珍しく大きい声を出していたので、おそらく外には丸聞こえだろうから来訪者には完全に聞かれている。別段、俺の理論を恥じる必要は無いのだが大声を出していた、というのはちと恥ずかしい部分がある。だってほら。俺っていつも静かでクールなイメージじゃん? 自分がクールだと思っていても傍から見たら根暗な奴なだけなので注意が必要。特に装ったクールは痛いから注意したほうがいいぞ、マジで。
部室に入ってきたのは滅多に顔を出すことが無いくせに稀に厄介ごとを持ってくる我が部の顧問である平塚先生だった。という事は、また厄介ごとが来たのだろう。もしかしたら勝負の件って可能性もあるが依頼人を連れてくるって告知がされてるしそれを考慮すると100%厄介ごとに決まっている。こうなったら働きたくないアピールをするしかないのだろうか。
「おお、三人とも揃っているか。よかったよかった」
開口一番に元気に言う先生は、何事かと伺う為なのか俺を睨んでいた。何で睨んでいるんでしょうか。理由が分かっている分怖いです、はい。
「平塚先生。ご用件は先程おっしゃっていた依頼ですか?」
「ああ、そうだ。君達が奉仕部に参加できると聞いてな、私がやろうと思っていたんだがお手上げだから頼もうと思う」
ああ、もうなんか。嫌な予感しかしない。そもそもなんで先生がやろうと思っていたのにお手上げだから頼むんだよ、矛盾してるじゃんか。絶対やろうとすら思って無かっただろ。見ただけでお手上げって分かったんだろ……。ああ、小町と一色に頼んでくれればよかったのになぁ。
「先生がお手上げってことはまた雑誌か何かですか?」
由比ヶ浜がいう、"また"というのはおそらく以前、平塚先生が持ち込んできた結婚関連の記事だろう。広告として売ったあれだ。いや、売ってないな。どうしたんだっけか……。
「あ、あれはもう大丈夫だ。うん、もう頼まれなくなった」
もう頼まれなくなったってそんな誰かの失態で信頼を失ったみたいな言い方しなくてもいいじゃないですか。俺は、かなりの自信作のコラムを出したはずだし、むしろそれによって頼まれてもいいはずである。
「じゃあ結婚関連の事でしょうか。もしそうだったら小町さんと一色さんにも協力を仰がないと難しい気がするのですが」
「違う違う。もうやめてくれ。私は弄られにきたわけじゃない。比企谷の時と同じだ、君達、奉仕部に彼の更生を頼みたい。入ってきたまえ」
ん? 今、何か嫌なワードが聞こえたなぁ。何なの、非行少年なんですか。ここは少年院じゃないんですけど。なんなら隔離病棟ではある。あるのかよ。
平塚先生の呼びかけによって部室に入ってきたのは男子生徒だった。
俺はこの少年を知っていない。よって終了。
違う違う、とりあえず観察して何かしら情報を得よう。まず男子高校生であることは確かだ。総武高校の制服を着ているし身長だけ伸びた中学生が制服を着ている、という訳でもなさそうだ。その証拠に中々大人びたオーラを放ている。じゃあ、次。男子高校生特有の上履きを踏んだらカッコイイと思って踏んでみる、というのがあるだろうか。足元を確認。……特に無い。真面目な感じだ。真面目、というのは身だしなみでもいえるだろう。校則に違反する点は何一つない。制服を着崩してもおらずネックレスなんかをつけている様子もない。ボタンもしっかり閉めており一見して通常のどこにでもいる高校生だ。しかし、ある一点が目に入った瞬間どこにもいる高校生という印象は、一気に崩れた。
――――目が腐っている。
俺と同じような目をしていた。たまにチラッと鏡を見たときに見えるあの目だ。どろどろと濁ったその目は、死んだ魚の目そのもの。顔立ちの中途半端なよさを台無しにするその目は、俺を見ていた。そうすると必然的に目が合う。女の子とも男の子とも気があったことのない俺は、初対面の人と目が合うというだけでびくっとしてしまう。ついつい。恥ずかしくなって視線を逸らした。ただその少年の口から出たであろう声は、明らかに感動を表現していた。
「おぉ……すごい」
声は中々に可愛いが声変わりを終えている事は何となく分かる。という事は、声変わりしてこの声なのか……。目が腐っていなければ戸塚のように天使になれただろうに。やはりカンスト天使はお前だけなんだな、戸塚。とつかわいいランキング殿堂入りもお前だ。
「自己紹介を頼む」
「あ、はい了解です。俺は、一年J組
どろどろと腐った目が驚くほどに輝いている。何だこいつ。そもそも、どうして俺を知っているのだろうか。どうして俺の名前を間違えない……いや、名前は間違えないのが普通だな。よく間違えられるんで間違えられるのがデフォルトになりかけていた。いや、そんなことよりも考えなければならないことがある。女子が九割を占めていたはずのJ組に入る男子高校生。それだけでかなりレアなのだがそれで更に目が腐っている。そんな奴に名前を覚えられるって何分の一の確率だよってくらいのレアリティ。
「…………」
部室中が静まったのにも誰も文句は言えないと思う。だってこの感じ、俺がここに入部してきた時と同じ何だもん。それなのに、こいつ無茶苦茶輝いてるんだもん。何なのまじで。
「あー、見たら分かるかと思うが彼も相当性根が腐っている。比企谷ほどではないが相当なものだ。そのせいでいつも孤独な……というよりあえて孤独になるであろうことに身を投じる哀れむべき奴だ」
そこまで平塚先生が言った辺りで何となく記憶の中に茅ヶ崎という苗字の男を発見する。ああ、そうだ。こいつは、男版雪ノ下みたいな奴だったはずだ。そうそう。俺はこいつを知っている。
一年J組 茅ヶ崎清明。例年に比べて優秀だといわれる一年生の中でもトップレベルの学力を誇り、定期テストでも実力でも常に一位。派手なJ組のなかでひときわ異彩を放っている茅ヶ崎はただ、頭が言い訳ではない。その行動にも問題があるらしい。
最近は、あまり相手をしてくれなかった小町が書記になっている生徒会で茅ヶ崎が副会長になっていたので監視対象に一時期していた。勿論、危険な要素がゼロだったのでそれ以来忘れていたのだが、茅ヶ崎清明は生徒会長の一色の完璧な補佐をしている。
人は簡単に変わることなど無く一色も確かに誰かをすぐ頼ったりせずに生徒会長らしくやっているのだ。だが、その程度で上手くいくことばかりではなくむしろ奉仕部の助けが無くなり、葉山もそういったことに主立って動かなくなったので上手くいかない点の方が増えていた。それでも奉仕部に頼れないんで一色は体育祭の時に運動系の部活を利用した。その辺は雪ノ下や俺も知っていてまあ、一色らしいやり方だと思っていた。だが、当時の俺が知らないところで体育祭は破綻しかけていたらしい。
そのことばかりは、小町も俺に話してきたのだが話してくれたのは後日。おそらくやっているときに話したら迷惑をかけるとでも思ったのだろう。疲れていて兄の相手をするのが面倒だったからな訳がない。
聞くところによると運動系の部活のうち大きい規模を誇っていたサッカー部が葉山の引退を機にばらばらになっていたそうだ。派閥争いが発生したらしく一色もマネージャー何だからしっかりやれよと思うのだが忙しかったそうなので文句も言えない。それでまあ、その派閥争いが体育祭の実行委員会にまで持ち込まれた。サッカー部に大きな役割を任せていた生徒会だったがサッカー部の大体半分の部員がストを起こした。派閥争いの激化、というやつだ。
イベントごとにも手を貸すべきだ、という意見とサッカーを真面目にやりたい、という意見がぶつかった。まあ、どっちもご尤もな意見だ。サッカー部を利用しているのだから誰も文句は言えないだろう。いったらそいつが悪者になる。まあ、俺が話を聞いていれば策を考えたのだが後日談として聞かされたんだからしょうがない。
そんなこんなで破綻寸前で一週間前を迎えたんだがその頃、ばったりとストが収まりむしろ活動的になった。それまでのサッカー部とは別の部なんじゃないかと思うほどにきりきり働き、結果として成功した。それが小町目線での話。
ここからは、噂で聞いた話だから何ともいえないのだが茅ヶ崎が一色と自分が付き合ってるといったらしい。いや、本当に分からん。それがどう繋がるのやら。でもまあ、結局嘘だったようで『勘違いださっ』みたいな空気が一時期、学校中に広まっていた。
そんな茅ヶ崎という奴が依頼、ということは生徒会関連の可能性も高いだろう。そうなるとやはりクリスマスイベントか。前みたいな労働量は無いだろうけどそれでも面倒だ。
「何でもこいつは、君達に依頼があるそうだ。なのでその依頼を経てこいつを更生してほしい」
「先生、俺に更生なんて必要ないです。非行少年じゃないんですから」
「いって置くがお前は変わらないと社会に出た時に鬱になるぞ。それで逃げる事になるのは君が最も嫌う事態だろう?」
不満そうに言う茅ヶ崎に平塚先生が言い聞かせるがどうにも納得していない様子だ。何だかこの感じ本当に見覚えがある。
「そうかもしれないですけど何ですかその。変わるだの変われだの他人に俺の『自分』を語られたくないんですよ。大体ですね、誰かに更生させられてそれで変わるのが『自分』な訳無いでしょう。そもそも自己というのは自分自身が自己を考えるから生まれるもので他人によって定められるものではないんですよ」
その瞬間。茅ヶ崎の背後に輝かしい光が見えた。まるで目の前に少年が天使であるかのように見えた。勿論戸塚とは違う意味だ。心の友を見つけた気がする。やばい、これは本当に……。言葉もいえない。俺がいえなかったデカルトの名言をぱくったちょっといいことをしっかりと言ってのけた。
「…………」
流石の先生も黙り込む。まあそりゃそうだろうな。こいつの思考はまるっきり俺そっくりなんだから。と、なれば雪ノ下が黙っているはずが無い。タイミングを逃して言葉を遮れなかったが流石に雪ノ下も口を開く。
「自分を客観視出来ていないだけでしょ?」
「それでもいいと思うんですよ。自分一人の世界なら客観視する必要もないですし他人の視点になって考えたって完全になりきる事は出来ないんですから中途半端なことをするくらいなら客観視しないほうが身のためです」
すげぇ。雪ノ下に反論してる。こいつは、俺よりも肝が据わってるんじゃねぇの?
「あなたのそれはただ逃げているだけ。変わらなければ前には――」
「前に進むだけが全てじゃないですよ。サッカーや野球だってそうでしょ? 前に進めばいいって言う方が逃げなんじゃないですか。後ろを向いて歩いてきた距離を振り返った方が辛い時だって多いですから。それでも後ろに進んで現実を受け入れることも大切ですよ」
なるほどなぁ。一年生のくせに雪ノ下とほぼ同レベルで話をしている。確か、俺の時は『誰も救われないじゃない』と言う雪ノ下の鬼気迫る表情に威圧されたんだった。こいつの場合はどうだろうか。平塚先生も面白そうにみてるし由比ヶ浜は、一年生相手に徹底的に正論を振りかざしている雪ノ下に軽く引いている。いや、本当にマジで容赦なさ過ぎですぜ。
「詭弁ね。それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」
あの頃と同じだ。雪ノ下は変わることが無い。成長はするけれど軸がずれたり退化したりは決してしない。故に雪ノ下は、強い。俺なんかよりずっと強い。軸がブレブレになりかける俺とは大違いだ。あの頃、雪ノ下と論争をした時の軸の強い、頑固な俺は何処に行ってしまったのだろうか。馴れ合いに慣れてしまう前の俺は、どれだけ今より強いのだろうか。
「救われない、ですか……」
茅ヶ崎が、黙り込んでしまった時、俺は少しだけ安堵と失望を抱いた。安堵、というのが雪ノ下雪乃という人間が負けるのを目の前で見なくて済んだから、というものである事は何となく分かったのだが、じゃあ、失望はどこから来たのかと言えば、正直分からなかった。俺が見たかったものは何なのだろうか。俺が期待していたのは何だったのだろうか。
「ふっ」
茅ヶ崎が、不敵な笑みを浮かべた。その笑みはとても小さなもので俺レベルの人間観察スキルがなければ気付かない程度のものであろう。でも、確かにピクリと口角が動いてほんの一瞬、笑顔と呼べる表情を作った。
――――ああ、そうか。俺は、こいつに期待しているんだ。昔の俺にそっくりでそれでいて俺よりもずっと強い。だから、こいつには雪ノ下と同レベルの能力を持っていてほしかったのだ。
不覚にも一瞬そんな風に感じた。
「悩みは解決しないし誰も救われない、ですか。……本当にそう思いますか?」
ため息を漏らしてから茅ヶ崎は、静かに雪ノ下に問いかけた。挑発的な、小悪魔的な態度。この姿を俺は見たことがある。俺や雪ノ下、由比ヶ浜を幾度と試しやっと見つけた本物もどきをことごとく否定してもっと見せろとせがむ。それは、陽乃さんそのものだ。本物なんて存在しないから本物だと思うなら見せてみろ。それが本物では無いと証明してやろう。そんな魔王みたいな威圧感を、見透かされているような恐ろしさを茅ヶ崎は、与えてきた。
「ええ、そう思うわね。実際、私達は……少なくとも私は、自己変革を促す事で悩みを解決して救ってきたつもりよ」
そんな威圧感にも、恐怖にも雪ノ下は屈しない。雪ノ下が強い女の子だとそう決め付けてしまうのがよくないって事は俺にだって分かってる。ただ、自分の信念に対しては忠実な人間だと思ってはいる。だから雪ノ下が負けるというのも嫌だ。
「そうですかね。少なくとも雪ノ下さんは、誰も救えていない気がしますけど」
茅ヶ崎は、唐突に雪ノ下に言った。まるで全てを見てきたかのように堂々と言っている。これははったりとか分かった気になっているとかそういうことじゃない。これは、本当に理解して本当に知っている。俺は、ぼっち暦が長くディスられ暦も長いので分かるのだが自分を否定する言葉って言うのは、自分を分かっていない奴に言われてもまあ、少しダメージを受ける程度だ。けれども自分を知っている人間。特にまるで自分を完全に分かりきっているような理解者に否定された場合、致命的なダメージを受ける。去年の修学旅行からの俺は、そのダメージに悩まされていたんだと思う。勿論、雪ノ下や由比ヶ浜に理解されているとは思わないし理解してほしいとも思っていない。ただ、親しい人間からの否定と言うのはキツイ。
「あなた、一年生なのだから知らなくても当然だけれども去年の奉仕部は、しっかり運営されていたのよ?」
雪ノ下は、しっかりと救ってきたと思う。悩みに忠実に向き合いしっかりと答えを出した。文化祭の一件は勿論、体育祭で相模の成長を促した点なんかはすごい救っていると思う。俺には真似できない芸当だ。自己変革を促し、何てご立派な真似出来ないからその場から回避する方法だけ教えたのだ。雪ノ下はしっかりと救っていたのだから自信を持って答えることが出来る。
「はぁ」
どこか悲嘆めいたため息が漏れた。俺でなければ雪ノ下でもない。茅ヶ崎だ。これ以上、突破口があるとは思えない。それなのにそんなため息を漏らすほどの余裕がある、というのは本当に分からなかった。何が茅ヶ崎にそこまでの自信を持たせるのだろうか。
「一年生でも知ってますよ。俺、葉山先輩と陽乃先輩と知り合いなんで話は聞いてるんですよ。というか、雪ノ下先輩が日本に戻ってくる前に知り合ってそれから何となくタイミング逃してたんで紹介してもらえなかったですけど奉仕部の話は二人から聞いてます」
「んっ……そう」
茅ヶ崎の言葉に流石の雪ノ下も言葉をつまらせてしまった。けれどそれも当然であると思う。葉山と陽乃さんの知り合いで二人からこの部について聞いているんだとしたら情報は全て流れているといっていい。特に大きかった文化祭には陽乃さんが主要メンバーとしていたし体育祭だって葉山の手を借りる事があった。何より、葉山は俺たちを俺たちが思っている以上に気にかけて理解しようとしている。理解する事は決して敵わないだろうけれど。葉山のグループが持ち込んだ依頼も俺たちはかなり受けているしクリスマスイベントについては一色から話を聞いている可能性もある。バレンタインイベントだって一色や陽乃さんから漏れていれば隠し切れない。それに普段、陽乃さんや葉山の目がつかないところでやっている仕事なんて殆ど雑用だ。救う、救わないなんて次元に持ち込めはしない。突破口がなくなった。
「なら知っていたとしても、それを正しく捉えられてはいない、ということじゃないかしら。奉仕部は、色んな人の悩みを――」
「奉仕部? 比企谷先輩じゃないですかね、殆どが。俺、比企谷先輩と同じ中学だったんですけどずっと比企谷先輩に憧れてたんですよ。それで、高校に入ってもちょくちょく、葉山先輩とか陽乃先輩から話を聞いてたんですけど俺、個人からするとお二人は先輩の足枷にしかなってない気がするんですよね」
雪ノ下の言葉を遮って強い口調で追い詰めるように茅ヶ崎は爆弾を落としてきた。下手すれば奉仕部そのものが破綻しかねないようなとんでもない爆弾だ。
もう由比ヶ浜も平塚先生も二人の間に入ることは出来ないだろう。特に由比ヶ浜は、今の茅ヶ崎の言葉を聞いて、縋るような目で俺を見ている。少しだけ潤んだ瞳を直視するのがとても辛くて目を背けて、その代わりに茅ヶ崎を否定することにした。
「おい、何か勝手に言ってるけどむしろ俺の方が何もやってないからな?」
「そうお思いですか。分かりました、じゃあたとえ話をしましょう。そうですね……あるところにアイドルのAとBがいたとしましょう。Aは、優秀で人気が出ています。レギュラー番組も取って有名アイドルです。それに比べてBは、あまり人気がなくレギュラーどころかテレビにも出たことがありません」
俺の反論にも茅ヶ崎は、的確に答えてきている。唐突に始まったたとえ話でさえ、相手を納得させるのにはいい手だ、などと感心させられてしまうほどだ。
「ある日、インタビューでAは、『何か、努力してる事はありますか?』と聞かれました。そこでAは『何もやってないです。むしろ私以外の人の方がたくさん頑張ってるんですよ』と答えました。これを聞いたBは、どんな風に感じるんでしょうか」
その瞳は、酷く挑発的で陽乃さんにそっくりだった。死んだ魚のような目ってだけじゃなくて人を目だけで殺してしまいそうな目でもあるのだろう。茅ヶ崎は、本質的に俺とは違う。全く持って別人だ。まあ、当然なんだけど。
それよりもたとえ話だ。Bはどんな風に感じるのか。自分に当てはめる必要はない。あくまで一般論で答えを出せばいい。それなら国語とかと同じだからちょろい。
「まあ、絶望するだろうな。Aを殺したくなるかもしれん」
「そうですよね。何かを成し遂げた人間が『運がよかっただけ』『本当は何もしてない』『周りの方が頑張っている』っていうのは、残酷なことなんですよ。それに今の先輩は欺瞞を許してしまっています。あの頃とは大違いです。すっかり、腑抜けています」
俺に近づいていてそう言い放った茅ヶ崎の表情はどこか悲しそうでどこか残念そうだった。その原因がもし俺だったとするのなら俺は如何あればよかったのだろうか。
例えば、俺は何があっても孤独でいればよかったのだろうか。どんなに強要されても絶対に誰かと関わらずに、頼らずに生きていけばよかったのだろうか。いや、そんなこと考えるだけ傲慢というものだろう。
きっと、俺は本質的に孤独では、居られないのだ。一度はまってしまった麻薬の渦から逃げ出すことが出来ない愚かな人間なのだ。そんな醜悪な俺を茅ヶ崎も俺だって求めていない。
「…………」
茅ヶ崎の言葉に反論するだけの資格が俺にはなかった。俺がもっと芯がしっかりしていれば反論できたかもしれない。でも馴れ合いに慣れてしまって、人間関係という麻薬にはまってしまってすっかり腑抜けた俺にはそんな資格はない。
「話を戻しますけど、雪ノ下さんは、誰も救えていませんから。俺はあなたに救われなんかしませんし誰にも救われません。救うなんて言葉、軽々しく使わないで下さい」
「…………」
雪ノ下でさえ、言葉を失ってしまった。信念をしっかり持った雪ノ下でさえ言葉を失い反論することが出来なくなってしまった。俺の時とはまるっきり違う。きっと、俺たち奉仕部はあの一年ですっかり他人に依存するようになってしまったのだろう。誰かに依存する事を助け合いだと正当化してそれで何とか誰かを救った気になって本物を少しずつ見出している気になった。だからむしろ茅ヶ崎には感謝すべきなのかもしれない。思い上がって答えだと思い込みそうになっていた俺たちを全否定してくれたのだから