Dream over!!   作:天杜 灰火

3 / 5
諸事情により投稿できませんでした。申し訳ない……(ヽ´ω')


play ball!!③

「……これが、ボク?」

 

 ベッタベタなセリフを言ってしまったのも、仕方のないことだろう。

 

「うんうん、やっぱりお姉ちゃんの予想通りね」

 

 背後に立つ姉さんがとても嬉しそうな顔をしている。

 それがわかるのは、ボクの前に鏡があるから。

 鏡の中に映るボクの姿は、朝見た時とはまるで違う。

 まさしく変貌、としか言いようがなかった。

 はじめて新しい自分の姿を見た時から、平均以上に整った顔をしているとは思っていた。

 大間違いだ、と認めざるを得ない。

『整った』なんて簡素な言葉で表現するのが躊躇われるほど、今のボクは美少女だった。

 

「というか……むむ。満月くん、なんだか私より全然可愛いような……ちょっと複雑かも……」

 

 綺麗にとかれた白銀の髪は、珍しい色なことも相まって神秘的ですらある。

 くりくりと真っ赤な瞳は宝石のよう。

 透き通った肌の中で、唯一頬だけがほのかな桜色。透明感のある白い柔肌と、それを彩るピンク色の組み合わせはよく映える。

 身にまとう水色のロングワンピースは、シンプルであるが故に鏡の中の少女の魅力を引き立てていた。

 

「……これ、誰?」

「満月くん」

「いやいやいや」

 

 思わずボクは引きつった笑いをもらしていた。

 鏡に映る女の子も、なんとも言えない笑みをこぼしている。そんな笑顔さえ可愛いな、と思った。

 自分のことである。

 頭ではわかっているのだが、実感が伴わない。

 

「……これが? ボク? お風呂入って着替えただけだよ? 他はなにもしてないよ?」

「そうね、さっきからそれぐらい可愛かったもの。ただ、パジャマとか寝癖のせいで残念な感じに見えてただけで。きちんと身なりを整えればこうなるのよっ」

 

 感想を述べるなら、女装感がハンパではない。

 というより、実質女装だ。ロングワンピースとはいえスカートだから足がスースーする。

 でも実際はとても似合っているのだ。

 ボクの見た目が美少女すぎて。

 

「あとは仕草さえ治せば完璧な女の子ねー……はあ、今日から女の子になった満月くんに可愛さで抜かれるなんて、お姉ちゃんいろいろショックだわー……」

 

 いや姉さんも大学のミスコンでぶっちぎり優勝してたじゃん。というか言葉と裏腹に割と嬉しそうじゃん。『着せ替え人形ゲットっ』みたいな顔してるじゃん。

 と返す余裕もなく、ボクはわなわなと震えていた。

 

「ボクも複雑だよ……なんだろう……なんだろう、この……『女装してた方が魅力的』って真顔で言われた気分……」

「男の子の満月くんもカッコ良かったけど……うーん。外見の話で言えば本当にこっちの方が魅力的よね」

「はぐぁっ」

 

 悪意のない一言がボクの心を深く抉った。

 そりゃまあ、その通りだとは思う。

 でも、事実だからとはいえ受け入れられるかどうかは別問題なわけで。

 ずーん、と暗い縦線を背負っているボクを、姉さんはスルーした。

 

「でも、やっぱり外には出せないわねぇ」

 

 その視線は、ボクの胸の方へ。

 ワンピースの胸部分がちょっとゆったりしていた。少し大きいのだ。胸の部分だけ。

 それ以外のサイズはピッタリでこそないものの許容範囲内だった。

 胸だけが足りない。

 姉さんの発育が異常なのか。それともこの体の発育が悪いのか。

 姉さん曰く、ボクも大きい方ではあるらしいので恐らく前者だろう。

 

「ワンピースだからなんとなーくごまかせてるように見えるけど……今の満月くん、ブラ着けてないしね。さすがにこんな可愛い子が胸の空いたワンピース来てノーブラで町歩いてたら、五分経たないうちに犯罪が起こっちゃう」

 

 ショーツの方は姉さんのもの(未使用)を借りたのだが、ブラはそうもいかない。なにせサイズがまるで違う。

 

「今度お洋服と合わせて下着も買おうね」

「絶対やだ……」

 

 思い出すだけでも顔が赤くなる。

 とりあえずシャワーでも浴びてきて、と姉さんに言われ、軽く体を清めたボク。

 そうして脱衣場で待ち受ける、女性用の下着と服――。

 ううぅ、といううめき声が漏れた。黒歴史確定だ。文化祭の悪ノリで女装したことはあるけど、下着まで女性用にしたことはない。

 正直もう、思い出したくもない気分だった。

 

「それに、動き方も覚えなくちゃ」

「動き方?」

「そう。女の子の格好って男の子とは全然違うからね、いろいろ気を配らないといけないのよ」

 

 確かに、裾が長いからとはいえスカートはズボンと比べて心もとない。

 思わず内股になりそうだった。

 この体なら違和感さえなさそうなのが複雑な気分だけど。

 ……試しにちょっと内股になった状態で鏡を見た。

 もじもじした様子の銀髪美少女が上目遣いでこっちを見つめていた。

 うわ可愛い、と思った。

 直後、やるんじゃなかったという激しい後悔に襲われた。

 

「にやにや」

「……〜〜っ!」

 

 姉さんがわざわざそう言いながら、本当ににやついていた。

 頬が強い熱を帯びる。鏡の中の美少女は、顔を真っ赤にしていた。

 

「ふふふ……まあ、そういうのは振る舞いのひとつね。あれを男の子の前でやれば一発でオトせるわ。でも満月くん、女の子になって数時間でこれとか悪女の素質ありすぎない?」

「ち、ちがっ……! い、今のはスカートが恥ずかしくなって!」

「はいはい。そういう事にしといてあげましょー、あらやだ私ったら優しいお姉ちゃんっ」

「うぐぐ……やるんじゃなかったぁー……!」

 

 がっくりと肩を落とす。

 そんなボクの両肩を、姉さんがぽんと叩いた。ボクの頭の上に姉さんの顔がある。

 いつのまにか、その表情は変わっていた。

 ボクをからかうような顔ではない。

 それは、真摯にボクを案じてくれている微笑みだった。

 

「でも、私が言ってるのはそういう事じゃないわ。満月くんは今日女の子になったばかりだからよくわからないと思うけど…、スカートってね、案外『見えちゃう』ものなのよ」

 

 ボクだって健全な男子高校生だ。スカートがめくれ上がる光景に目を奪われたこともある。

 だけど、今となってはボクが見られる側。

 ちょっと俯いて、想像する。

 

「……満月くんの肌ってすごく白いから、ちょっとした事で真っ赤になるのね。おかげでなに考えてるかすぐわかったわ」

 

 バッ、と音を立てて顔を上げた。

 穏やかな姉さんの顔の下で、ボクがりんご飴みたいになっていた。

 

「うんうん、やっぱり恥ずかしいわよねー男の子でも。いや、男の子だからこそ、かな? 女の子はまあ、なんというか、長くスカートを穿いてると『見えちゃったらその時はその時』みたいに開き直っちゃったりもできるけど」

「いやいや、それは無理……下着を、それも女性用下着を穿いてるところなんて見られるくらいなら舌噛みきって死ぬよボクは……」

 

 もし仮に、万が一そんなところを知り合いに見られてみろ。冗談抜きで死ぬ。

 

「スカートに限った話じゃないけれど、満月くんにとってそういう嫌な事が起きないよう、ちょっとお勉強しましょっか。内面の問題はともかく、満月くんが辛い思いをするのはお姉ちゃんも嫌だから」

 

 正直なことを言えば、どうしてズボンじゃなくてわざわざスカートにしたんだろう、と不満に思っていたりもした。

 ただそれは、ボクのこれからを考えてのことだったんだろう。

 ボクはこれから、女性として生きていくことになる。

 ボクの意志に関わらず、だ。

 それがどれだけ大変なことなのか、今のボクにはまだわからない。

 けれどもう、戻ることはないのだ。

 スカートを穿かなきゃいけない場面なんて、これからいくらでも出てくるはずだ。身近な所では、学校とか。

 それに慣れさせるためのロングスカートなのだろう。

 逃げてばかりではいられない。

 

「……わかった」

 

 ボクは振り返って、鏡越しではなく、直に姉さんを見据える。

 女の子としての第一歩を、恐る恐るながらも踏み出した。

 

 

 夜空に瞬く星の光が窓の向こうに見えた。

 それを一瞥したあと、視線を天井に戻す。

 姉さんとの『女の子お勉強会(姉さん命名)』という、そこはかとなく頭の悪い雰囲気の漂う勉強会が終わって数時間。

 ボクは先ほどから、なにをするでもなく、ベッドに寝転んで天井を見上げていた。

 考えるのは、これからのこと。

 もちろん、具体的な問題はいくらでも浮かんでくる。

 けれどボクが一番頭を悩ませているのは――

 

「……達海くん、どんな顔するかなあ」

 

 親友のこと、だった。

 親友――麻耶達海。

 彼とは小学生の頃からの付き合いだ。同時に、野球ではいつも一緒に組んでいるバッテリーでもある。

 ボクがキャッチャー、達海くんがピッチャー。

 昔からの親友であり相棒である。隠し事や嘘なんて以ての外とさえ言えるほどの、深い仲だ。

 だからこそ、悩む。

 枕を抱えてゴロゴロ転がる。

 不安、だった。

 本当に、どんな顔をするだろう?

 驚くだろうなぁ。でも、そこからの反応は……。

 もし、嫌われたりしたら。気持ち悪いとか思われてしまったら。

 達海くんがそんな人間じゃないことなんて、ボクが一番わかってる。

 けれど、踏み出せない。

 事情が特殊すぎる。

 

「……でも、伝えなきゃ」

 

 独り言で自分を勇気付ける。

 いずれは言わなきゃいけないことだ。

 あとは、それが早いか遅いかの違い。

 けど、やっぱり怖いのは変わりない。

 そんなふうにボクがヘタレていると、かすかに扉を開ける音が聞こえた。

 時計を見る。夜の七時半。不自然な時間ではない。早い時はとことんまで早いのだから。

 ボクは思考を打ち切って立ち上がり、部屋を出た。

 

 ――父さんが、帰ってきた。

 

 姉さんは、いわば父さんから聞いた話をボクにも話してくれただけ。

 この現象について一番詳しいのは間違いなく父さんだろう。

 転ばないようゆっくり階段を降りると、ちょうど玄関で父さんと姉さんが話をしていた。

 父さんはボクに背を向けている形だが、その向こうで、姉さんがボクの姿を目に留める。

 

「それでね、父さん。少し話があって――あ。噂をすれば」 

「うん? どうしたんだい、小夜……って、ああ、」

 

 ボクの足音に気付いたらしい父さんが、ゆっくり振り返った。

 

「ただいま、みづ……」

 

 そうしてその静かな笑顔が、

 

「――」

 

 今まで見た事がないほどに、歪んでいった。

 父さんは目を見開いたまま、声をこぼす。思わず、と言ったふうに。

 

「夜、空……?」

 

 スラリとして、いつも柔らかな微笑をたたえている、物静かな父さん。

 感情表現に乏しい、というわけではないけれど、決して剥き出しの感情を露わにすることはなかった父さん。

 ボクにとって、『大人』というイメージがもっとも似合う人間だった父さん。

 そんな父さんがボクに向けた視線は、信じられないものを見るようだった。

 

 

 

 

 ボクは母さんの姿を見た事がない。

 というのも、ボクを産んで間もなく母さんは亡くなってしまったから。

 でも、素敵な女性だったと聞いている。ボクの父である夢原太陽と似て、知的で物静か。けれど、どこか少女のように子供っぽいところもあって。

 若いながらも、よく頼られる人だった――。

 それがボクの母、夢原夜空の評判だ。

 無論、亡くなった後にさえ後ろ指を指されるような人間はよっぽどの悪人だけ。

 いくらかの誇張はあるのかもしれない。

 けれどボクは、そうは思えなかった。

 生活していればわかる。母さんの人望は相当なものだったらしい。ご近所さんなんか、こちらから訊かなくても勝手に母さんのことを話してくれるくらいだった。

 そういう人達の目を見て、思った。

 ああ、この人達は本当にボクの母さんを好いていてくれたんだな、と。

 父さんのことも、母さんのことも、いろんな人から聞ける。

 それだけ、ボクの両親は人望があるのだろう。

 だからボクは、母さんに産んでもらったことを、誇りに思ってる。

 そして、母さんが命に代えてまでさずけてくれたこの命を、大事にしていかなきゃいけない、とも。

 

「――驚いたよ。本当に、若い頃の夜空と似ているんだから」

 

 リビングの家族用テーブルで、真正面に座る父さんがしみじみとこぼした。

 

「母さん、写真じゃボクみたいに銀髪じゃなかったよね?」

「そうだね。夜空は『ひっくり返った』わけでも外国の血が混ざっていたわけでもなかったから。髪色で言えば小夜に似ていたよ。名前の通り、夜空みたいに綺麗な髪だった」

 

 ということは、顔が似ているのだろうか。男の時は母さん似とも女顔とも言われていなかったけれど。

 ボクがはじめから女の子として生まれていたら、こんな顔だったのかもしれない。

 

「そんなに似てる?」

「正直、言わなかったけどお姉ちゃんも似てると思うな。こう、言葉にできないんだけど、雰囲気みたいなのがそっくりだもん」

「雰囲気? 中身はボクなのに?」

「うーん、そういうのじゃなくてね。中身からにじみ出る雰囲気じゃなくて、パッと見の第一印象というか、なんというか……」

 

 隣に座る姉さんが、改めてボクを眺めた。

 ボクは写真でしか母さんを見たことがない。母さんに似ている、と姉さんが口にしなかったのは、その辺りを配慮してのことだろう。言ってもわからないと思ったか、もしくはボクが気にしていると思ったのか。

 まあ、現に言われてもわからないから前者なら間違っていない。後者なら特にそういうわけでもないんだけど。

 

「ああ、いや、すまないね。さっきのは失言だったよ」

 

 謝る父さんに向けて緩く首を振る。本当に、気にしてはいないのだから。

 

「それよりも、教えてほしい。姉さんからあらかたの事情は聞いた。もちろん父さんの方が細かく知ってるだろうけど、詳しいことは後で改めて訊くとして……まずボクが知りたいのは、これからのこと。

 父さん。ボクはこれからどうすれば良い?」

 

 父さんの顔から、一瞬表情が消えた。

 その後、椅子に大きくもたれかかり、天井を見つめながら力のない笑みを浮かべて、大きく息を吐く。

 

「……そうだね。まさか、お前がそんな風になるとは思っていなかった。最後に『ひっくり返った』のは、何代も前の人だって聞いてたから」

「……」

「いろいろやらなきゃいけないことはあるだろうけど――」

 

 父さんは、ゆっくりと背中を戻し、両肘を机につけ、手を組んだ。

 

「お前は、どうしたいんだい。満月」

「どう、って……」

「選択肢はいろいろある。この町にいるのも良い。他の場所へ行くのも良い。誰か大切な人や周囲にこの事を打ち明けるのも、なにも伝えないのも良いだろう。お前がどうしようとも、僕は全力でそれを応援する。ツテには事欠かないからね、お前の望みとあれば無理やりでも叶えるさ」

「……そうね。私もそのつもりよ、満月くん。お姉ちゃんにできることなら、なんでもやるわ」

 

 二人が真剣な顔でボクを見つめてくる。

 どうしたいか。

 提示された選択肢はボクの想像を超えていた。

 この町を出るなんて、考えてすらいなかった。そうすると転校ということになるのだろうか。

 それも、アリといえばアリかもしれない。

 でも、それはしない。

 

「……ボクは、この町にいたい」

 

 だって、この町にはボクの親友がいるから。

 

「みんなにこの事を言うつもりはないよ。話が広がりすぎたら、妙な目で見られちゃうかもしれないから」

 

 自分でさえ信じられないような出来事が、ボクの身には起こっているのだ。未だに夢であることを疑う自分が心の片隅にいる。この現象はそれくらい突拍子もないこと。

 だから友達に言うつもりはまったくない。

 ひとりを、除いて。

 

「でも、どうしても伝えておきたい友達がひとりいるんだ。その友達にだけは、本当のことを話したい。それで、ボクはこれからもこの町で暮らしたい」

「……その友達というのは、もしかして、麻耶君の事かな」

 

 父さんの問いかけに、力強く頷いた。

 達海くんはボクの家族とも顔を合わせている。悪くは思われていないし、それどころか高評価みたいでボクとしても鼻が高かった。

 

「そう、か。それが満月の答えか」

 

 父さんは小さく息を吐き出して、いつも通り静かに微笑んだ。

 

「わかった。なら、あとは父さんに任せておいてくれ。新しい戸籍用の名前だけ考えておいてほしい」

「新しい戸籍? ボクの?」

「ああ。戸籍くらいならどうとでもできるが、記憶までどうこうできるわけじゃないからね、さすがに。夢原満月、なんて名前の人間はこの町にお前しかいないはずだから、まあせめて夢原の名前はそのままにしておくとしても、下の名前くらいは変えないと不自然だ」

 

 それもそうか、とボクは納得する。

 しかし、名前。

 軽く俯いて考えてみる。

 言うなれば、女の子としてのボクの名前。これから一生付き纏うものだ。いい加減には決められない。

 

「……こんなことになってしまってすまないな。満月」

 

 顔をあげると、父さんが神妙な様子でボクに頭を下げていた。

 

「夜空にも、話してはいたんだ。でも、まさかお前に『裏返り』が起こるとは思わなかったよ。……頑張っていた野球を、お前から奪う結果になってしまった。お前には、なんて謝れば良いのかわからない。僕の血を継がせてしまったせいだ」

 

 それは否定できない。

 鍛えていた肉体も今ではか弱い非力なものになってしまった。

 野球に関する技術こそ身についてはいるが、それだけではどうにもならない。

 たしかに、それは事実だ。

 だけど。

 

「父さん」

 

 静かに口ずさむ。

 

「……気にしてない、って言えば嘘になる」

 

 そして、小さく笑った。

 

「でも、謝ってほしくはないかな。ボクは、父さんと母さんの子どもで良かったって、心から思ってるんだ。だから、……だから、謝らないでほしい」

 

 きっと、父さんは負い目を感じているのだろう。

 父さんも忙しい人だ。

 家族の時間は、一般的な家庭に比べれば少ない。

 タダでさえ親らしいことをしてやれないのに、子どもの足まで引っ張ってしまった、と――おそらく父さんはそんなことを考えているのではないだろうか。

 

「父さんが気に病むことなんてなにひとつない。誰が悪いとか、そういうことでもないと思うんだ。今回の件については。むしろ、父さんだって被害者だと思うよ?」

 

 息子が娘になってしまったのだ。相当にショックだろう。

 

「だが、一番辛いのはお前のはずで――」

「それでも、父さんを責めるのは筋違いだし、謝られるのも筋違いだ」

 

 子は親を選べない。

 ボクがこんな風になってしまったのは、父さんの血筋のせいだ。

 だけど父さんだって、この血筋に選んで生まれたわけではない。自分の子供を、こんな目にあわせたかったわけではないはずだ。

 きっと仕方のないことだったのだ。なにもかも。

 

「……本当に。よくもまあ、そこまで言えるような人間になってくれたものだ」

 

 少しして、父さんが笑った。

 

「文句ひとつ言わず家のことをやってくれる小夜といい、満月といい……僕みたいな不出来な親から二人のような子が育つなんて、奇跡みたいなものだね。

 本当に良い子を持ったよ、僕は」

 

 父さんはそこで、いや、と発言を訂正した。

 

「――違うね。僕たちは、だ」

 

 その瞳は、遠くを見据えていた。

 カーテンの向こうに見える、藍色の空を。

 丸い月と星の瞬く、その夜空を。

 

 

 

 

 それからも話は続いた。

 予想通り、姉さんより父さんの方がこの現象については詳しかった。

 新たに得られた情報はいくつかある。

 が、その中でもっともボクにとってショッキングだったのは――恋愛対象のことについて、だった。

 

『それなんだけどね』

 

 父さんの、言いにくそうな表情を思い出す。

 

『結論から言うと、満月の場合はこれから男性が恋愛対象になる……と思う。体に引っ張られちゃうんだよ、その辺りは』

 

 思い出すだけでため息が出た。

 

『あ、もちろん今すぐにというわけではないよ。徐々に変わっていくんだ。最終的には……そうだね、そういったところも含めてひと月ほどで通常の女性と変わらなくなるのかな。それまでは、肉体も魂もまだ不安定な状態だ。

 その間、肉体面精神面共に辛くなることもあるだろうが……そういう時は、遠慮なく僕たちを頼ってほしい。僕に言いにくいことだったら小夜に、その逆だったら僕に、というふうにね』

 

 父さんはそう言ってくれたし、姉さんもうんうんと頷いてくれた。

 それはありがたい。

 けれど、やはりショックは大きいというか。

 またため息がこぼれた。

 幸い、それはテレビから流れる音にかき消されていく。父さんには聞かれていないようだ。

 今は姉さんがお風呂に入っている。寝るまでの間、ぼんやり考え事をしながらソファでテレビを見ているという状況である。

 ふと、唐突に父さんが声をかけてきた。

 

「……そうだ。お前にひとつ伝えなきゃいけなかったことがあるのを思い出した」

「ん、なに?」

 

 銀の髪を揺らし、父さんを見る。

 父さんは少し真面目な顔をしていた。

 

「満月。『ひっくり返る』っていうのは、当然だが体に大きな負担がかかる。もちろん昔と今とじゃ医療技術の違いがあるから、もはや一概にどうとは言えないんだろうけど……でも、『ひっくり返った』人間は基本的に短命だと言われていてね。

 ああ、そこまでひどいわけではないよ。普通の人間よりちょっと体が弱い程度だ。それにあくまで傾向の話であって、長生きした人もいたらしい」

 

 ふむ、と頷く。それぐらいなら、別に大したことではない。

 

「ただまあ、本題はここからでね」

 

 父さんが小さく息を吐いて、おもむろにボクから目を逸らした。

 

「その……なんだ。昔は、子孫を残すことが最優先だった」

「うん」

「普通の人より体が弱い……ってなると、跡継ぎを早く作ってもらいたくなるのが性だろう」

「うん」

「無論、これが理由のすべてってわけでもないんだが……だから、だね。その……」

 

 さっきの恋愛対象云々と同じくらい、父さんは言い淀んでいた。よほど口にしづらいことなのだろう。

 ただ、今更だなぁとも思う。

 こんなとんでも現象が我が身に振りかかってしまったのだから、ちょっとやそっとでショックを受けたりはしない。

 ましてや、先ほどの話もある。もうここまできたらヤケだ。あれ以上衝撃的な話などないだろう。

 ボクはニヒルに微笑んだ。

 

「平気だよ、父さん。ここまで来たら、なに言われても驚かないからさ」

「う、うん……そうか。なら、満月。落ち着いて、聞いてくれよ。単刀直入に言うから」

 

 コクリと頷く。なんだか父さんの方が緊張しているようだった。それが妙におかしくて、ボクはむしろ全然だ。

 もう何が来たって、ひどく動揺するようなことなん

 

「婚約者を作ってくれないか、満月」

 

 頭が真っ白になった。

 ピシッと固まったボクに、父さんは続ける。

 

「もちろん、男の」

「……は、はああああああっ!?」

 

 近所迷惑だとかそんなことを考える余裕もなく、ボクの大声が家中に響き渡った。

 

 

 時計を見ると、午後十時を指している。良い子は寝る時間だ。生活習慣の良さについてそれなりの自信を持つボクは、もちろんとっくにベッドへ潜っていた。

 ……潜っていた、のだけれど。

 ベッドの上で枕を抱えて転がりながら、ボクは頭を悩ませる。

 

「うー……」 

 

 婚約者。

 その単語が、先ほどからボクの頭の中を踊り回っていた。そのせいでなかなか眠れない。

 父さんの言葉を思い出す。

 

『もちろん実際に結婚するかどうかは別問題だよ? ただの建前だと考えてくれ。なんにせよ、ウチにはそういうしきたり……慣習、みたいなものがあってね。言い出すのに時間がかかった僕が言うのもなんだが、あまり構えないで良いから』

 

 父さんはそう言っていたけれど、気構えせずに考えられるわけがない。

 今日男から女になった人間に対して、いきなりそれは酷じゃなかろうか。

 いくら恋愛対象が変わっていくとはいえ、今は男に恋なんてするはずもなく。

 

「うあー……」

 

 ボクがもっとも親しい男性の友人――となると、やはり達海くんのことが浮かぶ。

 だからといって、じゃあ「達海くん婚約者になってよ」なんて言えるわけない。そもそも、現状の説明すらまだなのに。

 しかし、見ず知らずの男を婚約者に選ぶのも……。

 向こうだって、たとえ肩書きだけとはいえ、こんなまがい物の女性の婚約者なんて嫌だろう。

 

「どうするかなあ……」

 

 父さんは焦らなくて良い、と言ってくれた。だから急いで決める必要はない。

 でも、いつかは決めなきゃいけない問題だ。

 

「……むうう」

 

 ころん、とベッドの上を転がる。

 うつ伏せになった瞬間、胸が潰されてちょっと苦しくなった。

 男の時には感じられなかった感触。お風呂に入る時もかなり恥ずかしくなるのだけど、やはりボクの体はまごうことなき女の子になっている。

 部屋の鏡の前に立ってみた。

 長く伸びたまつ毛に、現実離れした色の髪と瞳。自分のことながら、アイドルをやれば有名になれるだろうなあと思う。歌と踊りさえマスターできればトップアイドルも夢ではないだろう。興味はないけど。

 そんなくだらないことを考えて、現実逃避してみたり。

 やはり、夢なんじゃないだろうか。

 またそんな考えが浮かんできたけれど、

 

「でも……」

 

 ――きっと、現実なんだろうなあ。

 ため息と共に吐き出された言葉は、小さく消えていった。




次回の更新は1/15を予定しています。こ、今度はきちんと投稿したいっ……!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。