やはり俺の青春ラブコメはまちがっている.   作:黒虱十航

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6 唐突に比企谷八幡の目は腐っていない。

嫌な朝だ。

澄み切ったような晴天。若干、耳を赤くしてしまいそうな冷たい風がどこからか差し込む中でも部屋の中にはまどろみを誘う暖かな空気が漂う。何一つ、変わることがなくこの十数年間、ずっと感じてきた冬だ。確かに暖房器具が新しくなり昔より少しばかり暖かさが増したし俺自身の体つきも変わったから同じように温度を感じている訳じゃない。

でも、大きな変化はまずない。冬である事は間違いない。例えばこれを夏と見間違うことがあるだろうか。おそらく、夏を知らない赤ん坊を除いて大抵の奴が間違えないはずだ。だから、特別変わることがない。勿論、変わることがないこの冬を停滞だとは思わない。そんな極論、間違っているに決まってるしやたら滅多ら停滞って言葉を使うのも愚かなことだ。

月曜日と言うのは不思議なもので常に憂鬱な気分にさせられる。だが、火曜日というのは微妙である。月曜日で体を適応させてしまえば火曜日は特別強い憂鬱に襲われることもないだろう。だが月曜日に全体像を把握してしまった人間からすれば火曜日と言うのは月曜日よりも残酷で過酷な日にあるはずだ。

当然のように回らず、その代わりに激痛を抱える頭で何とか体に指示をしてベッドから起き上がり洗面所に向かった。

まだ寝ぼけているが鏡を見ればそこに映る顔がいつもの俺の顔である事くらいは流石に分かる。毎度おなじみのその顔はアホ毛があって、顔はそこそこよくて、致命的に目が腐っている。表情が醜いどうしようもない顔だ。

……うむ、いつも通り……?

一瞬、鏡に映る俺の顔に違和感を感じた。拍子抜けするほどに変わらないと思っていたある一点が変わっているように見えたのだ。鏡と目をこすって冷たい水で顔を引き締めて無理矢理、目を覚まさせた。視界が良好になり一度目を瞑ってからもう一度確認する。

アホ毛があって、顔はそこそこよくて、致命的に目が腐っている。表情が醜い、というのが俺の顔の主な特徴だ。その特徴をしっかり持っていればまったく問題はない。

まず、アホ毛。当然のようにあった。寝癖で変な方向に癖づいても数分すれば元に戻るのですぐに判別がつく。

じゃあ、顔。寝起きの顔は数割増しでぶさいくに見えるがそれでも悪い顔ではない。むしろ顔はいいほうだと思う。

じゃあ、目は? そう思って目に注目してみた瞬間、鏡に映っている俺が俺であるのか疑問に感じてしまった。理由は単純明快。その目が明らかに俺の目ではなかった。死んだ魚のような目。所謂デッドフィッシュアイでは、なくなっていた。それどころか腐ってすらいなかった。戸塚や由比ヶ浜や雪ノ下や小町。そんな普通の目を持っている奴らと同じ様な目だった。けれどもその目は通常の俺が本当に昔に、一時期思い描いていた幸せな姿の俺が持っている目とは明ら科に違っている。何に似ているか、わざわざ言うならばきっと雪ノ下の目だ。それも去年の今頃の雪ノ下の。あの諦めてしまったような微笑に浮かんでいた瞳がその目と酷似していた。

だからこそ、思い出した。あの頃、由比ヶ浜の無理して笑った顔や、一色がときおり見せる沈んだ表情、鶴見留美が一人でいるたたずまい、雪ノ下の諦めてしまったような静かな微笑みに俺は再三問われたのだ。

それは本当に正しいのかと。

だったら俺は、どう答えればいいのだろう。腐った目が失われてしまい、歪んだ自意識がわざとらしく全身を蠢く。顔にかかった冷水でさえその蠢きによって熱を帯びてしまい、温かく感じるほどのものだ。自意識の化け物。その存在を認識したところで俺は、そいつのせいにするつもりはないのだ。だってそもそも俺の自意識なのだ。全ては自分のせいである。

もしも誰かのせいにするのだとしたら自意識の化け物を認識しさせた陽乃さんのせいにでもするだろうか。……いや、それもないな。どっちにしたって俺のせいであることに変わりはない。だから何か責めるつもりはない。

ただ、自意識の化け物が俺にも手が負えないほどに協力になってしまっていることに気付いたから何かを責めて恐怖を紛らわしたいと思った。ああ、きっと今の自意識の化け物は、向かってきた英雄でさえたやすく喰らいつくす。何せ俺の腐った目でさえ喰らいつくすほどの自意識なのだから。

学校に行きたくないと思いながらも、結局行かないと推薦が取り消される可能性もあるかもしれないので行くのは確定なのだがどうしても駄々をこねたくなってしまう。言う事を聞かない体を何とか動かしながら制服を着てネクタイを締めながら椅子に座った。

既に小町が作ってくれた朝食のおかずが何品か並んでいる。メニューを見れば一目瞭然、和食である。焼き鮭と味噌汁というオーソドックスなメニューに多少の手が加えられている中々クオリティの高い料理だ。

「おはよー、お兄……ひゃっ!? お兄ちゃんじゃない……。誰? いつ家に入ったの?」

いつものように挨拶をしてくる小町が俺の顔を見た瞬間、悲鳴をあげた。何歩か後ずさりをして怯えた子猫のような目で俺を見てくる。『お願い、殺さないで。命を助けてくれたらなんでもするから』とか言い出しそうな空気だ。ったく、締りがねぇな。昨日のことは何? もう寝て忘れちゃったの?

「いやいや、お兄ちゃんだから。お兄ちゃんの顔を忘れるのやめてね」

いつまでも考えられなかったことを引きずっていても仕方が無い。俺は、もう考える事が出来ないのだからどんなに後悔しても無駄だ。それよりも、小町を心配してやることの方が何倍も重要である。それが兄という生物の運命だ。

「え? そんなはずない。お兄ちゃんはもっと目が腐ってるし」

「いや、だからそれが何か治ってたんだよ、不思議な事に」

妹に目の腐っているか否かで兄かどうか判断されるっていうのも結構辛いものだと思う。いやもう何? 人目も憚らずわんわん泣いちゃうレベル。

「そんなはずない。あの腐った目は、そう簡単に治らない。今すぐ出て行けば通報は――」

「いや、だから本当に俺だって。流石に怒るぞ?」

通報されてそのままマジで証明出来ない可能性があるから本当に怖いんだよ。小町の目を見ればそれがすぐに分かる。本気で通報する気満々のその目は、裁判上等という感じだった。さっきまでの怯えた子猫の面影は何処かに行ってしまったようだ。その目はもう、本当に何処かの氷の女王様のようで恐ろしい。

「なっ、逆ギレ? この犯罪者。もういい、通報するから」

「ちょ、マジで待て。本当に俺だから一度落ち着いてくれ」

ただ氷の女王様より恐ろしい事に小町は本当に行動に移す。勿論雪ノ下も行動に移すが俺だと分かっていて行動に移すからどこがでやめてくれる。しかし、小町は違う。今、現在進行形で俺であると分かってくれないから裁判に入っても勝てると真剣に思ってるので本当に怖い。

「……じゃあ分かった。小町がお兄ちゃんかどうかテストする。問題は全部で三問。全部正解できたら通報はやめて話を聞きましょう」

通報はやめてって通報以外はやめてくれないのかよ。警戒も解いてくれ、な? マジで俺、泣いちゃうからね。小町が俺を信じてくれなかったら俺は世界を滅ぼしてしまいそうだ。

「む……分かった。ほれ、問題問題」

不満で不満で一杯ではあるのだが、流石に通報されると困るのでまずは通報しないって約束をつけたほうがいいだろう。話聞いてくれたら警戒も解いてくれるかもしれないし。

と、言う事で小町の愛を取り戻す為に、お兄ちゃん頑張る!

「ふっふっふ。では、第一問。お姑さんに掃除の仕方で文句を言われた。こんな時どうする?」

小町の愛をかけた大戦争第一幕が開かれたところで小町は不敵な笑みを浮かべながら聞き覚えのある問題を言ってきた。ああ、これはいつだったか嫁度……? 対決をした時の問題だったか。小町が出題者で俺が主夫になる立場として問題に答えたんだった。あれか? あの時にいたのは俺と由比ヶ浜と雪ノ下と戸塚と……まあ、兎に角小町の知人のみだから俺に変装した不審者なら答えを知らないだろうと思って出してきたのだろうか。ん、まあそれなら納得がいく。俺だってあの時の答えを覚えてるし。答えは『実母に愚痴ってまた明日から頑張る』だったはずだ。

「甘いな小町。こんなの俺でなくてもお前みたいな思考のやつは少ないわけじゃないんだから答えられるかもしれないだろうが」

「ふぅん?」

俺がつぶやくと小町は、俺を疑うような目で見てきた。ん? 何か違うのか……? いや、でももしかしたら本当に違うかもしれないしあってるかもしれない。俺の記憶だと間違ってはいないからあってると思うのだが……でもまあ考えてみれば間違っているという風にも捉えられる。

考えてみろ。実母に愚痴って、何て答え俺たちの中だから出なかっただけで一般的な奴ならば答えられても当然であろう。それこそ忍び込むような相手だったら小町の思考を理解している可能性もあるのだ。因みに俺はあまり人と話さないので思考を理解する事は難しいしもし理解しているなら目を腐っているように加工してくるはずだ。

なんてことを小町が理解しているのだとすればこんな問題出すはずがない。小町は勿論馬鹿だけどそれでも要領いいし総武高校に入学してテストなんかやっても成績が悪いほうではない。そこまで理解していてもおかしくない。と、いうことは――。

「味噌汁の味付けを濃くする!」

と、いうことはおそらく相手が俺かどうかを確認する事だけを目的としてる問題のはずである。これは俺の記憶力を確かめるものではなく小町の愛を取り戻す為のものなのだ。俺が俺そのものであることを示さなければ意味はない。

答えてから息を呑んでいると小町は俯いて笑みを見せる。果たして正解なのか。正解じゃないとムショ行きになりそうなので正解していてほしい。

「流石、正解」

どんどんぱふぱふ、なんて口でいいだしている小町を見るとこいつ、本当に俺だって分かってるんじゃねぇのかと思ってしまう。っていうかマジで分かってるよな。流石って言ったよな?

「次、第二問。お兄ちゃんがサンタを信じていたのは、いつぐらいまでだったでしょうか?」

俺がジト目で小町を見るが小町は気にする事もなく次の問題を開始した。もう調子に乗ってるのかチクタクチクタクとテンション高く言っている。いや、もうねマジでむかつく。気付いてるなら始めから言って? クイズしたいならそれぐらいはやるからさ。

というかあれこれ言うのはやめて言いたいんだが、急に問題の難易度が下がってないか? これって大抵の奴と俺、同じだから分からない奴居ないだろ。クリスマスシーズンだからって季節感出してこれならもうちょっと考えて欲しい。もし俺じゃなかったらやばいだろ。

「小学校上がるまでぐらいまで」

「正解。いいねいいね。じゃあ時間もないしさっさと次に行くよ」

朝からやけにテンション高いのはもしかしたら茅ヶ崎との苦難を誤魔化すためなんじゃないか、何てふと思ってしまった自分が浅はかに思えた。

何でそんな風に考えることしか出来ないのだろうか。何でもかんでも相手の行動を深読みして、そうでなければ怖くて気が気じゃない。そんな自分が恨めしい。行動の裏を読みすぎたから生徒会選挙の時に、雪ノ下の本心に気付けなかったというのに全然学習していない。

学習しない自分にイラつきながらも小町の最後の問題を聞く。

「第三問。小町は可愛いでしょうか?」

「は?」

何か急におかしな問題が来た。っていうかこれ問題なんですかね? 問題に扱きつけて俺の口から可愛いって聞きたいだけじゃないの? だが、小町の愛をかけた勝負な訳だからなんの躊躇いもなく言う事ができる。

「小町可愛いマジ可愛い世界一可愛い。愛してる」

「小町はそうでもないけどありがとー、お兄ちゃん」

小町の口からお兄ちゃんって聞けたのでとりあえず正解、ということでいいのだろう。じゃなくてマジで酷くないですかね、それ。酷い……小町の愛を取り戻せたけど元々の愛のレベルにはとどかないっぽい。ブレーキランプを五回点滅させても無理っぽいし五十回ぐらい点滅させたほうがいいのかもしれないな。何なら八万回点滅させるまである。

「って言うか、小町。朝からいい加減にしろよ? どこまでボケなのか分かりかねるからな?」

「え? ああ、ごめんごめん。途中から流石にふざけてた」

途中から? ああ、もしかして始めはふざけてなかったんですか……。目が腐ってないことでからかおうとしてるのかと思ったんですがもしかして違う感じですか、そうですか。

「でも、お兄ちゃんの目が腐ってないのが悪いよ。熱でもあるんじゃない?」

「いや、ないだろ。一応計ってみるが……」

もうね、やばい。何がやばいって俺が目を腐ってないこと=悪みたいに認識されている事をちゃっかりスルーしているあたりがもうやばい。

体温計で熱を計ってみるがやはり熱は無いようだったので小町に見せるとより一層不思議がられたのでちょっと本当に熱が出て倒れそうになった。

「……お兄ちゃん、本当に大丈夫? 熱もないのに目が腐ってるし」

「大丈夫だっつぅの。ほらほら、それよりさっさと朝飯食べないと遅刻するぞ?」

時計を見れば既にあまり余裕はなかった。流石にふざけすぎたとばかりに小町が急いで朝飯の準備を済ませて食べ始めた。俺も勿論、それに倣って食べ始める。遅刻するのは少しばかり癪だしこの時期遅刻すると異常に目立つのでさっさと食べた。

 

――それにしても、本当に俺の目はどうして腐らなくなってるんだろうか。

 

朝の教室というのは大抵が五月蝿いのだが今年は葉山とかと一緒のグループじゃないのである特定のグループがやたら滅多ら五月蝿くしているわけではない。戸部は葉山たちと話すために別のクラスに行っていることがほとんどで俺のいる教室、三年C組は、そこそこ静かだった。とはいっても勿論受験のストレス発散のためにゲームをしたりトークをしたりしている輩がいるのも事実で最終的には俺は机に突っ伏すか読書をするかぐらいしか選択肢がない。

机に突っ伏して音楽を聴くのもいいのだが今日なんかは読み終えていない本があるので読書をしたほうがよかろう。バッグから本を取り出して読書を始めようと視線をあげると廊下でぴょこぴょことしている人影が見えた。

あ、やべ。目が合った。

知らない人と目があうと気まずいし知ってる人と目があうともっと気まずいのでなかったことにして本に視線を落とした。俺レベルの読書家になると行間どころか紙の繊維すら読めてしまうので自然とさっきのことはなかったことに出来る。

何事も集中。一心に物事に挑めば大抵の事は忘れることが出来るのである。

「ちょっと先輩? 無視しないでくださいよぉ」

と、思っていたのだがどうやら俺の集中力はまだまだだったようでささやくように聞こえるその声を聞かなかったことには出来なかった。それにその声の主は俺の知っている人間で会っておきたい人物だった。だからしょうがない。本を閉じて渋々ではあるが廊下に出た。出来るだけ面倒臭がっていることを伝える為に軽くため息を吐いておく。働きたくないオーラは最大限出ているのがデフォルトなので意識する必要はない。

「何だよ。俺、読書してるんだけど」

勿論、どうしても読書がしたいって程あの小説が好きな訳ではないのであれなのだがそれでも文句を言っておかないと気が済まない。それにこいつの扱いはいつもこういうものなので気にしなくていい。

一色いろは。二期連続で生徒会長として働いており小町、茅ヶ崎のいる現生徒会のリーダーでもある面倒臭くてあざとい後輩である。もっと言うなれば奉仕部にも今年から入ったらしく一応俺と雪ノ下と由比ヶ浜の戻ってくる場所を守ってくれた存在の一人だ。そして、現在進行形でクリスマスイベントで困っているというのも忘れてはいけない。ここまで言えばまず今回も面倒な用件である事は間違いないはずだ。

「……先輩? 本当に先輩ですよね? 熱でもあります?」

一色が疑うように言ってくるあたり俺の目の正常さが読み取れる。むしろ正常さが読み取れる云々と言っている時点で俺の目が腐っていたってことが分かる。何ならそれでショックを受けないので完全にMになってきているまである。

「ないっつぅの。どんだけ俺のアイデンデティは目に集中してるんだよ」

俺のアイデンデティは、きっと違う場所にある。そう信じたいんですよねぇ。ほら、例えばアホ毛とか性根の腐り方とか働かない願望とか……いやその方が悲しいなぁ。アホ毛とか性根の腐り方とかをアイデンデティ云々にしたら俺のアイデンデティがちっぽけすぎて涙が……。

「は? よく分かんないんですけど」

いい感じに突っ込んでくれるんじゃないかと思ったので冷たくあしらわれたのが逆にキツイ。あまりにも冷酷な表情でいってくるので恐怖で震えてしまいそうだ。

「でもまあ、先輩だってことは分かったのでいいです。それより昨日茅ヶ崎くんが先輩方にいらいんしたんですよね?」

俺の緻密に考えた突っ込みに突っ込んでもくれずに、しかも完全にスルーしているあたりこの一年で一色が変わっていないのだということを理解した。勿論、真面目にやっているところと生徒会長としての能力の上昇を見ると成長していない訳じゃないんだけど。

「ああ、そうだな。来たけどそれがどうした? 小町だったか茅ヶ崎だったかが報告するって言ってたんだが何か問題でもあったか?」

「え? いや問題自身はなかったんですけど……なんていうか。茅ヶ崎くんが勝手に動いちゃってるのが問題になってて。ほら、今年の生徒会って三人だけじゃないですか。去年の奉仕部みたいな感じで結構やばいんですよ」

正直話し言葉ばっかりで何を言いたいのか分からないのだが何だかやばいことだけは分かった。自然に去年の奉仕部みたいな感じでやばいって言ってるあたり去年の奉仕部の状態を自分が結構大変なことにしていた自覚があるというのだろうか。

でもまあ、確かに昨日のあの会話を見ていても分かる。今の生徒会はおそらく去年の俺たちと酷似した状況にいるのだろう。それはもうどうしようもないくらいに酷似しているのに茅ヶ崎が俺よりも強いので状況が違う。あの頃の由比ヶ浜のように上手く場をつなぎとめられる奴が生徒会にはいない。否。由比ヶ浜であっても今の生徒会を維持する事は難しい気がする。

俺は当事者でないので何ともいえない。だが、今の一色の表情を見ればなんとなく分かる。

「ああ、なるほど。まあ、分からないことはないな。で?」

「ちょ、先輩。で? ってそんなの酷すぎませんか? いつもの先輩なら『しょうがねぇな。俺が何とかしてやるよ』って答えると思って折角振る準備してきたのにそれは酷いですよ」

いやいや、酷いのは君だからね? 何でわざわざ振られなきゃいけないんだよ。告白してないっつぅの。まして告白なんかしたら君、俺の事をぼろぼろにするよね? 折本はおそらく意図せずって感じだろうが君は明らかに自分を輝かせて葉山に見てもらうために俺を話題に出すよね? これだからあざとい女の子は。

「っていうか、本当に意味分からないんだよ。お前は俺に何を求めてる訳?」

ただ、俺もボケている訳ではなくて本当に言っていることがわからない。やばいんですよって言われても意味分からないっていうの。リア充たちの会話は本当に高度でついていけないなぁ。

遠い目になっていると一色が頬を膨らませながら俺に言ってきた。

「ですからその……今の生徒会の状況をどうにかできないかなって思いまして」

その言葉を聞いて納得した。

一色のそれは俺があの頃小町や材木座、戸塚なんかに頼った時に抱えていた感情と同じようなものなのだ。自分にはどうしようもないような状況になってしまって、それ故に誰かに救済を求めてしまう。それはきっとどうしようもないほどに醜くてそれを分かっているのに救済を求めてしまう。大いなる矛盾に見えてまったく矛盾している訳ではない。本物でも偽物でもない感情だ。

「……ああ、そうだな。まあ考えとく」

考えはする。だが、今の俺には、誰かの問題を解決するほどの余裕はない。自分が保留したものをどうにかしないといけないから他人に構う権利すらないのである。

出来るかも分からないのにやってみるなんていってしまうのは、あまりにも無責任である。それ故に俺は何とかするとは言わない。やってみるとも言わない。ましてや『任せろ』だなんておぞましい傲慢な言葉を口にする気もないのだ。

「じゃあ、そういう感じでお願いします。ではでは~」

そういってからいなくなる一色は、やはりあざとく幼く、それでいてしっかりと自分の問題に向き合っている強さも感じられた。

 

授業の内容自体は、既に推薦を取る為にさらっているので頭に入らなくても十分である。他の奴らは基本的に忙しなくペンを動かして受験に受かる為に一生懸命になっている。進学校である総武高校らしい光景であると思う。

だが、俺は教室の中で一人完全にぼぅっとしてしまっていた。脳が停止してしまってまったく音が聞こえずに、まるで思考の鎖に囚われてしまったように思えた。腐っていない目で見た教室は勿論変わって見えるはずはないのだけれど、何故だか少しだけ変わって見えた。

これが青春フィルターというやつなのだろうか。今まで欺瞞に見えてしまっているような関係性でさえ何故だか欺瞞には見えなかった。不覚にも美しい青春の一ページに見えてしまった。前に彼らの青春フィルターを通してみれば世界は変わる。俺のこの青春時代もラブコメ色に染まるのかもしれない。そう思ったことがあった。だが、やっぱりあの頃に出した結論とは遠い結論しか出すことが出来なくなっている。

今まで見ていた世界がほんの少しだけ違う世界に見えてしまって不思議に思っている間に気付いたら放課後になっていた。

 

由比ヶ浜はまだ葉山、三浦あたりと話しているのだろう。部室には雪ノ下と茅ヶ崎がいた。その二人は椅子に座ってお互いににらみ合っていてこの間に入るのが躊躇われた。まるで武士同士が間を取り合っているようにすら見えた。雪ノ下の目は、いつかに俺を睨んだ時よりも鋭くなってしまっている。何人、目で殺してるって言われても違和感がなくなっちゃう。

それに耐えている茅ヶ崎の目を見ればその目の鋭さにも驚かされる。雪ノ下が獣なのだとすれば茅ヶ崎は邪神眼の使い手かなんかだろうか。それかメデューサのどっちか。どっちにしても目を合わせたら殺されるのは確定何だよなぁ……。やっぱり教室でもう少し待ったりしてたほうが言いかなぁ……。ああ、きつい。モノローグですら沈黙ばかりになるあたりコミュ障である事が分かる。

「あら、こんにちわ。比企谷くん」

「お、どうも先輩。先に部室に来させていただきました」

部室に入った瞬間、二人は俺を見たのであまりにも鋭い視線が肌にぴりぴりと当たってきた。何か邪神眼かなんかで呪われそう。雪ノ下さんの目でごりごり噛み千切られそう。どっちにしてもマジでキツイ。ふえぇ……ゆきのんもちーくんも怖いよぉ。

何だ、ちーくんって。

「おう、茅ヶ崎。一応、由比ヶ浜が部室に来るのを待ってからにしたいんだがいいか?」

由比ヶ浜と雪ノ下が揃ってから出勤報告をしようと思うので由比ヶ浜が部室に来ないと俺も会議に出発できない。個人的には茅ヶ崎と二人きりになる時間が出来るだけ短いほうがいいと思うので極限まで部室にいたい。会議室に着いたのに誰も着てなくて気まずくてお互いちらちら見てるのに話そうとせずに読書したり携帯弄ったりする距離感嫌だし。

「はい、そうですね。会議もそこまですぐ始まる訳じゃないので大丈夫ですよ。ちょうど雪ノ下先輩にお話したいこともありましたし」

「話? 何かしら、先程まで口を開こうともしていなかったけれど」

俺に返事してから雪ノ下を会話に巻き込んだ茅ヶ崎は雪ノ下に睨まれているのにも拘らず何もなかったかのように対応している。いやいや雪ノ下のマジ睨みにそこまで毅然とした態度をとれてるのって陽乃さんと茅ヶ崎みたいな限られた人間だろ。

「それはそうですよ。比企谷先輩がいないとお話できない内容でしたし。それよりも先輩? 目が腐っていないようですが何かありましたか?」

茅ヶ崎が俺にはなった問いを聞いた雪ノ下は俺の目に注目した。目に注目って何か変な感じだなっと思いながらも目があったら気恥ずかしいので目を色んなところに泳がせる。

って言うか、俺の目ってやっぱりそんなに変なのか?

「いや、別に特別な事があるわけじゃねぇ。何か起きたら目が治ってたんだよ」

「…………」

俺が答えると雪ノ下は完全に無口になってしまった。茅ヶ崎を睨みもしなくなってしまって沈黙が逆につらい。何? 沈黙にもいろんな種類があるけど哀れみの目で見られてもキツイ。

「あのな、雪ノ下。何も話さないことが辛い時だってあるんだぞ? そんなに俺の目が腐ってないとおかしいか? 腐った目がそんなに似合ってるのか?」

「……そんなこと言えないわ。真実は時に人を傷つけるから……」

「だから、ほぼ言ってるじゃねぇか、それ……」

どうやら本当に今の俺の目がおかしいみたいだ。死んだ魚のような目をしているのを理由に表情がよくないって言われたのにその目が治ったらそれはそれで駄目って理不尽すぎるだろ。これはもう泣いていいんじゃねぇの? これは俺が悪い訳じゃないな。社会が悪いな。

そんなことを思いながらも何気なく茅ヶ崎のほうを見てみると、茅ケ崎はあまりにも期待はずれのものを見たような表情をしていた。欲しいものが手にはいると思っていたのに手に入らなかったという絶望、信頼した人から裏切られた絶望、尊敬した人が尊敬すべきでないと知ったときの絶望に似たあまりにも重苦しい表情だった。こんな表情、高一男子がする表情じゃねぇよこれ。例え陽乃さんに毒されていようと俺に穢されようとこんな思いつめた表情まずない。自殺間際のいじめられっ子でもこんなに思いつめない。

「貴方って、目が腐って無いと青白い顔が目立つのね。まるで何年も病院暮らしだったみたいで気持ち悪いわ。その表情を見れば貴方を知っている人は勿論、知らない人でも相当疲れているように見えるわよ。本当は一切働いていないのに……」

「やっはろー、ゆきのん。ヒッ……あれ? 誰?」

由比ヶ浜が空気を読まずに教室に入ってくるなり、俺を見て叫んだので流石に泣きそうになったのだが、それよりも説明する面倒臭さと泣いた後の気まずい空気を嫌悪する自分が勝ってしまい涙は出なかった。人目も憚らずわんわん泣いたら雪ノ下も優しくしてくれるんじゃねぇの?

「ったく、流石に説明が面倒なんで説明はパスしたいんだけど良い?」

「駄目に決まっているでしょう? 貴方の目が腐らないのがいけないのだから自分で責任を取りなさい。由比ヶ浜さんも、気を遣う必要はないのよ。この男は他人ではあるけれど気を遣うべき相手ではないから」

他人なんだ……酷い。まあ、分かってますよ、はい。他人なのは気にしないんですけど目が腐ってないことで責められるのにはちょっぴり傷ついた。いやいや、本当におかしいでしょ。いや、待てよ。よく考えてみたら戸塚も今日は話しかけてくれなかったしもしかして本当に不気味なんだろうか。

自分の頬に触れてみると驚くほどに体温が低くなっていてぞっとした。ヤバイ……俺は本当に死んだのかもしれない。ゾンビから死体に進化しちゃったか……このままだと新世界の神になる日も早い気がする……。

「あっ……おい由比ヶ浜。今の俺って生きてるように見えるか?」

ちょっと本気で死んじゃったんじゃないかと思ったので素直に答えてくれる由比ヶ浜に聞いたつもりだったのだが残念な事に由比ヶ浜は俺の声を聞いても誰だか分かっていないようだった。

「え? えっと……い、生きてるんじゃないかな?」

かな……何故疑問系? そこは自信持ってくださいよ。人の生死を判断する事ぐらいはしようってば。そこで考えるのをやめて。お願いだから「生きてるよ、絶対」って言おうよ。

「くぅ……泣いていいよな? これは泣いても許されるよな?」

「やめなさい。気持ち悪いしみっともないわ、泣き谷くん」

「ねぇ、今名前間違える必要無かったよね? ちょっと泣いちゃうよ?」

ああ涙で前が見えない……。雪ノ下の毒舌は俺が弱るとどんどん覚醒するなぁ。

「え? もしかして……ヒッキー?」

今更ながらに由比ヶ浜が驚きながら言うので俺は雪ノ下に攻撃されながらも説明した

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