昔書いたものを無理やりにでも短編におさめて自分がすっきりするための年末前の黒歴史供養その2。ほぼ設定のみのやっつけ感あるこれを読んでくれる人が居たら神だと思う。
ふと町はずれの道を通りかかった男が一人、花屋の前で足を止めた。そして隣に居た男を肘でつつき、こそこそと小声で話しかける。しかしその視線は花屋の軒先で作業する女性に釘付けになっていた。
「お、おい。酷い火傷だが、ありゃあすげぇ上玉だな。ちょ、ちょっと声かけてこようかな……」
「馬鹿、やめとけやめとけ。あの人はこの町の男の憧れなんだ。抜け駆けしちゃ袋叩きにされるぜ」
「はあ? そんなに狙ってる男が居んのか?」
「狙ってるっていうか、憧れなんだよ。高嶺の花って奴? お前は久しぶりに来たから知らんだろうが、あの人は葉鳥さんっていってな。数年前にふらっと現れて花屋を始めたんだが、そりゃあ優しくて綺麗で可憐で……あっという間に男どもの視線を独り占めにしたんだ。けど、あの右目の傷と火傷がひでぇだろ?」
男は言われてから改めて女性を気づかれないようにちら見する。風になびく黒い髪は艶やかで、顔立ちは女神のように美しい。長いまつげに縁取られた瞳は藍色で吸い込まれそうなほど澄んでいるが……顔の右上半分は酷く醜く火傷で爛れ、右目は縦一文字に裂傷がはしり固く閉じられている。普通なら「美人なのにもったいない」と思うところだが、女性が傷を気にするふうでもなく堂々としているからか、返ってそのアンバランスさが不思議な魅力になっていた。
「戦争で出来た傷らしいんだが、気にせずあんなふうに元気に毎日働いててよぉ……健気ったらないぜ。綺麗な顔が傷ついて、平気なわけねぇだろうに。だからよぉ、俺たちこの町の人間は戦争の傷跡にもめげず頑張る葉鳥さんを見るたびに励まされるのさ。だからこそ、半端な気持ちじゃ手を出せねぇ」
「それで高嶺の花ってか……」
「ああ、だからちょっかい出すなよ。ま、彼女の笑顔が少しでも増えるように花を買うくらいなら許されるけどな」
「そいじゃ、たまにはお袋に花でも買ってやるかね」
「俺も何か……そうだな、傷薬でも買ってくか。あそこで売ってる傷薬はよくきくんだ。葉鳥さんは薬草も育ていて、みんな彼女の手作りさ」
「ほう、そうか。じゃ、俺もひとつ買ってくかね」
男二人は頷きあうと、花屋の店先に居た女性に声をかけた。すると女性がぱっと笑顔の花を咲かせて答える。
「いらっしゃいませ! 本日はどのような花をお求めですか?」
顔の傷など気にならなくなるくらいの明るく可憐な笑顔に、男二人は顔を赤くしてのぼせ上がる。それに対してニコニコとしたまま接客した女性……花屋「胡蝶亭」の店主、葉鳥はさりげなく追加でおすすめ商品を買わせると、そのまま笑顔で客二人を見送った。
バケツの水を取り換えてから、ジョウロで花壇の花に水をくれてから霧吹きであまり水分を必要としない植物たちに適量の水を与えてやる。時には肥料を与え、常に最高の状態を保てるように気を使った。
そんな自慢の花に満ち溢れた店内を満足気に見回してから、葉鳥は今日もいい日になりそうだと笑顔を浮かべた。
葉鳥はこのそこそこ栄えた町のはずれに一軒の花屋を構えて細々と生活している人間だ。戦争が終わってからしばらく経つが、未だに手向けの花を買いに来る客が多いためそれなりに繁盛している。しかしそれだけで食べていけるはずもなく、他に薬草を育てて調合した傷薬や精神安定の効果があるハーブティーなどを売って生活している。これがなかなか評判で、贅沢は出来ないが貯金をしながら十分に食べていけるだけの稼ぎはあった。
葉鳥はその生活に十分満足しており、幸せを感じていた。
しかし、そんな葉鳥の気持ちに水を差すように……ある日、招かれざる客人が店の前に訪れた。
「葉鳥……か?」
先ほどの男性客に対して応じた笑顔のままに、店内に体をむけていた葉鳥は笑顔を浮かべて振り返った。
「はい! いらっしゃいま……せ……」
振り返った先の懐かしい顔に、思わず声が尻つぼみに小さくなり途切れた。が、葉鳥は笑顔を消すことなく、ひとつ咳払いをして取り繕うと改めて歓迎の意を込めてあいさつした。
「いらっしゃいませ! 本日はどのような品をお求めですか?」
「いや、客ではなくてな。それより、葉鳥なんだよな?」
「いらっしゃいませ! 本日はどのような品をお求めですか?」
「葉鳥だな?」
「いらっしゃいませ! 本日はどのような品をお求めですか?」
「ところで葉鳥、何故死んだはずのお前が居るのか聞く前にひとついいか」
「いらっしゃいませ! 本日はどのような品をお求めで「その寒気のする裏声をやめてくれ」ああ?」
葉鳥の壊れた玩具のように繰り返されていた言葉を遮っての一言に、笑顔のままの彼女から飛び出た声はひどくドスがきいていた。が、すぐにそれを引っ込めると葉鳥は鈴を転がすような声で、目の前のぶしつけな男に話しかけた。
「もうっ! こんな可愛い売り子さんに向かって失礼な方ですね。葉鳥怒っちゃうゾ!」
「やめろ吐き気がする。お前男だろう」
だが、そんな可憐な声を男の容赦ない言葉が切り裂いた。それに対して彼女……否、彼は今度こそ笑顔をひそめて面倒くさそうな顔でため息をついた。そしてひどく男くさい仕草でガシガシと頭をかくと、そっぽをむいてぼそっとこぼした。
「どうも。お久しぶりですね、浜地副隊長」
雰囲気の変わったかつての上司を見て、葉鳥は重くため息をついた。どうやらこの平和な生活も今日までのようだ、と。
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「だって、考えてもみてくださいよ。男よりも可愛い女の子がけなげに一人で営業している花屋さんの方が繁盛すると思いません? 男性客もふらふら~って誘われるようにやってきますよ。ああ、美しいって罪!」
「それでスカートまではいてやってるのか……」
「うふっ、可愛いでしょう?」
「本当は趣味じゃないのか?」
「まあ、当たらずとも遠からず」
「否定しないんだな……」
「だって、せっかく平和になったんですよ? 戦争中出来なかったことを楽しんで何が悪いんですか」
呆れたようにため息をついた元上司に抗議するが、彼は「平和……ね」と意味深につぶやいて俺を見てくる。うわっ、嫌な予感。
「で、今日はどういったご用件で? 偶然通りかかったわけでもないでしょう」
声をかけられた後店から続く居住スペースにかつての上司である浜地副隊長を通すと、とりあえず茶だけ出してからくたびれた一人がけのソファーに腰を下ろした。向かいの席に座った浜地副隊長……今は上司でもないし浜地さんでいいか。浜地さんは、出された茶を警戒することもなく口に含むと一息ついた。
「お前が生きているという情報を聞いて、半信半疑だったが……まさか本当に生きているとはな。てっきり死んだものとばかり思っていた」
質問に答えることなく、浜地さんはどこか懐かしむように俺を見つめた。その視線が居心地悪くて、つい身じろぎする。いや……居心地悪いのはそれだけじゃないんだけどね。気づけば店の周囲に複数の気配を感じて思わず眉間にしわが寄る。……こりゃあ囲まれたか。俺ごときにたいそうなこって。
50年前、この世は何度目かの戦国時代に突入し……それを終えたのがつい3年前。時代は「EDO」となり、この国にやっと平和が訪れた。
そして3年前、天下分け目の戦いで名をあげた武術集団が居る。それが俺がかつて所属していた「忍空組」だ。
忍空組は干支の名を冠する12番隊編成の集団で、俺は10番隊酉忍に所属していた。その中で主に「伝令」を役割とした小隊を結成して活動していたのだが……思うに、浜地さんが来た理由はそこにあるのだろう。そのかつての伝手のおかげで、彼が現在所属している「組織」にも見当はついている。
「まどろっこしい話は無しにしましょう。単刀直入に聞きますが、目的は自分の部下達の情報網ですか? 忍空狼の浜地さん」
「流石、話が早い。それに今のを聞いて確信した。どうやら、今もお前の地獄耳は健在らしいな? 呼雀隊の葉鳥」
呼雀隊。
それが俺が結成した小隊の名前であり、伝令の他、主に囮をするのが役目だった。敵を呼ぶさえずり雀。それが隊の名前の由来である。脚力を生かす酉忍の能力は、それを成すためにはぴったりだったのだ。
機動力を生かして散らばった情報を集め、それを編集して正確な情報を各隊に通達する。諜報活動を主とする戌忍とはまた違い、速達性と小回りを重視したこの隊は自分で言うのもなんだが結構重宝されていたと思う。
現在はもちろん解散しているが、俺が生きている事をどこからか聞きつけたかつての部下達が時々世情を記した手紙を送ってくる。そのため今はしがない花屋だというのに、無駄に情報通になってしまった。
それがこうして平和な時間に無粋にも亀裂を入れてくるのだから、小さな親切大きなお世話というものだ。勘弁してほしい。
「最初に言っておきますけど、俺は大したこと知りませんよ。情報が集まるのだって、単なる部下たちの好意です。ここしばらく平和に花屋なんてやってたもんで、体はすっかりなまってしまいました」
「ほう? そうかな」
「ええ。見てくださいよ、この華奢で可憐な体を」
そう言ってしなを作り体を抱きしめてキャッと恥じらう様を見せると、浜地さんはちょっと引いた。何です、失礼な。今のはちゃんと声も女の子仕様にしてたんだから可愛かったでしょう!
「それより、忍空狼は赤雷さんが立ち上げた組織でしたね。たしか警察でも取り締まれないような犯罪や、隣国の脅威による戦争の火種をつぶすことを目的にした組織のはずですが……ここ最近は、どうもきな臭い動きをしているようで。組織の目的を聞いても?」
「ふふっ、目的……目的、か。赤雷さんは……我らの名目上の将軍様は、ずいぶん甘い理想を抱いておいでの方だ。あの人はそれで世の中を良くしようとしていたようだが、それでは駄目なのだ。この張りぼての平和を壊し、俺たち忍空狼がこの国を支配する。忍空が新しき時代を作るのだ! ……葉鳥よ。お前の情報収集能力や観察眼はきっと役に立つ。部下ともども俺たちのもとへ来い。歓迎しよう」
「断れば?」
「……お前の能力は面倒だ。この場で殺す」
「まあ、怖い」
そう友好的なんだから物騒なんだか分からないセリフと共に手を差し出してきた浜地さんだが、俺としてはこの手を取る気は無い。誰にそんな馬鹿な理想を吹き込まれたのか知らないけど、もう戦いは懲り懲りだ。
彼としてはかつての部下にともに同じ理想を抱いてほしいという希望に加えて、忍空の技を生かす場を与えてやろうという好意なのだろう。正直謙遜でもなんでもなく、今や俺の情報網など部下たちの好意によって成り立っているだけでカス同然のしろものだ。情報収集能力? 観察眼? 買いかぶりだ。もうそんなもの、数年の平和に溺れて投げ捨てた。だから本当に、わざわざ会いに来てまで勧誘するほどのものじゃあない。
とりあえず…………その理想も好意も有難迷惑なんだけどな。
忍空組は戦いが終わった後解散したが、平和な日常に戻ることを望んだ奴らばかりじゃない。
戦いの中でしか生きられない奴、力を持て余した奴。そんな奴らが各地で残党として暴れて迷惑なことをしているのは知っていたが……この偽・忍空狼はその最たるものだろうな。ろくなもんじゃねェ。
忍空が新たな世を作る? 馬鹿め。たしかに戦争が終わり次第忍空をないがしろにした幕府に恨みもあるだろう。幕府内の腐敗だってある程度知っている。だが、どんなに強靭な体を手に入れて技を磨いても政治とくれば話が違う。まっとうに諸外国をけん制して国を平和に導こうとしている赤雷さんの真・忍空狼なら話は別だが、今聞いた限り偽・忍空狼はただのテロ集団ってのが関の山だろう。うまく幕府になり替わったって、平和どころかきっとまた戦争だ。
浜地さんは、正直いい上司で人間的に好きな人だった。素直な人で、隊長と笑いあっていた姿が一番記憶に残っている。
そんな彼を再び戦争に駆り立てたのだ。彼にも譲れない何かがあるのだろう。
だが、私はそんな泥船に乗る気は無い。
「残念ですが、お断りしますよ……っと!」
言うなり、俺は床の一部を踏み抜いた。すると部屋の各所で爆発がおこり、突然の事に浜地さんに一瞬の隙が生まれる。
どうやったのか知らないが、今の浜地さんは何故か隊長達並みの力を身につけているように感じたのだ。偽・忍空狼……多分、ただのテロ集団で片付けるには危険な存在だ。当然戦っても勝てないだろうし、逃げるには周囲を囲まれている。断れば多分殺される。だったらと、いつか忍空組の残党とばれてかつて恨みを買った相手に攻撃されたらと、臆病にも仕掛けていたトラップを使うのに何のためらいも無かった。
今までこの町で積み上げて見たものも、もう必要ない。一番は命あってこそだ。店はまた作ればいい。
「こんな仕掛けで逃げられるとでも……、!? 」
「逃げますとも! では浜地先輩、ごきげんよう!」
囲まれていようが、どうやらとびぬけて強いのは貴方だけだ。私は窓から飛び出すと、ちょうど真正面に居た変なマスクをつけた全身ラバースーツの変態一人を踏みつけて空へと跳躍した。頭蓋を踏み砕いた感覚がしたが、まあどうでもいい。っていうか、あれが制服? うわ絶対俺忍空狼入んないわ。俺の美学が許さないあんな服。
「酉忍自慢の脚力、これだけは衰えさせていませんよ! 機動力の要でしたからね!」
スカートをひるがえして空を舞うと、そのまま樹を蹴って一目散に逃げだした。背後をちらりと見れば、俺の店があったあたりは黒い黒煙に覆われていた。あれは別に火事が起きているわけじゃない。爆薬と一緒に燃えるように用意していた催涙剤と痺れ薬をブレンドした薬剤に引火したのだろう。今頃中に居る人間はたまったもんじゃないはずだ。
姑息とでもなんとでも言うがいい。人の平和を崩したのだから、これくらい甘んじて受け入れてもらおう。
「とりあえず隊長達に相談しに行こうかな……」
未練がましくやっと作り上げた俺の城をしり目に見つつ、私は酷く面倒くさい気持ちを抱えながら久しぶりの空中散歩を楽しんだ。ああ、やはり空は良い。