愛に啼く月の進化論 -Gehen Sie im Licht-【蓮×ヴィルヘルム】   作:桜月(Licht)

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Extra Chapter Ⅰ Beginn des Vertrages 04

 

 

Extra Chapter Ⅰ Beginn des Vertrages 04

  

「ふッ、ざけんじゃねぇぞ、ゴラァア゛――!」

  

 寄りかかっていた街灯が怒り任せに遠慮なく殴りつけられて、べきりと真ん中からへし折れた。

 肩を怒らせて激高し、眼光鋭くずかずかと大股でこっちに近寄ってくる。

 ああ、そりゃそうだろう。

 よりによっておまえいわく黄色い劣等な俺に使い魔よろしく都合よく扱われて、あげくの果てに閨の相手だと。

 おまえからしたら立腹もんだよな。さすがに同情するよ。

 俺だっておまえの立場ならそんな扱いお断りだ。冗談じゃない。

 

「てめえら、さっきから俺を 無視(シカト)して何勝手に話を進めてやがるッ!

 黙ってるのも限界だ、アホがァア!」

 

 喚き散らしながら寄ってきたヴィルヘルムの腕が、俺の胸ぐらを掴みあげようと伸びる。

 それに思わず呆れた。

 おい、こっちにあたるなよ。俺だって被害者なんだよ。

 話を持ってきたのはおまえの上らしいそこの神父だろ。ムカついたから殴れればなんでもいいっていうのか。

 それとも、そもそもの発端が俺、っていうぶっ飛び理論かよ。

 あー、ぶっ飛んだこと思ってそうだな、おまえ。

 勘違いすんなよ、この直情馬鹿。

 抗おうとする前に、割って入ってきた神父の腕がヴィルヘルムを止める。

 まあ、当然の対処だろう。

 これで止めてこなかったら完全に交渉決裂だぞ、エセ神父。

  

「言っておくがな、俺はこんな話ッ、これっぽっちも受ける気はねえぞ!

 あたりまえだろう! 俺が、わざわざこんな極東の島国に何しにきたと思ってる!

 ここにいるツァラトゥストラをブチ殺しにきたんだ。そうだろうがよ、アアァ!?」

 

 身勝手に俺に向けようとしていた怒りの手を止められて、当然その矛先は神父に向く。

 当然の事実だと喚き散らして、ぎろりと赤い瞳が金糸を揺らす神父の顔を睨みつける。

 刺し殺されそうなほど鋭く見据えられた 表情(かお)は、何故だか溢れんばかりの同情だった。

 どう考えても場にそぐわないその表情――それに感じた、嫌な予感。

  

「あなたの言い分は尤もです。目的についても私も意見に相違ない。

 だから、あなたが断るというのなら、それはそれで構わないのですがね、ベイ中尉。

 ただあなたはもう少し、投げられた言葉の意味を考えた方がいい。

 そして昨夜、感じたはずだ。その違和感の正体ももっと吟味するべきだった。

 ――とはいえ、もう遅い。あなたの首には契約のための“首輪”がかけられたあとだ。抗うことなど既に許されない」

 

 重ねられた声に篭ったのも、表情と同じ色のもの。

 その予感を感じたのは、俺だけじゃなかったんだろう。

 可哀想な捨て犬でも見るような同情の眼差しに、怒りに震えていたヴィルヘルムの肩が、ぴたりと止まる。

 違和感を察して、困惑にふっと霧散した怒気。

 

「私は言いましたよ、これは、我が主の命なのだ、と。つまり――」

 

 眼差しは同情のまま、口元だけは笑みを讃えて、それが合図かのように告げた言葉。

 いや、実際に 合図(そう)だったんだろう。

   

「……あ?」

 

 ぽかんと、呆気にとられた顔から漏れた、抜けた声。

 だがそれは次の瞬間、空間を劈くような凄惨な悲鳴へ変わった。

 

「あ、が……っ、ぐああ――あぁああぁああアアア゛アッ!」 

 

 藻掻いて、苦しんで、細い体躯がよろめく。

 振り乱される白い髪。激痛にだろうか。足が覚束ないままに暴れて辿り着いた場所は数メートル先。

 そこに呻きながら崩れるように膝を着いて、驚愕に見開かれた赤い瞳。

 その瞳に映ったのは、血塗れの自分の手だっただろうか。

 

「ァ、――あ゛ァア」

 

 喉から絞りだしたような苦悶の声。

 ド派手に吹き上がった血飛沫。びちゃびちゃと湿った音が鼓膜を侵す。

 飛び散ったいくつもの赤い雫が溜まって足元のタイルを真っ赤に汚す。

 

 突然起きた赤い光景に、目を疑った。何が起きているのか分からなかった。

 咄嗟に隣の神父を見やれば、何食わぬ顔で平然と立っている。やっぱりこれはこいつの仕業なのか。 

 穿った視線を受けて、神父が合点が言ったというように口を開いた。

 

「ああ、申し訳ありません。藤井さんははじめて見るのでしたね。

 ――これは、 聖痕(スティグマ)

 我が主の聖槍に貫かれた者だけが持つ、服従の印。忠誠の証であり、我々黒円卓の誇りなのです」

 

 詳しくは見ての通りですよ、と結ばれて、起きている事態を把握しようと悪夢みたいな光景を濃い血の匂いに眩みながらも必死に凝視した。

 ヴィルヘルムの身体から吹き出す血は止まることを知らない。

 血塗れ。まるで噴水の 機動部(ポンプ)そのものかのように、脇腹、両手、両足から吹き出す鮮血。

 軍服は赤くしとどに濡れて、劈くような悲鳴は止まらず、襲い来る激痛にのたうちまわっている。 

 

「まったく。ベイ中尉、首領閣下がお怒りですよ。せっかくあなたを選んでくださったのに、断るとはもったいない。もう一度、よく考え直した方がいい」

 

 子供を宥めるようなあやすような声音で、ついに耐え切れずに地面に額を擦り付けるように崩れた血塗れの身体に声を掛ける。

 それにまともに言葉すら返すことができず、白い髪が月光の下に激しく乱れる。

 血塗れの軍服の腕が鮮血が絶えず吹き出す身体をきつく毟るように掻き抱く。

   

「……ッア、あ、ああぁアアあ、ぅぐ……がっア」

  

 悲鳴の合間に漏れる荒い息。必死に新鮮な空気を求めて喉が鳴る。

 激しく上下する肩。普通ならとっくに死んでいるだけの量の赤い血溜まり。

 ついには激しく痙攣しだして、細い体躯がびくびくと跳ねる。

  

 繰り広げられる悲痛な光景にどうすることもできず呆然となる。

 ろくに呼吸すら忘れて、赤く染まり続けるヴィルヘルムの身体を見つめるしかできない。

 立ち尽くすだけの俺に、この性格の悪い神父はやっと満足したらしい。悲惨な赤い景色をまざまざと見せつけてから、話を進めるために口を開いた。

   

「これでわかったでしょう、藤井さん。我が主は、本気だ。この痛みですら演技、とおっしゃられてはさすがに私も返す言葉がない。ですが、この有様ですからね、信じてくれるでしょう?」

「……ああ」  

  

 悲惨さにあてられて、嗄れてしまった声。

 ついには俺の足元までタイルを伝って溢れた血溜まりに、もう頷くしかなかった。

 これがもし盛大なブラフだとしたら、おまえらの首領はそうとう頭がイカレてるよ。気が狂ってるとしか言いようがない。

 

 これ以上この血溜まりにいるのははっきりいって嫌だ。気が狂う。

 濃密な血の匂いに、視界を埋め尽くす赤に、精神がずたずたにやられそうだ。このままじゃあマズイと脳内で警鐘が鳴っている。

 俺はもちろん、絶えず叫び続けて痙攣してのたうってるヴィルヘルムだってそうだろう。

 顔を顰めて頷いた俺に、畳み掛けるように真面目な表情で神父が語りかけてくる。

 その言葉に耳を傾けるしかなかった。何かしらの結論が出ない限り、この赤い惨状に終止符は打てないからだ。

   

「本気で、我々黒円卓の同胞をあなたに組みさせる気でいる。

 正直、これがどういう結果をもたらすのは、私には分からない。

 分からないですが藤井さん、私は副首領閣下がどういう方か嫌というほど知っている、この身をもって、それはもう重々と。

 そしてそれは、そこにいるベイ中尉も同じこと。

 いえ、副首領閣下による 福音(のろい)を彼以上に日々連々と身をもって痛感させられている者はいないと断言してもいいかもしれない」

 

 そこで一度言葉を切って、真正面から俺を見据えた金色の瞳。その鋭利さに、得体のしれなさに、ぞくりと背筋が震えた。

 

「正直、 同胞(みかた)がひとり減って 獲物(てき)がひとり増えたところで、副首領閣下がこのシャンバラに組んだ法は揺らがない。

 それぐらいのことでは、影響しない。するはずがない。私たちごときが浅慮したところで、どうこうなるような代物ではそもそもない。

 だからこの件の正否を問うのはそもそもが間違っている。我々はただその意志に従うのみ。

 ――それにベイ中尉、あなたにとってもこれは悪い話ではないはずだ」

「んッ、ぐ……、ぅア」

 

 激痛に耐える最中に唐突に話を振られて、乱暴にタイルに擦りつけられていた額が、微かに浮く。

 身体を蝕む激痛に歪む赤い瞳が、困惑の色を交えてじわり緩慢に神父を見上げた。

 向けられた弱々しい視線を受け止めて、諭すようにつらつらと言葉が続く。

 

「確かにあなたの言う通り、本来、黒円卓が打ち倒すべきツァラツストラと手を組めというのはまるで謀反のようにすら感じるでしょう。

 ――だが、違う。

 そもそも我々の目的は、このシャンバラですべてのスワスチカを開き呪法を完成させること、それこそが大義。

 それを成すために必要だからツァラトゥストラがいるだけで、スワスチカが開けば、要は何でもいいのだ。

 誰が、勝とうとも、負けようとも。誰が、生きようとも、死のうとも。

 あなたは確かにツァラトゥストラとそれに連なるものは討てないが、逆にそれ以外は討てるのだ。

 そして組みするとは言っても、それは期間が限定されている。

 契約が果たされ開放されてから、あなたは心置きなく、残ったツァラトゥストラとゆっくり殺し合いを愉しめばいい。

 ええ、邪魔ははいりませんよ、きっと。

 もちろん、それはあなた方二人が最後まで残れれば、という条件はつきますがね」

  

 届いた言葉すべてを受け止めて、肩を揺らす荒い吐息が、低く唸るように吐き出された。

 説得を試みる神父を崩れ落ちたまま見上げる赤い双眸が怒りに染まり、憎々しげに細まる。

 そんなヴィルヘルムを静かに見下ろして、神父はさらに言葉を続けた。

  

「あなたは、この戦いにおけるジョーカーのようなものだ。その役割に選ばれた、と言っていい。

 あなたが敬ってやまない黄金から、あなたは特別に託されたのだ。

 これはあくまで私の考えなのですがね、誰かをツァラトゥストラに()くのなら、この割り振りは当然かと。

 誰よりも戦いを、血と暴虐を好む、あなただからこそだ」

「あァ゛……、な……ん、だとォ?」

 

 痛みを押し殺し、切れ切れになりながら投げられた問い。

 かろうじて聞き取れたか細い声に、苦笑交じりに肩を竦めて神父が応える。 

   

「戦況を引きで見てみれば、結果あなたは戦場に集うすべての参加者と戦う権利を得た、とも言い換えられる。

 それはむしろ戦いを誉れと謳うあなたにとって、実に光栄なことなのではと、私は思いますがね。どうでしょう?」

 

 言葉をいくら重ねてもまだ強情に靡かない同胞に、最後通牒とばかりに冷酷に神父が告げる。

 それは、覆せず、抗うことなど許されない、絶対的な事実だった。

 

「中尉、断ってもいいですよ。だかしかし、あなたはやはり断るわけにはいかないでしょう。

 もう身をもって重々承知だとは思いますが、あなたの陣営転換、これは黒円卓の総意だ。

 つまり、蹴ってしまえばそれこそ謀反。あなたは叛意ありとみなされ、そうなればもう黒円卓に席はない。

 この場でこのまま首領閣下の怒りを買い、今此処で終わってしまうに違いない。

 まさか忠義に篤いあなたの死因が、その聖痕からの出血多量死などと。

 吸血鬼であると自負し、血を媒介にしているあなたにとって何たる皮肉。悲惨すぎて、こちらの目頭が熱くなりそうですよ」

「――っ、ぐぅ。このっクソがぁああぁアッ!」

 

 痛みを忘れるほど激高したのか、迸った絶叫。

 赤い双眸がこれでもかと、月を背後に睨みつける。

 力んだせいで、余計に激しく吹き出す血飛沫。びちゃびちゃと散った湿った音。

 

 ――ああ、ダメだ。これ以上放っておいたら、こいつ、本当に死にそうだ。

 地面はもう、かなり広い範囲に血塗れで、赤い水溜りを通り越してもう沼だ、これは。

 さっきの絶叫で、余っていたほとんどの体力を使い果たしたのか。血の沼の真ん中でひどく荒くぜえぜえと息を吐いている。

 ぐしゃりと崩れ落ちて、みっともなく血の水面に肩から落ちている。

 

 俺の肩を踏み潰したあの狂乱じみた姿は、もうどこにも見当たらない。

 こいつに一方的にいびりぬかれたあの時の俺のように、意識だけは屈せずに、けれど全身が満身創痍。

 痩せ細って死にかけた野犬のようだ。

 最期の瞬間まで、害を成すものに喰らいつくのをやめないと言わんばかりの瀕死の獣の姿だ。

 

「ァ……、ぐぁア、ア゛アッ」

   

 激しい痛みに潤む赤い瞳から、ついにたらりと流れた血涙。

 それは止まらずにだらだらと溢れだして、ヴィルヘルムの白い頬をどろどろに汚し、赤い沼に浸った細い顎に垂れて混ざっていく。

 赤い、涙。それはまるで本物のようで。

 透明ではないけれど、ほんとうに、泣いているみたいだ。

 

 ――ああ、悔しいんだろう、この血塗れの白貌の男は。

 だからこうして、血涙を撒き散らして泣き叫んでいる。   

 

 理屈と心情の板挟みで、苦しんでいるのが、分かる。

 ヴィルヘルムにとってこの命令は、心情だけを察すれば裏切られたようなものだ。

 だって、そうだろう。

 こいつは自分の主に忠誠を示すために、誰より真っ先に俺を殺したかった。

 そしてきっと、認められたかった。自分が主にとって有益な存在なんだと。

 それが、殺せないどころか、俺の味方をしろと。

 殺さずに、助けろと。いや、 殺すな(・ ・ ・)、と。

 こいつはきっと、戦うことが、壊すことが、殺すことが生き甲斐で、それを忠誠の形としてここまでずっと捧げてきたんだろう。

 そして生涯で一番の忠誠を示す絶好の機会を得た。ツァラトゥストラを殺す――そう、誓った。

 なのにその機会は無情にも取り上げられた。騙し討ちじみた、こんな無残な形で。

 餌を前にお預けを食らう獣同然だ。

 狙った獲物が他の誰かに食われてしまえば、自分にその機会は回ってこない。ただ食いっぱぐれて終わるだけ。

 こいつがとにかく俺を殺したがっていることは、狙われて相対したときに嫌というほど痛感した。

 既に一度、ヴィルヘルムは俺を殺し損ねている。次こそは、と心に決めていたのは間違いない。

 俺を殺せなければ、望んでいる一番の名誉は手に入らない。

 それなのによりによって、堅く忠誠を誓った――ツァラトゥストラの死を捧げたい主に、それをするなと求められている。

 それは自分の忠誠の示し方が間違っているといわれているようで、その忠誠の在り方を試されているようで――まるで主に自分が受け入れられていない風に取れる。

 ヴィルヘルムにとってこれほど辛いことはないだろう。

 だから、理屈では組みするべきだと分かっていても、心が拒んでしまってどうしようもない。きっとそうに違いない。

 挙句、組みしろと指定された相手はこいつらがいうところの極東の島国の劣等人種。黄色い猿だ。

 とくにあからさまな 人種差別(ゼノフォビア)思想を偉そうに延々垂れ流していたこいつは、よりにもよって何故と、と奥歯が割れるほどの歯軋りものだろう。

 実際、血溜まりに這いつくばった血だらけの口元から、ぎりぎり煩く聞こえるし。

   

 ああ、なるほど。これは、可哀想だ。

 高潔な御主人様に捨てられかけている、可哀想な、血塗れの獣。

 

 さすがにこれは、放っておけない。

 ――俺を殺そうとした気の狂った殺人鬼を放っておけない、とか。

 自分でも血臭に気が狂れて頭おかしくなったんじゃないかと思うけど、見過ごせないんだからしょうがない。

 

「――はぁ」

 

 深く、溜息。

 そりゃあつきたくもなるだろ。

 お人好しすぎる自分に呆れてるよ、俺は。  

 

 せっかく、敵陣営から一人脱落する――それも一番危険認定していしてる奴。

 願ってもないチャンスなわけだが、それに乗っかるにはいくらなんでも後味が悪すぎるだろう。

 これは意見が合わなくて仲間割れ、とかよくあるそういう可愛いもんじゃない。

 堅く忠誠を誓った上官直々の命令だからと同僚からえらく軽いノリで後ろからバズーカ砲ぶっ放されて瀕死の重体、暴言吐かれてそのまま見捨てられそう、という方がしっくりくる。と、いうか、まさにこの状況そのものだ。

 

 だから、ほんと可哀想なんで、拾ってやることにする。

 この、血塗れの獣を。

 もう俺も気が狂れたってことにしておいてくれ。

 迷いはあるけど見捨てられない以上、こればっかりは仕方がない。  

 

「ああ、分かったよ、神父さん。条件によってはこの話、受けてやるよ」

「ッァ、……ぁア゛っ!?」

 

 投げやりに放り投げた俺の了承の言葉。

 それに反応して、驚愕に見開かれた、血涙を流す赤い瞳。それが痛みに耐えて、顔ごとじわりとこっちを向く。

 怒りと困惑と――ほんの少しの不安が綯い交ぜになって揺れる瞳孔に、俺がはっきりと映っている。

 揺れる瞳と、視線が絡まる。

 月に照った綺麗な赤い瞳の光に、この決断で正解なのかまだ迷っていた俺の感情がかちりと定まった。

  

 ――ああ、決めた。やっぱりこいつ、俺が貰おう。

 このまま殺されちまうんじゃ、もったいない。使っていいって、いってるんだし。

 うまくやればメリットもある、神父もそう言っていた。それならいっそ、上手く使いこなしてしまえばいいんだろう。

 改めて、捨てられかけている獣に同情して流されて仕方なく拾うんじゃなくて、自分自身の意思で血塗れの獣を引き取って手綱を握る覚悟をした。

 

 そこから、少しでも有利に話しを進められるようにがらりと頭を切り替えて、こっちから神父相手に話を振っていく。

  

「だけど条件を決める前に、まず確認がしたい。

 ――そっちのいう、期間限定の味方って、いつどこまでが有効なんだ。それをはっきりさせない限り、受けるものも受けられないだろ」

 

 俄然前向きに話を検討しだした俺に、神父が一瞬だけ呆気にとられた顔をした。

 なんだよ、話を無理矢理通す気だったあんたがそんな顔すんな。こっちが調子狂うだろ。

 あからさまに顔を顰めた俺に、神父が謝罪するように苦笑を返した。

  

「それに関して、我らが黒円卓の首領閣下はこう仰っている。

 ルールの変更に関して、我々とあなたとの間で一つ、期間を限定して契約を結ぶ、と。

 ――全部で八つあるスワスチカ。それが残りニつになるまで、と。つまり、六つ目のスワスチカが開いた直後が契約の切れ目となる」

「なるほど。じゃあその六つ目が開いた瞬間から、俺はこいつに後ろから刺されないように気をつけなきゃいけないわけだな」

「ええ。その通りです、藤井さん。刺されるかどうかはそこに辿り着くまでのあなた次第でしょうから、どうぞそうならないように可愛がってやって欲しいところだ」

「せいぜいそうするよ、自信ないけど」

 

 俺の問いに応えはじめた神父相手に、そこからしばらく必要なことを確認しながら会話が続いたわけだけど。

 とりあえず、まずは期間が判明した。六つ目が開いたら、その瞬間に契約が終了、ヴィルヘルムが俺の支配下から解放されるらしい。

 正直、連中の言うスワスチカがどういうものなのかさっぱり検討がつかないが、今重要なのはそこじゃなさそうだ。

 数は八つ、儀式のために開くもの。スワスチカは戦えば開く、っていうのが分かっていればとりあえずよさそうか。

 

「さて、条件とはいったいどのようなものでしょう?」

 

 次の議題に移ろうと、逆に質問を振られる。

 それに、肩を竦めてさらっと答えた。

  

「簡単なことだろ。信じる信じない以前に、こいつは俺にとって危険だ。だから、使っていいというなら、行動に制限をかけたい。要は首輪とリードが欲しいんだよ」  

「ふむ、賢明な判断だ。むしろそうしないと、この有様では役に立ちすらしないでしょう。我が主ももちろんそのことは見越しておられる。そしてそのあたりの言質も既に頂いている。ですから、こういうのはどうでしょうか?」

 

 俺の言い分も分かる、上官もそれは把握済み、だから対策も練ってある、と。

 ずいぶん用意のいいことで。まあ実際、このままじゃあ埒あかないんで助かるけど。

 

「双首領閣下の名をもって、この場で誓いを交わした内容に限り、中尉はあなたに抗えない。この聖痕が彼を縛る。

 契約を破れば、見ての通り、死に直結だ。

 これでまだ手加減されているのですから、実際に契約を交わしてしまった場合、与えられる ペナルティ(いたみ)はこの比ではない。

 実にシンプルでわかりやすい罰だ。

 それに、中尉はこう見えて忠義に篤いのはもちろん、義理堅い人ですからね。

 一度正式に交わしてしまえば、よほどの状況でもない限り、それを破ることなどありえない。

 双首領閣下の名を冠した契約を破る、それは彼がもっと恐れる黄金への離叛に他ならないのだから」

 

 なるほどね。俺がヴィルヘルムを使役する――メインの契約を完遂させるために向こうが用意したサービスってとこか。

 血の沼に崩れ落ちた赤く染まる体躯を冷静に見下ろして続いた神父の言葉。

 それはこの赤い状況とヴィルヘルムの忠誠心の深さの関連性を的確に見ぬいたもので、その契約を本物だと俺が信じるには十分だった。

  

「現に、これが黄金の意志だと自覚した 瞬間(とき)から、彼はただただ激痛に耐えるばかり。

 納得がいかないと喚きはしても、黄金の望みを聞き届けないとはもう、決して口にしない、できない。

 中尉にとって、ハイドリヒ卿の存在とはそれほどまでに強固だ」

「――ッ! ぐぅ、ア゛……ァ」

  

 心中をずばりと言い当てられて、忌々しげに呻き声をあげる。

 こんな形で忠誠の深さを体現したとしても嬉しくないと、赤い瞳が痛みを堪えながら神父を鋭く睨みつける。

 ヴィルヘルムには悪いが、もうこっちで勝手にほとんど話は決まりかけてる。あとはもう、おまえが折れたらいいんだよ。

 このまま出血多量でリタイアされたんじゃ、せっかくの俺の覚悟も無駄になるし、これ以上この鉄臭い場所にいたいわけもない。

 だからさっさと決めてしまおう。

 要は俺の安全を一定ライン確保しつつ、ヴィルヘルムの忠誠心の働くベクトルを変えればいいんだろ。

 ついでに、そうだな。真面目に飼い慣らす方向性で持っていこう。こういう奴は一回とことん圧し折ってしまわないとダメだ。

 どっちが上か、最初に教え込まないといけない。下手に融通利かすとこっちが食われるし、どうせ契約が終わった後に殺しあうんなら鬱憤はそこで晴らさせればいい。

 交わしている契約の間くらい、とことんガマンしてもらおう。その自慢の忠誠心、遺憾なく発揮すればできるだろう。

 文句なんて言わせないぞ、ヴィルヘルム。

  

「じゃあ条件言うぞ。結構あるから。

 まず、その重々しい軍服は脱げ。士気が下がる。あと、視覚的にわかりづらい。手を組んでる間だけはわかりやすいポーズをしろ。

 ああ、 忠誠心(こころ)まで寄越せなんていわないし、そこら辺は弁えてる。

 だからせめて、身なりくらいはちゃんと足並み揃えろよ。

 あとはそうだな、名前で呼べ。ツァラトゥストラだっけ?

 そう呼ばれるのは俺が気に食わないし、気持ち悪い。服と同じで、狩る側の呼称のままってのもヘンだろ?

 ややこしい。だからそっちもついでに揃える。服と呼び方が元に戻った時が、手が切れたときだ。割り切ってて、わかりやすいし、戦いやすいだろ。

 それと、俺と俺が認めた相手に危害を加えないこと。これは絶対だ。そこが叶えられないならこの話は反故にする。

 誰しも彼しもダメだなんて、甘いことをいうつもりはない。ぶっちゃけると、一般人は別にいい。

 俺が大切にしてる奴の人数なんて片手で足りるから、それ以外は好きにしろ。

 それと、あー、劣等呼び禁止な。それ系全部お断りだ。

 さっきも言ったように士気が下がるし、萎える。こっちもいちいちキレるのも流すのも面倒くさい。

 範囲はさっきと同じ。一般人にはかまわない、止めないから好きなだけ罵ってくれ。

 あと、多少の接触は我慢しろ。慣れるか耐えるかしてくれ。危ないってかばってやって悪態つかれるとか、ほんとマジで勘弁」

 

 思いついたものを思いついたそばからつらつらと上げてみた。

 条件として必須なのはざっとこんなもんか。

 とはいえ、捲し立てた内容を思い返してみると、本当にきっちり果たして欲しいのは、危害を加えないと、接触を我慢する、の二つくらいかな。

 あとは俺の精神を楽にするようなのばっかりだったな。まあ、いっか。

 下の方から不満たらたらな歯軋りが聞こえるけど、無視だ無視。

 おまえが最初からコミュニケーションスキル低いのが悪いんだよ。

 この際だ、もっとこっちへ思いやりを持て。歩み寄れよ。俺だって寄ってやるんだよ、この人外直情馬鹿ドチンピラめ。

  

 で、どうせならと、とんでもない爆弾を最後に放り投げる。

 契約を交わせるのがこの瞬間だけなら、やれることはとことんやっておかないとダメだろう。

 別に俺は、ヴィルヘルムを飼い慣らす自信はこれっぽっちもないからな。あるのは、やるなら絶対に屈服させる、っていう気概だけだ。

 こっちだって自分の命懸けてるし、守りたいものだってあるんだからズルイだなんだと言ってられないんだよ。

  

「それと、ダメ元でもう一つ。

 ”命令”したときだけ、逆らうの禁止。ちょっとこれはチートっぽいけど、それぐらいしないと危ないだろう。

 正直、今この場だけでこいつを制御できる万能な文句なんて思いつかない。

 ああ、フェアじゃないのは自覚してるから、この命令ってのは重要な時しか使用しない。

 こいつの命を奪う、忠誠心を剥奪するとかルールが崩壊するようなことはもちろん無効だし、俺もそんなズルはしない。誓っていい。

 フェアじゃなさすぎるって言うなら、回数制限を設けてもいい。それじゃあダメか?」

「なるほど。危害を加えない、だけでは確かに心許ない。

 先ほどの条件は、足並みこそ揃うでしょうが、ベイ中尉があなたの指示自体に従う要素が一つもない。

 大切なものが奪われないだけで、いきなりあてつけに目の前で一般人の虐殺など繰り広げられてはあなたも困るでしょう。

 彼を相手に目的にそって動いて貰うには、先の条件だけでは確かに不十分と言える。

 かといって、この先どう展開していくか見当がつかず、条件を絞り込めないというのも分かる。なにしろこれは異例中の異例だ。

 しかしあなたの言うことすべてに従う、大人しく従順なだけのベイ中尉というのはこちらとしても慣れていなくて座りが悪い。

 ――ならば藤井さんの言い分通り、回数制限、それで手を打つとしましょう」

  

 最後の一つは許可が降りるか難しい条件だと思っていたけど、言ってみるだけの価値はあったらしい。

 どうやら前向きに検討されるらしく、金色の髪を揺らして顎に長い指を当てて、しばらくじっと考えこむ。

  

 それなりの間を開けて、長身の神父が導き出した数字に驚いた。

 

「――ならば、七つということでどうでしょう?

 少々多いかとも思ったが、これは、この先あなたが開くことになるスワスチカの数だ。

 あなた方が戦いに挑む最低数でもある。この数ならば不足はないとみる」

「驚いたな、そんなにいいのか? どこぞのランプの願いみたく、定番に三つ、とか言われるかと思ったのに」 

「ええ、それこそお約束的に三つか、切り良く五つか。

 そのあたりで考えていたのですが――やはり、凶暴な獣の 調教(しつけ)にはずいぶんと手間が掛かるような気がしましたので、サービスで上乗せしておきました。

 正当じみたちょうどいい理由もありましたしね。なので藤井さん、遠慮無くどうぞ」

「そりゃどうも。ありがたく 調教(しつけ)に精を出すことにするよ」  

 

 これで、やっと条件がまとまった。

 この内容ならこの血塗れの獣にそれなりに言うことをきかすことはできそうだ。もちろんこれっぽっちも気は抜けないが。

 俺がルール変更を条件付きながら受諾したことで、やっと“お許し”が出たんだろう。

 ヴィルヘルム自身が認めていないから、まだ完全に激痛から解放されてはいないみたいだが、さっきまでよりはだいぶ聞き取りやすくなった悪態が鋭く耳に届く。

  

「ァ……ア゛、おい、てめえら……ッ、人を犬猫みたいに――ッ」

  

 そうやって吠えると、ほんとうに手の掛かる 動物(ペット)みたいだ。

 ご丁寧に、ぐるぐる喉までなってるし。

 

 まさか殺人鬼を飼うことになるなんて、思わなかったな。

 引き取った時点で血塗れで瀕死で、なんかいろいろ面倒くさそうだけど。

 

「諦めろよ、ヴィルヘルム。おまえはもう、俺につくしかない。こんなところで死にたくなんかないんだろ?」

「それ……は――ッ」

 

 言い聞かせるように言葉を掛ければ、予想していたよりも詰まった声が返ってくる。

 ああ、これはもうひと押しだな。

 こいつ、頭が悪い方の馬鹿じゃないみたいだからやっぱり頭では理解してるんだろう。もう、どうしようもないことくらい。

 このふざけた戯曲の 脚本(シナリオ)を、覆せないことくらい。

 こいつはただ、心に折り合いがつけられなくて暴れてるだけだ。

 だったら飼い主の務めとして、なんとかしてやらないといけないだろう。

 じゃないと、いつまで経ってももつれて帰れない。

 こんなところでずっと、傷だらけで血塗れで喚き続けるのは、もう許さない。

 

 だから湿ったタイルを踏みしめて、歩く。足元の血の沼が、踏み込むたびにぴちゃりぴちゃりと水音を立てる。

 ――辿り着いた血塗れの獣の前に、しゃがみこんだ。

 側に寄った俺を緩慢にゆるりと見上げた赤い瞳を、覗き込む。視線を合わせて、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

     

「今ここで、おまえが主の命令を断っても、俺がおまえをいらないって断っても、同じだ。おまえは聖痕に殺される。

 それだけじゃない、俺が途中でやっぱりおまえをいらないっていっても、負けたりして、何かを理由に契約が果たせなかったとしても、いっしょだ。

 勝ち抜いて契約を果たさない限り、聖痕に殺される。詰んでるよ、おまえ」

 

 敬愛する主に嬲り殺されるなら本望、とか。そんなマゾっぽいおとなしいタイプじゃないだろ、おまえ。 

 手柄の一つもあげられずに逝くとか恥ずかしくてやれねえとか、そういう好戦的で前向きなタイプだろ、おまえ。 

 ならそんな心なし半ばで自害するような真似、したくないだろう。なにより、その自害は黄金への不忠だ。

 たとえ今、どんなに悔しさと失意に呑まれていようと、それをこの男が良しとしないことは溢れて広がり続ける鮮血の血溜まりに証明されている。 

 

 それなら答えは簡単だ。

 やることやって、すっきりしてから俺をぶっ飛ばせばいい。

 主が望んでお前にその役目を託したなら、望まれていることを喜んで、きっちり果たせばいい。

 見せつけてやれば、いいだけの話だ。

    

「求められてるんなら、いいだろ、それで。

 ――だから俺に従え、ヴィルヘルム」

 

 強く、言い切る。異論なんて認めない。

 そうするしか、おまえに道はないだろう。

 

「ァ、――……」 

 

 か細い声を漏らして項垂れた白い頭が、赤い水面に向かって落ちる。

 だけどもう、歯向かう言葉は吐かなかった。

 不本意には違いないが、認めた、黄金の意思に従う、ということだろう。 

 

「では、契約を交わすとしましょうか。

 ――ベイ中尉も、それでよろしいですか?」

 

 話はまとまった、あとはもう契約を果たすだけ。

 そう結論づけて、俺の側に神父が満足気に歩き寄ってくる。

 リミットを匂わされ、血溜まりの中から焦ったように一つ、問いが投げられる。

  

「……ッ! 確認だ。

 ――俺はッ、何を何処まで許され、てる?」 

 

 契約を交わすというなら、確かに当事者であるヴィルヘルムの疑問を解消する義務が神父にはあるだろう。

 俺ばっかり優遇されるのは当然間違っている。

 咄嗟に投げられた問いはシンプルで、これ以上ないほど的確だったと言っていい。

  

「それは、どこまで藤井さんに肩入れしても許されるか、叛意扱いされないか、という意味ですかね。

 でしたら、どこまででも、と答えましょう。

 中途半端なことはされない方々だ。味方につけ、というならそれは全力をもってそうしろということ。

 例えば我ら黒円卓の内情を喋ったところで罪にならず、あなたの知り得る同胞の情報、この度執り行われる儀式の詳細。

 すべて、話してしまって構わないでしょう。

 もとより、放おっておいてもいずれ知れることだ。それぐらいでは叛意とはみなされない。

 さらにいうなら、同胞殺しも公にして可だ。

 双首領閣下にさえ血の杭を向けなければ、あなたの忠誠は他に何をしようと一切疑われることはない。

 そしてそれは逆のことも言える。契約を切られぬよう、藤井さんに嫌われさえしなければいい。

 そうすればどちらの叛意も防ぐことができる。あなたの命は、繋がれる」

 

 告げられた神父の言葉を一言一句聞き逃すまいと、血で真っ赤になった手袋の指先がきつく握りこまれる。

 険しい顔で睨めつけながら答えを聞き届けたあとに、一度すべてを受け入れるようにふっと赤い視線が血溜まりに落ちた。

 そして次の瞬間俺の鼓膜を打ったのは、現状を受け入れ、黄金に新たな忠誠を誓った獣の勇ましい宣言だった。

 

「――分かっ……た。いいだろう、受けて……やるッ!

 全部が終わったら、お…れが、俺がァ、ツァラトゥストラをぶっ殺すんだからなァア!」 

 

 響いた絶叫に、傍らに立つ神父の 表情(かお)が愉快げに歪む。

 

 結局、この神父の思う通りに話が進んだわけだ。

 だけどそれは別にいい。

 俺にメリットがないわけじゃないし、ここから巻き返して望まない方向へ話を変えてやればいい。

 この先、機会いくらでもあるだろう。ぶん殴るなり、出し抜くなりして、この食えない神父にやり返してやればいいだけだ。そこに関してはヴィルヘルムも文句はないだろう。

 とはいえ、一筋縄じゃいかなそうな相手だ。整った神父の横顔をちらりと盗み見てこっそり小さく溜息をつきながら、すくっと立ち上がった。

 

「では、話はこれでまとまり、無事にルールの変更は成される。

 正式な契約は、改めて後ほど行うとして――……」

 

 大仰に両手を開いて満足そうに語りだしていた神父。それが何故か言葉を途中で切って、ふいに困ったようにふっと苦笑して。

 一度だけ、何かに呆れたように困ったように表情が崩れる。

 

 そしてすっと、黄金の瞳を隠すように閉じた瞼。次に浮かんだ表情を、俺はどこかで見たことがある。

 ああ、そうか。

 こないだ教会で、玲愛先輩の前で浮かべていたのとまったくおなじだった。親心でいっぱい、なんでだかそんな顔をしてる。

 まさかこの局面で、そんな顔をされると思わなかった。

 呆気にとられた俺と、揃って呆気にとられた血だらけのヴィルヘルムをそれぞれ見やって。

 その顔に似合った優しい声音で、一度切られた言葉が再び紡がれていく。

    

「約束しましょう。私たちはしばらくあなたたちに手を出さない。

 そちらの陣営が整うために準備が必要だ。それにはしばらく時間が掛かるでしょう。

 中途半端な状況でなし崩し的に戦争を始めてすべてが有耶無耶に終わってしまえば、双首領閣下がベイ中尉を藤井さんに預けた意味がない。

 この件は私に指揮権が一任されている。壮大で、盛り上がる舞台にする責任が私にはあるのですよ」

 

 言葉の内容こそ、黒円卓の聖餐杯としてのものだったが、紡ぐ声音は穏やかだった。

 浮かべている表情は、誰かを傷つけるなんてしなさそうな、本物の神父らしい人好きのする優しい笑みだ。

 先輩に向けていたのとおなじなら、きっとそれは本心からのものなんだろう。

 

「――ですから、しばしの停戦を」

 

 それが双首領の名を冠した重大な契約を前に、聖餐杯として前途多難な俺たちへ贈る温情な措置だと神父がにこやかに 微笑(わら)った。

 

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