前回までのあらすじ――女の子になりました。
◇
そういうわけで、そうなりました。
見てますか、天国のお母さん。あなたの息子は娘になっちゃいました。
青春真っ只中の男子高校生が華の女子高生デビューですよ。
今は夏休みだから良いけど、新学期からボク制服のスカート穿かなきゃいけないんだよ? ウケるよね。
ごめんやっぱウケない。
というか、ありえない。
ボクが女の子なんて、やっぱりどう考えてもありえないっ!
◇
日記帳に書きなぐったところで時計を見ると、もう出ても良い頃合だった。
日記とは寝る前に書くものだ、というイメージがある。だが、とにかく書きたいことがあったなら、日記帳を開くタイミングなんていつでも良いだろう。
書き込んだ内容は、世界って理不尽だよね、という愚痴だった。文章にすると少しだけ気分が晴れたので、今後もこれは愚痴帳として使っていこうと思う。
日記帳、もとい愚痴帳とペンをしまい込み、鏡へ向かう。
鏡の中のボクは、まるでテレビの中ですら見たことがないほどに整った容姿をしていた。
腰の辺りまで伸びた白い髪に、宝石めいた輝きを放つ赤い瞳。日光を浴びたことがないんじゃないかとさえ思える透き通った肌。
一言で言うなら、そう――まごうことなき
これがボクだって言うんだから、もはや笑えてきそうな気さえした。
そんな女の子なボクの格好も、やはり女の子のそれ。白いブラウスに、赤いスカートを穿いていた。スカートの丈は長めだけど、スースーしていて落ち着かない。
仕方ないことではある。それでも、ため息を抑えられなかった。
部屋を出て、階段を降りる。
視界の端で白い糸が舞っていた。
ボクの髪の毛だ。自分で見ても綺麗だと思う。腰に届くくらい長いので少し邪魔だけど。
「あら、
リビングに出ると、ソファでテレビを見ていた姉さんが振り返ってボクを見た。
「……ふむふむ、うんうん。ふふ、よく似合ってるわ。安心して」
似合ってる、と言われて微妙な気分になるのは、ある意味貴重な経験だろう。
からかっているわけではないのはわかる。だからこそ、なにも言えないのが厄介だった。
「約束の時間は?」
「……十時。移動にどれくらいかかるかわからないから早めに準備したんだ」
「ああ……『前』の満月くんなら十分もかからず行けるかもしれないけど、『今』はねぇ」
姉さんと一緒に苦笑した。
今のボクは、『前』と比べて歩くスピードが遅い。歩幅が極端に狭くなったのだ。
『前』まではこんなではなかっただけに、そのギャップで余計不便に感じていた。
「まあ、がんばってね。デート」
「なっ……だ、だからデートじゃないってばっ」
かあっと顔が熱くなる。
せっかく意識しないようにしていたのに。
「えー……でも、婚約者とのお出かけをデートって言わずになんて言うの?」
「婚約者云々は後付け! もともと友達! 今日は一緒に遊ぶだけっ!」
深呼吸して心を落ち着かせる。
ムキになってはいけない。姉さんにからかわれるのもいい加減慣れないといけない。
「もう……とりあえず、ボクは行くからね」
「はいはい。いってらっしゃい」
スカートを翻しながら玄関へ向かう。
久しぶりに親友と遊ぶ事ができるのだ。こんな所で体力を消耗していては楽しめない。
玄関で靴を履きながら、しかし、思う。
他の人から見たら、やっぱり『そういう風』に見えるのだろうか。
恋人、とか。
デート、とか。
そんな事を考えていると、今度は苦笑が漏れた。
ボクと彼は、そんな甘ったるい関係では断じてない。
若い男女が仲睦まじく、というのは確かに恋を匂わせる。
けれど、ボクたちの場合それはあくまで外見だけ。
――だってボクは、最近まで女の子ではなかったのだから。
◇
人々の視線がボクに集中していると思えるのは、きっと錯覚ではないのだろう。
十人すれ違えば、十人が振り返る。
いろんな所から小さな声が聞こえた。「あの子、すっごい可愛い」「外人さんかな?」「アイドルみたい」――。
今のボクは、そういう少女だった。
ナルシストっぽいけれど、自分の容姿がどんなものなのかというのは自覚している。
この体になって、時間はそんなに経っていない。
だからなのだろう。自分の外見について、こうも客観視できているのは。
しかし自分の体に慣れていないように、人の視線にも慣れていない。
居心地悪く感じながら、歩き続ける。
通りがかった洋服屋さんのショーウィンドウに、薄くボクの姿が映った。
歩いたままそれを横目で見る。
くすみのない純白の髪を揺らす、真紅の瞳の少女と目が合った。
とても整った顔立ちの少女だ。スタイルもそれなり以上に良い。珍しい髪色と瞳は神秘的ですらある。
こんな女の子が街を歩いていたらさぞ人目を惹くだろう。
ボクも、この白髪赤目の美少女が他人だったらずっと眺めていたに違いない。
だが残念ながら、これは自分なのだ。
小さく、ため息を吐いた。
タダでさえ目立つ顔をしているのだから、わざわざこんな髪色にしなくたって良かったのに。
誰に向けたかわからない恨み言は、ボクの心の中へ消えていった。
ショッピングモールに到着したのは、それから十分ほど経った後の事。
店内に入ると、ひんやりとした空気がボクを迎えた。
設置されているベンチに座り込み、スマホで時間を確認する。約束より少し早かった。
『着いたよ』
スマホのアプリを開いてメッセージを飛ばすと、返信は即座に来た。
『どこだ?』
少し考えて、場所を説明した文を送信する。
画面にボクのメッセージが出るのと既読がつくのは同時だった。
『わかった』
『キミは今どこにいるの?』
『もう着いてる』
『早いね。まだ来てないかと思ってた』
『それはこっちのセリフだ。今から迎えに行く。近くにいるからすぐだ』
『了解。待ってるよ』
本来なら彼がショッピングモールに来るまでブラついているつもりだった。
だが場所も伝えたし移動するわけにはいかない。
メッセージアプリを閉じて、暇つぶしにネットでも見ようかとブラウザを開いた。
「ねえねえ、ちょっと君」
「……はい?」
その瞬間声をかけられて、顔を上げる。
肌の焼けた大学生くらいの男がボクを見ていた。
「一人かい?」
その言葉でなんとなく察した。
姉さんから「今の満月くんならきっといつかは遭遇するだろうから、覚悟だけはしておいた方が良いと思うわ」とは言われていた。
ボクも、この見た目ならそんな事もあるだろうと頭では思っていた。
でも実際されてみると、苦笑すら出てこない。
――まさか、男だったボクがナンパされるなんて。
「俺も一人なんだ」
「はあ……そうですか」
「ね、良かったら一緒にお茶でもどう?」
ボクはなにも答えていないのだけれど、既に一人なのだと思われているらしい。
「すみませんが、友達を待っているので」
「約束の時間は何時なの?」
「……十時ですけど」
「まだちょっと時間あるじゃん! 少し話すくらいはできるんじゃない?」
「いえ、でも……」
「それに友達って女の子? だったらその友達も一緒に」
参ったな。
想像以上にしつこい。
どう対処しようか考えていると、横から声がかけられた。
「友達――というのは俺の事だ」
低い声だった。
ナンパ男が声のした方を見る。
ズボンのポケットに手を突っ込んだ、身長一八五センチ越えの男がいた。
彼は刃物のような瞳でナンパ大学生を見下ろしている。
「連れになにか用か?」
どこの不良だよキミは、と思わず言いそうになった。
ほら見ろ、ナンパしてきた男の人すごい驚いてるじゃないか。
「……な、なぁんだ。彼氏を待ってたのか。あはは、これは失礼。そいじゃ」
ナンパしてきた男は慌てた様子でボクから離れていった。
まあ逃げてくれて助かった。
けど――
「……彼氏じゃないんだけどなぁ」
ぽつりと、漏らす。
友達、って言ったんだけど。
「やっぱりそういう風に見えちゃうのかなあ。どう思う、
イタズラっぽく笑って、助けてくれた彼の方を見る。
彼――ボクの親友、
「……お前、割と小夜さんに似てる所あるよな」
「なっ。し、心外だなあ。ボクは姉さんみたいに意地悪じゃないよ?」
「なら変な風にからかうのはやめてくれ。その体でやられると反応に困る。……というかお前、なんだかんだ楽しんでないか? その体を」
「……えー、そんな事ないけどー?」
「俺の目を見て言え」
逆にボクが目を逸らすハメになってしまった。
正直に言えば、彼と話す時だけは楽しんでいるかもしれない。中身がボクでも体は女の子だ。初心な彼が動揺する姿を見るのは悪い気分ではなかった。
「ふふ、でもありがと。助けてくれて」
「別に礼を言われるような事じゃない。……前にも言ったが、これからもなにかあったら俺を頼れ。その体じゃ不便だろう」
「ん、了解。達海くんもなんだったらボクを頼って良いんだよ。できなくなったことの方が多いけど、できるようになったこともあるからさ」
「もう充分世話になってるんだがな……わかった、考えとくよ。ありがとう」
「お礼を言われるような事じゃないよー」
意趣返しの後、二人して笑った。
達海くんは、ボクの相棒であり親友だ。そして自惚れでなければ、きっと彼もボクを同じように思ってくれている。
だから、お互い助け合うのは当たり前の事なのだった。
「さて、それじゃ行こっか。達海くんと遊ぶなんて随分久しぶりだから楽しみだなあ」
「そうだな……昼までは時間もある。ゲーセンでもどうだ」
「おおっ、良いねー。ゲームならこの体でもなんとかなるよ!」
胸を張ってみる。
やはり彼の身長は前より高く見えるままだった。
達海くんに身長で勝てた時期はない。だけど、こんなに差が広がった時期もなかった。目線そのものも低くなっているから、新鮮だ。
嬉しくはないけど。
「……それにしても」
「うん? どしたの達海くん。ボクの体になにかついてる?」
「いや。お前の趣味かな、と思ったんだよその服」
「……なっ」
ちょっとだけ、彼が唇の端を釣り上げた。
「何も言うな、わかってる。お前が女装趣味を持っていたとしても、最大限受け入れる努力はする」
「ちっ、ちちち違う! これは姉さんが選んだのっ! しかも女装って言ったって体は女の子なんだし!」
大声を出して、ハッとする。辺りを見回すと、何人かと目が合った。ここがショッピングモールである事を忘れていた。
恥ずかしくなり、咳払いした後声のボリュームを落とす。
「……こ、こんなでも今のボクは一応女の子なの。大変不本意ながら。だから女装じゃないの。別にボクが女装趣味を持ってるとかそんなのじゃないの」
「……女の子、なあ」
達海くんが小さく苦笑いした。
ボクの返答に対してリアクションしたのではない。
ボクの現状を再確認して、思わず……といったところだろう。
「世の中、不思議な事があるものだな」
ボクもその呟きには同意せざるを得なかった。
「……ほんとにね。
この体、前と全然違うんだもん。女の子ってみんなこうなのかなあ」
「お前はか弱い方だ、と小夜さんから聞いているが」
「病弱ってほどじゃないんだけどね」
前と比べると、明らかに鈍いし融通も効かない。身も蓋もない言い方をしてしまえば、面倒な体だった。
「男に戻りたいなあ」
小さな声が自然と漏れた。
ボクはかつて男だった――しかも手術などの手順を一切踏むことなく、女性化した。
そう言って、果たして何人がそれを信じてくれるのだろう?
だけどこれは、本当にあった出来事。
話は、数週間前に遡る――。
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