シン・ハゲと修羅   作:コテコテ

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第1話 奇襲

 ——一時間前 ミッドチルダ とある競技場の選手用通路——

 

 

 

「————じゃあ詳しいことは明日話し合いましょう。今日はお疲れ様」

 

「お疲れ様です。また明日お願いします」

 

 簡単な試合の総括を終えて、ジルがリンネに背を向けて歩き去っていった。普段は一緒に出ることが多いのだが、今日はいつもと事情が違った。

 

 ————リンネ。久しぶりに外で食事なんてどうだ?————

 

 父の一言で久しぶりの外食が決まった。試合の後にも家に戻らず、迎えの連れられてお店に行く予定になっている。時間が来るまでジルと試合について話し合うつもりだったが、急用が入ったしまったので待ちぼうけになってしまった。試合が早く終わったため、迎えが来るまでの待ち時間は、約二時間。連絡したら早めに来てもらうこともできたが、一人でいるのも悪くないと思った。

 

「…………」

 

 壁にもたれ、試合のことを思い返す。今日の目的は、練習してきた新しいフットワークの確認だった。足運びの軽い相手にどれだけやれるのか試すつもりだったのだが、数発打ち込んだだけで相手選手がダウンしてしまったのだ。最低限の確認はできたとはいえ、正直期待外れもいいところだった。

 

「はぁ……」

 

 せっかく家族揃っての外食だというのに、リンネの気持ちは盛り上がらない。それほど今日の相手にはガッカリしたのだ。やりたいことがやれなかった。試したいことが出し切れなかった。試合を思い出せば出すほどがっくりくる。

 

「相手はもっと選ばなきゃいけなかった。こんなことで試合を無駄にするなんて」

 

 ポツリと漏らした本音。誰に話す訳でもない呟きは、そのまま溶けて消えてしまうはずだった。

 

「今の言葉、相手の前でも言える?」

 

「!!」

 

 一度気付くとリンネは速かった。 思考に没頭して気配に気付かなかったのは失態だが、考えるより先に身体は動いた。軽やかに身を翻し、瞬きほどの間に背後から声をかけた相手と相対した。

 

「あなたは……」

 

 腰を落とし、いつでも迎撃できるようにしたところで目に入ったのは、スーツを着こなすおかっぱ頭の男の子。友達ではないが会えば話す程度の、何度も会ったことのある見知った顔だった。知り合い兼ファンの一人だ。名前は確か……………………

 

「————」

 

 なんだったっけ?

 

「あっ! また僕の名前忘れてるだろ!」

 

 鈍そうな見た目の割に感が鋭い。サンサーラは昔からそうだった。一瞬黙っただけでも大概見破ってしまう。状況はリンネに不利だ。だが素直に認めるのもこれもまた癪だ。何か負けた気になる。

 

「忘れてません」

 

「じゃあ言ってみてよ。制限時間は三秒。サン、ニイ————」

 

「えっ!?」

 

 少し意地を張ってみたらもっと状況が悪化してしまった。三秒で思い出せる訳がない。敗北決定。

 

「イチ、ゼロ! あーやっぱり駄目だ。君が名前を覚えるのが苦手なのは知ってるけど、僕の名前ぐらいはそろそろ覚えて欲しいね」

 

「……気をつけます」

 

「サンサーラだよ。サンサーラ・トゥールド。昔の呼び方が嫌なら次に会うときまでに覚えといてよ」

 

「善処します」

 

 リンネは名前を覚えるのが苦手だ。関心のない相手の名前はとことん覚えられない。だがサンサーラについては関心がない訳ではない。一応幼馴染と言える上に、応援をしてくれている相手に関心がないほどリンネは薄情ではない。彼の名前を覚えられない理由は、他のところにあった。

 

「怪しいなぁ……まぁ今はいいよ。今日はサインを頼みに来たんじゃないんだ。別の用事で君に会いに来た」

 

「別の用事…………」

 

 リンネ弄りもほどほどに、サンサーラは話を切り出した。彼がリンネを訪ねてくるときは、大抵友達にサインを頼まれたときである。書いて減るものでもなく、普段から応援してくれているお礼も兼ねて、リンネもできる限り対応している。それが違うというなら――

 

「では貴方と話すことは何もありません。ご足労申し訳ありませんが帰ってください」

 

「ヒドイなぁ。僕は心配しているんだよ?」

 

「貴方に指図される覚えはありません」

 

「親戚のおじいさんが亡くなったのに?」

 

 わずかだが、頭に血がのぼるのを感じた。確かにベルリネッタ家とトゥールド家は遠縁にあたる間柄だ。サンサーラの両親も、会う度にリンネによくしてくれる。だがそれとこれとは話が別だ。牽制の意味で彼に向ける視線を鋭くするも、サンサーラは探るような目つきを止めようとしない。

 

「勝っても全然喜ばない。負けてもちょっと悔しそうにするだけ。君さ、いつまで引きずってんの? このままだと本当に戻ってこれなくなるよ?」

 

「貴方には関係ないことです」

 

「いや、関係あるね。君が潰れちゃったら、事情を知ってる僕が嫌な気分になる。知り合いってだけでとばっちりを受ける身にもなってよ。そんなこともわからないなんて、格闘家以前に人としてダメ。わかる?」

 

「黙って————いえ……帰ってください」

 

 まるで口から生まれたかのように、サンサーラは話を止めなかった。リンネにはいい迷惑だ。要は自分が強くなれば、彼も不快な思いをせずに済むのである。大切な人達を安心させるほどに強くなると、あの日(・・・)から彼女は心に誓った。だから何を言われたって今のやり方は変えるつもりはない。

 

「悪いけど簡単には帰らない。やっと初めて護衛を撒けた《・・・・・・》のに、自分から戻るなんてバカはしないよ」

 

「でしたら貴方のお連れの方に————?」

 

 そんな彼女の誓いを試すかのように、サンサーラは言葉の火の粉を振りかけた。

 

「撒いたって………まさか、誰にも言わないでここに来たんですか!?」

 

「そうだけど? って、何で焦ってるの?」

 

「何ッ……!? 戻ってください! 早く!!」

 

「え……イヤだよ」

 

 冗談じゃない! とリンネは思った。何で勝手に出歩いてるんだ! 他人には嫌な気分になるって言っておいて、自分の周りは心配させて言い訳ない! 今頃彼のボディーガード達は必死で探しているだろう。もしかしたら家族来ているかもしれない。大切な人達を不安にさせる行為を、リンネは絶対に許せなかった。

 

「だったら!」

 

「いや!? ちょっ待っ————!?」

 

 家の誰かに言えばサンサーラの両親に伝えられる。急いで通信を繋ごうとした、そのときだ。

 

「だから待ってって!」

 

 ほとんど反射だった。大きく後ろに跳んだ直後、さっきまでリンネの顔があったところを不穏な音をたてた掌底が突き抜けていく。滑るように着地しつつ、前の男の子を捉えようと顔を上げる。だが————

 

「言ってるだろっ!!」

 

 顔馴染み男の子は、もう視界にはいなかった。代わりに懐の低い位置から、聞き慣れた声がする。

 

「ちっ!」

 

 体を反らして突き上げてきた拳をギリギリ避け、勢いのまま後ろにバク転で距離を取る。避けたはずなのに、信じられないほどの拳圧が前髪を吹き上げた。再び体勢を立て直し、今度こそ拳の主を視界に収める。

 

「サー君が……まさか…………」

 

「あーあ、やっちゃった。女の子に殴りかかるなんて。今年最大のショックだよ。怒ってる?」

 

「ううん……驚いたけど…………」

 

「そっか、よかった。でも僕は謝らないからね! 当てるつもりはなかったし。こうでもしないと君、止められないし」

 

 いつも通りの軽い口調。だが今の鋭い動きは素人ではなかった。間違いなく格闘技の心得のある人間のそれだ。それも敢えてリンネが避けることのできる、ギリギリのタイミングで仕掛けるほどの力量である。動きの一つ一つが連動した身体のこなしは、同世代のワールドランカーにも匹敵するだろう。只々驚いた。追っかけだと思っていた男の子が、こんなにも強かったなんて。

 

「…………邪魔をするつもりですか?」

 

「どっちかって言うと君が邪魔してるんだけどなぁ。ちなみに交渉の余地は?」

 

「あるとでも?」

 

「だよねー。まあ何でもいいや。だって————」

 

 リンネが構えを取るのと同じタイミングで、サンサーラの両手が青い魔力で覆われる。目に見えて魔力の密度が高い。一撃の重さはリンネまでとは言わずとも、並みのパワーヒッターとは一線を画すだろう。そこに微塵の躊躇すら見せないサンサーラを見て、リンネは確信した。

 

「君はここで負けるし」

 

 彼は本気で、私を倒すつもりだと。

 

「その言葉、そのまま貴方にお返します」

 

 返事を返したときには、サンサーラは視界から消えていた。

 

「同じ手は通じません」

 

 だが今度はさっきとは違った。上空からの蹴り落としを横への最小限の動きで回避する。落下の勢いのまま、コンクリートを蹴った音が重々しい。そしてこのチャンスを見逃すリンネではない。不安定な体勢で着地したサンサーラめがけて、魔力を纏った蹴りをブチ込んだ。

 

「おっと」

 

 動くことのできないサンサーラは、左腕で蹴りを受け止める。衝撃波のような風が周りを吹き抜けて鈍い打撃音が廊下に響いた。相手によれば腕が使い物にならなくなってもおかしくないが、彼の笑顔が今の状況を物語っていた。かなり硬いガードのようだ。

 

「速いと鋭い身のこなし。視野から外れる動きが並外れている。そこへ緻密な魔力の運用で身体をピンポイント強化し、脚力、打撃、強度を爆発的に高めた。そんなところですか?」

 

「ランク一位のファイターがわざわざ講評してくれるなんて感激。分析力も並みじゃないや」

 

「ですがそれだけです。もう一度言います。私に、同じ手は通じません」

 

 そう言うなり、リンネは足を戻してミドルを打ち込む。かなりの速度だったが、サンサーラは苦もなくガードした。

 

「ぐっ!?」

 

 だが蹴りのときとは違い、サンサーラの表情があからさまに歪む。蹴りを受けたときとは明らかに様子が違った。そこへリンネは間髪入れず、更に左手で打ち込む。

 

「うぐっ!? なんで!?」

 

 再び苦しそうに呻く。それでもリンネは止まらない。次から次へと容赦なく殴打を繰り出す。サンサーラにガードはされるものの、その度に大福の良い顔は苦痛の表情を見せる。そして数にして十一打目で――

 

「うぐァッ!!」

 

 リンネの右腕がサンサーラのガードを弾き飛ばした。

 

「くそ!」

 

 だが止めを入れる前にサンサーラが間合いから外れた。彼の俊敏な動きを避けることはできても、捉えるのはリンネの実力を以てしても簡単なことではない。彼女もむやみに追うこともできず、拳を休めることになってしまった。

 

「……逃げられた」

 

「そりゃ逃げるから。僕以上の魔力で殴ってくるなんて」

 

「そうですね。私もこんなに魔力を使うことになるとは思いませんでした」

 

「上から目線とか、生意気なヤツ」

 

 恨めしそうに痛めた腕を振るサンサーラ。一撃が必殺に値するリンネの打撃を、これでもかと受け続けた結果だ。しかしそれも、両腕が淡いブルーの光に包まれると、すぐに表情が和らいでいく。この回復速度からして、とても高度な回復魔法だ

 

「格闘技術といい、一体どこで……?」

 

「趣味の習い事だよ。強い人が誰しも、君のように毎日血反吐を吐いたり、日の当たる場所にいる訳じゃない。人の数だけ生き方がある」

 

 聞きようでは、リンネへの当てつけにも聞こえるサンサーラのセリフ。だがそんな煽りに彼女が乗らないことは、ファンの彼はよく知っているはずだ。幼馴染の意図を、彼女は計りかねた。

 

「本気の私に、貴方は趣味の範囲で渡り合っている。そう言いたいのですか?」

 

「いいや違う」

 

 再びサンサーラが、あの独特な構えを見せる。腰を落とし、指先を僅かに曲げる姿はリンネも見たことのない。見る者にしなやかさをイメージさせる構え方だ。

 

「君には君の生き方があるって言ったんだ」

 

 サンサーラが、滑るようにリンネへ駆け出す。ところがさっきまでの身のこなしはどうしたのか。視野から外れる動きでなく、直線的だ。構えも曖昧で隙ばかりだ。狡猾な罠か、一発逆転の特攻か、はたまたリンネを惑わせるための作戦か。だが、彼女に構う余裕はなかった。

 

「なら貴方が望む生き方は、私の望むものとは違う」

 

 拳を握り、相手を見る。側から見ると、強さへ全てを捧げるワールドランカーに、道楽の一つとして嗜む一般人が食い下がっている構図だ。だがリンネは違う。必死になる弱者(リンネ)を、片手間の趣味で凌ごうとする強者(サンサーラ)が迫っている————噛み締めた奥歯が軋んだ。

 

「私は貴方みたいに強くないんだ」

 

 伸びてきた腕を、左下に姿勢を下げて容易く躱す。速いだけの、力のない裏拳だった。当然、伸びきった腕の下はガラ空きだ。

 

「趣味に現を抜かせるサー君みたいに、私は強くないんだ!」

 

 その無防備な脇へ、魔力を纏った拳を全力で叩き込んだ。

 

「そう来ると思ったよ」

 

 利き腕に走る衝撃。あるはずの手応えもない。左に寄って脇を狙った筈が、気付けば目の前にサンサーラの身体があった。やはり罠だったのだ。渾身の一撃は、残されていた彼の腕に弾かれていた。

 

「流水岩砕拳、知ってる?」

 

 ガードの間もない。緩く握られた拳が、残像を残してリンネの喉の下を打ち抜いた。

 

「がァッ!?」

 

 息ができないほどの衝撃と共に、リンネの身体が宙を舞う。このままだと床に叩きつけられてしまうだろう。ひどい痛みが襲う中、咄嗟に空中で姿勢を安定させる。廊下を数メートル吹き飛ばされるも、何とか足から着地することができた。

 

「んー……そのまま落ちてくれないかぁ。何が僕より強くないだよ。ずっと強いじゃんか。比べものにもならない」

 

「……馬鹿にしているんですか……ケホッ」

 

 膝をついたまま立ち上がれない。さすがのリンネでも、そう何度も耐えられる技ではない。流れるような見たことのない拳筋は捉えにくく、確実に急所を打ったきた。呼吸をすると、まだ喉に痛みが走る。

 

「君は僕の方が強いって思ってるの? だったらチクるの止めてくれるかな? 趣味でやってる人に負けたくないよね?」

 

「馬鹿を言わないでください」

 

「そうだよねぇ…………」

 

 だが諦めるとは話は別だ。一発当たった程度で降参するものか。内心でリンネは悪態を吐く。確かに連打を食らうとマズいが、この程度の単打ならもう当たらない。次の攻撃をリンネが先に当てたら、それで勝負は決まる。

 

「大切に想ってくれている人を蔑ろにする貴方を、このまま許すことはできません。そして何よりも…………」

 

 床についていた膝を浮かせて、リンネはゆっくりと立ち上がる。痛みは軽くなり、思考も澄んでいる。雄々しいファンティングポーズを取り、憮然と佇むサンサーラに、戦う意思を見せつけた。

 

「こんなところで止まっていたら、また私は大切なものを失う。趣味で格闘技をしている人間より弱いなんて! そんなことは、絶対にあってはいけないんですっ!!」

 

 貴方が私より強いのなら、今の私はもっと強くないといけない————悲壮とも取れる想いが、リンネから溢れ出していた。精神面の弱さ、自己肯定の弱さといった人としての〝弱さ〟は、————事実か否かはともかく————リンネにとって非常に大きなコンプレックスだ。だから大切なものを守れる〝力〟だけは、誰よりも強くならなければいけない。〝弱さ〟を覆い隠し、彼女を世界と繋ぎ止める〝楔〟である〝力〟が、よもや幼馴染の道楽に超えられるなど、あってはならないことだ。

 

「…………まあいいや。勝っちゃえば止まるだろうし」

 

 サンサーラも、流水岩砕拳の構えを取る。リンネを遥かに格上だと認めた上で、また勝てると思っているのだ。上等だ、受けて立とう。正面から受けて、力ずくで乗り越えてやる。そして、証明するのだ。リンネ・ベルリネッタは、サンサーラ・トゥールドよりも強いのだと。遊ぶ半分でやってるヤツなんかに、負ける訳がないんだと。

 

「スクーデリア」

 

「シルバースクワッド」

 

 二人がデバイスを取り出す。ここからは互いに無傷ではいられないだろう。どちらかが倒れるまで、決して終わらない戦いとなる。リンネの目にはサンサーラしか映っていなかった。下世話な話をすると、ここが競技場の通路だということや、魔法が禁止されていることなど、てんで頭に残っていなかった。倒すと誓った目の前の相手だけを見て、リンネはスクーデリアを掲げたのだ。

 

「「セットアップ!!」」

 

 前だけを見て掲げたのだ。

 

「お前さ」

 

「!?」

 

 それ故、光に包まれる直前にリンネは見てしまった。

 

「ちょっとやりすぎ」

 

 サンサーラの背後をとった、見知らぬハゲを。

 

「へぶぅぃッ!!?」

 

「!!?」

 

 一瞬の光の中で生々しい音と衝撃音、謎の奇声にビビりながらバリアジャケット装着し、再び廊下が彼女の視界に映ったときには————

 

「…………」

 

 手刀を構えたハゲの足元に、幼馴染がめり込んでいたのだった。




〜オマケ〜



(なんか殴ったらいけないタイミングだった気がする…………)
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