Fate/Grand Order ■■特異点 魔海狂想都市ルルイエ 作:クトゥルフ時計
「さあ少年、君が今ここを生き抜きたいと考えるのなら、その頭を使え。私たち〝駒〟を十全に扱うのは、どんな大軍師を以てさえ君には敵わない」
キャスターが言う。その言葉に奇妙な重みを感じるのは、きっと不思議なことではない。
初めて会った彼。名前も知らず、素性も知らない。でも、死にかけていた自分を助けてくれた彼。
どんな思惑があってのことかは知らない。もしかしたら、都合よく利用されるだけかもしれない。もしも彼に何か目的があって、それを達したら捨てられるだけかもしれない。
信じて、いいのか?
立香の脳裏に一瞬の疑惑が過る。しかしすぐに、その思考を捨て去った。
――――やめよう、こういうことは。
疑うなんてガラじゃない。どちらにせよ、彼が助けてくれたお陰で立香は生きている。それは疑いようのない事実だ。
なら、信じよう。向こうがこちらの指示に従ってくれるのならば、その力を使いこなすことがマスターの勤めだ。
ならどうするか。立香は今までの戦闘を想起する。
冬木、オルレアン、セプテム、オケアノス、ロンドン、アメリカ、キャメロット。それらの修羅場を、果たしてどうやって潜り抜けてきた?
策を弄し、術を巡らせ、そして最後はどうやって勝ち抜いてきた?
――――そんなもの、最初から決まってる。
「キャスター」
この一言を発せば、闘いは始まる。それが合図なのだ。いつだってそうしてきた。躊躇う必要はない。
「――――彼女を倒して」
「
ゾクリと底冷えする声。構わない、と返答する。カルデアに彼女の霊基は保管されている。それがある限り、どれだけ消えようと再び呼び出すことができるのだ。
出来れば殺してほしくないというのが本音だ。しかし、彼女は錯乱を通り越して発狂している。仮に殺さずに制圧したとしても、あの状態から正気に戻す方法を立香は知らない。ならば、少し残酷だが一度こうするしかないのだ。
その意思を汲み取ったのか、キャスターが笑う。
「構わない、か。判断の早さは称賛に値する。ならば私は、仮とはいえ君のサーヴァントとして、マスターの英断と決意を無碍にするわけにはいかんな」
キャスターが手に持ったメスを星明かりに輝かせる。
「安心したまえ。私の
◇◆◇
その闘いは熾烈を極めた。
普通キャスター同士の闘いと言えば、権謀術数卑怯奥の手何のそのの外道が蔓延る闘いになるのだろう。事実立香もそう考えていたし、如何にも知恵者と言った風貌の彼が、まさか正面切って肉弾戦に臨むとは考えられなかった。
しかし、狂乱したエリザベートがカボチャを投げつけてきたり、三ツ又のフォークで突き刺そうとしかしてこない知恵などとは程遠い戦法しか取ってこないのを見たキャスターは、何を思ったか愉しそうに笑いながら、
〝面白い。そう来るのなら応じてやるのも私の勤めだ〟
そう言ってメス片手にエリザベートに突っ込んでいった。飛んでくるカボチャの表面に軽くメスの刃をなぞらせて無力化――何故か彼の殺したカボチャは
がら空きの腋に右手のメスを突き入れようとするが、後ろから接近していたカボチャが足にぶつかってきたためバランスを崩し、今度はエリザベートがキャスターの腹に蹴りを入れた。二人の距離は離れ、状況はリセットされたと言ってもいいだろう。
「……これは驚いた。なあマスター、彼女は本当にあのエリザベート・バートリーなのか?少なくとも私の知る歴史に、彼女が竜の某だとは記されていなかったぞ。……ああいや、家紋がそうだったか」
悠長に呟くキャスター。生死のかかった闘いだというのに、何故彼はこんなに暢気にしていられるのか、実に不思議である。
と、そこに足を滑らせながらも漸くマシュが戻ってくる。
「マスター、無事なようですね!?大丈夫ですね!?」
重そうな盾を手に提げ、明らかに狼狽しながらも走る彼女が立香に迫る。
「うん、大丈夫だよマシュ。そっちも怪我はないみたいだね」
立香はその紫の鎧の少女を視認すると同時に、目に見えて安堵する。ずっと隣にいた頼れる仲間だ。彼女の強さと気丈さは、いつも立香に勇気を与えてくれる。
その様子を見ていたキャスターのクツクツという笑い声で、二人は二人だけの世界から現実に引き戻された。
「いやぁ微笑ましい。でも今はそういう状況ではないだろう。そうは思わないかね?」
口許に手を当て笑うキャスター。マシュは自分の行いに恥じ入り、少しだけ顔を赤くした。
それに、とキャスターが言葉を続けながら、上から襲いかかってくるカボチャを迎撃する。
「あっちはもう待ってくれないみたいだ」
視線で示した先。数多のカボチャ達の奥。そこにはかの悪名高き〝監獄城チェイテ〟を召喚し、大口を開けているエリザベートがいた。立香とマシュにはわかる。あれはエリザベートの宝具発動一歩手前の状態だと。
キャスターはこの状況においてもなお愉しそうに笑いながら、ちゃっかりとマシュの後ろに隠れる。
「さて頑張れ少女よ。ああいうのを防ぐのは君の役目だ」
「わかってます!」
真剣な表情でマシュが盾を構えた。瞬間、エリザベートの口から放たれた宝具の名と音という暴虐の嵐。
「
その言葉は、その歌声は大気を揺らした。文字通り、そのままに。直撃すれば大怪我は必至の宝具。対するは、穢れなき白盾。
「
迫り来るエリザベートの宝具を正面から受け止める。その心に曇りが無ければ決して崩れることなき鉄壁の守りは、必然と言うべきか後ろにいる立香とキャスターに傷一つ負わせることなく彼らを守り抜いた。その白盾に一切の穢れはなく、気高き白を湛えている。
守りきったからと言って油断は出来ない。敵は反英雄と名高きエリザベート・バートリー、その狂気に呑まれた姿だ。予想も出来ない突発的な行動を起こす可能性も否定出来ないのも事実。
しかし、次に彼女を襲ったのは、カボチャでもエリザベートでもなく、一つの大きな地響きだった。
「ッ!?」
足下が揺れる。見る限り石造りのこの都市を揺らすほどの
が、そのせいで盾を構える体勢が崩れた。これを好機と見たのか、エリザベートが再び大口を開ける。まずい。今度は、間に合わない――――。
「いいや、よくやってくれた。あとは私の仕事だ」
マシュの横から一筋の光が飛び出した。それは後ろにいたキャスターが放ったメスで、それは寸分違わず
「姿勢が崩れかけたのは向こうも同じだ。その一瞬の隙さえあれば、どうにでもなる」
淡々と告げながら、キャスターはぬめる床を凡そキャスタークラスとは思えない速さで疾駆すると、エリザベートに刺さっているメスを逆手で掴み――――、
「君たちは目を瞑っていたまえ。ここから先は、大人の時間だ」
「――ッ、――――!」
悲鳴は、上がらない。ただひゅーひゅーという空気音がエリザベートの喉から聞こえるのみ。それでも死なないのは、さすがサーヴァントというべきか。
彼女の目から大粒の涙が流れ落ちた。声を出そうとしても、どんなに泣き叫ぼうとしても、その声帯は意味を成さない。彼女の
「――――! ――――ッ!」
エリザベートは狂乱した手付きでフォークを振り回し、意趣返しのつもりかキャスターの喉元へと放つ。しかしキャスターは少し頭を傾げてそれを躱すと、次は右腕の健を断ち切った。
さながら狂人の相手は慣れていると言わんばかりの軽やかさでエリザベートを翻弄する。残る左腕、両足もすぐさま裁断すると、とうとう立つ力も失ったエリザベートは、その重みに従いへたりこむ。その瞳に、既に生気と狂気はない。
キャスターはその胸元にメスを宛がった。
「……エリザベート・バートリー。まずは謝罪しよう。君に痛みを与えたこと、君に傷を負わせたことを、私は謝罪する」
それはまるで、子供に語りかける町医者のような優しい声音だった。エリザベートは何もせず、ただ聞いている。
「君の不運は
コクリと一つエリザベートは頷いた。それを確認して、キャスターは最後の言葉を投げ掛ける。
「それでは、エリザベート・バートリー。君の次の目覚めが、どうか有意なものであるように」
刃が、彼女の胸を抉った。現界の戒めは解け、エリザベートの身体は光の粒となって消えていく。次に会うのはカルデアでだろう。
キャスターの白衣についた血も、それに従い消えていく。メスを下ろし、振り返った先には。
「目を逸らさなかったのか。素直……いや、愚直と言うべきだな、マスター?」
目を塞がず、目をそらすこともせず、ただ真っ直ぐとキャスターを見つめる二人の姿があった。
何かを訴えるのでも、何か問うのでもない。ただひたすらに、じっとこちらを見詰めるのみだ。
「なあマスター、それと……マシュと言ったか。言っておくが文句は聞かないぞ。君は彼女を殺していいと答えたし、私はその通りに彼女を殺した。そこに齟齬はないだろう。他の方法は、あったかもしれないがね」
「……いや、感謝してる。あなたがいなかったら俺は間違いなく死んでたし、マシュだって危なかった。……それに、結果論だけど、最初に喉を切ってくれたことも」
最後は小声だった。
もし彼女の喉を自由にしていたら、全身を刻まれる苦痛に絶叫していたことだろう。いつだって、敵になったサーヴァントと戦ってきた立香やマシュだが、それでも、何も思わないかと言えば嘘になる。
それで、と立香は言い、
「もう敵はいないんだし、そろそろあなたの真名を教えてくれてもいいんじゃ?」
それも尤もな発言だ。名前を知ることは、互いの信頼関係においても重要な役目を果たす。それはキャスターも重々承知していた。
そしてこれは聖杯戦争のように真名から弱点を推察し、生き残りをかけた大勝負をする舞台でもない。故に隠す必要はないのだ。――――だが、
「いや、ダメだな。確かにこれはマスターとサーヴァントが鎬を削る聖杯戦争でなく、現れた特異点の修復と修正のための戦いだ。それでも、ダメだ」
キャスターはそれを否定した。何故、と立香は問うた。
「ここはそういう常識が通用しない所だからだ。普段は気にも留めないものが凶器となり、狂気となる場所。どこで誰がどんな姿でこの会話を聞いているかもわからない。だから、私は名を明かさないのさ」
――――そういえば、君たちはここが何処だか知っているかい?
不意に投げ返されたその問いに、立香は首を振る。
「なら教えてあげるとしよう。
ここは南緯47度9分、西経126度43分の太平洋沖。地図にはなく、歴史にも一度たりとも姿を現さない、アトランティスとはまた別の、古代に沈んだ海底都市。
名を〝ルルイエ〟。神の寝床だよ」
飄々と告げられた、都市の名前。
その本当の恐怖を知るのは、まだ先の話。