ご助言、ありがとうございます。
――きゅっと、布の擦れる音。
しっかりときつくリボンを結んだあと、彼女は鏡の前で今現在の自らの姿を確認する。
「……似合わないわねぇ」
いつも着ている衣装とはまるで対照的。
黒とは正反対の純色。
汚れのない、真っ白なエプロンを纏う己が姿に、ジャンヌは苦笑する。
「いや、そうでもないよ。似合ってる似合ってる」
そう背後で笑うのは、彼女と同じエプロンを身に付けているマスター。
しかしお世辞は結構よ、とジャンヌは軽くあしらう。
「私に白なんて似合うわけないじゃない。てゆうか、こんな色着ること事態吐き気がするし。もう絶対に着ないわよ」
「そんな大袈裟な……でもまぁ、気に入らないなら仕方ない。とりあえず一枚はもらうよ」
ぱしゃり、と一瞬の光と共にシャッター音。
ぎょっとして振り返ると、携帯のカメラをこちらに向けて立つ少年の姿が目に入る。
「ちょっ、貴方勝手に撮らないでよ!寄越しなさい!」
「だーめ」
「だーめじゃないっ!!」
慌てて奪い取ろうとするがひらりとマスターは慣れた動作で回避する。
顔を真っ赤にして手を伸ばすジャンヌ。
それを優しげな笑みでかわし続けるマスター。
端から見たらほほえましい限りである。
「……とゆうか、正直意外だったよ。君が料理教室に来るなんて。どんな心境の変化だい?」
「それはこっちの台詞よ。貴方こそ、最近やたら朝食を作ると思ったら、こうゆうカラクリだったわけね」
――マスターの料理が上達した理由。
それはこの料理教室に通い、あの赤い弓兵直伝の調理スキルを会得したためだ。
よく一人で出掛けるとは思っていたが、まさか隠れてこんなことをしているとは。
しかし、現在はその事実よりも気になる事柄がある。
「……どうして貴方が講師なんてしてるのよ?エミヤはどうしたの?」
「いやそれが話すと長くなりまして……かいつまんで説明すると、本日限りの代理です」
頬をかきながら少し恥ずかしそうに笑うマスター。
――ことの顛末は、エミヤの病欠から始まった。
その時点で、「はぁ?」とジャンヌは怪訝な顔する。
……英霊ともあろう存在に対して、病欠などという単語は、あまりに違和感がある。
「……この料理教室、実はかなり人数が参加しててね。オレが入った時はリップとかメルトたちがいたし……で、つい先日の話、また新しく参加した人が二人いてね。エミヤさんも熱心に教えてたんだけど……その二人の作品を試食さた途端、霊基を損傷するほどのダメージを負ってしまいました」
「……一つ訊くわよ、マスター」
「どうぞ?」
「――その二人、全体的に赤くない?」
「うん。ついでに料理も真っ赤だった」
そう、とだけ言ってジャンヌは頷いた
。
……事情は理解した、同時に納得もした。
あのドラクル娘と暴君のお手製を食べたのだとしたら、霊基の損傷も合点がいく。
ノリのよい二人だ。
同じ場にいたのだとしたら、その傍若無人っぷりにさらに拍車がかかったのも想像できる。
むしろ、よく座に還らなかったものだと感心したぐらいだ。
「……まぁ、そうゆう経緯があってエミヤさんは一旦休憩。その際に代役を頼まれたので、今に至るというわけです」
「代役って、貴方ねぇ……」
「大丈夫。これでも人に教えられるぐらいには上手になったんだよ」
そうじゃないわよ、とジャンヌはため息をついた。
……相変わらず、しなくてもいいことをするのが好きな《魔術師らしくない》マスターである。
「……で、その赤組二人は今日も来てるわけでしょ?貴方どうするの?」
「まぁやれることはやるよ……それに、君の前でかっこわるい姿は見せたくないしね」
そう言って片目をつむる彼。
……ほんと、こうゆうのが嫌だ。
あっそう、と淡泊に答えたジャンヌだが、その頬にはほんのりと紅色が差していた。
すると、背後から「二人ともおっ待たせー!」と快活な声が響く。
同じく着替えに言っていた鈴鹿の声だ。
まったく、エプロンを着るだけだというのに時間をかけすぎである。
遅いわよ、とジャンヌは振り返り――そして絶句した。
確かに、鈴鹿はエプロンを着けて帰ってきた。
……エプロンだけは、である。
白い布地の下から除くものは彼女の肌そのもの。
少女の豊満な肢体の輪郭がくっきりとあらわれ、艶かしい、というより眩しい。
「どうどう?こうゆうのってマスターくん喜ぶっしょ?」
――俗に言う裸エプロン姿の鈴鹿は、そう体をくねらせてくる。
対してジャンヌの顔は火を吹いたように赤くなった。
「ば、バッカじゃないのっ!?さ、さっさと服着なさい!」
「えージャンちゃん連れないなーでもでも、マスターくんはどうかな?」
ぱちり、とウィンクする鈴鹿御前。
見るな、とジャンヌはマスターを叱咤しようとする。
……が、それよりも先に。
ばふりと、鈴鹿の両肩に触れるものがある。
それは黒い法衣。
元来ならマスター魔術礼装として纏っているものだ。
「……うん。オレもジャンヌと同意見。ちゃんと着てこなきゃ駄目だよ」
にっこりと、人の良さそうな笑みを浮かべて。
彼はすたすたと歩いていってしまった。
……ぽかんと、取り残された二人。
しばらくして、「……おっどろき」と鈴鹿の呟きが漏れる。
「――まさか、あそこまでスルーされるとは。ちょっと、女として自信なくしたかも」
「……気にしなくていいわよ。貴方が思ってるほど真剣に考えてないから、アレ」
ジャンヌはそう付け足した。
……そう。
彼は、興味があるものとそうでないものとの差が激しい。
年相応の恥じらいを見せるわけでもなく、ただ単に流してゆける。
確かに、人理救済なんてものをこなしたともなればそんなものかと言えるかもしれない。
いささか、最近はいきすぎている気がするが。
それに何よりだ。
……傍にいる人間ほど、そのあっさりとした態度は答えるものがある。
貴方にとって何が良いのか悪いのか。
貴方に興味を失われたら、どうすればいいのか。
そんな不安にかられるのだ。
――まったく。
「……身勝手なのは、変わらないわね」
そう囁くジャンヌ。
……このときばかりは、確かにその通りだと、鈴鹿も首肯するのだった。
■ ■ ■
「――それでは。ますたぁとの料理教室、はじまりはじまりです」
「……その前に質問してもいい?」
はい、と少女は頷く。
にこにこと、無邪気な笑みに若干推されたが、それでもマスターは勇気を振り絞って向き直る。
そして、尋ねた。
「……なんで君しかいないの?清姫」
薄緑色の着物を揺らしながら佇む少女――清姫に、彼は問いかける。
すると彼女はなんら変わらぬ笑顔のまま「病欠です」と答えた。
「皆様、全身に大火傷を負ってしまって。今はわたくしだけになってしまいました」
「……嫉妬もここまでくると清々しいわね」
げんなりとしたジャンヌの声。
あら、と清姫はマスターの影から除く黒い者に、今気づきましたわ、といった反応をする。
「いらしたんですねジャンヌさん。珍しい……ものぐさで面倒くさがりで怠惰な貴方には、本当に珍しい」
「相変わらず敵意ばりばりだこと。そんなに分かりやすいんじゃ、嫌味にもなりやしないわよ」
「まさか。嫌味など申しておりません。ただ事実を述べているだけですから」
……ばちばちと交じり合う目線が火花を立てる。
険悪な二人のムードに、鈴鹿は苦笑する。
「話には聞いてたけどすごいねぇあの二人。確かに、あれは混ぜちゃダメかも」
「の割りには実は相性抜群だったりするんだけどね。とゆうか、このメンバーならオレが教える必要性ないかもしれない……でもまぁ、用意はしときますか。鈴鹿も手伝ってくれる?」
はいはーいとマスターのあとについていく鈴鹿御前。
わたくしも、と清姫も追いかけようとする。
その背中に、待ってとジャンヌは声をかける。
なんですか、と彼女は振り返る。
「……一応お礼言っておくわ。貴方が赤組たちを退場させてくれたおかげで、アイツの胃が守られたわけだし」
「……ああ。そんなことですか。別にお礼を言われることはありませんーー恐らく、無駄なことでしたから」
え、とジャンヌは顔を上げる。
しかし清姫はそれ以上は何も言わず、からんからんと音を鳴らして駆けてゆく。
ーー無駄なことでしたから。
何故、そんなことを彼女は口にしたのだろう。
分からない、けれど一瞬見えたのは。
……憂いに満ちた、その眼差し。
――疑念は残ったままではあるが、また予定よりずっと少ない人数ではあるが。
ぐだぐだ料理教室、ここに開幕である。
終