私の名前   作:たまてん

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今回はソロモン終了直後のお話です。


かえりみち

 

「――それでは先輩、私は先にダ・ヴィンチちゃんのところに行ってきます」

 

「……ああ。オレも一通り回ったらそっち行くから」

 

はい!と元気な声で頷くと、マシュは廊下の向こうに走ってゆく。

 

その後ろ姿が見えなくなるまで、少年は彼女を見送る。

 

――独り、廊下に佇む彼。

 

しばらくして、深く息を吐きだすと、バチン!と自らの頬を両手で叩いた。

 

ヒリヒリとした感覚が、肌に伝う。

 

「――よし。行きますか」

 

そう自らを鼓舞するようにかのように言葉を発して、マスターは歩き出す。

 

……淡い希望と、不安を抱きながら。

 

少年は歩みを進める。

 

■ ■ ■

 

 

――今日のカルデアは、恐ろしく静かだった。

 

いつもなら聞こえてくるはずのにぎやかな歓声は何処かへ消えてしまって、まるで祭りのあとのような寂しさが漂う。

 

それも当然のことか。

 

……人理救済は成された。

 

だからそれまで協力してたサーヴァントたちも、己があるべき座へと還っていった。

 

それが普通、本来英霊は常世に長居するべきではない。

 

だからマスターも、いつかはこうなると分かっていた。

 

――こんな風に、別れる日があることなんて、とっくに理解してる。

 

そう考えていると、ふと前方に曲がり角一つが見えた。

 

奥は、少年もよく使っていた食堂へとつながっている。

 

任務の終わりには必ずここによって、いっしょに夕食を摂っていた。

 

『貴方ねぇ、前から言ってるけどバランスよく食べなさいよ。自分のマスターが栄養失調でお陀仏とか、絶対嫌だから』

 

――偏食気味な自分を見て、やれやれと嘆息していた君の言葉を思い出す。

 

……同時に彼の、足は食堂内へと向いていた。

 

かつかつと歩いてゆき、中を覗き込む。

 

……そこに、思い描いていた彼女の姿はなく。

 

「――なんだマスター。ずいぶんと早い到着だな。だが申し訳ないが、朝食の準備はまだ出来ていないぞ」

 

「……なんだ、はこっちのセリフなんだけどな――エミヤさんこそ、こんなことで何をしてるの?」

 

――期待とは別に、調理場に立つ弓兵の姿に思わず苦笑するマスターであった。。

 

すると彼は「無論夕食の準備だ」と答えてくる。

 

「ようやく山場を越えたからな。今夜ぐらいは奮発しようと全力を尽くさせてもらっているところだ」

 

「それは大変うれしいんだけど……エミヤさんは、こんなところに残ってていいの?人理修復は終わったっていうのに」

 

「いいもなにも、これからが私の仕事だと思っているが?」

 

手元の作業を一切止めることなく、エミヤはそう答える。

 

「生憎、私は正義の味方というより『掃除屋』だ。散々暴れておいて後片付けはしないというのは性分じゃない。イシュタルの奴はさっさと帰ったがな……だからマスター、またしばらく世話になるぞ」

 

「……こちらこそ、お世話かけます」

 

ありがとう、とマスターは優しくも不愛想な騎士に微笑んだ。

 

その言葉に、彼も小さく笑って返す。

 

……むずかゆくもあるが、悪くないと思える心地よさだった。

 

「――というわけだ。また時間を改めてきてくれたまえマスター」

 

「了解しました――ああ、あと一つ訊いていい?」

 

何だ、と青年は聞き返す。

 

――少しだけ、マスターは躊躇う素振りを見せたが……意を決して、彼は尋ねる。

 

「――ジャンヌ見かけなかった?」

 

「……いや。まだ見かけていない」

 

そっか、とマスターはあっさりと答える。

 

それからありがとうね、と手を振って少年は食堂を後にするのだった。

 

「……頑張りたまえ」

 

――最後に。

 

その後ろ姿に語りかけて、弓兵は己がマスターを見送った。

 

 

■ ■ ■

 

「――還る?何を馬鹿な。まだ俺は満足してないぞ。少なくとも、ここにある本をすべて読破するまで還らんからな」

 

「……ほんと。自分に正直に生きてるよね君」

 

積み上げられた本の山を見上げながら、マスターはそう言った。

 

するとそれを聞いた青髪の少年は「それの何が悪い」とふんぞり返る。

 

「いや悪くはないけど……けどここにいる限り、それなりに働いてもらうけどいいの?」

 

「そうだな。それが唯一の問題だ。まったく、まったくもって面倒で面倒で仕方がない……が、本の貸し出し料と考えるなら、まぁ割り切ってやるさ」

 

不本意であることこの上ない、と繰り返し言いながらため息をつくアンデルセン。

 

――やっぱり素直なのかそうじゃないのかよくわかんないな、とマスターは苦笑する。

 

そのにへらとした少年の笑顔を「気色が悪い」と彼はばっさり言い切る。

 

……うん、どちらにせよ辛辣なのは確かみたいだ。

 

「……というより、お前はどうなんだマスター?」

 

オレ?とマスターは自らが指差すとこくりとアンデルセンは頷く。

 

「……元の生活に戻りたいとは思わないのか?」

 

「……なるほど。そういう意味か……うん、もちろん家族には会いたいよ。友達にも……でも、なんかね……」

 

言いながら、マスターは今自分のいる部屋――図書室を見渡す。

 

今はアンデルセンが独占してしまっているが、いつもならそれなりの出入りがあるこの部屋。

 

マスターも読書がしたくなったら部屋よりもここに本を持ってきていた。

 

静か、というのも理由の一つ。

 

けれど、彼の立つ場所から少し離れた場所、そこにはテーブル一つと椅子が二脚がある。

 

その場所で――『彼女』は一人、黙々と文字の勉強をしていたから。

 

つい、足を運んでしまうのだ。

 

『だから!貴方に教わらなくても一人で勉強できます!余計なことしないでください』

 

――手伝おうとしたとき、べ、と舌を出す君との思い出が蘇る。

 

……その行為を、何度繰り返したことだろう。

 

それが『日常』となるまで、通い続けた日々。

 

――ずっとこのままだと、錯覚さえしていたあの頃が、懐かしくて仕方ない。

 

「――今更、『元の生活』に戻れる気がしないんだ、オレ」

 

――絞り出すような声で、マスターは言った。

 

その言葉に、アンデルセンはそうかとだけ返す。

 

それ以上続くことはない。

 

……静寂が、辺りを支配する。

 

「……用がないならさっさと行け。遅いとどやされるぞ」

 

「はは、マシュもダ・ヴィンチちゃんもそんなおっかなくはないよ」

 

そう笑い返しながら、マスターは歩き出す

 

……けれど、その前に。

 

マスターは最後に、アンデルセンに尋ねる。

 

「……ジャンヌって、ここに来た?」

 

「――まさか。来るはずがないだろう」

 

ふんと、彼は鼻で笑う。

 

そんなこと、あり得るわけないと作家は笑った。

 

……確かに、その通りだね。

 

そう同意して、マスターは去ってゆく。

 

遠ざかってゆく靴音を、アンデルセンは聴き続ける。

 

それからはぁあと、深いため息をついた。

 

「――馬鹿か……お前がいないのに、アレがここに来るわけないだろう」

 

……呆れるような声。

 

そのつぶやきは、誰の耳に入ることなく。

 

彼しかいないこの部屋に、ただ空しく響くのみ。

 

■ ■ ■

 

 

「――おかえりなさいませ、ますたぁ」

 

――にっこりと、清らかで透き通るような笑み。

 

緑色の髪を揺らし、金色の眼を光らせて、彼女は微笑む。

 

「……ああ、うん。君は絶対残ってるって確信してた」

 

げんなりと、マスターは答える。

 

まぁ、と感嘆の声を上げ彼女――清姫はマスターの言葉に、頬を染めた。

 

それから彼の胸元に体を預け、そっと白い指先で愛おしそうに撫ぜる。

 

「ますたぁにそこまで想っていただけてたなんて、わたくし、嬉しさでどうにかなってしまいそうです。焦がれて焦がれて焦がれて……ようやく、祝言を上げるときがやって参りました」

 

「そういう約束した覚えはないんだけどなぁ……それよりも清姫。一つ訊いてもいい?」

 

どうぞ、と胸板に頬ずりをしたまま、清姫は先を促す。

 

「……なんで君、ジャンヌの部屋の前にいるの?」

 

すると、清姫は顔を上げて、うっすらと唇を歪める。

 

それから一言、マスターにこう言った。

 

「……もちろん、ますたぁにお会いするためです」

 

きっぱりと、断言する着物の少女。

 

……なんというか。

 

本当、心の底から敵じゃなくてよかったと思うばかりだ。

 

「……ますたぁがお考えになることなんて、わたくしには全部分かります」

 

唐突に、清姫はそんなことを口にする。

 

一瞬今思ってることがばれたのかと焦った。

 

が直後に、少女の柔らかな瞳を見て、言葉を失う。

 

「――わかってます。わたくしは、ますたぁが好きなものをを全部知ってます。好きな食べ物、好きな音色、好きな色、好きな花――そして、あなたが好きなひとも、わたくしは存じております」

 

――息をのむ。

 

ひどく寂しそうな、その表情に。

 

胸が締め付けられて苦しかった。

 

「――それを否定するつもりはありません。ますたぁのその想いは、まぎれもない本当。否定させるということは、それすなわち嘘……そんなこと、他でもないわたくしが許せるはずがはずありません」

 

――悔しかった。

 

妬ましくて、うらやましくて、憎らしくて。

 

想えば想うほど、彼の焦がれる相手が自分でないのを自覚させられる。

 

……歯噛みすることしかできない自分に。

 

どうしようもなく、腹が立った。

 

「――だから、わたくしは決めました……なら今度は、あの人よりも魅力的なわたくしになって、ますたぁに振り向いてもらおうと。何せこの通り、時間はたっぷりありますし。ですから、その……」

 

――不安げな眼差しが、マスターを見上げてくる。

 

揺れて揺れる、その瞳。

 

彼女は精一杯の勇気を振り絞って、少年に問いかける。

 

「――わたくしも、ここにいて構いませんか?」

 

赤らめた頬。

 

震える唇。

 

きっと、怖くて張り裂けそうなくらい、胸の鼓動は早鐘を打っているのだろう。

 

……忘れていた。

 

過ごしてきたのは、『彼女』だけじゃない。

 

多くの人たちがいたから『今』があるんだ。

 

そんな単純なことを忘れてたなんて。

 

……これじゃ『彼女』に呆れて還られてしまっても、仕方がない。

 

「……ますたぁ」

 

首を傾げる清姫。

 

静かに、少年の言葉を待ち続ける

 

……全く駄目駄目だ。

 

このままじゃ、マスターとしても、男としても三流以下。

 

しっかりしなきゃな、と彼は頭を上げる。

 

――蒼い瞳が、真っすぐに清姫を見据える。

 

真剣な気持ちであることが伝わるように、真っすぐに。

 

……けれど怖がらせたくないから、ふっとその鋭さを和らげ、少年は口元を緩めた。

 

そっと、優しい声で、マスターは語る。

 

「――こちらこそ。これからもよろしくね、清姫」

 

そういうと、少女の顔はぱぁと明るくなる。

 

無邪気な子供みたいに、純粋な感情。

 

……こういう素直なところは、決して『彼女』が見せないココロの在り方。

 

「……はい。よろしくお願いします」

 

恭しく、清姫は頭を垂れる。

 

それからもう一度視線を合わせたときには、さきほどまでの初々しさはなく、元の清姫らしい楚々とした大人びた振舞いに戻っていた。

 

「ではますたぁ。わたくしはこれでお暇させて頂きます。長い間お引きとめして申し訳ありませんでした」

 

「全然。気にしてないよ……ああでも、清姫。一つだけ、訊いてもいい?」

 

はい、と清姫は頷く。

 

問いかけようとマスターは口を開いたが……少し、戸惑う。

 

――部屋にいるかと尋ねようと思っていたが、いい加減尋ね続けることも疲れた。

 

ずっと、『彼女』のいる場所を歩き続けた。

 

その残り香を追いかけ続けた。

 

……このかえりみちは、少々遠すぎる。

 

だからオレも、そろそろ。

 

――向き合わなくちゃ、いけないから。

 

「――ジャンヌって、かえっちゃった?」

 

そう、マスターは尋ねる。

 

……声が震えてしまったのが、不覚。

 

せめて表情だけは普通でいられてますようにと、少年は願う。

 

問いかけられた清姫はしばし無言のまま、マスターを見つめる。

 

吸い込まれそうな黄金色の水晶が、少年の姿を映し続ける。

 

やがてしばらくして、少女は表情を崩す。

 

マスターの言葉を、「ええ」と肯定して。

 

「……お先に。あの方は帰られてますよ」

 

そう、少年に答えをくれた。

 

――喉が、熱くなる。

 

吐く息が、何かに震える。

 

できるだけ平静を保って、「そっか」と答えても、わずかに滲んでしまう。

 

……三流役者もいいところだろ、まったく。

 

「――了解。ありがとね」

 

答えると、彼はそれきり黙り込んでしまう。

 

清姫はそんな見るからに強がりを見せる彼にすると儚げな微笑を、ぺこりと頭を下げて何も言わずに背を向ける。

 

……今の彼に、自分が語り掛けるわけにはいかない。

 

慰めをかけようにも、あんなもろい虚勢を見せる少年に語る言葉なんて、嘘を許容出来る自分なんて、いない。

 

だから――。

 

「――羨むことしか出来ないのは、やはり悲しいことですね」

 

――ますたぁを慰めることも、悲しませることもできる『貴女』。

 

マスターには聞こえないように、でも我慢するのはあまりに悔しかったから。

 

……それぐらいの文句は、言ってやる。

 

幼さの消えない我が身に落胆のため息を吐きつつ。

 

清姫は、廊下の向こうへ去っていった。

 

 

 

■ ■ ■

 

――プレートを鳴らす。

 

自分の部屋より使い慣れたキーナンバーを打ち込んでゆく。

 

そしてピ、という音ともに、扉が開いた。

 

いつものならこの瞬間に『ノックもしないで勝手に開けるんじゃないわよ!』という君の怒声が飛んでくるのに。

 

……今は、君の姿すら見えない。

 

誰もいないその部屋に入って、辺りを見回す。

 

もともと、モノを多く持ちたがらない気性だったから、室内は驚くほど殺風景。

 

光景はいつも通りなのに……君の熱だけが、ここにはない。

 

――ああもしかしたら。

 

こういうときが来るのをわかっていたから、持ち物を増やしたくなかったのかもしれない。

 

だとしたら、君は驚くほど残酷な魔女だ。

 

……これだけの君との想い出を残しておいて。

 

君を想い返せるような品を、一つたりとも残しておいてくれないんだから。

 

「……意地悪だ」

 

こんな風に、愚痴りたくもなる。

 

……君と過ごした時間が、忘れられない。

 

初めは敵、次も敵。

 

何度も敵対して、カルデアに来てからも煙たがられて。

 

その背中に追いつけるように、肩を並べられるように努力を重ねた。

 

……だから、いっしょに地獄に連れてってもらえるなんて台詞に、泣きそうにもなった。

 

「――結局、殺してさえもらえなかったけどね」

 

乾いた笑いが漏れる。

 

そのまま、ベットに倒れこむ。

 

――手に絡んだ毛布はひんやりとしていて、温もりなんてものはありやしない。

 

引き寄せて抱きしめてみるけど、あの肌の柔らかさには程遠い。

 

……せめて、彼女の香りぐらい残っていたら。

 

もう少しだけ、強がれたのに。

 

「……きっついなぁ」

 

――会いたいという感情に、殺されそうになる。

 

そんな感覚、初めて知った。

 

けれどここで喉を切り裂いても、迷惑そうな君の表情が目に浮かぶから、堪えてみる。

 

……困ってくれることすら、ないかもしれないけど。

 

――結論を述べよう。

 

今更だけど、この自分の人生は。

 

……君がいたからこそ成り立っていた、張りぼての物語だったらしい。

 

「……安い人生だ」

 

女々しくて、嗤えてくる。

 

頬を流れる熱に、くすりと口の端を吊り上げる。

 

――少年が、そう自分の人生を結論付けたとき。

 

ぴろり、と軽快な音が響く。

 

聞き慣れた、その音。

 

端末にメッセージが届いた音だ。

 

……きっと、マシュからだろう。

 

さすがに寄り道が過ぎた。

 

今すぐ向かうから、と返信を返そうと彼は端末を開く。

 

案の定、そこには新着のメールが一通。

 

メッセージは、端的に短い一文だ。

 

 

 

 

 

『おそい、はやくかえってこい』

 

 

 

 

 

……なんて、不愛想で、身勝手な言葉。

 

思わず絶句する。

 

漢字変換が出来ないくせに、書いてあることいっちょ前に生意気。

 

いつもと変わらない、マスターをマスターとも思わない命令文。

 

……こんなもの、泣きたくなるに決まってるじゃないか。

 

――気が付けば、少年は部屋を飛び出していた。

 

息をきらして、廊下を駆ける。

 

――はやくかえってこいと言われてしまったんだ。

 

走らなかったら、怒られてしまう。

 

あとはどうか、目的地があっていますように願うばかり。

 

……ただいまと、言える場所は一つしかない。

 

でも君に言わせてもらえたことなんて、一度もない。

 

オレが待ってはいても、君に待っていてもらえたことはなかったから。

 

……なんだ、意外に捨てたもんじゃない。

 

こんないいことがあるなら、オレの人生だって。

 

――神様がいるって、信じられるかもしれない。

 

……そんなこと言ったら、君にぶんなぐられそうだけど。

 

殴ってもらえるなら、なおそれでいい。

 

そう笑いながら、彼は走る。

 

……いつもの通ってる、自室への帰り道は。

 

この時ばかりは、ひどく長く感じられた。

 

■ ■ ■

 

 

 

――ぱちんと、端末を閉じる。

 

ふぅ、と息を吐いた後、らしくもないことをしたものだと、彼女はため息をついた。

 

……もしこれで帰って来なかったら、ほんと還ってしまおうかと思わず考えてしまう。

 

なんたって一日近く待たせれているのだ。

 

いら立つのは当たり前だろう。

 

……ああ、全く私らしくない。

 

いつもなら忘れてさっと行ってしまうのに。

 

……約束を、してしまったばっかりに。

 

いっしょに地獄の焔に焼かれてもらう、なんて言ってしまったから。

 

連れて行かなきゃ、復讐者としての面子が立たない。

 

けれど生憎、私の剣は貴方を斬ってあげられる余裕なんてない。

 

私の剣は仇なす敵を屠るための刃。

 

それに……あんなにへらとした男の血を吸わせるなんて、言語道断。

 

わざわざ殺してやるなんて、それこそ面倒だ。

 

……だから、しょうがない。

 

それ以外に方法がないから。

 

――貴方が死ぬまで傍にいると、私は覚悟を決める。

 

その時は絶対、嫌だと言っても連れて行くけど。

 

……言わないでしょうね、貴方は。

 

やがて、彼女のサーヴァントとしての聴覚は、外から駆けてくる足音を耳にする。

 

ちゃんとどこに来るべきかわかっていたようでとりあえず一安心。

 

……しかし、いざ今になると恥ずかしくなってくる。

 

いつも出迎えられる側だったし、来てもらう側だったから、たまには驚かせてみようとと考えてみた。

 

――それが、こんなにもこそばゆいものだとは。

 

若干の後悔はある。

 

……でも、今日だけは。

 

本当にほんとに今日だけは、きっと特別な日だから。

 

――気まぐれの一つとして、やってあげるわよ。

 

ナンバープレート押す音が聞こえる。

 

焦るあまり、何度も押し間違える。

 

……それがいじらしくて、どうしようもない。

 

そしてようやくして開いた扉の向こうには。

 

――息を切らして、今にも泣き出してしまいそうな貴方がいたから。

 

なんて手のかかる奴だという呆れと……求めてもらえてるという嬉しさから、私の頬も緩んでしまう。

 

でもなるだけ、それを悟られないように取り繕って。

 

両手を広げて、私は笑ってやる。

 

 

 

「――おかえりなさい、マスター」

 

 

 

――驚いた。

 

こんな優しい笑い方、私にも出来るのか。

 

……いつも、散々そばで見せられ続けたおかげかもね。

 

 

両腕に抱きしめた温もりを愛おしそうに撫でながら、少女はそんなことを考える。

 

 

――愛おしそうに、大切に。

 

抱きしめ返してくるその熱に、黒の聖女は答え続けるのであった。

 

 

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