良いのですか? 私なんかの帰宅を祝ってもらって」

 

「いいのよ。こういうのは当人より準備する側のほうが楽しいものだから。そもそも嫌だと思っているんだったらそんな話は出ないわよ」

 

 次の瞬間、私の部屋の扉が開け放たれる。そこには満面の笑みの美鈴が立っていた。

 

「あー、おぜうさまばっかり咲夜ちゃんを独占してずるいですよ! 私にも咲夜ちゃん成分を補給させなさい!」

 

 咲夜成分ってなんだ。美鈴は私の許可なく部屋に入り込むと咲夜に抱きつく。私はサンドイッチの最後の一切れを食べ終わると椅子から立ち上がり、美鈴の後ろへと回り込んだ。そしてそのまま紅い髪を掴み強引に部屋の外へと放り投げる。美鈴は廊下の壁にぶつかり、そこで動きを止めた。

 

「相変わらずおぜうさまは強引なんだから……あ、そうだ咲夜ちゃん。パーティーホールにいらっしゃいな」

 

 美鈴はそう言い残すと私の部屋から出ていく。私は再度咲夜に向き直った。

 

「まあそういうことよ。そういえば、今本物の賢者の石は?」

 

「ああそれなら。ダンブルドア先生が回収しました」

 

 あ、そう。こうなんか、面白い展開を期待したのだが、そういうわけにもいかないということだろう。私はもう少し咲夜から事の詳細を聞き出し、その後下がらせた。私はベッドの脇に置いてある魔法具を掴むと起動させる。

 

「話は聞いていたかしら? 復活はまだ随分と先のことになりそうよ。……パチェ?」

 

 暫く待つが反応がない。私はふと思いついたことがあり、パーティーホールへと急いだ。そこには主賓の咲夜と美鈴、そして無数の妖精メイドに混じってパチェの姿もあった。どうやら美鈴にパーティーの準備を手伝わされていたようだ。パーティーホールには『メイド長帰宅パーティー』という文字とともに飾り付けがしてあり、いつも行うパーティーと比べると随分とチープだ。だがまあ、こちらのほうが暖かみがあるか。

 

「まあ、いいんじゃないかしら。……改めて、おかえりなさい。咲夜」

 

 私は咲夜に向かって微笑む。咲夜も、私に対して微笑んだ。

 

 

 

 

 夏の休暇に入って少し経ったある日、私の部屋の窓に一匹の梟が舞い降りた。私は窓を開け、便箋を受け取る。梟は暫く私の顔を見たあと、また大空へ飛び立っていった。

 

「さて、誰からかしらね」

 

 私は便箋をひっくり返す。そこにはマルフォイと家名が入った封蝋が押してあった。

 マルフォイ家とは魔法界に昔からある純血の家系で魔法省にもそこそこ顔が利く一族である。そして何より現在の当主のルシウスはホグワーツの理事の一人であり、元死喰い人だ。

 私は封蝋を破り中から手紙を取り出す。果たしてマルフォイから手紙など、何用かと思ったが、なんてことはない。ただの買い物のお誘いだった。手紙の内容を要約すると、学校で息子が咲夜の世話になっているというところから始まり、是非とも咲夜を家に招きたいと続き、レミリア嬢も一緒に来てはどうかという内容で終わっている。追伸で、その時に新学期の買い物など如何かと書かれていた。

 私はそれを読み、素直に感心する。勿論、マルフォイにではなく、咲夜にだが。マルフォイのところの息子と知り合いなのは知っていたが、まさか家に呼ばれるほど親しくなっているとは思っても見なかった。なんにしても、この繋がりは武器になる。死喰い人との接点を作っておくのも悪くはないだろう。もっとも、潜入するとしたら私じゃなく咲夜だが。

 

「まあ返事を出すとしたら咲夜の返答を聞いてからね。もしかしたら顔も見たくないって言うかもしれないし。なにより咲夜の中での人間の定義っていうのが曖昧だわ。咲夜自身人間であるはずなのに。これはあまりいい傾向とは言えないわね。……咲夜」

 

 私が呼んだ瞬間、私の右隣に咲夜が現れた。これの仕組みを簡単に説明すると、単純に私が咲夜に信号を送っているだけである。決して咲夜が四六時中私の事を監視しているわけではない。普段私が許可しない時は部屋には入ってはいけない事になっている。例外があるとすれば私が眠っている時だ。

 

「咲夜、手紙が届いているわ。と言っても手紙自体は私宛なんだけどね」

 

 私はマルフォイからの手紙を咲夜に手渡す。咲夜は手紙に目を通すとすぐに私に返した。

 

「ドラコの家にお呼ばれですか」

 

「まあ、今すぐ返事をするってわけでもないから。頭の片隅に留めておきなさい。もう下がっていいわよ」

 

「畏まりました。失礼致します」

 

 咲夜は一礼するとその場から消える。少し素っ気ないように見えるかもしれないが、これでも私も咲夜も暇ではない。あまり拘束しては迷惑だろう。私はマルフォイからの手紙を引き出しの中に仕舞うと、普通の郵便で来た手紙の束を取り出す。もっとも、郵便局の人間が直接紅魔館に手紙を届けに来るわけではない。私自身多くの住所を持っており、手紙が届く場所もまちまちだ。その全ての郵便受けが魔法によって繋がっており、最終的には私の書斎の引き出しの中に転送されるようになっている。

 私は手紙を一つずつ開き、目を通していく。そして返信が必要なものと必要ないものに分け、必要ないものは引き出しに仕舞い込んだ。

 

「さて、と。ん? 珍しい。イギリスの首相から手紙が来てるわね」

 

 最近イギリスの首相は替わった。その首相は知らない仲ではない。首相は首相となる少し前、言ってしまえば政治家として一番大切な時期にマフィアに目をつけられてしまい、かなり危機的状況だったのだ。

 

「あの時助けた政治家が首相になるなんてねぇ。世の中何が起きるか分からないわ」

 

 もっとも、首相は私が吸血鬼であるということを知らない。あの時マフィアを殲滅させたときも姿は見せず、ほぼ手紙でのやり取りだけだった。首相からしたら私は裏の世界を支配しているマフィアか、権力者のように映っているだろう。だが、そうだとしてもこの手紙は異様だ。手紙には魔法界の魔法大臣と接触したということが書かれていた。どうやらその話の真偽を確かめるために私に手紙を出したようだった。

 

「そういえばマグルの首相が替わるたびに魔法大臣が挨拶に来るんだったわね。あいつもその洗礼を受けたと」

 

 これはどう返したものか。首相に魔法界について説明するのは簡単だ。だが、ここで私が魔法界と繋がりがあることを話していいものだろうか。下手をするとここで関係が切れる可能性もある。問題は私の話にどこまでの信憑性があるかだ。

 

「まあはっきりとは書かず、噂を聞いたことがあるって程度に留めておきますか。ハッキリ説明するよりかは信憑性がありそうね」

 

 私はレターセットを取り出し、返事を書き始める。魔法界があるという噂は聞いたことがあるということと、不審な物資の動きが世界各地で観測されていることを書いた。取りあえずこれで納得してもらおう。私は手紙に封蝋をすると切手を貼る。そして体の一部を分裂させ、蝙蝠に手紙を持たせた。私が窓を開けると蝙蝠は飛び立つ。町はずれにあるポストに投函してくれることだろう。

 

「なんにしてもマグルの首相が魔法界に入れ込むのはいいこととは言えないわね」

 

 できれば夢か何かだと思い込んで早々に忘れてくれたほうがいい。魔法界の事情をマグルの世界に持ち込むべきではない。住み分けが大切なのだ。

 

「まあ私の正体は知ってるけど、魔法界の存在は知らないって奴も結構いるんだけどね」

 

 私は残りの手紙の処理に取り掛かる。この分には日付が変わる前には終わるだろう。

 

 

 

 

 起きたら日が昇っていた。カーテンを通して薄っすらと日の光が部屋に差し込んでいる。私はそれを見て本能的に眠たくなるが、二度寝するわけにもいかない。昨日就寝した時間は朝の九時。そして現在の時刻は朝の九時だ。

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

 私が寝返りと打つと、咲夜のエプロンの白が目の前に映る。私はベッドからゆっくり起き上がると咲夜と向きあった。

 

「おはよう咲夜。そういえば時間を止めていたんだったわね」

 

 そう、今日は朝から用事があるため、朝寝る時に咲夜に時間を止めてもらって、止まった時間の中で寝たのだ。そのため実際には一秒たりとも時間は経過していない。

 

「咲夜も寝れた?」

 

「はい、時間を止めている間、私も眠っていました」

 

 私はベッドから起き上がると服を着替える。その間にも咲夜は夕食、いや朝食の準備をしていた。私は手の届かない部分を咲夜に留めてもらい、着替えを完了させる。そして椅子に座り朝食を取り始めた。

 

「咲夜はもう食べたのよね?」

 

 咲夜は紅茶を淹れながら答える。

 

「はい、私は起きた時に頂きました」

 

「そう」

 

 そう、今日はマルフォイとダイアゴン横丁に買い物に行くのだ。本来なら向こうがこちらの時間に合わせるのが筋ってものだが、ダイアゴン横丁にある店は大体昼間しか営業していない。仕方なくこちらが時間を合わせた。私は朝食を取り終わると咲夜を従えて大図書館に向かう。咲夜は何時もの鞄と、私用の少し大きい日傘を持っていた。

 

「そう言えば、本来の目的は買い物だったわね。二年生になって新たに必要な物でも出来たの?」

 

 私の後ろを歩く咲夜に、私は何気なく聞く。

 

「はい。二年生で必要になる教科書は新しいものが多いらしく、大図書館の蔵書にないとパチュリー様が仰っていましたので」

 

 大図書館にもない、か。咲夜はホグワーツから送られてきたのであろう手紙を私に手渡してくる。私はそれを受け取りしげしげと眺めた。

 

「ちょっと見せて……げ、これは酷いわね」

 

 用意しなければならない殆どがギルデロイ・ロックハート著と書かれている。私はロックハートという名前に聞き覚えがあった。確か最近魔法界で売れているアイドルのような存在だったはずだ。数々の偉業を成し遂げているらしいが、詳しいことは知らない。まあ、よくてダンブルドアの劣化版だろう。

 

「……そうね、じゃあパチェへの手土産用も含めて二冊ずつ買いなさい」

 

「かしこまりました。お嬢様はギルデロイ・ロックハートという魔法使いを知っていますか?」

 

 咲夜もロックハートという魔法使いを知らないらしい。まあ咲夜自身、興味ないものにはとことん興味を示さない性格故、仕方がないことだろう。

 

「本を沢山出しているということは、まあ有名ではあるんでしょ」

 

 私は適当に答えると大図書館の扉を開け放つ。珍しいことにパチェの姿は見えなかった。咲夜は自分の服装を正すと、私の服装も正してくれる。私の後ろに回り込み、襟を直している時、咲夜の動きは不意に止まった。

 

「そういえばお嬢様、羽はどのようにすれば良いでしょう?」

 

 どうやら、咲夜は少し勘違いをしているようだ。確かにマグルの世界じゃ私は吸血鬼であるということを隠している。だが、これから向かうのはダイアゴン横丁で、そこには魔法使いしかいない。私が吸血鬼であるということを別に隠さなくてもよいのである。

 

「咲夜、一つ言っておくけど……私の羽は外したり仕舞ったり消したりすることは出来ないわよ? 毟るというなら話は別だけど。それに、私が吸血鬼だってバレたら拙い事情でもあるわけ?」

 

 ふふん、と私は得意げに胸を張る。

 

「むしろ見せつけてやればいいのよ。私は人間のように地を這いずる下等な生き物ではないとね。それにロンドン市街を歩くわけでもないでしょうに」

 

「これは失礼致しました」

 

 私がそういうと咲夜は深く頭を下げて謝罪する。私はそんな咲夜の頭を撫でた。

 

「その様子だと学校でも私の正体を隠しているようね。むしろ誇り、自慢しなさい。私は吸血鬼に仕えるメイドであるとね」

 

 それで咲夜は納得したのか、顔を上げて私の目を見る。いつも思うが、咲夜の目は純粋で、輝いている。

 

「畏まりました。ではそのように振舞います」

 

 そのようなやり取りをしていると、パチェが本棚の影からひょっこり姿を現す。そして咲夜の方を見て小さくため息をついた。

 

「咲夜、それではダメよ。日傘を差しなさい」

 

 それを聞いて咲夜は不思議そうな顔をする。

 

「図書館の中でですか?」

 

「ええそうよ。愛する主をローストチキンにしたくないならね」

 

 日傘まではなんとなく分かるが……え? ローストチキン? 吸血鬼って日光で燃えると美味しくなるの?

 

「パチェ、吸血鬼って焼いたらチキンになるのかしら?」

 

「消し炭になるまで焼いたら区別なんてつかないでしょ」

 

「それはもうローストチキンではないと思いますが」

 

 咲夜はそう言いながらも日傘を広げ、私の横に立つ。パチェは私と咲夜の間に移動すると咲夜の手を掴み、私の肩にも手を置いた。次の瞬間視界が回り、地に足が付いた時にはそこは炎天下の屋外だった。姿現しだ。まだ正午は過ぎていないが、外は十分暑い。咲夜は姿現しのショックから立ち直れていないのか、日傘が真っすぐ差せていなかった。

 

「咲夜、日傘をしっかりと差しなさい。私の羽がローストチキンになりかけてるわ」

 

 私がそういうと咲夜は慌てて日傘の位置を調整する。咲夜は周囲をきょろきょろと見回すと、パチェに聞いた。

 

「パチュリー様、先ほどのが姿現しですか?」

 

「ええそうよ。そのうち教えてあげるわ。帰りは何処かの暖炉を使って頂戴」

 

 パチェは暑いと呟きながら姿現しで紅魔館へと帰っていく。咲夜は感心したようにパチェが消えた場所を眺めていた。

 

「咲夜、行くわよ」

 

 私は目の前にある屋敷へと歩き出す。咲夜もそれに合わせて私についてきた。パチェのことだから、マルフォイ家の目の前に出してくれたはずである。ということは目の前にあるこの屋敷がマルフォイ家の屋敷なのだろう。咲夜は屋敷の玄関を軽く見回すと、ドアノッカーを四回叩く。するとその瞬間、蛇の模様が話し出した。

 

「どなたか?」

 

 咲夜はそれに少し驚いていたようだったが、すぐに平静を取り戻し、返事をする。

 

「レミリア・スカーレット嬢とその従者の十六夜咲夜です」

 

「暫し待たれよ」

 

 蛇の模様はそう言い残すと沈黙する。

 

「蹴り破っていいかしら」

 

 私は少し退屈だったので咲夜にそんな冗談を飛ばしたが、咲夜はそれを聞かなかったことにしたらしい。涼しい顔で扉の前に立っている。そんなやり取りをしているうちに、扉が独りでに開き、白く細い女が戸口から現れる。

 

「今日はお越しくださいましてありがとうございます。旦那から話は伺っておりますわ」

 

「お邪魔するわよ」

 

 その女は私たち二人を先導し、客間のようなところに通す。

 

「自己紹介が遅れました。わたくし、ナルシッサ・マルフォイと申します。ルシウスの妻です。今旦那と息子を呼んできますね」

 

 なんだ、マルフォイの妻か。てっきり使用人かと思ってしまった。ナルシッサは軽く礼をすると客間を出ていく。私は客間にある椅子にどっかりと腰かけた。うん、クッションは悪くない。ナルシッサこだわりの品だろうか。咲夜は相変わらず私の横に佇んでいる。こんな時ぐらい座ればいいと思ったが、まあ好きにさせておこう。

 ナルシッサと入れ替わるようにして屋敷しもべ妖精が紅茶を運んできた。そしていそいそとテーブルに紅茶を並べ、逃げるように部屋を出ていく。べつに取って食いはしないのだが……。

 

「大層な手紙の書き方だったから少し期待していたけど、これでは庶民と変わらないわね」

 

 そんな私の言葉に咲夜は首を傾げた。

 

「十分立派なお屋敷だと思うのですが……」

 

「別に住んでいる家なんてどうでもいいわ」

 

 問題があるとすれば、客にお茶を出すときに、屋敷しもべにもってこさせたという点だろう。屋敷しもべを使うのは別に構わないにしても、もう少し清潔な恰好をさせることはできないのだろうか。今さっき紅茶を運んできた屋敷しもべは、なんというかぼろ雑巾のようなものを着ていた。何とも汚らわしい。もし紅魔館に屋敷しもべ妖精がいたとしたら、私なら立派な執事服を着せる。

 私は出された紅茶を一口飲んだ。……これは何とも言えない。少なくとも、客に出すものではないのは確かだ。私は軽く眉を顰め、カップをソーサーに戻す。

 

「咲夜」

 

 そして一言咲夜の名を呼んだ。

 

「ありがと」

 

 私は紅茶の色がほんのり変わっていることを確認すると、再度紅茶に口を付ける。うん、今度はいつも飲んでいる咲夜の紅茶の味がした。流石私の従者だ。気が利いている。私の考えていることを読み、ティーカップの中身を入れ替えてくれたらしい。

 私は咲夜の淹れた紅茶を飲みながら考える。今日マルフォイの誘いに乗ったのは他でもない。咲夜と死喰い人との接点を作るためだ。マルフォイ家は昔からスリザリンの家系で、ヴォルデモートが脅威を振るっていた時代にも死喰い人の中心人物として活動していた。そして今でも魔法界に大きな発言力を持つ人物である。

 今回の目的はそれだけではない。今日、行く場所はダイアゴン横丁だ。ダイアゴン横丁の隣には夜の闇横丁がある。そこにヴォルデモート、トム・リドルがホグワーツ卒業後に働いていたボージン・アンド・バークスがあるのだ。どうせなら、そこも視察していこう。大体の予定を立て終えると、もう一度ゆっくりと紅茶を飲む。さて、ここからが肝心だ。




レミリアが禁じられた森を訪ねる

ハリーが謎のフードに襲われる

学年末試験

賢者の石を盗みにクィレルが動く

咲夜がクィレルに賢者の石を渡す(偽物)

咲夜帰宅

マルフォイからお誘いの手紙が届く

マルフォイの家に行く←今ここ

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