夢見心地を得るつもりなど、塵ひとつ分すらも無かった。
しかしてこの世は、私が思う以上に奇怪なモノだった。
「ゾフィーさん。ちゃんと食べなきゃ元気になれませんよ?」
「……別にいいわよ」
「それじゃフィーネ様に頼まれてる私が困るんですっ」
「随分と勝手な言い分ね」
「はい、あーん」
「……自分で食べられるわよ」
死を迎えたと思った私は奇異な事に、三度目の目覚めを経験した。
オルトフィーネと言うあの男の子孫が語るに、私のカラダは膨大なレイラインの力を魔石を用いて無理矢理に使役した影響で変異し、並みの人間のソレすらも逸した物へと成り代わっていたらしい。
加えて、その変異はあの末裔も同様だった。
「あはは、フィーネ様は怒ると怖いんですよね」
苦笑しながらそう語る末裔は、車椅子に乗っている。
最初はあの衝撃を受けた影響だと思いもしたが、どうやらアレは私の所為だったらしい。誰もその事実を語ろうともしないが、それが返って私に確信させる。
「ねえ」
「え、私ですか?」
呼ぶと、末裔は意外そうな顔をして自分を指差す。
何ら嫌な顔を見せないその様子に、異常なバツの悪さを覚える。
「どうして……私を咎めないの?」
「咎めないって、どうしてですか?」
私に言わせるのか、それを。
まあ、それも贖いの一環か。
「足、満足に動かないんでしょう?」
「ああ、コレの事ですか。少し残念ですけど、私はまだこうして笑えてますし、別にゾフィーさんを咎める事なんてしません。と言うか、そんな必要なんてないですっ」
どうしてそんな目がをしていられるの?
これじゃまるで、死んで尚も生前の恨みを持ち続けていた私が滑稽じゃない。
「辛い、ですよね?」
目が覚めてから身の回りの世話をしてくれている使用人服姿の、名をロッテと言う少女が、俯いた私の顔を覗き込んでくる。
「イゼッタさんってすごく優しい人なんです。だから誰も恨んだりとかできないんですよ。それが返って厳しいのかなぁ、とかって思うんですけどね、私は思うんです。そうする事で自分で悔い改めさせてくれているんだ、って」
多分、無自覚でしょうけど。最後に悪戯っぽくそう加えてロッテは末裔の方へ向いた。
優しさは時として他人を傷付けるもの。そう思ってはいたが、ロッテの話を聞くと納得させられた。本当の優しさとは、どこまで行ってもその人間への思い遣りを備えているのだと。後は受け手側の捉え方次第なのだ、と。
「ここまで至って、未だ学ぶ事があるだなんてね……想像もしてなかったわ」
誇らしげに華奢な胸を張って見せるロッテ。
その向こうで無邪気な笑みを浮かべる末裔――いえ、イゼッタ。
生まれ変わる、とはよく言った物で。正に今の私はそんな心地に包まれている。
三度目の生、今回ばかりは間違えないように生きたい。そう願うばかりだ。
ここがどこなのか、詳細な事は分からない。が、どこか森の奥に構えているのだろう事だけは、窓から見える景観で察しはつく。
朝が来て目を開けると穏やかな鳥たちの声に迎えられ、次いでロッテが台所で朝食を拵えている姿が目に入ってくる。毎朝、その良い香りに胸を踊らせられる幸福は、何物にも代え難い。
いつも私より先に目を覚ますイゼッタは、決まってロッテの手伝いをしている。車椅子を器用に使いこなし、料理をする彼女の邪魔にならないように食材やら食器やらを運んでいる。
「おはよう」
「おはようございます、フィーネさん」
イゼッタは今日も変わらぬ笑顔で返してくれる。
「おはようございます、今日は一段と顔色が良いみたいですね。そろそろ立って歩くリハビリとか始められそうですね」
銀色のボールを片手に、ロッテは私の体調を鑑みながら返してくれる。
立って歩く。今更に私がその単語を聞き苦しく思ってしまうのは、返ってイゼッタに失礼というものか。
「一日でも早く、この寝た切りの生活とはおさらばしたいわ」
しかし、こうして意欲を見せるのが良い事なのかも分からない。けれど、私にはこう返す事しかできない。それ以外の方法を私は忘れてしまっている。
言って気付いたが、復讐心を持つ以前の私がそれ以外の方法を知り得ていたのか、思い出せない――いや、そもそもそんな記憶なんてこのカラダに残ってなどはいないのかもしれない。それどころか、生前の記憶が残っていること自体が不自然だ。
芽生えた違和感は、ロッテが運んで来てくれた朝食の味を鈍らせた。
その日の午後、ロッテはオルトフィーネに呼び出されたらしくこの家を出ていた。
居心地の悪さを感じている訳でもないが、今朝方に芽生えた違和感も手伝って私とイゼッタはお互いに会話も交わさないまま、ただボンヤリと過ごしていた。
「あの……」
そんな時、唐突にイゼッタが口を開いた。
「えっと、なに?」
「あっいえ、特に用事って訳じゃないんですけど……」
少しだけキツい言い方になってしまったのかもしれない。
イゼッタの声は萎縮したように、言葉尻に向かうに連れて小さく萎んでしまった。
「ごめんなさい、怒ってるわけじゃないのよ」
「あっ大丈夫です、わかってます」
分かってなさそうな顔だけれど……。
「えっとですね、ゾフィーさんて小さな頃どんな人だったのかなぁ、って思ったんです」
「それに答える前に、先ずはひとつお願いしたいんだけど」
「な、何ですか……あっ大丈夫です、笑ったりしませんよ?」
「そんな心配はしてなかったんだけどね」
「あっ……ごめんなさい」
どうにもギクシャクしてしまう。
故に、それを是正する為の提案を今からするのだけれどね。
「私に対してだけは、その謙った物言いや態度をしなくて良いわよ。別に私はあなたよりも上の立場って訳でもないし、逆に言えば、私の方がそうする必要性があると思うのよ」
「そんなっ、ゾフィーさんこそ謙ったりする必要なんてないですっ」
「そ、そう?」
「はいっ」
この子はどこまで純朴で、聖人なんだか。
「とにかく、お互いにもっと自然体でいましょう?」
「ぜ、善処します」
「お願いね」
自然と自分の口元が綻んでいるのに気付いた。
「それじゃ話を戻すけど、率直に言って私にその記憶は残ってないわ……ううん、そもそもそんなのは存在しないハズなの」
「存在、しない?」
「ええ。私のこのカラダは連中が語る所のクローンと呼ばれる物で、本来の私のカラダとは全くの別物なの」
「それって……じゃあ、ゾフィーさんの中にある昔の記憶って――」
「恐らく、憎しみという単一の感情に付随した簡略的な物だけだと思う。それこそ、文字通り遺伝子レベルに刻まれてた、ほんの断片的な部分だけ」
イゼッタに聞かせている内、自分の中での整理も終えられた。
つまり私が憶えていたのは、死の間際に強く抱いたひとつの感情に由来する物だけだったのだ。だからこそあの男の顔ばかりは憶えていても、それを喚起させた際に思い起こされる感情が憎悪と呼ばれるものばかりだったのだ。
けれどそれなら何故、私は自分が殺された経緯を克明に憶えているのだろうか。
「私、難しい事は分からないんですけど……レイラインが、この世界がゾフィーさんの事を憶えていたんじゃないんでしょうか?」
「世界が、憶えていた?」
おずおずと語り始めたイゼッタだったが、次第にその声に力が宿り出す。
「そうです。レイラインの力を借りる時、自分の中に何かが流れ込んでくる感じがするじゃないですか? あれってきっとこの世界が憶えてる、この世界の人々の記憶とか想いとか、そう言うのが伝って来てるんじゃないんですかねっ」
言い切った途端、イゼッタは赤面して俯いてしまった。
何を恥じているのかは分からないけど、どうにも自分の中で払拭し切れない羞恥心を抱いたのだろう。
「ふっ――ははは、そうかもしれないわね」
「ちょっとファンタジー過ぎましたよね……」
「良いじゃない。魔法だって普通の人にとっては相当にファンタジーよ?」
そう返してから、私たちは二人して笑い合った。
レイラインが記憶していた、か。何の確証もない話だけれど、何故か私にはすごく納得のいく結論に思えた。
あの力はそう、借り受け使役していた私ですらその神秘性に魅入らされる事が度々あった。言い様のない、すごく強大でいてどこか温かい力。時にはその強大さに背筋を凍らしそうになる事もあった。でもそれが様々な人の想いや記憶だったと考えれば、少しだけしっくりくるものがある。
しかし、考えたところで私たちが答えを知る事はない。それなら、少なくとも私たち二人が納得できているのであれば、一旦この場ではそれが答えだと据え置いても良いだろう。
そう思う事にして私とイゼッタは、ロッテが返ってくる頃まで他愛もない話で盛り上がった。
最初からツッコミどころ満載な感じですいません(確信犯
あと数話はこんな日常系やってる感じですかね、多分……
追記:修正箇所について
レイラインがレイランになってました(恥