「古いコンロだからなぁ、大丈夫かな?」
とある古びた屋敷の一室、家主である青年は部屋の掃除と片付けを終え、さび付いたカセットコンロを不燃物用の袋に入れる。
その周囲には分別された他のゴミがまとめられていた。
「ラッカーや殺虫スプレーとの距離が気になるけど、まあこれで良いだろ」
青年は作業を終え、隣の部屋に移る。
「さ、早くログインしよっと」
青年は一人掛けのソファに深く腰を下し体をあずけると、カシャッとうなじのソケットを開きコードを繋いでヘルメットを被り、そっと目を閉じた。
* * *
西暦2126年、ユグドラシルという名のDMMO-RPG―――
幾つもの種族に職業、装備、取得するスキルに魔法。
その組み合わせは正に無限と言ってもよい程であり、意図しない限り―――あるいは意図したとしても―――全く同じ存在は作れない。
そんな日本人の持つクリエイター魂にニトロを注ぎ込むかのような自由度の高さにより人気を博し、日本でDMMORPGと言えばユグドラシルのことだとまで言われる程の人気を博した。
しかし……それももう昔の話。
西暦2138年現在、本日をもってユグドラシルはサービス終了を迎えようとしていた。
「長っ!?」
その日、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の
そしてふと目にとまった、白いドレスが良く似合う美しい女性の外見をしたNPC、アルベドの設定が気になり覗いて見れば、あまりのその細かさに驚きの声を上げた。
(タブラさん、設定魔だったもんな……)
あまりの文章量に、その全てを読んでいる時間は無いなと思い、全体をざっと眺めるにとどめる。
「え!?」
そしてモモンガは最後の一文に我が目を疑った、そこにはこう記されていた。
『ちなみにビッチである。』
「これって、罵倒の意味のビッチだよな?……変えるか」
彼女を創ったタブラ・スマラグディナという男は設定魔な上にギャップ萌えであった。
このような設定を与えたのもそれ故だろう。
しかしアルベドはナザリック内の数居るNPC達の中でも
それにどうせ、今日で最後なのだからとも……。
「本来は別売りの専用ツールが必要だけど、このギルド武器なら」
今モモンガが手にしている杖はギルドの証であり、ギルドマスター専用の装備だ。
その権能の一部を使えば、NPCの設定を書き変える事も可能であった。
「さて、何と入れたものか……」
『ちなみにビッチである。』の十一文字を消し、しばし考える。
「『モモンガを愛している。』……と」
美女とは言え、NPCを相手に自分は何をやっているんだろうという羞恥心と、文字数がピッタリ収まった事に対する満足感を覚える。
「おや、陛下も同じことをお考えでしたか」
「ファッ!?」
不意に誰かから話しかけられ、モモンガの口から奇妙な音が漏れる。
あわててそちらに意識を向ければ、そこには執事服を着た男が立っていた。
先程モモンガがこの部屋に連れてきたNPCの一人、セバス・チャンも執事姿だが、彼では無い。
そもそも話しかけてきた彼はNPCではなくプレイヤーだ。
「久方ぶりだなチャンよ、我らが主に良く仕えておるか?」
とは言え、今セバスに声をかけている彼とセバスは、無関係という訳でもない。
彼の名はキソ・テンリュウサイ・チクマと言い、アインズ・ウール・ゴウンがまだギルドでは無くクランであった頃からのファンギルド『サム・アザーズ・スタート』のギルドマスターだ。
それ故か彼はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに対して―――その中でも特にモモンガに対し―――『従者』のロールプレイを普段から行っていた。
そんな彼を面白く思った
つまりセバス・チャンは彼の後任に当たるわけだが……。
「お久しぶりです。テンリュウさん……同じ考えって?」
モモンガが挨拶を返し尋ねる。
つい羞恥からいささか現実逃避してしまっていたが、時間は無駄にできない。
サービス終了まではもうあと4分と少しを残すのみとなっていた。
「ああ、失礼を。『コレ』の事ですよ陛下」
チクマが手にした道具をモモンガに見せて言った。
彼が持っていたのは先程モモンガが思い浮かべた、NPCやアイテムの名前やフレーバーテキストを書き変えることができる
「今日がユグドラシル最期の日ですから……設定文の矛盾や誤字なんかがあれば、直しておこうと思いまして」
ユグドラシルにおいてゲームアバターの表情は動かない使用だが、その声からは確かに悲哀が感じられた。
(ああ、ここにも
モモンガにはそれが嬉しかった。
自身もまた、ユグドラシルの終了を悲しんでいたのだから。
だからこそ、モモンガは自分とチクマの悲しみをごまかそうと、新しい話題を振る。
「でも、製作者の許可を取らずに……良かったんですかね?……アルベドの設定をいじった俺が言えたことじゃありませんけど」
「大丈夫だと思いますよ。例えばですが……先程私が宝物殿におられる彼の方の設定に一文を加えてきた……と、申しましたならば、陛下はお怒りになりますかな?」
「え!?た、例えばですよね?」
「お怒りになられますかな?」
どうだろうか?設定文全てを書き変えられたなら別だが、一文加えただけなら、それが余程酷いものでもない限り、怒りはわかないんじゃないだろうか。
むしろ自分の創ったキャラクターが、最後に仲間を楽しませる事ができたなら満足だろう。
(そんな風に、皆と最後をすごしたかったな……)
「それが、答えだと思いますよ。つまり
モモンガの無言から心情を読み取った様に、チクマが言った。
「そうですね、許してくれますよね」
そう言えば
そんなチクマの言葉だからこそ、モモンガはタブラからも許された気がした。
「で、アイツにどんな設定を加えたんですか?」
それとも単にものの例えだったのだろうかと、モモンガがチクマに訊く。
しかしモモンガの望む答えは返ってこなかった。
「申し訳がありませんが陛下、そろそろ私は退室せねばなりません。御無礼をお許しください」
「えっ!?そんな、せっかくですし最後まで残って―――」
「アインズ・ウール・ゴウンに仕える身として、私もそうすべきかとも考えましたが……」
モモンガの言葉を遮り、チクマが話す。
「私もまた一つの
そう言われては、モモンガも我儘は言えなかった。
他ならぬ自分も、同じ思いで此処玉座の間に来たのだから。
「そう……ですか……うん、そうですね。ではまたいつか」
寂しさが消えたわけでは無い。
しかしモモンガは自分を無理矢理納得させ、笑顔のアイコンと共に友人に別れを告げる。
「はい陛下も……どうか、お元気で。いつの日か
そう言葉を残し、チクマはモモンガの眼の前からいなくなった。
ナザリック地下大墳墓の外、彼のギルドホームに転位ししたのだろう。
「テンリュウさん、最後までロールプレイを崩さなかったな……」
自分以外の、プレイヤーのいなくなった玉座の間で、モモンガは呟く。
「ああ……楽しかったなあ……」
* * *
ギルド『サム・アザーズ・スタート』のギルドホーム『グレンデラ城』。
ナザリックからほど近くに在り、その外観は『沼にほぼ建物全体が沈んでいる和風の城』と言ったところだろうか。
ナザリックのように運営がダンジョンとして用意したものを攻略して所有権を手にした上で増改築したものなどでは無く、こちらの元は単なる拠点作製系のアイテムだ。
もっとも、改装するにあったっての手間暇、累計課金額などではこちらも負けてはいないはずだ。
なにせ一月ほど前から、金に糸目を付けずにつぎこんだのだから。
「うん、その甲斐あってかなり豪華な内装になったな」
一月前の面影は残っておらず、今やナザリックの第九・第十階層に匹敵するだろう。
「抜けてった奴らも、この光景を見たら驚くだろうな」
このギルドはもう、チクマ一人しか残っていない。
元々サム・アザーズ・スタートのメンバーの多くは、未だ学生の身であったり、目当ての異業種への転生アイテムを入手できていないプレイヤー達であった。
つまり皆いつかは自分も、アインズ・ウール・ゴウンに入るのだという思いで集まったのだ。
しかし『燃え上がる三眼』と言うスパイ系ギルドが起こしたある事件により、アインズ・ウール・ゴウンに残った50を超す数の空席は、そのままとなる事が決定してしまった。
それがきっかけとなり、ユグドラシル自体がそうなるよりも一足先に、
「引退した奴、他のギルドに移った奴、色々居たなあ」
特に声優ギルド非公認親衛ギルドへ移籍したプレイヤーはそれなりの数が居た。
あの時は、あっコイツら
「……あ、最後がこの姿じゃしまらないな」
そう言ったチクマの外見が、執事服の若者からモンスター然としたものに―――
ユグドラシルでは他種族に擬態する
一つは―――ナザリック内でしか使わなかったが―――身長184cm細マッチョ体型で白髪碧眼の若者という、どこか儚げな人間らしい姿だ。
これに対し二つ目の姿は、身長276cm筋骨隆々の二足歩行する白ワニといったところだろうか。
「装備もかえなきゃな」
この身体に執事服は似合わないし、これはナザリック地下大墳墓第九階層守護者としての装備一式だ。
すぐに今の姿、サム・アザーズ・スタートのギルド長としての装備に変える。
和風の全身甲冑に身を包み、ギルド武器である巨大な鎌を片手に、もう一度周囲を見渡す。
「やり残した事は……無いな」
たった一ヶ月間でも思いの外いじくれるものだなと、チクマは大規模課金を決心した経緯を思い出していた。
プレイヤー
しかし、一月前に届いた一通のメールによって事情が変わってしまった……。
『ワシの孫を
ディスプレイに表示された文字をコンピューターが読み上げる。
最初は何を言われたのか
誰よりも真面目に働いてきたつもりだった。
言いたいことは沢山在ったが、スピーカー相手にそれを吐き出すこともできずにただ『了解シマシタ』とだけ返信した。
なにせ相手はウルベルトさんの大っ嫌いな特権階級、所謂『御貴族様』と言う奴だ。
政府が崩壊し巨大複合企業が支配する西暦2138年現在、教育とは選ばれた
あらゆる学術的資料はVRデータとしてどこかしらの研究機関に保存されており、動物の剥製やどこそこの遺跡からの出土品等の
ワカバの仕事は主に、資料に虫食いや汚れ等といった欠損ができていないかを確認することだ。
他にも三名―――館長含め四名―――の職員が在籍しているはずだが、ワカバはその四人と会ったことは無い。
と言うのも、真面目に働いているのはワカバ一人であり、そもそも他の四人は職場に出勤すらしないのだ。
ワカバの記憶にある限りでは初めて館長が仕事をしたのが先程の業務連絡でありワカバへの解雇通知であった。
館長って実在してたんだな……とさえ思ったものだ。
他の誰でも無く、ワカバをクビにする理由は、単純に『家格』だろう。
ワカバは言うなれば『下級貴族』だ、それも両親は既に他界している。
他の職員三名が『中流貴族』と言っていい家柄ならば―――つまり『家』がある程度の『力』を持っているのなら―――この結果は必然と言えるだろう。
加えて言えば、館長は『真面目に働いているのはワカバ独人だけ』という現場の実情を把握していない可能性も高く、ワカバを辞めさせない理由が無かった。
『貴族』が自分の縁者を雇用し、その為に平民や下級貴族が職を失う。
今の時代では当たり前の、どこにでもあるような話だ。
しかしワカバ自身も縁故採用であり、そのことについてとやかく言うつもりも資格も無かった。
自分が職を失うのはかまわない。
一時期様々な資格を
確かに働こうが働かなかろうが貰える給金は同じで、取ろうと思えば365日の有給休暇を自主的に取ることもできる恵まれた環境などココくらいなものだろう。
しかしワカバはそんな天職から自分が離れねばならないということよりも、もっと大きな気がかりがあった。
それは自分が去った後に、博物館が私物化され無茶苦茶にされることだ。
この博物館に保管されている物の中には、古代の装飾品や刀剣類等、古美術品としてそれなりの価値が付く物も多く在る。
そういった学術的資料、考古学的遺産が職員によって横流しされると言うのは、この業界では珍しい話ではない。
あるいはその真逆、博物館を訪れて点検する者が一人も居なくなった資料達は、人知れず朽ち果てていくだろう。
そのどちらにせよ、
前者はならば、買い手先次第ではまだ希望がある。
真の歴史マニアや考古学オタク達であれば、それはそれは大切に扱ってくれるだろう。
ワカバの知人にも幾人かの、そうしたコレクター達は居た。
しかし往々にしてお宝というものは、金に糸目を付けぬ者や金に物を言わせる者、つまり金を持っている者の下に集まる。
そして大抵の場合、そうした好事家という連中は飽きればすぐに捨てるものだ。
実際ワカバが行くようなフリーマーケットでも、たまに知る人ぞ知る逸品を目にすることがあり、それらと出会う度にワカバの個人的なコレクションは増えていった。
そのいつの間にか自宅での置き場に困るほどの量となったコレクションが物語っている。
既に多くの
それを少しでも防ぐためにワカバは行動を起こした、自分自身の手で横流しを行ったのだ。
もちろん売る相手を選んでだ。
幸いなことに―――おそらく館長の孫の都合で―――正式な解雇は一月後のことだったため、ある程度の時間的余裕は有った。
先方には勤め先をクビになったので今はとにかく現金が必要だと言って、コレクションを売りその中に紛れ込ませる形で博物館の資料を持ち出した。
元々それらの管理もワカバが一人で行っていたため、途中でその行為が誰かに発覚することも無く一ヶ月はあっという間に過ぎていった。
(そして得た金の全額を
「決して
博物館の先々々代館長である、ワカバの祖父の
「人類はいつか滅ぶ日が必ず来るだろう……でもね、その更に遥か先の未来では、外宇宙や異世界から新人類がやってきて、地球の調査をするかもしれない」
「そして知るんだ。この
「先人達の遺品を守ることは、その助けになるんだ」
博物館の館長という仕事に、誰よりも誇りを持っていた祖父の言葉が、今は遠い幼き日の会話が、走馬燈の様にワカバの頭の中を駆け巡る。
「
「歴史は、それを積み重ねた者達が滅んでも、歴史そのものは残り続ける」
「『だから私達
意外にも多くの祖父の言葉を覚えていた自分に驚きながら、一つの疑問が浮かぶ。
「お爺ちゃんが今も生きてたら……俺のした事をどう思うかな?」
やはり博物館館長として怒るだろうか、それとも歴史を愛する者の一人としてよくやったと褒めるだろうか。
「でもお爺ちゃん、俺達が歴史を未来に伝えても、未来の人間が受け取らなきゃ意味がないよ……」
そうだ、ワカバも本当はわかっている。
結局自分の
今の時代において、歴史学者とは
民衆から教育が奪われた時、多くの
そしてその中でも『歴史』は最たるものであった。
何故なら本来、近代を調べれば簡単に
故に一部の
ワカバ自身は学校に行った事は無い、しかしモモンガやウルベルト、そしてやまいこから聞いた初等教育における歴史の内容は、自分が知るものとは大きく異なっていた。
曲解としか言えない
不都合な歴史的事実やその証拠は、最初から無かった事にされ、逆に都合のいい『最新の学説』という名の捏造に溢れていた。
ならば、『歴史を未来に伝える』という先祖から受け継いだ生業に……自分の人生に意味など有ったのだろうか。
答えはわかりきっている。
ただただ自分は無為に生きてきたのだろう。
寧ろここユグドラシル内での活動の方が余程社会貢献できているかもしれない。
少なくともここ一ヶ月での大規模課金に今までの課金を加算すれば、ユグドラシルを始めてからの生活費の合計を上回るだろう自信がある。
「『胡蝶の夢』なんて故事があるけど、俺が『生きて』いたのは
言ってから自嘲する。
『現実とゲーム』ではなく『ゲームと現実』と言ったことが、その問いの答えを表していた。
「……と、もうこんな時間か」
残り時間を確認すれば、もうサービス終了まで三十秒をきっていた。
「モモンガさん、最後までロールプレイに乗ってくれなかったな……」
今日まで手元に残ったものは一つだけだが、ワールドアイテムも手に入れた、全盛期にはギリギリだが上級ギルドの末席に名を置いた。
ならば最期を迎えるにあたり、思い残すことといったらそれくらいだろうか。
「死後って言えば、死んだら俺の魂は何処に逝くのかな?」
タブラの話では数多くの、それこそ宗教の数だけ『死後の世界』というものはあるそうだ。
そしてその中には所謂冥界にいくのではなく、来世へと生まれ変わる話もあった。
「『親子は一世、夫婦は二世、主従は三世』か……叶うなら来世でもまた、陛下と至高の方々に……御仕えしたいものだ」
声をワカバからチクマのものに変えそう言うと、そっと寝落ちするように目を閉じた。
そして、時計の針が午前零時を指した頃……。
ある世界ではひとつの屋敷がゴウゴウと燃え盛り、踊る炎が家主の身体を焼き尽くし、またある世界では三国に挟まれた平原に墳墓が現れ、森と山脈に囲まれた湿地の中の湖には城が現れた。
「「どういうことだ!?」」
墳墓の地下深くと城の天守閣にて、それぞれの主二人が同時に声を上げた。
原作の口だけの賢者とアインズ様から、プレイヤーの初期位置は種族によって決定されると解釈しました。