シン・ハゲと修羅 作:コテコテ
青年は力を求めた
悪を一撃で倒すヒーローを夢見て努力を重ねた
そして努力の果てに限界を越え、手に入れた無敵の力
あらゆる敵をワンパンで片付ける圧倒的な力の代償は
ヒトとしての心と頭髪だった
少女は力を求めた
誰にも見下されない、何も奪われないために努力を重ねた
そして天才と称される才能を開花させ、手に入れた魔法の力
あらゆる敵に圧倒的な資質の差を見せつける力の代償は
ヒトとしての心と友人だった
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少女は誰よりも強くならねばならなかった。
「両者前へ!」
あの日、暴力と悪意に屈した記憶は今も色あせることない。理不尽な現実を前にして、大切なものを何一つ守れなかった。残ったのは悔やみきれない後悔だけ。弱かったから馬鹿にされた。見下された。立ち向かえる強さがあれば、何も失うことはなかった。ひたすら自らの弱さを呪い、そして誓ったのだ。もう誰にも見下されてないように、何も奪われないように、誰よりも強くなると。
「両者構えて!」
審判に促されて拳を構える。この試合は変則ルールだ。DASS公式試合と同じライフポイント制でこちらのライフは12000に対し、相手のライフはわずか5。ガードしていても削られるほどに少ない。それでいて回避禁止で攻守も左手のみという、本来ならあまりに厳しいハンデだった。
「二人共、ルールは頭に入ってるかな?」
「はい」
「なんとなく」
だが彼女は油断など欠片すら思わない。それほどに彼は強かったのだ。わずか3年で手にしたという力は、彼女のそれを遥かに凌いでいた。圧倒的なその力を、少女は切望した。当然だろう。そこへ目指す強さのヒントがあったって、何もおかしくない。だから、彼女は彼の申し出を受け入れた。
「……まあ大丈夫じゃろ。改めて両者! 構えて!」
この戦いに勝てば強さの秘訣を教えてくれると、彼は約束した。勝てるかは正直わからない。だが彼を打ち負かしたとき、彼女は強さの頂へと大きく近づくに違いない。ならば迷いなどどこにあろう。今心に留めることは一つだけ。
「始めッ!!」
必ず勝つ。それだけだ。
——————
二時間前 ミッドチルダ とある競技場のVIP席
「ここはミッドチルダでも一、二を争う格闘技専用の競技場なんだ。ボクのパパが出資者の筆頭だから、偶にチケットを融通してくれるんだ。今日の試合は絶対見たかったからいろいろ頑張ったんだよ!」
「ほうほう、それはスゴイ。地球の弟子にも君の忍耐力が欲しいわい」
「へへッ!」
巨大なガラス越しの眼下には照明に照らされたリングが白く浮き上がっていた。もう試合が始まるとあって、会場は既に熱気に包まれている。周りを見ると座り心地のいいソファーから少し腕を伸ばした位置に、映画館とかでよく見る感じのポップコーンやコーラなどの飲み物が置かれている。どんだけ食べても飲んでもタダというから驚きだ。VIPだ。どっからどう見てもVIP席だ。要は何が言いたいのかというと————
「なんで俺はここにいるんだ?」
上下ジャージの男、サイタマがガラスの向かい側で首をかしげていた。
「なんじゃ不満か? ヒーロー協会から割のいい仕事があったからせっかく誘ってやったというのに」
答えてきたのはS級ヒーロー三位、バングだ。シルバーファングとかいうカッコいい感じのヒーロネームを名乗っている老人だが、これが何かと彼にチョッカイをかけてくる。今日だってそうだ。彼の企みに気づいたときには手遅れだった。
「誘ってやったってなんだよ。攫ってきたの間違いだろ」
サイタマがバングを睨みつける。普段から感情の起伏が少ない彼が、ここまで不機嫌になるには理由がある。
「時給のいい仕事があるからって道場に行ってみれば……」
「ヒーロー協会の幹部が説明してくれたじゃろ。護衛任務の報酬なら任務の後に必ず支払うと」
「そっちじゃねぇよ。おれか言いたいのは、道場に着いた途端にワープで飛ばしやがったことだ」
拒否権すらなく連れてこられたことが相当頭にきていた。こんな訳のわからないことに付き合うぐらいなら、テキトーに家でゴロゴロして、怪人が現れたら殴りに行く生活の方が何百倍も何千倍もいい。異世界? 魔法? 意味がわからない上に柄でもない護衛なんて、彼には苦痛でしかなかった。
「えっ!? 冒険っぽくて面白いじゃん!!」
「面白くねーよ!!」
日常にアドベンチャーは求めてない。どうもさっきから調子に乗っている。なにせ初対面の相手に、「あっ! ハゲだ!」とか抜かした礼儀知らずである。
————ふざけやがって。後で覚えてろ。この………………あれ?
人の礼儀を言う前に、彼の名前を思い出さなければならないようだ。
「落ち着いてください先生。相手は依頼者です」
「ジェノス!! けどこいつな!」
サイボーグのジェノスはS級ヒーローであり、サイタマの〝弟子〟だ。彼もまた、罠にはまった一人であり、今は〝師〟の手を煩わせないよう、師と自分の二人分の仕事をこなしている。サイタマが座っているだけで済むのは彼のおかげだ。
「先生への暴言は万死に値しますが、ことを荒立てると報酬を減らされかねません。任務後に俺が始末————」
「止めて! その後が面倒だから絶対止めて!!」
師を拝するあまり暴走気味になることがたまにキズだが、クセのあるサイタマとは結構上手くやっている。充分優秀な弟子と言えるだろう。たぶん。
「ちくしょう……けどじいさんが言った通り報酬はいいんだ。当分の生活費が手に入るんだったら、一日ぐらい我慢してやる」
性格が悪い訳ではないのだ。ただ思ったことが、すぐ口に出るだけ。そう自分に言い聞かせるしかない。むしゃくしゃしながら、ポップコーンを口に運ぶ。塩味が効いてなかなか美味い。
「あっ! 出てきた!!」
ガキの声につられて外のリングに目をやると、ちょうど二人の少女が入場しているところだった。片や明るい感じの不自然な髪色、片や白い長髪と、個性しかない派手な見てくれだ。
「すげー色だな。ああいうの流行ってんの?」
「知り合いはどっちだサンサーラ?」
「リンネ・ベルリネッタ! 手前の髪が白い子!」
「あっ、サンサーラか」
そうだサンサーラだ。ようやく思いだした。ついでに「ブサイクなくせにサラサラした名前しやがって」、が第一印象だったことも思い出す。ハゲている自分を棚に上げていることには、全く気付いていなかった。
「リンネ・ベルリネッタ。DASSU-15ワールドランク一位の強豪。デビューからほぼ無敗であり、敗北は判定負けの一度のみ。現在最も注目を集めているファイターの一人だな」
「知ってたんですか?」
今朝誘拐されてきたとは思えない博識ぶりに、サンサーラが不思議そうに首をかしげる。
「入場の際に客から聞き取ってきた。大した人気だな」
「そりゃ僕が認めたファイターだからね。デビューした頃から注目してたよ! 才能と練習量はもの凄いから!!」
「へえー」
ミーハーと思っていたが意外や意外、どっぷりコアなファンだ。確かに無名の時から応援してきた選手が、スターになっていくのは感無量だろう。格闘技の観戦に、わざわざ高級スーツを着込む気持ちはわかる。一途に応援し続けている姿勢には、サイタマも感心していた。
「同じ孤児院出身の子が活躍してるのは嬉しいや」
しかしその彼の口から、高級スーツの身なりとは合わない単語が漏れ出る。
「孤児院?」
「言ってなかったっけ? リンネと僕は養子なんだ。孤児院にいた時はちょっと話す程度だったんだけど、お金持ちの家に引き取られた縁で応援してるんだ」
「あ、そうなんだ……ふぅん」
どう返せばいいものか……反応に困る。思緩々と育ったと思えば、想像以上に壮絶な人生らしい。そして何より、どこをどう間違えば、性格が金持ちの悪ガキになるのだろうか。孤児院の育て方が気になるサイタマだった。
「ほれ! 試合が始まるぞ!」
バングが促して微妙な雰囲気をぶった切った直後、客席から歓声があがった。野球やサッカーにも引けを取らない声援は大迫力だ。サイタマの想像を超えて、相当な盛り上がりを見せている。
「案外人気あるんだな」
しかしサイタマは、格闘技には全く興味はない。少年少女、勝手に青春を燃やしてくれと、なんとなく眺めるだけだった。口に運ぶポップコーンもせっせと早くなっていく。
「…………」
熱い高揚感や魂のぶつかり合いなんて、もう随分と感じていない。もう長い間、心が満たされたこともない。鼓動の高鳴りや緊張感というものは、今の彼とは無縁でしかなかった。
「決まる!」
サンサーラが叫ぶ。同時にリンネが、対戦相手を豪快に投げ落とした。一瞬の静寂、そして————
『試合終了ぉぉぉォォ!! リンネ選手ッ! 怒涛の早さでKO勝ちだぁぁぁぁァァァ!!』
「あれ? もう終わったのか?」
ぼーっと見ているうちに試合は終わってしまった。
「いつ見ても圧倒的じゃな。あの歳であれだけの力を持つ者はそうおらんじゃろう。じゃが……」
「とても子供同士の戦いには見えなかった……魔法で身体能力や動体視力を強化しているのか?」
「うん! これがこの競技の醍醐味なんだ。普通の格闘技とは迫力が違うし!」
そういえばと、この世界が魔法の世界だということを思い出す。魔法といえば、摩訶不思議な呪文を唱えて杖を振り回すイメージがまず浮かぶ。ところが現実は魔法の杖じゃなく、拳で語る魔法少女……そう思うとさっきの試合もかなりシュールだ。サイタマが思う魔法と実際の魔法はかなり違う。
「そういえばワープした先も、銀色のハイテクな建物だったっけ。けど、こっちの方が面白そうだ」
悪を倒すヒーローをしている身としては少女趣味な杖を振り回すより、男らしく質実剛健に戦う方が好みなのかもしれない。
「にしてもアイツ、つまらなそうインタビュー受けてるな。何でだ?」
勝ったというのに笑顔も見せない。あの年頃で嬉しくないはずがないだろう。そのはずが、勝つのは当たり前だと言わんばかりに、無表情で話し続けている。まるで感情をなくしたように淡々と。単にストイックといえばそれまでだが————
「……今日の俺達の仕事ってどこまでだっけ?」
「任務はサンサーラが建物の外に出るまでです。そこからは彼の家が雇っているボディーガードに引き続きます」
「わしらの任務は競技場内での護衛じゃ。ほれ、移動するぞ。通路のチェックはジェノス君、頼んだ」
「ああ。来た時と同じでいいな」
危険物の探知はサイタマやバングよりも、サイボーグのジェノスが適任だ。多分バングが欲しかったのはジェノスだけだったに違いない。自分を連れてきたのは、確実にジェノスに仕事をさせるためだったと、サイタマは思っていた。現に彼は護衛として全く何もしていない。だがそれはサイタマにとっても好都合だった。
「なあサンサーラ、さっきの白いヤツって————」
お前のことは知ってるのか————そう聞こうとして、サンサーラのいる後ろに振り向いた。
「えぇ……」
目を向けた先にはだれもいない。その代わりにサイタマの視界に映ったのは、半開きになった壁と同じ色の隠し扉だった。
〜オマケ〜
「ったく。勝手に出て行きやがって。そんなにあの白いヤツに会いたいのかよ。あの………………」
………………………
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………………
……………
…………
……
「あれ? 名前なんだっけ?」