~ブロンクス邸~
『っていう訳で、期限のギリギリまでこっちにいて欲しいってことになったんですけど、いけますかオーナー?』
『私達からもお願いします』
大戦のあと、ビスコッティに帰国したライ達はテイラーに連絡を取っていた。できれば3日後のシンク送還までこっちに留まって欲しいという、周りの者達の希望があったため、そのことでテイラーに相談していたのだった。そのため、わざわざミルヒやリコッタも頼み込んでいる。
「わかった。お前も大変だったようだし、残りの時間で英気を養っておけ」
それを聞いて、一同は表情を明るくする。
『オーナー、ありがとうございます!』
『本当にありがとう、テイラー様!!』
「ただし、帰ったらその時はこの16日分の遅れを取り戻すように!」
『はい!』
そして通信を切る。
その日の晩、テイラーはある場所に行っていた。
「というわけで、ライが帰ってくるのは3日後になるそうだ」
『まあ。あの子ったら、そんなに向こうの人達と仲良くなったのね』
そこは望月の泉といい、今は周囲の木が枯れて水も汚れているが、昔はトレイユの町で水源として使われていた泉だ。その泉の水面に女性の姿が映っており、テイラーはその女性に話しかけている。
彼女こそがライの母、”古き妖精メリアージュ”だ。メリアージュはこの泉に生えていたラウスの樹の力で出入りできる空間に住んでいたのだが、その樹をある貴族が別荘を建てる材料にしようと切ってしまったために、メリアージュは異空間に閉じ込められてしまったのだ。だが、ライの能力が覚醒したのをきっかけに彼女は泉を通して外と通信が出来るようになり、ライとは定期的に話をしているのである。
「しかし、君の息子も大きくなったものだな。異世界侵略を企む悪魔を倒してしまうとは」
『ええ。その辺りは本当に、あの人にそっくりよね』
「ああ。口では毛嫌いしているが、血は争えなさそうだな」
そう言って二人はケンタロウの姿を思い描く。問題に自ら首を突っ込む性分は、無自覚ながらライも継いでいたということになる。本人が効いたら真向から否定しそうだが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日…
~朝 騎士団の訓練場~
ここで、エクレールやエミリオといった若手騎士たちがセイロンと手合わせをしていた。これだけなら、騎士たちが一人ずつセイロンと手合わせしていると思えるだろうが、実際は違った。
「はぁあ!」
「甘い!!」
エクレールがセイロンに飛び掛かって切りつけるが、セイロンはそれを紙一重で避けてしまう。
「そこだああ!」
その隙を伺ってエミリオが斬りつけてくるが、セイロンはこれも紙一重で避けてしまう。そして、そのまま反撃と言わんばかりにとびきり重たい一撃を放った。
「うぉあたああああ!」
「がぁあ!?」
セイロンの回し蹴りがエミリオにクリーンヒット、吹っ飛ばされて壁に激突し、そのままけものだまに変化してしまう。しかも、その周りには既にけものだまと化した騎士が数人、残りはエクレールとアンジュという女性騎士のみだった。そう、セイロンは彼女らを含めた複数人の騎士と纏めて戦っていたのだ。
「エミリオ!!」
「他の者に気を取られるとは、戦場では命取りだぞ!」
アンジュがエミリオの敗退に気を取られた隙に、セイロンの接近を許してしまった。そのまま接近したセイロンは、アンジュの手元に蹴りを叩き込み、剣を弾き飛ばしてしまう。
「続けるか?」
「ま、まいった…」
複数人の瞬く間にノックアウトした戦闘力と、未だに消耗を感じさせないスタミナを見せるセイロンに、勝てるビジョンが浮かんでこないアンジュ。もはや降参以外の選択肢は無かった。
しかし、そんな中でもエクレールはまだ諦めようとはしていなかった。
「もう結果は見えているそ。そなたも負けを認めたらどうだ?」
「誰が認めるか! ここで逃げたら、それこそ騎士の名折れだ!!」
セイロンに降参を促されるエクレールだったが、彼女は獲物を構えながら勇んで、そのまま立ち向かって行く。
「やれやれ。勇気と無謀を履き違えるのは、戦いにおいての賢い選択とは言えんのにな」
そのまま向かって来たエクレールの、二刀流による十字切りが放たれるが、セイロンはそれを左右それぞれの手で彼女の腕ごと受け止めてしまう。
「ほわたああああ!!」
「!?」
そのまま腕を抑えた状態で、セイロンは膝蹴りを放つ。エクレールとの身長差を考えると、膝蹴りは彼女の顔面に命中することになる。それを考えたエクレールは、反射的に目を瞑る。
「?」
だが、いつまでたっても蹴りの衝撃が来なかった。不審に思ったエクレールは恐る恐る目を開ける。
「ようやく目を開けたか。我もこの体勢は疲れるから、もう少し早くして欲しかったな」
エクレールの目の前にはセイロンの蹴りが眼前に迫ったまま止まっているのが見えた。つまり、彼の蹴りは寸止めされていたということだ。
「な、何故だ。何故蹴りをあそこで止めた?」
「なに。傷つかぬからと言って、年若い生娘の顔面を蹴り潰すのは気が引けた。それだけだぞ」
セイロンとしては紳士的な対応のつもりだったのだが、エクレールは騎士として見られていないと解釈して、少し忌々しそうに彼を見ている。そんな彼女に、リビエルとアロエリがフォローを入れる。
「まあ、仕方ありませんわ。龍人族はいうなれば人間そっくりの姿をした竜といってもいいから、基本的な身体能力はこちらの世界の片より高いでしょうし」
「それにあいつは、お前より年上な分長く鍛錬を積んでいる。技量も上だろう」
「それでも…」
「こんちわー!」
「お、勇者様オーッス!」
エクレールが反論しようとしたら、丁度そのタイミングにシンクが訓練場にやって来た。
「ほれ、愛しの勇者殿が来たぞ。存分に甘えて来るがいい」
「だ、誰があんなやつ!?」
セイロンの一言で顔を赤くしながら激昂するエクレールだった。周囲から見てもバレバレだろうに(シンクを除く)、何故素直になれないのだろうか?
「うわぁ…これはまた見事に」
シンクはセイロンの戦闘跡を見て、思わず顔を引きつらせる。無惨にもだま化した騎士たちを見て、シンクは彼の強さを実感することとなった。
「勇者殿、これを見てもやる気はあるか?」
「彼女より戦闘経験の浅いお前だと、明らかに分が悪いと思うが…」
アロエリも指摘する通り、シンクはエクレールより実戦経験が低い。加えて今度は一対一の戦いなので、余計に不利となっている。だが、シンクの目には明らかにやる気が充ちていた。
「モチのロンです! 次回の戦のためにも、剣の腕を鍛えておきたいんで」
「わかった。では行くぞ!!」
そういうわけで、セイロンVSシンクの対決が始まった。どちらが勝ったかは、想像に任せよう。
~昼 風月庵~
「こんにちわー!!」
玄関先でシンクが大声で挨拶をする。そんな彼と一緒にライとミルリーフがいたが、彼らだけでなくリシェルやエニシア、ギアンと御使い達も同行している。
「ほう。話には聞いていたが、本当にシルターン様式なのだな」
「はい。僕の世界の日本風でもあります」
風月庵の建築様式を聞いて、是非とも見てみたいと思っていたのだ。そこで、この機会に訪ねて来たという。
「いらっしゃいでござる」
「やっほー、ユッキー!」
ミルリーフとユキカゼが相変わらず仲良さげにあいさつを交わす。こっちに来てからほぼ毎日やっているにもかかわらず、先日の魔物騒動もあってずいぶん久しぶりに感じられた。
早速ミルリーフは、ここに引き取られたあるものの様子を見る。
「その子、元気そうだね」
「うむ。同族として嬉しいでござるよ」
それは、禍太刀に取り込まれていた土地神の子狐だった。あのあと、ユキカゼが同族として安否を心配し、回復するまで面倒を見ることになったのだ。
その一方、ライやシンクはユキカゼと子狐を見比べる。先日明らかになった、ユキカゼが土地神だという事実を思い出したのだろう。そんな中、ライはある疑問を尋ねる。
「そういえば、ユキは土地神だけどなんで人里で、ていうか人と暮らしてるんだ?」
「私も、差し支えなければお伺いしたいですわ」
これはライだけでなく、リィンバウムや四界の出身である者の全てにとって気になる者だった。人間は自身とは異なる存在を恐れたり妬んだりする生物だ。それは種が異なる存在に限らず、同じ人間に対しても例外でないのが、人間の醜いところだろう。そんな一面もある世界で暮らす者として、今のユキカゼの暮らしの理由は気になって当然だろう。
「拙者は昔に魔物に親を殺されて、行き場を無くして放浪していたところを親方様に拾われたのでござるよ」
「拙者も、国を魔物に滅ぼされて放浪していた身ゆえな。ほっとけなかったでござるよ」
予想以上に重い過去だったため、辺りの空気が重くなる。そんな中、ライとギアンが最初に口を開いた。
「やっぱ、あんな化け物が出てくるんなら国の一つや二つ滅んでもおかしくないよな」
「このあたりは平穏そのものだけど、まさかそんなことが……」
二人はフロニャルドの裏事情を聞いて、思わず神妙な表情となる。ブリオッシュは見たところ20代か、若作りしてたとしても3,40歳ほどになる。だから彼女の国が滅んだのも割と最近……
「まあ、かれこれ150年以上も前の話でござるがな」
『ひゃ、百!?』
「ここ百年辺りは魔物も出てこなくて太平の世でござるよ」
かと思っていたらまさかのカミングアウトにその考えも揉み消される。彼女は百歳オーバーという、それこそ人間や亜人の寿命を超える年齢だったのだ。
「貴殿も土地神か、また何か別の高位生命体なのか?」
「いや。拙者は諸々の事情で少々長生きなだけで、人でござるよ」
セイロンもまさかと思って尋ねるが、曖昧な理由をつけてぼかしてしまう。そんな中、彼女は自身が以前口にしたお役目の詳細を語る。
「拙者とユキカゼは魔物封じの技を受け継いでいるので、ここ数十年ほどはビスコッティを拠点に魔物封じの旅をしているのでござるよ」
「とすると、その技というのが長生きしている理由ですの?」
「そこは、想像に任せるでござるよ」
リビエルも自身の推測について尋ねてみるが、見事に誤魔化されてしまった。
そんな中、ブリオッシュが少し残念そうにあることを呟いた。
「しかし、勇者殿達が残ってくれるなら、拙者の剣技や封魔の技”神狼滅牙”を継いでくれただろうに」
「? 確か、その技ってあの…」
神狼滅牙 禍太刀の封印やディガルドとの決戦で使ったブリオッシュの最大奥義的な技だ。
「神狼滅牙は御館様にしか扱えた者がいない技でござる」
「わぁ~、そう言われると覚えてみたくなる!」
ユキカゼの一言で、シンクが幼い子供のように目を輝かせる。
「では、一度やって見せようか」
「シンク、やめと…」
「お願いします!」
「駄目だ、聞こえちゃいねえ」
というわけで、ブリオッシュによる神狼滅牙の伝授(仮)が行われることとなった。
~夕方 帰り道~
「……流石に1日じゃ無理だったか。いてて…」
「だからやめとけっつったんだよ」
結局、神狼滅牙は1日でマスター出来ず、無駄に疲労を溜める結果となったのだった。ちなみに移動手段だが、ライはミルリーフと、リシェルはリビエルと、そしてエニシアはギアンとセルクルに二人乗りしている。だが、セイロンとアロエリは自身の足や翼のみで移動していた。セイロンは鍛錬の一環として、アロエリは翼で行けるとこには翼でしか移動しないという意地によるものだった。
「おーい、お前らー!」
すると、背後から聞き覚えのある声が聞こえたので振り返る。
「ガウル、それにみんな!!」
やって来たのは案の定、ガウルとジェノワーズだった。昨晩彼から連絡があり、シンクと決着をつけていなかったため、そのついでに泊めてもらうことになったとか。
「揃いも揃って、どっかに出かけてたのか?」
「ちょっと風月庵にな。セイロンの出身世界と建物が似てるって話したら、行きたがってな」
「うむ。我の生まれたシルターンと、何か繋がりがあるのかと興味を持ってな」
「へぇ……ああ、みんな。これお土産」
「ガレットの名産品詰め合わせ」
「おお、サンキュー」
ジェノワーズからライとシンクはそれぞれの土産を受け取る。ライの分は大所帯ということで量が多めになっている。
土産を受け取った後、そのままフィリアンノ城に向かうことになった一向。
~夜 フィリアンノ城~
シンクの部屋に呼ばれたライは、まだ直接戦ったことがないのでシンクと決着つけたあとで戦わせろと勝負を叩きつけられたのだった。
室内でどう対決するのか疑問だったが……
「うおぉ! ガウ様も強いけど、ライもめっちゃ強い!!」
「がんばれ、パパー!!」
「いけー、ライさーん!!」
至極単純、腕相撲勝負だった。先に勝負を終えたシンクは、ミルリーフと二人でライの応援をしている。ちなみに、僅差でガウルの勝ちだった。すると、ベールがジュースを乗せたお盆を運びながら部屋に入ってくる。
「飲み物持ってきましたよ~」
「わ、わりぃなベール……お客を働かせてぇー!!」
「いいえ~」
力みながら飲み物を運んできたベールに礼を言うライ。当のベール本人は間延びした返事をしながら、ジュースを配ろうとした。だが、その時…
「あ!?」
「「へ?」」
いきなりベールが何かに躓き、そのままジュースをぶちまけてしまい、シンクとミルリーフが頭からそれを被ることとなってしまった。
「ミ、ミルリーフ!?」
「てめぇ、またか!? またやったのか!!」
その光景を目の当たりにしたライとガウルは、腕相撲を中断してベールの方に向かっていく。
「てめぇ、ミルリーフに何しやがる!!」
「よりによって普段のドジをガキにやるって、どういう了見だ!!」
「ああああああ! ごめんなさい、ごめんなさい!! ああああああああああ!!!」
そのままライはガウルと二人でベールに攻撃を仕掛ける。ライがベールの右手と右足を、ガウルは逆に左手と左足を固定し、所謂ロメロスペシャルを二人で左右一方ずつにかけるような技をかけたのだ。この技を放った際のライとガウルの息の合い様は、ノワール曰く、この場での即興コンビだというのが疑わしく感じられるほどだったという。
その後、シンクとミルリーフはガウルの勧めで風呂に入ることにし、大浴場に向かうこととなった。ライもミルリーフを連れて大浴場に向かうが、途中でライが用を足しに行ったのでシンクが先に大浴場につく形となった。
「さて。遅くなって悪かったな」
「パパとおふろだもん。これくらいガマンガマン」
そんな感じで二人が青い男湯の掛け布が掛かった出入り口を通ろうとすると、脱衣所に入って来たメイドが二人に声をかける。
「あ、すみません! これ、掛け布を間違えてしまってます」
「え、じゃあアッチが男湯ですか?」
「はい、そうなります」
ライは冷や汗を流しながら胸を撫で下ろす。危うく、初日でシンクとやらかした失態を再び晒すことになったのだから、これは当然だろう。
「助かりました、ありがとうございます」
「いえ、こちらの間違いですので。あのー、掛け布を掛け間違えていたんですけど、こちらに入っているのは男性でよろしいでしょうかー?」
そのままメイドは男湯の方に声をかけるが、返事が来なかった。だが、ライはここである違和感を感じた。
(ん? 先に行ったシンクが男湯にいない……で、今になるまで掛け布が逆だった……て、ことは)
「あのー、出入り口の掛け布を間違えてしまったんですけど、そちらは女性だけでしょうかー?」
ライが思案する横でメイドが女湯の方にも声をかける。
「大丈夫です、女子が一人だけです!」
女湯の方からミルヒの声で返事が届いた。つまり、シンクが間違えて向こうに入ってしまったのをミルヒが庇ったことになる。
(姫様、シンクと近づく絶好のチャンスだ。無駄にすんなよ)
心の中でミルヒにエールを送って、そのままミルリーフを連れて男湯に入るライであった。そして、男湯の扉を開くと……
「あれ、シャワーの音?」
何故か無人の筈の大浴場でシャワーの音が聞こえたのだ。湯気でよく見えないが、確かに人の影が見える。そして、近づいてよく見てみると…
「え? ライ?」
「リ、リシェル?」
そこには、リシェルが一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びていたのだ。しばらく茫然としていたが、やがて状況に気づいて二人は慌てて背を向ける。
「……!? あ、あんた何してるのよ!!」
「わ、わりぃ……っていうか、ここが男湯だぞ!!」
背を向けながらも、どうにか反論するライだった。
「え!? ここのメイドから赤い掛け布が女湯だって聞いたわよ!」
「掛け間違えたってさっき聞いたぞ。ていうか、さっきそのことで誰かいないか聞かれただろ! 何で返事しなかったんだ!?」
「シャワーの音でよく聞き取れなかったのよ!!」
「だったら止めてもう一回聞き返せよ!!」
「パパ、ちょっと落ち着いて。リシェルも…」
そのまま二人の口論はヒートアップし、ミルリーフが二人を落ち着かせようとするも効果はなかった。どうしようかと思っていたら、思わぬ救いの手が差し伸べられた。
「あのー、ライさーん!!」
「丸聞こえですけど、ちょっと落ち着いて下さーい!!」
隣の女湯にいる、シンクとミルヒだった。すぐ隣に二人の怒鳴り声が届いていたという事実から、下手をしたら脱衣所に人が入られた時点でバレてしまうということに気づいた。
「……とりあえず、騒いで悪かったわ」
「ああ、オレこそ悪い。で、ミルリーフはともかくお前がいると騒ぎになるから、早いところ出た方がいいぞ」
そう言ってリシェルに脱出を促すライ。だったが……
「…ねえ。少しでいいから、一緒に入らない?」
「え?」
唐突なリシェルの一言に、呆けた声を出すライ。
「この間はエニシアに先を越されたから、そのリベンジよ。背中合わせにだったら、一緒に入っても問題ないでしょ?」
「イヤ、そうだけど……もし人が来たら」
「大丈夫よ。ほんの2,3分、長くても5分で出ていくから」
結局、リシェルのゴリ押しの頼みによってライは折れることとなった。
(う~ん、エニシアとリシェルのどっちが私のママになるか、またわかんなくなっちゃった…)
一方、忘れられそうだったミルリーフは、空気を読んで静観することにし、先に体を洗いに行くことにしたのだった。ここに来て変な大人っぽさが出てきたような…
「ねぇ、ライ」
「どうした?」
背中合わせになって湯に浸かる二人だったが、いきなりリシェルが声をかけてくる。
「……あんたが無事で正直、ホッとしてるわ」
「ああ。エニシアから聞いたけど、リシェルも心配してくれたんだっけな。ありがとう」
「!? ど、どうってことないわよ、別に!!」
ライの口から出た素直なお礼に、リシェルは対慌てふためく。
「そういや、オレが響界種だって初めて分かったあの時、リシェルはそれを理由にオレが町を出ていかないかって心配してくれたんだっけな」
「だ、誰から聞いたのよ!!」
「ルシアンが、前にこっそりと」
「あ、あいつ……」
それを聞いたリシェルは、向こうで留守番している実の弟に軽く怒りを感じていた。一方、ライはそんな彼女に再び声をかける。
「まあ、エニシアにも言ったことだけど、オレはお前らを残して死んだりしねえから安心しろ。少なくとも、お前とエニシアのどっちかを選ぶまではな」
「……まあ、期待しないで待ってるわ」
そう言って、二人は背中合わせのまま、互いの手を絡め合う。
「姫様えら~い、姫様かわい~」
「なんででしょう? こんな単純なことなのにすごく楽しいのは~!」
その時、いきなり隣から聞こえたシンクとミルヒの声を聞いて、二人は頭が一瞬フリーズした。
「…ねえ、これって…」
「言うな。オレも多分同じこと考えてる」
「やっぱり?」
二人の感想はやっぱり一致していた。「なんか背徳的だ…」と。
翌日
「ライ、あんたこういうのってあんまり似合わないわね」
「言うな、自覚してるっての…」
「そ、そんなことないよライ! よく似合ってるって!!」
この日の昼に、”ありがとう勇者様お食事会”と称されたシンクの送別パーティーが城のホールで行われた。ライは自ら厨房に立とうと思ったのだが、彼もパーティーの主役だというので断られてしまい、リシェル達も含めて正装姿でホールに集まっているのだ。
ちなみに、恰好は以下の通りだ。
ライ:城から貸し出された騎士団の制服(マント付)
ミルリーフ:普段着の上にケープ(サモコレのカード参照)
リシェル:ライと同じく城から貸し出されたドレス
エニシア:軍団の姫だった時に着ていたドレス
ギアン:何故か持参していたタキシード
セイロンとリビエル:普段の格好(本人たち曰くこれが正装)
アロエリ:そもそもこの場にいない(気が付いたら逃げ出していた)
「ていうかアロエリの奴、逃げやがって…」
「確かに、こういう格好とか死んでもやりたがらないだろうけど、こっちだって我慢してるんだから…」
ライとリシェルがアロエリの件で文句を言ってると、エクレールとユキカゼに連れられてシンクが会場にやって来た。
「あ、ライさん………えっと、その恰好は」
「オレだって好きで着てるんじゃねえっての」
こちらに気づいたシンクだったが、予想だにしなかったライの格好にどうリアクションしていいのか困惑していた。
「みなさーーん! 勇者シンク、ご来場でござるよ!!」
ユキカゼがホールの中央で叫ぶと皆がそこに注目し、すぐそばにいたシンクに向けて拍手を送る。そのすぐ後で、ミルヒがスピーチを始めた。
「フィリアンノ城のみなさん。緊急連絡で回した通り、我が国の危機を救ってくれた勇者シンクが、明日の朝に元の世界にお戻りになります。また、委託騎士ライとそのお仲間達も同じく元の世界にお戻りになってしまいました。ビスコッティとガレットの戦を華やかに彩ってくれた勇者シンクたちの活躍、皆様もご存知かと思います。今回は里帰りということで帰還なされますが、また来てくれると約束してくれました」
そこで再び、拍手が鳴り響く。とりあえず、ライ達もその場に合わせて拍手を送ることにした。その際、シンクが若干恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「それでは、今回の、”ありがとう勇者様お食事会”の主賓、勇者シンクに一言お願いしたいと思います!」
そのまま指名を受けたシンクは、慌てふためく中でユキカゼに突き飛ばされて、壇上に上がらざるを得なくなってしまった。
そのままシンクはアメリタからマイクを受け取り、とりあえず何か言うことにした。
「えっと、僕は元の世界では普通の学生をやってたんですが、姫様に勇者として呼ばれて色んなことを経験しました。レオ閣下やガウル殿下と戦ったり、姫様と魔物退治や、ライさん達と悪魔退治をしたりしました。戦以外でも、騎士団長やダルキアン卿、親衛隊帳やパネトーネ筆頭、エルマール主席、リゼルさん達メイド隊やエミリオさん達騎士団のみなさんと仲良くさせてもらいました」
その後、シンクは何かを思い出してホールにいたある人物に声をかけた。
「食堂のおばちゃん。いつもリコと一緒につまみ食いさせてくれて、ありがとうございます!」
「いいえ~」
まさかの食堂のおばちゃん指名に、会場内で笑い声が響く。そして笑いが収まったところで、シンクが再び口を開く。
「とても凄い経験をさせてもらいました。元の世界に帰っても、この世界での経験を決して忘れず、きっとまたすぐにお邪魔したいと思います。ビスコッティとフロニャルドにピンチがあるとき…
勇者シンクは駆けつけます!!」
最後の間を置いてシンクが宣言すると、クラッカーが鳴らされて、再び拍手が送られる。そしてシンクが壇上から降りると、ミルヒからまたも一言。
「では、次は勇者シンクと共にビスコッティの危機を救ってくれた、委託騎士ライにも一言お願いしたいと思います」
「ええ!?」
いきなりの事態に驚くライ。だが、今回の事件を利用しようとしたディガルドにとどめを刺したのはライであるので、彼も英雄扱いされて当然だった。
「パパ、一緒に行くからがんばって」
「ミルリーフ、わりぃ」
結果、ミルリーフ自身はスピーチをしないものの、ライに連れられて壇上に登ることとなった。そして、シンクからマイクを受け取って壇上に登り、深呼吸してから口を開く。
「オレもリィンバウムじゃ、わけあって宿屋の店長兼料理番の仕事をしているただの一般人です。まあ、生まれというか種族というかが一般的じゃないですが、そこは長くなるので省略します」
「何言ってんのよ。あたしらの世界でも結構な修羅場潜ってるくせに…」
「だね。あの時の僕の野望を打ち砕いたのも彼だったし」
「リシェル、ギアン……」
ライのスピーチを聞いて、リシェルたちがそんなことを呟く。まあ、15歳で仕事持ちの彼が獣人だの機械兵器だの、堕ちた竜だの(かつてギアンが変身した)と死闘を潜り抜けているので、とても一般人とは呼べないだろう。
「そんなオレが、わけもわからずに召喚されて、戦とかをこの目で見て体験して、当初こそ変な世界だと思っていたけど、フロニャルドはとにかく平和でのどかな世界でした。リィンバウムやそれを取り巻く四世界のお偉いさんに、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいに」
何気に、自身の世界やそれに関わりのある世界の重鎮たちに毒を吐く発言をしているが、周りの者は冗談だと思っているようで笑っている。まあ裏を返せば、傀儡戦争のような凄惨な戦争を知らない、本当に平和な世界に生まれ育ったことを表しているのだが。
「そんな世界をオレだけでなく娘のミルリーフ、短いけどオレの仲間たちも楽しませてもらいました。今回はビスコッティだけでしたが、今度はガレットや他の国にも来させて欲しいと思っています」
「まあ、結果としてはこういうことになるんですが……
オレたち、宿屋”忘れじの面影停”一同も、ビスコッティとフロニャルドのピンチに駆けつけるから、待っててくれ!!」
最後、ライが叫ぶと再びクラッカーが鳴らされる。そして、シンクの時のと負けないくらい盛大な拍手が送られる。ホール内で待機していたリシェル達にも同様だった。
セイロンとエクレールですが、書いている途中で某赤い星座のラニキと従妹の組み合わせだと気づきました…