「……まったく、還るにしても一言ぐだいは欲しかったな。おかげで散らかった君の部屋の片づけをオレ一人で片付ける羽目になった……」
言ってため息をつくマスター。
目の前にあるのは、見るも無惨な姿の彼女の部屋。
今なき、『彼女』の私室である。
……人理修復が終わったあと、少年に何も告げずに還ってしまった。
本当に勝手な子だなと少年は頬を膨らませる。
だが、膨れる理由はそれだけではない。
別れも告げずにいつの間にか消えた君。
その、あまりに未練のない彼女の行動。
……落胆がなかったわけじゃない。
最後ぐらいは何かあると思っていた。
でも何もなくて、ただ空になった部屋だけ残されて。
僅かに残る彼女の香りが、胸の寂しさを濃くさせる。
……どうせ帰るなら、跡形も残さず灰にでもしてくれればよかったのに。
思いながら机の上に散らかったごみを袋の中へ無造作に詰める。
そのしぐさは少し、荒々しい。
「……後で使うからとか言って、すぐこうやってものをため込むんだから。ほら、カレンダーが二個もある。どうせ一個遭難したからッてまた新しくもらったんでしょうねぇ……」
ちゃんと片づけをしないからこうなるんだと少年は愚痴をこぼす。
よれよれになった卓置きカレンダー。
机の上に転がっていたその二個を手に取る。
まったく同じデザイン。
雑だなぁと肩をすくめる。
……けど、すぐに気づいた。
同じではなかったのだ。
よく見ると、一方は2017年の日付。
そしてもう一つは……2018年のカレンダー。
まだ来ぬ来年の日付が、そこにある。
……よれよれの、捲られ過ぎて脆くなった紙。
手垢にまみれた卓上。
少年がおもむろにパラパラと2018年をめくると……びっしりと、彼女の字が綴られていた。
一日、一日、一日。
小さな枠の中に、色んなことが書いてあった。
……わかっていたはずなのに。
救えようが救えまいが、彼女に『来年』なんて訪れるはすがないって、知ってたはずなのに。
バカにしていた、はずなのに。
それでも、インクを滲ませていた。
もう終わった過去のカレンダーを見返しながら、まだしたことない出来事を数えながら、彼女は埋めた。
来るはずのない、竜の魔女の『来年』を……。
「……こういう置き土産は、ちょっと卑怯だぞ」
ずぴりと鼻を鳴らす。
ぱちんとカレンダーを閉じ、足元に目をやる。
いっぱいいっぱいになったごみ袋、少女の脱ぎ捨てた服を纏めたもの。
あとはただ、ぽいと捨てるだけ……。
「……単純だな、オレ」
……ピッと電子音がなる。
ごうんごうんとうなり始める鉄の箱。
空になったごみ袋を潰しながら、積めていた彼女の名残を回す洗濯機にもたれ掛かる。
……あと少しだけは、信じてみよう。
何かの間違いで、もう一度あるかもしれない奇跡を。
--諦めず最期まで予定を綴り続けてくれた君と、同じように。
終