既に一週間が経過しても会議の状態は変わらなかった。怪盗サンタクロースからの予告状がもう一枚、始めと同じように送られてきたがそれもそこまで重視されなかった。会議はやっと方針決めが終わったかと思えばコンセプト決め、何ていう殆ど方針決めから変わらないやり取りがなされていた。正直、なんかもうやめて休んじゃいたいなぁ、働きたくないなぁと思いながら今日も今日とて会議に参加するしかないのである。
「んー、じゃあ周りの人と話し合って下さい」
またしても習志野が下した選択は、周りの人と話し合う何ていうものだった。五分だけ、五分だけといってどんどん増えていく雑談タイム。話し合いなんて形式上でほとんどが雑談タイムになってしまっている。正直、ここまできてしまうと打つ手が無い。
「習志野さん、流石にこれ以上話し合っても意味が無いと思うのだけれど……」
雪ノ下と由比ヶ浜に状況を話した俺は、それからずっと来てもらっている。一応、茅ヶ崎の依頼で来ているため小町や一色とは対立関係になってしまっている。内部だけでも対立関係が出来てしまっているのだから去年のように上手くいかないのも当然だ。
「え? でも、意見が――」
「雪ノ下さん、ごめんなさい。こっちのメンバーがまだ揃ってないせいで意見が出し切れなくて全然進められないんです。迷惑かけちゃってますがもう少し待ってもらえませんか?」
習志野をサポートする形で口を挟んできたのが副会長の佐倉である。雪ノ下のように真面目な印象を受ける最近では珍しいタイプの女子高生と言う事もあり雪ノ下も上手く対処できていない。
「そうかもしれないけれどあまり余裕がなくなっているわ。早く進めないと間に合わなく――」
「こちらの遅れは何とか根回しをして取り戻しますから大丈夫です。最低、こちらが責任を取りますから雪ノ下さんは心配しなくていいですよ」
「そう……」
雪ノ下は、言葉を失ってしまった。横で見ている由比ヶ浜は、雪ノ下をサポートしようとしているがそれでも相手が手強い。陽乃さんように難攻不落の城壁だったらもう少し言葉も強く出来るし遠慮なく叩ける。自分と同程度の相手だからこそ力の出しどころで戸惑ってしまう。
実際問題、小学校、中学校の話し合いならこの進行は正しい事この上ない。模範的な進行で誉めそやされるレベルだろう。兎に角、意見を出す事を目的とするのであれば問題は無い。だが今はそういう状態ではない。意見を出してもあまり意味は無いのだ。だって意見を出す意味の無いところで立ち止まっているのだから。
「ごめんなさい。駄目だったわ」
「ああ、しょうがない。駄目で元々の策だ」
雪ノ下が俯きながら小声で言うので俺が一応フォローしておく。まさかこの程度で凹むほど弱くないとは思うがそれでも一応フォローしておくべきだ。そんな無謀な策を取らせているのが俺自身なのだから。
一週間経ったしそろそろ時間云々で叩けるのじゃないか、と言う風に思ったのがそもそも間違いだったのだろう。彼らには間に合わない=不味いという概念が無い。間に合わなくても怪盗サンタクロースのせいだと言って逃げる事が出来るのだから失敗を恐れて色んな奴の案を巻き込もうとしていた去年とはまったく違う。ただ去年も今年も結果的に失敗してもいい、という風な認識になりつつある事は変わっていない。皆でダメージを受けるにしても怪盗サンタクロースにダメージを押し付けるにしても、失敗しても誰も傷つかなければいいという認識を軸にしている。
「ヒッキー、どうするの?」
「あー……」
由比ヶ浜の期待の眼差しは少々辛い。そんな風に信用されて期待されても裏切ってしまうだけだから期待しないでほしい。実際、今だって策があるわけじゃない。考えが及んでいない自分の責任にして逃げてしまおうと思いかけていたぐらいだ。
ふと、茅ヶ崎のほうを見ると茅ケ崎は議事録をまとめながら会議の様子をジーっと見ていた。五月蝿くて中々進まない停滞した欺瞞の会議。俺は欺瞞を許容しかけてしまっているが欺瞞を拒絶している茅ヶ崎からすれば酷く哀れな景色なのだろうと思う。腐った目に映る景色がどんなものであったのか、もう忘れてしまった。
「どうするって言われてもな。この状況で取れる手なんて無い。あっちの副会長が思ったより優秀だし人数の事を引き合いに出されると勝てない」
考えるのを放棄してしまいたい状況だ。詰みだから諦めていいのではないか。そんな風に自分を納得しようとしている。それでもこの場にしっかりと来て考えているのは、一色の疲弊しきった表情や時折俺にだけ向けてくる弱々しく壊れてしまいそうな表情、小町が無力さを実感して歯噛みしていたり茅ヶ崎に拒絶されてほんの少しだけ目を潤ませたりしている様子がどうしても頭から離れないせいだろう。弱々しくも強い、彼女らに何かをしてあげたいと思っているからなのだろう。
「依頼も来てるし小町も困ってるしどうにかしてやりたいのはマウンテンマウンテンだがな。あっちで起きてる事件にまで手を出すわけにもいかないしな。雪ノ下、何かいい案ないのか?」
正直、こういう集団の動かし方ならば俺よりも雪ノ下の方が熟知しているはずだ。俺が打てる手は大抵が愚策であるし最低の手段だ。それしか考える事が出来なかったのだがそれすらまだ思いついてはいない。目が腐らなくなったせいだろうか。
「……駄目。思いつかないわ。事件の犯人を捕まえない限り会議は動かない」
「そだね……どうすればいいんだろう」
この状況は酷く不味い。俺たちが出せるあらゆる手段も海浜高校側には効いてはくれない。厳密に言えばあの副会長の逃げ道を潰さない限り効かない。
その逃げ場、というのが海浜高校で起きている事件だ。部活の備品が盗まれて、翌日には返ってくるということは盗む事自体に意味があるわけではない、ということだ。だからそこまで問題ではないのだろう。警察に通報するほどじゃないし通報するのは学校側にとってデメリットが大きいことのはずだ。だからこそ生徒会が動いて問題を解決しなければならないのだろう。
だからそれに関してはどうする事も出来ない。俺たち総武高校側が関与しかねる要素だ。
「…………」
深い思考にもぐっているうちにその日の会議も終焉を迎えてしまった。
正直、あまりにも憂鬱すぎる。雪ノ下や由比ヶ浜の困った表情を見ているだけで心苦しくなってしまう。こんなことなら頼らないほうが彼女達を苦しめずに済んだのではないかと思っている。人に頼ることが正しいとは限らないのに頼ってしまう自分が酷く浅ましい。もしも頼るなら最低限出さなければならない答えがあるというのにそのことから目を背けてしまっている。クリスマスイベントの手伝いに逃げれば保留していた答えをまだ保留し続けられるような気がするからクリスマスイベントを手伝っているだけなのではないかと思った。そんなモチベーションだから目の前の問題すら解決できないのではないかという疑念が浮かんでしまって気持ち悪い。
どうしようもない吐き気に囚われながらも何とか料理を作っていた。今日は俺が料理を作ることになっていて小町は部屋に篭ってしまった。せめてリビングにいてくれれば少しは話を聞いてやれたのにと思いながらもあの頃の俺も同じ事をやっていたから何もいえないと思う自分もいた。結局のところ、全ての事が巡り巡って俺に返ってきている。色んな人を巻き込んでいるから大げさな事に見えるがただの自業自得でしかない。
考え事をしながらも適当な夕飯を作り終えた俺は、リビングで一息つきながら小町をメールで呼んだ。おそらく声をかけるよりこっちの方が効率がいいはずだ。今の小町は受験で疲れるのとは別種の疲れ方をしている。気疲れで括ったとしてもあまり変わって見えないし何が違うのか説明するのは難しいが少なくとも違う事は確かだ。
リビングにはシチューのいい匂いがしていた。我ながらいつでも婿にいけるレベルになったと実感するが残念な事に貰ってくれる人がいない。平塚先生に貰われちゃうぐらいだろうか。
「小町、大丈夫か?」
リビングに来た小町に声をかけるがその声は、小町には届いてくれなかった。まるで中身だけ抉り取られたようだった。人形みたい、とでも言えばいいのかもしれないが生憎そんな語彙が俺にはないし人形と小町は違う。いくら俺に声をかけてくれなくても小町は大切な妹である。
取り繕うように笑い続ける小町の姿は、ちょうど一年前の由比ヶ浜や雪ノ下に似ている。だからこそ今、小町が何を思っているのか分からない訳が無い。むしろ何度も失敗した俺だから嫌でも小町の真意が分かってしまう。ただ、それが勘違いであるとすればまたしても傷つく事になる。どんなにそれが真実でそれを裏付ける証拠があっても俺はそれを信じることが出来ない。自分が当事者であってもなくてもそれを信じることが出来ないのだ。素直に信じることが出来なくて何でもかんでも相手の行動の裏を読んでしまう。俺の悪いくせだ。自意識の化け物はやっぱり俺の中から消えてはくれない。
――――それでも動かなければならない時がある。
「……なぁ」
いつか、小町が聞いてくれた様に兄として俺は動かなければならない。十数年、兄を務め続けた俺なのだからこういうときに動かなければ兄失格だ。
一見いつも通りに見える笑顔で俺を見てくる小町は、非常に痛々しかった。
「なんか、あった?」
「なにも無いよ。……むしろほら。逆に小町の人生お兄ちゃんの妹に生まれたことで色々ありすぎるまであるからね。お姉ちゃんが出来るまで小町は安心できないからね。もうね、小町は毎日毎日お兄ちゃんのことが気になっちゃって大変なのですよ。お兄ちゃんが幸せになってくれないと小町も気が気じゃないからね」
小町がべらべらとやけに饒舌に話し始めた。そういうところを見ているとやはり兄妹なのだと実感する部分がある。ホントに図星をつかれると論理武装ばっかするんだな、うちの家系。
そんなことはどうでもいい。親父も困ったらたくさん喋る癖があったが親父の事なんてどうでもいいのでさっさと話を進める。
「だから何? なにもないって事」
スプーンでシチューをすくって口に運びながら小町は言った。もぐもぐと口を動かす姿は結構可愛い。マジ兎っぽいから本当ににやけそうだったがそれよりも言いたい事があったのでにやけずに済んだ。だがこれから言う事は答えによっては俺が無茶苦茶傷つく羽目になることだ。お兄ちゃんとして泣かないようにしないといけない。うぅ……涙が。
「……お前、茅ヶ崎のこと好きなの?」
「ふぇ?」
ここで聞かねば男が廃るから覚悟を決めて聞いた。お前○○のこと好きなの? という文章にはトラウマがかなりあるのだが兄という立場で聞くのはそれらのトラウマとは違うだろう。
俺が尋ねると小町は情けない声を漏らした。やばい、小町マジ可愛い。否定してくれないかな。
「あ、えっと……そ、そんな訳無いじゃん。小町は、お兄ちゃんの幸せを願っている訳で小町自身が誰かを好きになるとかそういうのはもっと後だから。小町は超純粋だからまだ誰かを好きになるとかそういうの早いしそれに茅ヶ崎くんのことを好きになるとかありえないよ。あんな人の気持ちも知らないで勝手に一人で突っ走る誰かさんみたいな人のことを小町が好きになると思うなんてお兄ちゃんも小町の事を分かってないですなぁ。小町の愛は今はお兄ちゃんと結衣さんと雪乃さんに言ってるから大丈夫♪あ、今の小町的に考えて超超ポイント高い~」
うっ、涙が滲んできた。やばい、マジで泣きそう。茅ヶ崎を毒虫として扱えない自分がいるから更に悲しい……親父すまん。小町はお嫁に行きそうです。こんな風にあせって否定して言葉数を増やしたら肯定しているようなもんだもんなぁ。
「うっ、うっ……分かった。よく分かった。好きで好きで仕方が無いけど中々手強いから困ってるってことだろ?」
「だ、だから違うってば」
「馬鹿なのか? 俺はお兄ちゃんだぞ? 分からない訳が無い。詳しく話せば相談に乗ってやるから一つ一つ話してみそ」
「うぅ……」
可愛い……照れる小町が可愛いわけだから逆説的に考えて照れていない小町も可愛い。いや逆説的に考えられてないな。リバース的に考えてシナジーをウィンウィンに……やばい、小町が恋しちゃったのが悲しすぎて立ち直れない……キュゥ。
「長くなるけどいい?」
「今までどれだけ俺が小町に長々と独り言を聞かせてきたと思ってるんだ。小町の話ぐらい多少長くても聞いてやる」
何なら末永く聞き続きたいまである、なんていうと引かれそうなので流石に言うのをやめた。材木座の台詞をぱくったのはあいつには言わないでおこう。面倒臭いし。