死ぬかもしれない。
そう、思った。
「一夏!!しっかりしろ!!」
「織斑君!!」
声が、どこか遠くから聞こえる。何も見えず、何処にいるのかすら見当もつかない。
何だか、不思議と恐怖はなかった。
どうせ、俺は今年中には死ぬ。今死んだとして、数ヶ月早まっただけだから。
ただ、それだけだ。
「頼む!!一夏を助けてください!!」
「・・・断る。コレは”異能者”だ。助ける義理も無いだろう?」
「ッ!!」
たけど、何故だか”死にたくない”そう思う自分もいた。
理由なんて全く分からない。でも、生きたいと、最後まで生きたいと、そう願う自分もいる。
残りがいくら短くてもいいと思う自分がいる。
「いつまでもこんなところに居るな。さっさと――――がっ!?」
「オイ、邪魔だジジィ。つったってんじゃねえ」
「森谷!!何をする!!」
「なにするって、患者の受け入れを断る頭の悪いジジィぶん殴っただけだ。テメェが見ねえなら俺が見てやる」
「・・・・森谷」
「安心しろ。患者一人救えねぇで何が医者だってんだよな。コイツは死なせねぇよ」
なんなのだろうか。この不思議な感覚は。
一体、なんなのだろう?
心電図の機械の音だろうか、それがわずかに取り戻しつつある意識の中聞こえた。
やけに大きく聞こえる。部屋が静かだからなのだろうか、等間隔のリズムが耳の中へと入ってくる。
ここは何処だろうか。
最初に目を明けたとき、不意にそんなことを思った。
白い天井が見える。少なくとも自分の部屋や、寮の部屋の物では無かった。夕方なのか、最後に覚えているあの時と同じ透明感のあるオレンジが天井を彩っている。
徐々にはっきりしてくる頭をゆっくり動かす。
どうやら病院らしかった。そして俺はベットに横になっているらしい。心電図の機械や、点滴のチューブが視界の端に映っていた。
腹のあたりになにか乗っかっているような感覚があるが、それ見ようとまでは考えが回らなかった。
「お?やっと起きたか」
首を横に向け、声の主の方をみた。そいつは病室の入口にたっていて、タバコを加えている。ゆらゆらとタバコの煙が見える。
「寝ぼすけが。一体いつまで寝てるつもりだ。もう夕方だろうが」
気だるそうに、何に対しても飽きているような顔をしている知り合いがいた。
森谷彰二。3年前からずっと世話になってきた医者。医者の割には粗暴だったり勤務中に堂々と酒を飲んだり、今みたいにタバコを吸うのだが。
「ぼんやりしてるようだが、俺が誰だか分かるか?」
「・・・・・・・あぁ」
「ならいい。体調はどうだ?」
「体中が痛いことくら――――」
そこまで言いかけ止まる。左腕の感覚が肘から先無くなっていることにやっと気づく。
左腕を持ち上げると確かに肘から先が無かった。ただ、腕がちぎれ、見た目がグロくはなっておらず、変わりに無数のコード類が飛び出していた。
「最初、お前の腕が吹き飛んだのは驚いたが、まさか義手だったとはな。筋肉の動き、
腕にできるシワ、動きのなめらかさ、そしてその見た目。どれも完璧に近いほど精巧に作られてる。誰も義手だとは思わないだろうな」
それに応えることはなく、ただひとつのことを考えていた。
この義手の換えの事だ。守谷が言った通り、この義手は触らない限り偽物だとはほぼ確実に気付くことはない。なにせ束が作ったもの。市販されているようなものとは質からして違う。神経接続をしてまでしないと使えないが、性能は桁違い。
だが、逆に取るなら、換えが効きにくいということだ。性能が良い部品は再入手が難しい。ソレはこれにも当てはまる。今すぐ、というのはいかないはずだろう。
「・・・・・何考えてるか知ったこっちゃねぇーんだが、今はお前の腹の上で寝てるじょーちゃんに感謝したらどうだ?」
さっきから腹の上になにか乗っているのは気づいていたが、見ようとしなかった。
言われてやっとソレを見る。
「・・・・・・・・簪?」
スヤスヤと、耳を澄まさないと聞こえないほどに小さい寝息を立てて寝ている簪がそこにはいた。
決して穏やかな寝顔でなく、かと言って苦しそうにはしていない、でも楽そうには見えない、そんな寝顔だった。
「お前が運び込まれてからずっと、じょーちゃんはお前のそばに居た。夜になっても、看護師が帰ったらどうだ?とか、仮眠室で寝ろと言われても頑なに拒んで、お前のそばにいると聞かなかった。見た目からは想像もつかないほど頑固もんだな」
「・・・・・・・そう、だな」
それだけしか、いうことができなかった。本当なら違うことを言いたいのに、言葉がそれしか出てこなかった。
なんで、ここに居る?
それだけが頭の中を埋め尽くす。
全く理由が分からない。俺は”異能者”。簪は世界に五万と溢れる父親を亡くした一人。更識の妹だから分かった事だった。
前に簪が言っていた「パパを殺した”異能者”は嫌い」という言葉。ぼそりと呟いたつもりだろうが、俺には丸聞こえだった。
別にその感情を抱くのは不思議なことではない。第三次世界大戦での死者のほとんどは家族持ちの男だ。父親がいない子供、妻などザラに居る。
簪もその一人。その言葉を聞いたことは知らないフリをしているが、気がかりなこともある。
何故、”異能者”かもしれない俺と普通に居るのかということだ。
問いただしたことも無ければ、聞こうとも思わない。俺から聞くようなことではないが、気になるのは確かだ。簪なりの考えが有るのだろうか。
でも、あの試合で俺を”異能者”だと知ってしまった。
更識ほどじゃないにしろ、復讐したいという気持ちを持っているのは見ていれば分かった。俺が昏睡し、無防備なところを狙おうとしたならわかるが、俺はこうして生きていて簪の寝顔が視界には映っている。
簪の行動が全く分からなかった。
「ま、とりあえず起きたら感謝しとけってことだ。・・・・・あぁ、言い忘れてたな。お前は死ぬ必要はない。生きる権利がある。俺が言えるのはそれだけだ」
それを言い残すと早々に病室から、守谷が居なくなる。俺と寝ている簪が取り残された。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何も言えなかった。
何かする気も無かった。
何故、こうして生きているのか分からなかった。
織斑一夏から”異能者”C-047として作り替えられ、人でなくなり、ただISに対抗するための兵器として生きることを強要されたあの日以来。
俺は最凶の兵器として生きてきた。
だから、分からない。
こんな時どうすればいいのか思いつかない。
どうすればいいのか、いくら考えても思いつくことは無かった。
一夏が目を覚まして幾らか経った。一週間の昏睡は長く、またワンオフアビリティー使用の体にかかった負荷のおかげで、まだまだ本調子には程遠い。
リハビリを続けたおかげで歩けるようにはなってきたが、ひとりでに歩くのは無理があった。だからこそ、今のように簪に支えられながら歩いている。
「大丈夫?」
「・・・・あぁ」
向かう先は病院の屋上。今の時間だと星が輝いているだろう。
一夏が行こうと言いだしたわけではないが。
一歩、一歩ずつ階段を上がる。普段ならなにげないことだか、今の一夏にとってそれなりに堪える。
結局、屋上についた時には既に30分以上かかっていた。
「綺麗だね」
確かに夜空には星が輝いていた。だが、見える星はわずか。
東京の汚れている空気や、夜でも光がある土地柄故にほとんど見えない。空気の澄んだ冬なら違っただろうが、今は6月上旬。お世辞にも星が見やすい季節とは言えない。
それでも、簪は星が見れたことに対してなのか、嬉しそうだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
嬉しそうにする簪とは対照的に、一夏は黙こんで喋ろうとしない。
簪が原因だった。
あのあとも、簪は今まで通り話しかけて来て、リハビリに付き合ってくれた。それも積極的に、早く良くなってと言わんばかり。
リハビリに付き合ってくれるのは素直に嬉しい、やはり疑問も抱く。
気を使ってくれるくらいなら、はっきりと言ってもらえるのがありがたい。
「かんざ――――――」
「ねぇ、織斑君。最近楽しい?」
「・・・どうしたんだいきなり」
言葉を遮られて言われた言葉の意味を理解するのには、しばらくかかった。
「私はね、すごい楽しいよ?ずっとお姉ちゃんと比べられて嫌だった。だけど織斑君はそんなこと気にしないでくれたからとっても嬉しかったんだ」
一夏は黙って簪の話を聞いていた。
話を遮るのは野暮なのだろう。
「毎日が楽しくて、楽しくて。織斑君に会えて本当によかった、そう心の底から思えた。だから、だから・・・・・・織斑君が”異能者”だったなんてショックだった。でも、どんどん傷ついてく姿を見て、死んじゃうかもしれないって思えて。”異能者”っていうのどうでも良くなってね?だから、もう死んじゃうこともないって聞かされたときすごい安心出来て、自分の気持ちが理解できたんだ」
一旦話を区切り、一息ついた。
「あのね?私――――」
まっすぐと一夏を見つめている。
「織斑君の事が好き」
「織斑君の事が好き」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
何も言うことができない。いや、どうすればいいのか全く分からない。
好きなんて言われるのはどこか他人事と思っていたし、それに残り時間のこともある。
本当なら受け入れるべきじゃないはず。ただ、悲しませるだけに終わる。そんな思いはさせたくない。
「・・・・・・・・・」
口を開きかけて留まる。
本当にいいのだろうか?ここで断って後悔はないのだろうか?
・・・・・・後悔がないといえば嘘になる。
簪と過ごしてきた日々は確かに楽しいといえるものだった。それなりに笑えて、人と関わろうとしなかった頃に比べれば十分すぎるほど充実していた。
――――本当に断っていいのか?
返事を後回しにするという手もあるかも知れない。だが、それでは解決しない。ただ、先送りにしただけ。
だけど
そんな思いが頭を駆け巡る。
様々な考えもが頭を駆け巡り、ごちゃまぜになって何が何だかわからなくなって、俺は考えることをやめる。
面倒くさいことなんて忘れればいい。
「お、織斑・・・君?」
簪を抱き寄せる。左腕がないせいで抱きしめづらいけれども、そんなことはどうでもよかった。
いきなりだったからなのか、驚きそこまで力が強くないにしろ、もがく簪に一言つぶやく。
その言葉は多分、いや人生で初めて言うであろう言葉。
ひどくこそばゆい気分になるけれども、何だか今はソレで満足だった。
簪も耳は真っ赤になっていたけれど、確かに抱きしめ返してくれている。
――――生きる意味を見つけた。そんな気がした。
一巻分が終わった割には中途半端な気も・・・・
試合後のこととかその他もろもろは2巻分の最初あたりに持ち越しということで