材木座レベルの豆腐メンタルではない俺でも正直、死んじゃおっかなぁ、生きてても友達いないしなぁ、と思ったのだがよく考えると俺は材木座と違って小町という世界一可愛い妹がいるので死ぬ訳にはいかなかった。いや、ホント小町可愛いマジ可愛い世界一可愛い小町ルートまっしぐらだ。
「あーあ。結局今日は雪ノ下先輩に聞けなかったです」
現在、俺はそろそろゆっくりしていられないという茅ヶ崎の報告によって茅ヶ崎の雪ノ下への話を聞く暇もなく出発してしまっている。そんなことなら俺がいない時に先に話を進めておけばよかったものを。何でわざわざ俺が来るまで待ったのか分からん。
「聞く? 何を聞こうとしてたんだ? もしあれだったら聞いておくが」
俺としても俺の目云々で時間を食ってしまったという罪悪感があるのも事実なのでもし伝達できるならしておいたほうが良い。――という考えがあるにはあるのだがそれよりもこの動機として大きいのは俺が結論を出し切れなかった宿題についての話が始められるのが嫌だという気持ちだろうと思う。更に言えば考えられなかったことを話して考えられなかったことに対して考えるのがあまりにも辛すぎるというのもあるのかもしれない。
「いえ、いいですよ。欺瞞が壊れるのを見てみたかっただけなので」
「は?」
時々、茅ケ崎はぶっ飛んだことを言う事がある。欺瞞が壊れる、か。いや、こいつがぶっ飛んでいるんじゃなくて俺が普通すぎるだけなのだろうか……それはないな。
「お前、たまにそういうこと言うよな」
思ったことを口にしてもあまり意味は無いと思いながらも無意識の内につぶやいてた。これがあれだな。長年のぼっち生活による修練進化というやつだな。思ったことをつぶやいて周りから冷たい目で見られることによって更にぼっちを加速させるんだよなぁ。
「そうですね。押して駄目ならぶっ壊せを座右の銘にしてるんで」
「なんだそれ」
他愛もないとかそういう以前にヒステリックな会話過ぎる会話をしながらも少しずつ会議の場へ歩を進めていった。何とか宿題についての話が始まらずに済みそうでよかった。その代わりに茅ヶ崎の怖い一面を垣間見てしまった気がするが……。
押して駄目ならぶっ壊せってマジで怖いんですけど。平塚先生とかとは格の違う怖さだし雪ノ下とはベクトルの違う怖さだ。陽乃さんぐらいしか並んでる人いないんじゃないの? 俺と殆ど同じなのに全然雰囲気が変わっちゃう辺り日本語って怖いなぁ。言葉の扱いには気を遣わないと。
「それはいいんですけど先輩、本当に体調崩してますよね? 卑屈とかそういう次元じゃなくなってますよ。声のトーンも低いですし目は正常なのに目が死んでます。それは昨日までの腐った目より性質が悪いですよ? 先輩お二方もきっとそのせいで変っておっしゃてたんじゃないですかね。俺はそう思いますけど」
茅ヶ崎がいっている言葉には妙に信憑性があった。あまりにもその言葉が腑に落ちたので自分でも恐ろしく思えた。目が死んでいる、か。目が死んでいるのと目が腐っているのと、何が違うのか分からない。目が腐っているって言われ続けていたときも稀に目が死んでいるって言われる事があった。だが、今回言われている『死んでいる』とそれまで言われていた『死んでいる』が全然違うものに聞こえた。ただ、何が違うのかは全然分からない。
「目が死んでる……か。まあそれがデフォ――」
「それはデフォルトじゃないですよ。比企谷先輩、いくら目を腐らせていてもギリギリ生きてましたし。でも、今の先輩は駄目ですね。欺瞞に喰いつくされた欺瞞の餌ですよ」
何とか誤魔化して前と変わってしまったことに気付かれないようにしても茅ヶ崎には見抜かれてしまって心臓を抉り取ってくるような的確な言葉が飛んでくる。それがあまりにも苦しくて何とか意識をその場から動かそうと目を泳がせて何処か遠いところに行こうと一生懸命になったがヒント付きの宿題にさえ答えを出せなかったのだから出来るはずが無い。
「ん、まあそうかもな」
何より、欺瞞に食い尽くされた欺瞞の餌であることに何一つ違和感を持っていない自分が大嫌いだった。目が腐らなくなって普通にイケメンになった顔も推薦を取る為に数学も強化された頭脳も大好きだ。それなのに大嫌いな欺瞞の餌になっていることに嫌悪すら抱いていない自分がここにいるからもう消えてしまえばいいと思うほどに自分が大嫌いになっていた。
欺瞞をもうずっと前から嫌い続けていたのに考えを放棄してしまった昨日のよるから欺瞞がいいことなんじゃないかと受け止め始めているのに気付いて自分をあぶり殺してしまいたかった。
「否定しないんですね」
俺に少し近づいてきた茅ケ崎は問いかけるように俺に言ってきた。
きっと前の俺なら否定したかもしれない。『餌になれるほど有能な人間じゃない』なんて屁理屈をこねて否定したのだろう。いつかに理性の化け物であることを否定したように今もそんな比喩を否定出来たのならばどれだけ楽な事だろうか。
――けれども俺はそれを否定する事ができない。。
――――否定するためにエネルギーを使って思考を屈折させることはとても大変であると分かってそれでもやり続けるほど俺は強くない。
多くの人間は否定するのは簡単だ、というかもしれない。だが、俺はそうでは無いと思う。勿論中身の無い否定は実に簡単だ。適当に『NO』といえば良い。しかし、それは肯定にも言えることなのではないかと思う。肯定だってその場の空気を呼んで『YES』といえばいいだけだ。つまりどんな意見も中身が無ければ言うのは簡単だ。
――否。言う何ていう立派な行為とするならばそれも難しいだろう。
中身が無い意見は言っているわけではなく流されているだけでしかないのだと思う。それ故に言うという行為自体が立派な行為で難しい。
そしてその中でも否定は難しい。意見を出した相手の意見をはっきりと理解し飲み込み、その上で吐き出すのだからエネルギー消費は異常なほどに大きい。それでも否定できる人間はいる。
そして、昔の俺は前と同じように否定できていたはずだ。それなのに今、否定できなくなっているのだからやはり変わってしまったのだろう。その事実から目を背けたいと思っても目を背けることすら許されない。
「そうだな、否定はしない。どう思うかは、お前の勝手だ」
『本当は俺も理解しているのがはっきりと言うのは恐ろしい』という裏腹な声が心から漏れ出ている気がして恐ろしくなった。
何度、恐ろしく思えばいいのだろうか……?
「そうですか……。ならいいです。宿題の答えも出せてないみたいですし問題も一つも解消、出来ていないっぽいですから。正直、そんな弱い先輩に用は無いですから。さっさと会議終わらせていきましょう」
その言葉には隠す気が毛頭無い、はっきりとした失望を象徴してきた。失望したのならどんな希望を抱いてくれたのだろうと一瞬脳裏に浮かんだ問いを消しながら会議室に急いで向かった。
会議室には、既に何人かの生徒会メンバーがやってきていた。海浜高校の生徒会メンバーは、去年より人数が少ない。そして、総武高校の生徒会も来ていた。一色と小町。それ以外のスタッフを呼んでいる様子も無い。なので結論を言ってしまうと去年と同じ会議室だったのだが、かなり広いように感じた。
「えっとー、習志野さん、そろそろ始めちゃってオッケーな感じですかね?」
俺と茅ヶ崎が会議室に入ったのを確認した一色があちらの生徒会らしきメンバーと楽しげに話していた女性に軽い感じで言った。こういうのを雪ノ下なら棘棘しくいってしまうからそういうところは一色の能力を感じる。おそらく軽い感じで全体をまとめることで誰も傷つけないという点では一色は生徒会の素質があるといって良い。
「んー、そうだね。じゃあ、始めちゃうね。はいはい、皆さん席についてください」
あちらの生徒会長は習志野というってことで良いみたいだ。聞いていた通り習志野という人物は軽い感じで相模の上位互換と言った感じだ。勿論、一色も何となく上位互換なのだがその習志野の上位互換は、ある意味では下位互換ともいえるかもしれない。一色のようにあざとさを持っているわけではなくただ、何となく生きているという感じの奴だった。とりあえず聞いていた情報のうち一つをしっかりと己の目で見たことで確定情報に変わった。
「えーっとじゃあ今日もクリスマスイベントの方針を固めていきましょう」
流石に生徒会長になるというだけのことはあって相模のようにまったく司会力が無い訳ではないっぽいが、無いのとほぼ同じレベルの司会力しかないので正直、見ているだけでむかむかする。
勿論、まだ十二月の始め。半月以上準備時間に余裕があるから方針を固めていてもいい。そんな風に錯覚してしまうかもしれない。でも、出来れば本番一週間前までには準備を万全にしておきたいところだ。準備を万全にしてからリハーサルや練習を何度も重ねたほうがいい。去年は地域の子供を使うことで何とかなったがあれだってギリギリになってしまった。頼むんだったらもう少し早めにやることを決めて頼んでおくべきだしそれらの事を考慮すると本番二週間前には最低でも具体性のあるプログラムを立てておくべきだ。……などなど色々なことを考慮して、だ。
それらを考慮すると方針を固めるという体でやっていられるのも後一週間程度ということになるだろう。いや、むしろ今すぐにでも方針固めなんて終わらせてしまったほうがいい。
方針とかコンセプトとかそんなのはあってないようなものだ。むしろその後の柔軟な対応を考えるとないほうがいいかもしれない。コンセプトや方針に縛られるぐらいならそんなもの決めないほうがいい。結局のところ俺はそういう成功の為のプロセスしか組み立てられなくてイベントの本質を見ていない。思い出に残すとかそういうことが前提条件に存在していない。
「なぁ、茅ヶ崎。方針なんて固める必要あるのか?」
前回のようにあちらに声が漏れ出てしまい、こっちで意見を固める前に否定されると面倒なので茅ヶ崎にだけ聞こえるような本当に小さな声で言った。授業中の俺並に声が小さいのでまず聞こえないはずである。
「必要性単体で言えば、まず無いでしょうね。ただ、あちらが動こうとしないと俺たちも先に進められないんですよ。人数を言い訳にされるとどうしようもなくて」
茅ヶ崎の言った理由は、俺も推測していたものだ。今だって海浜高校は総武高校の二倍の人数いるしこれでもまだ来ていない人間がいる空気なので総武高校は去年同様、後手に回るしかない。おそらく海浜高校はスタッフを特別に募集しているのだろう。だが総武高校はそういうことをしないししていても生徒会への関心が薄く人数が集まらない。きっとこの状況で一色や茅ヶ崎、小町の無力さを糾弾するのは酷であろう。
「ん……」
また一つ仮定が確定に変わった。そういう確定情報が不足していたせいで考えが及ばなかったのだと言い訳をしながら出来るだけ確かな事実を拾い上げていく。
小町がちょいちょいこちらを見てくるのが気になるもののそれよりも思考しなければならない事が多いので必死に観察する。
「新しい提案は無いですか?」
習志野が尋ねても中々意見は出ない。去年とは大きな違いだといえるのかもしれない。去年は動くが故に意見が出る故に停滞したが今年は動かず、意見が出ない故に停滞している。勿論双方共に厄介だが意見が出ない場合、削る事ができないので先に進めにくい。意見を出すしか先に進む方法は無い。
「じゃあ、周りの人と話し合って下さい。時間は五分です」
習志野が慣れた手つきでそう指示した。これは茅ヶ崎が言っていたやつだろう。これも大きな障害の一つだ。そもそも周りに人と話し合ってその後に意見を挙げるって言う方法は会議が始まってからやることじゃない。前もって言っておけば何かしら意見を考えてくるだろうしその場合は意見の質が高くなるだろう。前もって意見を出すと決まっていれば課題に取り組むという集団心理が働いてよりよいものを作ろうと考えるのだ。
それにそういうやり方なら雑談しても時間に余裕がある。今みたいに会議中にやったら雑談が開始されて時間が来るがそういうやり方なら雑談が長引いても話し合うことが出来る。まどろっこしいから結論を言ってしまおう。
――――このやり方は愚策だ。
「はぁ……」
どうしたものかと頭をガシガシ搔いてみてもこの状況を打破できる手が見つからない。怪盗サンタクロース関連も問題だがこの生徒会長も中々、問題だ。また一つ確定情報が増える。
「難しい感じですよね、先輩でも」
茅ケ崎は、俺の耳元に口を近づけてそっと囁いた。その所作があまりにも色っぽかったので危うく変な声を出しかけたが息を呑む事で何とか声を出さずに済んだ。それにしてもこいつ、100%確信犯だろ……。戸塚がキュートな男の娘なら茅ケ崎は色気のある男の娘って感じだな。いや男の娘というより女形といったほうがいいのか?
「んっまあそうだな。でもまあ状況はこの目で確かめたし策のバリエーションも絞られた。要するに司会の権利の剥奪と怪盗サンタクロース事件の解決をしてしまえばいいだろ」
まだ、これは推測の段階だが怪盗サンタクロースと海浜高校で起こっている事件は同一犯によるものだと思う。同一犯でなくともぐるだ。……いやぐるというより片方が指示しているといったほうが正しいだろう。そうだな……ここまでくれば奉仕部に持ち込んでしまったほうがいい。
「そうですか。ならよかったです」
奉仕部に持ち込んでそれで答えが出るとは思わない。今までだってまともな答えを出して来れなかったし俺たちの関係は今、停滞のど真ん中にいる。そんな奴らが停滞をしない会議のために動いても変わらない現実というものがあるのだ。
ただ、答えを出すのは容易いという感じが根拠も無くあった。