この物語はスロースタートですね^^;
1話は手探り状態。2話はネタに走る(汗
この3話くらいから徐々に作者の工夫が現れてくると思います。
ミスタ・コルベールはトリステイン魔法学院に奉公して二十年になるベテランの教師であった。『炎蛇』という物騒な二つ名を持つ彼は『火』のトライアングルで中々に頼もしいのだが、唯一太陽の光りを爛々と反射して止まないその頭頂部だけが頼りなかった。
性格は何かに夢中になるとのめり込む職人気質、あるいは研究者気質で、現在も図書館で何やら調べ物をしている。
先日ルイズが呼び出した使い魔の少年に現れた奇妙なルーンが、どうしても気になったのである。
今までに見たことのないルーン。好奇心に突き動かされ彼は一晩中図書館に篭りっきりになり、ついにその正体を突き止めた。
「こ、これは!」
その本は教師のみが立ち入りを許された図書館の一角、『フェニアのライブラリー』の中にあった。
始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いた歴史を記した書物の一冊。始祖ブリミルが使役した使い魔たちを記述した古書の一節。
その内容を見たコルベールは目を見開いて驚くと、すぐさま本を抱えて学院長室へと走り出した。
◇
学院長室は本塔の最上階にある。下層にはバルコニー付きの食堂に1フロアまるまる使った大ホール、さらには三十メイルを越す図書館に宝物庫まであるとくれば、その圧倒的な高さがうかがい知れる。
学院長のオールド・オスマンは窓辺に立つと白いアゴ髭をしごいていた。
眼下に広がるは絶景。
学院の敷地外には広い草原が広がっており、その奥には雄大な山脈が連なっていた。
山頂に降り積もった雪が山肌を白く染めて、太陽の光を浴びてきらめく姿は、いっそのこと窓枠ごとその景色を切り取って絵画にしたい、と見るものに思わせるほどだった。
オスマンは景色を堪能した後、後ろを振り返り学長席に座った。重厚なつくりのテーブルの木目に指をはわせ、じっと目を閉じる。しばらくそうしたのち、今度は仕事でもするのかと思いきや、引き出しから水ギセルを取り出し一服しはじめた。
暇なのである。
すると部屋の隅に置かれた机で書類仕事をしていた秘書のミス・ロングビルが羽ペンを振った。
オスマンの手から水ギセルが宙に浮いて、ロングビルの手の中に納まった。
つまらなそうに、オスマンは呟く。
「これ、ミス。年寄りの楽しみを取り上げるでないぞ」
「学院長の健康を管理して差し上げるのも、わたくしの仕事ですわ」
丁寧な口調でそう返したロングビルは妙齢の美女であった。新緑のロングヘアーを靡かせて、理知的なメガネをかけている。
「こう平和な時間が長く続くとな、時間の使い方に困るものなのじゃよ」
ロングビルは取り上げた水ギセルをオスマンの机の引き出しに返すために席を立った。
「もうご高齢なのですから、お煙草は控えてくださいね」
「仕方ないのう」
オスマンの顔に刻まれた皺の多さが、彼の過ごしてきた年月の長さを物語っていた。本人以外にその正確な年齢を知る者はいない。百歳なのか、三百歳なのか――あるいはそれ以上かもしれない。
「オールド・オスマン」
突然ロングビルが表面上は笑顔でありながらも、怒気をはらんだ声で言った。
「なんじゃ? ミス……」
「わたくしのお尻に何かが当っているのですが」
「気のせいではないかね?」
オスマンは全く悪びれもせずロングビルの尻に手を這わせる。
「ではこの癇に障る何かは、わたくしの方で処理させて頂きます。そうですね、灰も残らないように燃やし尽くすのは如何でしょう?」
ロングビルが杖を構えるとオスマンが名残惜しそうに離れた。
「尻を撫でられたくらいでカッカしなさんな。そんな風だから婚期を逃すのじゃぞ? 淑女たるもの、紳士のちょっとしたお茶目には黙って目を瞑るものじゃ」
そう言ってオスマンは、今度は堂々とロングビルの尻を撫で回した。
ついに堪忍袋の緒が切れたロングビルは、無言でオスマンの鳩尾に肘鉄を入れると、しかるのちに蹴り回した。
「あだっ! ひぃ、許して! 痛い! もうしない」
「わ、悪かったですねぇ! 未婚で悪かったですねぇ! わたくしは、まだ! 適齢期ですよぉー!!」
ロングビルは荒い息で踏み続けた。踏みつけの一発一発にデリケートな独身女性の憎悪怨念が込められている。
微妙な年頃の女性に年齢の話はタブーである。
「あひぃ! ぐいぃ! わし、何かに目覚めてしまいそう――」
そんな青少年の教育上なんの問題もない平和な時間は、突然の闖入者によって破られた。
ドアが勢いよく開け放たれて、頭頂部が眩しいコルベールが入ってきた。
「オールド・オスマン!」
「何じゃね?」
「あれ? オールド・オスマンはどちらに?」
コルベールに答えたのは確かにオスマンなのだが、どういう訳か姿が見えない。学院長の席には何故か秘書のロングビルが座っている。
さすが学院の秘書ともなれば、このような不測の事態にも迅速に対応し、何事もなく椅子に座り仕事の振りをしている。
そして、さすが学院長ともなれば不測の事態を見事に利用して、何事もなかったように四つん這いになり、椅子のフリをした。
よって現在ロングビルが座っているのはオスマンの背中である。
コルベールの位置からは、机の裏で恍惚の表情を浮かべながらロングビルの臀部の感触を楽しんでいるオスマンの姿は見えなかったのである。
「きゃぁッ!」
臀部の感触に違和感を覚えたロングビルは、自分が座っている椅子を見て悲鳴を上げた。
そして弾かれたように立ち上がり、机の角にすねをぶつけた。
「痛ッ! っつぅ……!」
「どうしたのですか? ミス・ロングビル」
「い、いいえ、何でもありませんわ! おほほほ」
痛みをこらえながらロングビルはさり気無く部屋の隅の席に移動し、同時にコルベールの注意をひき付けてオスマンが体勢を整える時間を稼いだ。
その間にオスマンは悠々と椅子から人間にトランスフォームした。そしてさり気なくロングビルに視線を向けドヤ顔で見つめる。
この老人――――、相当できるようである。
ロングビルは『このジジイ後で
「おお、オールド・オスマン! どこにいたのですか?」
「なに、ちょっと机の下にいるモートソグニルに餌をあげていたのじゃ」
「ちゅうちゅう」
机の下から小さなハツカネズミが出てきた。ナッツを美味しそうに齧っている。
ナッツを食べ終わったモートソグニルはオスマンの足を上り、肩の上にちょこんと座って耳元で何かを囁いた。
「おお、そうか、そうか。白か。純白か。はぁ~~、若返るのぉ~~! しかしミス・ロングビルは黒に限る。そう思わんかねモートソグニルや」
「なっ!?」
ロングビルが驚いて、両手を机に叩き付けながら立ち上がった。
そしてまたすねをぶつける。
「――あがッ!!」
二度も急所を打ったロングビルは今度こそ悶絶した。
「ふぉっほっほ」
顔を引きつらせるロングビルをよそに、オスマンは楽しそうに笑う。
椅子プレイでロングビルの尻を楽しむだけでなく、自身の使い魔を使って彼女の下着の色まで調べていたエロ老人。もはやここまでくると、常人には到達できない次元の職人芸である。
ピンチをチャンスに変える力。それが歴史に名を残す偉人たちに共通して備わっている凡人との違い――、なのかもしれない。
「――今度やったら王室に報告します!」
「カーーッ! 王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかァーッ!」
オスマンは目を剥いて怒鳴った。老人とは思えない胆力であった。
「――チィ……」
ロングビルは『二度、いや三度〆る』と、心のスケジュール帳を書き直した。
「そんなことより大変です、オールド・オスマン! これを見てください!」
コルベールはオスマンに先程見つけた本を見せた。
「これは『始祖ブリミルの使い魔』ではないか。これがどうしたのじゃ?」
「これも見てください!」
続いて才人の手に現れたルーンの写しを見せた。それを見た瞬間、オスマンの表情が変わった。先程までのおちゃらけた雰囲気が嘘のように、真剣な目になった。
「――ミス・ロングビル、席を外しなさい」
一瞬で学長室に緊張が走った。
冗談では許されない真剣な空気を感じて、ロングビルは黙って部屋を出た。
「詳しく説明するのじゃ。ミスタ・コルベール」
◆ ◆ ◆
ルイズはメチャクチャになった教室を片付けていた。
午前の授業は中止。ミセス・シュブルーズは爆風に巻き込まれた後驚いて走り去ってしまったが、数十分後に青い顔をしながら戻ってきた。しかし、その日一日『錬金』の授業をしなかったという。
「うぅ……」
ルイズは肩をガックリと落として雑巾を絞っている。よほどショックだったのかずっと下を向いている。
どうしてあの時自分は教壇に上がったのだろう。少し考えればこうなることはわかっていたはずなのに。
迂闊だった。才人に可愛いなどと言われて調子に乗っていた。いい所を見せてもっと褒められたいなどと欲を出した結果、この惨状である。
今までのルイズであったなら確かに落ち込みはするが、これ程大きなショックは受けなかっただろう。それがクラスに一人の少年がいただけで、これほどに滅入ってしまった。
才人の前で恥をかくことがこんなにも気持ちを沈ませるとは、あの時の彼女はまだ知らなかったのだ。
ルイズは才人の顔を見ることができない。もし才人が自分に失望したような目を向けていたらと思うと、怖くて顔を上げられない。
「――よいしょ、っと――」
そんな使い魔の少年は横でせっせと床を磨いている。気配でわかる。
魔法を失敗したこともそうだが、それよりも自分のせいで才人に尻拭いをさせてしまうことが辛かった。
「あ、あんたはいいのよ。これは私の罰なんだから」
俯きながら言った。
「何言ってるんだよ。二人でさっさと終わらせて飯食いにいこうぜ」
才人は明るく軽い口調で話した。きっと彼の優しさなのだろう。こんな状況で恭しく敬語なんて使って、自分が壁を感じて余計に落ち込まないように。
だがそんな気遣いが逆にルイズの心を締め付ける。才人が優しくすればするほど、ルイズの心に自責の念が積み重なっていゆく。
「でも、私のせいで……」
「何落ち込んでんだよ。失敗なんて誰にでもあることだろ?」
「でも、私……」
ルイズは今まで一度も魔法を成功させていなかった。
思い返せば去年の今頃。簡単な『コモンマジック』の授業で同じように爆発させた。それ以来なるべく人前で実技をすることを避けてきた。人から臆病者と言われても『ゼロ』とそしりを受けても耐えてきた。何か致命的な間違いがないかと必死で勉強して、人目を忍んで練習をしてきた。
だが、一向に上達しなかった。一年も経つというのに、一年前と何も変わっていない。
一体自分はこの一年間何をやっていたのだろう。全然成長できてない。
それを考えるとルイズはただただ悲しかった。
「――私……私……魔法が使えないんだもん」
そう言うなりルイズの頬を一筋の雫が伝う。十六年間抱え続けてきた苦悩と共に。
ルイズは責任感の強い少女だった。幼い頃から両親に厳しく躾けられ、貴族として恥じることなく生きるように教えられてきた。
勉学も礼儀作法もそれなりには身についた。
だが、どう言うわけか貴族の象徴であり、貴族を貴族たらしめる存在である魔法を全く使えないのだ。
魔法は使えない――でも貴族であらねばならない。そんな自分が貴族を名乗るなんて、あまつさえ貴族の特権を享受するなんて、本来ならルイズにはできないことだった。
しかし世情はそうも言っていられない。自分の存在で家名が傷つけられることは許せない。親の期待も裏切れない。失望されるのも怖い。
そんな様々な情感の板挟みになって、ルイズは押しつぶされそうな葛藤を抱えながら生きてきた。
「う、うえぇぇぇん!」
堪えられず泣き出してしまったルイズに、才人はそっと胸を貸す。
「ひっぐぅ、うぅぅ、魔法が使えないのに貴族だなんて……、私どうしたらいいの?」
才人の服を握り締めて泣きじゃくるルイズ。一度決壊した心のダムはそう簡単にもとには戻らない。自力で制御できない感情が――濁水となって溜まっていた哀傷の奔流が、とめどなく流れ出る。
「――――大丈夫だよ」
才人はルイズを優しく抱きしめた。余計な言葉は言わずに、ただ温もりで包み込んだ。
「うわぁぁぁぁんんんんんんん!」
ルイズは泣いた。ただ、ひたすら泣き続けた。
しばらくするとルイズの嗚咽が止んだ。
ぐしゃぐしゃの髪に泣き腫らした目元。綺麗な顔が台無しだった。
「あの……ごめん」
「ん? 何が?」
「その……服……」
才人の青色のパーカーが涙と鼻水でぐっしょりと汚れていた。
「いいって。服なんか洗えばいいんだし。それよりお嬢様の方が何百倍も大事だよ」
「あ、ありがと……」
飾らない才人の言葉はルイズの心にスッと吸い込まれた。負の感情でいっぱいになっていたダムに、今度は新しく暖かい真水が注がれる。
たった一つの言葉が、人の心を満たすこともあるのだ。
「ありがと。その、なんかスッキリした」
「俺は何もしてないよ」
ルイズはようやく才人の顔を見上げることができた。
日溜まりのような笑顔だった。
◆ ◆ ◆
部屋を片付け終わった後、才人はルイズを自室に送った。レディーがまぶたを腫らしたまま人前に出るのは忍びないので、自分が先頭に立ちルイズを背中に隠しながら歩いた。
時刻は昼。そろそろ生徒たちが『アルヴィーズの食堂』に集まり、例のごとく豪勢な昼食をとる時間である。
才人はルイズの食事を自室に運んでもらうことを伝えるために、厨房に移動する。
食堂に着いたとき才人は見知った人物を見かけた。黒い髪に女性らしい体格、今朝自分にシチューを分けてくれたその少女はシエスタであった。
才人がシエスタに話しかけるより僅かに早く、彼女は床から何かを拾うと目の前の貴族の少年に手渡そうとした。
「落し物ですよ、貴族様」
貴族の少年は金髪のくせっ毛にフリルのついたシャツを着ていた。シャツのポケットに薔薇を挿していて、なんとも気障ったらしい雰囲気を演出している。
少年はシエスタを一瞬だけ見るとすぐに視線を逸らして、周りの友人達と談笑を再開した。
「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合ってるんだ?」
「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
ギーシュと呼ばれた気障な少年は自分を薔薇に喩えて吹き散らす。
「あ、あの……」
ギーシュに無視されておろおろしているシエスタは、拾った紫の小瓶をさり気なく机に置いた。そして一礼してからその場を去ろうとしたその時、
「おお? その香水はモンモランシーの香水じゃないか?」
「本当だ! その鮮やかな紫色は彼女が自分のためだけに調合しているオリジナルの香水だぞ!」
「そいつがギーシュのポケットから出てきたってことは、つまりお前は今モンモランシーとつき合ってる。そうだろ?」
「ち、違う! いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュが慌てて何かを言わんとしたとき、後ろの席から少年たちの恋話に聞き耳を立てていた少女が立ち上がった。
栗色の長い髪の、まだあどけなさの残る感じの可愛らしい少女だった。
少女は茶色のマントを揺らしながらコツコツとギーシュのもとへ歩いてきて、
「ギーシュさま……」
唐突に泣き出した。
「やはりギーシュさまはミス・モンモランシーと……」
ギーシュは椅子から飛び跳ねるように立ち上がった。
「ご、誤解なんだケティ! いいかい? 僕の心の中に住んでいるのはキミだk――」
言い終わる前にケティの平手がギーシュの頬を捉えた。
「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」
ギーシュは頬をさすった。
しかし彼を待ち受ける試練はまだ終わっていなかった。
遠くの席からもう一人の少女が歩いてくる。長い金髪で頭の側面と背面に見事なカールを何本も作った、華やかな髪形をした少女。
ギーシュの肩がビクッっと跳ねる。
「も、もも、モンモランシー!? 違うんだ、誤解なんだ! 彼女とはラ・ロシェールの森に遠乗りしただけで……」
ギーシュは可能な限り冷静な態度を装って弁解するが、宙を泳ぐ目線が、不自然な指の動きが、にじみ出る冷や汗が――、言葉の説得力を根こそぎ奪っていた。
「やっぱり――、あの一年に手を出していたのね……」
「お願いだよ、『香水』のモンモランシー。キミの薔薇のような美しい顔を、怒りで歪ませないでおくれ!」
モンモランシーはテーブルに置かれたワインのビンを掴むと、ギーシュの頭に注いだ。人間シャンパン・タワー、いや、ワイン・タワーの出来上がりである。
そして、
「うそつきー!」
怒りの収まらないモンモランシーは空になったビンでギーシュの頭を殴りつけた。綺麗に砕け散ったガラスの破片が、食堂に季節外れのあられを降らせる。
「バカ、最低ーッ!」
最後に一発、ギーシュの頬にビンタを食らわせて、モンモランシーは走り去った。
「……あのレディーたちは薔薇の存在意義を理解していないようだ」
友人達はギーシュの両頬っぺたに咲いた赤い薔薇を見てププッっと噴き出す。
その隙にシエスタは銀のトレイを強く抱きしめながら、その場を後にしようとする。
――が、
「待ちたまえ」
「ひぅ!」
ギーシュがシエスタを呼び止めた。
ゆっくりと椅子に着席し足を組むギーシュ。そしてハンカチを出して顔を拭いた後、横柄な態度で語りだした。
「君が軽率に香水のビンを拾い上げたおかげで、二人のレディーの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
「も、申し訳ありません」
反射的にシエスタは誤った。
この時代、この貴族制社会では善悪うんぬん以前に、まず身分が引き合いに出される。『何が』ではなく『誰が』が重要なのである。貴族と平民の身分差がある以上、例え平民側に落ち度がなかった場合でも、貴族側の言い分が通るのが常である。平民にできることは、ただひたすらに平伏して理不尽な雷が自分に落ちないように願うだけである。
そう、平民にとってこれは地震や雷などの天災となんら変わらない、ただの自然災害なのだった。
「だいたいね。君が香水を拾ったとき、僕は知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転があってもよいだろう?」
「申し訳ありません」
言いがかりも甚だしいのだが、それを
そんな光景を見た才人は、無意識に体が動いて二人の間に割って入った。
「失礼、貴族様。もうそれくらいでよろしいのではないですか?」
「さ、サイトさん!?」
シエスタが仰天の声をあげた。
「なんだね、君は?」
ギーシュは突然現れた少年をしげしげと見た。青いヘンテコな服を着ていてマントは付けていない。つまり平民ということだ。
と、そこでピクリと片眉を吊り上げる。少年がルイズの召喚した使い魔であることを思い出したのだ。
「君は確か、ルイズが呼び出した平民だったな」
「いかにも」
「なら下がっていたまえ。僕は今このメイドと話をしているんだ!」
ギーシュは取り合おうとしない。
「まぁ、そう仰らずに。この子も反省しているようですし、今回は大目に見ては頂けないでしょうか」
「う、うるさい! 平民が貴族に意見するというのかね!」
ギーシュはますます苛立ちをあらわにした。
「大体なんだね、君は! ここは貴族の食堂だ! 平民が勝手に入ってくるとはどう言う了見だね!」
「……あっ」
しまった! と、才人は思わず宙を見上げた。
朝はルイズが一緒だったので入ることができたが、食堂は本来、平民の立ち入りが禁じられているのである。才人はそのことを失念していた。
「それにその服装はなんだ! そんなみすぼらしい格好をして。べっとりと泥水が付着しているではないか! 汚らわしい! 貴族の食卓を汚す気か!」
ギーシュは相手の落ち度を発見して、これ幸いと責め立てる。このまま自分が犯した失敗を平民への正当な怒りにすり替えて話をうやむやにし、『何となく自分が正しかった的な感じ』に場をまとめ上げようという魂胆だ。
しかしギーシュは気付いていなかった。この目の前の少年が意外な一言に反応して怒っていたことを。
「まったくこれだから『ゼロ』のルイズは――」
「――もう、それくらいにしたら如何ですか?」
「なんだと!」
才人は自分の胸に付いたシミを『泥水』『汚らわしい』と言われたことに、例えようのない沸き立つ怒りを覚えた。
ルイズが背負ってきた苦悩が泥水だと?
ルイズの流した正直な涙が汚らわしいだと?
もちろんギーシュが件の才人とルイズのやり取りを知っている訳ではないので、彼自身に悪気があって言ったわけではないのだが――いや、そもそもこの会話自体が悪気の塊なのかもしれないが――、それを頭では分かっていても才人は沸きあがる感情を抑え切れなかった。
敬語なんて使ってはいるが、才人はまだ十七歳である。
近頃の超能力を使う高校生は同級生に向かって敬語で喋り、奇人変人を束ねるどこぞの女団長の言うことに、まるで執事のように盲目的に付き従うのがデフォなので――、そんな友人を持つ才人はそれなりに敬語を使えるのだが――、それでもやはり感情を封殺することはできなかった。
大人を演じ続けるにはまだ早かったのだ。
「ここへは主人の許可を頂いて入っております。服装についてはお詫びいたしましょう。しかし、そもそもこのメイドに対しての言及はいささか筋違いではありませんか?」
才人はルイズを侮辱されたことがどうにも許せなかったので、どうにかしてギーシュをボコりたかったのだが、先に自分から手を出しては自分の、ひいてはルイズの責任問題に発展してしまう可能性が高いため、向こうから仕掛けてくるように誘導する構えだ。
と言うか、ぶっちゃけ、もう面倒くさくなったのである。
「なんだと! 僕が間違っているというのか!」
「そもそもあの二人のレディーが怒ったのは恋絡みの件でしょう。このメイドには何の関係もないことでは?」
ギーシュの友人達がどっと笑った。
「そーだ、ギーシュ。二股してたお前が悪い!」
「そうだ、そうだ。自業自得だろう!」
「その通りだ。イケメンもげろ!! むしろ爆発しろ!!」(風上の少年)
ギーシュの顔に赤みが差した。
「無礼な! 僕を愚弄するか!」
「いえいえ、滅相もございません。このままではとある貴族の少年が、二股をかけたあげく双方から振られ、腹いせに平民に八つ当たりをする器の小さい人間などとそしりを受けないかと心配して、貴族様の為を思って
才人は優雅な手つきで片腕を胸に添えると、爽やかな笑顔を張り付かせてお辞儀する。そのあまりにも
「へ、へへへ、平民風情がッ! よくもぬけぬけとォォォ!」
ギーシュの握り締めた拳から血が滲む。
「どうやら君は貴族に対する礼儀を知らないようだなッ! 表へ出たまえ! 僕がじきじきに礼儀を教えてやるッ!」
「――お手柔らかに」
才人は思惑通りになったとほくそ笑む。
「あ、あああ、あなた殺されちゃう……貴族様を本気で怒らせたら……」
「大丈夫だよ、シエスタ」
ぶるぶると震えるシエスタにサイトはウインクで答えた。
つづく
原作でも尻マニアなオスマン氏。そのキャラをもっと強調するためにロングビルとじゃれあってみました。いかがだったでしょうか?
初めての感情描写。今回一番苦労しました。言葉では同じ「悲しみ」でも、人によって捉え方が千差万別なんですよね。
大声で泣く人。衝動にまかせて物に当たり散らす人。逆に沈むようにうずくまる人。自分の殻に閉じこもる人や、全てを否定して悲しみ自体を拒絶する人もいると思います。
ルイズさんはきっと自分の中に溜め込んでしまい、渦を巻くように増幅されてから一気に表に現れる、そんなタイプの人なのかなと作者は勝手に考えております^^;
三人称視点について。
相変わらずできているのかわかりません。
ギーシュと才人の会話。最初は完全に第三者的な神視点で若干ギーシュの一人称も混じる。
しかし最後の方は才人の1人称視点を3人称っぽく書いているので、視点がコロコロ変わって読者を混乱させてしまうのではないかと心配です。
次回はついに初戦闘!
原作と違って才人さんが強いので、書くのが大変です(汗
1&2話の細部をすこしイジリましたが、物語に変更はありません。