やはり俺の青春ラブコメはまちがっている.   作:黒虱十航

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4 即ち比企谷小町は近づいている。

家に着いてドアノブに触れると鍵が開いていることが分かった。という事はもう小町が帰っているということだろう。まあ、生徒会で仕事があるんだったら茅ヶ崎がここに居ないか。茅ヶ崎の方が権限上っぽいし。

「たでーま」

「おー、お兄ちゃんお帰り。久しぶりの奉仕部――」

俺を出迎えに来てくれた愛しの愛妹、小町は、何故か俺と一緒に入ってきた茅ヶ崎を見て顔を歪めた。それは、はっきりとした拒絶だった。無論、俺が幾度と受けてきた冷酷な拒絶ではない。小町に限ってそんな酷い事するはずが無い。……しないよね? お兄ちゃん信じてる!

冷酷な拒絶ではなく、優しい拒絶。いや、これだとレベルの低い拒絶と認識してしまうな。より正しく言おう。その拒絶は穏やかな温かい、ぬるま湯みたいな静かなる拒絶だ。お互いがお互いの事を想えばこそ生まれる拒絶という奴だ。

「ち、茅ヶ崎くん……どうしたの?」

「ああ、大丈夫ですよ。小町さんに会いに来た訳じゃないので」

小町の声色も茅ヶ崎の声色も両方とも鋭い。何かここに居るだけで怪我しそう。居心地悪いし部屋で待ってようかなぁ……。

「クリスマスの、お兄ちゃんに相談したの?」

静かで、それでいて鋭い刃みたいなのに何故か覇気のないひっそりとした声。触れれば崩れてしまいそうな言葉は夜に降りる霜のようだ。だから、酷く冷たく感じる。ああ、これは俺にも見に覚えがある。

おそらく、由比ヶ浜も雪ノ下もまだ連絡をしていないと思う。あの二人は多分まだ帰っている途中だろうし先程、小町が驚いた事を見るとそれが推測できる。だとしてもすぐにそれを感じ取ってそれでそんな風に鋭く言ってくるという事は相談するという事を知らせていなくて、小町はそれを何となく察知していたという事なのだろう。

「そうですね。比企谷先輩に頼まないと不味そうでしたから」

茅ヶ崎は、それでも言葉を濁したりはしない。そこが俺と大きく違う点だ。今の小町はあのときの雪ノ下の姿と重ね合わせる事が出来るがそのとき、雪ノ下と話した俺を重ね合わせる事が茅ヶ崎には出来ない。俺がかなり弱いからだろう。

「わざわざ隠さなくたって言ってくれればよかったのに……」

小町は少しだけ悲しそうに俺の目を見た。その目はほんの少し潤んでしまっていた。そんな姿見たことがないほどに小町の発する声はか弱い。

「言わなくたっていいじゃないですか。俺は生徒会で独立して動いてるんです。小町さんとは生徒会に所属しているってだけのつながりで一緒に仕事をする同僚って訳じゃないんですよ?」

「そうかもしんないけどっ――」

小町は、高校生になってから新しく買った大きめの部屋着の裾を握って言葉をつまらせる。その仕草は、由比ヶ浜のスカートを握る仕草と酷似していてそれ故に俺は小町の心情がある程度理解することが出来た。

小町は俺の妹で俺の悩みだけを聞いてくれる。そんなはずがないのは分かっているのに何故、小町の悩みを聞いてあげようとしなかったのだろうか。そして今、こうして目を潤ませているのに何も出来ないのだろう。

幻滅した。小町を愛おしく思って出来るだけ力になりたいと思っていたのに結局のところ何も出来ていない。兄としても男としてもふがいない自分に幻滅した。口に出さないことが正しいこともあるのだ。踏み込んで欲しくない時もあるのだと全くもって情けない言い訳をしている。

あんなにも小町に踏み込んでもらって助けられたというのに自分の動かない理由を正当化して都合のいいように利用している自分はきっとあの頃の俺よりも醜悪だ。

「そうならそれでいいじゃないですか。俺の個人的な行動ならそれをどうこうできるわけではないじゃないですか。それにそんな資格もない」

茅ヶ崎は、残酷にも突き放した。近づこうとしてくる小町を遠ざけた。その行動は俺が前に何度もやってきた行動と似ていた。けれどもあの頃の俺は躍起になって見失っていたものがあったのだろうが今の茅ヶ崎はそうではない。何かを見失っている訳ではなく、全てを見た上で突き放しているのである。それはとても力の要ることだ。

「それでも俺は、小町さんの許可を得ないと駄目ですか?」

茅ヶ崎は少しだけ首を傾げ、腐っているのに澄んでいる瞳で小町に問いかける。その声には鋭さがあって静けさもあって容赦なく首をぶった切ってしまうような鋭さと惨さがある。小町を責める事を目的とはしていない。ただ、関わるなと突き放しているだけ。だから、近づこうとしてくれる人間にはより強くのしかかってくる。

「……ううん、違う」

小町が苦しみながらも搾り出すように言った答えが正解であるとは断じ難い。だが、茅ヶ崎相手に正解なんて存在してい無い気がするし正解を出しても通用する気がしない。

靴を脱いで先に行った。おそらく、今は俺が踏み込むべきではない。だから、後で詳しく聞く。それがいいはずだ。今は、とりあえず小町と茅ヶ崎の会話が完結するのをじっと待っているべきである。そう思って小町から見えない、けれど会話が聞こえる位置に立った。

「じゃあ、いいじゃないですか。一色先輩と小町さんは、二人なりのやり方を通せばいい。俺を混ぜても気を遣うだけですし」

ゆっくりと茅ヶ崎は言った。確か、今年は人が集まらなくて書記が一人、小町だけだったはずだからこの二人が何を言いたいのか何となく分かった。おそらく茅ヶ崎は他の二人と別に分かれてやっている、つまり前の俺みたいなことをしているのだろう。俺と一緒にするのは失礼だがな。

「茅ヶ崎くんとお兄ちゃんなら多分、何とかできるんだろうね。茅ヶ崎くんは、今までずっと一人で解決してたし」

その声には、やはり悲嘆の色が混じっている。茅ヶ崎が何をやってきたのか、俺には分からないがおそらくすごい事をしているのだと、そういうことは分かった。ただ、小町のその声はいつかに俺に放った声に似ていた。

「俺一人って訳じゃないですけどね。ちょっとつっかえがあったのを人の名前を利用して問題を隠しただけです。まだまだ未熟だから助けをお願いしたんですし」

問題は問題にしなければ問題にならない。だから問題を隠してしまえばいい。巻き込まれてしまってどうしようもないことでも詰みの状況で渡されてたものだとしても問題を隠してしまえば目を向けなくて済む。

それが出来るだけ上手ければ他のやり方なんてなくてもいい。安易に人を頼るくらいなら出来る範囲の事を姑息な手段であってもしてしまったほうがいい。それで、どうしようもない時だけ涙ながらに頼るしかない。俺が取った手段を悩むこともなく茅ヶ崎は取れている。

そんなこと、俺というぼっちを見続けた小町だって分かるはずだ。茅ヶ崎がどういうことをするかなんて何となく分かるはずだ。

「そうかな?」

「そうですよ。あれで出来ているって言ってしまったらどんなことだって出来ているってことになってしまうんじゃないですかね」

茅ヶ崎は言葉を詰まらせる事もない。それが強く見えたがそれと同時に流石にここまでだと無理してるのではないかという疑念も生まれる。それは自分が強くないから強い人間が存在し得ないんじゃないかと、慣れていないからそれは正しくないのだと、そんな勝手な感覚に似ている。

「それでも……出来てるって思いたいけど」

「それは小町さんの勝手です」

小町のその声は俺でさえ聞いたことがない声だった。全く一致することもない、完全に俺の見たことのない小町の一面だ。もっと厳密に言うのならば俺が見ることの出来ない一面だ。あんなにも声を震わせてか弱く話している姿を小町は絶対に俺の前じゃ見せない。

「そっか……。なら、そうなのかも知んない。いいよ、小町がいろは先輩に報告しとく。多分、言っておいた方がいいだろうし」

透明な、透き通りすぎて空気のようにあることすら判別がつかないような薄っすらとした声で小町はつぶやいた。俺の中じゃ今までで一番小町が美しくてか弱くて壊れてしまいそうだと思った瞬間だった。

「ああ、そうですね……でもいいですよ。俺から報告するので。小町さんだってそんな感じで報告するのは本意じゃないですよね? 何か言いつけるみたいですし」

ただ、茅ヶ崎はそれでも小町を突き放した。その言葉は、勿論鋭くて油断したらすぐにでも心臓が抉られてしまいそうな禍々しさがある。でも、確かに小町を守ろうとしている。そのことも俺には分かった。

逆に言えば本当にわずかながら似ている行動を取っている俺にしかその隠された本意は分からないはずだ。きっと、そういう限られた人間にしか伝わらない本意は、本物ではないしそれを共有する事は酷く惨めで閉ざされたものなのだと思う。

「変に気を遣ってるなら、そんなのはもうやめて下さい」

いつかの俺も由比ヶ浜を遠ざけた。優しさは嘘だと言い切って由比ヶ浜との関係を完全にデリートしようとした。でも、デリートしたはずだったが由比ヶ浜は、終わる事を望まなかった。

いつだって近づこうとしてくれる人間はいる。だが、問題はその気持ちが真剣なものなのかどうかである。その点において俺は恵まれていた。由比ヶ浜が真剣に近づいてくれて俺が何度しくじっても見捨てることはなかった。なら、茅ヶ崎は?

茅ヶ崎は、俺の様に恵まれているのだろうか?

恵まれていないからそのままで、それで本当にいいのか? 変わることが正しいとは思わない。だからそれを強要する気はない。だってそれは、強者の傲慢な考え方でしかないから。でも、もし小町を遠ざけ突き放す茅ヶ崎が真剣に近づいて欲しいと願っているのなら、俺はどうするべきなのだろうか。

「そんなんじゃないよ。でも、ほら。茅ヶ崎くんだって忙しくなるでしょ? だから、小町に任せて。本意とかそういうの考えなくていいから……だから……」

消え入りそうな声がその空間を埋め尽くしていた。聞き漏らすことがないように出来るだけ慎重に耳を傾け、後に続く言葉を待つ。しかし、今の小町には続きの言葉を紡ぐことができない。

あれだけ強い雪ノ下でさえ、あの時、続きを言うことができなかったのだ。だからこそあえて別の言葉を発して言う事が出来なかった事を上手く取り繕うとした。けれども小町はそこまで器用なわけじゃない。勿論、妹属性のおかげで要領はいいし俺という練習相手がいたことによりかなり限定的な状況下においてもコミュニケーションが取れる。だが、それはどうしても器用さにつながる訳じゃなくて実際にこんな風に面と向かって話す時の器用さや強さのためにはまずなってくれないだろう。そしてもしも面と向かって話す時の器用さや強さを持っているのだとしたら陽乃さんや茅ヶ崎のように本当に悪魔みたいに強い人間だけだろう。

「……分かんないけどいいよ別に。茅ヶ崎くんと小町たちは別途でことを進めるんでしょ? だったら報告する義務なんてない。小町から念のため報告するけどそれだって茅ヶ崎くんが何か気を遣う必要はないから」

小町がそう言い終わってから茅ヶ崎は言葉を失って……否。言葉をあえて吐かずに靴を脱いで小町の横を通り過ぎた。その毅然とした態度は、小町からすればすごく残酷な姿なのだと思う。自分がたくさん気を遣って近づこうとしているのに何度も突き放されて、突き放している張本人は涼しい顔で通り過ぎていくのだから。

茅ヶ崎は強い。勿論強いからそこまで毅然としていられるのも別段不思議ではない。陽乃さんがどんな時でも弱さを見せなかったのと同様にそういう強い人間は弱い自らの姿に嫌悪を抱く。だから毅然とした態度も躊躇いもなく突き放す姿にも納得は出来る。

しかし、平塚先生が言っていたはずだ。『心理と感情はイコールじゃない』と。『時に全く不合理に見えるしまうのはそのせいだ』と。

それを参考にするならば今のこの納得は心理の面での結果でしかないはずだ。メリット・デメリット、リスク・リターン、統計、経験則、定石。そういったものを照らし合わせた結果でしかないのだ。あくまでそれはデータ。根拠になりうるだけで結論にはたどり着かない。欲望や保身、嫉妬に憎悪。そんなありふれた醜い感情に基づいた行動心理だったら俺の中のサンプルを使うことによって想像は容易くなる。

けれど、そうでないものを見つけなければならない。損得勘定や統計。あらゆるデータを抜きにして今を特例としてみて、論理も理論も飛び越えたその人物の奥底にある思いは想像しにくい。というか、今の俺には正しく想像することが不可能だ。手がかりが少なすぎるし、何より今までまちがえすぎた。

好意とか友情とかあるいは愛情だとか、そうしたものはいつも勘違いばかりでもう、本当のことかどうかの見分けがつかなくなっている。

「さ、行きましょう。比企谷先輩」

茅ヶ崎は、あくまで強い声で俺に問いかけた。その声に込められたものが何であるのか。もし俺がそれを分かったのならば今まで逃げる必要もなかった。

「おう」

きっと、今はそれを考える時ではない。考えるチャンスは、随分と前だったはずだ。でも、そのときに俺は逃げたのだから今、こうしてクリスマスイベントの事を依頼されている時に考えるべきではない。

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