模々具和公記~歴史を記した魔道書の竜王~   作:倉雲

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前回のあらすじ
モモンガはアルベドにパイタッチをしてこの世界ではR-18制限がかかっていない事を確認しました。
チクマはゼンベルの腹部に穴を空けてこの世界ではR-18G制限がかかっていない事を確認しました。


第二話 スベテハ ウマレモッタ モノ

小一時間の後、外見を人間の青年の物に戻し、服装も執事服姿に変え、各装備もサム・アザーズ・スタートのギルドマスターとしての物からナザリック地下大墳墓第九階層守護者としての物に変え終えたチクマが、第六階層の闘技場へと転位する。

何故場所も判らないナザリックへ転位する事が出来たのかと言えば、チクマの右手に一つだけはめられている指輪のおかげだ。

その指輪の名は『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン・レプリカ』という。

複製品(レプリカ)とついてはいるがその有する効果はほとんどオリジナルのそれと変わらない、つまり装備者はナザリック内の一部を除いた全階層のどの部屋でも自由に転位できるようになるという神器級の装備品(ゴッズアイテム)だ。

 

「これで皆、集まったな」

 

「モモンガ様、まだ三名ほど来ていないようですが?」

 

チクマが第六階層に転位すると、そこには既に巨大ゴーレムである第四階層守護者ガルガンチュアと、様々な危険な存在達が封印されている第八階層の階層守護者ビクティムを除いた全階層守護者とアルベド、そしてモモンガの全員が揃っていた。

 

(モモンガさんに話しかけたのは第七階層のデミウルゴスか、ベテラン声優のような美声だな。常時発動型特殊技術(パッシブスキル)の〈支配の呪言〉の効果かな?)

 

とりあえず、彼の誤解を解くためにこの場に居る事をアピールする。

 

「私はここに居るぞ、第七の」

 

「おや、これは失礼しましたキソ・テンリュウサイ・チクマ様」

 

「様などよしてくれ、テンリュウサイで良い。私はアインズ・ウール・ゴウンに仕える者達の中で一番の古株ではあるが、君らとは対等の立場の筈だ」

 

姪であるアルベドが自分を『叔父上様』と呼ぶのは―――彼女が持つ高貴な気配というかいでたちも含めて考えれば―――理解(わか)らなくもないが、NPC達は皆自分に敬意を持っているのだろうか。

 

「しかし、確かに私は階層守護者という地位にありますが、テンリュウサイ様は『至高の四一人』の御方々から同格の存在として扱われておりました」

 

なるほどと、チクマは納得した。

NPCが自身の創造者に対して敬意を持つのは当然、ならばその創造者達が対等に接していた相手にも敬意を持つという訳だ。

となれば……

 

(創造者よりも上位の存在(ギルドマスター)であるモモンガさんには、どれほどの敬意を持つのだろうな)

 

しかしモモンガに対する敬意はともかく、チクマに対してのそれはナザリックという組織にとっては良くないものだ。

 

「第七の、それでもこれからは対等の立場として接して欲しい」

 

「それは・・・なるほどそういうことですか。解りました、ではそのように」

 

デミウルゴスも気がついたようだ。

一階層守護者に過ぎないチクマを、守護者統括であるアルベドや、守護者達の中で唯一複数の階層を担当する第一から第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンよりも上位として扱うということが、いかに組織として危ういかを。

 

「では、ガルガンチュアとビクティムがこの場に居ないのも?」

 

デミウルゴスに問われ、チクマはハッと気づき肯定する。

つまり彼はこう言いたいのだろう、『ナザリックが異常事態にある今、我々(しもべ)達の結束こそ重要。故に貴方は上下の垣根を取り払えとおっしゃったのですね?』と。

 

「そうだ、それだけの異常事態ということだ。故に陛下はあの二人をこの場によんでいないのだろうな」

 

「なるほど、そうだったのですか」

 

チクマとデミウルゴスの二人が、モモンガに顔を向ける。

 

「う、うむ。あの二人はどちらも特定状況下での働きを優先して配属された守護者。今回のような場合には呼ぶ必要は無い」

 

デミウルゴスが肯き、チクマには〈伝言(メッセージ)〉が繋がる。

 

『これで良いんですよね!?テンリュウさん』

 

その相手は目の前に居るモモンガだ。周囲に聞こえないようにかなり小声だが、竜系統の種族を取得しているチクマは優れた五感を持っており、その耳は主の言葉をたやすく聞き取る。

 

『はい陛下、お見事です』

 

チクマも小声で返すが、この台詞ならば周囲に聞かれても、その者はチクマがモモンガの采配を評したものと思うだろう。

チクマが上手くそうした言葉選びをする事も二人の計画の内だ。

普通、全ての装備を入れ替えても十分もかからない、しかしチクマが指定された時間ギリギリに転位したのは、このモモンガとの〈伝言〉こそが理由であった。

 

(連絡がついた時の、モモンガさんの喜びようにはびっくりしたなぁ。それ以上に彼のテンションが一瞬で普通に戻った時の方が驚いたけど)

 

「では皆、至高の御方に忠誠の儀を」

 

デミウルゴスとの会話が途切れたことで頃合いと見たのだろう、アルベドが守護者一同に呼びかける。

それに応じた守護者達は彼女を前にし、その後ろに横一列に並ぶ。

そして隊列が完成するとまず一番端に立っていた銀髪の少女、シャルティア・ブラッドフォールンが一歩前へ出る。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

そして彼女は膝をつき片手を胸に当て、深く頭を下げる。

 

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

 

次に青い蟲の様な姿をした武人、コキュートスが前に出て臣下の礼を取る。

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ……」

 

「お、同じく第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ……」

 

男装の少女と女装の少年、闇妖精(ダークエルフ)の双子が臣下の礼を取り、それぞれの名乗りの後に、二人は声を合わせる。

 

「「御身の前に」」

 

他の者達も順に続いていく。

 

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

 

「第九階層守護者、キソ・テンリュウサイ・チクマ。御身の前に」

 

「守護者統括、アルベド。御身の前に」

 

守護者統括である彼女の口上は、そこで終わらずもう少し続く。

 

「第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ビクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。……ご命令を、至高なる御身よ。我らの忠誠全てを御身に捧げます」

 

(こうべ)を垂れる八人に、モモンガは幾つかの質問をする為、まずはその顔を上げる許可を出す。

モモンガは周囲の者に恐怖を与える―――耐性を持つ守護者達には効果はないが―――スキル〈絶望のオーラ・Ⅰ〉を発動させ、自分なりに精一杯威厳を持たせた声を出した。

 

(おもて)を上げよ」

 

一糸乱れぬ動きで、守護者達全員の頭が一斉に上がる。

 

「さて、テンリュウサイ皆に説明を」

 

「はっ」

 

先程二人で打ち合わせした通り、先にチクマが自分達の現状を話す。

 

「現在、ナザリック地下大墳墓と、私が居たグレンデラ城には、原因不明の異常事態が起こっている」

 

アルベド、デミウルゴスを除いたNPC達から驚愕の気配が感じられた。

 

「グレンデラ沼地に在った筈の私の城が、先刻午前零時を境に見知らぬ地に転移したのだ。そして恐らくこの世界はユグドラシル九世界のいずれでもないものと思われる」

 

「そしてナザリック周辺を調査させたセバスからの報告によれば、ナザリックもまた同じく異世界に転移したらしい」

 

チクマの言葉を補足するようにモモンガが続けた。

 

「それで守護者各員に訊きたいのだが、この大規模転移の予兆、前触れの様なモノに何か心当たりが有る者はいるか?」

 

アルベドが振り返り、他の守護者達の顔色を確認した後、彼等を代表してモモンガに答える。

 

「いえ、申し訳ありませんが私達に思い当たる点は何もございません」

 

一度肯き、モモンガは更に質問を重ねた。

 

「では次に、自らの階層で何か特別な異常事態が発生した者はいるか?」

 

主からの問いに、各階層の守護者が口を開く。

 

「第七階層に異常はございません」

 

「第六階層もです」

 

「は、はい。お姉ちゃんの言うとおり、です」

 

「第五階層モ同様デス」

 

「第一から第三階層まで異常はありんせんでありんした」

 

第七階層から、先程とは逆に深い階層から順に第一階層までの守護者達が報告を終える。

 

「モモンガ様、早急に……」

 

「陛下、取り急ぎ……」

 

アルベドとチクマの発した言葉が重なった。

 

「どうぞ、統括殿」

 

チクマにとってアルベドは姪であるが、彼女は守護者統括でありナザリックにおいてチクマより高い地位に就いている。

故にここはチクマが譲った。

 

「モモンガ様、早急に第四、及び第八階層の探査を開始したいと思います」

 

「ではその件はアルベドに任せるが―――」

 

「陛下、第四階層守護者ガルガンチュアはゴーレムの為他の者を遣わす必要がございますが、第八階層はビクティムに任せるべきかと」

 

モモンガの言葉を遮り、チクマが進言する。

 

「なっ!?叔父上様といえど、モモンガ様のお言葉の途中に口を挟むなど許される事ではありませんよ!?」

 

その言葉通りの理由か、あるいはモモンガ(愛する主)が自分に仕事を与えようとしたというのに、それが奪われることになりかねない為か、アルベドがチクマを叱責する。

 

「良い、良いのだアルベド。続けよ、テンリュウサイ」

 

モモンガはそんなアルベドをなだめ、チクマにその先を促す。

 

「はっ、更に申しあげます。これは私の不徳のいたすところでございますが、第九、第十階層の探査も至急行わねばなりません」

 

「テンリュウサイは転移当時ナザリックの外にいたのだ、それは仕方のないことだろう。むしろ外にいたことによって価値ある情報を多数持ち帰ったのだから、褒めこそしようが責めはしないさ」

 

「ありがたきお言葉、胸に染み入ります。つきましては戦闘メイド(プレアデス)の半数……アルファ、ベータ、ガンマをチャンと共に第四階層の、デルタ、イプシロン、ゼータの三名には統括殿と共に第十階層の探査に当らせることを提案いたします。しかし……」

 

戦闘メイド達に第四階層の探査をさせると言うところで誰かの歯ぎしりが聞こえた気がしたが、それには触れず第十階層の探査に当る人員を提案したところで、チクマは言いよどんだ。

 

「どうした、続けよ」

 

モモンガに促され、チクマは言葉を続けた。

 

「第十階層は玉座の間や宝物殿等、場所によっては陛下ご自身に調べていただかねばならない事も在るかと思いまして、そしてそれは陛下にお仕えする身としてあまりに不甲斐なく、申し上げる事が出来ずにいた次第にございます」

 

「それくらいは構わないさ、むしろ上に立つ者こそ組織の為に率先して働かねばな」

 

モモンガは気がつかなかったが、この時チクマを除く守護者(NPC)達の表情(かお)は、僅かだが口惜しさの為に歪んでいた。

主が行う仕事の全てを自分達が代わりに行うことが出来ない、それは彼らにとってそれほど悔しく、耐え難い事実なのだ。

 

「む、帰ったか。セバス」

 

ここでモモンガの視界に、小走りに走って来るセバスの姿が入る。

 

「セバスよ、ここに来て今一度お前が見たものを守護者達にも説明せよ」

 

モモンガに命じられたセバスに、守護者達の視線が集まる。

 

「まず、周囲1キロは草原です。人工建築物は一切確認できませんでした。生息していると予測される小動物を何匹かは見ましたが、戦闘力はほぼ皆無と思われる生き物でした。大型の生物や人型生物は発見できませんでした」

 

「ふむ……お前達からも、セバスに何か訊ねたいことは在るか」

 

モモンガに問われるも、皆すぐには思い浮かばないようで隣の者と顔を見合わせるなどしている。

デミウルゴスとアルベドは何やら考え込んでいたが、その間にチクマがセバスに質問した。

 

「チャン、月はどのあたりに見えた?それは何分くらい前で、どのような形だった?」

 

「十分程前には西に低く、三日月が見えました」

 

「良し!!それは右側が欠けた三日月だったな!?」

 

「はい、その通りです」

 

セバスの説明を受けて、チクマが喜びを表す。

そんなチクマを不思議に思ったのか、アウラが訊ねた。

 

「えっと、なんでそんなに喜んでいるんですか?月を見れば何か判るんですか?」

 

「ああ、フィオーラ。さっきデミウルゴスにも言ったのだが私に対しては同僚として接してくれ、他の守護者達もそのように頼む。それで、私が喜んでいた理由(わけ)だが、我が城が転移した地とナザリックはそれほど離れていないと思ったからだよ」

 

例えば地球では経度が15度変わればそれは一時間の時差となり、当然月の見える位置にも違いが表れる。

そして満月以外であれば、その欠けている場所は緯度によって変わる。

つまり異なる二点から、同じ時間帯にほぼ同じ位置に同じ形の月が見えたということはその二つの場所がそれほど遠くは離れていない事を意味していた。

もっともこの世界には月が二つ以上ある等、地球の常識が当てはまらないという可能性や、そもそもグレンデラ城とナザリックが別の世界に転移したという可能性もあるが、後者についてはすでに否定できていた。

チクマの持つリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン・レプリカは()()()()オリジナルと変わらない性能を持つが、それはつまり多少の違いはあるということだ。

そのうちの一つに、レプリカの方は世界を超えてナザリック地下大墳墓内に転位する事はできない。というものがあった。

以上の事から、チクマはあの湖とここナザリックの位置は近いものと判断した。

 

(あとは北極星の位置と、昼間に太陽の南中高度を調べておきたいな)

 

チクマは心のメモに更に書き加えていく。

 

「陛下、私からも報告がございます」

 

デミウルゴスとアルベドも、結局セバスへの質問は無いようなので、チクマから話を切り出す。

 

「うむ、話せ」

 

「私が転移した先は森に囲まれた湖にございました。そこで現地人……知性体との接触に成功致しました」

 

本当は既に一通りの経緯をチクマからモモンガには話してあるが、そのことを他の守護者達は知らない。

モモンガが知り得ない筈の情報をうっかり口を滑らせるなりして漏らせば、NPC(シモベ)達に不信感を与えかねないと二人は考えたのだ。

今ここで報告してしまえば、それは「モモンガが知り得ない情報」では無くなるという訳だ。

それに勿論守護者達の前でもう一度チクマが報告するのは、この世界について得られた情報をナザリック内で共有する為というのもある。

 

「ほう、知性体とは?」

 

「はい、湖の周辺には蜥蜴人(リザードマン)が5つの部族が、部族ごとに分かれて村を作り生活しているようです。私はその内の一つ竜牙(ドラゴン・タスク)族の村に招かれ彼等と交流を持ちました。本日の昼頃、また彼等の村に向かう約束をしております」

 

「ふむ、ではその件……いや外部の調査はテンリュウに任せよう。引き続きこの世界の情報を入手せよ」

 

「かしこまりました」

 

モモンガはチクマに向けていた視線を、グルリと守護者達全体に向け直すと次の質問を投じた。

 

「さて、守護者達よ。次に訊きたいことは、ナザリックの隠蔽は可能かということだ。意見の有る者は遠慮なく口にせよ」

 

モモンガにそう言われ、最初に口を開いたのはデミウルゴスだった。

 

「では僭越ながら……」

 

デミウルゴスはセバスに顔を向ける。

 

「セバス、確認したいのだがナザリックは草原の中にあり、周囲1キロに人工物の類は見当たらなかったのだね?」

 

「はい、デミウルゴス様。先程報告した通りにございます」

 

「では、自然物に偽装できれば目立たないと思うのだが……マーレ、君の魔法で土のドームを作ってその中にナザリックを包んでしまうことは出来るかい?」

 

話を振られたマーレが、つっかえながら答える。

 

「え、えっと……魔法では、難しいと思います壁に土をかけて、そこに植物を生やせば、と、遠くからみたら普通の丘に見えると思います」

 

「栄光あるナザリックの壁を土で汚すと?」

 

アルベドが穏やかな、それでいて全く逆の感情を思わせる声でマーレをとがめ、チクマがなだめる。

 

「そう言うな、統括殿。外周に壁を新たに造り、それから行えば良いのだ」

 

「恐れながらマーレ様、周囲は平坦な土地が広がっており、丘は目立つかと」

 

「じゃあさ、ある程度の広い範囲で周辺に丘を幾つも創ろうよ」

 

「ふむ、ではその図案は私が引こう。第五の、壁を造る際には手伝ってくれ」

 

「承知シタ、ソレト私ノコトモ名前デ呼ンデクレ、テンリュウサイ」

 

「テンリュウ、わらわにも仕事をおくれなんし」

 

「ブラッドフォールンには私達の作業中、蝙蝠と狼で周辺の警戒を頼みたい」

 

「任せるでありんす」

 

「でも、昨日までは無かった丘が幾つもできていたら不信に思うのではないかしら?」

 

「ふむ、ではナザリック周辺に知性体の村や町を発見した場合、その地に弱い地震をおこすというのはいかがでしょう」

 

「ナルホド、多少ノ地形ノ変化ハ不自然デハ無クナルトイウコトカ。デミウルゴス」

 

守護者達が意見を出し合い、それをチクマが纏め、デミウルゴスの出した丘を造るという案は徐々に具体的に煮詰まっていく。

それが一段落着いたと見て、モモンガは最後の質問をする。

 

「最後に、お前達にとって私とは一体どのような人物だ?……まずはシャルティア」

 

「美の結晶。まさに世界で最も美しいお方であります。その白きお体と比べれば、宝石すらも見劣りしてしまいます」

 

モモンガは迷い無くスラスラと答えるシャルティアに、満足したように一度肯くと次の者の名を呼ぶ。

 

「コキュートス」

 

「守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト」

 

「アウラ」

 

「慈悲深く、深い思慮に優れたお方です」

 

「マーレ」

 

「す、すごく優しい方だと思います」

 

「デミウルゴス」

 

「賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力も有された方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきお方です」

 

「セバス」

 

「至高の方々の総括に就任されていた方。そして最後まで私達を見放さず残っていただけた慈悲深き方です」

 

「……あー、テンリュウ」

 

今まで直ぐに次の者の名前を呼んでいたモモンガだが、チクマを呼ぶときにはわずかに迷いを見せた。

 

「かの第六天魔王を超える才気、豊国大明神を上回るカリスマ、東照大権現以上の長期的な視野を合わせ持ち、天の時に愛され、地の利を用いる事に長け、その下に集いし人の和ができる。……まさしく『須王なる者』こそ、陛下を表すに相応しい言葉かと存じます」

 

(長いよ!?その三人誰だよ!?『須王なる者』ってどういう意味だよ!?)

 

守護者達のあまりの高評価に精神を安定化させるパッシブスキルを働かせながら、モモンガはいよいよ最後に残った一人に尋ねる。

 

「最後になったが、アルベド」

 

「至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そして私の愛しいお方です」

 

「なるほど、お前たちの思いは十分に伝わった。今後は私の仲間達が行っていた執務の一部をお前達に委ねる。これを私からの信頼の証と思い、これからも忠義にはげめ」

 

モモンガを除く一同が、深く頭を下げる。

 

「では今夜はこれにて解散とする。各々休憩の後にそれぞれのすべきことに当たれ。長期作業になることも考え無理だけはするな」

 

そう言い終えると、モモンガは転位によって守護者達の前から消えた。

主が退室してなお、しばしの間誰一人動こうとはしない。

数秒後か、あるいは数十秒後か。ようやくチクマが立ち上がり深呼吸をすると他の守護者達も立ち上がり衣服に着いた土埃を払ったり、他の者と話しだした。

 

「はぁ、皆大事無いか?」

 

チクマが尋ねる。

モモンガの使用したスキルは対象となる者に恐怖を与えるモノだったが、それだけでは説明のつかない重圧、威圧感(プレッシャー)をチクマは感じていた。

 

(アレはモモンガさんの、鈴木悟さんの素のチカラなのかな?)

 

この場にいるのは全員がレベル100であるためアレでどうにかなったとは思わないが、万が一も考え確認する。

 

「は、はい。でもすごく怖かったです。ね、お姉ちゃん」

 

「ほんと、あたし押しつぶされるかと思った」

 

(フィオーラも恐怖ではなく重圧と感じたのか)

 

ダークエルフの双子の会話から、チクマは自分が感じた威圧感は勘違いでは無いと判断する。

 

「流石はモモンガ様。私達守護者にすらそのお力が効果を発揮するなんて……」

 

(アルベドはこう言っているが、アレは本当に陛下の……『モモンガ』の能力(チカラ)なのか?)

 

チクマは知らなかったが―――ユグドラシルにおいて価値ある情報は、それを最初に得たプレイヤーが独占するというのは当たり前だった―――絶望のオーラⅠには恐怖を与えるだけでは無く、相手の能力値を一時的に低下させる効果もあった。

それがさらにモモンガが手にしたギルド武器『スッタフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』により強化された結果レベル100である守護者達にも効果を発揮したというのが真相なのだが、チクマは先程の『恐怖とは異なる威圧感』を鈴木悟のオーラだと思っていた。

 

「至高ノ御方デアル以上、我々ヨリ強イトハ知ッテイタガ、コレホドトハ」

 

守護者達が口々にモモンガの印象を話すなか、チクマはシャルティアが先程から微動だにせず、一言も発していないことに気がついた。

よく見れば、彼女は身体を震わせていた。

アンデッド系種族である真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のシャルティアは守護者達のなかでも特に精神効果への高い耐性をもつはずだが、この世界に来て変わったのだろうか。

 

「大丈夫か?ブラッドフォールン」

 

チクマの言葉をきっかけに、彼女一人がいまだに蹲っていた事に気がついた、他の者達の視線こちらに向けられた。

チクマに声をかけられたシャルティアが顔を上げる。

トロンとした締まりのない顔で、シャルティアは答えた。

 

「ええ、平気でありんす。ただ……あの凄い気配を受けて、ゾクゾクしてしまって、少うし下着がまずいことになってありんすの」

 

(そうか、十四歳相当の女の子があれほどの『恐怖』を浴びればそうなるか……)

 

アイテムボックスから外套(マント)とタオルを取り出し、それらをシャルティアに渡そうとしているチクマに、アウラが待ったをかける。

 

「あのさ、テンリュウサイ。シャルティアは別におしっこ漏らしたわけじゃないと思うよ?」

 

「む?……ああなるほどな、勿論だともフィオーラ。ブラッドフォールンは失禁などしていないし、仮にそうだとしても男の私が世話を焼くのは逆に彼女を恥ずかしめることになる。そう言うことなら、後は女性陣に任せよう」

 

手にしていたタオルとマントをアウラに渡すと、チクマはマーレを連れその場から離れる。デミウルゴスやセバス、コキュートスも二人について行った。

 

「つまり、どういうことなんですか?」

 

マーレがチクマに訊ねる。

彼もまたシャルティアの身に起きた事を理解できていなかった。

 

「うむ、あまり些細なことにはこだわらない方が良い。と言うことだよ、フィオーレ。それが誰かの名誉を傷つけることならば特にね」

 

シャルティアは恐怖のあまり失禁した、と勘違いしているチクマがマーレに答える。

その内容は誤解したものではあるが、的を射ったものだった。

 

「では皆様、私は先に戻ります。モモンガ様がどこにいかれたかは不明ですが、お傍に仕えるべきでしょうし」

 

セバスがその場に居た男性守護者達に、自分が一足先に通常の職務に戻ることを告げる。

それをアルベド達にも伝えるべきかとチクマがそちらを見れば、女性陣達は何やら言い争いをしているようだ。

正確にはアルベドがシャルティアを叱り、シャルティアが言い返し、アウラは二人に呆れていると言った様子だ。

 

「ああ了解した、チャン。それと恐らく陛下は『円卓の間』、『玉座の間』、『執務室』のいずれかにおわす筈だ。その何処(いずこ)にもいらっしゃらなかったのであれば向かわれたのは御自室に間違いないが、その場合は入室せず執務室にて待つようにな」

 

チクマがセバスに命じる。

この後チクマはモモンガと二人で、先程の反省点の確認や今後についての相談をする予定だ。

その内容がNPCの耳に入るのは現時点では避けたかった。

 

「かしこまりました。そのように」

 

『テンリュウさん、そろそろこっちに来てくださいよ』

 

セバスの堂に入ったお辞儀を見て自分もこうありたいとものだと思っていると、モモンガから〈伝言〉が届いた。

 

「今〈伝言〉があった、陛下がお呼びだ。なので私もこれで失礼するよ。ではな」

 

チクマが指輪のチカラを使って転位し、その場から消える。

 

「あれ、テンリュウサイは?」

 

そのすぐ後、先程渡されたタオルとマントを返そうとアウラがやってきて言った。

 

「彼ならモモンガ様からお呼びがかかったそうだよ」

 

「そっか、じゃあセバスこれテンリュウサイに渡しといてよ。結局シャルティアは使わなかったからさ」

 

デミウルゴスからチクマの行方を聞くと、アウラは手にしていたそれをセバスに渡す。

この場に居る者達の中で、第九階層守護者であるチクマと最も顔を合わす機会が多いのは彼だと思ったのだろう。

 

「かしこまりました、では今度こそ私もこれにて」

 

アウラからマントに包まれたタオルを受け取ったセバスが別れの挨拶をして闘技場から立ち去る。

 

「ところでアウラ、あの二人は先程から何を争っているのですか?」

 

「ああ、ケンカ自体はもう終わったよ。だから私もこっちに来たんだけどね、今は……」

 

アウラの言葉を遮り、やって来たアルベド達が説明する。

 

「私とシャルティアのどちらがモモンガ様の正妃となるかでもめていたの」

 

「ナザリック地下大墳墓の主が、妃を一人しか持ちんせんというのはおかしな話でありんすからねえ」

 

「非常に興味深い話だが……それよりアルベド、守護者統括として命令をくれないか。テンリュウサイが周辺地理を調べて図案を描き終るまでの間にも、私達にはすべきことがあるだろう?」

 

「ええそうね。わかったわ」

 

デミウルゴスに促され、アルベドは守護者統括としての表情、雰囲気を身に纏う。

そんなアルベドに守護者各員は姿勢を正し敬意を表す。

そして守護者達が礼を示すのを確認したアルベドが、守護者統括として指示を出した。

 

「まず、デミウルゴス配下の三魔将を第一階層と地表部の……」

 

* * *

 

チクマは第九階層にある、モモンガの自室へと転位した。

 

「お待たせして申し訳ありません、陛下」

 

「あ、テンリュウさんはそのロール続けるんですね」

 

部屋にはモモンガとチクマの他には誰も居ないというのに、従者ロールを続けるチクマに少々呆れながらモモンガが言った。

 

「私はユグドラシル時代からこうでしたので。さてそれはそうと陛下、先程の上位者としての振る舞い実に板についた見事なものでした」

 

「ありがとうございます。NPC達の態度を見るに、アレで良かったんですよね?」

 

「はい、彼等は私に対してまで敬意を持って接しようとしておりましたから。その理由を聞けば私が『至高の四十一人』から対等に扱われていたからだとか……つまり、その盟主たる陛下に対して、彼等は私に向ける以上の敬意を持っている筈です」

 

チクマの言葉を聞いて、モモンガの眼孔に宿っている赤い光が球体から一文字状に変わる。

おそらく人間であれば目を細めているのだろう。

 

「それこそ、敬意や尊敬と言うよりも、彼等のそれは忠義や忠誠と言った方がいいかも知れません」

 

敵意を持たれるよりは良いでしょう。と、チクマは締めくくる。

 

「テンリュウさんは良いですけどね、最初に『対等に接してくれ』なんてデミウルゴス達に言ってましたから」

 

「役割分担、適材適所というものにございます」

 

チクチクとしたモモンガの視線を受けても、チクマはどこ吹く風といった様子だ。

 

 

「はあ~俺、現実(リアル)じゃただの平サラリーマンだったのに……どうしてこうなった!?」

 

「どうして、と申すのであれば、この地に来て最初に我が姪やチャンに対し、上位者としてふるまったことが原因かと」

 

チクマは思い出す。

今から約二時間程前、グレンデラ城にてアルベドからの〈伝言〉が切れると、チクマは直ぐにモモンガへと〈伝言〉を飛ばした。

 

* * *

 

『どうした?セバスよ、何か発見したのか?』

 

自身から伸びる魔力の線が、何処かで何かと繋がったという奇妙な感覚。

アルベドから〈伝言〉を受けた際にも感じたこれは、おそらく通信用魔法が発動した証なのだろう。

 

「いえ陛下、チャンではございません。キソ・テンリュウサイ・チクマにございます……あの、そちらは陛下、モモンガ様でよろしいでしょうか?」

 

自分はモモンガを対象に〈伝言〉を起動させた筈だし、相手はセバスの名を呼んだのだからナザリックの者で間違いはない筈だ。

 

(モモンガさんってこんなイケボだったっけ?)

 

しかし実際に聞こえてきた声は、穏やかに優し気でありながら力強く威厳のこもった『THE・理想の上司』といった声だった。

 

『ええっ!?テンリュウさん!?良かった俺独りじゃ無かった……っ。それでテンリュウさん、テンリュウさんは今どちらに?』

 

前半は驚きやら喜びやらが色々と混ざったよく分からない声だったが、後半はそれまでが嘘のように落ち着いた声であり、またそれはチクマの知る、いつものモモンガのものであった。

 

「グレンデラ城にいるのですが、周辺の景色はどう見てもグレンデラ沼地ではありませんね。いえ、数百年後とかならわかりませんが……」

 

『そちらもですか、実は周辺の調査に出したセバスからついさっき報告がありまして、ナザリックの周りは草原になっているみたいです』

 

なるほど、それでさっき自分をセバスと間違えたのかと納得しながら、チクマもモモンガに城の周辺について話す。

 

「草原、ですか……こちらは湖ですね。そして岸辺には私のビルドの最初の種族でもある蜥蜴人の村が五つほどあるそうです」

 

『蜥蜴人ですか、もう接触は?』

 

「はい、その内の一つの村に族長直々に招かれ、いましがた我が城に帰ってきたところです。昼頃にまた向かう予定ですので、今後はそこで村人達からこの世界について色々と訊いてみようかと思います」

 

『なるほど、何か良い情報は得られそうですか?』

 

「はい、陛下。嬉しい事に彼等の知能は人間と同等かあるいはそれ以上に高度なようです。非常に合理的な独自の文化を形成しておりました」

 

この世界の人間とはまだ出会っていないが―――そもそもこの世界に人間が存在するのかも不明だが―――自分達の住む世界を滅ぼしてしまったリアルの『人間』と比べれば、この世界で出会った蜥蜴人達は遥かに高等な種族と言えるだろう。

 

『独自の文化って言うと、ネイティブアメリカンみたいなのですか?』

 

「おおむねそれに近いものはあるかと。しかしむしろ、私が受けた印象としましては19世紀末のアイヌ文化に近いものかと思われます」

 

『いやアイヌ文化って言われても、それがどんなものか俺にはさっぱりなんですが』

 

「失礼しました、アイヌとは日本の先住民である蝦夷(えみし)達が大和王朝系の勢力に追われる形で北上、またこれにアムール川流域から南下したロシア系の血筋と文化が混ざり蝦夷(えぞ)地、つまり北海道で……と、話が逸れましたな」

 

『テンリュウさんって、そういうところは本当にタブラさんと似てますね……』

 

なつかしむように、モモンガが言う。

 

「話を元に戻しますとアイヌには『口伝文化』とでも言うべきものがありました。であれば、彼等蜥蜴人達にも語り継がれる物語があるでしょうし、伝説の中には史実が隠されているもの……そこから私達以外のプレイヤーの痕跡を探そうかと」

 

『俺達以外のプレイヤー……やっぱりテンリュウさんも来ていると思いますか?』

 

「来て()()となるとわかりませんが、来て()()であれば……その可能性は高いと思っています」

 

『それは……どうしてそう思ったんですか?』

 

「蜥蜴人達と言葉が難なく通じたからです、しかし彼等が日本語を話しているというわけではないようです。私はこれを過去にこの世界を訪れたプレイヤーが『二十』の内の何かを使ったからでは……と仮定しました」

 

加えて言えば―――チクマが同族であることが理由かもしれないが―――ゼンベル達はチクマが何処か遠くから来た事を知っても言葉が通じている事に違和感を持っていなかった。

つまり『逆バベル』とでも呼ぶべき世界の改変は、今やそれが当たり前になってしまう位の大昔に行われたと考えられる。

そしてそれを行ったのが人間であれば―――ユグドラシルでは亜人や異業種より人間種を選ぶプレイヤーが多かった―――寿命により既にこの世を去っているだろう。

以上の理由を、チクマはモモンガに話した。

 

「しかし結局は全て、『今後要検証』という話ですが」

 

『ですね……』

 

しばし両者の間には沈黙が降りる。

その後、気分を変えるようにモモンガが口を開いた。

 

『まあなんにせよ、現地の知性体を発見できたのは大きいですね。俺はまだ自分のスキルや魔法が使えるかの確認の途中ですよ。あ、ひょっとしてテンリュウさんも魔法の検証(それ)で俺に〈伝言〉を?』

 

「いえ、統括殿からの〈伝言〉がきたことでナザリックもこの世界に転位したと知り、急ぎ陛下に連絡を取った次第です」

 

『え?アルベドから?』

 

「はい、なんでも陛下から各階層守護者を第六階層に集めるよう命じられたとか……」

 

『あっ、そうでした。なるほどそれでアルベドはテンリュウさんに〈伝言〉を……』

 

「陛下、つきましては確認したい事がございます」

 

『どうしましたテンリュウさん、改まって』

 

「我が姪は確かに陛下から御命令を受けたと申しました、そして先程陛下は、セバス・チャンを調査に出したとも……それはつまり、陛下が彼らに対して上位者として自然にふるまう事が出来た。ということでしょうか?」

 

『自然にと言われると違いますね、最初はテンパってしどろもどろでしたし。ただ、セバスにはコマンドワードを使わずにある程度複雑な命令を出してみたんです』

 

「NPC達が本当に自我を持ち生きているのかの確認にございますね」

 

『あとはとっさにですねアルベド達の様子から、そうした方がいい気がして』

 

「陛下の選択は間違っていないと思います。アルベドとの会話で感じたのですが、こちらに好意と言うべきか敬意を持っているようでしたから……しかし他の……なら……」

 

『あの、テンリュウさん?』

 

「これから第六階層に向かいますが陛下の目的は守護者達の敵意の有無を確認し、信用にたると判断した場合には現状の説明、組織内の情報の共有でしょうか?」

 

『あ、はい。そんなところです。あとはナザリックの警戒レベルを上げて、隠蔽なんかもしたいですね』

 

「であれば陛下、私から幾つか提案が……」

 

チクマの提案とは、新たな警備体制の構築やナザリック地下大墳墓の隠蔽において、モモンガからの具体的な命令は避け、守護者達に『どうするべきか』と問い彼らに考えさせ話し合わさせると言うものだった。

 

「各守護者がどのように考え、どのような案を出すかを知れば、彼等の内面が見えてきます」

 

『なるほど……しかし大丈夫ですかね?それって結論も出ずにグダグダになる可能性もあるんじゃ』

 

「心配御無用、設定通りであれば第七のと統括殿は殿下に匹敵する知の者であった筈。その確認を兼ねておりますれば……それにいざとなれば私が上手く誘導してみせましょう」

 

『アイツを殿下って呼ぶのだけは勘弁してください。……けど、わかりました。そこまで言うなら……ただ俺からも幾つかテンリュウさんに頼みたい事が……』

 

* * *

 

「どうしましたテンリュウさん」

 

モモンガに呼びかけられ、チクマの思考は現在に引き戻される。

 

「いえ、ユグドラシル時代では叶わなかった陛下のロールに合わせた従者ロールが、ユグドラシルが終わってから叶うというのも奇妙な話だなと思いまして」

 

「俺は好きで上位者として振る舞っている訳じゃないんですよ?」

 

「はい、存じておりますよ陛下。ですから私に対してはそのように素で接してくださって結構です。しかし他のNPC達の前では……」

 

王と臣下の関係を演じるよう言われたモモンガが、ため息一つついた後、手を上げて了解を示す。

 

「はあ、気を付けます」

 

チクマは懐中時計―――正確にはその外見と機能を持った装備品―――を取り出し、現在の時刻を確認する。

 

「では陛下、今から私は『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』を使ってナザリック周辺を調査しますので、〈偽りの情報(フェイクカバー)〉や〈探知対策(カウンター・ディテクト)〉等の魔法をお願いします」

 

チクマはアイテムボックスから大きな姿見を取り出すと、それを部屋の隅まで運びそこに置いた。

この『遠隔視の鏡』という姿見の形をしたアイテムは、その名の通り鏡面にテレビ画面のように遠い地の景色を映し出すことができる。

 

「使えますか?ユグドラシルに居た時と変わって、コンソール画面は出なくなっていますけど」

 

チクマに訊ねながら、モモンガは彼に頼まれていた魔法を掛けていく。

 

「不思議と使い方が判るのですよ。スキルや魔法と同じように」

 

チクマが鏡の前で両手を動かすと、その鏡面にはナザリック地下大墳墓を上空から見た物が映し出された。

 

「へえ、じゃあ俺にも後で使わせてくださいね」

 

「後と言わず、今直ぐにでもどうぞ。私に使えても陛下には使えない可能性も捨てきれませんし、今は何事にも検証が必要な時です」

 

チクマに促され、鏡の前には入れ替わりモモンガが立った。

 

「……駄目ですね、まるでわかりませんでした」

 

数秒、モモンガは両手をワサワサと動かしていたが、鏡に映る光景に変わりはなかった。

 

「タッチパネルみたいに……フリックして……そうです、それで拡大です……」

 

チクマはモモンガに操作方法を教える。

いざとなれば魔法で代用することもできるが、遠隔視の鏡をモモンガが使えるようにしておくという事はナザリックにとって重要な事だ。

 

「しかし……なんで俺には使えず、テンリュウさんには使い方がわかったんでしょう?」

 

「これについては心当たりが、おそらく私が持つ『プレゼンター』のクラススキル〈名匠は得物を選ばず〉に因るものかと」

 

チクマの持つ職業(クラス)贈り主(プレゼンター)』は、モモンガの『エクリプス』と同じく隠し職業だ。

それを取得するためには様々な条件をクリアしなければならないうえに、そのおおよそが現実的では無いものばかりの筈だ。

具体的に正確な条件はチクマ本人にも判っていないが、当時タブラとよく話し合った結果仮説を立てる事は出来た。

おそらく『複数の生産職に就き』、『火精術師(エレメンタリスト・ファイヤー)極め(カンストさせ)た』、『竜系種族』のプレイヤーが『累計被ダメージ値及び累計HP回復量一定以上』であることが条件なのだろう。

 

「そう言えば、詳しく聞いた事は今まで無かったですね。『プレゼンター』ってどういう職業なんですか」

 

タブラ(兄上)様は、『プロメテウスと同一視されたルシフェル』と言っておりました。人間に火を、そしてそれを扱う為の知恵と技術を与えた者という意味だとか」

 

「ああ、テンリュウさんは火のエレメンタリストでしたね」

 

「はい、後で私のビルドについても、この世界についての情報と共に紙にまとめて提出しますので、目を通しておいてください」

 

遠隔視の鏡の操作を、モモンガに替わり再びチクマが行う。

まずはセバスも見た半径1㎞をざっと確認しながら、チクマは説明を続ける。

 

「それでこのスキルなのですが、効果は『自分で製作したアイテムであれば、使用条件や装備条件を無視して使用及び装備が可能になる』というパッシブスキルです」

 

「常時〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉ということですか?」

 

能力値(ステータス)を戦士のものに変える効果はありませんし、自分で作った装備品のみですが、おおむねその認識でよろしいかと」

 

ユグドラシルではプレイヤーには自身が取得した種族や職業次第では装備できない装備品が多数存在した。

代表的な例としては、公式主催の武術トーナメントの優勝者のみが就ける職業『ワールドチャンピオン』だけが身に着けることを許された装備等が在る。

そして〈完璧なる戦士〉の魔法はそんな職業の制限を一時的に解除し、さらに使用中は各能力も戦士らしいものに変える効果を持つ。

 

「加えて言えば、私は魔力系の魔法詠唱者(マジックキャスター)ですが、信仰系や精神系の魔法が込められた巻物も問題なく使用できます」

 

ユグドラシルでは羊皮紙や竜皮紙(ドラゴンハイド)といった素材系アイテムとを材料に、『巻物(スクロール)』と言う魔法の道具(マジックアイテム)を作る事が出来た。

これはあらかじめ込められた特定の魔法を一つ、使用者の魔力を消費することなく使用できる使い捨てのアイテムなのだが、巻物に込められた魔法を習得しうる職業に使用者が就いていない場合には使用できなかった。

ただし一部の職業には、『巻物を騙し、使用を可能にする』スキルを得られるものもあったが。

 

「そっちは暗殺者(アサシン)とか盗賊系のスキルに似てますね。どちらも隠し職業のスキルとしては微妙じゃないですか?」

 

「もちろんそれだけではありません。このスキルのフレーバーテキストには『名匠は自ら手掛けたあらゆるモノを使()()()()()』とあります」

 

『扱う』では無く、『使える』でも無く、『使いこなす』。

チクマが強調したその意図を読み切れず、モモンガは説明を求めた。

 

「つまり?」

 

「装備中に特定の魔法やスキルが使用できるようになるタイプの装備品を装備した場合にも、私にはペナルティがありません。」

 

本来そう言った外付けの魔法には、魔法強化系のスキルを乗せる事は出来ない。

さらに外付けの魔法やスキルは素で使用できる者が使用した場合と比べて、威力や効果が若干低いという欠点があった。

しかしチクマは外付けの魔法にも強化スキルを使えるし、本職と同等の威力を持たせられる。

 

「話を元に戻しますが、その『使いこなす』と言う部分がこの世界にきて変化し、『使い方を理解する』という効果として表れたのかもしれません」

 

「へえ、便利なスキルですね」

 

モモンガもチクマの横で、自分で取り出した遠隔視の鏡を操作しながら会話を続ける。

 

「はい、私がこの世界(こちら)にきて、自分がレベルダウンしていない事に確信が持てたのも〈名匠は得物を選ばず(このスキル)〉のおかげです。通常なら装備出来ない筈の装備品が多数身に着けられたままでしたから」

 

「レベルダウン?」

 

「私がリアルで読んだ書物には、今回のような異世界転移を題材にした小説も数多くありました。そしてその中にはレベル1かつ所持品、所持金無しで転移する話もありましたので、私達は恵まれている方かと」

 

「異世界転移を題材にした小説ですか、なにかヒントになりそうな話はありました?」

 

「テンプレとしてはこの世界に『魔王』を倒す『勇者』として召喚されたというモノですね。魔王を『召喚者の敵』、勇者を『都合の良い戦力』と言い変えた方が合っているやもしれませんが……」

 

「なんかそれって」

 

「ええ、ユグドラシルの公式ストーリーの設定が正にそのパターンでしたね」

 

ユグドラシルの公式ラスボスは『九曜の世界食い』というモンスターだった。

プレイヤーは世界樹の葉―――その一枚一枚が一つの世界という設定だ―――を食い荒らす魔物を倒す為に、世界樹に最後に残った九枚の葉であるアースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ニダヴェリール、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、ヘルヘイム、

ムスペルヘイムの九つの未知なる世界を旅するというストーリーだ。

 

「この世界にもワールドエネミーがいて、そしてそれを倒して欲しい何者かが俺達を召喚した(よんだ)と?」

 

「今はまだわかりません。ですが、その可能性も在るかと……この世界には、この世界独自の魔法もあるようですし……と、見つけました。グレンデラ城のある湖です、ナザリックから西、そしてわずかに北です」

 

チクマに言われ、モモンガが画面をナザリックから北西に動かすと、大きな山脈が見えた。

そこから山脈の南側へと画面を動かせば、森の中に瓢箪型の湖が在り、そこに建つチクマの居城であるグレンデラ城の姿を、遠隔視の鏡ははっきりと写しだした。

 

「ナザリックとグレンデラ城の位置が判ったので、さらに広範囲を見てみますね」

 

まずは川を、それも大河でも見つけることが出来れば、後はそれをたどっていけば知性体の集落(コロニー)の発見は容易い筈だと考え、とりあえずチクマは南へむけ画面を動かす。

 

「あっ陛下、都市を発見しました。多分人間のものです。場所は湖から高度五百の視点で南に六回程フリック、そして僅かに西です」

 

チクマの操作する遠隔視の鏡には、三重の壁に囲まれた円形の都市が写っていた。

 

「え?確かに人間の集落が見つかったのは大きいですけど、コレはどう見ても都市じゃなくて村ですよね?それに住民は皆家の中にいるのか人間の姿は確認できませんし……魔法で感覚器を創るか」

 

一方のモモンガの前に置かれた遠隔視の鏡には、小さな農村が写っていた。

建物内部の様子を確認する為の魔法を使おうとアイテムボックスから巻物を―――正確には巻物が入った無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を―――取り出そうとしたモモンガをチクマが止める。

 

「いえ陛下、そこから更に南南西です、外周部の城壁の上に武装した人間が確認できます。おそらくこの町の衛兵でしょう」

 

チクマの言うように再び画面を操作すれば、モモンガにも確かに要塞のような町が見えた。

 

「確かに、人間の町のようですね」

 

拡大して見ても、その町で確認できる種族は人間と家畜だけだ。

 

「はい、まだ他の知性ある種族が居ないとは限りませんが」

 

例えば有名な『ガリバー旅行記』の中には馬そっくりの知性体も登場する。

一見ただの家畜に見える生物が、実はこの世界では人間と共生関係にある知性体である可能性もなくはないのだ。

 

(本当にこの世界にフウイヌム達が存在するなら関わりたくないけど……)

 

チクマは正直あの差別的かつ偽善的な支配者階級達が嫌いだった。

だが考えてみれば『ガリバー』の設定そのままの彼等が居たとしたら、絶対に人間と共生関係を築くのは不可能だろうとも思う。

 

「周辺を一通り見ましたが、どうやら陛下も先程見たあの村がナザリックから一番近い『人間達の住む土地』のようですね」

 

チクマは他にも、都市を囲むように幾つかの村が在ることに気がついていたが、気になる事があったのでまだ報告をしないことにした。

 

(大都市の食糧事情を支える為に周囲に農村を複数造る、ここまでは理解できるけど……)

 

チクマの見つけた村の内の幾つかには、まるで最近焼き打ちにでも遭ったかのような廃村も含まれていた。

 

(文明度は中世っぽいし、村に疫病患者でもでたのかな?)

 

あるいはただ単に近辺に野盗の類が潜んでいるのか。

 

「陛下、私達は比較的夜目の効く種族ではありますが、遠隔視の鏡による周辺探査は昼間に行った方が効率的な事は確かです、そろそろ切り上げましょう。お互い他にもしなければならないことも多くありますし」

 

チクマはモモンガが廃村を見つけ興味を持つ前に、別の仕事に移るよう提案する。

 

「そうですね……はぁ、また支配者ロールしながらNPC達に命令を出すのか……」

 

遠隔視の鏡をアイテムボックスにしまいながらため息をつくモモンガの背中には哀愁が漂っていた。

 

「陛下……心中はお察しいたしますが、こればかりは馴れていただかねばなりません」

 

「ええ、そうですね。ではまた、何かあったら」

 

「はい、何かありましたら。では失礼を……〈転移門(ゲート)〉」

 

チクマは高位の転位系魔法を使用してグレンデラ城の自室に帰る。

ナザリックの第九階層では、セバスやプレアデス達は勿論、41名にものぼる一般(ホーム)メイド達に至るまで、そのほぼ全員に自室が与えられている。

当然第九階層守護者であるチクマの自室も在るのだが、ナザリックでNPC達の忠誠心に触れ、チクマは先程呼び出した小鬼達を心配していた。

 

「……やっぱりか」

 

地上一階に移動したチクマを迎えたのは、十九名全員で不寝番をしていた小鬼達だった。

 

「テンリューサィの旦那、どうかしやしたか?」

 

「ああ、君らの寝具を用意していなかったからね、中級アイテムの寝袋を十程持ってきたから交代で使って。あとローテーションを組んで、一人あたり八時間は眠れるようにね」

 

部屋の隅に寝袋を敷きながら、チクマは小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)に指示を出す。

 

「アッシらはまだまだ平気でさぁ」

 

「今はそうでも、そんなやり方を続けてたらいつかガタがくるだろ?ゴブリンは寝食不要の種族じゃ無いんだから。とにかくローテーションは組んでくれ、命令だ」

 

「へい……」

 

渋々といった様子で、小鬼の指揮官が返事をした。

 

(見上げた忠義だけど、動像(ゴーレム)やアンデッドじゃ無いんだから、無理させるわけにはいかないよね……でも仕事を減らすだけじゃ不満も持たれるか)

 

長年従者ロールを続けてきたチクマには、彼等の気持ちが理解できないでは無い。

要するに仕事が欲しいというのは、主の役に立っているという実感が欲しいということなのだ。

そこでチクマは全ての寝袋を敷き終えると、時計と通信の機能を持ったアイテムを小鬼の司祭(ゴブリン・クレリック)に渡した。

 

「使い方はわかる?十時になっても俺が降りてこなかったらそれつかって起こしてくれ。この役目は今日は君に頼むけど、明日以降は仕事の少ない者から順に交代させていく予定だ」

 

そう言うと再びチクマは天守へ転位し、今度こそ布団に入り目を閉じた。

 

(それにしても召喚モンスターやNPC達の忠誠心には驚きだな)

 

特にナザリックのNPC達はちゃんと適度な休息をとっているだろうか。

働きたいという気持ちは解るが、彼等の創造者達はきちんと彼等が休みを取れるように自室を与え、さらにそこには生活できるように寝具等もちゃんと用意していた。

 

(その意思を受け取らない事こそ不敬だと言うのに……まあ、ゲームでは意味のない設計だったけど……ん?)

 

思考の中、眠りに落ちかけていた意識を無理やり覚醒させ、チクマは瞼を上げる。

NPCの周辺も含めて無駄に創り込むアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達、その例外が居た事を思い出したからだ。

 

「あ、そう言えばアルベドには自室が与えられて無かった筈……モモンガさんに連絡しなきゃ」

 




これで五万字は超えた筈
ドラマCDも手に入ったしホクホクです

次の投稿は年明け後になります。
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