蒼空の魔女と懦弱な少年   作:sin-sin

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2話 アイスワールド

人生は川の様なものだとよく言われる。大雨が降れば障害物が溜まり川が塞がる。そのたびに川の流れは自らの勢いでそれらの障害物を取り除き、前に進む。また途中には様々な分岐が目の前に広がっていて、それらの広がりを経て、清流の緩やかなせせらぎだった流れは大海原へと続く巨大な河川へとその身を広げていく。思考が停止した自らを詩人だと名乗るーーー世界の中心でレゾリュートデスクに座っている彼に言わせてみれば「大馬鹿野郎」な人種はこんな戯言を人目も憚らずに飛短流長してならない。

 

くだらない。人間は河川の流れの様に『あらかじめ用意されていた』道をたどるのではなく『自分が選んだ道』を自らの意思で進むのだ。結果的にそれが元来用意されていた道に見えているだけに過ぎない。しかし、そう信じていた彼は、生まれて初めてその戯言が本当なのかもしれないと感じ始めていた。自らの前には人類の運命を左右しかねない奈落の底へ通じる様な選択肢が転がっているのかもしれないと。

 

「では、ミスター。もしそのお話が真実だとしたら・・・あの忌々しいバグ共は近い将来、欧州を超えて太平洋圏にまで勢力を拡大するかもしれないと、そういう事ですね?」

 

バグズーーー誰がそう名付けたのかはわからない。一説では最前線の兵士がどれだけ倒しても、無数に復活してくるそれを軍隊アリにたとえたのが始まりだとか、その形状を揶揄した物だとか様々な説があるが・・・欧米圏で徐々に広まりつつあるネウロイの通称を口にしたリべリオン合衆国大統領科学技術補佐官ヴァネット・ブッシュはその言葉を言い終わるなり天を仰ぐ様なポーズを取った。今から7年前、当時のローズベルト大統領と会談し、NDRC(米国防研究委員会)を設立させ、自らNDRCの議長となり、軍と科学との距離を密にさせた影の実力者と呼ばれている彼がいなければ、リベリオンはネウロイの侵略に対しての対策が今から2~3年は遅れたままになっていただろうとの見方が専門家の中では大半を占めている。

 

「はい、その通りです。元来バグズ・・・ネウロイの行動原理は謎に包まれていましたが、奴らは我々人類に取って重要な戦略物資が大量に貯蔵されている太平洋、特に南方方面には何故か進出があまり確認されておりません。最後にネウロイがあの地域で確認されたのはフソーカイ・ウォーです。彼らーーー彼らと言う言葉が適切なのかはわかりませんがネウロイが本気で人類を滅亡させる気ならいつか太平洋にも進出してくるでしょう。あの海域には人類が戦争を行うのに必要な戦略物資や燃料が大量に残っていますからな」

 

リべリオン合衆国の首都ワシントン.D.C.

 

そのほぼ中心に位置する白で覆われた石造りの巨大な建物。ともすれば神殿や遺跡と勘違いされそうなその建物はワシントンのシンボル、またリベリオン合衆国のシンボルとしてリベリオン合衆国はペンシルベニア通り1600番地に聳え立ってきた。ホワイトハウスーーー時に世界の中心とも言われるその建物には3つの区画が存在する。メインハウスと呼ばれ、大統領とその家族が暮らす公邸の他、他国の首脳や議会関係者との交流場所でもあるエグゼクティブ・レジデンス。大統領夫人であるファーストレディ、及びそのスタッフのオフィスが入るイースト・ウィング、そして大統領執務室、オーバルオフィスが存在するウエスト・ウィングだ。

 

その世界の中心たる大統領執務室には6人の男性が詰めかけていた。彼らの服装はそれぞれ私服、スーツ、そして軍服姿と服装に一貫性が無くまばらだ。その中でもかつて両国間の記念にとブリタニアから送られ、現在は大統領専用のデスクとなっているレゾリュートデスクに向かい合う様な形で置かれた椅子に腰かけた白髪の老人はかつて太平洋に浮かぶ島国、扶桑皇国を襲ったネウロイの襲撃事件について言及を始めた。扶桑海事変ーーー扶桑皇国近海で突如発生したネウロイの出現事件は扶桑軍が多大な犠牲を払いながらもこれを退け、事なきを経た一連の事件は1938年以降世界中で勃発する事となった対ネウロイ戦争において大きなモデルケースとなった事は筆舌に難くない。そしてこの事件以来、扶桑を始めとする太平洋沿岸でネウロイが観測されたという情報は少なくなっていた。

 

「その根拠となるデータや資料・・・いや、率直に貴方が何故そう思うのかをお聞かせいただけないだろうか?」

 

ブッシュの横に座る男性、リベリオン合衆国国務長官J・マーシャルがゆっくりと口を開いた。

 

「根拠ですか・・・そう言われれば難しいですな。言ってみるなら学者のイマジネーションとインスピレーションとでも言っておきましょうか」

 

「インスピレーション・・・?」

 

「そうです」

 

訝しげに単語を唱えるマーシャルに老人はこう続けた。

 

「言うなればこれはゲームの様な物かもしれませんな。ネウロイはゆっくりと自分達の活動範囲を広げていく。しかしあと一歩。人類を追いつめる一歩手前でいつも退いてしまう。これは私には、彼らがこれその物を楽しんでいるかの様に見えてなりません」

 

「失礼。ミスター、お言葉ですがそのゲームという言葉に関しましては我々としては同意しかねます。わが軍始め、世界中の国や軍隊があの忌々しいバグ共と戦い重大な被害を出している。彼らにその様な言葉を聞かせてしまう、あるいは私がこの場でそれを見逃してしまうのは前線に立つ彼らへの冒涜に等しい物と考えます」

 

男性の言葉にこの場に同席していたリベリオン合衆国海軍長官のJ・フォレスタルが異議を唱える。その横に座ってじっと話を聞いていたケネス・K・ロイヤル陸軍長官もフォレスタルの発言に対し頷いていた。

 

「これは失礼しました。私としては出来るだけわかりやすい言葉で解説しようと思っていたのですが・・・生憎この様な席には慣れていない物で」

 

「ではミスター、申し訳ないがそろそろ時間も迫ってきている。今日は大変有意義な意見交換会だった。ミスターの研究がこの地で花開く事を心から祈っているよ・・・

ところでミスターは例のワイルドファイアには参加されなかったのかね?」

 

レゾリュートデスクの前に腕を組みながら座っていた男性の声が発した会議の締めくくりの言葉と共に、席を立ち、ウエストウィングのオーバルオフィスから立ち去ろうとした老人に向かって投げかけられる。

 

「非常に魅力的なお誘いでした・・・しかし私があの場にいることは他の研究者の為には絶対にならない。彼らの足を引っ張ってしまう事になるでしょうな」

 

一見すれば嫌味ごとの様に聞こえてしまう言葉だった。しかしデスクの前に座る男性はオーバルオフィスの出口に立つ老人の双眸には僅かな軽蔑や侮蔑の念さえもこもってはいなかった。自分があのチームに配属される様な事になれれば、自分にその様な能力があればどれだけ良かったか。彼の瞳に輝いていたのは混じり気の無い単純なる憧れと羨望の光だった。なるほど。流石はカールスラントが何としてでも、何を犠牲にしてでも守りたかった頭脳だ。ネウロイの脅威に晒された欧州からの大撤退作戦『大ビフレフト作戦』、『ダイナモ作戦』が発動された際にカールスラントを始めとする欧州各国がまず行ったのは自国の優秀な技術者たちを安全な海外へ脱出させる事だった。欧州、ひいては人類の至宝である頭脳をこんな場所でむざむざ失うわけにはいかないーーー欧州各国のその判断はどうやら吉と出た様だ。目の前の老人の様な優秀な頭脳を持った人物を失うことになれば人類が受ける損失は計り知れない。

 

それにしても・・・この老人の様な純粋な眼差しを持つ者がこの世界に何人いることか・・・

 

男性はそんな事を思いながら老人を見て肩をすくめるとーーー

 

「なるほど。ありがとうございました。では道中お気をつけてお帰りください。ミスターアインシュタイン」

 

白髪混じりの老人ーーーカールスラント生まれの物理学者、アルバート・アインシュタイン博士はその言葉を聞くと少しだけ笑った様な表情でオーバルオフィスを後にした。

 

「さて、諸君、今の話は聞いたな」

 

アインシュタインがオーバルオフィスから見えなくなった後、レゾリュートデスクに座っていた男性は立ちあがるとそこにいた男性達の顔を順に見つめていった。

 

「君はどう思う、マーシャル」

 

「私は彼の意見にはどう言うことも出来ません。ネウロイが太平洋に進出する事態。あるかもしれないしないかもしれない。フィフティフィフティですな」

 

「なるほど、フォレスタル長官はどう思うかね?」

 

男性に当てられたフォレスタルは先ほど、アインシュタインに抗議を行った声と変わらぬトーンで話し始めた。

 

「私もマーシャル長官と同じ意見です・・・が、もし博士の言う事が正しいなら我が合衆国は太平洋と大西洋、二方面での作戦を展開する事になります。現在我が国は世界中の同盟軍に対し技術支援や物資支援を行っていますがそれを継続したままで二方面作戦は得策とは思えません」

 

「なるほど、ロイヤル長官は?」

 

「私もフォレスタル長官に賛成ですな。もし太平洋、大西洋に同時にネウロイが出現という事になれば我が国の軍事的プレゼンスは圧倒的に低下します。正体不明の敵相手に用心しすぎる事は無いかと」

 

そこまで聞き終わると男性は最後にブッシュの方を見た。

 

「ブッシュ君、プロジェクト・ワイルドファイアはもう発動が可能なのかね?」

 

「現在最後の研究者・・・扶桑人研究者を乗せた輸送機が506JFWのディジョン基地から離陸予定です。彼以外の研究者は既にパ・ド・カレーのワイルドファイア本拠地に集合完了しているので実質発動はいつでも可能な状態です」

 

「結構、誠に結構」

 

男性は再びデスクに座ると顔の前で手を組みしばし沈黙した。5人の視線が男性に集まる。

 

「・・・よろしい。只今の時刻を持ってプロジェクト・ワイルドファイアを正式に立ち上げる。関係各機関への通達を怠るな。それとロイヤル長官とフォレスタル長官」

 

「はい」

 

男性に呼ばれたロイヤルとフォレスタルは同時に声を出す。それと同時に直立不動の姿勢を取ったのは軍人の性というべきか。

 

「環太平洋沿岸にネウロイが現れた際のシミュレーションを至急提出してくれ。ADC(米航空宇宙防衛軍団)、SAC(米戦略航空軍団)、ONI(米海軍情報局)、それからCIA(米中央情報局)の専門家にも意見を聞きたい」

 

「了解しました」

 

またも2人同時に声を上げる。

 

「マーシャル、君はプロジェクト・ワイルドファイアにおける関係各国との調整を行ってくれ」

 

「わかりました」

 

そう言うとマーシャルは駆け足でオーバルオフィスを後にする。

 

「ブッシュ、君はマーシャルの技術的な面をサポートしてやってくれ、あの石頭では他国の技術者なんぞに煙に巻かれてはたまらんからな」

 

そう笑いながら言うとブッシュは頷き、マーシャルの後を追うようにオーバルオフィスを飛び出していく。それに倣うかの様にフォレスタルとロイヤルも男性に一礼し、ウエスト・ウィングを後にした。

 

一人オーバルオフィスに残された男性はオフィスの窓に近づき見える空を見上げた。装飾が施された豪華な窓淵から見えるのはワシントンを覆うどんよりとした曇天の空。

 

まるで未来の人類を揶揄している様では無いかね?そう心の中で毒づくと男性ーーーリベリオン合衆国第33代大統領ハロルド・S・トルーマンは大量の書類に目を通す為、先ほどまで座っていたデスクに歩を戻した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リベリオン合衆国 イリノイ州 シカゴ 某雑居ビル

 

目の前には大量の書類の山。これを一日で片付けろ?冗談じゃない。こんな量の書類ーーーどうせ訳のわからない都市伝説やゴシップの類といった流言飛語も甚だしい噂の数々ーーーをたった一日なんかで片付けるなんてのはフーディー二の魔術でも使わない限り出来っこない。

 

はい皆さんお立会い、ここに取りだしたるやクソッたれの事務書類。今から私の力でこの書類を全てドル札に変えて見せましょう。はいワンツースリー!

 

・・・そんな事が出来ればいい。現実逃避を辞め、妄想の世界から目の前の現実に帰ってきた男性ーーーマーカス・カーターは一つ大きなため息をつくと黙々と作業に取り掛かった。

 

持ち前の出不精を発揮して伸び放題になってしまったボサボサの髪にうつろな眼、アイロンも当てずによれよれになってしまったシャツには世間一般的な『編集者』のイメージは当てはまらない。これでも20を少し回ったところなのだが大体の人間はその事実に気付かない。そんなマーカスの目の前にある書類に記載されているのは大体がやれニュージャージーに羽の生えた怪物が出現しただの、オハイオに怪人カエル男が現れただの、挙句の果てにマリリン

・モンローは宇宙人だのと言ったたわいもない戯言ばかりである。まあもっともその戯言に(ギリギリではあるが)飯を食わせてもらっている手前そう無碍にも出来ないのだが・・・

 

マーカスが編集者を務める雑誌「PCI」はオカルトや超常現象、世界的な陰謀を暴き全世界の読者へ、その真実を提供する・・・と言えば聞こえはいいが要するに売れないタブロイド紙である。だいたいの人間が「PCI」の名前を聞くと

 

『あぁ、知ってるよ。編集長が危ないクスリキメてしゅっちゅうトリップしてるんだろ?』

 

とか

 

『あまりに売れなさ過ぎてMPA(リベリオン雑誌協会)から追放処分食らったんだろ』

 

とか最早この雑誌自体が都市伝説と化している気が否めない。失礼な。MPAに追放にされかかったのは「PCI」が売れないからではなくマーカスの目の前でまるで熊かと見間違えるような巨体をゆらゆらと揺らしながらいびきを立てながら惰眠を貪っているひげ面の編集長が「キング・コング」の再現をやろうとして、ニューヨークにあるエンパイアステートビルの外壁を全裸で登り、通報を受けて駆けつけたNYPDにめでたく御用となったからだ。

 

・・・正直馬鹿だと思う。ここでまた大きなため息を吐く。本日二度目。一日に吐いたため息の最高記録は四十二回だ。いっその事、記録に挑戦してみようかと思ったその時、外の廊下から編集部につながるドアが開いた。来客か?

 

「よう、マック、元気か?」

 

「ピートか、久しぶりだな」

 

「ああ、2か月間も大学の倉庫整理にこき使われててな。腰が痛いったらありゃしねえ」

 

PCI編集部に顔を覗かせた来訪者はマーカスの旧友、ピート・マクモンドだった。リベリオン合衆国、マサチューセッツ州はアーカムに所在する大学、ミスカトニック大学で考古学の教鞭を取っている人物だ。眉が太く、彫りが深い顔は連日の発掘作業で日に当たる時間が長かったのか真っ赤に焼けている。

 

「今日は何しに来たんだ?」

 

マーカスが編集室の横にある応接室のソファを進めるとピートが勝手知ったるといった具合にドカッと座りこむ。

 

「とっておきのネタを持ってきてやったのさ」

 

「おい、ピート、お前まさか、また訳のわからない石像みたいのを持ってきたんじゃないだろうな?勘弁してくれ。前にお前が発掘現場の土産だって言いながらくれた翼の生えたタコみたいな像、寝室の机に置いて寝たらその日にバケモノに襲われる夢を見たんだぞ」

 

「おいおい、夢まで俺のせいにされちゃ困る。まあそんなことよりとっておきのネタ、聞きたくないのか?」

 

とっておきのネタ、その言葉を聞くたびに自分の心の奥深くに封印したはずの記者魂が再び湧きだしてきそうな、そんな感覚をマーカスは感じ取っていた。今までに経験してきた記憶が頭の中に浮かんでは消えていく・・・駄目だ。今はこの話に集中するんだ。

 

「・・・マック、おい、マック、大丈夫か?」

 

自らの心の奥深くに沈んでいた感覚を現実世界に呼び戻す。

 

「ん・・・?ああ・・・すまない。続けてくれ」

 

「それでだ、俺はさっき話した様にこの2ヶ月間は大学の倉庫整理にこき使われてたんだ。なんせまだ準教授なもんでな。で、そこでこれを見つけた」

 

ピートがマーカスとの間に設置されているテーブルに置いたのは古い新聞だった。紙の一部が焼けて変色しかかっている。日付は・・・1930年の6月。今から17年前の新聞だ。

 

「何だこりゃ?17年前のアーカムタイムズ?」

 

「そう。俺達の大学があるアーカムの辺り一帯で販売されている新聞でな。今でも販売されてるんだが・・・まあそんな事はどうでもいい。ここの記事を見てくれ」

 

ピートは新聞を開いて一面目にある小さな記事を指差した。

 

「何・・・?マサチューセッツ州、アーカムに所在を置くミスカトニック大学地質学科教授のウィリアム・ダイアー率いる南極探検隊、極地で遭難・・・?」

 

1930年、南極の極地観測に出発したミスカトニック大学のダイアー探検隊が極地で遭難。リーダーであったウィリアム・ダイアー教授以外の全員が命を落とした。

 

見出しと記事にはそう書かれていた。

 

「これがどうかしたのか?別に今から20年も前の事なんだ。極地での遭難なんて珍しい事でもないだろう?」

 

1911年に人類史上初の南極点遠征に成功したバルトランドの探検家、ロアール・アムンセンがブリタニアの探検家、ロバート・F・スコットとどちらが先に南極点に

辿り着くかを競った時にはアムンセンのライバルであったスコットが遭難し、やはり命を落とすという事故も起きている。極地は人類に取って優しい場所では無いのだ。

 

「確かにそうだ。・・・ところで今、カールスラントやリべリオンが合同で南極に探検隊を向かわせているの、知ってるか?」

 

そう言えばその様な記事を新聞で読んだような気もする。マーカスは肯定の返事を返した。

 

「ああ、知ってる。連合軍司令部直属の探検隊だろ?」

「その探検隊が向かっている場所がダイアー教授の遭難した場所と同じと言ったらお前、どうする?」

 

「・・・何だって?」

 

今から20年も前に遭難した探検隊が目指した場所と同じ場所に連合軍の探検隊が・・・?

 

「まさか、ただの偶然だろ?」

 

思わず息を呑んだマーカスがそう言った。確かに奇妙な一致ではあるが別にだからと言ってダイアー教授達に関係があると決まったわけじゃない。今の話を聞く限りではただの偶然の可能性の方が高い。そう判断したのだ。

 

しかしーーー

 

「確かに今の話だけだとそうかもしれない。だがその探検隊が出発する前にうちの大学に連合軍の兵士が来てダイアー教授が残した南極探検のデータを根こそぎ持って行ったって言ったらお前、どうする?」

 

「・・・一つだけ確認するがその生き残ったダイアー教授とやらはその後どうなったんだ?」

 

ピートがこめかみの辺りを人差し指でとんとんと叩きながら言った。

 

「病院送り・・・こっちの意味でな。南極で遭難した時によほどショックな物でも見たのか『バケモノを見た』とか言いながら発狂しちまったらしい」

 

次の瞬間、マーカスは思わず立ち上がっていた。

 

「ピート、これは売れるぞ!!」

 

これだけ『怪しい』話は2年に1度舞い込んでくるか来ないかのレベルだ。20年前に南極で壊滅したチームと同じ場所へ国際合同の探検隊が向かっている。しかもその事件の唯一の証言者で南極から帰還後に発狂してしまった人物が綴ったデータを半ば奪い去る様な形で持って行きながら

ーーー

 

これは使える。どうせうちの雑誌の信頼性なんか地に落ちるどころか地下を潜り進めているような物だ。そうなればあとはどれだけセンセーショナルな記事を書けるか。嘘でもいい。誰かののジョークのネタにでもなればいい。それでうちの雑誌の購買部数が増えるなら誰にも文句は言わせない。

 

「ありがとう。ピート、俺は早速この件について取材を進めることにする。進捗はまた追って報告するよ」

 

「喜んでくれたなら何よりだよ。何せ像の件では迷惑掛けたらしいしな。詫び料込みってとこだ」

 

そう言うとピートはおもむろに立ちあがり応接室のドアを潜った。

 

「夜からシカゴで学会があるんでな。そろそろ失礼させてもらうよ・・・マック」

 

「何だ・・・?」

 

今までの明るい声から一転して密やかな声へと移したピートにマックが問いかける。

 

「マックお前・・・ニューヨークタイムズに戻る気は無いのか?」

 

今まで自分の心の奥底に隠していた思い、それがピートの言葉によって一気に身体の芯まで突き抜けてきた。

 

元々全米でも屈指の大手新聞社、ニューヨークタイムズの特派員だったマーカスは記事の取材の為にネウロイとの戦闘が続く欧州へ飛んだ経験があった。そこでマーカスが目の当たりにしたのは傷つき、次々と倒れていくウィッチ達や兵士の姿だった。マーカス自身、リベリオン生まれのリベリオン育ちで『戦争』の本当の意味を知らなかった彼に取ってそこは異次元の空間であり、非現実な空間であり、何より紛れもない『現実』であった。様々な兵士やウィッチに従軍取材を繰り返すうちに彼らや彼女達にインタビューを行う機会も増えていった。

 

ーーー何故軍に入ったのですか?

 

ーーー怖くはないのですか?

 

ーーーーーー誰の為に、何の為に貴方は闘っているのですか?

 

ある若い少年は笑いながらこう言った「家が軍人の家系で・・・入ることが名誉だって言われたんです。けど自分はこの道で間違ってなかったと思います」

 

ある初老の戦車兵は達観した様にこう言った「怖い?確かに相手は恐ろしいやつだよ。けど軍に入っちまったもんはしょうがねえわな」

 

あるウィッチは照れくさそうにこう言った「友達とか・・・皆が生きてるこの世界を少しでも守れるなら闘おう・・・って思ったんです」

 

マーカスが行ったインタビューや取材の記事は日に日に増えていった。しかし、それらの記事を纏めたレポートを携えてリベリオン本国に帰還したマーカスを待っていたのは

あまりにも悲しい現実だった。マーカスがリベリオンのニューヨークはニューヨークタイムズ本社に戻って最初に編集長に掛けられた言葉は今でも忘れない。

 

『お疲れ様マーカス。大変だっただろう。ところで・・・これだけの記事を持ってきてくれた君には誠に申し訳ないのだが・・・これらの記事は差し替えにさせてくれないかね。何せあまりに重くて暗い記事ばかりだと発行部数が落ちてしまうのでな。ウィッチなんかに関しては軍のプレスリリースなどで十分だろう?そんなことより今はビバリーヒルズのセレブ達に関する記事を作成していてな。そっちの方を手伝ってくれないかね?』

 

その言葉を聞いた瞬間、マーカスは絶望した。人間はここまで想像力の乏しい生き物だったのか。地球の裏側で誰か見知らぬ人達の為に血を流しながら必死で努力し、頑張っている人間達に対してここまで冷たくなれるのか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ここはリベリオンの何処かのごく普通の家庭である。一家の主が朝起きて、テーブルに着く。母さん、朝ご飯はまだかね?そう言いながらテーブルの上に置いてある記事に手を伸ばす。『ハルファヤ峠、陥落の危機か』新聞の見出しにはこう書かれている。母さん、アフリカでの戦争が苦戦しているみたいだよ。すると母さんはこう答える。

 

『あらそう?怖いわねえ。けどアフリカの事でしょう?ここからはうんと離れているんだし私たちには特に関係ないわよ』

 

そうして起きてきた子供とともに一家団欒の楽しい朝食が始まる。さっきまで読んでいた新聞の内容などすっかり忘れてしまったかの様に。これが今のリベリオン国内の現状

だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マーカスには信じられなかった。所詮人間は自分の身にその出来事が降りかかってこない限りは痛みなどわからない生き物なのか。他人の痛みを見ないふりして平然と生きていられる様な生き物なのか。この目の前にいる醜く出っ張った腹を抱えた編集長の様に。それからの事はマーカス自身よく覚えていない。戦地でのレポートをまとめた記事を置き土産に辞表を叩きだして全米の大手上場企業の新聞社から三流以下のゴシップ紙編集部へ。我ながら馬鹿をやったと思う。自分の記事が認められなかったから?それもある。しかし一番、マーカスの心に残ったのはおずおずとインタビューに答えてくれたあの幼さが残る少年兵や本国に孫もいると語っていた老戦車兵、そしてあどけない表情を見せてくれたあのウィッチ、あの場所で出会った様々な人たちの笑顔だった。

 

「ああ、俺はここで満足さ。俺にはニューヨークタイムズはお上品過ぎたみたいだよ」

 

「そうか・・・まあまた何かあればいつでも連絡をくれ。・・・じゃあな」

 

そう言うと今度こそピートはPCI編集部から立ち去って行った。ピートの後ろ姿を見送ったマーカスは心の中であの戦地での思い出を振り返りながら新しい記事の作成に手をつけようとしていた。そうさ、俺にはまだ記事を書くチャンスがある。いつか俺もあの子達の事をちゃんと・・・

 

マーカスは机に向かってタイプライターのキーを

打ち続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そう言えば俺達・・・いえ自分達を助けてくれたあのマリアンさんとか言うウィッチはあの後どうしたんですか?」

 

506JFW基地兵舎の廊下、まだ昼間だからなのだろうか、電球は付いておらず、日の光が廊下に設けられた窓から直接入り込んでくる。隊長室での話が終わり、パ・ド・

カレーに向かう輸送機が到着したとの事で、滑走路に向かおうとした伊吹を

 

『外まで見送ろう』

 

と言い滑走路まで同行しようとしたジーナとその横を歩く伊吹がジーナに向かって尋ねた。

 

「大尉・・・マリアン大尉達はちょうどあの周辺空域の巡回に出ていたんだ。君達を見つけたのは僥倖だった」

 

ジーナが答える。

 

ジーナが答える。引退したウィッチは主に2つのパターンに分かれる事が多い。1つは軍に残り後輩のウィッチ育成・指導に励む者。もう一つは軍を退役し民間人として第2のスタートを切る者。稀にウィッチとして軍に入隊し出世街道を邁進する人間もいるがかなり稀な例だろう。506が刷新されると言うのはこの部隊のウィッチ達が上がりを迎えつつあるという事に他ならない。しかしながらジーナ程のベテランウィッチをはいそうですかと手放すのはあまりに惜しい。結果として506刷新後の新しい配属先としてジーナにはUSADCのポストが当てられたという事を先ほど彼女自身の口から聞いていた。もっともジーナ程のベテランウィッチを~の部分は伊吹の勝手な想像であったが。

 

『今のリベリオンには優秀な人材をみすみす手放す余裕は無い。ワシントンの高官からそうまで言われたよ』

 

そう語るジーナの目にはどこか自嘲じみた物が感じ取られた。

 

「で、自分達を助けてくれた後は?」

 

再び意識をこちらに戻した伊吹が言葉を続けた。

 

「もう一度巡回飛行に。最近妙にネウロイの活動が活発になっていてな。今日もネウロイが出現するという情報は無かったのだが・・・念には念という物だ」

 

結局自分達を助けてくれたウィッチ達をこの目で直接見ることは叶わなかった。せめて一言でもお礼を言いたかったのだが・・・そんなことを考えていた伊吹はふと心の中で引っかかっていた事を思い出す。

 

「あの、中佐。そう言えば彼女達は自分達がこの基地に来る事を知らない様でした」

 

あの時彼女は『そんな事は聞いていない』と言っていた。仮にも他国の軍用機が自分達がいる基地の防空空域にやってくるのだ。事前にブリーフィングなどで知らされててもおかしくは無いし、むしろそちらの方が普通ではないか。そう考えていたのだ。その瞬間ゴウンゴウンという重いエンジン音が聞こえてきた。滑走路の横にあるエプロンに暖気運転中の輸送機、Juー52が駐機しているのが見える。伊吹をパ・ド・カレーまで運ぶ為の機体だろう。

 

「・・・私はここのB部隊の隊長だ。部下の事は信頼しているし戦友と言ったもの以上の関係だと思っている」

 

滑走路に通じる兵舎の廊下を抜け、エプロンに出た瞬間、ジーナがそう呟きだした。

 

「なら何故・・・?」

 

伊吹が更に言葉を継いで追求しようとする。その伊吹の言葉を聞いたジーナの声が今までより小さくなる。

 

「気をつけろ・・・この世界の中には君達の様な存在が鬱陶しくてたまらない様な人間達もいるようだ」

 

「?」

 

「本来ならば君達がこのディジョン基地に伝える事は部隊の全員に伝えるべきだった。しかし少しばかり『前例』があったんでね。上の人間から出来るだけこの事は内密に

頼むと釘を刺されてしまった」

 

この人は何を言ってるんだ?俺達が邪魔?前例?

 

「あの、それってどういう・・・上の人間って誰ですか?陸軍参謀本部?」

 

ジーナは首を横に振った。

 

「違う」

 

「じゃあ陸軍長官?」

 

「違う」

 

「・・・大統領?」

 

ジーナの口元が少し緩んだかと思うと首が縦に振られた。

 

「冗談だろ・・・?」

 

しかしながら、この時の伊吹に取ってそれは幸か不幸か、ジーナは嘘は付かない女性だった。

 

 

続く

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