やはり俺の青春ラブコメはまちがっている.   作:黒虱十航

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10 彼ら彼女ら我々は答えを待ち望んでいる。

少し遅れて二人で会議室に向かう道中、お互いに言葉を交わすことはなかった。気まずいという感覚が無い訳がないのでそのせいで黙ったというのもある。単に気恥ずかしいというのも大きな理由だがそれ以上に演技に入り込んでいるというのがある。

凍てついてしまいそうな突風が俺の頬を掠めてそのたびに、自意識の化け物が暴れていた。決着をつけたように見せていても納得してくれない自意識の化け物は俺の骨の髄まで噛み砕いてしまうように感じた。上手く言葉に出来たとしても誰も傷つかない世界を完成させたとしてもきっとこの化け物は納得してくれない。どんなに本物を見せてもそれが本物であるのだと納得してくれない。陽乃さんよりも恐ろしくて俺よりも腐っているその化け物は、きっと望んでいるものがあるわけでもないし拒絶したいものがあるわけでもないのだと思う。

ただ、本物を認めてしまうと自分の存在が否定される気がするから本能的に認めていないのだ。それはきっと違和感とかそういうことよりももっともっとおぞましい感情だ。

「遅れてすいません」

会議室に着くと茅ヶ崎は笑顔でそう言った。そう。それで良い。そんな風に笑顔になってくれなかったら誰も傷つかない世界にはならない。誰かが我慢して傷を気付かせないようにした世界を誰も傷つかない世界だなんて呼ばせはしない。それは、俺が最も嫌った欺瞞でしかないから。

「すまん」

小声でそういってから俺は、机がコの字にならんだせいで一部だけ机がないところに向かった。堂々と仁王立ちして真っ直ぐと前を見て目を見開く。蕩けるような熱を発しながらも目尻を熱くして涙をぽろぽろと流す。

「え? ヒッキー?」

「比、比企谷くん?」

「お兄ちゃん……?」

「何……やってるんですか? せ、先輩?」

俺の醜態を見た小町たちは意味が分からないといわんばかりに声をもらした。まあそりゃそうだろうな。あれだけクールぶってる俺が急に泣き始めたんだもんな。俺だってそんな奴が急に泣き出したら驚くし軽く引く。

小町たち以外にもあちこちで『何、あれ?』という声が聞こえた。その声はだんだんと拡散されていって雑談に変わっていく。少し間を空けるとこれだから駄目だ。

「海浜高校の皆さんすみませんでした」

小学校の頃に一度だけ、学級会で吊るし上げにあったときにだけ流した涙を高校生になって何度も流している。俺も弱くなったものだ。涙もろくなったし軸もぶれるようになった。

ただ、今回の涙は俺が強くなったことを示してくれるものだ。

「お兄ちゃん、どういうこと?」

誰よりも早く立って俺に質問してきたのは小町だった。雪ノ下も由比ヶ浜も質問しかねているのかと思ってちらりと見たがそんな様子には見えなかった。

だからこそその視線は肌に張り付いてしまった。

「怪盗サンタクロースっていうのから予告状が来ただろ? あれの正体、俺なんだよ。海浜高校で起きてる事件も俺の指示だ。今回のクリスマスイベントの問題全般、俺のせいだから」

嘘をついている。雪ノ下も由比ヶ浜もその嘘を見抜いてしまうかもしれない。俺の渾身の演技でも気付かれる可能性はある。二人に嘘をついたとき、成功した記憶がない。文化祭のときも俺の企みを全て見抜かれてしまったしクリスマスイベントの時に勝手に一人で動いたのもすぐにばれた。修学旅行で俺が何をしようとしたのかだってものの数秒で分かられた。俺の行動に意味が無いことを彼女らは知っているし俺の行動の意味を言わなくても分かってしまう。

分かったとしても分かってほしくない事はあるが間違った俺の願いが届く事はない。

「え? えーっとそれってホントですか?」

習志野が俺に尋ねてきたので嗚咽を漏らしながら頷く。醜悪至極の俺の姿をもしも鏡で見てしまったのならば俺は何時間後悔し続けるだろうか。海浜高校の連中も俺を蔑む目で見てくるしキモいだの死ねだのといってきている。

――――だが、な。

そんなのは傷でもなんでもないんだよ。もう慣れた。その程度で痛いとは感じることが出来なくなったんだよ。

「そうですね。ホントです。ちょっとクリスマスとかそういうのが憎くてイベントが失敗しちゃえばいいと思ってたんですけど何か一生懸命やってる皆さん見てたら申し訳なくなって……」

視線を泳がせることで本当に悔いていることをアピールする。そうでもしないと俺はこの集団を全て騙しきることができない。俺がここで如何に上手く騙すことができるかによって誰も傷つかない世界が創れるかどうかが決まる。だからこそ涙も醜態も厭わずに使う。

「……本当にすいませんでした。海浜高校の事件ももう起きないと思いますし予告状のことも実際にはやらないので心配しないで下さい。本当にすいませんでした」

全身全霊で謝罪し赦しを乞う。罪を赦してください、とこびる。こびる時はプライドを捨ててこびることこそ俺のプライドだ。

制服のズボンの裾の皺を払うようにしてびしっと直すと、右足を折り、床へ、つけようとする。美しく淀みのない所作だがあえて織り交ぜる気持ち悪さのおかげで本気で謝っている事を相手に訴えられる。両足を床につけて右手、左手と順番に床につけていった。

「ちょっと、先輩。何やってるんですか?」

一色の呼びかけには応じない。誰の呼びかけにも応じない。今はただ、俺の目指す先のために全力でこびる。それ以外の要素はなにもいらない。

俺の目指す先を唯一知っている茅ヶ崎は、なにも言わず会議室の扉に寄りかかってみていた。今はそれが一番ありがたい。何か声をかけられるよりも静かに見ていてほしいときがある。きっと俺の中じゃ今がそうだ。

その瞬間は時間さえ止まっている気がした。

少しずつ頭を下げていって床におでこが当たったところで少し力を入れる。こすり付けるようにして完全に無駄のない土下座をした。親父譲りのプライドの高さがなければこんなこと絶対に出来ないだろう。でも、生憎残念なほどに遺伝しちまったんだよ。

「本当にすいません」

「だ、大丈夫だよ比企谷……くん? ね、佐倉さん」

少しばかり間をおいて習志野が言った。部屋の所々で俺を貶す言葉が飛び交っていても痛くも痒くもなかった。哀れまれても蔑まれてもしょうがないと思っている。それだけの行動を俺はしているのだから仕方が無い。

「そうですね。顔を上げてください」

副会長殿に促されて顔を上げた瞬間に俺の目に映ったのは雪ノ下と由比ヶ浜の今にも泣き出しそうな笑顔だった。辛いことがあっても笑顔を見せて取り繕っていた二人だったのにそれでも泣き出しそうになっていたのを見て心臓をえぐられるような思いがした。

これが、傷つけないなんて事は不可能だ、ということなのだろうか。

平塚先生に言われた言葉を思い出しながらもそれは違う、と否定する論理を組み立てていく。

「申し出てくれたのでもう大丈夫ですよ。じゃあ、今から高校にいるメンバーを呼び戻すので少し待っていただけますか?」

「……本当にすいませんでした」

その言葉と共に一度、解散という形になった。15分後に会議がスタートなのでその頃には戻ってくるように、という指示だ。ま、俺には行くあてがあるわけじゃないのでぼぅっとしてるだけの時間になるだろうがこの部屋は居心地が悪くなるだろうからさっさと部屋に出てしまおう。

会議室の扉に向かって急いで歩を進めた。一刻も早く出ようといつも以上に足が速くなった。

 

ああ、また何か間違ってしまったのだろうか。傷つけないなんてことが不可能なんてそんな残酷なことを受け入れたくはない。俺が傷つくのを見て痛ましく思う人間が、もしいたとしても俺が傷つかずに世界の全ての痛みを俺が呑み込んでしまえば誰も傷つかない世界が出来るのではないだろうか。もしも違うとすれば本当に傷つかない世界なんて存在し得ないというのだろうか。

俺は、その事実を決して受け入れたくない。どんなにありえなくても誰も傷つかない世界を完成させなければならないのだ。俺が傷ついて痛ましく思うのならばその痛ましく思う気持ちすら俺が受け止めてしまっていつしか俺という存在が記憶から消失するまでずっと受け止め続ければ救われるんじゃないだろうか。

そんな風に思うのは間違いだというのか?

外気は俺の火照った体を冷ましてくれてとても心地よい。醜く流した涙を拭いながらいつものような冷静な思考を取り戻していると吹雪のような冷たい声が俺の背中に飛んできた。

「それがあなたの答えなの?」

氷の女王様、なんて茶化すことが出来るほど今の俺に余裕は無い。

恥じることをやった自覚はあるが間違ったことをやるつもりで俺は土下座をした訳ではない。いつかと同じように答えに迷いがないから真っ直ぐと雪ノ下を見ることが出来た。

雪ノ下の隣には由比ヶ浜もいた。二人とも目が潤んでいて泣き出してしまいそうだ。座り込んでわんわん泣いてしまっても許されるような面持ちなのに俺に問いかけてくるその言葉は強い。

「ああ、そうだな。誰も傷つかない世界を創る。完璧だ」

茅ヶ崎の持っているものは本物であり、俺の持っているものもきっと本物だ。何度も雪ノ下や由比ヶ浜が再構築してくれてそのおかげで本物になりつつある。

そして最後のパーツとして何かが必要だった。だから最後のパーツとして誰も傷つかない世界を付け足した。後もう少しで完成するのだから俺がその邪魔をしてはいけない。今更弱音を吐いてしまうぐらいなら元々作り上げなかったほうが楽だった。

「そうじゃないよ……。ヒッキー」

由比ヶ浜に何といわれようと俺は変わらない。きっと強制的に変えられてしまうからこそ意地でも変わりたくない。今の俺だからこそ出来ることがあると思うから。だからこそ変わらない。

「じゃ、そういうことで。俺はもう参加しないけどお前らなら成功させられるだろ?」

守るべきものを守れたからもう俺がここにいる必要も資格もない。依存し続けて、その結果が誰からしてもハッピーエンドではないから二人がこうして涙を滲ませているならこれ以上依存してはいけないということなのだ。だから、すぐにでも立ち去るべきだ。

二人に背を向けて家に向かって歩を進めた。これで全て終わ――

「やだよ、ヒッキー!」

俺のバッグを抱きしてるように強い力で俺を引き止めたのは由比ヶ浜だ。こいつは毎度毎度俺を引き止めて繋ぎとめてくれる。優しくて強くてずるさを自覚している奴だ。正直、由比ヶ浜に何度助けられたか分からない。恩も感じているし感謝してもしきれない。

でも、な。由比ヶ浜への言葉なんて俺は持っていないんだ。与えられるものがないのにそんなに頼られて期待されて否定されても、どうしようもねぇんだよ。

由比ヶ浜の引き止めを無視して無理矢理、帰宅を始めた。これでこいつらの中でも俺は悪になったはずだしもう引き止めないだろ――

「比企谷くん、待ちなさい」

そんな風に思っていると雪ノ下が声をかけてきた。雪ノ下は強くて優しくて他人への依存を自覚している奴だ。正直、こいつの強さに何度依存したか分からない。恩も感じるし感謝してもしきれないし正しさを突き通す雪ノ下には尊敬の念を抱く。

でも、な。雪ノ下の往々にして正しい姿を直視できるほど今の俺は強くねぇんだ。直視できなくて直視すると心苦しいんだから引き止められてもどうしようもねぇんだよ。

雪ノ下の引き止めを無視して無理矢理帰宅を始めた。

「待ちなさい」

「…………」

待て、といわれてそれで待っているぐらいなら由比ヶ浜の引き止めも雪ノ下の引き止めも無視していない。待て、といわれて待てないからお前らの無視していこうとしているんだ。

「待ちなさい」

「…………」

止まってはいけない。

止まってもなにも与えられない。ただ前を向いて歩くしかない。

――――そのとき、一瞬体に何かが触れてきた気がした。

「は?」

そんな感覚を受けてから間も無く、俺は投げられていた。瞬時に感じた痛みは激痛なんて次元じゃない無茶苦茶ハチャメチャなものだった。前に柔道部からの依頼で腰を痛めたことがあったがあれよりも酷い。軽くあばら骨数本が折れていそうだ。

だが、そんなにも痛みが大きいのに気絶もしていなかったし血が流れ出て死んでしまう感じも一切しなかった。先ほどまでと全く変わらない空をただ見ていた。

「何、すんだよ……」

「待てといったのに止まらないからでしょう?」

無意識の内に漏れ出た一言に雪ノ下が的確に答えた。

状況が大体つかめた。確かに雪ノ下、柔道も無茶苦茶強かったもんな。俺をノーモーションで投げるぐらい容易いのかもしれない。それも殺さないように安全に配慮しながら。

全く反論のしようが無い。無茶苦茶痛いが雪ノ下の言っている事は間違ってない。

「待てって何でだよ?」

この場にいることに意味を感じないから、待てといわれても納得いかない。待てといわれて待たなかったからって投げられる理由もいまいち分からん。ぼっちの扱いが酷い。

「何ふてくされているのか知らないけれど由比ヶ浜さんの話を聞きなさい。私にもあなたに言いたいことがあるのだから帰ろうとしても帰さないわよ」

初めてあったころのような鋭い目で俺を見てきた。今帰ったら噛み千切られそうだ。それで死ぬのもありかもしれんがふてくされてる、何ていわれるのは癪だ。話ぐらい聞いてやってそれから反論しておきたい。

一度ため息を吐いて落ち着いてから話を聞く体勢を整えた。

「じゃあ、由比ヶ浜さんからどうぞ」

「え? う、うん」

雪ノ下は由比ヶ浜に主導権を譲った。

戸惑いながらも何とか言葉を探している由比ヶ浜の言葉を聞きたくないと言っているのは俺自身であり自意識の化け物でもあった。またしても深読みをしようとしている。そんな自分が恨めしい。何でそんな風に考えることしか出来ないのだろう。

「えと……その」

きっと由比ヶ浜は元々用意していた言葉とは違う言葉を発しようとしているのだ。雪ノ下の尋常じゃない様子を見て自分も何かを決意したのだろう。涙を含んだ決意の瞳を直視することが出来なくてその代わりに由比ヶ浜がスカートを握っているのに注視した。

「ヒッキーが傷つくのを見てるとさ、やっぱり辛くて……。助けてもらってるの分かってるからずるいと思うんだけどでもそうじゃないっていうか。だから……」

それ以上言われてしまったら逃げ場が無い気がした。文脈的にも俺が思っているような言葉が来るようには見えないのにどうしても恐怖している自分がいる。

「ヒッキーが無理しない理由になりたい」

切実に宙に浮かんだその願いは俺に届いてしまった。届かなかったと言い訳が出来るなら楽かもしれないがそれこそ欺瞞でしかない。誰も傷つかない世界を創りあげたのだから欺瞞を作ってはいけないのだ。

「……そうか」

だが、残念な事に俺は彼女に答える事が出来ない。奉仕部の問題についてだけは、まだ答えが出しきれていないのだ。だからあと少しだけ待ってもらわないと答えられない。

「では、私からも……」

由比ヶ浜が言葉を紡ぎ終えるとしばしの余韻の後に今度は雪ノ下の話が始まった。

既に消えかかった夕日が雪ノ下を照らし吹いた風が雪ノ下の黒髪をたなびかせた。オレンジ色に染まった雪ノ下の顔は紅茶の香りのするあの部屋を思い出して、とても美しいものを見た気になる。たなびく髪を整えるように耳にかけながら雪ノ下は俺の目を真っ直ぐ見た。

「……私と付き合って」

 

――――俺も由比ヶ浜も流石にそこまでストレートに雪ノ下が言葉を言うとは思ってもいなかったはずだ。雪ノ下ならば、まず色んな言葉で飾って盛っていたはずだ。

けれども雪ノ下はそれをしない。自らに決して嘘をつかず自分で選択できるようになっている。きっとこの成長は陽乃さんが嫌われることによって生んだ成果なのだろう。あれだけちょっかいを出してそれで嫌われたからこそ雪ノ下は傷つくことが出来たし成長できた。

だったら俺も成長しなければらない。それにはもう少しだけ時間が必要だ。

「俺は、ずっと本物がほしいと思ってる。だからもう少しだけ待ってくれ」

こんな風に保留するのは俺らしくないと思っている。そんなのは分かっているのにそれでも待ってほしいと願うのだからその願いが届かなくても構わない。

 

 

差し込む夕日は美しく咲き、冷たい風が頬を撫でる。保留してしまった罪悪感がどうしても胸から消えずに残ったまま俺は二人の返答を待った。二人の返答はほのかなキャンドルを揺らすように強くか細く尊いものだった。まだ始まっていないクリスマスへ期待を抱かせるキャンドルの灯は欺瞞でないことを願う。

届かない祈りも、叶わない願いもきっとある。

でもそれを抱えたまま生きられるはずは無く、祈りも願いも白い吐息とともに気付けば吐き出されているのだろう。生暖かいその吐息こそがキャンドルの灯を揺らして欺瞞を燃やし、本物に変えることだってきっとある。万物が流転するならば欺瞞が本物に変わる事だってあるのだろう。

一人でいても、誰かと居ても、誰かと一緒に居たいと願っても願わなくても。間違っていても間違っていなくても間違うものがさらさら無かったとしても、クリスマスは毎年やってくる。

それは回避不可のボス戦のようなものなのだ。

でも、クリスマスがそこまで悲惨なものではないと祈っている。

だから、全ての人に、メリークリスマス……。




間に合いませんでしたがエピローグ的な感じで。

渡航先生が答えを出してくださったら続きをかくかもしれません。
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