――それは、彼女が存在していた最後の記録
地表は燃え、世界は燃え、あらゆるものは踏みつぶされた。
まるで、彼女が歩み出した最初の時の様に、あの桜だけは雄大なままだった。
「軍神すらも敗れ去ったか。この戦、文明われらの敗北だな。
く、呵々々、余が破れるなど生前を含め、初めてのこと、敗北の味とはこうも苦々しい物とは、死して尚、死に切れぬ想いよ」
覇道は敗れ、剣も折れた。
その死をもってしても、失われることのなかった覇道の証も、ここまで。
しかし、それでも彼女の表情は清々しいものだった。
敗北は悔しい、護りたいものを護れず敗れ去る屈辱は耐え難いものだ。
「―――すまぬな。如何なる敵からも護ると誓ったが、どうやら余はここまでのようだ。
余が盟約を破るのもこれが初のことか……まったくもって、忌々しい奴よ」
でも、この世界に永遠はない。
そもそも、彼女の覇道は、永遠など欠片も求めていない。
咲き誇る花弁は散り去り、土足に踏まれ、大地に還る。
美しき花弁は、やがて緑葉となり、それすらも散り去る運命。
そこから、生き返るように、芽吹く花々だからこそ美しいのだ。
その刹那を、儚さこそ美しいのだと、高らかに謳うからこそ、彼女はそう言ったのだ。
――――美しきものよ、悠久であれ
「我が盟友よ、余の覇道の散り際、そこで看取ることを許すぞ」
だからこそ、その散り際に、悔いはあっても、恨むことはない。
これも諸行無常の理。文明が破壊され、人々が残らず死滅し、草木も残らぬ荒れ地となろうとも、永き時を経て、もう一度、その芽を覗かされることを信じているから。
「呵々々々々々――――――――ッ!
おお、巨神よ! ここまで、余を愚弄するか!」
だからこそ赦せない、赦せるはずもない。
散りゆく儚さこそ美しいと謳うからこそ、その散り際は、自らを討った者にこそ与えられるべきだ。
それを、与えず、惨めに生き延び、勝手に散れと?
「覚えておくがいい、巨神よ!
余は、最初にして最後、世界を手中に収めた、桜の女帝、イクステリア・ギルシレン・ルーヴェンフォード!
貴様に、終焉を齎す者の名である! 次に、まみえるときこそ、我が不滅の覇道が貴様を飲み込んでくれる!
呵々々々々々――――――――ッ!」
――違う、貴女の覇道は、貴女の願った祈りは、不滅などではない。
どれだけ、声を大にしようとも、その声は届くことはない。
憎しみに囚われた彼女は、滅びゆく霊体の全てを折れた剣に注ぎ込み、自らの盟友へと打ち込んだ。
それが、彼女の最期。
夢として記録を俯瞰していた静華は、夢から切り離されるように、意識が現実へと浮上していく。
現実と夢の狭間の空白。その刹那に、有るはずのない魂、その意味を知った。
――約束するよ。俺が、必ずお前を散らせてやる
意識が浮上し、目を覚ました静華が見た桜は、魂に焼き付いた物とは違っていた。
それも当然、この桜は永遠であり不滅。桜の女帝、イクステリアの魂によって時が止まってしまっている。
「いるんだろ、桜の女帝」
「呵々、もう少し取り乱すかと思えば、肝が据わっているではないか」
豪華絢爛、その言葉を体現している、十二単。一睨みで、射殺せそうな鋭い眼光に、漆を塗ったかのように艶やかな黒い髪。そこに在るだけで畏怖を放つ覇気は、まさしく女帝。
「聞きたいことが山ほどあるんだ。
一々、驚いていられない」
「呵々、悪くはない、良き戦士の顔だ。
よかろう、して、なにを聞きたい」
「なぜ、俺は生きている?」
そう、攻性プログラムに襲われたとき、否、襲われる前ですら、ムーンセルによって
一介のNPCである、浅上静久に、その命令を跳ね除ける権限などあるはずがない。
しかし、
「なに、簡単なことよ。
其方は、今、余の霊格を取り込んでいるのだ。
万全の状態のムーンセルならばともかく、来る災悪に向け、あやつは、完全に接続を遮断しておる」
NPCに英霊の
人間であれば、間違いなく魔術回路がパンクし、良くて廃人、普通であれば、間違いなく脳が情報量に耐えきれず死ぬだろう。
であれば、NPCならば?
それも、結局は同じこと。上級AIですらないNPCに割り振られている許容量などたかが知れている。
コップ一杯の水に、バケツ一杯の絵の具を溶かすようなものである。
要するに、浅上静久の意識など欠片も残らず塗りつぶされる。
それが、神殺しであり、失われし文明に存在した最強の英霊ならば、尚の事。
「うむ、まさしくその通りよ。
其方の器に、余と言う存在は巨大すぎたのでな、貸し与えたのは霊格の欠片とも呼べぬ残滓のみ。
つまり、今の其方は、万分の一に希釈されたものではあるが、余の力を継いだサーヴァントということだ」
サーヴァント。人類史において、偉業を成した英霊を、再現した、高密度情報電脳体。
第三法、魂の物質化という、規格外の法によって生み出された、霊子生命体。
NPCとは根本的に異なり、ムーンセルに呼び出された存在でありながら、ムーンセルの機能を脅かさない限り、独自の思考によって行動することができる、一個の生命体。
「そんなものに、一介のNPCである俺が変質してるってるのか?」
「うむ。凡百のサーヴァントなら、いざ知らず、桜の女帝たる、余の魂であるぞ。
その残滓とはいえ、NPCをサーヴァントの格まで引き上げるのは容易なことよ。
――もっとも、其方がサーヴァントに成ったとはいえ、その能力は、凡百の、否、低級サーヴァントにすら劣る。
真に、余の力を引き出せるのならば、あの程度の攻性プログラムなぞ、一睨みで蒸発よ」
意図的に設計され、創られた存在故に、その器が小さいのは必然であるのだが、低級とまで呼ばれると、流石に勘に触るところがある。
NPCが低級とはいえサーヴァントと同格の力を持つこと自体、ありえない話ではあるのだが……
だが、英霊と化した今であれば、その問題も解決できないことはない。
生まれながらに決まっている、容量は増やせはしないが、他の電脳体を倒し分解することで、外付けの容量を作ればいいのだ。
もっとも、それも、規格外の霊格である桜の女帝を収めようとするならば、どれほどの量が必要になるのか、分かったものではないが……
「俺の体がどうなっているのかは理解した。
だが、何故、俺だったんだ? 上級AI、サーヴァントをなら、十全とは言わなくても、俺よりましだったろう。
いや、そもそも、あんた自身が動けばいいはずだ」
「知れたこと。今の余はこの桜と同化していて、この場所から動けぬ。
そして、何故其方かと聞かれれば、其方しかいなかったからだ。
余の覇道、その原点である祈りに同調する魂は其方しかいなかった、それだけのことよ」
巨神によって、滅ぼされた文明。
歴史による記録によって呼び出される英霊も、その歴史を失い、誰にも認識されなくなれば消えるしかいない。
その消滅の運命から逃れるため、選んだ道が、己が魂を桜に同化させ、生き永らえさせること。
故に、イクステリアは、この場所から動けない。
だからこそ、同じ渇望を抱く静久をこの場に導いた。
NPCとはいえ、それは過去に生きた人の記録をムーンセルが再現した、生き写し。
規格外の魂が、失われた魂を呼び寄せ、有るはずの魂を静久に定着させたのだ。
「大体の事情は理解した、なんにせよ、まずはあんたの力を取り戻さないとな」
来る収穫の星。かつて地上を滅びした、巨神を討ち倒すために。
桜の女帝の力、その全てを扱えるようにならねばならない。
「うむ、理解が早いのは結構だが、余に対し、その呼称は不敬であるぞ」
「その辺りは、俺の働きで見逃してくれ、イクステリア」
「呵々、良かろう。其方の奮迅、期待しておるぞ、
余の眼鏡に叶わねば、その魂、煉獄にくべると覚悟しておくがよい」
そう言い残し、霊体として桜に戻るイクステリア。
花弁が散ることもなく、咲き誇るまま時を止めた桜に、もう一度心に刻む。
――約束するよ。俺が、必ずお前を散らしてやる。
時間軸、並行世界ありきで時間軸と言うのもおかしな話なのですが、この物語を進行させている時間軸は焔詩篇となっています。