私の名前   作:たまてん

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ぐだ邪ン、一応甘めです。
よろしくお願いいたします!


感染のしかた

「……私、悪くないわよ」

 

――ぽつりと、かの魔女はそうつぶやいた。

ぷっくりと頬を膨らませて、いかにも不服と膝を抱えながら。

真っ黒な乙女さまは今日も絶好調にご立腹。

けれど、そんな爆発寸前な危険物に対して「まだ何も言ってないよ」と、軽くあしらってしまうのが彼の日常。

がちゃがちゃと自室の戸棚を漁るマスターは、少しも振り向きもしない。

 

「でも、悪くないっていうぐらいには悪いことをしたって自覚があるのかな?」

「はん。そんなわけないでしょう。ただいわれのないことに怒られるような理不尽が無いように、今のうちに言っておいただけです」

「よくわかってるじゃないかジャンヌ。さすがはオレのサーヴァント……じゃあ勿論、オレがその程度で誤魔化されないっていうことも、ちゃんと知ってるよね?」

 

そう言うと、途端に静かになる背後。

困ったものだと少年は苦笑しながら、取り出した救急箱を抱えて立ち上がる。

そして少女の傍らに座ると彼は「腕を出して」と促した。

……その右手には、消毒液の瓶を掲げながら。

開いた蓋から香るエタノールに、ジャンヌはひどく顔をしかめる。

 

「……そんなの必要ないし」

 

ぷいと、ジャンヌは顔を背けると、今度はマスターがしかめた。

 

「駄目だよジャンヌ。火傷は放っておいたら余計に酷くなるんだから、ちゃんと腕出して」

「サーヴァントに治療行為は不要です。それに、アンタみたいな初心者さまに治療なんてお願いしたら余計にひどくなるわ」

「それもそうか……じゃあ婦長呼んでくるね」

「ほら何してるんですかマスター早く私のこと治療しなさい今すぐに!!」

 

必死の形相で訴えてくるあたり本当に怖いのだろう。

了解と頷き、差し出された腕を手に取るマスター。

……赤く腫れ上がったその腕に、彼の表情が険しくなる。

予想通りの反応に、少女は内心落胆する。

……その顔が見たくなかったから、見せたくなかったのに。

少年は何をいうのでもなく、治療行為を継続する。

じんわりとエタノールが染み込んで痛みが走ったが……それよりも、この沈黙の方がジャンヌには痛い。

黙々とした作業時間。

包帯を巻き終わったあとになってようやく、彼は長くて深いため息を吐き出した。

 

「……清姫と何があったの?」

「……向こうが悪いのよ」

 

気まずそうに目を反らす竜の魔女。

見つめてくる視線に、ちくちくと針に刺されるような感覚を抱いた。

 

――ことの発端は、食堂での些細な口論だった。

ジャンヌと清姫の間柄では、よくある話。

いつも通りのいざこざで終わるはずだった。

……が、今回ばかりは事態が悪化。

ヒートアップを繰り返し、最終的には互いに焼き合う殺し合いにまで発展した。

ジャンヌのこの火傷は、そのときのもの。

 

「本当に自分は悪くないと思ってる?」

「う、ぐ……」

 

変わらずじぃーと圧をかけてくる蒼い眼。

言葉に詰まり、目を左右に泳がせるジャンヌ。

すると、少年は「……わかったよ」と頷き立ち上がった。

 

「……じゃあ今から清姫を叱ってくるね」

「え?ちょっと、なんでよ……?」

 

目を見開く少女に、当たり前だろうとマスターは言葉を返した。

 

「君が悪くないんなら、悪い清姫を叱るのが当然だろう……オレが大好きなジャンヌは、こうゆうみっともない嘘は絶対つかないし、何より君のことを心から信じてる。だから、もうこうゆうことが内容に、清姫さんを叱りに行きます」

 

言われながら見事にざっくざっくと胸に言の葉が刺さってゆく魔女。

じゃあねと少年は背を向けた時……少女は、己が敗北を自覚した。

くい、と彼女は歩き出そうとしたマスターの袖を引っ張る。

彼が振り返るとジャンヌはうつ向いたまま、そして消え入りそうな声ではあったが確かにつぶやく。

 

――ごめんなさい、と。

 

意気消沈とは、まさにこのことでさっきまでの威勢はどこにもない。

しばらくマスターは見下ろしていた、がやがてやれやれと肩をすくめる。

 

「……それは、オレに対していう言葉じゃないだろう?」

 

膝を折りながら、マスターはジャンヌに語りかける。

見上げた彼女は「……うん」と弱々しく頷く。

 

「……やりすぎた、と思う」

 

ようやく口に出た、反省の言葉。

するとマスターは「よかった」とジャンヌの頭を撫でる。

――君が反省できる子で、本当に安心したと。

 

「……ジャンヌの言い分もわかるし、清姫の方にはオレからも言っておく。だからちゃんと、後でいっしょに謝りに行こう?」

「……行けるわよ、私一人で。あんまり私を甘やかすと今度は貴方が焼かれるわよ」

 

それは困ったな、と少年は苦笑する。

……こうゆう立ち直り方こそ、彼女らしい魅力だ。

けれどそこでふと、マスターは「あれ?」と彼は首を傾げる。

 

「……ジャンヌ、唇に血がついてるけど大丈夫かい?」

「え……ああ、大丈夫よ。清姫と殴りあったときに口の中切れたのかもね」

「君らどんだけアクティブな喧嘩をしたんだい?」

「うるさいわよ。こんなの唾つけとけば治るし」

「へえ。唾つけときゃ治るんだ」

「馬鹿ね、物の例えに決まってるでしょうが。てか、貴方ニッポン人で――」

 

 

――ふんわりと、柔らかかった。

 

言葉を塞ぐようにして触れたモノ。

私の唇に触れた――紛れもない貴方の熱。

でも、今回はそればかりでは飽きたらず

……くちゅりと、脳内に響き渡る水音。

雄々しく荒々しく、舌先はジャンヌの口内を犯してゆく。

普段の能天気さから考えられないほど、その口づけは暴力的。

抵抗などできない、したくない。

だって……その熱はどうしようもなく、心地がいい。

吸うわけでもなく舐めるわけでもなく……ただ、理性をとろかされる。

たっぷりと『された』あと、ようやく

口を放されたときには、ジャンヌは完全に出来上がっていた。

口の中には、耽美な甘さが充満していて。

潤んだ瞳で、熱っぽい視線を少年に向ける。

その彼はというと、先程までの暴力さはどこへやら無邪気な笑顔。

それから濡れた少女の唇を撫でて、にこりと微笑んだ。

 

「……早く治るといいね、ジャンヌ」

 

――ぬけぬけと、そう言い放って。

じゃあまたねとだけ、貴方は手を振り立ち上がって。

余韻の熱を残して、扉の向こうへ消えていった。

 

魔女はしばらく座ってはいられたが……耐えきれなくなってどぼんとベットに身を沈める。

耳まで真っ赤に染めた少女は、声にならない呻きをあげる。

 

「……治るか、馬鹿」

 

そう、意味のない愚痴を溢してしまう。

 

けれど、言いたくはなってしまうものだ。

何せ例えこの傷は治り癒えようとも、そこからウィルスが入ってきたら意味がないのだ。

あの能天気なバイ菌に唾をつけられたら最後、感染は免れない。

瞬く間に全身に広がり、心臓を高ぶらせ、肌を内側から焼いてゆく。

酔ったように思考を鈍らせ、舌もろくに回らない。

治せても、治したくないと溺れてしまう中毒性。

なんて、わずらわしい不治の病。

忌々しくは、唾液感染。

なのに、どうしてなのか。

 

……嬉しいと思ってしまうのだから、少女は既に末期である。

 

「……ほんと、ばか」

 

つぶやかれる最後の一言。

貴方へか、それとも湯だる私に向けてなのか。

どちらにせよ、それは彼女の精一杯の反抗。

そして同時にまごうことなき降伏宣言。

 

……『傷物』にされた乙女を侵すこの病は。

 

治らず冷めない、甘美な微熱である。

 

 

 

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