シン・ハゲと修羅 作:コテコテ
「事情がありそうだから放っておけば…………なんで廊下で本気になろうとすんだよ。迷惑だろ」
「————」
チョップの構えをしたスキンヘッドの男性がサンサーラを叱りつけている前で、リンネは立ち尽くしていた。男性からは魔力を微塵も感じない。身体能力だけでリンネとサンサーラ両者が察知できない速度で接近し、床をも砕くパワーで後者を叩き伏せたのだ。
————何なんだろうこの人…………
目の前で起きたことをどう処理したらいいのかわからず、呆然とすることしかできなかった。
「アタタ……ボディーガードにチョップされるなんて思ってもなかった」
めり込んでいたサンサーラがゆっくりと立ち上がる。派手に叩きつけられた割に怪我はないのは、直前で顔にバリアを張ったからだろうか。少し怒った様子で、自分を沈めた男を睨みつけた。
「なんで僕だけなの?」
「先に手を出したから。 そんなことよりお前、脱走して手間かけさせたからバイト代増せよ」
「……流水岩砕拳を使ったのは黙ってくれる?」
「バイト代二倍に増やせば」
「乗った」
どうやらあの男性はサンサーラのボディーガードらしい。確かに二人に気取られないスピードと床を割るほどのパワーは、護衛に迎えるに充分魅力なだ。隣にいてくれたらこれほど心強い味方はいない。いないのだが……
————あの服装は……無理かな
一言で言うと、人として品位がない。上下ジャージ姿というのは、リンネの家なら面接開始五秒で落選だろう。
「よし、交渉成立。で、お前は確か————」
そんなこんなでボヤーッと二人を観察していたリンネに、無気力な目が向けられる。
「レンゲ・クルマバッタ————」
「リンネ・ベルリネッタです」
「あ、悪い」
昔辛い虐めにあったリンネも、食器と昆虫扱いされたのは生まれて初めてだった。ちなみにクルマバッタとは、あの有名なトノサマバッタと非常に似ている大型のバッタの名である。
「一発やられてたけど大丈夫か? 怪我ないか?」
「大丈夫です……お気遣いありがとうございます」
心配した、というよりただの確認だ。そこに思いやりのような暖かさは感じなかった。代わりにあるのは、ただの薄気味悪さだ。尤も、表情なし、感情なし、髪の毛なしの男を前に、何も思わない方がおかしいが。
「無傷ならいいよ。なんかお前マジっぽかったから大丈夫かなって。続きはもういいのか?」
「別の機会にします。残念ですが……今の彼にやる気はないでしょうから」
「何の得もないのに、本気のリンネと試合なんて嫌だし」
元を辿れば、サンサーラが護衛を呼ばせまいと殴りかかってきたのがことの発端。こうして見つかった今、彼がわざわざ殴り合う必要はなくなってしまった。ものぐさな性格で実利主義のサンサーラが、ここで動くことはもうないだろう。
「日を改めてもやらないよ。そんなにやりたいなら僕じゃなくてサイタマさん……あ、ボディーガードの人ね。この人と模擬戦やったら? 強いよ?」
「私は貴方と戦いたいたいんです」
もちろんリンネも彼の性格をよく知っており、しっかり準備を整えてから、再度チャレンジするつもりだった。
「なんだ、模擬戦代わってもいいのか?」
「えっ?」
が、世の中そう上手くいかない。
「ホント!? 代わってくれるの?」
「言っとくけど今日は、って話だぞ。俺もあいつにちょっと用があるんだ」
いやいやと、リンネは小さく首を振る。用があるか知らないが、どうして戦おうとなるのか。サイタマは「拳を交えてわかることもある!」というタイプではない。格闘家じゃなくても、誰だって一目でわかる。
「どういうことですか? 貴方が私に用事?」
「さっきの試合見てたら〝魔法〟ってのに興味が湧いたんだよ。お前、子供の中じゃ強い方みたいだし、ちょっと体験するだけなら丁度良いと思って」
「…………」
リンネの目つきが鋭くなる。試食品をつまむノリで彼女に挑んできた人間は、おそらくこの男が初めてだった。U-15とはいえ、リンネ・ベルリネットはワールドランク一位のファイター。相手が年上のときでも、最低限のリスペクトはあった。
「他にはええっと…………ああ、さっきお前、強いとか弱いとか気にしてただろ? 俺が勝ったら理由を教えてくれねーかな? 幾らストイックっていっても、子供が勝っても笑わねえのはおかしいじゃん」
ところがこの男は、リンネを子供の割に強い魔法使いの少女程度にしか扱っていない。格下、子供扱い……彼女には耐えがたい屈辱だ。このボディーガードは、全てを捧げて強くなろうとしているリンネを〝弱い〟存在としか見ていない。挙句に人の心の奥底に、土足で踏み込もうとしている。
「それは貴方の都合でしょう。私が心の内を話す義理はありません。知りたいのならそれに値するだけのものを示してください。話はそれからです」
そんな安い挑発には乗るまいと、リンネは決めていた。もし挑発でないなら、相応の覚悟を見せろと言ったのだ。もし彼女が納得できるだけのものがあるのなら、全身全霊を以て彼の認識を改めさせる。自分は決して弱くない。子供扱いされるような、無力な存在ではないと認めさせるつもりだ。
「値するって言われても……じゃあ逆に聞くけど、お前は俺のことで知りたいことあるか?」
「…………今日初めてお会いしたので何とも……」
「そりゃそうだ。うーん…………困った」
リンネの意図と微妙にズレてる気がするが、サイタマは何とか案を捻り出そうと首を傾げていた。眉を八の字にして唸っている。
————こんなに考えるってことは本気なのかな?
少なくとも只の挑発ではなさそうだ。無遠慮だっただけかもしれない。それはそれで腹が立つし、前言撤回をするつもりはないが。サイタマには悪いがこのまま唸り続けてもらうことになる。
「えっ、何もないの? 嘘だよね? 練習の虫のリンネなら絶対に聞くと思ったんだけどなぁ。へえー、聞かないんだ〜」
サイタマの意図がはっきりしないところに、サンサーラが拗ねたような、馬鹿にしたような調子で口を挟む。普段のリンネなら軽く流すのが定番なのだが今は間が悪かった。幼馴染とサイタマのせいで低くなった沸点に達してしまったのだ。
「会ったばかりのサイタマさんに何を聞くの?」
「あっ、もしかして怒ってる?」
「ちゃんと答えて。何を聞けばいいの?」
口調が素に戻っていることにも気付かないで、サンサーラを問いただす。リンネ自身も八つ当たりの気があると自覚しつつ、わざと怒らせるような態度を取る彼を睨みつけた。
「君は絶対に聞かなきゃいけないことが一つある。今の生き方を、君が望むものならね」
「何も知らないで聞けることなんか————」
「じゃあ、サイタマさんがどうやって強くなったのか知りたくないんだ?」
さっきまでのふざけていた口調とは違う、低く、小さな声だ。そのサンサーラの言葉が耳に入った瞬間、熱くなったリンネの頭は一瞬で冷え込でしまった。
「いや……でも…………」
別にサイタマが、サンサーラを一撃で叩き伏せたことを忘れてた訳ではなかった。彼のあまりのオーラのなさと模擬戦の申し込みの衝撃で、そこまで頭が回らなかった訳でもない。単純に選択肢としてなかったのだ。自分が強さを求めるキッカケを話さないように、いわば企業機密と言うべきところを教えてくれる訳がない
「リンネが勝ったらいいよね?」
「俺のトレーニングメニュー? いいよ」
「!!?」
ところがサイタマは、それを二つ返事で賭けてしまった。耳にした言葉が信じられなかった。魔力なしで超人的な身体能力を手にできる方法など、格闘家なら誰でも喉から手が出るほど欲しいもの。逃さない手はない。リンネは一人慌てているうちに、サンサーラがまた口を挟む。
「でもそのままやったら勝負にならないか。DASSの設備を使ってサイタマさんにハンデをつけよっか。少しは面白くなるかもしれないし、怪我の防止にもなる」
「DASSってさっきの試合の? 構わないけど」
あれよとあれよと話は進み、いつの間にかリンネのサイタマが模擬戦をする流れになっている。どうも話が良すぎるが、リンネが拒否する理由は何一つなかった。覚悟としては充分すぎるし、むしろぜひ戦ってくれと自分から言いたいぐらいだ。
————あと二時間…………
迎えが来るまで充分時間はある。
「貴方の大切なものに誓って答えてください。今の言葉に嘘偽りはありませんか?」
「子供相手にこんな嘘つかねーよ。大人だぞ、俺は」
「こ、子供…………」
やはり子供扱いされている。この瞬間、リンネの答えは決まった。
「……わかりました。相手にハンデを負わせるのは不本意ですが。サイタマさん、私の全力をもって貴方の申し出を受けさせてもらいます」
「おう。よろしく」
ハンデを受け入れるということは、自分がサイタマよりも弱いことの認めているに他ならない。リンネにとっては最大級の屈辱だ。それでも提案を飲んだのは、発案者がリンネとサイタマの実力を知るサンサーラだったからに他ならない。
————普通にやっても絶対に勝てない……そういう相手なんだね。サー君。
公式戦仕様のルールと、クラッシュエミュレートをはじめとした
————それでも私は……知らなきゃいけない。
知って強くならなければいけない。そのためには勝つしかない。あの強さを手に入れることができるならどんなことでもすると、リンネは覚悟を決めた。
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三十分前 ミッドチルダ とある競技場の選手用通路
模擬戦をするということで話がまとまった三人。早々とサンサーラが予約したというトレーニングルームに足を向けているところだ。ひと段落着いたこともあってか、さっきまでの殺気渦巻く雰囲気から穏やかな空気へと変わっていた。
「あれ? リンネ、ジルさんに言わないの?」
端末を使って予約フォーラムを開いたサンサーラが首を傾げた。リンネが模擬戦をするとなると、コーチであるジルの許可は必須。本来なら連絡をしなければいけない。
「必要ありません。コーチは今頃別件で忙しいでしょうし、私も進んで大怪我をするほど馬鹿でもありません。その辺りの裁量は私に任されています」
「……本当?」
「はい」
というのは真っ平な嘘で、今言ってしまったら絶対に止められるからだ。公式戦をこなし、サンサーラとも手を交えた直後に模擬戦なんて話も聞いてもらえない。きっと日を改めてなどという話になるだろう。手を伸ばせば掴める頂きを前に足踏みするなど、リンネには耐えられない。
「なのでサンサーラさん、治療と回復をお願いします」
「言うと思ったよ……」
ため息混じりにサンサーラは端末を閉じて、右手をリンネの背中に当てる。淡い青い光がその手からリンネに広がっていき、彼女の全身を包んでいった。
「なんかRPGみたい。魔法っぽい魔法もあるんだな」
「一言魔法って言っても色々種類があるよ。魔力素を運用してたら取り敢えず魔法って言えるし。地球なら、数学とか物理学を利用した技術が一番近いかな」
実際のところ、学生時代に数学が得意だった高ランク魔導師は多い。他に苦手科目があったり、数学
「へえー。じゃあお前ら計算とか得意なのか。買い物とか家計簿つけるとき便利そうだなー」
「それは……どうなんだろう?」
「どうなんでしょう?」
魔法の話だったはずが生活の話になった。そしていまいち実感の湧かない富豪の養子二人組。如何に節約するか、日々努力を重ねるサイタマとは相容れない瞬間だった。
「お前ら今は金持ちだっけ? もしかして電卓ちゃんと打ったことない?」
「ないよ」
「ないです」
「あれって打ち間違ったりしたら結構面倒なんだぞ。頭の中で全部できたら絶対便利だから」
「そうなのかな?」
「そうなんですか?」
「…………地球の庶民はそうなんだよ」
孤児院で見たことはあっても、電卓など使う機会はなかった。ベルリネッタ家とトゥールド家に迎えられてからはもちろん皆無。学校でももちろんない。市井で暮らす市民の感想は受け入れられなかったようだ。
「あの……もしかして私、失礼なことを…………」
「リンネ、気にしなくていいよ。素で人をバッタ呼ばわりした方がよっぽど失礼だ」
「お前もだよ! 人を凹ませるのは!」
天然金持ちの少年少女と価値観のズレたスキンヘッド……結論。ここにいる全員がナチュラルだ。
「よくわかんないけど、まあいいや。一番いいところの予約とれたんだし早く行こう」
「随分簡単に取れたんですね」
「出資者の名前とリンネの名前を出したら一発だった」
「金と知名度の力ってすごいんだな」
どちらも持っていないサイタマ、心からの感想だった。金はともかく知名度はできるのならもっと高めたい。強さにしか興味のないリンネと違って彼にとって、それはとても重要な問題なのだ。
「さっき地球の話をしていましたけど、サイタマさんは地球出身なんですか?」
戦う相手の身の上は知らなくても問題ない。これはリンネの純粋な興味だ。あれだけの強さを誇る男がどういった人間なのか、どこで、どんな暮らしをしているのか、知りたくなった。
「出身つーか、今も地球で暮らしてる。割のいいバイトがあるって言われて、今朝いきなり連れて来られた」
「管理外世界からの出張警護!?」
「いや、只の誘拐だから」
無駄にスケールが大きい。だがそれは、わざわざ管理外世界からミッドチルダまで連れてくるだけの価値があるということ。絶大なサイタマの実力を示していると考えたら————
————甘かった…………想像以上に厳しい戦いになるかもしれない。
性格は別として、リンネは彼の評価を引き上げた(リンネ個人の感想です)。
「ではお仕事はフリーのボディーガードを?」
ミッドチルダに住むサンサーラの耳に届くほどだ。かなり名の知れたボディーガードに違いない。財閥の御曹司の警護をバイトと言ってのけるあたり、どれだけの修羅場をくぐってきたか伺いしれる(リンネ個人の感想です)。
「ボディーガードはヒーロー協会の依頼。俺はプロのヒーローだ」
そう思っていたものだから、サイタマの言葉をリンネはすぐに理解できなかった。
「ヒーロー、ですか?」
「そう。ヒーロー」
「ええっと……」
さすがのリンネも、すぐに答えることはできなかった。ヒーローといえば怪人倒し、人々を救うテレビで見るような姿が思い浮かぶ。そのイメージは簡単にできた。かつてミッドチルダを救った〝奇跡の部隊〟のような存在だろう。それにサイタマが口にしたヒーロー協会という組織……
「つまりサイタマさんはヒーロー協会所属の、人助けを仕事にするヒーローと呼ばれる身分の方?」
「なんか堅苦しいけど大体合ってる。俺がプロになったのは最近だけど。知名度は上がったのは、プロのいいところだな」
つまりプロになる前は、アマチュアでヒーローをやっていたことになる。
「プロになる前からヒーロー活動を?」
「さっきから質問ばっかだな。三年前から始めた。トレーニングを始めたのと同じ時期」
「三年!?」
思わずその場で立ち止まるリンネ。三年など、彼女の格闘技歴より短い。リンネも今の位置に至るまで、血反吐を吐く努力をしてきた。その強さを遥かに超える力を、短期間で手に入れたとは到底信じられなかった。
「だが先生の言うとおりだ、リンネ・ベルリネッタ」
「ひっ!?」
背後からした声にリンネは素早く振り向く。ほぼ同じタイミングで、サンサーラは素早く距離を取ろうとした、が、動く前にその肩を掴まれてしまった。
「おっ! ジェノス! じいさんも一緒か! よくここがわかったな」
リンネの目に入ったのは、冷たい表情の青年と腰の曲がった老人だった。どうやらサイタマの知り合い————サンサーラのボディーガード達だ。
「全くじゃ。ジェノス君がいなければ見つけられんかった。おそらく隠し扉から脱走したサンサーラを探しに出たのじゃろうが、今はちょっと状況が変わったようじゃのう。のう、サンサーラ」
「はい……バング先生」
リンネと同じ白髪の老人——バングが周りを見渡す。穏やかな話し方の一方で、その右手はサンサーラの肩をしっかり握っている。捕縛された方はガタガタ全身を震わせていた。
「先生とサンサーラの生体反応を探し回り、何とかここに…………どこに行こうとしていたんですか。リンネ・ベルリネッタまで連れて一体何を?」
ジェノスと呼ばれた青年は、リンネとサンサーラを探るような目つきで警戒している。先生と呼ばれたサイタマは「おう」と一度言うと、リンネを指差していつもの気軽さで答えた。
「ちょっと魔法体験してくるわ」
〜オマケ〜
それはリンネ達が移動する前のこと
「返事が来たよ。トレーニングルーム使えるって」
「じゃあさっさと行こうぜ。お前ら、魔法でここの床直しといてくれる?」
「魔法じゃ無理ですよ? 業者の方を呼ばないと」
「え……?」
「うん。サイタマさんの魔法のイメージは知らないけど、少なくともここには直せる人はいない」
「……いやいや。お前ら魔法使いだろ? これぐらい何とも————」
『こちら管理室です』
「すみません。関係者が通路の床を割ってしまいまして…………はい……はい。申し訳ありません」
「!?」
「修理代は給料から引いておくから。いいね?」
「………………………………………………………え?」